オーバーロード ー小鬼の調停者ー   作:ASOBU

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仕事が忙しかったりアイスボーンのアプデが来たりと全然かけてなかったのですがとりあえず年内に投稿。
ちょっと離れすぎたせいかめっちゃ時間かかりました。


姉の不安と戦場と

帝国の宣戦布告から2か月、寒さも厳しくなったせいなのか昼時に大通りを歩いているとうのに人通りが少ない。戦争の為に男手が出てしまったことも閑散とした通りに拍車をかける。

王都でもこのありさまであり辺境の寒村などはもっとひどかった。

毎年行われる不毛な戦争。カルネ村からも男手が徴兵され戻ってこなかったのを何度も見ていた。今年は刈り取りの忙しい時期にならなかっただけましなのだろうが、今年の戦争は例年とどこか違うらしい。

養父であり教師でもあるガゼフにこの戦争が何たるかを教えてもらっていた。

そのガゼフが覚える大きな違和感の正体であるアインズ・ウール・ゴウン魔導国なる国の存在。だいぶ字が読めるようになったので先ほどまで図書館で歴史書を紐解いていた。

長い時を生きるオラサーダルクに聞いてみても同じだった。

「結局、何もわからないままね」

小さくため息をつきエンリはガゼフ邸のカギを開ける。

「ただいま帰りました」

声に出すが応える者はいない。ガゼフは戦闘指揮の為エ・ランテルへ。自分達しかいないのに世話をしてもらう事に気が引けたため召使の老夫婦には暇を出してもらった。元々家事は得意だし妹と二人で暮らす分には何の問題もない。

そう、思っていたが。

エンリが使っている部屋の扉に一枚の便箋が挟んであった。

軽い頭痛を覚えながらも開いてみるとどこで覚えてきたのか下手な文字で姉への言伝が書いてあった。

「ネムったらこんな時にどうして……」

いつものお友達の所へ行ってきます。しばらくお泊りです!

要約するとそれだけの内容だった。

家でおとなしくガゼフの帰りを待っていようと昨晩話したばかりなのにコレである。

ため息とともに部屋へ戻ろうとした時、隣にあるネムの部屋で物音がしたような気がした。

「ネム? まだ出かけてなかったのね。昨日話したでしょ」

扉を開ける。

「お義父さんが帰ってくるまでは家に……あれ?」

部屋には誰もいない。かわりに閉まりきっていない窓から吹き込む風が部屋の中をかき回していた。床には文字の練習用にしたのかボロボロになるまで使われた羊皮紙や書き損じたらしい便箋が散乱していた。

「はぁ……帰ってきたらきつく言わなきゃ」

窓を閉め直し散乱しているそれらを回収しまとめる。そのうちの一枚の書き出しが目に入った。

『ロウネ先生へ』

このロウネ先生とやらがネムに読み書きを教えているのだろうか。

手元に取った手紙にはところどころに書き損じがあり何度も書き直した跡が見える。内容を読み進めていくと『先生』に引き合わせてくれた人物への感謝も書かれているようだ。

それが『お友達』なのだろうか?

たまたま目に入ってしまったとはいえ人の手紙を盗み見ることに多少の罪悪感を覚えつつもエンリはその先を追った。

姉としても『お友達』という存在が気になって仕方がなかったから。

 

