氷室家の武家屋敷のとある一室。
そこの雰囲気は、最悪だった。
部屋には二人の人間と一騎のサーヴァントがいるのだが、内一人が物凄い不機嫌なオーラを醸し出しているからだ。
今回の聖杯戦争で召喚されしサーヴァントが一騎、キャスターだ。
彼女はこれでもか、とばかりに険悪な雰囲気を醸し出している。
それに造路と雄優は呑まれ、沈黙していた。
いたのだが、もうそうしてかれこれ三十分が経過している。
それを打ち破るため、造路は意を決して口を開いた。
「なぁ、そろそろ機嫌直せよ、キャスター。逃がしちまったものは、仕方ないだろ? それにほら、問題なく撃退できたんだから、ひとまず安心ってことで?」
「…………………………はぁ」
造路の言葉にキャスターはため息をついてから、彼らに向き直った。
「いや、すまない。自分の失態に嫌気がさしてな。全く、今回はこちらの負けだな、これは」
「負け……?」
彼女の言っていることが、よくわからなかった。
確かに、ランサーとバーサーカーに逃げられはしたものの、彼女は始終二人を圧倒していた。
造路としては、キャスターの強さを確認できて安心なのだが。
「違うぞ、ツクロ。局所的には確かに勝利かもしれないが、長期的に見ればこれは敗北だ。忘れたか、これはバトルロワイヤルなんだぞ」
「あ……」
そうだ、敵はランサーとバーサーカーだけではない。
他にも、四騎ものサーヴァントがいる。
「今回の戦闘、間違いなく、他陣営も見ていただろう。今は感じないが、戦闘中は視線を感じたしな」
「え、マジで? そういう、対策とか、してなかったの?」
「できるぞ? 失念していたが」
「このポンコツサーヴァントが!」
このサーヴァント、確かに強いし戦略は立てられるが、所々抜けている。
「まぁ、落ち着け。さっき、外からでは決まった風にしか見えないように、惑わしのルーンを張った。これでこの武家屋敷で戦闘をしても、情報を外部から持っていかれることはない」
「と、言ってもなぁ」
「それに先の戦闘で、私の戦闘能力の一端を知ったのだ。なんの対策もせず、乗り込んでくる陣営はないはずだ」
「しばらくは平穏、ってことか?」
それにキャスターは頷いた。
造路は安堵したように息を吐く。
しかしおれに待ったをかけたのは、雄優だった。
「造路君、君はこの聖杯戦争が終わるまで、この屋敷から出ないことをお勧めする」
「え、なんでですか」
「なに、理由は単純明快さ。君の顔は、全陣営に割れている」
「…………はい?」
待ってほしい、待ってほしい。
確かに、いくつかの顔はもう割れているだろう。
だがそれでも、全てではないはずだ、と思った所で。
「さっきキャスターが言ってた、視線のことですか?」
「左様。キャスターは確かに強い。三騎士が一角に、最強のクラスとされているサーヴァントをまとめて相手取って優勢に立ったのだから」
言葉を一度区切り、彼はキャスターに向き直る。
そして、一つの問いを投げかけた。
「だが君は、この『神殿』の外でも、同じ戦果を出せるかね?」
「……無理だ。どちらか一方だけならまだしも、同時に来られては勝ち目は皆無といっていい」
「わかったかね、造路君、以上が理由だ」
雄優はそう締めくくり、キャスターは心底悔しそうな顔をする。
成程、よくわかった。
キャスターがいくら強いとはいえ、万全のフィールドでなければサーヴァント複数相手はできないということは。
「だが断る」
「「はァ!?」」
キャスターと雄優が素っ頓狂な声をあげる。
しかし知ったこっちゃねぇ、とばかりに造路は続ける。
「いいか!? 俺は学生! 健全で、どこにでもいる普通の高校生なんだ! 本分は学業だから、学校には行かないといけないのよ!?」
「ははは、神父、こいつふん縛ってしまっても、構わんのだろう?」
「あ、キャスターさん、緊縛プレイは勘弁です」
「その軽口、いつまで続く?」
その夜、氷室家に一人の男の絶叫が響いた。
――――――――――――――――――――
夢を見た。
花が咲き乱れ、樹木が生い茂り、大小問わず動物たちが気ままに暮らす世界。
陳皮な言い方をすれば、楽園。
その中心で独り、銀の髪を靡かせながら腰を下ろし据わっている女が。
「……まだ、こないな」
と、ぽつりと呟く。
彼女に頭を擦り付ける動物も、鼻孔をくすぐる花のにおいも、女は無視する。
