煤に塗れて見たもの   作:副隊長

16 / 62
5.因縁の策動

 煤が舞い上がる。都心から離れた人気のない路地の一角。数十人の人間だった物の慣れの果てが、風に乗り辺りを吹き荒れる。ノイズによる炭素転換。既に、数多の犠牲者が出ていた。

 

「こんな物かしら?」

 

 煤が風に乗り広がる中、一体の人形が呟いた。青の自動人形。ガリィ・トゥーマーン。人の思い出を採取可能な人形が、煤の中を優雅に舞い踊る。人間の想い出の採取と分配。青の自動人形のみに与えられた役目を果たす為、ノイズと共に動いていた。

 

「しかし、こんな欠片でどれだけの物が出来るのか」

 

 白銀の欠片の一つ。それを手に、ガリィはくるくると回る。緑の自動人形。ファラの持ち帰った欠片の一粒。砕けた刀身の一欠けらだった。人が炭素と砕けた路地の中、青は一人で揺れ動く。

 

「ドヴェルグ=ダインの遺産。何れソレを与えると言うのなら、その対策にも刃を用いる訳ね。マスターが言うには研鑽され、異端技術に匹敵する程までに昇華された技術。血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)。人間程度がどれだけ強くなろうとも、マスターどころか、自動人形が本気になれば充分だと言うのに、心配性な事ですねぇ」

 

 指で欠片を弄ぶ。宙に打ち上げた。右手。落ちる白銀を掴み取る。

 

「英雄の剣。試作にも満たない仮初の力を得た英雄志望の愚か者。どれだけ踊ってくれるのか。幕外でお手並み拝見させて貰おうかしら」

 

 思い出の採取。ソロモンの杖により召喚されたノイズ。それを譲り受け、錬金術で加工していた。その実験の為に譲り受けた大量のノイズの一部を利用し、思い出の収集による犠牲を武装組織の仕業に隠蔽していた。炭素転換による犠牲者。想い出の採取により犠牲となった人間を、更に煤と変える事で、彼女らの敵となる組織の目を欺く事に利用しているという事だった。ウェル博士と自動人形の協力関係。博士以外の武装組織の構成員が知らないところでも、暗躍が行われていた。

 

「抜剣か。剣を抜くのは果たして誰なのか。暇潰しにはもってこいね。……ちっ」

 

 開かれる右手。彼女が握った白銀の欠片は、自動人形の手を穿っていた。水。浮かび上がったそれが弾け、消える。その時にはもう、ガリィの姿は消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「直ぐに目的地に向かいます。乗って下さい」

 

 風鳴のが叫んだ。東京の要所に作られた、二課の仮設支部。その一つで風鳴のと立ち合っていたところで、通信機がけたたましい音を上げた。ノイズの発生反応。それを感知したと言う事だった。同時に二か所。工場の密集地帯と、住宅街。二か所に同時発生していた。戦力を二つに分ける。丁度風鳴のと共に居たため、工場地帯側に駆り出されたという事だった。現在地からの距離も近く、またノイズの発生数も工場地帯に比べればそれほど多くない。住宅街の方には響とクリスが向かうという事だった。

 

「ノイズは私が引き受けます。先生は、避難が遅れている方たちの対処をお願いします」

「ああ、了解した。風鳴のも油断が無いようにな」

「ええ。恥ずかしい姿はお見せしません」

 

 一言二言の申し合わせ。それで充分だった。目的地までは、それなりの距離がある。負荷を無視すれば追いつけない事も無いのだが、無駄な消耗は避ける為に風鳴のの自動二輪の後方に付く事になった。

 

「ひゃう!?」

「……妙な声を上げるな防人」

「い、いえ。流石に殿方に密着されるとなると、思っていた以上に驚いてしまいまして。それに良く考えて見ると、立ち合いの途中だった為、汗が……」

 

 言いたい事は解らないでも無いが、今は非常時だった。普段は凛としているが、隙が出る事もあるのだと思いつつも、斬って捨てる。ならば走ろうかと尋ねた時点で、防人の思考が切り替わった。風鳴のは問題ないですと短く頷いた。今回は太刀は所持していない。仮設本部には存在しているが、仮支部全てにある物では無かったからだ。基本的に自分しか使うものは居ない為、それも仕方が無いだろう。警棒を二振り。それが武装だった。工業地帯である。長物など、その辺りで収集できる。