一通り読み終わるとエンリは力なく座り込んだ。

書かれていたことは基本的にお礼の手紙だ。だが、端々に見える帝国という文字。大きくなったら先生に帝都を案内してほしいとまで書いてある。

「っ……」

それらの意味するところは。

エンリは弾かれたように立ち上がると他人がみたら尋常ではない速度で屋敷を走り抜けると庭へ出る。使用人の老夫婦がいたら間違いなく腰を抜かしていただろう。

「オラサーダルク! 今すぐ私をお義父さんの所へ連れて行って!」

庭でウトウトしていたオラサーダルクだがエンリのただならぬ様子をみてすぐに姿を見せた。

「何があった?」

「わかんない! わかんないけど、きっと大変な事になる! ちょっとでも早くお義父さんに知らせないと!」

「落ち着いて何があったか話してみろ。まずはそれからだ」

オラサーダルクの落ち着いた声をききエンリも少し落ち着きを取り戻した。

深呼吸を一つして口を開く。

「今、ネムの部屋で手紙を見つけたの……」

「ふむ、それで」

「ネムが先生と呼ぶ人へのお礼が書かれていたわ。でも、その人……帝国のそれなりに力を持つ人みたいなの」

「む? 帝国とは此度の戦争の相手国ではないか」

「うん……読み進めていくとネムと先生を引き合わせた人への感謝も書いてあったわ」

エンリは手紙の内容を細かく伝え、オラサーダルクは目を閉じ情報を吟味する。

「つまり、こういう事か? ネムの言うお友達とやらは戦争国のスパイと王国戦士長の養女を引き合わせて何かを企んでいると?」

「ネムが字を覚えてお礼の手紙を書くほどだから相当相手に気を許していると思うの……」

もし想像が正しいなら帝国の手は王の喉元まで届いていたという事になる。例年とは違う戦争。つまりは決定的な何かがあったから違っていたのか。

「ネムは後でいいのか?」

「ネムにはキーリストランがついているはずだから命の心配はないと思うの。人間には不干渉でもネムに手を上げたらきっと大変なことになるハズ」

「そうだな、私もエンリに傷つける愚か者がいたのなら町ごと氷漬けにしてやる」

本当に実行できるだけの力を持っているから恐ろしい。

エンリにも簡単に氷結した都市が想像できた。

「そういう事だから、帝国側がそんなところまで手を伸ばしていた事実だけでも伝えないといけないわ」

「なるほど分かった。して、向かう先は?」

「城塞都市エ・ランテル。私の住んでいた村の近くよ。そこに王国軍が駐屯することになっているから」

「よし、準備しろ。高高度を休まず飛ぶから野宿装備は無しだ。その代わり凍えぬように装備を整えよ。あと、この前買ったアレも持っていけ。戦場に赴くのだ、使う機会が来るかもしれん」

「う、うん」

準備を整えたエンリの姿は厚手の旅装束。とはいえ、冬の旅には不十分の為内側には傾城傾国を着こむことで動きやすさと寒さ対策を両立できる。以前と違うところは腰に折り畳み式のボウガンが一丁下げられていた。戦闘は基本的にオラサーダルクが行うため近接武器は使いようがなく、魔法の才もないため射撃武器を持つことになった。とはいえ、殺傷能力を求めての選択ではない。というより、オラサーダルクに乗った状態で矢を射当てる事なんてできると思えなかった。それ故エンリが担うのは主に牽制だ。

矢は2種類。まず先端に魔法がかかった石が仕込まれた矢。それは一定距離を飛翔後一瞬だけ強烈な閃光を放つ。もう一つは矢自体に細工がされた矢。こちらは発射と同時に甲高い音を鳴らしながら飛ぶ。

どちらにせよ注意を反らす、あるいは目くらまし用として用意した。

 

「うむ、様になっているな。早く乗れ」

「うん」

エンリはひょいとオラサーダルクに飛び乗った。

「やはり身体能力が向上しているな。だいぶ慣れたか?」

「それなりに。自分に向き合えってオラサーダルクが言ってくれたから」

「ではいつもより荒っぽく飛ぶぞ。振り落とされるな」

いうが早いか翼が暴風を巻き起こす。

「大丈夫。方角はあっち。家と南の見張り塔を結んだ方向に」

「今度は一直線か」

「うん、調べたよ」

「心得た。休まず飛び明日の昼には着くぞ!」

「え、ちょ、速すぎない!?」

エンリが驚きの声を上げるがオラサーダルクは楽しそうに喉を鳴らすだけだった。

王都での生活は刺激に満ち溢れていたが思い切り体を動かすことはできない。ちょっとやそっとで鈍る様な鍛え方はしていないがやはりたまには全力で体を動かしたくなる。

オラサーダルクはさらに大きく翼を打つと矢のように空を駆けた。

「まだ、金具、止めてなーい!」

エンリの悲鳴は誰にも聞かれず虚空に消えた。

 

「そう、ですか……ありがとうございます」

城塞都市エ・ランテルの城門。

エンリは門番の兵に頭を下げるとその場を離れた。

「やはり王国軍はもう出てしまっていたか」

周辺には誰もいない。声の主は当然姿を隠したオラサーダルクだ。

「門番さんが言うには出立したのが昨日でそろそろ両軍の布陣が終わるころだろうって」

戦争の話をしているのに門番に悲壮感はなかった。これまで繰り返されてきた王国と帝国の戦争とはある種出来レースの様なものであり王国軍を送り出した今エ・ランテルにはどこか弛緩した空気が漂っていた。例年通りなら小規模の戦闘が数度行われ帝国軍は撤退していく。エ・ランテルに類が及ぶことは無いのだから。

