煤に塗れて見たもの   作:副隊長

12 / 62
2部 英雄と呼ばれた者達
1.煤塗れの刃


『第七十一チェックポイントの通過を確認。岩国の米軍基地までもう間もなく。ですが……』

『狙い打たれたか。何者か、或いはどこかの組織の人間がソロモンの杖奪還を画策していたのだろう』

 

 付けられた小型通信機から司令の言葉が聞こえた。抱えていた剣を持つ。数打ち。銘など無い。量産された太刀の一振りだった。以前に模擬戦に用いた物と同じ刃を抱えている。違う所があるとすれば刃が潰れていない事だろうか。一度目にした白刃は、未だ何も斬り裂いていない輝きを放っていた。

 接近戦。自分は太刀を用いるそれを得意としていた。護衛の装者や同行する友里さんが持つ通信機とは違い、戦闘中でも用いれ、かつ早々壊れないように加工された特別製であった。普段は共通回線を用いているが、ルナアタックの際に用いた特殊通信機のように仮本部と直結で通信できる機能を併せ持つ物だった。

 

 自動人形。かの大事件の最中、暗躍している存在に出会っていた。装者たちが居ない場で司令には報告済みである。上泉之景個人だけを狙っていたのか、それとも二課全体を利用しようとしたのかは定かでは無い。が、フィーネに好き放題させる訳にはいかないと言っていた言葉を思い出す。幸い、童子切を用いてだが、人の手で対応可能な相手であった。報告後の方針として、装者たちには知らせず対応すると言う事になっていた。

 自分は現場で三人の装者と共同戦線を張る事が多い人間だと言える。二課の中でも、単純な戦力としてならば上位に位置していた。自動人形関連の特務が発生した場合、装者たちに知られず指示が下るという事だった。特殊回線。使われない方が良いものではあるが、必要な物でもあった。

 

 何故装者には情報を開示しないのか。それは単純な理由だった。彼女らがまだ子供だからである。シンフォギアを纏って戦う彼女らは、対ノイズ以外の戦力として見ても破格の物を持っている。が、それでも子供であることは変わらない。戦場では人の死を見る事も多くなる。現時点でノイズに対抗できる有効な戦力と言うと、彼女等しかいない。だからこそ、ノイズ関連の事件では装者の力を借りざる得ないが、それ以外ではできる限り戦わせたくないと言うのが司令の本音だと言える。二課の皆も、彼女等の人となりを良くしる者が多い。皆もでき得るならば戦わせたくは無いと言う意見だった。司令の判断は二課全体で見ても異議を挟む余地が無かった。そう言う理由から、少なくともシンフォギアが必要とならない限りは、彼女等にはその辺りの情報は伝えないと言う事だった。戦わせなくて済むのなら、それに越した事は無い。

 

「上泉さん!」 

「随分と騒々しい様だな。出番だろうか」

 

 振動が伝わる。乗るは軍用鉄道車両。ルナアタックの際に用いられた聖遺物ソロモンの杖。その輸送が行われていた。護送には二人の装者。響とクリス。その二人を主力とし、二課の友里さんや自分が召集されていた。高速機動中の車両内である。実質的な戦力は装者二人だと言える。今回の自分に課せられた目標は、殲滅では無く対象の防衛だった。ソロモンの杖。その防衛である。

 後方より振動が伝わる。ソロモンの杖を研究するために受け取りに来たウェル博士。彼が杖を所持していると聞いていた。全体の中ほどに居る為、向かっている途中だった。扉が開く。丁度友里さんがウェル博士を連れ前方車両に移動して来ていた。合流する。

 

「これは剣士さん」

「無事のようですね」

「何とかは、と言ったところですが」

 

 ソロモンの杖が収納されている輸送用鞄を抱えて、ウェル博士が答えた。技術屋である為襲撃には慣れていないのだろう、額には冷や汗が浮いている。

 

「あなたは確か、この世界には英雄が必要だと言っていましたね」

「……それがどうかしましたか?」

 

 不意にウェル博士と話した世間話を思い出す。少しばかり先行して、彼とは話す機会があった。ルナアタックの英雄。その時に、装者たちの話もしていた。人類の天敵であるノイズの脅威がはびこる世界。そんな世の中であるからこそ、誰もが信奉する英雄が必要である。そんな事を言っていた。それが、何か引っかかった。

 

「英雄と呼ばれた子らが来ます、よ」

「うわあああ」

 

