煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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4.気の抜ける場所

 鉄パイプに両手を添える。低く刃を構え、それからゆっくりと持ち上げていく。中段に差し掛かり上段。再び中段まで下ろし、下段へと戻る。呼吸を短く吸う。逆袈裟。切り上げからの振り下ろし。そのまま刃の勢いを殺さずに突に移行。踏み込み。刺突。軸足を起点に後退。背後への振り下ろし。勢いを殺さずに刃を流し、宙を薙ぐ。上段。一呼吸。一刃。風が吹き抜ける。

 両手を刃から離す。左腕。開いた傷口はそれほど深くは無かったようで、既に糸は抜かれていた。試し。それを行っていた最中であった。流石に完治とは言い難いが、ある程度の加減ならば充分に剣は振るえるようだ。剣を振るった折に少しばかり熱を放つが、この程度ならば十分に許容範囲の内である。

 

「ふぁぁ……。翼さんに聞いてはいましたが、何と言うか凄いです。上手く言えませんが、ただの鉄パイプの筈なのに、違うって言うのか」

 

 傍らで見ていた響が声を上げた。心の底からそう思っている様な称賛だった。ぐるりと右手を回す。右手に持つ鉄に気を浸透させる。一撃。片腕で振り下ろした。手にした鉄を起点に衝撃が伝わる。片腕。渾身を以て放っていた。斬鉄。地を幾らか裂き、右腕に圧力がかかる。刀身。刃を両断するかのように鉄パイプが二つに割けていた。

 

「思うんですけど、ユキさんもシンフォギアみたいなの持ってるんですか?」

「いや、人の身だよ。しいて言うなら人間単位で戦う為の研鑽はされてきたが、それ以外は鍛錬の賜物だろうな」

 

 なんで生身で地面が斬れるんですかとため息を零す響に答える。司令とやり合った際、友里さんに一度本当に人間なのか検査しましょうと言われたため各種検査をされていた。それによれば、純正の人間と言う事になっていた。一緒に調べられた司令もである。友里さんと藤尭の、嘘だろと言わんばかりの視線を思い出すと苦笑が浮かぶ。そう言う訳で、響の期待には答えられない。自分の持つ物は技だけであった。あえて言うなら、戦いの為に人為的に研鑽された肉体だろうか。

 

「いや、私シンフォギアを纏えますけど、そんな事できませんよ」

「力としての系統が違うのだろう。俺の持つ物を鍛冶師の作った刀だとすれば、君の持つシンフォギアはさしずめ大きな鉄だろう」

「鉄、ですか?」

「ああ。俺の力は、言わば人と言う鉄の中で打たれた剣だ。それに対して君の持つ力と言うのは、巨大な鉄と言う事になる。その鉄を以て名工が鍛え上げれば強大な刃となり得る。無論、鍛えなければただ重いだけの鉄塊という事にもなる。つまり、君の力は鍛え上げれば俺と似たような事、あるいはそれ以上の事が出来るようになる。今は鍛え始めが違う為、それの為せる事が特別に見えるだけだ」

 

 響きの持つ力と、己が持つ技術に関して鉄と刀を例えに語って行く。俺の持つ技術を太刀とするならば、響の持つシンフォギアは大太刀すらも超えていく可能性を持つ。行きつける先が人と言う限界を持つ自分と違い、シンフォギアにはそれだけの可能性があるという事だった。今自分が響を驚かせてはいるようだが、それも長くは続かないだろう。先ずその事実を語る。

 

「それでも、私はユキさんには勝てない気がします」

「まぁ、力が強くなるだけでは負けはせぬと思うよ」

「はい。それに、ユキさんと戦うのは、何か嫌ですし」

 

 何度も助けてもらっているのに戦うなんて嫌ですよと響が笑った。その横顔に、相変わらず優しい子だと思う。思っていた話の流れにならなかった為、もう一つ伝えなければいけない話をどう持っていくかと思考を回す。

 