世界を無視して、彼女は待ち人を待ち続ける。
けれど、待ち人は未だこない。
「どれだけ、待ったかな」
その問いに答えてくれる者は、いない。
その独白に、意味はない。
年月日など、彼女にとって意味はなさない。
ただ、願いさえ叶えばそれでいい。
あの子さえ、助かるのならば。
「……ああ、待つさ。いつまでも」
そのためなら、悠久の時を彷徨おう。
そのためなら、無意味に身を投じよう。
そのために、彼女は
今は無意味なこの時も、望みが叶えば意味は見いだせる。
その瞬間こそ、彼女が報われるその時だ。
――――――――――――――――――――
造路は朝日の誘いに従うままに、目を覚ました。
亀甲縛りのまま。
「清々しいまでの緊縛プレイッ!!」
そんな叫びをあげた彼に、見張りをしていたらしいキャスターが声をかける。
「起きたか。神父ならばもう帰ったぞ。監督役としての職務があるそうだからな」
「あぁ、そっか。それじゃ、これ解いてくれ」
「ダーメ♪」
「口調だけ優しい!」
キャスターは腰を下ろし、その場に座った。
あのぉ、そうやって勢いよく座るのは控えてもらえませんかねぇ。
露になってる胸が揺れて、視線がそちらにいっちゃうので。
「いいか、ツクロ。お前は、聖杯戦争に参加しているマスターの一人だ。殺し合いの真っ最中だってのに、なぁに呑気に日常を謳歌しようとしてる」
「いや、待て、待ってくれ。俺も別に、考えなしという訳じゃない」
「ほう……?」
ここでようやく、キャスターが耳を傾けてくれた。
それに造路は内心ガッツポーズして、口を開く。
「なぁ、これは魔術師同士の、ひいては神秘のぶつかり合いなんだよな?」
「その通りだ」
「そして、その神秘は秘匿して然るべきもの、だろ?」
「そうだが、おい、まさか」
キャスターは頬を引きつらせる。
それに造路は、堂々とこう言い切った。
「今は昼! そして学校は人が集まるから俺は安全!」
「阿呆かぁ!」
造路の言葉を、キャスターは一喝が吹き飛ばした。
彼女は頭を抱える。
このマスターは、こと戦略では素人ながらも素養は悪くないと思っている。
なにせ最低限重要なことは、彼もその重要さを認識しているからだ。
だが、こいつは抜けている所がある。
楽観的、と言ってもいい。
「ツクロ。お前は少しばかり、魔術師を舐めている。確かに、神秘は秘匿するものだ。それの意味する所は、
「どういう、こと?」
「極端な話だが、目撃者を全員殺してしまえばいいんだ。白昼堂々学校とやらの中でお前を殺し、学校にいる全員も殺す。そうすれば、神秘の秘匿として観点だけで言えば、なんら問題ない」
キャスターの言葉に、造路は静かに冷や汗を流した。
そして同時に、魔術師と言う生き物に恐怖する。
普通の人間たちとの価値観が、余りに乖離しすぎている、そのことに。
「そう言う訳で、ツクロ。お前はこの家から出ない方が良い、ていうか出るな」
「け、けど、なぁ」
「あぁ? まだあるのか?」
キャスターが苛立つのも、仕方あるまい。
これだけ言葉を重ねても、造路はなにかに拘っている。
命よりも大事なことが、あるとでも。
「いや、三日後から夏休みなんだ。それまでは、なんとか、学校に行きたいんだよ」
「…………………………はぁ」
キャスターはため息を吐いて、天上を仰いだ。
そして、虚空から黄金の槍を出現させ、その手に握る。
「え!? なに、なに!?」
「動くなよ」
白刃一閃。
とは、語弊があるかもしれない。
なにせ造路の目では、その太刀筋を追うことすら叶わなかったのだから。
その槍の穂先は、造路の肌に一切傷をつけること泣く、彼を縛っていた縄だけを斬り裂いた。
「いいだろう、わかった。ただし、明後日までだぞ? それと、今日は昨晩の戦闘で破壊された塀の修復があるからできないが、学校とやらに私も行かせてもらう」
「いやぁ、最後は困る」
只でさえ、キャスターの容姿は目立つ。
陽光に照らされ輝く美しく白銀の髪に、染み一つないきめ細やかな肌に、女性として完成されたプロポーション。
そしてそれらを惜し気もなく晒す、服装。
これでは目立たない方が難しい。
「……わかった。なら、送迎だ。これ以上は譲歩しない」
「了解。それで十分だ」
「後、危ないと判断したら、令呪を使って私を呼ぶこと。わかったか?」
「イエス、マム」