「なら急ぐべきべきではないか?」

「けど、大軍の中からどうやってお義父さんを探すの?」

エ・ランテルにいたのなら案内を頼めただろう。ガゼフはエンリ達の身分を保証する旨を書いた書面を携帯させていたからそれを見せれば問題なかった。だが、戦場に出てしまっていればそれも使えない。

「ガゼフは戦場に出る時国宝の武具を身につけるといっていたな?」

エンリが見たことは無いがガゼフはそう言っていたし、オラサーダルクに模擬戦を挑んでいたブレインもそれがあればオラサーダルクとの戦闘訓練もやりやすくなると絶賛していた。

「ならば簡単だ」

竜種は宝に対して特別な嗅覚を持つ。

「それほどの宝を私が見逃すはずがない」

自分の住処を離れて以来宝への執着は薄れていたが鼻が鈍ったわけではない。有象無象がどれだけいようともガゼフを見つけ出す自信はあった。

「そっか、頼りにしてるわ」

「うむ。そろそろいいだろう。距離を詰めるぞ」

街道から離れオラサーダルクの背に。乗ってしまえばアミュレットの効果でエンリの姿も簡単には見えなくなる。

「準備よし、お願い」

「飛ぶぞ」

一人と一匹は再び大空を舞う。

目指すはカッツェ平原。そのすぐ北西部が戦場だった。

 

 

 

帝国軍駐屯地のはずれ、多くの兵士が整列し待機している。そこに近づいてくるのは明らかに異常な馬車が一台。御者はおらず馬車を引いているのは馬ではなく一目見てわかる強大な魔獣。

そんな暴力の権化とも呼べる存在を前に帝国最強と謳われる4騎士の一人ニンブルは恐れ震える体を必死に律した。背後からは震えを抑えきれずに鎧同士がぶつかる音が聞こえる。

事前にある程度の情報を得ていたニンブルですらこうなのだから仕方がないともいえよう。

隣にいる此度の戦の最高指揮官であるカーベイン将軍も化物を前に震えを抑えられないでいた。

そんな二人の前に馬車が止まる。

扉が開き降りてきたのは闇妖精の少女だった。誰もが恐怖とは違う意味で息をのむ。

今はまだあどけなさを残すが将来は傾国の美姫となるであろうと思わせる何かがあった。

「あ、あの、アインズ様。到着したみたいです」

「そうか。ありがとう、マーレ」

続いて姿を見せた人物。そこにいるだけで場の空気を凍り付かせる人物こそアインズ・ウール・ゴウン魔導王。魔法詠唱者にありがちな黒のローブに黒いマント、顔には異様な仮面をつけている。

「ようこそいらっしゃいました、アインズ・ウール・ゴウン魔導王閣下」

凍り付いた空気に無理やり抗いニンブルは頭を下げる。しかし、それに続く音は聞こえない。

そのままでは色々とまずい空気を動かしたのは馬車から降りた新たな人物だった。

「ふぎゃ!?」

訂正。馬車からタラップを踏み外し落ちた新たな人物だった。

ローブについたフードを目深にかぶり顔にはなぜかアインズと同じ仮面。どうもローブの丈があってないらしく裾を踏んだようだ。そして、明らかに戦場にふさわしくない少女の声と、仮面を少しずらして地面に打ち付けたであろう額をさする姿は魔導王がもたらした緊張をほんの少しだけ和らげた。

「総員! 魔導王閣下に対し最敬礼!」

すかさずカーベイン将軍の声が響きすべての兵が我に返る。すぐさま最敬礼をとった。

「すごいですね、アインズ様!」

「ああ、壮観だな。さすがの練度だ」

魔導王と何でもないように話す少女。そこになってニンブルはもう一人の重要人物について思い出す。これがそうなのだろう。本人は気づいていないだろうが、人類の、あるいは世界の行く末を左右しうる可能性を秘めた少女。聞かされた時はどういう事だろうと首をかしげたが目にしてみれば納得である。この帝国騎士団が動けなくなるような空気の中で気安く魔導王と言葉を交わす。そんな事たやすくできるわけがない。

