雛月ルート   作:kayakohaku

2 / 5
彼の懺悔

 

 藤沼悟は俺の親友だ。

 今、あいつが隣にいなくても。この先永遠に目覚めることがなく、言葉を交わすことがなかったとしても。

 俺はあいつの親友だと言い続ける。

 だけど、同じように考えていたはずのもう一人の親友が、変わってしまったことは、自分でも信じられないほどの衝撃だった。

 10年も前の話だ。

 俺の親友が事故にあった。紛れもない殺人事件だった。

 悟は運よく一命を取り留めたが、その後10年以上もの間、意識障害、つまり脳停止のままで一度も目を覚ますことが無かった。

 俺たちはいつか悟が目を覚ますことを願い、できる限りの努力をしてきた。それでも、家族でも無い子供の俺達にはできることなんてあまりにもなくて、それでも無力な手を精一杯伸ばしてきたつもりだ。

 そんな中、誰よりも頑張っていたのがヒナだった。

 雛月加代。悟が救った少女。俺と同じく、悟をヒーローと慕う、もう一人の異性の“親友”だ。

「賢也くん。僕、結婚することになったんだ」

「え? マジか。おめでとう、ヒロミ」

 杉田広美。かつての仲間で、今は医学部に通う医大生。加代と同じく医者を目指している彼もまた、悟のことをヒーローと慕う一人だ。

 半年ほど前、以前の仲間の一人であるカズが結婚したことに影響されたのだろうか。

 だけど、意外に思った。広美とはヒナと一緒によく会うし、周りにはヒナ以外には女の影も無かったのに。そう思い、そして、まさか、と思った。

 そんなはずがない、そんなことありえない、と。

「うん、加代と、結婚するんだ」

 はっきりと言い切った広美の顔は。

 心からの喜びを浮かべた満面の笑顔だった。

 それからのことは覚えていない。

 幼少のころから、一歩引いた位置に自分を置いて、客観的な行動を心掛けてきた。昔、悟に「スゲェな」と言われたこともあるこの特技はもう無意識に発動するらしい。記憶にないのに、思い出そうとすれば自分のとった行動、言った言葉、すべてが思い出せる。

 ざっと確認してみたところ、ごく無難に友人へのお祝いを言えていたらしい。10年来の付き合いの男女が恋人関係にあったことは驚きだが、自分にとっては恋愛対象でなかった女性が親しい友人と結婚するのだから、祝福するのが当たり前だろう。

 

 

 

 だけど、その女性は雛月加代だった。

 

 

 

 恋愛対象に入っていなかったじゃない。

 俺にとって、ヒナは特別だっただけだ。 

 悟が、俺のヒーローがそうであったように、ヒナもまた俺のヒーローだった。 

俺がどうにも出来ない問題に直面した時、何をやればいいのか、正解を探すことができず、ぐずぐずしていたあの時に、

「賢也くん、悟に、会いに行こう」

 涙を堪えて机に突っ伏した俺の手を握りしめて立ち上がらせた。女の子の癖にとても力強く熱い手に、俺の滲んでいた涙さえひっこまされていた。

 向かったのは悟の家。

 その後は市内の病院。

 ひたすらに駆け回った。結局、悟の居場所はわからないまま、昏睡状態だった悟に出会えるのは、生命維持装置を外すことが許され、集中治療室から一般病棟に移された後だったけど、何もできなかった俺はヒナのことをスゲェと思った。

 それからも、ヒナの悟に対する行動力は普段のクールなヒナからは想像できないくらいだった。

 悟は意識がないのだから、当然自分では身動きもできない。トイレにだって行けないし、モノを食べることも出来ない。それ以前に油断をすれば呼吸でさえ怪しい状態だ。人の生理行動を全て他者が介入しないといけない状態。それが植物状態ということだ。

 そんな悟の世話を、悟のお母さんと共に行っていたのがヒナだった。俺も見舞いに度々足を運んでいたけれど、ヒナは学校が終わるとそのまま病院に直行し、面会時間ギリギリまで、時には許可を取ってでも消灯時間まで、悟に付き添い、世話をしていた。

 看護婦や当直の先生を捕まえて介護の質問をしていた。図書館で本を借り、悟の横で声を出して読み、カセットテープに新しい曲を何曲もダビングして、わざわざウォークマンをつけて聞かせていたこともある。その中には変なアニメのテレビ番組の、音だけ録画したものもあって、ナニコレ? と聞いたら、「悟、漫画書くんだって言ってたから、こういうの好きかなって」と言っていた。

 英語の単語を声に出して読み、日本語の訳をその後でまた読む。社会や国語の授業で使う教科書を朗読し、数学の問題の解き方を、返事も帰ってこないのにまるで気にもしないように丁寧に教えていた。

 

 

 ある日、珍しく美里が俺たちと一緒に見舞いに来た時、偶然その光景を見て言ったことがある。

「あいつ、おかしい」

 と。

 声に出して初めて自分の失言に気が付いたのか、慌てて口を噤んだ美里に、俺は怒る事が出来なかった。

 行き過ぎた行為。誰の目にもそう映るに違いないと、俺も心のどこかで思っていたことだから。

 ヒナの誰からも行き過ぎたと思われる生活は、それからしばらくして突然に打ち切られることになった。

 突然の内地への転院。千葉にある、全国最大の遅延性意識障害患者の治療病床の規模を誇るその病院に移ることが出来るのは悟の治療にはとても幸運なことだった。

 確かな回復実績もあり、誰にとっても、もちろんヒナにとっても、言葉を尽くせば納得してくれたと思うし、喜んでくれただろうと、今は思う。

 だけど、その時、俺は、俺と悟の母親、佐知子さんは、ヒナに転院の事実を伏せていた。

 そしてそれはつまり、ヒナが悟と会うことは出来なくなるということだった。中学生が北海道から会いに行くなんてほとんど不可能だ。まして、千葉の病院などと言っても、どこのことなのかわかるわけもない。

 

 土曜日と日曜日。

 ほとんど悟の病室に詰めているヒナが時折出かける場所がある。

 

 悟がいなくなった病室を飛び出したヒナを探して、場所だけは聞いていたその大きな木の下でヒナを見つけた。

 市内を一望できるその場所で、遠くを眺めるヒナに、ふと衝動的に訪ねていた。

 

 ここで、悟と何かあった?、と。

 

 そう聞いた。

 ヒナは答えた。

 

 私が、悟に告白した場所だよ。

 

 そっか。

 あの、言葉だけ見れば、あまりにも悲しい言葉が、どうしようもなく尊いものに見えた。

 

 




加代をヒロインから外すのなら、あの9巻の加代の行動はいらなかったと思えます。ヒナ信者にはうれしい限りですが、のちの行動に繋がらない……

告白シーンは、あれを私が告白だと捉えているだけですので、というかその後自宅にナチュラルに連れ帰る。しかも手つないだままって、もう付き合っている以外の何物でもないような気がしませんか?

あと、千葉の転院が1989年7月になっているんですが、これだと加代ちゃん小学6年生なんですが。セーラー服着てたので病院に通っていたのは中学生時代としました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。