新章突入、ムシウタbugニ巻のストーリーです。
どうぞ、お楽しみ下さい!!
第一話
「冗談キツイぜ…ほんとに…」
はぁ…と少年はため息混じりに言った。
彼の名は、薬屋大助。ホルス聖城学園中等部に通う中学生である。
髪型、顔つきに特徴はなく、私服姿でも回りに溶け込んでしまう。
唯一、頬に貼られたバンソーコーだけが個性を主張していた。
「何よ。今更、文句言わないでよね」
一方、大助の隣を歩く少女。
彼女は一之黒 亜梨子。長い髪を後頭部で縛り、オーダーメイドのコートに身を包んでいる。
小柄なわりには大きな態度のせいで周囲から目立ち、どこに居ても直ぐ分かるそうだ。
亜梨子達の頭上には、季節外れの蝶々が待っていた。
鮮やかに輝く羽を持つ銀色のモルフォチョウ。
ごく普通の住宅街の中を二人で歩き、どんどん街の中心から離れていた。
ウキウキ顔の亜梨子とは反対に、大助の表情は憂鬱そうであった。
「千堂の野郎が情報開示しないでのらりくらりと交わしやがるから、個人的に花城摩理の調査を進める為に代理の監視まで手配したのに……ワガママもいい加減にしてくれ」
「特別環境保全事務局……虫憑きを捕まえる為の秘密機関。その秘密基地に乗り込もうってのよ!そんなチャンス見逃せる訳ないじゃない!」
「頼むから余計な騒ぎを起こさないでくれよ。今日の任務には
「分かってるわよ。……で、急な任務ってなんなの?それの為に今日は私の監視から外れるはずだったんでしょ?」
亜梨子が目を輝かせ、大助を見る。
彼は苦り切った顔で、また重いため息を吐いた。
「捕獲した虫憑きを説得しに行くんだよ」
前を向いて歩きながら、大助が言う。
「説得……つまり特環に加わる様に説得するってこと?裴晴くんが寧子さんにしたみたいに?」
「あぁ。尤もアイツみたいに状況を上手く利用して投降を促すなんてやり方珍しいケースだけどな。大抵、力づくで屈服させて臣従させる方が多い」
寧子というのは、先日であった虫憑きの少女である。
裴晴は前々から彼女の"虫"の能力に目をつけており、説得して自分の部隊に組み込もうとしていたのだが、要らぬ横槍が入り、敵対しそうになったが、紆余曲折の末、特環に協力させる事が出来た。
今は裴晴の部隊に配属され、仲間共々、訓練を受けているらしい。
「じゃあ、裴晴くんの方が適任じゃない?どうして、わざわざ大助が行くのよ」
「当初はそのつもりだったらしいが、千堂が拒否したらしい」
大助の返答に亜梨子が目を丸くした。
「裴晴くんが拒否って……なんで?」
「詳しくは聞いてないが、説得対象と因縁があるそうだ。説得どころか、顔を合わせた瞬間、即殺し合いに発展する危険があるって千堂の方から言ってきたらしい」
「殺し合いってどうして……まさか、昔絡み?」
「多分、そうだな。"死神"時代の暴れ方を考えれば、恨みの一つ、二つは買ってるだろ。しかも、アイツから拒否したって事は相当、恨まれてるな」
裴晴が"黒い死神"と呼ばれ、虫憑き達に猛威を振るっていた頃の事を亜梨子は知らない。
当時既に特環に入局していた大助でも詳しい情報を一切聞いた事がない。
どういった思想、理由に基づいて同類である虫憑きを狩り、そして何故、急に止めて特環に入局したのか、全て謎に包まれていた。
「俺が千堂の代わりに選ばれた理由としては、他に適役が居ないからだろ。目には目を、化物には化物ってな」
「化物……?」
大助はそれきり、黙り込んでしまう。
二人が足を止めたのは三階建ての白い建物の前だった。
錆びた柵には、「赤牧市民族資料館」という薄汚れたプレート取り付けられている。
見た目はデザインも何もないただの長方形でしかない建物である。
「あ、ちょっと、大助……!」
大助が開け放たれた門を過ぎ、敷地へ入る。
亜梨子は慌てて少年を追い掛ける。手押しの入口を開け、中に入る。無人のフロアを進み、奥の通路へあるいていくと、人影が現れた。
職員…スーツを着た壮年の女だ。
「ひっ…!」と小さく悲鳴を漏らし、女性は身を竦ませながら奥へと引き返していった。
「ねぇ、今の人…」
「ここの連絡員だよ」
エレベーターのボタンを押しながら、大助が皮肉げな
笑みを浮かべた。
「交代の時間だったんだろうけど、運が悪かったな。いつもはモニターを監視しているだけで絶対にオレたちとは接触しないようにしてるのに」
「連絡員、モニタ?」
「気付かなかったか?庭に建物の中、監視カメラだらけだ」
大助に言われ、亜梨子は言葉を失う。
