リバイバルはもう起きない。これが本当に大切なものを手に入れた証拠だった。
……本当に?
「悟君、元気そうだったね」
ヒロミくんが嬉しそうに話している。
どうしてだろう。この人は私の愛する夫なのに。普段ならあなたって呼ぶし、未来が生まれてからはパパって呼んでいた。ヒロミ君も私のことをお母さんって呼んでくれることもあって、そのことは虐待の過去を持っている私にとっては夢のような幸せのはずなのに。
あの日、地元に帰ってきた彼は、目覚めたころに出会った彼とは別人で、憔悴していた様子は快活で私を見据える目はまっすぐで、
「雛月、それじゃあ」
あの頃と変わらない優しさと、でも間違いなく変わっていた低くて太い男の子の声。
でも、
「加代って呼んでほしかった」
「……っ!」
それは、きっと声に出してはいけなかった、私の本当の願い。
「雛ちゃん、おはよう」
「おはよう、ヒロミ君」
あの頃。まだ、私たちが中学に上がってすぐのころ。
私は毎日、悟の病室に通っていた。
私を救ってくれたヒーロー。
でも、今の悟は何も話してはくれない。目も開けてくれない。私の手をぎゅってしてくれない。
「加代ちゃん、ヒロミ君。いらっしゃい」
「おばさん、こんにちは」
「うん、おばさん、代わるね」
だから、私は悟の手を取る。握り返してはくれないけれど、でもその分、私が握りしめて。
私がここにいるって、悟に教えてあげるんだ。
介護の大変さは私には想像のつかないものだったけど、おばさんに頼んで、私は悟の介護を手伝わせてもらっていた。
「雛ちゃん、僕も手伝うよ」
ヒロミ君は少し前からお医者さんを目指すんだと言っていた。それはきっと悟を直したいと願う私の気持ちと同じ心から出ているものだと思うから。
私にとって、ヒロミくんは戦友みたいなものだった。
でも。
多分、ヒロミ君にとっては違っていて。ううん、最初は同じだったかもしれないけれど、いつしか想いはすれ違っていたのかもしれない。
悟が千葉の病院に転院したと聞いて3年。
私は東京の大学に願書を出した。
勉強は苦手だったけど、ケンヤ君やヒロミ君は頭がよくて、勉強を教えてくれた。私も一生懸命に頑張った。その甲斐あって、国立大学の医学部に入学することができた。ヒロミ君と、同じ大学だった。同じ志を持つ同志。法の道に進んだケンヤ君と別れてしまったことで、よりいっそう、ヒロミ君と同じ時間を過ごすようになっていた。
ただ、悟に会いたかった。
まだ眠ったままだということはわかっていたけど、それでもいつか、
「加代のことは俺たちが守るから」
ヒーローは約束を破らない。
そう信じていたから。
でも、いつしか。
私の心には裂け目が入っていたのかもしれない。当然のように疑うべきこと。目をそらし続けていたこと。
悟のことで、おばさんから連絡はなかった。あの日、一方的に私を悟から遠ざけたおばさん。
ケンヤ君は私のためと言っていた。でも、大好きな人と無理やり引き裂かれたことの何が私の為なのだろう。
幸せだった。手を伸ばせば悟がいた。顔を近づければ、悟の吐いた息が感じられた。
手を握れば暖かかった。生きている。悟が生きていることを感じ取れた。
けれど誰より信じて慕っていたおばさんに裏切られたあの日から。
私は、悟が本当に生きているのか、わからなくなっていたんだろう。
「雛ちゃん、もう辞めないか?」
ヒロミ君がこの言葉を話すのは一体何度目なのだろう。
悟の居場所を知ることは東京に出てきてからも出来なかった。病院には守秘義務があるし、特殊な状況を持っている悟は、もしかしたら未だに犯人に狙われているかもしれないからと、ケンヤ君が言っていた。
犯人って、何?
そうケンヤ君に聞いたけど、何も教えてくれなかった。
悟が守ったお前を危険にさらしたら、俺は悟に顔向けできない。
そう言い切ったケンヤ君の顔は悟の次にカッコいいと思ったけど、でも。語るに落ちたとも思った。私を守った。そうケンヤ君は言った。何から?
犯人がいる。悟を狙っている。どうして?
決まっている。きっと私を守ったからだ。
「雛ちゃん、植物状態の人間をお世話するのが大変なのはわかるよね?」
東京に上京して3年。私たちは
21才になっていた。
ちょうど、カズくんと彩ちゃんが長い交際の末に結婚した年。
悟と出会ってから10年が過ぎていた。
「何が言いたいのさ」
「もう、悟君は生きていないかもしれない。ううん、たとえ生きていても、10年間植物状態での蘇生例なんて」
「蘇生ってなんだべ! 悟はまだ生きて」
「そんな可能性を信じているのはもう雛ちゃんだけだよっ!」
ふざけないで!
そう言って私は思い切りヒロミ君の頬を張った。乾いた音が響いて、その後。
「あれ?」
ふらっとよろめいた。
お酒の席だった。カズたちの結婚式の2次会、3次会と、皆で飲み歩く内に、だんだんと人は減っていき、肝心の主役のカズたちが中座してからは男の子たちは初夜がどうのとはやし立てたうえで、個別に知り合い同士、久しぶりに会ったもの同士分かれていった。
最終的に私が一緒にいたのは同じ東京に住んでいるケンヤ君とヒロミ君で、ヒロミ君が「俺、まだ仕事あるから」と言って抜けた後は二人で飲めないお酒を飲んでいた。
そして、
気が付いたら、私はヒロミ君とホテルにいた。
おぼろげな記憶で、ヒロミ君との情事は覚えていた。お酒のせいだと思いたくて、でも悟の名前を呼びながら喘いだ。ヒロミ君が泣きながら私を抱きしめていた。「僕を見てよ、雛ちゃん、好きなんだ、愛しているんだ」そんなことを言っていた。
それだけのことだった。それだけだったなら、私は一生ヒロミ君とは会わないか、逆に全く変わりのない自分を演じるつもりだった。
だけど、2週間後。私の喉元に異物感がこみあげてきた。
吐き出したものを全部流しながら、私は私の体の変化に気が付いていた。
そして、その変化を起こした原因を、取り除くことは、私にはできなかった。
子供を殺すことは、出来なかった。
そうして、私は杉田加代になった。
「……馬鹿なの?……」
つぶやいた独り言は誰にも聞かれることなく消えていった。
勢いで書きました。漫画・アニメで確認して変更すべきところ、タイトル等は変更しますが、雛月ルートは譲りません。個人的に加代の扱いで読むのやめようかと思うくらいに衝撃を受け、その後のラストバトルはなんか軽く読み飛ばした感じです。ヒロミのこれが寝取りかどうかはよく論議されていますが、その是非に参加する気は無く、雛月がこれほど愛されているにもかかわらず、雛月ルートSSがほぼ無いために書きたくなりました。