【進撃の巨人】赤目の戦士   作:千歳飴

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#7.戦いの狼煙

 

 

これは全くの予想外だった、と調査兵団兵士長のリヴァイは思う。

まさか、ロザリアがここで「病気」を発症するとは。そして、そのせいで今回の作戦から外されるなど、エルヴィンも想定していなかっただろう。あの場で即座に判断を下した本人としても、酷だっただろうから。

リヴァイは、彼女の「病気」の全容はおおよそしか知らない。

分かっているのは、彼女の「病気」は何の前触れもなく突然発症するもの。症状は、一時的な視覚障害、手と足のふるえ。不定期に起こるそれは、いつの間にか収まってしまう。

これは先日の壁外調査の際、エルヴィンに何度も言われた事であった。

 

「彼女は人類の戦力だが、兵士には向いていない」

 

ロザリアの「病気」は一生ついてまわってくるものだと。

彼はその時そう言っていた。

つまり。彼女は戦闘技術に秀でるものの、それは短期戦闘の時のみ発揮されるものであって、壁外調査等巨人との交戦が連続して何日も続く長期戦には向いていない。理由は簡単、何週間も壁から離れる壁外調査では、何時「病気」が発症してもおかしくないからだ。

もっとも、今回の壁外調査は短期間で終了する予定だったので、ロザリアも特例としてついてきたのだが……。

ロザリアは今どうしているだろうか、とリヴァイは思った。

誰よりも使命感が強い女である。這ってでも戦場に赴こうとするだろう。それを治療班の面々が必死に取り押さえているだろうか――――。

 

「――――信号弾を確認。作戦が開始されました」

 

淡々と告げられたその言葉でリヴァイの思考は止まり、その場の緊張が否応なく高まっていく。

過度な緊張は枷となり、実力の何分の一しか発揮できない。これから単身で切り込んでいく調査兵団の精鋭部隊はこの空気に慣れたものだったが、駐屯兵団の中ではプレッシャーに押し潰されてえずいている者もいた。

調査兵団精鋭部隊の動きは至ってシンプル。これから門へ南下し、門周辺の巨人を掃討するだけ。門の前は広場となっているが、調査兵団が誇る精鋭ならば、巨人の身体なり使って立体機動は充分に行えるだろう。

ピクシスがこちらを振り返って言う。

 

「頼みましたぞ、リヴァイ兵士長」

「当たり前です。――――巨人は確実に仕留める」

 

立体機動装置のガスボンベと予備の刃を最終確認、トリガーに刃を装着。

エルヴィンは何かと忙しいらしいので、精鋭部隊の指揮はリヴァイがとる事になっている。

本当は彼女の筈だったのだが――――と、一瞬脳裏に赤い目が特徴的な女性の姿が浮かび上がった。

いや、今は考える事ではない。

 

「調査兵団精鋭部隊――――突撃!」

 

リヴァイは中空へと飛び出した。

 

 

 

 

息が震える。

心臓は早鐘を打ち続け、頭の中は真っ白。ワイヤーを命綱よろしく掴んでいる手や、支えにしている足は膝が笑って力が入らない。

まるで、生きた心地がしなかった。

グレイ・シャールはぎゅっと目を強く瞑り、おそるおそる目をゆっくりと開いた。

調査兵団の精鋭ではない彼は、巨人を街の角に集めさせる囮部隊となっていた。今は、巨人の気を引くエサ役として壁からぶら下がっている。

本来、この役は訓練兵が行う予定だったのだが、それにはグレイ達調査兵団一般兵士が猛反対した。

ここは、精神が鍛えられた調査兵団が引き受けるべきだ。訓練兵達では耐えられそうにもない――――と。

実際その通りだった。

眼下にひしめく巨人たち。時折こちらへ向かって手をのばしたり跳んだりする巨人がいるので、届かないとわかっていても肝が冷える。恐怖に支配されてしまっている訓練兵では、心が耐えきれず壊れてしまうだろう。まだ、彼らは子供なのだから。

その時。

ふと、音が聞こえたような気がしてグレイが肩越しに街の方を見ると、何やら人影が高速で移動しているのが見えた。

すぐに正体が分かった。

調査兵団の精鋭部隊である。

 

(作戦が開始したのか)

 

幸い、巨人は精鋭部隊には気づいているものの、ここから離れる気配はない。動いているのは奇行種のみ。囮部隊はしっかりと機能しているようだ。

 

(――――あの中に、ロザリア補佐官もいるのだろうか)

 

ここからではあの部隊は逆行となって見えないが、グレイは頭の中に赤目の女性兵士を思い浮かべた。

巨人を一瞬で屠る強さを持つ彼女と、人類最強の二つ名をもつリヴァイ兵士長。二人がいれば、巨人に関しては問題ないだろう。これは奇妙な確信だった。

あとは、巨人化できるという訓練兵の少年次第である。

――――トロスト区は、グレイの出身地でもあった。

だから。

 

(絶対に、成功してくれ――――!)