 封鎖された道路を駆け抜ける。風が首を撫でる。煤が掠めた。

 

『正面の大きな工場。そこを中心にノイズが点在している。翼は対処に当たれ。ユキはそこから東、幾らか離れた場所に生体反応がある。直ぐに救助に向かえ』

「了解」

「では、また会おう」

「先生も気を付けて」

 

 指示を聞き、散開した。やるべき事は決まっている。それで充分だった。防人。シンフォギアを纏う風鳴翼は、生身の自分が心配する必要などない。彼女が強いのは良く知っていたからだ。自分の事だけを考えていればよかった。走り出す。

 

『そのまま直進、二百――』

 

 目的地に向かう中、不意に通信が乱れた。速度を落とさずに駆ける。警棒、引き抜く。目についた鉄の棒。半ばから折れているソレを斬り落とす。長物、手にしていた。呼吸にして、三つか四つ。幾らか広い場に出た。銀色。煤が舞う中に、男が待って居た。

 

「やはり、あなたか」

「おや、今回は驚かないのですね」

「何度も驚いて貰えると思うな」

 

 ウェル博士。ソロモンの杖の所持者にして、台頭した武装組織の主犯の一人だった。子供を一人、抱きかかえている。人質。見ただけで思い至った。ノイズ。飛行型を博士は数体呼び出す。分断に分断を重ねていた。ノイズが現れる事自体が博士の仕業であるし、更に通信を妨害、更なる分断するとなれば容易に想像できた。

 

「た、たすけて……」

 

 子供が今にも泣きそうな顔でこちらを見る。右手には折れた鉄の棒、左手には警棒だった。鉄の棒を肩の高さまで上げる。

 

「人質という事か?」

「人質? 人聞きが悪いですね。この子には少し協力して貰ってるだけですよ」

 

 博士が口を開いた。抱えている手に力を込めたのだろう、少年は苦しげに呻いた。通信妨害。雑音だけが耳に届く。煩わしい。向こうに聞こえているかは解らないが、一言告げ消した。

 

「ノイズを呼び出し、子供を盾に取り囲む。これを人質と言わずに何と言う?」

「気になる事がありましてね。できたと言っても良い。ふとした疑問なのですが、こういった場面であなたはどういう手段に出るのか見て見たくなったのですよ」

「と言うと?」

「こういう事ですよ。ほら、行って良いですよ。あの人が、君を助けてくれる」

 

 間合いにして三十歩ほどだろうか。何の前触れも無く、博士は子供を開放した。まだノイズは存在しているが、動く気配は無い。少年が恐る恐る此方に踏み出した。

 

「それにしても、みすぼらしい武器ですね。ソロモンの杖とは大違いだ」

「形だけ立派でも意味は無いからな。使いこなせないモノなど、持っているだけ恥を晒すだけだ」

 

 子供が意を決して駆けて来る。下手に動けなかった。態々ノイズを呼び出した上で、人質を解放している。次に出る手など、考えるまでも無い。

 

「男だ、少年」

「……え?」

 

 地を砕いた。踏み込み。此方に駆けていた少年を追い抜く。飛行型。一つが少年に向かっていた。それを鉄棒で削ぎ落す。煤を纏う。ノイズがさらに増える。蛭型。既に十を超えている。博士、凄絶な笑みを浮かべる。右足、着地の負荷を無理やり押し留めた。反転反発。直前に警棒を博士に向かい投擲する。飛び掛かろうとしている蛭型が阻んだ。飛行型。既に飛来している。低く飛ぶ。

 

「良いのですか? 態々あなたがソロモンの杖を奪えるように出向いてあげたのですよ? 見ず知らずの子供一人見捨てれば、この杖をあなたなら奪えるでしょうに!」

 

 声が耳に届いた。飛来する弾丸。ギリギリのところで削ぎ落とす。少年。立ち竦んでいるその子を、左手で抱えた。路地。活路に続く道へと、全力で駆け抜ける。不意に、蛭型が出現し阻んだ。短く跳躍。地にした足、一気に負荷をかけた。蛭型、その硬直を狙っていた。

 

「パパ、ママ、助けて……」

「泣くな。必ず助ける」

 

 傍らの熱。震える声で呟き、強くしがみ付いて来た。強襲。押し留めた負荷を解き放つ。回転。放たれた突進を、射角を見定め横に錐もみ回転。往なした。子供。嗚咽だけが響く。