「仮にだ。仮に俺と本気で戦う事になったらどうする?」

「うーん。そう言うのは考えたくありませんけど、たぶん皆で止めると思います」

「そうだな。それが良い。逆に此方から仕掛けるとすれば各個撃破を狙う。例えシンフォギアを纏っていようとも、勝つ気で仕掛けるだろうな」

「……ユキさんなら、本当に押し切ってきそうです」

 

 嫌な想像させないで下さいと苦笑い。此方としても三人の装者相手に生身で挑むと言うのは、あまり考えたくは無い。特に、イチイバル相手であれば先に捕捉しなければとても勝負にならないだろう。先に捕捉できれば、どうとでもなりそうではあるが、後手はそのまま敗北と言う事になる。誘導弾の相手など、童子切でも無ければ流石にできそうにない。

 

「まぁ、シンフォギアを纏おうと、全てが人を超える訳では無いだろうからな。例えば、刃を体に打ち込めばそのまま無力化できるだろう」

「ユキさんに斬られる……。それは、嫌だなぁ」

「まぁ、本当に斬りはしない。だが、その気さえあれば斬れない事も無いだろう。君の刀は確かに大きいが、無力化するのに同質の刃は必要としない。これは覚えていて欲しい。シンフォギアを纏おうと、時には人の力に、或いは悪意に膝を折る事もあり得る。人を斬るだけならば、包丁だろうと太刀だろうと可能なのだから。だからこそ、振るう刃は勿論の事、自分が受ける刃の事も念頭に置く事だ。それがなければ、命取りになりかねない」

 

 右手に持つ鉄パイプを響に向ける。一閃。風が響の髪を薙いだ。遅れて、えっ、と間が抜けた声が耳に届く。驚きに目を丸めていた。

 

「風?」

「今、君を斬ったのだよ」

「あの、ぜんっぜん見えなかったんですけど」

「そうか。ならばまだ暫くは先達として胡坐をかいていられそうだ」

 

 今なにしたんですかー。っと詰め寄って来る響が面白く、からからと笑う。司令が弟子として取ったのも何となくわかる気がした。驚くほど素直なのだ。そして懸命でもある。その姿を見ると、つい背中を押してやりたくなるという事だった。できる事なら、先の事件の時の様な泣き崩れた表情はさせたくない。

 

「いえ、ユキさんにはとても勝てる気がしないのですが」

「ならば、試してみるか?」

「ええ……!?」

 

 とはいえ悪意や敵意を警戒しろと言ったところで、それ自体、簡単に経験できるものではない。ならば、せめて経験を積ませること位はしておくべきだろう。幸い、彼女も白兵戦を主体としていた。刀の間合いは風鳴のである程度理解できているだろうが、一つの剣を知るより、二つを知る方が経験としては大きい。誤差の範囲ではあるが、自分にしてやれる事はそれぐらいだった。武装組織とのぶつかり合い。それは当然、相手側の装者とのぶつかり合いも想定している。シンフォギアを纏えない身ではあるが、生身同士の鍛錬もまた、経験になるという事だった。

 

「まぁ、嫌ならやめておくが」

「……いえ、やらせてください」

 

 返事に頷く。既に互いの立ち位置は良い間合いであった。右手の鉄パイプ。構えもせず、響を見据えた。意思を込める。

 

「……え?」

 

 声が零れ落ちた。汗が浮き出し始める。構えを取った響の肩が、強張っているのが見て取れる。ただ、それを眺めていた。右手の意思。ただ斬ると言う気概だけを維持する。呼吸。響の荒い息だけが耳に届く。

 

「なに、これ……」

「来ないのか?」

 

 呆然と零す響に、一言だけ尋ねた。目が合う。瞳が見開かれた。震え。目に見える。笑う。来い。言葉では無く、今度は手にした剣の意思で伝えた。

 

「これが、本物のユキさん……。翼さんが、憧れたって言う剣」

「俺は剣では無いよ。剣士だ。日ノ本の剣の一振りなどと言われる事もあるがね」

 

