「正義では守れないものを守る。ユキさんはどう思いますか?」
仮司令部にある休憩室。響に呼ばれ席に着いた時、そんな事を聞かれた。武装組織とのぶつかり合い。自分がマリア・カデンツァヴナ・イヴと刃を交わした時、響もまた、相手の装者とぶつかり合っていた。艦上に出た際に、一瞬だけ確認しただけではあるが、彼女らの方に居た装者は緑と桃色のシンフォギアを纏う二人だった。響が相手をしたのは桃色の方。その子と戦闘中に語ったと言う事だろう。
「また、難しい事を聞いてくるな」
「調ちゃんに言われたんです。私達じゃ、二課じゃ守れない物の為に戦っているって」
「具体的には?」
「今回そこまでは聞けませんでした。ただ、あなた達では守れないってだけ」
少し落ち込んだように零す。相変わらず素直が過ぎる。優しいのは良い事なのだが、相手の言葉に揺さぶられすぎるのはこの子の弱点だと言える。
「良かったのではないかな」
「え……?」
「少しではあるが、理由は聞けた。ならば、次に出会った時にはもう少し細かな話が聞けるかもしれない。違うか?」
「……あ、確かに。以前は取り付く島もないって感じでしたし。そう考えて見ると、前よりは進んでるかもしれません」
気付いていない様なので先ずは指摘する事にした。相手の目的を少しではあるが話して貰えているのだ。響の言葉が信用できないと心の底から思うのであるならば、対話自体が不可能である。だが、ほんの少しではあるが進展があった。可能性は無いと言う訳では無いのだ。少し沈んでいた響の瞳に、輝きが幾らか戻る。本当に素直な子だ。揺れ動きやすい子に、苦笑が零れる。長所は時に弱点にもなり得るからだ。ウェル博士など、その弱点を的確に突いてきそうである。そんな心配はあるが、今回は話の流れを手折ってしまう為、別の機会に話す事にする。
「さて、話を戻そうか。正義には守れない物、か」
「はい。あの子達はそれを守るために戦うんだって」
「……正義に守れるものなど存在しないな」
「そう、なんですか?」
「勘違いしないで欲しい。別に悪に守れる物も無いぞ」
「んん? つまりどう言う事なんです?」
「それぞれに思いがあり意志がある。だからこそ、人は何かを守ろうとするのだろう。そしてぶつかり合う。正義や悪などと、そんな簡単な言葉で断じる事は出来ないのではないかな。それでもあえて言うなら、人ならば全てを守る事が出来るかもしれない。何かを決めるのは人だ。正義だから成すのではなく、悪だから為すのでもない。人であるからこそ、選ぶのだろう。だから片方の立場が守れる物では無く、両方を選ぶと言う人間が居ても良いとは思う。それが実現できるのかは解らないがな」
響が求める問と言うのは簡単な事では無かった。正義に守れる物があり、守れない物もある。悪に守れる物があり、守れない物がある。しかし、どちらにせよ裏と表が存在するのだ。そう考えれば、守れない物はあると言える。しかし、それは答えとしてどこか悲しい。生きる事は選択である。どうしようもない事は存在するが、選び取るのは人だと言えた。ならば、正義でも悪でも無く、人であるのならばどうだろうか。主義主張は存在するが、動くのは人である。人であれば正義も悪も、全てを守る選択を選ぶ事は出来るはずだ。実際にそんな事が出来るのかは解らない。だが、人と言う枠であれば、ソレを選ぶ事だけはできる。その選択がどれ程の道程なのかは解らないが、選べない訳では無いだろう。そんな事を伝えていた。
「人であるのならば?」
「そうだな。何を選ぶかは、君次第という事になる。ならば、夢物語を選ぶ人間が居ても良いとは思う」
「私次第か……。難しいですね。けど、ありがとうございます。ユキさんの意見が聞けて、どこかホッとしました」
今回の問いは、流石に簡単に答えの出る物では無かった。響は暫く考え込むと、不意に笑みを浮かべた。答えは出ていない。だけど、考える事を諦めた訳では無いという事だった。
「話はこれで終わりだろうか?」
「あ、もう一つあります!」
この話題は此処で終わりだろうかと思い聞いてみると、気持ちを切り替えたのか急に元気になり手を上げる。悩んだり落ち込んだり、元気になったりと忙しい子である。本当に自分に素直なのだと、その様子を見て実感する。
