「テメエ、何処にいやがった」
目つきの鋭い男は開口一番、ロザリアに向かってこう言い放った。
此処は、調査兵団の拠点であった。
長かった壁外調査も、ようやく帰路の途中。あと数日で壁内に帰れるだろうという見通しである。
だが――つい先刻、この拠点に着く直前、一行は十メートル級巨人三体の群れに襲われた。三体中二体は難なく仕留めたものの、残り一体は奇行種だったのか何処かへ駆け出してしまい、取り逃がしてしまっていた。
それと同時刻に、男性兵士一人と調査兵団の精鋭、ロザリアが忽然と姿を消していたのである。巨人と交戦中、誰も二人を見たという者はいなかったというので団員はそれこそ血眼になって彼女らを探していたのだ。
が。
二人はまるで何事もなかったかのように馬に乗って帰還してきた。あれ程皆を心配させておいて、である。
男は人一人殺せるのではないかという鋭い目を向け、無言で彼女に弁解を求めた。
「この新米兵士が先ほどの交戦で逃げていたのをみかけて。巨人を仕留めるついでに一時隊から離脱した」
理由としては真っ当である。
だが、男の目は一層鋭さを増していた。
ロザリア達を見た者はいなかったとして――――その新米兵士は兵士らしからぬ行動、敵前逃亡したのだ。敵前逃亡は兵士にとって最大の恥、しようものなら厳罰である。
ロザリアも然り。本人に自覚が無かったとはいえ、他に倒すべき巨人はいたのだから彼女の行動は敵前逃亡にも等しい。
彼女もそれを感じていたのだろうか。ロザリアは長いまつ毛を伏せ、申し訳なさそうに一言付け足した。
「罰は甘んじて受ける」
「……別に罰を下すのは俺じゃねえよ」
呆れたような声が、男の口から出る。いや、実際呆れているのかもしれなかった。
男は兵士長。対してロザリアは特別団長補佐官。立場的にはロザリアが上だった。
それに、規律を無視したとはいえ、彼女は新米兵士を救助、拠点まで帰還させたのだ。男とて、彼女とその新米兵士の安否は心配だったのである。誇ってもいい事であろう――――だがやはり、あまり褒められた行動ではないのだが。
「……あ。ごめんなさい」
しゅんとロザリアはうなだれる。
言葉の節々に威厳があると思えば、どこか子供らしい素直な言葉遣い。彼女の話し方は、どこか特徴的だった。
「ロザリア。何処に行っていたんだ」
そこへ、第三者の声が入った。
二人は反射的に振り返り、ロザリアは緊張のせいかぴんと背筋が伸びた。
「だ、団長!」
ロザリアが敬礼しようとするも、彼が手でそれを制する。
彼――――エルヴィン・スミス。
調査兵団十三代団長である。
彼は団員へ次々と指示を飛ばしながら、兵士長であった男と全く同じ質問をしてきた。
「敬礼はしなくていい。私は何処に行っていたかを訊いていた筈だが」
「はっ、申し訳ございません。――――先刻との巨人との交戦中、兵士を追いかけていた巨人を仕留めるため、本隊とは別行動をとっておりました。
……勝手な行動、誠にすみません。罰は甘んじてお受けします」
ロザリアとエリヴィンが並ぶと親子のようだ、と目つきの鋭い男――――リヴァイは思う。
二人の身長差は約三十センチ。エルヴィンの方が当然ながら頭一つ分大きい。ロザリアが童顔という事も手伝ってか、どうしても親子のように見えてしまうのだ。
……もっとも、二人が身に纏っている服は兵士の服と調査兵団のエンブレムが入ったマントであって、肝心の会話は上司と部下という親子と例えるには不釣り合いなものであったが。
エルヴィンの碧眼とロザリアの赤い目が交差する。
「……罰則は、帰還した後に決める」
「はい」
今度こそ、ロザリアは敬礼をした。
右手の握りこぶしを左胸の上に。「心臓を公に捧げる」という意味を持つ敬礼を。エルヴィンは何も言わず、その場を去って行った。
先の言動を見るに、エルヴィンは内心彼女の処遇をどうするか決めかねているのだろう。