 

「それがあなたの答えと言う訳ですか! 眼前の一人を見捨てれず、大衆を救うのを諦める! その子を殺せば僕を捕らえられるかもしれないと言うのに、その判断が出来ていない。それではとても、英雄にはなれない!!」

 

 着地。即座に横躍。死が飛来する。ウェル博士がやはりあなたはその程度なんですよと叫んだ。腕の中の熱が震える。その子を殺せば。その言葉に反応したのだろう。震える身体から、恐怖が感じ取れた。

 

「子供を見捨ててお前如きを捕らえて何になる」

「だから、あなたには何も救えないと言うのですよ。本当に大切なものを考えられない。だから、大局を見失う。一を救い、百を殺す!」

 

 反転。馳せ違い様に、削ぎ落とす。博士がこれが事実だと突き付ける。煩わしい。考えたのはそんな事だけだった。

 

「笑わせるな。最初から逃げきれる手を打っている臆病者が良くほざく。大局が見れぬと戯言を吐くのなら、せめて俺に勝ちの目を与えてから言うが良い。何よりも、奪う者が奪われる者を語るな」

 

 遠当て。何かに弾かれる。煤が舞っていた。博士の陣取る後方。そこだけが煤が一度たりとも通過していなかった。自動人形。黒金が先の力を用いて待機している。深く考えずとも、その程度は見て取れていた。仮に子供を見捨てたとしても、博士を撃てる公算など殆ど無い。仮に可能性があったとしても見捨てる気は無いが、そもそも不可能に近かった。

 

「おや、バレてしまいましたか」

「ぬけぬけと言う。良い性格をしているものだ」

「嫌ですねぇ。褒めても生かして返しませんよ?」

「お前如きに殺される程弱くは無いよ」

 

 何が大切かなど、間違える訳にはいかなかった。己が命だけでなく、子供の命も抱えている。手放す事などできはしない。 

 

「今此処で、ソロモンの杖を奪い返せないのならば多くの人が死ぬでしょう。それは、あなたの罪だ」

「ならばそれを強いるあなたは大罪人だな。俺をこき下ろす為に殺しを楽しみ、踏み躙る。その咎すらも、他人に押し付ける訳だ。厚顔無恥も甚だしい。その程度の器で英雄などと、笑わせてくれる。あなたも男だと言うのなら、死を背負ってみろ」

 

 悪意が忍び寄る。その程度、どうと言う事は無かった。戦えなくする。それが目的なのだろう。その様な弄言に付き合う義理は無い。何よりも、彼の言は大切なものが欠けている。人が守るべき矜持が見えない。百を救い一を殺す事自体は否定できないが、それは最後の手段だと言えた。少なくとも、最善を尽くし切れていない場面でその様な事を言われても納得できるわけがない。安易な妥協は、逃げでしかないのだ。失う事への肯定は、最後の最後まで為すべきではない。生かす事を諦めるなど、あってはならない。

 

「ふふ、思っていた以上に強靭な物を持っているようだ。動きも人一人抱えて尚、人間業では無い。それでこそ英雄(ぼく)が選んだ人間ではある」

「敵の言う事を一々真に受けていられるか」

「もっともですね。その点は僕もあんたと同意見ですよ。天才と同じ意見とは良かったですね」

「馬鹿と何とやらは紙一重と言うがな」

 

 不意に攻撃が止んだ。黒金。姿を現す。子供、震えが弱くなっていた。ノイズ、博士の下へ集まる。やがて、地に沈む様に消え去った。自動人形。無機質な目が、こちらを見ている。

 

「さて、そちらの装者がこちらに向かってきそうなので、切り上げさせて貰いますよ」

「……次、俺の前に立った時は覚悟していると良い。その眼鏡を叩き割ってやる」

「それは怖いですね。精々割られないように気を付けさせてもらいますよ」

 

 黒金と共に博士の姿が掻き消える。今回の移動は転移では無い様だ。不可視の領域。目に見えない衣の様な物を持っているのか。正しいものは解らないが、簡単に追える相手では無かった。

 

「お、終わったの?」

「ああ、終わったよ。良く、頑張ったな」

 

 少年が青い顔で呟いた。抱えていたとは言え、無理な機動で動き回った。体調を崩したのだろう。すまなかったなと頭を撫でる。気丈に笑みを浮かべた。

 

