ただ、次の投降はいつになるか、本人もわからない。
本当に、すまない。
造路はキャスターと共に、自宅の屋敷に帰りついた。
玄関にて息を吐き、彼は振り向いてこう言い放つ。
「で、なんでいるんだ?」
彼の視線の先には、艶やかな黒の髪をサイドテールに結った、曇りなき黒眼の少女がいる。
そう、天童鶯華その人である。
セイバーの姿は見えないが、霊体化しているのだろう。
「ちょっと、今後の話合いをしないといけないからね。この聖杯戦争、かなり過酷なようだし」
「……明日じゃ駄目なのか?」
正直、かなり疲れているんだが。
「何を言ってるの。こういうのは、即時対策を立てるのが当たり前。後手に回れば回る程、苦しくなるし、隙をなくせばなくす程、自分は楽に戦えるんだから」
「某の受け売りだな」
「セイバー!!」
突然霊体化を解いたセイバーの発言に、鶯華は殴りかかって止めた。
セイバーは高笑いをして、それを軽くあしらう。
「主従で戯れるのは一向に構わんが、話合いとやらを終わらせてからにしてくれないか?」
「ははは、すまんな。それ、マスター、行ってこい」
「全く、誰のせいよ……(ブツブツ)」
鶯華はぶつくさ言いながらも、造路の元へと歩み寄る。
セイバーもそれに続こうとして、キャスターの手に制された。
「ここは、マスター同士で話をさせようじゃないか」
「そして、サーヴァントはサーヴァント同士で話がしたいと?」
「率直に言うと、お前のマスターは少々癇癪持ちのきらいがある。話し合いを円滑にするために、私たち年長者だけで話したい」
「お主のマスターは、生贄か?」
「人柱と言え」
「大して変わらんぞ」
いや、もっとひどいかもしれない。
―――――――――――――――――――
「あー、もう、なんなのよあいつ!」
案の定というか、なんというか、セイバーのマスターこと天童鶯華は癇癪を起していた。
セイバーに、マスター同士親睦を深めるのも悪くないだろう、とのことで独りで送り出された結果だ。
「ま、まぁ、落ち着けよ、天童」
造路は苦笑しながら、彼女をそう宥める。
そして、心の中で学校のマドンナのイメージがボロボロと崩れていく音が聞こえてくる気がした。
「まぁ、いいわ。それじゃ、対策会議といきましょうか」
「対策、というと、やっぱアサシンか?」
「当然。サーヴァント一騎という霊基に対して、複数の英霊として同時に現界する。あんなの、反則も良い所よ」
それも、キャスター曰く、どれも一級の英霊だったらしい。
超一級のセイバーだから、ああも軽くあしらうことができたのであって、他の英霊であればあれらの内一騎でも対抗するのは難しいとのこと。
「アサシン陣営の情報を整理しよう」
複数の英霊が同時に顕現している。
そのどれもが一線級のサーヴァント。
複数のサーヴァントの同時顕現、なおかつ戦闘をさせる消費魔力を賄えていることから、マスターの力量もかなりのものだと思われる。
「そして、アサシンは最低でも五騎はいるわ」
「俺たちも見たあの四騎と、マスターを転移させたやつで五騎ってことか?」
「そういうことよ」
「でも待てよ。もしかしたら、あの四騎の内誰かがやったかもしれないだろ?」
「それはないわよ。私はあいつらの一挙一動を観察してたけど、魔力の動きは全く見られなかった。勿論、マスターも含めてね」
「成程……」
となると、あの場にはいない何者かがあの魔術を行使したことになる。
故に、五騎なのだ。
「けど、そうなるとアサシンの真名がわからないのよね。王様系サーヴァントで、その配下を召喚した、っていう宝具ならわかるんだけど、どう見ても文化は勿論時代すら違ってたもの、あいつら」
確かに、あいつらはどう見ても文化圏が違う。
サーヴァントとは、逸話や神話が残っている英雄のコピーなのだ。
彼らの強さや闘い方、そして宝具は逸話や神話に依存する。
ならば、なにかしらの繋がりがないとならないのだ。
「けど、どこにもそんなものは見当たらなかった」
「その通り。正直、お手上げね」
どうやら鶯華は、あのアサシンがなんの英霊か、推測もできないらしい。
だが、造路は違った。
「いや、俺は、そこにこそあれが何の英霊か推測する糸口があると思ってる」
「え?」
「俺が思うに、たぶんアサシンは、なにかしらの秘密結社の頭目の誰かなんじゃないのか?」
秘密結社。
有名どころで言えば、フリーメイソンだろうか。
造路はその創設者、あるいは頭目の誰かではないかと思っている。
あの複数のサーヴァントは、宝具によって召喚しただとか。
鶯華はその推測を聞いて、顎に手を当てて考え込む。
「良い線いってるんじゃないかしら。的を射てるかもしれない」
「お、そうか?」
「けど、それには欠点が一つあるわ」
欠点。
それに造路は首を傾げる。
