雨が降り続いていた。手にしたものを見詰めながら、物思いに耽る。
ネフシュタンの欠片が加工された小さな腕飾り。クリスから手渡されたものだった。フィーネがルナアタックで残した忘れ形見。既に本体が消滅した事で基底状態にあり、装者たちの歌でも起動させる事が出来なかったものである。回収された自分の直ぐ傍らにあるのが発見され、様々な調査の結果、利用する事は不可能と判断されたものだ。その為、フィーネとは一時的とはいえ家族に近い関係にあったクリスに返却されたという事だった。恐らく、司令が手を回したのだろう。文字通り形見の品。最後の瞬間、櫻井了子と和解した響にと言う話もあったようだが、自分には胸の歌があるからと辞退したため、クリスに渡ったものであった。
「あたしにはイチイバルがある。これはあんたに持っていて欲しいんだ」
「良いのか? これは形見みたいなものだろう」
「験担ぎだよ。ネフシュタンが司るのは無限の再生能力。力は使えないけど、毎回怪我して帰るあんたにはピッタリだろ? 死んだ人間よりも、生きている人間の事を考える。きっと、分かってくれる。それに、あんたには世話になり過ぎてるから、気持ちを形にしたいんだよ」
だから貰ってくれと押し付けられていた。フィーネは彼女にとっての親代わりでもあった。それを貰う訳にはと思うも、どうしてもと押し切られた。大切にしてくれよなと笑う白猫に、困った子だと苦笑するしかなかった。どうにも彼女からすれば、自身はいつ死んでも不思議ではなく見える様だ。武門である。父の生き様に憧れた事もあり、戦いで傷を負う事は厭っていないが、だからそう見えるのだろう。かつて、司令にもそう見られていた。死にはしないと語っても、譲る気は無いようだった。その為受け取ったと言う訳である。眺める。欠片は僅かに紫色の輝きを放っている。
「直向きに生きているだけである筈なのに、遣る瀬無いな」
クロと欠片に向け呟く。黒猫、傍らで何時もの様に丸まっていた。軽くこちらを見る。
思い出すのは、クリスと共に聞いた響の容態だった。風鳴のと共に説明された内容は、予想だにしていなかったものである。響は、かつて負った傷により、身体の内にあるガングニールの欠片を以てシンフォギアを纏っていた。聖遺物と人間の融合症例。それが立花響であった。シンフォギアを纏う度、響は少しずつ強さを増していたと言う。司令に師事した事による成長。その成果が出ていると判断されていたが、それだけでは無かった。先のシンフォギアの暴走。その後の検査により、今まで知られていなかった事実が明るみに出ていた。響の中にある聖遺物の欠片。それが、彼女の体を侵食していると言う。このまま浸食が進めば、確実に命に係わる。そう教えられていた。傍で聞いていたクリスは元より、風鳴のですら衝撃を受けていた。涙。二人の少女から、それが零れていた。何とかならねぇのかよ。そんな悲痛な叫びに、司令は口惜し気に首を振るだけであった。立花響にはこれ以上シンフォギアを纏わせる訳にはいかない。そんな結論が出ていた。新たに露見した事実。二人の少女に衝撃を与えるのには十分だった。
「……ままならんものよな。誰かの為にと伸ばす手が、文字通り自分の身を削り伸ばされていた」
皮肉にもウェル博士との戦いによる響の暴走により、それが露見していた。戦わせてはならなかった子に、最も無理な戦いを強いた事でそれが解ったと言う事だった。幾らか持ち直したクリスの精神状態も、また不安定になり始めていた。装者と司令との協議の結果、クリスが出来る限り響の傍に居り、戦闘行動は一切行わせないという事で決着が着いていた。方法は彼女らに一任する事となった。自身は学生である彼女等の生活にまでは口を出せない。だが、危ういものを感じた。響には知らせない。そう言う決定が下されたからだった。反対。方法について一任するのは構わないが、その一点だけは反対し続けた。だが、結局装者二人に押し切られていた。これ以上戦わせるわけにはいきません。風鳴のが呟いた言葉に、不穏なものを感じさせられる。