彼女の実力は人類最強と謳われるリヴァイより少し下であるとも言われている。そんな彼女を罰して行動を制限したらどうなるか、団長であろう彼が分からない筈がない。
リヴァイは敬礼をといたロザリアに話しかけた。
「お前あの時、俺の補佐をしろ、と言われていたんじゃなかったかよ」
あの時、とは一行が十メートル級巨人三体に襲われた時の事である。
リヴァイがロザリアの姿を見失う直前――――つまり立体機動を行う直前、彼女は団長からリヴァイを補佐するように、と命令されていたのが見えた。
しかし彼女は、リヴァイを補佐する事なく隊から一時離脱した。
つまり、だ。
彼女は敵前逃亡だけではなく、上官命令無視という大罪まで犯していたのである。
だが当の本人は、けろっとして答えた。
「だからその事については謝ったでしょう。リヴァイは強いから、わたしが補佐に回っても鬱陶しいだけだと思った」
「……誰もお前を邪魔になんか思わねえよ」
「そうか。じゃあそういう事にしておこうか」
ははは、とどこがツボだったのか小さな笑い声を響かせるロザリア。
先ほどよりも口調が砕けるのはいつもの事だ。なんでも彼女は仕事用とプライベート用にと口調を分けているらしかった。
そのせいか微妙に会話が噛み合っていない気がするが、気にしない。彼女はそういう人なのだ。
だからリヴァイは、彼女の笑いが収まるまでじっと待っていた。
ひとしきり笑い、目元を拭いながらロザリアは言った。
「ところで、わたしが助けた新米兵士だけれど」
「…………」
「彼は、無事?」
「……無事だが、無事なのは外の方だけだろうな」
件の新米兵士はロザリアが治療班の元へ運んだ後、色々と問題が見つかり現在は馬車に乗せられていた。
一つは、彼が乗っていた馬が何処かへ逃げて行ってしまっていたため。
二つは、怪我の確認と治療をするため。
そして三つ目。これが一番重大だったのだが――――
――――巨人をこの目で見、恐怖に囚われ戦意を喪失してしまったため。
「そう、か」
ロザリアは察したのだろう、あまり深くは追求しなかった。
彼女が追いかけた時は、自分が彼をぶん投げた時に文句を言えるほど元気だったのだが。やはり、後でのしかかってくるものがあったのだろう。それは恐怖であり、絶望であり、仲間を失った悔しさであり――――。
ロザリアは、いつの間にか首元に下がっていたペンダントを握りしめていた。
彼女の首元には、いつもペンダントが下がっている。それには立体的なダイヤにカットした大ぶりなルビーが付けられていた。
まだ自分が十六歳で、初の壁外調査の時に手に入れた物だった。今は自分の大切な宝物。肌身離さず身につけている。
ルビーの色は自分の瞳の色によく似ている、と思ったから。
「おい、今はそんな時間じゃねえぞ」
「分かってる」
感傷は一瞬。ペンダントから手を離せば、いつも通りの冷酷な雰囲気を纏ったロザリアだった。
だが彼女は、ふとリヴァイに向けて言った。
「それに団長は、わたしを罰しない」
「あ?」
いきなり何の話だ、とリヴァイは眉を寄せる。それに対してロザリアは鼻で笑ってみせた。
「何だよテメエ」
「団長はわたしに言って下さった。『兵士が逃げないように、君が前線に立って皆を引っ張っていけ。先ほどの行動を償いたいならば、誰よりも早く巨人を仕留めよ』」
リヴァイを見れば不可解、という顔。「俺は近くに居たがそんなセリフ一言も言ってなかったぞ」てでも言いたげである。
ロザリアはその反応で満足した。
そう。
「きっとわたしにしか、解らない」
それで良いのだ。
そろそろ出発するのだろう、団員が武器の整備や休憩を終え、次々と馬に跨っていく。ロザリアもまた、己の馬へと向かった。
「行こう」
背中に背負うは、自由の翼。
エルヴィンの横に並び、ロザリアは馬を走らせた。