「くくく、ふひひ、はははははは!! 斬ったぁ!! あの、シンフォギアを! 僕の剣を持つネフィリムがぁ! 叩っ斬ったぁ!!」
響の両腕を斬り落としたネフィリムがその腕を喰らう。ネフィリム。自立稼働する増幅炉である。他の聖遺物を捕食する事で、更なる出力を可能とする。両腕に纏われたシンフォギア。それを糧に、成長を図る。体が鈍い光を帯びる。暴食。その力を以て、更なる段階に進もうとしていた。
「ひはははは! 英雄の剣を纏うネフィリム! それは、剣聖の血脈に宿りし絶技を分析、再現しているのだ! ネフィリムにより出力されるエネルギーを両手の剣に変換、剣聖の剣撃を顕現させる!! 例えシンフォギアを纏おうと、本当の戦いを知らない子供如きにそれは防げるものではない!! 英雄の剣。英雄の象徴たる、僕の剣だぁ!!」
宿敵を切り刻み、少女の腕ごと捕食を進めるネフィリムの姿に、ウェルは高揚が止まらない。
「そして聖遺物を捕食したネフィリムはぁ、更なる高みへと昇るのです! さぁ、始まるぞ。覚醒の鼓動が! この力が、僕の剣を纏うネフィリムがぁ、人類を滅亡の淵から救うのだぁ!! ふははは、ふひはっはひは!!」
「あ、あ、ああ……。血に宿る、剣?」
「そうですとも、剣聖の力! 英雄の象徴たる剣を極めたる力。それが僕の得た力だ! ネフィリム・アークソードだ!!」
「血に……あ、ああ、ああああ、ああああああああああ!!」
ウェルの言葉に響は僅かに反応を零した。気が昂って仕方が無いウェルは、響を斬り裂いた剣が自分の物である事を主張する。その言葉を聞き、だけど響は心の底から安堵してしまった。自分を斬り裂いた剣。それが、ネフィリムの物だったから。その刃は、かつて見たソレに何処か似ていた。自分を斬り裂いたのがソレでは無かった。その事実が、響から意識を奪った。遠のく意識の中、胸が熱く鼓動を打つ。何かが自分の中に満たされていく。その感覚に、響は抗う事が出来なかった。
咆哮。意識を失った響の口から、手負いの獣の放つ怒気が沸き上がる。響の体が黒を纏った。瞳。理性が完全に吹き飛んでいる。暴走。聖遺物と人間の融合症例である立花響は、生命力の低下と意識の消失により、シンフォギアの暴走を引き起こしてしまっていた。
「……、こ、これは……。暴走か?」
不意に発せられた不穏な気配。強烈な敵意。昂っていた気持ちが、背に氷柱を突き入れられたかの如く、急速に冷えはじめた。フィーネの観測記録にもあった立花響の暴走状態。知識として知っていたものが、今目の前で実物が顕現する。あまりに強烈な存在感に、額から汗が零れ落ちる。
「まさか、腕を作り出している……? ギアのエネルギーを腕の形に固定。まるでアームドギアを生成するかのように、腕を復元させて……」
「あいつの腕は、腕はどうなったんだよ!? 斬られてんのに、生えてくんのかよ!? そんな事が、あり得んのかよ!?」
「解るわけがない……」
「ああっ。なんでだよ。なんであのバカの腕が!!」
眼前で展開される光景に、翼が呆然と呟く。斬り落とされた腕の再生成。理性が吹き飛び暴走状態の響きが行ったのは、腕の復元であった。そのあまりに異常な光景に、クリスは腕はどうなるのかと叫びをあげる。答えなど、誰も返す事が出来はしない。
「く、くくく。だが、暴走程度がどうしたと言うのですか!? 今のネフィリムはシンフォギアを喰らい、新たな高みに到達している。剣聖の前に、理性なき力が何の役に立つ!!」
「うぅぅ、ああああああああああ!!」
ネフィリム・アークソード。二回りほど体が大きくなったそれが、黒に迫る。剣聖の技を宿した両手。突き出される大剣に、黒は低く唸りを上げる。やれ、ネフィリム。ウェルの一声により、ネフィリムは地を蹴った。突進。両の手の剣を以て襲い掛かる。