「お褒め頂き光栄であります。では、これより私、ニンブル・アーク・デイル・アノックが野営予定地までご案内させていただきます」

「そうか、よろしく頼む」

「畏まりました。それでこちらが総司令官のカーベイン将軍です」

「お会いできて光栄です、アインズ・ウール・ゴウン魔導王閣下。駐屯基地内の事であれば何なりとお申し付けください。ここにいる騎士の内幾人かを従者としてお使いいただければ――」

「はい! アインズ様のお世話はネムとマーレ様がします!」

一軍の最高司令官の言葉を平然と遮りネムはローブを脱ぎ捨てる。中から出てきたのはメイド服だ。後腰には大きなリボンがぽわぽわと揺れている。ちなみに仮面はローブを脱いだ時に引っかかって落ちた。

「ぼ、僕もです!」

ネムに続きマーレもマジックアイテムを使いメイド服に着替えた。ただし、こちらはどこか恥ずかしそうに。

その仕草もあってか張りつめていた空気はさらに緩む。

アインズはやれやれと肩をすくめると二人の頭を撫でつつ言葉を紡ぐ。

「――まあ、こういうわけだ」

従者を付ける、それはつまり見張りを置かせてほしいという意味だったが毒気を抜かれ二の句を告げなくなった。まず間違いなくカーベインの真意に気づかず『私に全部任せろ』とムネを張るネムのせいだった。

「ああ、そうだ。開戦の際私が魔法で一撃という話だったがそこに私の軍も参陣させたい。その許可をもらえないだろうか? 許可がもらえるのであれば魔法ですぐにでも呼び寄せる」

「了解しました。して、兵数はいかほどでしょうか?」

「そちらの陣容を変更させるような手間をかけたくなかったのでな、おおよそ500といったところか。それくらいならば問題あるまい?」

「ご配慮感謝いたします。ではすぐにでも受け入れ準備を」

「わかった、呼び寄せるとしよう。―シャルティア、転移門を開け」

アインズは魔法で呼び寄せると言った。そのおかげで何かとんでもないことが起きるのだろうとそこにいた騎士たちは覚悟ができた。

 

だが―

 

アインズの背後に広がった闇から出てきたのはそんな覚悟を軽く粉砕する軍勢だった。

最初に出てきたのはアインズ・ウール・ゴウン魔導国の紋章がついた旗を掲げる4人の人間。冒険者風の装備に身を固めネムやアインズと同じ仮面で顔を隠している。身につけているものはどれも圧倒的な力を感じさせ、その装備者も並大抵の力量ではないと肌で感じ取ることができる。一握りしかいないアダマンタイト級、否、それすら凌駕する力を秘めていそうだった。

続いて出てきたのは魔法の光に煌く武具に身を固めたリザードマンの一団。数はおよそ50。僅かの狂いもなく整列し次を待つ。

次はゴブリンの一団。一際屈強そうなゴブリンを先頭に僧侶、野伏風のゴブリンが脇をかためる。こちらもおよそ50体。しかし、どの個体もゴブリンには思えないほどの覇気を放つ。

それに続くは多種多様な亜人達。それぞれおよそ30体前後の武装集団が10。どれも最精鋭らしく帝国騎士ですら足下に及ばない強さを感じ取れる。

次に出てきたのは一際大きな存在。巨大な魔獣、視線封じに兜を付けたギガントバジリスクが2匹に白い鱗を持つ美しい、それでいて強大な力を持つ大陸最強の種ドラゴンが一匹。

それだけでももう十分だと誰もが思っていたが終わらない。

最後は本当にとんでもなかった。

一言で言ってしまえばアンデッドの馬と騎士。下位のアンデッドにスケルトンライダーという骨の馬と馬上槍を使うスケルトンがいる。それもアンデッドの馬と騎士といえるかもしれない。だが、目の前に現れたソレは比べるまでも無く。

馬も騎士も放つ気配が異常だった。

そんな兵団に背を向けアインズはどこか楽しそうに帝国騎士団を振り返る。

「みよ、我が精鋭を。私の下ではいかなる種族も平等である」

そもそも想像すらできなかった。人間も亜人も魔獣もアンデッドもこの魔導王なる存在の前では種族に差は無く同じ戦列に肩を並べている。

ニンブルはロウネがジルクニフに報告に来た時そこにいた。人間とそれ以外の種族の融和。そんな一笑に付す夢物語を熱烈に語るロウネを狂人でも見るような目で見ていた。それはジルクニフも同様でありロウネが精神支配を受けてきたと考えていた。