「うちの学校で文化祭をやるんですよね。ほら、この間クリスちゃんと話してたやつ」
「ああ。あの子は模擬店をやるのだったか」
「はい。翼さんがクリスちゃんも参加する覚悟を決めたって言ってました。それでですね、ユキさんにはいつもお世話になっていますので、なんとこちらを進呈させてもらいまーす!」
わーぱちぱちと自分で言っている子に苦笑が浮かぶ。泣いた子供が何とやら。とは言え、響は沈んでいるよりも、笑っている方がらしくはあるが。
「実はですね、それはクリスちゃんから貰った物なんですよ」
「それはまた、どうして君が?」
「いやー。クリスちゃんって照れ屋じゃないですか。いざ渡そうと思ったら恥ずかしくて渡せなくて、結局今の今まで先送りにした挙句、自分じゃ無理だからって私に無理やり押し付けた訳ですよぉ。あ、それとは別にこっちの招待状は私からです」
何故か二枚の招待状を渡された。響に細かな説明を受けたのだが、一枚あれば学園祭に寄る事自体は何の問題も無かった。しかし、二枚ある。素直であり、律儀でもあった。言葉通り、日頃の感謝の意味を兼ねているのだろう。二枚渡されても扱いに困るだけなのだが、それは言わないでおく。
招待状を眺める。配布用なのだろう。紙や文字は同じなのだが、添え書きの様な物は手書きであった。響の方には『是非来てください!』と簡単な絵と共に書いてあり、クリスの方は、『来ても良いけど見には来んな!』と何度も消したような感じで書かれていた。招待状を送って置いてくるなとはどういう了見なのか。どうしてそうなったのかは容易に想像ができるが、そんな感想を抱かずにはいられない。
「翼さんからもあったんですが、招待状が三枚になると流石に困るだろうからと、是非来てくださいと一緒に伝えて欲しいって言われてます」
「ああ、確かに伝言は受け取った。ありがとう」
二枚貰ってもどうすれば良いのかと言う自分の内心を察するかのように、風鳴のは是非来てくださいと言う言葉だけを送られていた。自分の事を先生と呼んで憚らなくなっただけあり、一番性格を熟知されているのかもしれない。風鳴のは、緒川あたりに紹介状を出したのだろうか。父親に出すという可能性も考えないでは無いが、司令に聞く限り難しい様に思える。風鳴の家系も武門と同じで、常人には解らないしがらみが存在している。何度か話した事がある堅物の顔を思い出す。
はっきり言うと自分はと言うか、上泉と言う武門は風鳴に嫌われていたりする。正確に言うと先代に、だが。上泉は一度、風鳴の顔に泥を塗った事があるからだ。それはもう全力で。風鳴本家から提案された婚姻を一顧だにせず蹴り飛ばせば、それはそうなろう。風鳴の当代も、先代と他家との間で頭を痛めた様だ。自分が直接何かをした訳では無いのだが、武門と防人の間で面子を潰すやり合いがあったという事だった。10年以上も昔の話である様だが、上泉を名乗る自分が、風鳴機関を前進に持つ二課に一時的にとは言え所属していたのは、その辺りの攻防も関係していたりする。そして、風鳴司令直々に解任されている。司令個人の思惑とは関係ないが、ある意味均衡は取れているという事だった。
「司令でも誘うか」
「師匠ですか?」
二枚ある招待状を無駄にする理由も無い。司令を誘えば付いて来るだろうかと言う公算を立てる。ルナアタック事変の際、クリスを二課側に引き寄せたのは、司令が説得を行った事が大きい。言動は兎も角として、クリス自身も司令を良く思っているだろう。同時に司令もノラ猫の様だったクリスが学園に馴染めているのか気にはなっているだろう。父と娘の様な繋がりだった。それは、自分とあの子にはない物である。それなりに信用はされているだろうが、あの二人の絆には敵わないだろう。自分が一人で行くよりは、喜んで貰える気はした。藤尭と言う案も無いでは無いが、クリスの人間関係を鑑みると、やはり指令だろう。
「ああ。司令自身は多忙だろうが、装者の為だと言えば二課全体で司令の穴を埋めるだろう。恐らく出られるはずだ」
「確かに師匠とも仲良いですしね。そう言えば、ユキさんと師匠ならどっちがクリスちゃんと仲が良いんですか?」