 太刀を抜く。一閃。ウェル博士が尻餅をついた。天井。煩わしい音が響いていた。ノイズ。車両を貫くために実体化して貫いてきていた敵を削ぎ落す。煤が舞う。黒いものが頬に付く。

 

「ノイズを、斬った……?」

「でき得る事ならば、英雄などとは呼びたくないのですがね。ノイズさえいなければ、戦場など知らず、ただの子供であれた」

 

 呆然と呟く博士に手を差し伸べる。彼の言う通り世界が英雄を欲しているとすれば、彼女らの名が真っ先に上がる事になるのだろう。それが、どこか良く思えない。子供を戦わせ英雄に祭り上げる。それが先を進む者たちのやるべき事なのか。そんな事を考えてしまうからだ。彼女らは強い。だが、その事実とは関係ないところで思ってしまう事もある。

 

「ですが、世界は英雄を求めていますよ」

「人は弱いですからね。強き者を求めるのは仕方が無いのかもしれません。ですが、思うのですよ。弱いからこそ、自らを研鑽し血を流すべきではないのかと。誰かでは無く、先ず自らが立つ。そうして切り開いた道を英雄が通る。それが英雄と呼ばれた彼女らにしてやれる事ではありませんか?」

「……尤もですね。装者と言えども子供にすぎません。なればこそ、真の――」

「煩わしいな」

 

 轟音が車両を襲い、爪痕が刻まれる。衝撃にたたらを踏むウェル博士を屈ませる。目を閉じ、飛来する敵が貫く音を聞き分け刃を振るう。友里さんが銃を抜く。煤が舞う。数はそれほど多くは無い。だがそれも時間の問題だ。本部からの情報ではすでに囲まれ始めている。今は対応できているが、このままではそれも直ぐに限界を迎えるだろう。

 せめて童子切があればと思うが、輸送任務程度では許可が下りなかったと司令が言っていたのを思い出す。存在しない物を斬れる刃。それは、ノイズが相手でも変わらない。シンフォギアには遥かに及ばないまでも、血を吸わせれば一定時間ならば斬り合える。

 

「無事ですか!」

「あなた達は」

 

 声が響く。立花響。そして雪音クリス。二人の少女が合流して来ていた。シンフォギア装者。戦うために来ていた。二人が合流するのは当たり前だと言える。ウェル博士と話していたせいか、どうにも素直に喜べない。英雄。後進に大局を任せざる得ない事が、少しだけ歯痒かった。能力がある事は解っている。だが、まだ幼いと言う気持ちが先に立ってしまう。

 

「既に包囲が完成しつつあるみたいだ。連中、明らかにこっちに狙いを定めてやがる。まるで、何かを狙っているかのように」

「狙うべきものと言えば、一つしかあるまいよ」

 

 クリスの言葉に頷く。ソロモンの杖。目の前の少女とは所縁の深いモノであった。ノイズを呼び出し制御する聖遺物。それを起動させた者こそが雪音クリスであるのだ。杖に関する思いは誰よりも強い。

 

「アークセプター。ルナアタックの際にカギとなった聖遺物の一つ。ソロモンの杖。これを解析して、人の天敵であるノイズに対抗できる可能性。それを模索事が出来るかもしれません」

「ソロモンの杖。そいつは、簡単に扱って良いものじゃねぇよ。その杖の所為で罪も無い人たちが多く亡くなった。あたしのように、家族を失う事になった人たちが増えちまった。考えられないくらいに……」

「クリスちゃん……」

 

 ウェル博士の言葉に、クリスが辛そうに頷く。フィーネに利用されていたとは言え、自らの意思でソロモンの杖を起動させたことには変わりがなかった。ノイズの力で、人類の天敵を操る力で問答無用に争いの火種を無くす。とても褒められた方法とは言えないが、それでも戦争により親を失い涙を零し続けた少女が見出した一つの決断だった。一概に責める事も出来ない。何よりも、クリス自身が一番責を感じている。今の表情を見ただけでも、泣き出しそうになっている。傷口に塩を塗り込むような事はしようと思わない。装者として二課に協力している。その事実で充分では無いか。彼女を思い止まらせた司令の手腕には、今考えても感嘆が零れる。自分にはできなかった事だろう。響などには優しいと言われるが、それは自分にこそ欠けている物だった。

 

「これは奪われちゃいけねぇんだ。絶対に、何があっても……」

「大丈夫だよ、クリスちゃん!」

 