「あああああああああ!!」
黒の両腕。咆哮と共に刃が形成される。漆黒の槍。撃槍たるガングニールの真の姿とでも言わんばかりに、両の腕に更に槍を生成する。赤く染まった瞳。ネフィリムを睨みつけた。博士が息を呑む。爆発。地を粉砕するほどの脚力を以て、ネフィリムに肉薄する。
「は、速い!? だが、強化されたネフィリムならば!!」
獣の咆哮。どちらが上げているのか解らないそれが響き合い、巨大な剣と槍がぶつかり合った。斬撃。槍と剣の二つが幾度となく重なり、唸りを上げる。鋭撃と剛撃が何度となく戦場の音を奏でる。シンフォギアの力は歌を歌う事で飛躍的に上昇する。その高まりを遥かに超える動きを以て、黒はネフィリムに襲い掛かる。
「ネフィリム、もう一度切り刻むんだ! 血に継がれし残影を再び放つんだ!!」
ぶつかり合う二つに、ウェルは叫ぶ。暴走状態の出力。想像していたよりも遥かに高い。響の胸が鈍く光を上げる。その度に、動きが鋭く重く進化していく。剣撃が槍撃に追いつかない。眼前のぶつかり合いに、博士は声を上げる。英雄の剣を持たせてある。負ける事などあり得ないのだ。ネフィリム。全身が淡い光に包まれる。受け継がれてきた斬撃。模倣が放たれる。
「あああああああああ!!」
「いけ、行くんだネフィリムぅ!! その黒くて速い死にぞこないを、ぶっ殺すんだ!!」
閃光。一振りで十に届くかの斬撃が襲い掛かる。黒き槍。瞬く間に削ぎ落とす。だが、削り切れはしない。一撃では威力が足りなかった。二の太刀。それが届くよりも早く到達した。半分ほど削ぎ落とした槍。その様な些事は知った事かと言わんばかりでネフィリムに襲い掛かる。一撃。ネフィリムの胴体に突き刺さる。二撃。右腕の剣を半ばから圧し折った。三撃。左腕の刃を叩き折る。
「斬れ、斬れ、斬れ! 斬れ! 斬れ……ない? 何故だ。何故だ! 英雄の剣を以てなお、何故押し負けるんだネフィリムううう!!」
緑色の体液が飛ぶ。ネフィリムの血液にあたるそれが、黒に降りかかる。英雄の剣が圧し折られていく。あまりの光景に、博士は半狂乱になり叫ぶ。何故負けるのか。不意にその光景に気付いた。
「ま、まさか、成長したから? 英雄の剣は、成長する前の段階のネフィリムに合わせて生成されている。規格が合わなくなった? ネフィリムが強くなりすぎたから、強大になりすぎたから、生成される剣の大きさに強度が追いつかなくなってしまったのかぁ!?」
天才故に即座に答えに行きついてしまう。ネフィリムがシンフォギアを暴食していた。それによる急速な成長。二回りは小柄だったネフィリムに合わせて調整された英雄の剣では、大きくなりすぎた剣に上手く力を使わせる事が出来なかった。小兵と大兵では武器の選択や取り回しが違う様に、ネフィリムの力で生成される英雄の剣もまた、ネフィリムに合わせた調整が必要だったのだ。ウェルは科学者であって、戦士では無い。戦いの機微に関しては、響たち装者以上に鈍感であった。研鑽されるべき力を一括りにしていた。それでは、どれほど強い武器を持とうとも、上手く使えるはずがなかった。
「そ、そうだ人形。ネフィリムの援護に回れ!!」
黒金の自動人形。自身が奇襲と護衛の為にともなったそれに向け、咄嗟に指示を出す。不可視の人形。風の衣を纏ったまま、黒に襲い掛かる。
「うぅあ、あああああああ!!」
爪撃。背後からの奇襲をもろに受けた黒は、更に怒りの咆哮を上げた。折れた槍でネフィリムを殴り飛ばし、自動人形に襲い掛かる。不可視。だが、圧倒的なまでの暴力を以て放たれる斬撃の前では見えない事などあまり意味をなさなかった。広範囲に及ぶ乱撃。狙う気など毛ほども感じられない乱舞が自動人形を削ぎ落す。
「なんだ、何が起こっているんだ。英雄の剣はどうしたんだ!?」