エレベーターが開き、乗り込むと大助は背中に手を伸ばし、シャツを捲り、隠していたゴーグルを顔に装着する。
特環の備品であるゴーグルは機械的表面に赤い紅点を浮かばせる。
「ちなみに、このエレベーターも何かあればガスが出る仕組みになってるそうだ」
「が、ガス……?」
「ここからは、俺の名前を呼ぶなよ。千堂の戦闘班と違って監視班は特環の中でも本名は明かさない」
エレベーターが動き出し、下へと降りていく。
黙り込む亜梨子を見て、大助は鼻で笑う。
「はっ、もう怖じ気づいたのかよ。普段強がってる分、ヘコむのも早い―――」
「亜梨子ファイナルアタック」
大助のスネへ亜梨子は強かに蹴りを見舞った。
不意打ち気味の蹴りの痛みに大助はスネを抑えてうずくまる。
目的階に着いたのか、音もなくエレベーターの扉が開いた。
目の前にあったのは大きな階段。
そして、仁王立ちで二人を待ち構えていたように佇む仮面を着けた白コートを纏う少女だった。
「漸く来ましたわね…全く。時間は守って欲しいのですけど"かっこう"?」
「ちょっと遅れたくらいでグチグチ言うな。それより、"ハンミョウ"なんでお前がここに居るんだよ?」
「貴方の案内をと隊長に仰せつかいましたの。で、何故、彼女が一緒に居るのかしら?」
仮面の奥にある瞳が亜梨子を見貫く。
話の矛先を急に向けられ、亜梨子の肩がビクリと揺れた。
大助は前に出て、少女…"ハンミョウ"に説明を始める。
「コイツが来たいって言うから連れて来た。面倒は俺が見るから問題ないだろ」
「大アリですわ。"虫憑き"でもないただの人間をこの先に通す訳には参りません。そもそも施設内に立ち入れるのも禁止ですのに。規則はご存知でしょう…?」
特別環境保全事務局は、政府管理下の"虫憑き"という異能者に対処するために設立された超法規的組織だ。
今でこそ、多くの虫憑きに対処をさせては居るが、まだ虫憑きという存在が曖昧であった頃は警察、自衛隊から人員を引っ張り、対処に当たっていた。
無論、表沙汰に出来ないものも多く、政治的に闇に葬りたい事案がある。
故に秘密組織として今日に至るまで存在は秘匿され続けているのだ。
「今日はあの方も朝から不機嫌で、更に機嫌を損ねるような要素は省きたいのですけど?」
「はぁ? アイツは説得には関わらないだろ?」
「関わりはしませんが万が一の為に側で控えているだけでも癇に障るようで。あの"女"と"隊長"は因縁深いですから……」
やれやれといった様に深いため息を混じらせながら"ハンミョウ"は言葉を零した。
「アイツが断ったって聞いて何かあるとは思ってたが、そこまで根が深いのかよ……」
「隊長もまぁ我々の居る手前、仕事だから口には致しませんけど。朝から少し苛ついてはいらっしゃいますね。そこにその方を連れ立てば拍車が掛かりますわよ?」
「めんどくせぇ……」
ガシガシと頭を掻きながら大助が愚痴る。
「仕方ねぇ。俺が直接、オオムカデと話す」
「話してあの御方が了承するとも思えませんけど…」
「ここでコイツを連れてくにせよ、置いてくにせよ、面倒な事になるのは変わりない。なら、話し通してアイツに了解を得た方が楽だ」
「そういう考え方もありますか……」
言われ、ハンミョウも大助の考えに賛同する。
「良いでしょう、付いてきて下さいな。一之黒さん、余り周りをキョロキョロ為さらないで下さいね」
「わ、分かったわよ…」
ハンミョウは先導するように階段を先に降りていく。
二人も彼女に続いて階段を降りていくと、あったのは暗闇へと続く空洞。レールが敷かれ、分厚い装甲をした二両の列車が止まっている。
ハンミョウは手前の車両へ向かう。
「ほらほら、早く乗ってくださいな。時間が押してますのよ?」
手招きして二人を呼ぶと、足早に車両の中へ押し込んだ。
内部は向かい合う二列のシートしかない。車両に乗り込むと奥から息を呑む気配が伝わる。
先客が居た。着ている服は違うが、大助と同じゴーグルで顔を覆っている三人の男女。
ハンミョウや大助を見て、驚いているようであった。
「な、なんで…」、「零番隊の女……?」、「ア、アイツも…どうして赤牧市に…」と囁く声が聞こえる。
入り口近くのシートに座らされた亜梨子達から離れるように奥へと引っ込んでいく。
「ね、ねぇ、あの人達も……」
「虫憑きですわね」
車両が揺れ、静かに動き出す。
「普通の人が虫憑きを見て怖がるのは分かるけど…どうして、あの人達が私達を怖がるのよ」
「怖いでしょうね。かっこうさんも然ることながら、私は零番隊所属の女ですから」