「司令だな。あの子の心を動かしたのは、風鳴司令だよ。俺とは比べるべくもない」
司令はあの子の事を調べ、探していた。そして、その両親の夢を伝え理解させていた。それに対し、自分は宿を貸したぐらいだ。話し相手にはなったが、司令とクリスの関係に比べれば、それ程特別な関係とは言えないだろう。装者三人の絆とも比べるべくもない。想定した事の無かった響の問いに少し考え込むが、答えは直ぐに出ていた。
「……あれ? でも、ユキさんってクリスちゃんと仲が良かったですよね」
「ああ。それなりに良くはしているよ」
「でも……ユキさんは、了子さんとの戦いで血を流してまで……。って、そう言えばユキさん、あの時の事ってクリスちゃんと翼さんって知ってるんですか。もしくは記録とか残ってるんですか?」
「あれを直接見ていた装者と言うのは、君ぐらいじゃないだろうか? かつての本部が崩壊した際に、一時的にリディアンの施設が使われたと聞いてはいる。生きている設備を使って司令などは映像こそ見てはいたようだが、映像記録などは何も残って居ないと聞いているぞ」
「……もしかして、クリスちゃんって、ユキさんがどんな戦いをしていたのか、詳しくは知らないんじゃ?」
「まぁ、大まかにしか知らんだろうな。別段吹聴する事でもあるまいし。童子切もあの日以来使う機会がない。手入れこそ時折行ってはいるが、手にする事もそうそうない」
あれっと小首を傾げる響の言葉に頷く。確かにフィーネとやり合ってはいた。クリスが撃墜され、風鳴のが自身の身を犠牲に戦い抜いたのだと当時は本気で思っていた。そして響をも手に掛けようとしたところで、割り込んだのがあの戦いだった。シンフォギアの決戦兵装の開放が行われた際は、ほぼ同時にカディンギルに向かい投げられていた。そのまま戦いが終わるまで、彼女らの姿は目にしていない。日常でこそ、装者と語る事もあったが、戦いの場では肩を並べる事は殆ど無かった。マリアと刃を交わした時が、初めてなのでは無いだろうか。とは言え、あの時もクリスは適合係数の低下による反動に加え、相手側の装者の強襲により満身創痍で響に支えられていた。意識を失ってこそいないが、朦朧としていたと聞いている。まともに肩を並べたのは、一番最初のノイズを斬った頃ぐらいだと思えた。むしろ、戦いを見ているのは響の方が多いのでは無いだろうか。
「あの時の話ってしますか?」
「特にする事は無いな。見舞いに来てくれた時以来、話題に出た事も無い。フィーネはあの子にとっては親代わりだったとも言える。その傷を抉るような事はしたくないからな」
「……そう言われると、そうですね」
特段語るような事でも無かった。刃を抜いたのは、あの時のフィーネの在り方が許容できなかっただけである。夢ごと撃ち落とされた子らに何かをしてあげたいと思った。その思いも既に遂げていた。掘り返す理由の方が無い。
「そっか。ユキさんがどう言う思いで戦っていたのか、クリスちゃんは知らないんだ……。あれだけ痛い思いをしたはずなのに。それを知って貰ってすらいないんだ。私だったら絶対動けないって思う位だったのに」
「それは君が気に病む事でも無いよ。戦ったのは自分の意思によるからな」
「だからこそ気になるんです。ユキさんは、ずるいですよ……。今更そんな事を教えてくれるなんて。クリスちゃんもずるいよ。名前で呼んで貰えるだけで充分だったのに……」
不意に響の瞳が潤んだ。かつての戦いを目の前で見ていた。流れた血と失ったものを思い出したのだろう。同時に得たものも。彼女もまた、櫻井了子とぶつかり、和解もしていた。そう考えると、再誕したフィーネと言うのはやはりおかしい。死の間際に和解したはずが、再誕するなり敵対するだろうか。何よりも、自分の事を覚えていないようだった。確かに長い時の中で見れば取るに足らない存在かもしれないが、あれだけ激戦を繰り広げている。何の印象も無いとは思えない。何よりも、刃を重ねたからこそ解る。かつてのフィーネの刃とは違いすぎるのだ。人を害する事自体に躊躇があり、振るわれる刃は揺れ動いていた。あれ程違うのは、記憶がどうのと言うよりは、人が違うと考える方が自然に思えた。とは言え、刃を交えた以外には何の根拠もない。司令にだけはその違和感を話していた。