 不意に響がクリスの手を両手で包んだ。不意打ちにクリスの表情が驚きが浮かび、頬が朱に染まる。

 

「おま、こ、こんな時に何を……」

「大丈夫だよ。きっと守るから」

「……ッ。こんな、もう、ほんとバカ……」

 

 響がクリスと目を合わせ頷いた。絶対に守るよと笑う響に、クリスは恥ずかしそうに頷いた。自分のやりたい事を友達が助けてくれている。そんな事実に、意地っ張りは素直に喜ぶこともできず、だけど邪険になどできる訳がない為頬を染め俯くだけであった。クリスちゃんを助けたいんだと言う純粋な思いがありありと滲み出ている。相変わらずだなと軽く笑みが零れた。戦場であるにもかかわらず、少しだけ和んでいた。友里さんと目が合う。小さく、良い子ですよねと呟きが届いた。

 

「行って来い。君たちが後ろを気にせず戦える程度の事はして見せる」

「ユキさん」

 

 煤に塗れた刃を振るう。何度目かのノイズの衝突。その身を削ぎ落とす。告げた言葉に響が目を見て頷く。任せてください。そんな言葉が聞こえてきそうな程真っすぐな視線だった。

 

「……行ってくるよ。ソロモンの杖はあんたに任せたからな」

「任せておけ。二課が全力で防衛にあたるのだ、防げぬはずがあるまい」

「あんたの強さはあのふざけた難易度でおっさんの強さと共に実感済みだからな。その点は心配してねーよ。けど、無理はすんなよな。人である以上、ノイズに触れる事は出来ないんだからな。どうしても無理な時は、あたしを……あたしとあのバカを呼べよ」

 

 迎え撃つと決めたクリスに、後の事は気にするなと伝えた。むしろ、あんたたちの方が心配なんだよと頬を染め、直ぐにそっぽを向いた。苦笑が零れる。心配して言った言葉を心配してるんだと返されるとは思わなかったからだ。友里さんが仲が良いですねと笑う。響がクリスに人の悪い笑みを浮かべ突っかかる。随分と余裕なものだ。とは言え、思い悩んでいるクリスが響によって解されている。それは悪い事ではない。弄られて恥ずかしくなったのか、別に心配してねーしと怒り出す。

 

「そちらも任せる」

 

 言葉を発した時には、既に天井を破り車外に飛び出ていた。対ノイズ兵装であるシンフォギア。その身に纏っていた。自分の知る物と幾らか装飾が変わっている。直接見たのは、ルナアタックの際三人がフィーネとぶつかり合った時の映像である。あの頃と比べると、白色を基調としたものになっているようだ。特にクリスのシンフォギアの色が変わっていた。壁を一つ越えたと気う事なのだろうか。響と共に外に出る際に見た表情は、真剣ではあるが何処か余裕のある物のように思えた。

 

「あれが、ルナアタックの英雄ですか」

「そうですね。地を守った子達ですよ」

 

 ウェル博士の呟きに答えた。英雄。どうにも自分は彼女らをそう呼びたくない様だ。それも仕方が無いだろう。まだ年端も行かなない。恐らく二課の者達もそう思うのでは無いだろうか。少なくとも、司令や緒川辺りは英雄などとは決して呼ばないだろう。どれだけ強かろうと、ノイズの脅威に対抗できる存在であろうとも、子供は子供だと言うに違いない。まだ成人すらしていない。年齢だけで言うのならば彼女らは守られてしかるべきなのだ。

 

「あなたのその剣技。あなたもまた、彼の事件で力を振るったのですか?」

「……そうですね。刃を抜き、迎え撃った。大切な時にこそ間に合わない、どうしようもない刃ではありましたが」

「そうですか。その剣。興味深いものですね」

「煤に塗れただけの刃ですよ」

 

 太刀を軽く振るい鞘に納める。高速で走り続ける車両の上部から、けたたましい音が聞こえる。クリスの重火器。ガトリングや誘導弾が猛威を退けているのだろう。車両単体への被弾はほぼ無しと言える状況まで持ち直していた。とは言え油断できる訳でも無い。少しでも距離を取るため、友里さんと共にウェル博士を誘導していく。

 

『敵対反応減少。トンネルを抜ければ目的地へは間もなくです。このまま逃げ切って下さい』 

『了解した』

『トンネル? なら……』

 