フッと仮面に隠し、ハンミョウが微笑んだ。
「一之黒さんは私達の事をどこまでお聞きに?」
「基本は防衛戦力だって裴晴くんから聞いたけど……」
「間違っておりませんわ。私達は中央本部を防衛するのが主任務。ですが、他にも特環の戦力になりうる野良の号指定虫憑きを捕獲する事もあります。ほら、寧子……"ねね"さんの様な虫憑きとかを」
専らは防衛だが、裴晴の率いる任務は彼の考えで指針が決まる。特環の最高決定者である本部長であろうと命令するのは難しいという異常。
特殊に過ぎる部隊なのだ。
「お陰で隊員全ては最低でも五号指定。しかも、特殊型の虫憑きで構成されています。端的に申しますと虫憑きのエリート集団ですわ」
「それが怖がられてる理由?」
「大元の理由は隊長でしょうね。仮にも死神とまで呼ばれた最悪の虫憑きですもの」
今でこそ、"オオムカデ"のコードネームを与えられてはいるが、つい一年ほど前まで特環や野良の虫憑き達に猛威を振るっていた裴晴は恐れられる対象だ。
未だに虫憑き達には彼の恐怖が根付いていている。
「そんな奴に付いていってるお前らはやっぱり特殊型らしく変わってるな」
「ふふふ…そうですわね。でも、あの御方でなければ、私達も付いていこうと思いませんし、束ねる事も無理。それは"かっこうさん"も肌身で感じておいででは?」
「まぁな。特殊型はおかしい奴が多いけど、その中でもお前ら飛びきりだ。
「それは単純明快でしょうに。私達の様な言う事を聞かない連中を屈服させられたのは"力"で捻じ伏せられたからに他はありませんわ」
生意気で天狗になっていた餓鬼を躾けるが如く、それはもう容赦無用、圧倒的な"力"で高慢な性根を圧し折られた。
「今でこそ、あの御方に歯向かう気など更々起きません。昔、刃向かった自分を叩いてやりたいほどです」
「そんなバイオレンスな裴晴くん。イメージ付かないんだけど……」
「普段は本ばかり読んでる文学少年ですからねぇ〜。一之黒さん的なイメージはそちらが強いのでは?」
ハンミョウに言われるが、亜梨子は小首を傾げる。
確かに病室に居る裴晴しか亜梨子は知らない。
常に摩理の側におり、面会時間終了まで片時も離れていない。
彼の世界は摩理を中心に回っていたのでは?と思うほどである。
故に亜梨子の知る裴晴とは……
「私にとっては…親友の彼氏……かな?」
「……なるほど。間違った印象ではありませんわ」
「えっ!?貴女、摩理のこと知ってるの?」
「隊長の厳命で、零番隊の中でも"最重要保護対象"になって居られる方ですから。あの女が隊長にとって、どんな存在かは同じ女としてある程度察しは付いてますわ」
一度、病室に居る裴晴を見たことある人間から見れば、彼が摩理をどれほど大切にしているかなど明白であった。
摩理に何かあれば、ただ事ですまない。
「隊長にとっては弱みであり、逆鱗。取扱い注意の厄介な保護対象ですわ」
「俺、そんな事、聞いてないんだが?」
「貴方は正式な零番隊員じゃありませんもの。話す必要があります?一之黒さんを監視しているんですから、摩理さんの方まで気にする余裕ないでしょう?」
大助の主な役割は亜梨子の……モルフォチョウ監視であり、零番隊の任務に引っ張ってくる必要はない。
正式な隊員でもないのに此方の内情を教えてやる義務はないのだ。
「隊長がなるべく摩理さんの情報が出ないようにする処置でもあるでしょうけど」
「……お前ら隊員全員は、何か知ってるのか?」
「一番古株の私やヴェスパはそれなりに存じています。貴方に情報を明かさないのは単に信用がないだけですわ」
仮にも現在の同僚に"信用"なしの烙印を押す。
ハンミョウの物言いにイラッとしたが、大助もたった数日程度で信頼関係を構築出来るとは思っていない。
話の途中であったが、車両が停止したので三人は立ち上がった。
「さて、着きました。ようこそ、奈落の底へ。歓迎致しますわ」
芝居じみた口調でいうと、ハンミョウは先に車両から降りていった。
「一体、どこなのよ、ここ…奈落の底って……」
「言葉通りだ。赤牧市の地下深く。それ以外は俺も知らない。地上につながってるのは俺達が通ってきた通路と職員専用出入り口、それと空調設備くらいだな。それは、そうと…」
大助は亜梨子の顔を見詰めて言う。
「覚悟しろよ。着いてきた事を絶対、後悔するだろうし、何があっても勝手に動くな」
「の、のぞむところよ!」
大助の忠告に少し怯みながらも、亜梨子は車両を降りていった。