グレイは班長の元へ行くからと言うので彼とは別れ、ロザリアはエルヴィンの元へ向かった。
ノックもそこそこに、荒々しくドアを開け入室する。部屋には、兵士長であるリヴァイもいた。
「団長!先ほどの警鐘は、何の意味だったのでしょうかッ?」
ロザリアと対してエルヴィンは露ほどの動揺も見せず、悠々と手を組んでロザリアの話を聞いている。ロザリアもその姿を見てか、幾分高ぶっていた気持ちが落ち着いた。
そうだ。異常事態だからこそ、冷静にならなければ。
それにエルヴィンに問いかけはしたが、ロザリアは警鐘の意味にある程度予想がついていた。
警鐘は、滅多な事が起きなければ鳴らない。
ロザリアがあの鐘の音を聞いたのはおよそ五年前。壁外調査から帰ってきた時に、ずっと鳴り響いていたのだ。鳴り続いていた理由は、巨人絡みの出来事――「ウォール・マリア」陥落――であった。
つまり、今回も。
「……巨人が、壁を破壊して攻めてきたんですね?」
エルヴィンは、ゆっくりと首肯した。
「そうだ。突破されたのはトロスト区。超大型巨人によってだ。幸いにも超大型巨人はすぐに去り、鎧の巨人の姿はまだ確認されていないらしい」
鐘は未だに鳴り響いている。
「事は、一刻を争う」
エルヴィンは立ち上がった。横に掛けられていたマントを身につけ、真っすぐこちらを見据える。
彼は幸いにも、と言ったが今この瞬間にも巨人がトロスト区へ侵入しているのだ。
「ロザリア」
「はい」
「各分隊長に通達せよ。『トロスト区攻防の援護に当たる。一時間後に用意・本部前の整列を完了』。――――リヴァイも頼む」
「了解」
二人はそろって敬礼をし、速やかに退室した。
一時間後。
調査兵団の団員は各々の準備を完了し、トロスト区通用門の前に待機していた。
道中、トロスト区ではない「ウォール・ローゼ」の住民たちに様々な声をかけられた。
「調査兵団だ!これでトロスト区も大丈夫だな!」
「巨人を殺してきてくれ!」
「私たちの平和を守って下さい!」
それらを見、こちらを心配している彼らには悪いが、皆調査兵団がどういうものか知らないだろうとロザリアは思う。
調査兵団は断じて巨人殺しの集団などではない。名の通り、人類の領域外の調査を主な任務とする兵団である。
だが巨人と交戦する回数は三つの兵団の中で群を抜いて最も多く、巨人殺しの精鋭が揃っているのは誰が見ても明らかだった。
「我々の目的はあくまでも調査であって、巨人を殺す事ではない」と、何時かエルヴィンが言っていたのを思い出す。
(なのに今は巨人殺しが任務、とは)
その皮肉さにロザリアはふん、と鼻を鳴らした。
だが、この任務に失敗すれば、人々の生活圏はまた大幅に後退するだろう。そうすればまたあの「口減らし」が行われる。そうなれば、その時の犠牲は――――。
ふと視線を感じてそちらを振り向くと、そこにはグレイがいた。彼はこの異常事態に緊張しているようだが、ロザリアに気がつくとぎくしゃくと笑みを浮かべた。明らかに無理をしている。
ロザリアもそれが分かっていたので苦笑で返す。
「今度は、敵前逃亡しないでしょう?」
上空へ信号弾を打ち上げる。
数秒の間を置き、必要最低限の分だけ速やかに開いていく門。
「ロザリア」
「はい」
エルヴィンの言葉に、ロザリアは正面を向いたまま答えた。
「君は自由に行動してくれて構わない。できる限りの数を掃討してくれ」
「分かりました」
「――――調査兵団、突撃ッ!」
一斉に鬨の声が上がる。
そして、ロザリア達はトロスト区へ侵入した。
「前方に巨人を発見!」
「右からもです!」
突入して間もなくあちらこちらで叫び声と怒号が上がり、次から次へと打ちあがる信号弾はきりがない。
現れる巨人。食われていく仲間たち。
エルヴィンの横で馬を走らせながら、ロザリアは決意した。できればもう少し後に実行したかったが、仕方がない。
離れる、という意味で馬の背を二度叩き、立体機動装置のアンカーを発射。
「ロザリア、巨人討伐の為本隊から離脱します!」
エルヴィンが返事をする前に体がふわりと浮きあがり、ロザリアは宙を舞った。彼が言ったのはおそらく「気をつけろ」とかの部類だから、確認はとるまでもないだろう。
目指すは、右側の巨人の群れ。
高速で移動しながら、ロザリアの目は巨人の姿を捕捉した。十メートル級巨人三体。ゆっくりとこちらへ移動してくる。まだこちらに気づいた様子はない。
屋根の上に飛び移り、立体機動の勢いそのままで巨人のもとへ駆ける。
巨人一体がロザリアに気付いた。
男性の顔をした巨人で、何か嬉しい事があったのか満面の笑みを顔面に貼り付けている。
巨人は純粋な笑顔を浮かべたまま、ロザリアのいる屋根へ予想異常に俊敏な動きで拳を叩きつけた。
だが、そこにロザリアはいなかった。巨人の行動を見越して近くの時計塔を使い、巨人の真上へと高速で移動していたのだ。
巨人は、獲物を捉え損ねたと知るやのろのろと拳を下げた。
遅い。
「せいッ」
横一メートル、縦十センチの、巨人のうなじにある急所。そこを、ロザリアは一寸の狂いなく削ぎ落とした。巨人は膝をつき、顔面から倒れ伏して絶命。
まだだ。
返す刃で自分に迫っていた巨人の指を切り離し、さらに肉迫して目玉を攻撃する。両目を覆うその姿は、無防備にも程があった。
難なく切り伏せ、残り一体――――。
空中で振り向いたロザリアは、目を剥いた。
巨人が、こちらに向かって跳躍していたのだ。転ぶ事も厭わず、こちらに大口を開けて。
「――――!」
――――奇行種ッ?!
引き絞る寸前だったトリガーを咄嗟に止めて、ワイヤーを壁から外して巻き取り、体を弓なりに反らす。
恐ろしい勢いで、僅か数センチ上を巨体が擦過していく。歯が真上でがちりと音をたて、ロザリアは総毛立った。
一瞬でも遅かったら、自分は今頃――――。
地面に激突する寸前、建物にアンカーを射出し空中へ飛び出す。
体勢を整え奇行種を見れば、奇行種は膝をついて起き上がるところだった。
――――させるもんか!
暴力的な衝動に突き動かされるままに奇行種の背中へアンカーを突き刺し、目にも止まらぬ速さで急降下。
まだ蒸発しきっていない、先ほどの巨人の血がこびりついたブレードが陽光に反射してぎらりと光る。
あたかもそれは、大きく顎を開いた肉食獣の牙のようだった。
ぜぇぜぇと、自分の喘鳴だけがやけに五月蠅く響く。額の汗を拭い、ロザリアは巨人の死体を見下ろした。
(まだだ)
まだ、全然倒していない。
(もっと)
もっと、倒さねば。
(奇行種程度で、こんなに手こずるなんて……)
あの人類最強は、もっと手早く巨人を倒しているのだろう。例えそれが今のような奇行種であっても。そう思えば思うほど、ロザリアの中に対抗心が芽生えてくる。
彼女の赤目は、これ以上に見た事がない苛烈な感情に燃えていた。
(――――殺してやる)
己の内に潜む獰猛な獣が、高らかに雄叫びを上げる。
激情に駆られるまま、ロザリアは宙を舞った。