「結局、泣かなかったな。偉いぞ」

「だって、助けてくれるって言ったから」

「――先生!!」

 

 俺だって男だからと呟く少年を、もう一度撫でた。声が聞こえてくる。博士の言う通り、向こうの方も終わったという事だった。此方に走ってくる青色に、手を上げ答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『町の直ぐ外れ。こんな所にあの子達が潜んでいるなんて』

『夜の闇が深い。廃施設内ならば尚更だろう。警戒して進むぞ』

『夜陰に紛れ隠れられるってわけだな。それなら、こっちから出向いてやるまでだ』

 

 新型潜水艦、仮設本部内指令室。その場で届く音声に耳を傾けていた。響の住む町の沿岸部の孤島にある廃病院。その施設内に武装組織の者達が潜伏していると言う情報が集まっていた。それに対し、装者たち三人が現場に出向いたと言う訳であった。ウェル博士との二度の交戦。同時に自動人形との接触。博士に個人的にではあるが、自分は二度の襲撃をされていた。狙われている。そう言う判断がされていると言う事だった。

 今回向かう場所は沿岸部に突き出た孤島にある病院であり、廃施設内でもあった。ノイズに襲われればシンフォギアを纏う事の出来ない自分は格好の得物である。例え凌ぎ切り施設から出たとしても、周りは殆どが海である。追いつめられる可能性が非常に高かった。

 

『どうやら、出迎えの様だぞ』

 

 目を閉じ太刀を持つ。今回、自分が為すべき事は今の所存在していない。場所が悪い上、やれることも多くは無い。待機の判断は妥当だった。少しだけ歯痒く思う。対ノイズ戦では、彼女らを頼らざる得ないからだ。この身の刃は雑音を斬る事も可能ではあるが、失敗した際に対価となる代償が大きすぎる。後進だけに戦わせる事は、気分の良いものでは無かった。何よりも、ノイズがいるという事はウェル博士が待ち受けているという事だ。戦いと言う局面以外にも、気になる事はあった。風鳴のはまだしも、他の二人は自分から見ても揺さぶる余地がある。

 

『体が重い……』

『攻撃が通りにくい。なんでこんなに手間取るんだよ……』

『ギアの適合係数が低下している、のか?』

 

 不意に、耳に届く戦況が動き始めた。ノイズに対する攻撃が通り辛くなっており、動きが鈍り始めた。戦い始めにも拘らず、だ。

 

『装者たちの適合係数低下しています』

『翼、何か異常は無いか?』

『視界が悪く、明確には解りませんが、何か噴き出すような音が』

『何らかの方法で狙い撃ちがされている。先ずは屋外に出るんだ』

 

 司令が風鳴のに現場の状況を伝えさせる。応答に対し、即座に現地に異常が無いか測定を始める。広範囲に渡る正体不明の反応が有り。藤尭の言葉に、司令は鋭く指示を飛ばす。異常が感知されているのは室内だけである。外に出れば、幾らかは軽減される可能性があるという事だった。少なくとも、その場に留まるよりは良い。

 

『突破する。立花、雪音。最短距離で向かうぞ!』

『いやいや、そう言わずにもう少しゆっくりして行けばどうです?』

『はい。って、何コイツ!? 二人とも気を付けて』

『立花、代われ!』

 

 聞き覚えのある声が届く。次いで鬼気迫る鋭い叫び。ただ耳に届く。高速で装者に向かい襲い掛かる、ノイズ以外の未確認反応。風鳴のと響が迎え撃つ。装者たちの持つ武器、アームドギアで迎え撃つも、押し返すだけに留まった様だ。

 

『ウェル博士』

『本当に武装組織に……』

『先日はどうも。僕が操るノイズから、僕を守っていただきありがとうございます。おかげで、ソロモンの杖が何処まで使えるのか、存分にテストをさせて貰えましたよ。その甲斐あって、僕がソロモンの杖の主としてできる事を良く把握できたという事です。これで、僕こそがソロモンの杖の所有者として相応しくなれたと思いませんか?』

『思う訳ねーだろ!!』

 

 装者を前に、博士は余裕を持って言葉を紡いでいく。モニターに表示されるノイズ以外の反応。博士の傍らで止まった。狙いは何処にあるのか。今の所、三人を挑発しているようにしか聞こえない。ノイズの反応が増加。クリスの吠える声が届いてくる。ソロモンの杖。彼女にとっては、拘りの強すぎる物だった。それが目の前にあり、悪用されている。冷静でいろと言う方が、土台無理な話だった。誘導弾。適合係数の低下も無視し、大技が放たれる