血を流すネフィリムに、ウェルは声を荒げる。荒い息。ネフィリムは再び剣を生成した。よ、よし、もう一度行くんだ。そんな言葉をネフィリムにかけ送り出す。自動人形。不可視の衣を無理やり引き剥がされていた。ネフィリムが斬りかかる。
「ああああああ!! うぁうあああああああ!!」
一撃。それ以上入れる事が叶わない。黒金を吹き飛ばし、振り返った響は折れた槍を捨てるかのように再び腕だけを生成。ネフィリムの剣を掴み取った。
「な、なにを……? まさか、そんな、まさか!?」
「あああああああああああああ!!!!」
驚愕に染まる声。そんなウェルの様子など一顧だにせず、掴んだ手で握りつぶした。巨大な剣の半ば程。無惨に砕かれる。ネフィリムが叫びをあげる。叫びに何の意味も無く、次の瞬間には半ばから砕き折られた。再び生まれる撃槍。ネフィリムの両腕を斬り飛ばした。緑色の体液が、響であったものに降り注いだ。あまりの暴虐に、ウェルの口から小さな悲鳴が零れ落ちる。
「ひぃ! や、やめろ、やめるんだ!! ネフィリムの力はこれからの世界の為には必要不可欠なものだ! 英雄の軌跡を歩む為にも、絶対に無くせないものなんだ!! それを、それをこんな所で!! 失う訳には!!」
四肢を切断し、頭部に槍を突き立てる。それでも満足する事は無く、滅多刺しにしていく。虫の息。ネフィリムがいつ死んでもおかしく無いほど痛めつけられて尚、その手は止まることが無い。黒金再び殴り掛かる。三度打ちかかり、四度目で腕ごと断ち切られた。金眼が瞬いた。後退。ウェルが何の指示も出していないにも関わらず、遠ざかり姿を消す。荒い息を整えもせず、動く事すらできないネフィリムに飛び掛かった。断末魔。背中から突き入れられた腕に、ネフィリムは絶叫を上げた。右腕。体の中を引裂きながら、それを掴み取った。ネフィリムの心臓。体組織を引きちぎりながら、引き摺りだした。衝撃が駆け抜ける。点在していたノイズすら、その余波で吹き飛ばしていた。体液。全身に降り掛かる。心臓。無造作に引きずり出されたそれは、地に捨てられる。
「ネフィリムが、英雄の力が、軌跡がぁぁぁ!?」
あまりの光景に、ウェルは狂乱を隠す事も出来ずに喚き散らす。圧倒的優位でありながら、英雄の剣は手折られ、人形は砕け、ネフィリムは葬られていた。その反応も仕方が無いだろう。だが、それがいけなかった。立花響であったものは、未だ何の満足感も得られていない。満たされない破壊衝動。それの次の矛先が決まった。
「ひ、ひいいい!? ば、ばけ、ばばば、ばけ、ばけ……」
「うぅぅ、ああああああああ!!」
目が合う。とても人のして良い目では無かった。敵意と憎悪に染まり切った瞳。ウェルの目には、赤く染まった目がそうにしか見えなかった。腰を抜かし、後退る。じりじりと黒が迫った。
「あああああああ!!」
「ば、ば、ば、……」
「やめろ、立花!! やめるんだ!!」
「この……バカ!! お前の手は、誰かと繋ぐ為にあるんじゃねーのかよ! 人を殺す為に使って良いわけねーだろ!?」
踏み込み。ウェルの瞳には唐突に現れたとしか思えないほどの速さで迫っていた。右腕。悪意を向けてきた人間を、文字通り手折る為に振りかぶられていた。恐怖の余り、上手く言葉が出ない。拘束から解かれた装者の声。二人に届くが、間に合わない。自動人形に負わされた傷は、浅いものでは無かった。響が振り上げた手を止める事が出来なかった。
「ばるす!!」
腕がぶつかる刹那、ウェル博士の姿が消えた。消えたと二人の装者が錯覚するほどの速度で吹き飛んでいた。顔に眼鏡がめり込んでいる。腕が空を切った。地を吹き飛び、段差を転がり落ち、大小さまざまな石でその身を傷付けながらも死地を脱する。
「間に合わなかったか」
「目がぁぁぁ、目がぁぁぁ……!?」