クリスとできる限り語るのは元より、風鳴のとも何度か訓練を通じて刃を交えていた。真面目が過ぎる。かつて奏が良く零していた言葉を思いだす。風鳴翼と言う人間は優しい子であり、真面目で不器用な女の子だった。良い方向に動いている時は何も心配が無いのだが、一度悪い方向に流れればそのまま突っ走ってしまうきらいがある。刃を交えていた事と涙を見た事により、風鳴のが響を失う事を恐れているのは感じられた。今回ばかりは持ち直すのに風鳴のとは言え、少しばかり時間がかかりそうだ。自身は元より、風鳴のも軽く無い傷を負っていた。無理なぶつかり合いは避けていた。心を治す前に、体を悪化させてしまう可能性があったからだ。少しずつ刃を交え、語り合っていた。それ以上、出来なかったともいえる。
天候と同じで、何か嫌なものを感じさせる。
――
不意に、個人携帯が音を立てた。送り主は雪音クリス。文章による連絡が来ていた。要件が短く書いてある。あのバカを知らないか? それだけであった。今日は見ていない。それだけ返信する。何かあったのか。そんな事を思う。晴れているならば夕暮れ時である。その時間帯でクリスが合流していないと言うのは珍しかった。何かあったのか。そんな事を思う。不意に、呼び鈴が鳴った。
「……ユキさん」
「随分と酷い姿だな。取り敢えず入ると良い」
扉の前には件の少女がいた。傘も差さずに訪ってきたのか、全身が雨に濡れていた。何処かで見た光景だなと一瞬頭に思い浮かぶが、脇に置く。あの子と響とでは、また違うのだ。同じだと思って対応する訳にはいかなかった。玄関で立ち竦む響に手拭きを幾つかを投げ渡す。後で掃除するから気にするなと言い上がらせ脱衣所に案内し、かつて白猫に着せた浴衣を用意する。同時に、白猫に連絡を入れておく。電話には出る気配がない。自分の下にいるため緊急性は無いが、文章で連絡を入れておけばそのうち来るだろう。ずぶ濡れで拾った為、服は何とかするので下着だけ用意して欲しいと伝えた。そんな事を行っていると、響の着替えが終わったのか、雨水だけを拭い脱衣所から出て来た。
「ごめんなさい。気付いたら、来てしまって」
「構わんよ。その様子で、何かがあった事は容易に分かった。話を聞けばいいのだろうか?」
「聞いて、貰えますか……?」
「此処までして追い出す訳にはいかんだろう。甘いものでも用意する。それを食べながら話すか」
目に見えて何かありましたと語る響に、とりあえず座っていろと促す。買い置きの和菓子。団子を二つほど出し、温かい茶と共に響の前に置いた。暫く見詰めていた響だが、こちらが口を付けたことで漸く手を伸ばした。みたらし。口の中で甘さが広がる。心ここに在らずと言った具合なのか、ぼんやりと咀嚼している。茶をゆっくり啜った。一拍。
「っ!? ……ぁ、ぅぅ、……っ……っ……ぅぅ……」
大粒の瞳から涙を零し泣き出し始めた。流石に予想外であった為、傍らに向かい背をさする。部屋に響く嗚咽。少女はただ涙を零し続けた。
「ごめ、ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「大丈夫だ。だから、ゆっくり話して欲しい」
背を軽く撫でながら静かに涙を零す子に言い含める。空いている手。強く握られていた。それに応えるように軽く握り返す。嗚咽がしばらく続くが、やがて落ち着きを見せ始めた。背を撫で、ただ待ち続ける。せかす意味が無いからだ。クロ。気付けば響を慰めるように体をこすり付け始めた。
「ごめんね……。君にまで心配させちゃって……」
慰めようとするクロに手をやり、響が小さく泣き笑いを浮かべた。
「ユキさんも、ごめんなさい」
「構わんと言ったよ。何があった?」
「……いらないって言われちゃいました。強い敵を前に暴走してしまうような未熟者の私は、二課には必要ないって、翼さんに……」