 ぺたりと座り込んだ響に手を差し伸べる。既に右手に持っていた鉄パイプに意思を込める事はやめていた。今は左手にしている。

 風鳴のと行う立ち合いと同じ気概で迎え撃った。響も、風鳴のやクリス、時には司令と鍛錬を行っているようだが、本気の刃に触れるのは初めてであったようだ。風鳴のやクリスは兎も角として、司令は響相手に全力を出す事はまだ無いだろう。あの達人の気迫に一度でも触れた事があるのなら、これほどの驚きは示すはずがない。

 

「あ、すみません」

「いや、良い。初めてなのだろう。あれ程立って居られただけでも十分だ。初めて相手をした風鳴のは、気絶したからな」

「あの翼さんが?」

「まぁ、あの頃は今ほどの意思を持っていなかったようだからな。奏が逝ってから、劇的に変わったのかもしれないな」

「奏さんが……」

 

 天羽奏。二年前に逝った装者だった。自身が二課を離脱したのが四年前であり、奏が二課に来たのが大凡五年ほど前であり、それほど長い時を共有した訳では無いが、風鳴のと共に相手をした事はあった。剣気を気合で押し返そうとしていたのを思い出す。不屈。そんな印象を持つ女の子だった。あの頃の風鳴のは、奏と比べれば気概では負けていただろう。今だからこそ言える事だが、当時は強さを求める理由が奏と呉べれば希薄だったからだろうか。

 

「やっぱり、ユキさんは凄いです」

「それはそうだ。君とは研鑽してきた年季が違う。生身であるならば、尚更だよ」

「ですよね。……あの、偶にで良いので、また相手をして貰えますか?」

「ああ、構わない。司令にも前衛二人組はできるなら鍛えておけと言われている。無理のない範囲で訪ってくれれば良いさ」

 

 風鳴のはもとより、響の方も可能なら相手をしてやってくれと頼まれていた。司令のように直接拳に関して教える事は無いが、至近距離での立ち回りについてならばある程度教える事もできる。その段階になるまではもう暫くかかりそうではあるが、そんな公算はあった。

 

「おい、また剣を振ってやがんのかよ」

「クリスちゃん!?」

「……このバカまで懐柔してやがるし、静養するって言葉を知らねーのかよ」

 

 先程から見ていた人物が声をかけて来る。雪音クリス。気まぐれな白猫だった。ウェル博士の追跡。その時に自動人形相手に交戦、良い一撃を貰っていた。隠す事などできはしないし、そもそも隠す気も無かった。あんたは何してんだよと詰め寄られたのは何時だったか。

 

「仕方あるまい。武装組織の台頭により、何時戦いになるかも解らん。仕上がりを確かめる必要もあるからな」

「別に、あんたが戦わなくてもあたしたちが何とかする」

「そうだな。そうして貰えると助かる」

 

 だからあんたはゆっくりしてろと吐き捨てる白猫の言葉に頷く。口は悪いが心配してくれているのは解っていた。怪我をしてからと言う物、小まめに様子を見に訪ってくる。そこまでされれば、嫌でも心配されていると気付くだろう。特にクリスからすれば、自分は見ていないところでは大体怪我をして戻って来る人間である。小言の一つでも言いたくなるようだ。それほど大きな怪我では無いと説明はするのだが、そうすると機嫌が悪くなり睨みつけて来るので今は好きにさせていた。何も、面倒事を自ら引き受けなくても良いだろうと思うが、それも口には出さない。藪蛇だろう。

 

「たくっ、どいつもこいつも勝手ばかりして」

「……君に言われると重みが違うな。勝手ばかりしていたものに言われると反省しなくてはいけないと思える」

「おい、喧嘩売ってんのか?」

「いや、あれだけ敵意をむき出しにしていた子が変わったものだと感慨深いだけだ」

「やめろ。もう良いからその話は蒸し返すな!」

「クリスちゃんが押し負けた!?」

 

