オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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決意する二人

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの朝は早い。日が昇ると同時に起きて早朝の訓練を行う。

庭に向かう途中、客間を覗いてみるがジュゲム達の姿はない。手を尽くし探してはいるが成果も上がっていない。王都襲撃からすでに3日経っていた。

庭へ続く扉の前で立ち止まる。ナニカがいる。ただ、あの時感じたドラゴンの気配ではないようだが。息を殺し気配を探るが敵意は感じない。

一瞬の躊躇の後、扉を開けた。

そこにいたのは森で見かけるものより小綺麗な服装をして何やら片腕に奇妙な鎖を巻いたゴブリンが一匹だけ。それ以外、武装も見当たらない。

「連絡が遅れまして申し訳ない」

「その……声……」

それは探している人物の声。

「ええ、本来はこの姿なのですが人間の街で活動するのにこれでは無理でしょう。あの姿はマジックアイテムによる擬態なのですよ」

「ジュゲム殿、貴方は一体何者か?」

「それに関しては黙秘としましょう。ただ、ヒントくらいは。ジュゲム・ジュゲーム。この名前は意外と有名なのです」

ほとんど答えたようなものだと思ったがガゼフは思い当たらなかったようだ。

「さて、わざわざ姿を見せた理由なのですが、一つお願いがありまして」

「まさか金を返せと?」

「まあ、遠からずといったところでしょうか。もとより、ガゼフ殿を利用するつもりで王都に拠点を構えたのですが使い潰す前に目的が達成できてしまったので元の住処に帰ろうかと思います。それにあたって持ち帰れないモノの処理をお願いしようかと」

「……話が見えん」

「私の住処は人間の知らぬ地にあるゴブリンの王国。王都にゴブリンである私の居場所が無いように、ゴブリンの国に人間の居場所はない。そういう事でエンリとネムを引き取っていただきたい」

「身勝手だな。巻き込むだけ巻き込んで放り出すのか」

「ええ、連れて行くよりマシでしょう。連れて行けば彼女たちはただの食料になり果てる。それは私の望むところではないのです。……彼女たちが自立できるまででかまいません。それまでの費用もここに。出所は真っ当な金ですのでご安心を。ついでに借金もチャラにさせていただきます」

庭先に置かれた革袋からはかなりの量の硬貨がぶつかる音がした。

「彼女達には何というつもりだ?」

「あの娘たちはこの姿を知っているので連れていけないと言ってあります。まあ、少々抵抗されたので眠らせてお借りした部屋に放り込んであります」

ガゼフは思わず二階の客間の方を見る。

そして、視線を戻した時にはゴブリンの姿は跡形もなく。

しばらく周囲を警戒するも普段と全く変わらない庭があるだけで。

ジュゲムがいた証拠とでも言わんばかりに革袋が鎮座している。

ガゼフは小さくため息を一つ。

「やれやれ、簡単に押し付けてくれるものだ」

踵を返すとまずキッチンへ向かう。朝食を二人分追加するよう召使に頼むために。

 

「お姉ちゃん、起きてよ」

「ん……もう少しだけ……」

よほど疲れているのかもう少し眠っていたいのだけど。

「朝だよ、いい匂いがしてるよ」

ユサユサ。体を揺さぶる手はちょっとしつこいくらいに。

うっすらと目を開ける。大事な妹の顔と数日前に見た天井。一瞬どこだかわからなかった。

「おはよう、ネム。……ここって、ガゼフさんの家?」

「うん、そうだよ?」

「そう」

覚悟を決めつつ体を起こす。今度は問題なく起き上がれる。

「……?」

違和感があった。なぜ、ちゃんと起き上がれないかもと思ったのか。

体におかしい所は何もない。首をかしげるが違和感の正体には気づけなかった。

「お姉ちゃん、着替えなきゃ」

「あ、そうだね」

妹の声で違和感を思考から追い出すとベッドから降り背負い袋から服を取り出す。

入っているのは村から持ち出せた数少ない普段着と例のドレスセット。

 

なぜこれがここにあるのか。

 