「よし、ユキさん!」
「いきなりどうした」
「学園祭で、未来と師匠の四人でデートしましょう!」
「……どうしてそうなった?」
「内緒です!!」
響はそんな事を言い始めた。どうしてそうなったと心底思うも、学園祭に招待されていた。訪った時に彼女らが共に回ってくれると言うのならば、特に断る理由は無い。リディアンは女子高である。男だけで動くよりは、良く思える。結局司令も響に押し切られ、学園祭を二人で訪う事になるのだった。
「しかし、異物感しかしないなユキ」
「全くです。大の大人が女子高に二人。招待状を持っていなければ通報されかねませんね」
「流石にもう職質をされたくは無いな。仮にも公安所属だったわけであるし。クリス君に頼まれて仏壇を買いに行った際、七回されたのを思い出す」
学園祭当日。校門で招待状を見せ入場、響と小日向が迎えに来ると言う事で待ち合わせの場所を決め、司令と話していた。武装組織の台頭より、二課関連の話ばかりを行う事が多かった為、ある種の新鮮さがあった。しかし流石は司令である。詳しい話を聞くと、剥き出しのまま仏壇を背負い運んだとか。いくら大柄だとは言え、普通は背負って持って帰らない。それは職務質問をされるのも仕方が無いだろう。ちなみに自分も身長は高い方である。司令には負けるが、六尺(180cm)を幾らか超えている。
「しかし、俺が来ても良かったのか?」
「と言うと?」
「クリス君と響君に招待状を貰ったのだろう。ならば、二つともユキが使うのが筋だ」
「二枚ありましたからね。それにあの子の事だ、司令にも渡し辛かっただけでしょう。俺相手ですら直接渡せないのだから、心を開かせた司令の相手など余計でしょう」
「……ううむ。今回の事はそれとこれとは違うと思うのだが。ユキがそう言うなら、これ以上は言うまいよ」
クリスにとっては、今は司令が父親代わりであった。あの子の事だ、面と向かって来てくれなどと言えるとは思えない。自分は不要だと言う指令に、そんな事はありませんよと引き留める。
「あ、ユキさん、師匠!!」
「上泉さん、弦十郎さん、おはようございます」
幾つかのやり取りをしていると、待ち人が現れる。響と小日向だった。手を繋ぎながら手を振って駆けて来る様は、仲の良さを感じさせる。司令と二人、招いてくれた事の感謝を告げる。
「では、早速行きましょー!!」
「ちょ、響、何か今日は強引じゃない!?」
いきなり響が手を取り進み始めた。どうしたのだと思いながら軽く司令の方を見る。何故か無言で頷かれた。そのまま幾つか四人で露店を回る。たこ焼きや焼きそばなど定番のものから、本格和菓子など、学生で作れる物なのか判断の付かないものまであった。流石は元々二課と繋がっていた学院である。妙なところで感心していた。
「それで、あの子の店と言うのは?」
「あ、二年生の模擬店ですね。きちんと情報収集は出来てますよ。クリスちゃんの出番を聞いたら全然教えてくれなかったので、クリスちゃんと仲が良さそうな感じの眼鏡の先輩に聞いてきました。午前の後半がクリスちゃんの出番らしいです!」
「成程。もう少し時間があるのか。しかし、あの子の友達か……」
「あれれ、ユキさん気になっちゃいますか?」
「いや、そう言う訳では無いよ。あの捨て猫みたいだった子に友達が出来たと言うのが、少し嬉しくてな」
響きの言葉に軽く首を振る。あの子に友達が出来たと言うのが感慨深いだけで、気になると言う程では無かった。司令と目が合う。微笑が見て取れる。二人してあの頃の雪音クリスを知っていた。感慨深いと言う物だ。
「では、お化け屋敷とか行ってみましょうか!」
「流石に、俺が入るのは興覚めだろう。外で待っているか」
「た、確かに師匠が一緒だと怖くもなんともなさそう」
「まぁ、弦十郎さん大きいですからね。お化け役は女子だけですし」
お化け屋敷に引き込まれる。薄暗くはあるが、幾つか人の気配は感じられた。両手にしがみ付く女子を半ば引き摺りながら歩いた。普通の女の子である小日向は兎も角、響もこう言う物が苦手なのだろうか。まぁ、得意では無さそうであるが。いくつか幽霊役の子を見る。随分楽しそうに笑っていた。薄暗い為正確には解らなかったが、知り合いに似た顔があった気はする。故人であるし、流石に他人の空似だろうか。