 出会った頃を思い出す。そうすると、クリスは頬を染めそれ以上言うんじゃねぇと詰め寄る。あの頃のクリスは他者に敵意を剥き出しにしていた。今でこそ随分と丸くなってはいるが、だからこそあの頃の行動は今思い出すといたたまれないのだろう。響など、俺が知るよりも更に尖っていた頃のクリスを知っていた。話題にはしたくないという気持ちはありありと感じられる。

 

「それで、君はどうしたのか」

「ふん。暫くはあんたを監視するって伝えただろ。今日も来ただけだ。あと、世間話」

「……こう言うのなんて言うんだっけ? ああ、そうだ。通い妻だ!」

「ちげぇーよ!!」

「どちらかと言うと妹とか姪だろうか」

 

 響のああ、あれだあれ。っと言わんばかりの言葉に苦笑が浮かぶ。白猫の視線が響の方へ向かう。げっと言わんばかりの表情を浮かべた。助け船を出しても良いのだが、今回は見守る事にする。何だかんだ言うが、クリスが響に心を許しているのは見ただけで解る。年相応の言い合いなどはしておくべきだろう。

 

「あたしは、おっさんの指示とは言えコイツが怪我したのはノイズと装者なしでやり合う事になったから気にしているだけであって、それ以外の意図はねえ!」

「とか何とか言っちゃってるけど、それって心配なだけだよねー」

「ちげぇっていってんだろ!」

「ちょ、だから痛いって。ふにゅう。……クリスちゃん、図星だからって直ぐに叩かないでよー」

「成程、シングルよりもダブルの方がいー様だな。腕が鳴る」

「ひいい。何でもありません!」

「遠慮すんな。もってけ全部のせだ!」

「何で増えてるのクリスちゃん!!」

 

 やいやいやっているところを眺める。手が出る分クリスの方が強さは上のようだ。年齢が上という事もある。最初の頃は手が出るのは止めるべきかと思ったのだが、良く見ていると必ず手加減をしている。不器用な子である。素直な思いを出すのが苦手だった。それを、響が半分道化を演じる事で距離を詰めているという事だった。もう半分は、天然でやっているようだが。そこはあまり気にしても仕方が無いだろう。友達。二人を見ているとそんな当たり前な言葉が思い浮かぶ。気付けば笑っていた。この子らは日々成長している。自分が心配する事など、あまりないのでは無いだろうか。

 

「俺など、必要がなくなる日も近いか?」

 

 気付けば傍らで丸まっていた黒猫を抱える。金眼。眠そうに此方を一瞥。知るかと言わんばかりに一鳴き。それはそうかと頷く。日々成長しているが、だからと言って劇的に変わる訳でも無い。先達としては、せめて彼女らが成人するまでは情けないところを見せられないだろう。クロの熱を感じる。体温が心地良い。

 

「ユキさんが必要なくなるって、またまた御冗談を」

「ノイズの相手はあたしたちがするが、だからって怠けさせてやる訳じゃねーぞ」

「いや、そう言う意味では無いのだが。まぁ、良いか」

 

 とは言え、力の強弱は兎も角として、未だ彼女らに脆いところはあるのも事実だった。自分がどれほどの事をしてやれるのかは解らないが、今暫くは腑抜けられないだろう。精神の研鑽。こればかりは、直ぐにできるものではない。人の気持ちに触れ、自分の気持ちに触れる。心を強くするには、それ位しか方法は無かった。これから想定される戦いは、人と人とのぶつかり合いである。彼女らが心折れる場面も出るかもしれない。その時があるのなら、それが先達としての為すべき事だろう。

 

「さて、少し出るかな」

「ん、何か用事でもあんのかよ」

「まぁ、少しな。用事と言うよりは私事だな。そのうち司令達と飲もうかと話していた。その準備だ」

 

 司令達と飲み交わす約束をしていた。司令と緒川、そして藤尭だった。気心が知れた者達で飲む。大人だからできる醍醐味だった。

 

「……お酒ですか?」

「まぁ、そんなところだ。月を肴に夜を明かす。そう言うのも趣があるが、藤尭などもいるのでな。食べられる肴が必要という事だ」

「ちっ、しゃーねーけど付き合ってやるよ。その腕じゃ荷物を持つのも辛いだろ?」

「なら、私も付いて行っても良いですか?」

 