ズキリと頭の奥が痛む。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

ネムの声で我に返る。この服はジュゲムがくれたのだからここにあるのが当然だ。

「なんでも、ないわ」

なんだか記憶があやふやで変な気分だった。だが、一つはっきりした記憶がある。

「ジュゲムさん、帰っちゃったのね」

「うん」

「一方的よね。まだ、何の恩返しもできていないのに」

「ゴブリンでもネムは気にしないよ」

自分はゴブリンの国へ連れていかれたら正気でいられるだろうか。最悪食料にされるかもしれないとも言われた。

でも、こんな別れ方には文句が言いたい。

「納得はいかないから文句は言いたいわ」

「じゃあ、探しに行かなきゃね」

ネムの言葉に頷き同意の言葉を口にしようとした時、窓から影が差す。

「翼ならここにある。人間の足なら踏破できぬ地に逃げても追いかけてやろう」

庭に面した窓からオラサーダルクの顔が。隣の窓からはキーリストラン。

「私もあのゴブリンに思うところがある。文句の一つや二つ言ってやらんと気が済まん」

一瞬、オラサーダルクが無事でよかったと安堵し、同時にお互いの距離が遠くなったような気がした。おかしい。変だ。記憶がちぐはぐで気分が悪い。

「エンリ」

オラサーダルクが心配そうにエンリをのぞき込む。

その目は以前と変わっていない気がした。

「大丈夫、起き抜けで頭がぼうっとしているだけ」

「そうか。なら、さっさと出かける準備をせよ。今日からでも探しに行くぞ」

「うん、顔洗ってくるわ」

冷たい水で顔を洗えば気分も良くなるだろう。

「キーリ、ヘジンは外?」

キーリストランに話しかけたネムはごく自然に部屋に残る。

姉が部屋を出ていくと緊張が解けたのかキーリストランの鼻先に抱き着いた。

「お姉ちゃん、混乱してた」

「私を蘇生したアンデッドが言うには記憶を操作したらしい。想像の埒外の魔法だが、完璧な操作はできないようでこうなることを予測していたようだ」

「うん。だからアインズ様はネムにフォローするようにって」

「あのアンデッドが、か」

オラサーダルクの言葉からは明らかな嫌悪感が。アンデッドは生を憎む者という考えはドラゴンにもある。

「んー、実験や注射はちょっと怖かったけど……アインズ様はいいひとだよ?」

「う、うむ。そうか、そういう事にしておこう」

ふと、キーリストランに抱き着いていたネムが顔を上げオラサーダルクの目を見た。

心の奥まで無遠慮に踏み込んでくる目。だが、いかなる魔獣であってもコレを拒むことはできない。あのマジックアイテムの支配から解放された今は尚更だ。

「オラサーダルクはいつまで黙ってるの?」

誰に、何を。

言われずとも理解できる。

自分は一度死にアンデッドの力で復活した。その時にマジックアイテムの支配も切れていた。オラサーダルクが支配下に無い事にエンリは恐らく気づけないだろう。ネムと違いエンリは何も力を持たない人間だから。支配下に無い以上ただの小娘に付き合う必要はない。

だが、オラサーダルクはそのままでいる事にした。支配されたままであるふりをすることにした。

理由はいくつかあるが―

「人間の一生は短い。気まぐれでそれに付き合っても問題なかろう」

それ以外にも視点が変わってこそ見えてきたものがある。自分がこのまま生きていくためにも、最強種たるドラゴンとして成長していくためにも糧となるだろう。

「つまり、ずーっとなんだね」

「そうだな。だからお前も協力しろ」

「いいよ、お姉ちゃんが気づくまでは協力するね」

階下から聞こえてくる足音は二つ。オラサーダルクとキーリストランは姿を消す。

今更隠れる必要もない気がするがなんとなくだ。

部屋に戻ってきたのはエンリとこの家の主であるガゼフ。

「おはよう二人共、一つ大事な話があるのだが」

「でも、その前にネムはお腹がすきました!」

「ちょっと、ネム。後でもいいでしょ」

「いや、すまない。私が焦っていたようだ。どうせならブレインも呼んで同席させて証人になってもらおう」

ガゼフは一人納得すると踵を返す。姉妹は顔を見合わると後を追った。

 

 

 

アインズは気だるげに体を起こす。

かかっていたシーツがはがれ裸の上半身が露わになるが気に留めずぼーっと天井を見つめる。

そして、一言。

「すごかった……」

視線を天井から手元に戻す。その指には指輪が一つ。

「この指輪……色々と危険すぎる」

まさか1日持たないとは思わなかった。覚悟が決まるまで先延ばしにするつもりだったのだが……。

「そりゃぁ、サキュバスにプラトニックを貫けっていうのは酷だと思ったさ」

今まで耐えてきたのだからまだ大丈夫だろうと。立場と自制心で今まで通りにふるまってくれるだろうと思っていた。

「しかし、1日というのはどうなのだ、アルベド」

出来れば見ないようにしていたベッドの住人へ視線を下ろす。

ナザリック守護者統括という地位に就く女性がそれはもう幸せそうに眠っている。

あまりに幸せそうな顔の為もはや怒りも霧散した。

起こさないようにこっそりベッドから抜け出すと一瞬悩んだ末、人化の指輪を外すといつもの装備で身を固める。はだけかかったシーツをアルベドにかけ直し部屋にかかっていた防諜系の魔法を解除する。