 先頭車両に辿り着く。付けられた通信機から、藤尭の声が届く。響が何かを思いついた様に返している。座り込み太刀を抱える。目を閉じた。今自分がやれることは殆ど無い。高速移動中である。外に出て戦うなど論外だ。周囲の音だけに気を配り、気配のみを探る。隧道。極度の閉鎖空間である。内部でならば攻め手は限られるが、同時に外に出てからが狙い目といえる。流石のノイズも位相差障壁で隧道を通過しながら攻撃には移れない。であればこそ、逃げ切ったと気が緩む突破時が最も油断できないと言えるだろう。不意に、車両全体に衝撃が走った。とは言え、車体の動きに違和感となる物は覚えない。響が含む事を言っていた。何かをする気なのだろう。幾らか逸れていた意識を戻す。彼女らに任せたのだ。ならば何も心配する事は無い。

 

『閉鎖空間を追撃する為物理干渉を無効化。その利を生かし最短で向かってくる敵が遮蔽物を超えてきた瞬間を狙って……』

 

 呟きが届いた。ほぼ同時に衝撃音。大型のノイズを撃ち砕いたのだろう。爆発が起きたような衝撃が車体に響いた。まだ姿勢を低くするように告げる。友里さんがウェル博士を庇う様に伏せさせた。衝撃の中ではあるが、音は届いていた。床に倒れ込むように軽く地を蹴る。瞬間。自身に向け飛行型ノイズが壁を抜き迫った。既にその場に体は存在していない。

 

「え……!?」

 

 抜き打ち。ウェル博士の呆然とした声。当たり前だ。終わっただろうと気を抜いたところに伏兵が居たようなものだ。床を転がる様に切り伏せ、何十もの切り傷により煤になったのを確かめる。納刀。金属がぶつかる感触だけが手に広がる。手と鞘が黒く汚れていた。辺りを包む気配も、気付けばなくなっている。

 

「二人とも無事でしょうか?」

「ええ、なんとか。とは言え、一番危なかったのは上泉さんですが。そちらは大丈夫ですか?」

「はい。怪我はありませんよ。あの子らが戦っていたので、こちらだけを警戒していられました。何十もいれば別ですが、一体程度であればどうとでもなります」

 

 友里さんの声に立ち上がる。ノイズが炭化した煤に汚れただけだった。

 

「……」

「ウェル博士?」

「ああ、いえ、情報として二課の方の身体能力は知ってはいましたが、いざ実際に見て見ると信じられないものだと思いましてね。日本にはNINJAやSAMURAIがいると教えられてはいたのですが」

 

 どこかぼんやりとしているウェル博士に友里さんが声をかけた。彷徨っていた視線が定まると、立ち上がり問題ないと答えた。少しだけ声が弾んでいる。気が昂っているのだろう。殆ど装者が相手をしたのだが、かなり大規模な攻勢だった。無事に切り抜けられた事で高揚するのも解る気はする。たしか忍びはどーも忍者ですと言い現れたり、襲われた相手はアイエエエエ!っと叫ぶんですよねなどと言っているが、少なくとも緒川がそんな現れ方をしたり相手に叫びをあげさせているところは見たことが無かった。博士は外国の方である。何か思い違いをしているのだろうなと内心思いつつも、あまり追求しないでおく。

 冷静に考えてみるとペンを手裏剣代わりに用いたり、複数のペンと紐を用いて即席の鉤爪となる物を作ったり、一度林にでも入れば即席の薬を作ったり、果てには分身したりと、方向性は違うが現実離れしていると言う点ではあまり変わらない。確か名刺で何かを斬るなんて小技も持っている。司令とは違う意味で頼りになる同期だった。

 

「いや、そんな現実離れしてんのはこの人だけだからな。あくまで他の人間は普通だよ」

「それはまぁ、随分な言い草だな」

「事実じゃねーか。あたしはあんたみたいなの、おっさんぐらいしか知らねーよ」

 

 戻って来るなりの言い草に苦笑いが浮かぶ。とは言え口ぶりの割には、こちらを気にしているのかチラチラと視線を向けても来る。憎まれ口はクリスなりの他人との触れ合い方だった。

 

「まぁ、ユキさんは師匠とやり合ってましたからね。あはは……、もうBUMONには挑みたくないんですが……。まだ第1関門なのにまるで突破できる気がしない……。頼みの連携だって、使う間がある訳も無く」