 酒とかあたし達にはまだはえーけどなっと言いながら手を貸すと白猫が見上げて来る。既に腕の傷は問題ない程度まで回復しているのだが、それは言わない事にする。素直にありがとうと頷くと、自分の発言に照れたのかそっぽを向いた。何か奢れよなとぼそりと付け加えられた言葉に、ああっと了承する。一連のやり取りを見ていた響も、私も暇だからついて行っていいですかと手を上げる。断る理由が無い。二つ返事で了承。取り敢えずは鉄パイプを片付け、クロを部屋の中に連れて戻る。尤も、窓を開けているのでまた出てくるかもしれないが。

 

「では行くかな」

 

 そして、三人で歩く事にする。さて、どれぐらい必要か。そんな事を考えつつ、響とクリスの話し声に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「しかし、酒とはね……。あんた達も少しばかり気が抜けてんじゃねーのか?」

「と言うと?」

 

 日本酒を数本、そして発泡酒の缶を幾らか購入し、肴を買い揃えたところで帰宅していた。荷物を見たクリスが思い出したように吐き捨てた。ちなみに酒を女の子に持たせるのは構図的に好きでは無い為、殆どは背負って帰った。彼女等には主に肴を持って貰った。内容としては、量販店で売っている干し肉や干物など定番の肴に加え、梅や漬物、豆腐や煎餅など取り揃えていた。ちなみに自分は日本酒を味噌や漬物を肴に飲むのが好きである。もっとも、大量に飲む事はしない。男の失敗で大きいのが酒と権力と女である。溺れない程度に嗜むのが武門の飲み方だった。

 

 

「あいつにも言われたんだけどな、学園祭に参加したらどうだってって言われてんだよ」

「あークリスちゃんが逃げ回ってるみたいって翼さん言ってたしなぁ」

 

 どうやらクリスは武装組織の台頭に気を向けているらしく、とても学園祭の準備など楽しめないと言った雰囲気である。言動に似合わず、真面目だった。捻くれてはいるが、自身の両親を慕っていたりもする。言動と姿勢が正反対な子ではあるが、それ自体は好ましく思える。

 

「当たり前だろ。うちのクラスのやつら、どんな手を使ってもあたしに給仕をさせたいらしい」

「そう言えばクリスちゃんのとこ何をやるの?」

「……模擬店」

「具体的には?」

「……メイド喫茶」

「ぶほぉ!? ま、マジですか。あのクリスちゃんがメイドだと」

 

 響が何故嫌なのか詳しく聞き出していく。模擬店での給仕。それがしたくない様だ。まぁ、確かにらしくは無いが。致命的に似合わないという事も無いだろう。

 

「だぁー! 笑うな! つーか、出ねぇっつてんだろ! 猫耳なんて付けてられるか!」

「猫耳までつけるの! いやいや、絶対出るべきだよクリスちゃん。クリスちゃんの猫耳とか絶対おもしろ……可愛いに決まってるからね!」

「おま、今面白いって言ったか?」

 

 面白半分と言った響に、クリスはしゃーっと食って掛かる。まぁ、面白半分ではあるが、もう半分は学院に馴染めるようにと言う思いも感じ取れなくはない。

 

「ユキさんも参加した方が良いと思いますよね?」

「ん、まぁ、容姿は良いのだ、何を着ても問題あるまい」

「な、ななな、いきなり何を言いやがる!」

 

 響の言葉に頷く。言動は兎も角として、クリスは黙っていれば器量は良い。良いと言うか、良すぎる。そんな子がいるのなら、模擬店と言う出し物の都合、出てくれと言われるのも頷ける。性格からして嫌がるのも解るが、出ておけば後の思い出になるのでは無いだろうか。折角可愛らしいのだから出てはどうかと告げると、案の定赤くなった。何時もの事なので放っておく。それに、殊勝なクリスと言うのも見て見たいものではある。

 