 

 

 

 

世界に、光が戻ってきた。

 

(……明るい)

 

何度か瞬きをし、ロザリアは腹筋を使って上半身だけ跳ね起きた。

視力が回復した。手のふるえはとっくに収まっていたが、足はまだ。

ロザリアは何度めになるだろうか、血の滲む唇を噛み締めた。

ここは、壁の上に作られた櫓の中の緊急救護室である。

あの後、抵抗しようにも四肢に力が入らなかったので、治療班の者に成すがまま担架に乗せられてここまで運ばれたきたのだった。救護室とはいえ、即席で作られたものだったので当然ながらベッドは無く、毛布をしいた上におろされ安静にしておくよう言われた。

 

――――誰が安静になんてしていられるか。

 

もう、作戦は始まっている。

ロザリアは、胸元で光るペンダントを見下ろした。

 

――――わたしは兵士だ。

 

これを手に入れた時から、立ち止まるわけにはいかないと決めたのだ。

そのために、自分は今、何をするべきか。少なくとも、ここで大人しく寝ている事じゃない。

ロザリアは、ふるえがおさまった手で左太もものベルトについてあるポーチを探った。目当ての物が見つかり、それを取り出す。

それは、一本の小振りなナイフだった。

手のひらに収まってしまうサイズのこれは、切れ味が非常優れており、常に持ち歩いている物だった。

しばし、鈍く反射する刃を見つめる。

心の中の弱気な自分が囁いた。今からする事は正気の沙汰ではないぞ。きっとものすごく痛いし、怖い。やめよう。あきらめて寝よう。

刃を持つ手が、病気ではないというのに震え出した。

そうさ、怖いに決まってる。

ナイフを高々と掲げる。

――――でも、わたしは兵士だ。

恐怖はあったが、迷いはなかった。

 

 

そして、ロザリアは――――いまだ痙攣を繰り返す自身の右足へ、躊躇なくナイフを振りおろした。

 

 

「――――ッ!」

 

気が狂いそうな激痛に、歯を食いしばって耐える。壁の上は涼しいというのに、脂汗が額を流れおちた。

刃を抜き、左足も同様に。

ロザリアは、痛みで自分をごまかそうとし――――そして見事に、彼女は痛みで自身の病気をごまかした。

ナイフをしまい、救急箱の中にあった包帯を勝手に頂戴して足を動かしてみる。激痛が走ったがふるえはおさまり、許容範囲だと判断。

足元に置かれていた立体機動装置を装着して櫓の外に出ると、近くにいた治療班の医師がぎょっとして立ち塞がった。

 

「え、あなた、病気は……」

「おさまった。だからわたしは、精鋭部隊と合流する」

 

唖然とした医師の顔が、真っ赤に染まっていく。

あ、これは怒るな、とロザリアは感じ、同時に邪魔だ、と思った。

 

「ちょっと君ねえ、安静にしてろってエルヴィン団長から――――」

「うるさい、君に兵士の何が分かる?もう一度言う、病気はおさまった、邪魔だ」

「……ぁ……」

 

未だがみがみと怒鳴る医師の肩に手を置き、少し凄んで見せる。

それだけで医師は簡単に黙りこみ、心の中で笑ってやった。

 

「退け」

 

肩にぐ、と力をこめれば、医師はいとも容易くぺたんと尻もちをついた。

その横を通り過ぎ、壁の端について深呼吸。

ここからはスピード勝負だ。一刻も早く戦地に到着し、状況を把握して多くの命を救い、守り、そして作戦を成功させる。

 

いざ。

 

ロザリアは地を蹴った。




更新がとてつもなく遅くなりました……。待たせてしまい、本当に申し訳ございません。
不定期になりますが、更新をこれからも頑張っていこうと思います!

◆リヴァイが文中でピクシス指令官に敬語を使ったのは、「リヴァイは心の中で尊敬できる人間には敬意を表すのかなあ」という私の独自解釈です。「何かを捨てる事ができる人間」なので、リヴァイが敬意を表すには充分な方なのではと。
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