吹き飛んだ博士を一瞥し、呟かれた一言。響の幾らか後方。武門上泉の剣士。上泉之景が、太刀を突き出した形で止まっていた。遠当て。斬るのではなく、吹き飛ばす為に放ったそれで、響の手でウェルが手折られるのを阻止していた。
「煩い。男ならその程度で喚くな。顔が幾らか陥没しただけだろうが、死にはしない」
じたばたとのた打ち回るウェルにそれだけ言い放つ。童子切。日ノ本でも最高峰の一振りで放たれたソレを受けて、なお原型を保っていられるのは温情以外何物でも無かった。響に殺しをさせない為だけに放たれた一撃だった。
「あ、あんたは……」
「先生!?」
クリスと翼は驚きの声を上げた。もう駄目だと思った。それが、ギリギリのところで繋ぎとめられる。依然として油断はできないが、一筋の光は見えていた。
「あああああああ!?」
「お、おい!?」
「立花!?」
その瞬間に、響は二人の装者に襲い掛かる。ウェルからは幾らか離されていた。背後には新たなる敵がいる。先ずは、隙を晒した二人。その様な獣の判断だったのだろう。虚を突かれた二人は驚きを零すしかできない。
「これ以上、遅れはしない。後は任せろ」
獣の踏み込みすらも上回る加速。本当の神速を以てして、武の体現者は黒を阻んだ。童子切とその鞘。片手ずつに持たれた武具で、瞬間で形成された撃槍の力を流すように受け止めていた。両の手が震える。だが、獣はそれ以上押し通る事が出来ない。ウェルの呻き声。二人の装者には遠くに聞こえる。背中。彼女等には先達のそれだけが見えていた。
武門上泉。剣聖と呼ばれた者の末裔が、血を流す少女の前に、漸く現れたのだった。
「暴走か……」
立花響の暴走。ルナアタック事変の折、何度か今と同じ状態になる事があったと情報だけは知っていた。完全聖遺物デュランダルの起動や、クリス撃墜、フィーネとの決戦、契機となる出来事が起こる時、幾度となく黒き力を纏って戦っていたと聞いている。眼前に居るのは、強すぎる力にのみ込まれた少女だった。見据える。理性が吹き飛んだ瞳からは、何かを感じ取れる事は無い。
「ああああああああ!!」
「喝っ!」
「――!?」
気当て。丹田に蓄えられる気。それを至近距離からぶつけていた。理性が吹き飛ぼうと、生物である以上は気の流れと言うのは存在する。機先を制した。両腕の黒槍。動かそうとした意識の先を行き弾き飛ばす。至近距離。剣の間合いすらも越え、踏み込んでいた。
「君は誰かを助ける為にその手を振るうのでは無かったのか?」
振るわれる腕。速いが遅すぎる。どれだけ速かろうと、その拳には何も宿る事は無い。理性なき暴。他者を顧みる事の無いその力は、武では無い。牙ですらも無かった。どれほど力が強かろうと、それはただ強いだけだった。巨大な鉄の塊。今の響は、かつて語ったそれその物だった。幾ら巨大であろうとも、所詮は鈍である。躱し続ける事など大して難しい事ではない。駄々をこねる子供をあしらうのと変わりはしない。避けながら語りかける。
「立花、止めろ。もう良いんだ!!」
「お前に黒いのは似合わねーんだよ!! 良いから戻ってきやがれ!!」
「うぅぅぅぅ、あぁあああああああ!!」
傷付いた装者が言葉を投げかける。幾らか効果があるようだが、それを振り切る様に叫び続ける。振り続けられる拳。童子切。鞘を捨て、刃を返し峰で迎え撃つ。往なし、躱し、弾き、受け止める。両の手。一撃止めるだけで響とは思えないほどの負荷が掛かる。大した問題では無い。童子切。刃に左手を添え、両手で受け止めた事で幾らか血が流れる。熱。血を刃が吸う。気にせず、響を見詰め続ける。多くの言葉は必要としない。振り抜かれる拳が、何よりも悠然と語り続けてくれるからだ。意志。刃を通して、それが伝わる。不意に、視界にあるものが映る。
「大丈夫だ。必ず、助ける」