だが、目の前のモノを見てしまった。それが狂ったロウネの妄想ではなく、精神支配や記憶操作を受けたものでもない現実にあったものだと。少なくともその一端が目の前にある。

 

ニンブルはただただ、呆然と立ち尽くした。

 

 

 

「ガゼフ殿! あれは、あれはいったい何なのですか!?」

戦場を見下ろす小さな丘陵の上、開戦したというのに動く気配のない帝国軍を眺めていた王国の六大貴族の一人レエブン候は泡立つ腕をかき抱き声を上げる。

相対するのは王国軍24万5千と帝国軍6万。例年なら開戦間もなく交戦し小規模な戦闘を数度繰り返して終わるのが王国と帝国が繰り返してきた戦争。

今年もそうなるだろうと多くの者は考えていた。いつもの戦争とは違う、そう訴え続けていたガゼフもそうあってほしいと願っていた。

 

だが、帝国軍から突出する形で進み出てきた一軍をみてその願いは打ち砕かれたと知った。

 

王国帝国両軍の規模からするとあまりにも少ない一軍。人間、ゴブリン、亜人、魔獣、アンデッドが陣形を組み一つの旗の下に集う。どの兵士も一騎当千、ドラゴンやアンデッドの騎兵に至っては1体で万の軍を相手にできるかもしれないと思わせる何かがある。

ガゼフは自分がそれなりに強者だと自覚している。そして、カルネ村の一件で会ったゴブリンや自宅の庭に住み着いたドラゴンなど世界には更なる強者がいる事を理解している。

しかし、目の前に並ぶ軍勢の存在感はその理解すら上回っていた。

「わ、わかりません。あれが何なのかはわかりませんが一つだけわかる事はあります!」

ガゼフは今王国の至宝といわれる装備に身を包んでいる。だが今はそれでも不安感に得体のしれない何かに押しつぶされそうになる。

「ここは撤退するべきです! あれは、相対してよいものの類ではない!」

王国最強の名を持つガゼフがこの様子。戦闘経験のないレエブン候でもその言葉の意味は理解できた。

これが例年とは違う雰囲気を持っていた戦争の正体。

何をするつもりなのかはわからないがあんなものが出てきた以上いつもの小競り合いで済むわけがないだろう。帝国にしてみれば王国にこれだけの兵力を動員させた時点で目的は達している、ハズだ。ならば無駄な戦死者を出さないためにも即座に撤退するべき。

そう理解して指示を出そうとするレエブン候だったが、周囲の視線が集まる先を見てしまい言葉を飲み込む。

 

戦場の視線を集めるのは遠目でもまがまがしいオーラを放つ仮面の魔法詠唱者。混沌の軍勢、その先頭に立つ。脇に控えるのは不気味な仮面と戦場にはあまりにも似つかわしくないメイド服を着た小柄な人物が二人と帝国騎士が一人。

「まさか、あれがアインズ・ウール・ゴウン魔導王だというのか!?」

帝国からの宣戦布告状にあった名であり今年の戦争を開戦する理由とされている人物。エ・ランテル周辺に領有を主張するがどの歴史書を紐解いても見つからなかった謎の魔法詠唱者。アレほどの化物を従える力量は想像に難しくない。

もう手遅れ感は否めないが敵対してはならない相手だったのだ。

誰もが動けない中で仮面の詠唱者は隣にいる同じ仮面をつけた人物となにか話しているようだった。

一言二言言葉を交わしお互いに頷きあう。

 

そして、仮面の詠唱者を覆うようにドーム状の魔法陣が展開された。

 

「い、急ぎ撤退を! 否、敗走を! 確実にとてつもなく良くないことが起きる! ガゼフ殿、即座に王の元へ!」

「心得た! レエブン候、無事を祈る!」

ガゼフとレエブン候、二人が慌てて動き出す。しかし、それは手遅れで。

踏み出した足が3歩もいかずに止まる。突如訪れた静寂に身体は否応なく反応した。

レエブン候は心臓を直接握られたような息苦しさの中で振り返るべきではないとみてしまうと戻れなくなるという予感を抱きつつもゆっくりとソレを振り返る。

 

何が起きたのか理解し、力なく膝をついた。

 

 




目標は年内にもう一話。
気長にお待ちください。

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