「お、思っていたより怖かった……」
「……」
順路を終え、出口に辿り着く。両手に抱える女子を見て、司令が盛大に噴き出していた。自分もこんな状態になるとは思っていなかった為、苦笑いを浮かべるしかない。涙目の響と目が半分ほど死んでいる小日向の為、休憩がてらに目的地に向かう。良い頃合いになっていた。
「い、いらっしゃいませー」
上ずった声が届く。それだけで、誰の声なのかが見ずとも理解が出来た。雪音クリス。招待状を送ってくれたもう一人が、接客を行っているようだ。慣れていないのだろう。忙しそうに動き回りながら、給仕をこなしていた。
何人かいる店員に席に案内される。どうやら気付いてはいない様だ。
「存外馴染んでいますね」
「ああ。翼や響君が居るからそこまで心配はしていなかったが、自分の目で見ると安心できるな」
「全くです」
その様子に、クリスが学院生活に馴染めているのがうかがえる為、二人で安堵のため息を零す。不意に響が立ち上がる。此方の対応をしに来た学生が軽く驚いていた。
「クリスちゃーん」
「へ……? て、てめぇら何で来てんだよ!?」
「ユキさんと師匠も連れて来ちゃった!」
「あははは……」
全く予想はしていなかったのだろう。響を認めたクリスが、接客の時とは違う素の反応を返していた。猫耳給仕服尻尾付を身に纏い、響に詰め寄る。正直なところ、あまりにも普段とかけ離れた絵面に司令と二人吹きそうになったのを堪えた。可愛らしい事は確かなのだが、その服装で普段のやり取りを始めるから、笑いを誘う。小日向だけが、困ったような苦笑いを浮かべている。
「って、何でおっさんとコイツがいるんだよ!」
「コイツじゃないよクリスちゃん。ユキさんだよ。名前で呼ばないと」
「……っ、な、いきなりなんだよ。あたしとこの人は、いつもこんな感じだよ」
「うーん。まぁ、クリスちゃんがそれで良いって言うならそれでも良いか」
響が笑みを浮かべた。確かに言う通りではあるのだが、名前で呼ばれないのは今更である。
「雪音さん、お知り合い?」
「ま、まぁ、そんなところだ」
「なら、このテーブルは雪音さんに任せようかな」
ちょ、待て! と級友を止めるが遅かったようで、クリスはその場を任せられる。がくりと肩を落とし、こちらに向き直った。
「何しに来たんだよ」
「招待状を二枚貰ったのでな。司令と二人、君が馴染めているか見に来たわけだ」
「その心配は無かったようだがな。とても似合っているぞ、クリス君」
司令が白猫給仕を穏やかに笑いながら褒める。クリスの姿は俗にいうメイド服を纏っており、更には白い猫耳と白い尻尾までついている。たまに白猫みたいだと思う事はあるが、今回は本当に白猫だと言えた。褒められた事で恥ずかしくなったのだろう。頬が赤く染まった。
「ば、いきなり何言って……」
「ほら、ユキさんも。女の子は褒めてもらいたいものなんですよ?」
「ん。そうだな。元が良いと思っていたが、予想以上だった。素直に可愛らしく思うな」
響が早く感想を言えと催促をするので口を開いた。元々可愛らしい子だとは思っていたので、それ程抵抗も無く本心からの言葉を零していた。自分と彼女等では一回り近く年齢が違う。特に恥ずかしがる事も無い。すんなりと可愛らしいと言い切った自分に、響は思っていた反応と違ったのか、もっと恥ずかしそうに言ってくださいよと文句を言いだす始末である。何を期待していたのだと言いたくなる。
「あ、いや、その……ご、ご注文はお決まりでしょうか!?」
「クリスちゃーん。まだメニュー貰ってないよ?」
「知るか。さっさと決めろ!!」
「ふにゃあ! 私だけまさかの激怒!?」
しかし、クリスの方は響の求めている反応だったのだろう。これ以上ない位赤くなり、胸元でトレーを抱きしめたまま、言葉にならない言葉を零しながら硬直していたクリスを響が小突いた。白猫給仕はそれで再起動したのか、いきなり注文を取り始めた。満面の笑みで、響が白猫に指摘する。色々な意味で追いつめられていたのだろう。ついに雪音クリスは爆発した。トレーの一撃が降った。一応手加減はしているようだ。
「こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
一連の流れを見ていたのだろう。級友の子が苦笑を浮かべながら注文表を持ってくる。飲み物と軽食。学園祭らしい、喫茶店の様な内容だった。響とじゃれているクリスを眺めながら、小日向と司令の三人で選ぶ。
「雪音さんの知り合いの様ですから、こちらの特別メニューもどうぞ。一組お一人様だけになりますので、ご相談の上で注文してくださいね」
そんな言葉と共に、手書きの注文票を渡された。読む。白猫メイドさんの愛情セットと書かれていた。ちなみに、愛情と書いてラブラブと読むらしい。司令と目が合う。自分の目は余程面白い色をしていたのだろうか。書かれていた内容を覗き、盛大に噴き出した。小日向にも見せる。苦笑しか出ない様だ。級友には知り合いだと知られている。的外れな勘違いをされたのだろう。自分たちは今回限りであるが、クリスの方は卒業まで弄られる事になるだろう。学生とは恐ろしいものだ。
「どうだユキ、これを頼むか?」
「折角裏メニューをもらったんですから、注文してみたらどうですか?」
「……俺が注文するのだろうか」
「それはそうだ。流石に親子ほど年が違う俺が注文するわけにもいくまいよ」
司令と小日向。二人して注文をしてはどうかとけしかける。戦いの場においては思い切りが良いと自負しているが、流石にこのような思い切りは出す気にならない。
「裏メニューですか? 何々、白猫メイドさんの
「はぁ!? ちょ、ちょっとまて、そんなメニュー聞いてねーぞ!!」
「そりゃ、裏メニューですから!」
「知るかそんなもん! 良いか、絶対頼むなよ。絶対に絶対だからな! 頼んだら、三日ぐらいお前の家に居座って嫌がらせしてやるからな!!」
「さして重要では無いのだが、注文するのは俺でなければいけないのだろうか?」
良いか、絶対の絶対だからな。っとクリスが詰め寄ってくる。響は大笑いで、司令もそれにつられている。小日向は相も変わらず苦笑い。何故か自分は詰め寄られていた。結局、クリスを宥めているうちに、響が注文を完了してしまっていた。死んだ魚のような目になり白猫が帰っていく。そんなクリスとは対照的に響は満面の笑みを湛えている。で、誰が食べるのかと話を振ると、三人に指を差された。多数決で採決されてしまった。内容としてはホットケーキと飲み物らしい。個人的に好みを言えば、洋菓子よりも和菓子派なのだが、流石に学園祭の模擬店に求めるのは酷である。先ほど露店にはあったが。
「……お待たせしました」
人数分の料理を持ってきた白猫が一つ一つ置いていく。響、小日向、司令と続き、最後に自分の前に洋菓子が置かれた。ホットケーキ。クリスの手には糖液だろうか。琥珀色の蜜が入った容器が持たれている。
「笑うなよ。絶対に笑うなよ……?」
「振りは良いからやっちゃおうよクリスちゃん!!」
「このバカ、後で絶対殴るからな!!」
白猫が響を威嚇する。それでも楽しくて仕方が無いのか、響の笑みは崩れる事は無かった。
「あなたの為に愛情注いじゃうニャン!」
「ぶふぉ!? ずるい、クリスちゃんそれはずるい!! 面白すぎるぅ!」
「だから、やりたくなかったんじゃねーか!!」
響は元より、これには小日向と司令も盛大に噴き出した。しゃーっと威嚇するクリスには悪いが、級友には感謝していた。本当に溶け込めているのか心配していたのだが、このような悪ふざけを受け止められるほどに馴染んでいる事が解った。それは、この子の事を気にしていた自分の懸念を拭い去ってくれたからだ。
「さてと……、か、覚悟しろよ!?」
「なに?」
「あ、あーん」
これには流石に驚いた。そこまでするのかと思うと同時に、何故かクリスの級友や、他の客も興味津々と言った感じに眺めている。これだけ騒げばそれはそうなのだろうが、白猫だけは全く気付いていない様だ。司令、響、小日向。三人と目を合わせた。全員無言で頷く。早く行けという事だった。ある意味、フィーネ戦以上の覚悟を決める。
「……旨いな」
「……そ、そうか。それは良かった。もう一口、行くか?」