童子切は目に見えぬものを斬る事が出来る太刀である。血を吸わせていた。その本領が発揮される。かつて見た事のある少女。黒に飲み込まれた響に、何かを語りかけているのが薄っすらとだが見える。天羽奏。死して尚、誰かを生かす為に戦っているのか。ただ僅かに見えるだけで言葉は聞こえないし故に交わせない。だが、その必死な表情を見れば、この子を助けたく思っているのが良く見えた。拳を往なし、立ち位置を入れ替えながら、奏に聞こえるように呟いた。目が見開かれる。笑った。風鳴のに視線を移す。君の相棒は例え姿を無くそうと、傍に居てくれているようだ。伝わる筈がなく、伝える気も特にない言葉が胸によぎる。響の為に死者ですら戦おうとしている。ならば、余計に無様な姿は見せられないだろう。自分はこの場にいる少女たち全ての先達である。例え彼女らが英雄と呼ばれようと、その事実は揺らがない。傷付き倒れかけていると言うのならば、その時にこそ人の矜持を示す時だった。
「戻ってこい。これ以上君を傷付ける者はいない。いるのは君を守ろうとしている者だけだ」
「頼む立花、奏から受け継いだガングニールを、そのような事に使わないでくれ……」
「どうしようもなかったこんなあたしと手を繋いでくれた。その手を誰かの血に染めるのはやめろ! やめてくれよ……」
放たれる拳。掴み取る。体術。剣術ほどに精通してはいないが、武門として恥ずかしくない程度には使える。武芸十八般。武門に必要な技術は、どれもそれなりの物は持っていた。剣術。それが突出しているだけであり、それ以外が使えない訳では無い。敢えて迎え撃つ。響を、恐れに飲み込まれた少女を斬る刃は持ち合わせていない。それが武門であり、それが上泉之景だと言いきれる。童子切、地に突き立てる。奏の姿が消えた。だが、まだ声をかけて続けいるだろう。見なくても解るのだ。両腕を掴み取り、力を流し、暴れる子供を押さえ付ける。
「うあああああああああ!!」
「――」
黒槍の生成。掴んだ手が引裂かれる。僅かに走る痛みに顔を顰める。だが、大した痛みでは無い。押し返そうとする槍を握りしめて無理やり止める。両手から血液が滴り落ちる。すまないな。血で汚れる。呟いた。僅かに響が揺れた。だが、咆哮を上げ全身を振るう。
「先生!!」
「やめろ、手が切れるぞ!?」
「それがどうした」
手を離せと叫ぶ二人の言葉を無視する。斬らないのか。響に問うた。返事など返す事ができず、ただ全身を使い暴れ回る。刃を手にしていないが、心の刃を交えていた。それで、ある程度の事は予想がついた。
「そうか、自分では戻ってこれないのか。ならば、任せろ。泣きわめく子を宥めるのも、大人の仕事だ」
手を離す。童子切。構えた。掌から滲む血が滴り落ちる。左手。血を刀身に吸わせた。童子切が震える。斬るぞ。響を見据えて告げる。充分だ。太刀は震える事で答えていた。心強いな、お前は。童子切に伝える。笑った。できない事など、ありはしない。斬るものを見据えた。奏が響に声をかけている。童子切。手にしている。泣きわめく小娘を一人止める事など、大して難しい事では無かった。
「まさか……斬る気なのですか!?」
「バカ! 斬るんじゃねぇ! アイツはただ、暴れているだけなんだ……。あたしたちが止めてやらなきゃいけないんだ!!」
血刃。刃を低く寝かせた。風鳴のとクリス。自分の意図を察したのか、慌てたように声を荒げる。だが、その予想は少しばかり的外れである。説明するほどの時間は無い。二人を無視する。恐怖に怯える響。荒い息を吐き続けている。生成した黒槍。血が滴っていた。
「来い。怖いと言うのなら、それを斬り裂いてやる」
「うぅぅぅ、うわああああああああああああ!!」