寝室を出ると今日のアインズ当番であるメイドが挨拶をしてきた。

「執務室の方にお客様がお見えです」

「客? そんな予定はなかったと思ったが」

「それが、いつの間にかお出でになっていたようで……」

「ああ、だれかわかった。直接来るのは部下が混乱するから止めるように言っておいたのだがな。……すぐに会おう」

そもそもナザリックに来客など基本的にあり得ないのだ。

 

「よ、2日ぶりだな」

上質なソファーにて我が物顔でくつろいでいるのはこの世界に長くいるある意味先輩とも呼べるプレイヤー。

「ジュゲムさん、先に『伝言』よこすかなんかしてくださいよ……」

「いや、『伝言』なら飛ばしたぞ。防諜魔法に阻まれていたみたいだがな」

そういうジュゲムはニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

「昨夜はお楽しみでしたね」

「いや、ちょ、それは!?」

何度も鎮静化を繰り返すアインズ。人化の指輪をはめたままなら真っ赤になっていただろう。そんなアインズにジュゲムを容赦ない追い打ちを加える。

「本当はサルみたいに盛って何日も出てこないかと思ったんだが意外にあっさりしてたな。一方的に受け身だったのは最初だけで途中からはいやはや、初めてとは思えない展開だった。あれだけ飢えたサキュバスを沈めるとは」

「な、何でそんな見てきたかのように……いや、またカマかけただけですね!?」

「早とちりは良くないな。俺にはコレがあるぞ」

ジュゲムの腕にはワールドアイテムである鎖。

「あまりに面白かったのでつい撮っちゃった」

ゴブリンがてへぺろしても萌え要素は一切ない。とどめとばかりにテーブルに置かれる水晶球。それはユグドラシルから存在する記録媒体。手順を踏むと動画を保存できるアイテムである。どこへでも制限なしで転移可能な鎖と撮影用水晶球、それらの意味するところは。

 

執務室に魔法の爆炎が咲き乱れた。

 

「すぐ破棄してください! というか、割らせろ!」

「ははははは、残念。時すでに遅しだ。面白そうだったからコピーして対抗馬に届けておいた。エンリを取り上げた詫びという事で」

黒く焦げたジュゲムは悪びれもせずに。

「なっ!?」

「一回やったらあとは同じだ。お前を想う女がいてお前には拒まなければならない絶対的な理由がない。男なら受け入れてやれ。支配者たるものそれくらいの器が無くてどうする?」

「……経験談ですか?」

「……経験談だな。こっちにきてからの、だが」

さて、と立ち上がるジュゲム。

「お前さんに会わせておくべき奴がいて日取りやらを決めておきたかったんだが……日を改めるとしよう」

背を向けるジュゲムの肩をアインズはしっかりとつかんだ。

「水晶球置いていけ」

「そこにあるじゃないか」

「複製したやつ全部です。複製が一つだけとは到底思えません」

「チッ」

ジュゲムは舌打ち一つして向き直るといくつもの水晶球をテーブルに並べだす。

「……多くないですか?」

「これらが複製して撒き損ねた分全部だ」

広いはずのテーブルには所狭しと水晶球が並ぶ。

「ん? 撒き損ねた……?」

「綺麗どころには一通り置いてきた。一般メイドはどうしようかなと悩んでたので試しにそこの子には渡してみたぞ」

急に話を振られた部屋の隅で控えていたアインズ当番メイドが頬を染める。

アインズは思わず天を仰いだ。

「彼方はなんてことをやらかして――」

視線を戻した時にはジュゲムの姿もなく、代わりにひらめく羊皮紙が一枚。

『なお、録画云々はすべて冗談だ』

その一文を読み、アインズは胸をなでおろす。しかし、何か引っかかる。

この姿をくらませるタイミングと先ほど当番メイドが見せた反応だ。

水晶球を調べてみるが確かに何も録画されていない。

「あのゴブリンに何か渡されたか?」

「い、いえ! そのようなことはありません!」

メイドがアインズに嘘を言うことは無いので何も渡されていないのは確定。しかし、メイドの反応あきらかに変だった。

「……話せ」

「は、はい! その……」

メイドらしからぬ歯切れの悪さ。

そして語られる『解答』。

「アインズ様とアルベド様の御姿が一部の守護者の部屋とこの部屋に……中継……されていました」

「……よし、プレイヤーの蘇生実験、あの人で試そう」

アインズは一つ、決意を固めた。

 

 

 




さあ、読んでくださった方々。アインズ様に祝福の言葉をどうぞ!

アインズ様、脱童貞おm(ここから先は焼け落ちていて解読できない

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