自分で言うのもなんだが、かなり良い推理だと思うのだが。
「それだと、
「あ、そうか……」
そうだ、鶯華の言う通り、これだと真名の候補を挙げることすらできないことだ。
秘密結社とは、隠匿されているからこそ秘密結社足り得るのだし、そのルーツなど知りようがない。
「もしかしたら、彼のフリーメイソンの創設者の名前を知ってる人もいるかもだけど、そんなのは時計塔でもかなりの上位とか、ヤバい人だけでしょうね」
「な、成程な」
「それに、そんなサーヴァント呼んでも、大して役に立たないわよ」
「は? なんでだ?」
鶯華は、は? 何言ってるのこいつ? みたいな顔をしたが、なにかを思い出したかのように頭に手を当てた。
「そうだった。あなた、素人だったわね。それじゃ、知らなくて当然か」
「どゆこと?」
「サーヴァントには、知名度補正って言って、その地域においての知名度によって引き出せる力が変わるの。サーヴァントっていうのは、神話や逸話、歴史に記された英雄の映し身、要はコピーね。そのコピーの大元は、伝承。その伝承が、どれだけその地域で知られているかに、サーヴァントの能力値は大きく依存してるの」
故に、知られてすらいない秘密結社の創設者や頭目では戦力にならない。
その言葉に納得しつつ、造路は唸る。
「それじゃあ、結局の所振り出しか」
造路は頭をかく。
さて、どうしたものか。
これでは、アサシンの真名がわからない。
困り果てていると、鶯華が手を叩いた。
「やめやめ! これ以上は空回りするだけよ」
「じゃあ、どうする? 寝るか?」
「そうね。けど、その前にやりたいことが一つだけ」
「なんだ?」
造路がそう問いかけると、鶯華はにやりと笑う。
「私たちのサーヴァントが、一体どんな話をしてるのか、覗きに行きましょう」
――――――――――――――――――――
キャスターとセイバーは屋敷の一室にて対面になるように、腰を下ろして畳の上に座っていた。
「それで、セイバー。最初に訊いておきたいことなんだが、アサシンたちは強かったか?」
「あぁ、強いな。しかし、某には遠く及ばんよ。ランサーやバーサーカーも、あの程度のサーヴァントなら蹴散らせるだろう」
「成程、しかし、それは一対一の尋常な決闘での話。複数でかかられては、キツイだろう?」
「ふむ、そうさな。宝具を存分に使ってもよいのなら幾らいようと蹂躙してくれるが、なしとなると某でも辛いな。五人が精々、それ以上となると
「お前でそれなのだから、『神殿』外の私なら死ぬ可能性が高いな」
キャスターは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「やはり、私は穴熊を極め込むべきか? 外は、余りに危なすぎる」
「しかし、それではお主のマスターが困るであろう? 夏休み、であったか? それになるまでの間、学校とやらに行かねばならんのだからな」
「チッ。駄目と言っても聞かないんだよ、あいつ」
なにしろ、前科がある。
死にかけた翌日に、衝動のまま学校へと行こうとしたのだ。
我がマスターながら、阿呆すぎる。
「かといって、死なせる訳にもいかんしなぁ……」
「何故、そこまであの少年に肩入れする。お主がそこまで義理立てしてやる」
「主従関係、だけでは納得できんか?」
「ああ、できんな」
セイバーは目を細める。
その視線は、値踏みする訳ではなく見定めようとしているものであった。
彼はそのまま問いを投げかける。
「某は、サーヴァントとして振舞うことを決めている。だがそれは、それに足る人物だと、マスターを認めておるからだ。超がつくまでに一流の魔術に魔力、そしてあの歳の割には頭も回る。なにより、
「…………ふむ」
セイバーの問いに、キャスターは唸るだけであった。
彼女のその態度に、セイバーは少しだけ眉をひそめ、そのまま己が思うことを口にする。
「人格はできておる。才も、あることは認める。しかし、闘争に置いて生き残るのに重要なのは、才ではなく実力と運だ。運はあるようだが、あの少年には、決定的なまでに実力が欠如している」
「…………」
今度は、唸りすらしない。
それにセイバーは、少しだけは腹立たしく思い始める。
「お主、満足にどころか、一切魔力供給を受けていないな? 現界と戦闘の消費魔力を、地脈からのマナで賄っておるようだが、それでお主、全力を出し切れておるのか? いや、闘わずとも、この『神殿』の外に居続けるだけで、お主は魔力切れで勝手に脱落する程までに、お主の状況は危うい」
セイバーの見解に、キャスターは困ったように肩をすくめた。
彼の言うことは全て、正鵠を射ていると認めて。
「おっしゃる通りだ。ツクロはマスターとしての能力は何一つとして持ち合わせていない。しかも、あいつは本当の意味で一般人、無辜の民だ。まぁ、気概は多少見ることができる代物ではあるがな」