白猫の手により次弾が装填される。どうやら逃げ場は無い様だ。異常に優し気な空間に放り出されていた。ため息が零れる。明日からこの子は大変だろうなと思い、結局全部食べさせられる。最後の一口が終わると、クリスは穏やかな笑みを浮かべた。そして全てが終わり、全員に見られている現状にようやく気付いた白猫は、これ以上ないほど赤くなり半泣きになりながら逃げ帰って行った。
「終わった……。絶対に終わった……」
「まぁ、なんだ。元気を出してくれ」
「あんたが原因なんだよ!?」
模擬店の訪問が終わり、白猫の仕事も終わったと言う事で、クリスの方も丁度解放されたと言う所だった。折角なので知り合いと話して来いと級友に言われたのか、クリスも合流していた。何故かそのままの衣装で。あたしの着替えはと叫んだ白猫に、級友たちは親指を立てる事で見送った。響曰く、可愛いから終わるまでそのままでいろという事らしかった。
「すまなかったな。折角来たのだから、級友の気遣いを無碍には出来なかった」
「それはそうだろうけどよ。その、幾らなんでもアレは恥ずかしすぎるだろ。あんなの見られたらあたしはどうすれば……」
膝を抱えて座り込んだクリスの傍らに座る。何故か三人は席を外している。まぁ、クリスからしたら合わせる顔は無いだろうが。自分もそうなのだが、同じ痛みを負ったもの同士だった。
「この後は予定があるのか?」
「予定……か。あ……」
話を変える。流石に、先ほどの事を蒸し返す気にはならない。
「何かあるのか?」
「うん……。その、クラスの奴等に歌の勝ち抜き戦に出て欲しいって言われてるんだ」
「歌、か。悩んでいるのか?」
「……別に、そんな訳じゃ。あたしは歌なんて」
「君は、歌わないつもりなのか?」
歌の勝ち抜き戦。音楽院らしく、歌に自信がある者達が講堂で歌い競い合うと言う事らしかった。クリスは装者である為、歌が上手い事は知っていた。出て見れば良いと思う。
「あたしは……」
「時折、家に来たとき歌っていたな」
「聞いてたのかよ……」
「俺は君の歌は好きだよ。君は、歌が嫌いなのか?」
「あたしは……、あたしも歌は好き、だ」
「そうか」
だが、それ以上にクリスの歌が好きであった。自分には歌の良し悪しはそこまで解らないが、時折口遊んでいたこの子の歌が心地の良い音色だという事は知っていた。様子を見に来た時、世話を焼きに来た時、遊びに来た時、買い物帰り、食事を作る時、色々な場面で耳にした事があったのだ。意識してなのか無意識なのかは解らない。だが、自分は雪音クリスの口遊む歌は好きだと感じていた。悩んでいるのなら、歌ってみれば良いと背中を押す。
「歌う予定というのは?」
「確か、最後の方だったと思う」
「なら、皆で見に行くよ」
「あ……」
「楽しみにしている」
だから、少し強引ではあるがそんな言葉を告げていた。白猫は恥ずかし気に頷いた。
準備があるからとクリスと別れ、三人と落ち合う。そこに、風鳴のも合流していた。時間。響の友達も参加していると聞いた為、一組ずつ歌に耳を傾ける。そして、クリスの番が来た。登壇。今にも爆発しそうな白猫。司令を含めた五人で見守る。曲が流れた。一瞬怯むも、クリスは舞台袖に視線を移し、口遊み始めた。そこからは、一気に場が動いた。目を閉じる。聞き惚れていたと言っても良かった。
「良い歌じゃないか」
「本当にな。あれほど楽し気に歌っている。ご両親も喜んでいるだろう」
隣で零す司令の声が、少しだけ涙ぐんでいた。夢は間違いなく受け継がれている。そんな事を思う。綺麗な、そして純粋な音色だった。やがて歌い終える。会場が拍手に見舞われる。
「勝ち抜きステージ。新チャンピオンが誕生です!」
「え、ええ? あ、あの……」
そして、雪音クリスの歌は、会場の皆に認められたのだった。白猫メイド服のチャンピオン爆誕。そんな司会者の言葉に、白猫メイドは真っ赤になり壇上で俯いたのだった。
クリスちゃん回
響、考えが少し変わる
武門、かつて無い戦いに挑む
司令、クリスの歌を聞く
クリス、猫耳メイド服で歌わされる
切調 装者3人+武門&司令。冷静に考えると逃げ切れるのか
さて、次回は原作5話相当。
スーパー