「ですよねー。クリスちゃん、可愛いもん」

「このバカ、可愛いって言うな!」

「まぁ、事実だからな」

「あんたも便乗すんじゃねー!! はぁはぁ、なんでこんなに気が抜けてんだよ。武装組織の連中が何か狙ってんだぞ!」

 

 響の言葉に同意すると、ついに白猫は怒りを爆発させた。それをまぁ落ち着けと宥める。ふーふーと呼吸を荒くしながら、詰め寄られた。取り敢えずは、買い物に付き合わせた礼として買った串団子を取り出す。押し付けた。微妙な表情ではあるが、少し勢いが収まる。

 

「常在戦場じゃねーのかよ」

「ほう、そんな言葉を知っているのか」

「よく、あの剣さんが言ってるからな」

「なら、今回はこんな言葉を覚えていけ。弓張って弛めざるが如し」

 

 クリスの口からは少し意外な言葉が出て来た。言葉自体は知っていても不思議では無いのだが、この言葉は風鳴のが良く言っている。影響を受けたのだろうか。悪い事だとは思わないが、拘り過ぎているようにも思えた。響とは方向性が違うが、この子も素直なのだろう。真面目が過ぎるぞ。かつて風鳴のが天羽奏に言われていた言葉が思い出される。後進は先達に似るのか。風鳴のと言い、クリスと言い、響と言い、似た者同士に思えた。

 

「何だよソレ」

「弓は張らねば使えないが、張り詰めたままでも使えなくなると言う事だよ。人も同じでどれだけ頑張ろうと、何処かで気を抜かねば使い物にならなくなる」

「……あたしは大丈夫だよ」

「気を抜かずに大丈夫な人間など存在しない」

 

 自覚はあるのか、憮然とした感じに零す言葉を否定する。疲れない人間など存在しない。

 

「それでも、あたしは楽しむ資格なんてないんだ。色々な物を奪ってしまったあたしに、今を楽しむなんて事できはしない。しちゃいけないんだ」

「そんな事ないよ。クリスちゃんは間違っちゃったかもしれないけど、その分頑張ってきた。それを私は知っているもん。だから言える。クリスちゃんが今を楽しんじゃいけないって事は無いよ。ううん。苦しんだからこそ、楽しまないといけないんだ」

「……っ、おま、急に何を……」

 

 自分は楽しんではいけないんだと頑なに拒もうとするクリスの手を、響が取った。手が繋がれる。楽しんでも良いんだよと笑う響に、白猫は何かを言い返そうとして結局言葉が出なかった。

 

「逸は労より出で、楽は憂より生ず。と言う事か。全くこの子は、直ぐに成長してしまう」

 

 響の言葉に思わず頷く。楽しみと言うのは、苦労や憂慮の先にある物であり、クリスに楽しむ資格が無いと言う事などあり得ないと断言していた。これでは言うことが無くなってしまったと苦笑が零れる。素直な分、成長が早いという事なのだろうか。

 

「君には、良い友がいるではないか」

「あんたも、いきなり何言ってるんだよ」

「え? 私、ユキさんに褒められた?」

「ああ。事実だからな。クリス、この子は大事にしなければいけないぞ」

「そりゃ……、友達だってんなら……、その、大切には……」

 

 白猫は赤くなり縮こまった。対する響は良く解らないけど褒められた―っところころと笑う。団子を一つ手に取る。口に含んだ。甘い。だが、嫌な甘さでは無く、後を引かない上品な甘さだった。自然と頬が緩む場所。この子らにとって、仲間と言う関係はそんな心地の良い物なのだろう。自分に倣って二人も口をつけた。和菓子。付き合わせた礼に、幾らか買ってあった。おいしーよぉっと締まりのない言葉が届く。確かに美味いと更にもう一つ手に取った子も居る。先の事件が嘘のように穏やかな時間だった。この子らには、この時間が続けばいい。茶を啜りながら、和菓子に頬を緩める少女らを見ると、そんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 




響、武門に教えを受ける。
クリス、メイド喫茶に挑戦する、かも。

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