そこで、キャスターは思い出したようにポケットに手を突っ込む。
そして、紐に吊るされた巾着のようなものを取り出した。
「それと御守り作ったんだ。これ持ってけ」
「お、オカン」
「ぶっ飛ばすぞ」
―――――――――――――――――――
造路はそんなやり取りをした後、普通に登校した。
道中、一度も危険に見舞われることもなく。
そして、この何気ない平和な日常の尊さを実感する。
「ふぅ、何事もないっていいなぁ」
「なぁにがだよ」
昼休み、自分の席でそんなことを呟いた彼に、友人の一人が後ろから手を肩に回してきた。
それに造路は苦笑し、友人の名を呼ぶ。
「いやぁ、何事も平和が一番ってことだよ、和彦(かずひこ)」
「老人くさいなぁ、なんか」
造路の言葉に、須藤和彦は苦笑して見せた。
失礼な気もしないが、自身もそう思うのだから、咎められる道理はない。
「かもな。だけど、心の底から思ったことだし」
「なんだそりゃ」
ああ、この他愛のない会話がとてつもなく愛しく感じられる。
聖杯戦争なんて、嘘でーすとなってくれれば、どれだけ良いか。
「ふむ……」
和彦はそんな造路の表情を見て。
「お前、なんかあったか?」
などと、真っ直ぐにしてドストライクな質問をされた。
正直、ここで全てを話してしまいたい。
この聖杯戦争は、キャスターへの義理立てという側面がある。
重荷なのだ、一般人に過ぎない造路には。
だが。
「いやぁ、ちょいとゲームのし過ぎでな。眠くて、眠くて」
「……無理すんなよ?」
和彦のその言葉は、造路にとって救いになった。
「おうよ、節度は守るさ」
「ならいいや」
そんな時、教室が少しだけ騒がしくなった。
なんだ、と彼らは教室のドアを見る。
そこには、一人の女生徒がいた。
艶のある黒髪をサイドテールに結った、曇りのない黒の瞳。
顔立ちは整っていて、気品もある。
その女生徒は、この学校にいれば知らぬ者はいない、有名人。
「ありゃ、|天童鶯華(てんどうおうか)じゃん。うちのクラスに、あいつの知り合いなんていないだろ?」
「だなぁ」
我関せずの二人である。
まぁ、これが当然の反応だ。
なにせ彼らが見ているのは、学校のマドンナ。
一介の生徒に過ぎない彼らからすれば、高嶺の花だ。
そう思っていたのだが。
「……なぁ、彼女、こっちきてね?」
「だな」
なぜか視線をこちらにロックオンして、彼らの下に歩いてきている。
周りを見回してみるが、近くにいるのは和彦のみ。
これは勘違いではないだろう。
彼女は、彼らのどちらか、あるいは両方に用があるらしい。
「そこのあなた。えぇと、失礼。名前を訊いても?」
(……ジーザス)
そして用があるのは、どうやら造路に対してらしい。
造路は内心ため息をついて、神に文句を垂れてから質問に答える。
「氷室造路だ」
「語呂悪いわねぇ」
「うるさい」
初対面の人間にいきなり名前をディスられた。
それに仏頂面をしていると、鶯華は手を顔の前にやってはにかんだ。
「ごめんごめん。気を悪くしないで。氷室君。私ね、あなたに話があるの」
「どんな?」
「ちょっと、ここじゃ話せないこと。屋上に来てくれる?」
それだけ言って、彼女は教室を出て行ってしまった。
それを見送ってから、造路は助けを求めるように和彦を見る、が。
「お前、なにしたんだ? これ、告白イベントじゃねぇの!?」
なんて、興奮したような声音で叫ぶ始末。
殴ってやりたい。
しかし。
「いやぁ、ありえないだろ」
造路はそれを否定した。
なにせ造路は彼女と会話するのは、今ので初めてであった。
それに、告白しにきたというのならば、こちらの名前を知らないのはおかしい。
「ふむ、言われてみれば、そうだな…………お前、なにした?」
「……わかれば苦労しないよ」
―――――――――――――――――――――
造路は独りで屋上に訪れた。
和彦がついてこようとしていたが、殴ってその場に放置。
屋上では、本当に鶯華が独りで待っていた。
彼女は造路の姿を認めると、ただ一言。
「
鶯華はため息を一つ。
そして、滔々と語り出す。
「
造路の本能が、警鐘を鳴らした。
日常の中にあって緩み切っていた精神が、状況打破のためにフル稼働する。
「
「
突然現れた、甲冑を身に纏った大男が、造路の体に袈裟斬りを見舞った。
fgo
水着がやってくる……くるぞ人類悪諸君!