 

『うああああ!!』

 

 直後に、悲鳴が届いた。適合係数の低下にも関わらずシンフォギアによる大技使用の反動。怒りに任せてはなった攻撃は、諸刃の剣となり、雪音クリス自身をも切り刻む。敵対反応の消失。だが、クリスが満身創痍にまで追い込まれていた。

 

「ユキ」

「何時でも」

 

 短く問う指令に、頷く。ノイズの数は随分と減っている。ソロモンの杖で呼び出される危険は充分にあるが、想定の内だった。これ以上悪化するのならば、加勢に向かう。その準備など、とうにできている。不意に、未確認の反応が遠のき始めた。

 

『あれって……。さっきのやつが運ばれている?』

『立花は雪音とウェル博士の確保を頼む』

 

 風鳴のが駆け始めた。未確認反応、飛行型ノイズに運ばれているのか、洋上に向かい移動を始める。そしてこれまでの暗躍での立ち回りが嘘のように、ウェル博士は響に拘束された。違和感。何時もなら連れている筈の黒金を使い逃れようとする筈である。まだ何かあるのか。司令に耳打ちする。風鳴のが何時もほどの速さは出せてはいないが追走をしていた。司令が本部浮上の指示を下す。

 

『そのまま飛べ、翼!』

『どんな時でも、あなたなら』

 

 司令と緒川が風鳴のに言った。青が空に向かい舞い上がる。

 

『仮設本部、急速浮上。行け、翼!!』

 

 海面に向かい、一気に浮き上がる感覚。着地、跳躍。風鳴のが本部を足場に更に飛びあがった。一閃。ノイズを斬り、海面に向かい落ちる反応に手を伸ばす。

 

『うぁ!?』

『翼さん!?』

『あいつは……』

『時間通りですよ。まったく、素晴らしいタイミングです』

 

 不意にそれは舞い降りた。海面に突き刺さるが如く落ちた黒き烈槍。ガングニールを足場に立つ黒きシンフォギアを纏う装者。

 

『マリア・カデンツァヴナ、イヴだと!?』

 

 何の前触れも無く舞い降りた歌姫に、司令が驚きの声を上げた。二課の索敵に掠る事すらなく、本当に唐突に出現していた。その驚きも仕方が無いだろう。風鳴のが海面に落ちる。未確認反応は、マリアの傍らに存在していた。奪取の失敗。それを悠然と告げて来る。

 

『期待通りですよ、フィーネ』

『フィーネ……だと?』

 

 博士があり得ない事を言い放った。装者と、二課全体に衝撃が走った。

 

『終わりを意味する名は、私たち組織の象徴であると同時に、彼女の二つ名でもあるのですよ。彼女こそが新たに再誕した始まりの巫女、フィーネです』

『そんな、了子さんは確かにあの時……』

 

 動いた。太刀を左手に抜き放つ。司令。その一言だけ言い、動いた。

 

『甘く見ないで貰おうか!!』

『甘く等見るものか。故に、こうして私が全霊を以て挑んでいる!!』

 

 艦に衝撃が走った。着弾。通信機越しに声が届く。被害状況の報告。マリアを振り払えと言う指示が飛ぶ。

 

『勝機』

『そのような物、ありはしない!』

 

 刃が打ち合う音色。衝突音。装者同士が艦体を蹴り、鎬を削る。

 

『翼さん!?』

 

 響の叫びが聞こえた。

 

『クリスちゃん!?』

『かはっ……』

 

 更なる装者の襲撃。敵が出揃ったという事だった。入口が開く。鞘。あえて音が鳴り響くように投げ放った。

 

 

 

 

 

 

「……鞘?」

 

 唐突に響き渡った衝突音に思わずマリアは視線を動かした。刀を納める鞘。それが、宙を舞っている。その場にいるすべての人間が、それを見上げていた。

 

「風鳴の、代わるぞ」

「先生!?」

 

 声が届いた。対峙している風鳴翼の驚いた声。それが届くより先に、銀閃がマリアを襲う。

 

「な!?」

 