「おいバカ。いやな事思い出させんなよ。思い出したら良いようにやられた事に腹が立ってくるだろ」

「まぁ最初とか、クリスちゃんが速攻で落とされて崩れちゃったしね。それから何度挑んでも太刀打ちできなくて半泣きに――」 

「だあああああ!! い、いい加減な事言ってんじゃねーよ!! 訓練如きで泣く訳ねーだろ!!」

「え? でも半泣きにされたのはふみゅおッ!? ……痛いよクリスちゃん」

 

 出てきた言葉から模擬戦が思い浮かんだのだろう。響が遠い目で呟いた。クリスも嫌そうにしながらも同意する。響が翼さんですら音を上げそうになってたもんねと、思い出しながら語っていたところでクリスが詰め寄った。何言ってんだてめぇと言わんばかりに眉が逆立つ。真偽は兎も角として、司令との戦いは役に立っているようだ。

 

「随分と愉快な方たちの様ですね」

「年相応という事ですよ。いくら英雄と言われようとも、女の子には変わりませんよ」

 

 毒気を抜かれたといった感じのウェル博士に同意する。強くはあるが、まだまだ子供だと言う点は否定しきれない。英雄と言う名の重圧を背負うにはまだ早すぎるのではないか。そんな事を思う。

 

「……兎に角、彼女らにソロモンの杖は守って貰ったのです。僕が必ず役立てて見せますよ。人類の為にも、ね」

「……何か研究に進展がある事を期待していますよ」

 

 やがて目的地に辿り着く。あとは、車両から降り輸送物の受け渡し地点である米軍基地の敷地内で任務を完了するだけであった。ウェル博士の言葉に頷く。ソロモンの杖を起動したクリスにとって、これは災厄でしかなかったが、その力が良い方向に使われると言うのならば、喜ぶべき事だろう。杖の研究が進む事でノイズに対する研究がさらに進む事を期待していた。

 

「ふつつかな杖ですがよろしくお願いします」

「ソロモンの杖を頼んだぞ。それは簡単に大切なものを奪ってしまう。本当に簡単に」

 

 響とクリスが念を押すように言った。

 不意に、片手に熱を感じる。握られたようだ。ソロモンの杖。それは雪音クリスにとって因縁の深い聖遺物である。亡くなった両親の事やフィーネの事が思い起こされたのだろう。繋がれた手にほんの少しだけ力を籠める。大丈夫だ。そう伝えていた。

 

「ええ、約束します。この杖は大切に扱わせてもらいますよ」

 

 博士が笑みを向け言ったその言葉に安心したのか、握られた手が少しだけ緩んだ。やがて手が離れる。

 

「これで、今回の搬送任務は完了ですね」

「よぉーし。これなら翼さんのコンサートにも間に合いそうだよ!」

「さぁって、招待されたからには応援してやらないとな」

 

 友里さんの言葉に二人が頷く。ソロモンの杖搬送。それが終わったところだった。

 三人の装者のうち、風鳴のだけがこの場に居ないのは、かなり大きなコンサートがあり、そちらが優先されたからだと聞いていた。任務が終わった二人はその応援に向かうようである。ルナアタックを始め、その後の生活が彼女らの繋がりを深めたのだろう。あのクリスの口から素直に応援に行くかと聞けたのは感慨深い。そんな様子をみたからか、友里さんが帰りはヘリを出して貰えると朗報を伝える。

 

「マジっすか?」

 

 響が尋ね返した。頷く。確かにそんな連絡は来ていた。歓声。クリスに抱きつきながら喜びを表す。そんな響にどうして良いのか解らないのか、クリスはあたふたしていた。その瞬間、

 

「マジっすか……!?」

「大マジだな!」

 

 基地の敷地から爆音が響いた。警報が響き渡る。装者が動いた。動き出そうとしたところで、司令からの連絡が届いた。

 

『ユキ、聞こえるか?』

『何か?』

『気を付けろ。装者が完全に離れたこのタイミング、何かおかしい』

『了解。警戒しつつ対応します』

『頼むぞ』

 

 特殊回線で届いた。つまりは、何かがあるかもしれないと言う事だった。一度目の襲撃は凌ぎ切り、二度目は受け渡しが完了して離れた直後である。まるで、見られているかのような違和感。太刀を持つ。何かが起ころうとしている。襲い来ると言うのならば、斬るだけであった。両手。煤に塗れている。風が、黒いものを運んできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




G編開始
まだ綺麗なウェル博士、武門に出会う。

それはそうと、誤字報告と感想ありがとうございます。
感想返しは更新時に行っております

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。