手負いの獣の絶叫。辺り一帯に響いた。視界の端に、ウェル博士が逃げていく姿が見えた。今は相手をしている暇はない。猛然と迫る黒を見詰めていた。獣の踏み込み。見定める。
「立花!」
「止めろおおおおおおおお!!」
撃槍。踏み込みからの渾身の一撃。刺突。軸足。基点に半身を逸らす。やり過ごした。二の腕から胸にかけて幾ら引裂かれている。動くのには問題が無かった。鮮血が立花を鮮やかに染める。ただ見ていた。悪いな、呟く。先程よりも遥かに鮮明になった奏が何かを叫んでいる。恐らくあの言葉であろう。天羽奏から託されたと言う、立花響が受け継いだ言葉。
「響、生きる事を諦めるな。俺は、生かす事を諦めない」
だから、伝えていた。奏が叫んでいる。こんな所で負けるなと叫んでいるのだろう。声など聞こえない。だが、見れば分かった。童子切。震える。力を貸せ。意志だけを伝えた。斬るべきもの。それは、立花響が抱いた、恐れその物だった。
「――」
一閃。血に塗れた響を、斬り裂いた。至近距離。頽れる少女を受け止める。黒が霞と消える。両腕。通信機から聞こえていた会話の様子から、喪失していたはずのそれは、しっかりと繋がっていた。だが、今はどうだって良かった。
「ユキ、さん……?」
「ああ、そうだよ」
童子切。地に突き立てている。腕の中で、響が薄く目を開けた。奏。今は姿が見えないが、何となく居る事は感じられた。死線に踏み込んでいる。その所為かも知れない。失血により、少しばかり視界が揺らぐ。だが、悠長に寝てもいられなかった。
「わたし、また……?」
「今は何も気にするな。ゆっくりと、眠ると良い」
何かを話そうとする響を諭した。悪意と殺意により、死の淵まで追い込まれていた。心身ともに、消耗が激しい筈だった。今は安心して寝ていろ。そう告げると、素直に頷き瞼を下ろした。ゆっくりとその場に下ろす。呼吸は弱いが、今すぐにどうにかなると言った感じでは無かった。
「お、おい、大丈夫なのかよ!?」
「ああ、もう大丈夫だろう」
何とか傍らまで来たクリスに響を委ねる。座り込みたかった。だが、そう言う訳にもいかない。
「先生は、何をしたのですか?」
「斬ったのだよ。この子が捕らわれていた恐れを」
風鳴のの問い。短く答えた。童子切は、目に見えない物を斬る事で真価を発揮する。その刃が斬るのは目に見えるものだけでは無い。恐れや怯え、幽霊や現象、物理的に存在しない物を斬る事が出来る刀であった。そして、斬れるが故に、見る事もできると言う訳である。例え不可視であろうとも。
「たわけが。同じ手で何度もつまらぬ横やりは出来ぬと知れ!」
「……え?」
『――自動錬金』
風鳴のに背を向け、童子切を振るった。黒金。一時的に姿を消していた人形が、不可視の衣を纏って忍び寄ってきていた。漸く響が元に戻る事が出来たのだ。つまらぬ事で水を差したくは無かった。一撃。それを以て、残って居た腕を斬り飛ばした。小さな爆発が起こる。後退。今度こそ本当に撤退する為に背後を向く。
「追いはしない。だが、次は無い」
背中に向けて投げかけた。返事など何もなかった。
「良かった。本当に、良かった……」
響を抱えるクリスの下に風鳴のと共に向かう。光るもの。普段捻くれているクリスが、恥も外聞も無く、安堵により泣き崩れていた。
「時期に救援が来るだろう。皆で帰るか」
「はい。それまでに、応急処置を施します」
「ああ、頼むよ」
クリスの隣に座り込んだ。響は穏やかな表情で眠っていた。二人にもう大丈夫だと告げる。白猫は、泣きながらただ頷いていた。風鳴のが応急処置を始める。撃槍での一撃。失血が激しかった。だが、それだけであった。死ぬような傷では無い。されるがままで空を見上げる。輸送機が近付いてきていた。白猫。気付けば手を握られていた。煤が風に流される。ただ、見詰めていた。
ウェル博士、顔を打ち抜かれムスカる。(1回目)