キャスターは存外、彼のことが気に入っているらしい。
恐らく彼女は、何かに挑戦をする若者が好きなのだろう。
セイバーとてそれは同じ、いや、『英雄』であれば、何かに挑む若者は好きなのだ。
なにしろ『英雄』とは挑戦することで、何かしらの試練を踏破、あるいは功績を打ち立ててきた者の総称。
成程、キャスターは『英雄』だ。
だが。
「某からすれば、見るに堪えんよ。お主のマスターのやっていることは、無謀以外の何物でもない。彼は役目を負わされたのでなく、責務も与えられたのでもなく、お主に救われたという義務で動いている。我ら『英雄』が歩んできたのは、どれも茨の道。なんの力も持たず、ただ度胸だけで歩むには酷というものだ」
「無謀だと言いたいのか? だがその無謀を乗り越えて、『英雄』となったのが
「然り」
棚上げも甚だしい、そう言外に言ったキャスターにセイバーは首肯した。
「なにしろ無謀とは、分不相応からくるものである。その時がよくとも、後に対価を支払う時がやってくる。故に我らは、ロクな死に方をしていないだろう? そしてなにより、我らの人生は、辛苦に彩られ過ぎているではないか」
その言葉に、キャスターは顔を顰めた。
心当たりが、あるのだろう。
彼女は特に、分不相応と辛苦という単語に反応を示した。
「その無謀の対価が、己の身一つで済むのであれば、某とて、胸の裡はさて置いて口は挟むまい。されど、お主のマスターの無謀の対価は、彼一人で払いきれるものではない。現に、お主が肩代わりをしているではないか」
「……………………」
セイバーの言葉に、キャスターは今度こそ沈黙した。
彼の言う造路の無謀の対価は、今のこの状況そのもの。
造路は戦う力を持たない、だからキャスターが戦っている。
造路はサーヴァントを維持できるだけの魔力を供給できない、だからキャスターは『神殿』の要塞としての機能のリソースの一部を、己の現界の維持のために割いている。
造路はキャスターの造り得る最高の『神殿』を造れるだけの霊地を持たない、だからキャスターは、最高の『神殿』を建てられない。
詰まる所、おんぶに抱っこなのだ。
これでは、セイバーでなくとも口を挟むだろう。
「では、もう一度問うぞ。何故、そこまであの少年に肩入れをするのだ? お主ほどの実力であれば、本気で『聖杯』を望めば獲れる見込みはある。お主は、『聖杯』を望んでいるのだろう? だというのに、なぜ自らそれを得る確率を下げるようなことをするのだ」
「……………はぁ」
キャスターは、ため息を吐いた。
そして、彼女は口を開く。
「セイバー、お前の勘違いを、まずは正そう」
「ほう、勘違いとな」
こくり、と。
キャスターは頷いた。
そして彼女の発言は、この日セイバーを最も驚かせた。
「私は別に、聖杯が欲しい訳ではない」
セイバーが驚いたのは、ここではない。
望みは聖杯ではなく、他のサーヴァントたちとの闘い、という者もいるだろうという想いからだ。
キャスターは戦闘狂とまではいかないだろうが、戦闘行為を好む類の人種であろう。
ならば、彼女の望みは戦いにこそあるのだろう、と、彼はそう考えた。
「私の望みは、
セイバーは、その発言の真意を汲み取ることができなかった。
だから彼は、彼女の発言の意味をそのまま受け取るだけにして、それを口にする。
「まさかお主、マスターに奉仕することが望みなのか?」
「いや、それは正確ではないな。私がやりたいのは、奉仕ではなく救済、あるいは手助けなんだ。私にとってこの聖杯戦争とは、それをやるための手段に過ぎん。他のサーヴァントとの戦闘は、私にとっては無聊の慰めなんだよ」
キャスターは、そんなことを滔々と語った。
「造路に肩入れする理由は、私があいつを救うと決めたからだけに過ぎん。そしてあいつは、私と共に戦うことを望んだ。だから私は、私にできる全力で、あいつを支えてやる。私の勝利条件は、あいつの生存という一点に尽きる」
要するにキャスターのやりたいこととは、造路のやりたいことやらせ、彼の命を繋ぐこと。
「……成程、理解できんということがわかった。ならば、これ以上の問答は不要だろう。今宵の語らいは、ここまでとしよう」
「そうだな、私も喋りすぎた。そこで覗き見している二人も、とっとと寝ることだな」
びくり、と。
そんな風に反応した人影が二つ。
バレてないとでも思ったのか、とばかりにキャスターとセイバーはため息を吐いた。
―――――――――――――――――
とある場所に、とある男女がいた。
彼らは、話し合いをしていた。
「さて」
「えぇ、他の陣営についての情報の整理をしましょうか」
……それにしても、この作品の鯖たちって、公式にネタ潰しされまくってるものが多いんですよねぇ。
トマト、内心とほほってなってます。