 黒き装者は目を見開いた。生身の人間。既に眼前に到達している。馬鹿な。早すぎる。入口は遥か後方にあったはずだ。そんな驚愕に襲われながらも、咄嗟に纏う外套で自身を包み込んだ。刃を弾いた。そのまま反射的に打ち返す。動いてから、駄目だと自らの内で悲鳴を上げる。生身の人間に、ギアを用いて全力で攻撃していた。

 

「――しまっ!?」

「削ぎ落とさせて貰おうか」

 

 あり得ない音が響いた。一太刀。一撃にしか見えないソレが、次いで数十の刃が襲い掛かるが如き音色を轟かせる。黒の外套。瞬く間に、引裂かれた。後退。斬りかかったユキは、頽れた翼を抱え飛び退る。

 

「……その力、あなたは何者なの?」

「……それは本気で言っているのか?」

 

 マリアの問いに、ユキは眉を顰めた。何のつもりなのか。僅かに動いたその表情が、そんな内心をマリアに伝えていた。太刀。右手が動いた。

 

「くぅ……」

 

 咄嗟に烈槍を水平に構えた。衝撃。鉄塊で殴られたような感触が両手に響き渡る。押し寄せる剣圧を、押しのける様に槍を振るった。眼前、既に太刀は振りかぶられている。反射。引き戻した槍。間に合う事は無い。烈槍。二つに開いた。砲撃。その反動を持って後退する。

 

「……存外やるようだ」

「はぁはぁ。もう一度聞くわ。あなたは、何者なの?」

 

 刹那の攻防。かつて見たことが無い剣の冴えに、シンフォギアを纏って尚、マリアの額には脂汗が噴き出る。ルナアタックの英雄と戦う覚悟を決めていた。だが、こんな存在は想定していない。

 

「日ノ本の剣だ。数か月前に戦った相手も覚えていないのか?」

 

 その一言に、マリアは内心の衝撃を隠すのが精一杯だった。何とか笑みを浮かべる。相手が想定外の物だとしても、まだ自分にはガングニールがあり、頼もしい仲間もいる。そう言い聞かせた。

 

「まぁ良い。一度寝かせる。起きてから話は聞かせて貰うぞ」

「ただの人間如きが、私に勝てる心算か?」

 

 敵は強い。だが、自分もそれ以上に戦える。そんな気迫を持って言い返した言葉。対峙するユキは目を丸めた。その後、予想外だと言わんばかりに小さく噴き出した。

 

「……何を笑っている」

「まさか同じ相手に、同じような事を言われるとは思ってなかったのでな」

 

 馬鹿にされているのか。そんなイラつきと共に出されたマリアの問いに、ユキもまた不思議そうに返す。どうしてそんな事を聞くのか。それが解らないと言う口ぶりだった。ユキはかつてフィーネと刃を交えている。その差が現状の違和感を出してしまっていた。

 

「行かせて貰うぞ」

「これは……!?」

 

 踏み込み。艦体が僅かに揺れる。シンフォギア装者を以てして、神速と思えるそれがマリアに迫る。目が見開かれた。外套。二度目でありながら、咄嗟の反応で迎撃するのがやっとだった。

 

「仕方ありませんね」

「え……?」

 

 ぶつかり合う。その瞬間に、二人の装者に救い出されたウェル博士の声が届いた。視界からユキが消える。否、消えたと誤認するほどの勢いで横躍していた。

 

「――先生?」

 

 戦いを見詰めていた風鳴翼も困惑した声を上げる。刃同士がぶつかる鈍い音色が響いていた。再び全員が視線を向ける。斬りかかろうとしていたユキが突然何もない空間に刃を振るい始めた。何が起こっているのだ。当事者のマリアをしてそんな事を思う。ただ、一つだけはっきりしていた。剣士が刃を振るう度に、火花が散った。不可視の何かと刃を交えている。

 

「さぁマリア、今のうちに早く離脱に掛かりましょう」

 

 その何かはウェルの差し金という事だけだった。何にせよ開かれた血路。九死に一生を得た思いで、マリアはその場を離れる事にした。

 

 

 

 




ガリィちゃん。ウェル博士の協力のもと、関係の無いF.I.S.に濡れ衣を被せる。
ウェル博士、順調にフラグを立てる。
武門、眼鏡を割る決意をする。

テンション高いところとかヘタレる所とかも好きですが、序盤のウザ格好良いウェル博士も好きです。この人出てくると色々捗る。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。