響の言葉に思い至った。そう言う事か。小さく呟く。どうやら、悪い予感は良く当たるようである。不器用にも程があるぞ。怒りを通り越して、呆れが先ずは湧き上がる。戦わせたくない。その意志を明確に言葉にしたという事だった。敢えて遠ざける。全てを知る自分からすれば、そう言う事だと容易に理解が出来る。が、当の響からすれば、地が崩れるほどの衝撃だったのだろう。涙を零し泣き笑いを浮かべる姿を見ると思わずにはいられない。下策にもほどがあるぞ。だから反対したのだと愚痴の一つも零したくなるのも仕方が無いだろう。それだけ、響の心に鋭い一撃を入れてしまっていた。腕を斬り落とされ、暴走してしまった女の子である。元気に振舞ってはいたが、元気な訳がなかった。あの子らは何をやっているんだと内心で頭を抱える。
「そうか」
「……ユキさんも。ユキさんもそう考えているんですか? 私が未熟だからって……。翼さんと同じように……」
縋るような目で見つめられた。軽く目を閉じる。それだけで、響の手が震える。少しだけその手を強く握った。今にも逃げ出しそうであったからだ。追いつめ過ぎである。考えを言葉にだす。
「未熟ではあるが、君は必要な子だ。不要な訳があるまい」
「……本当、ですか?」
「当たり前だ。二課にだって、君は必要だろう」
「でも、翼さんは……」
信じられませんと悲し気に首を振る響に、ゆっくりと言い聞かせる為に言葉を紡いでいく。時間をかけて、沁み込ませるように。それを意識して、言葉を選ぶ。
「君の知る風鳴のはどういう人間だった?」
「翼さんですか?」
「ああ」
「誰かの為、涙を零しながらも一人きりで戦い続けていた人です。とても、優しい人でした」
思い出を読み返すような声音で響は話す。既に答えは出ているのだが、与えられた衝撃でそれに気付けないのだろう。ゆっくりと続ける。
「なら、誰かを傷付ける事を簡単に言う人間だっただろうか?」
「そんな事ありません! 翼さんは、皆を守ろうと必死で戦ってきた人です。私だって、何度も助けてもらいました」
響の否定する言葉に頷く。そんなこと翼さんがするはずありませんと続ける。
「ルナアタックの際、君が暴走した時に風鳴のが止めたと聞いている。それは本当なのか?」
「止めて貰いました。訳が判らなくなった私を、翼さんは命を懸けて止めてくれました」
かつての事件の折、自分が向かうまでの間に、響は一度暴走していると聞いていた。それを身を挺して止めたのが風鳴のだと聞いている。それが事実だったのかと本人に問う。こちらの目を見て頷いた。感謝してもしきれませんと頷いた。
「なら、最後に聞こうか。もし理由があるのなら、風鳴のは誰かを傷付ける事を言うだろうか。たとえ相手が傷付いたとしても、自分が嫌われたとしてもやらなければいけない事があるとしたら、だ」
「……翼さんなら、多分やると思います……。嫌われたとしても、相手の為になるのならって考える人です」
「つまり、そう言う事だよ」
「え……? あ……!」
最後の質問をして、答えた響にそれが答えだと続ける。素直過ぎるにもほどがあると、響にも言いたくなる。それが良い所なのではあるが、少しばかり心配だった。このところ、装者全員が不安定のように感じる。やはり、力があるとは言え子供である。脆いところはあると言う事だった。その上で、相手は人間である。それも、ウェル博士の様な尋常では無い思想の者もいる。悪意を以て付け入られるのではないかという危惧が浮かぶ。
「翼さんは、私の為に?」
「そうだよ。この際言っておくが、俺たちは君に隠している事がある。それに関しては言う事が出来ないが、君を害そうとしている訳では無い事は信じて欲しい」
「翼さんも、ユキさんも?」
「ああ。とは言え、あの子は不器用が過ぎる。だから反対したのだがな」
漸く泣き止んだ響に、君が不要などという事はあり得ないと続ける。ネフィリムから二人の装者を命がけで守った人間を、暴走したとは言え、簡単に斬り捨てる事などできるはずがない。風鳴の自身がかつて響を守った事を鑑みれば分かりそうな事だが、それだけ衝撃を受けたという事だったのだろう。
三人は、あの事件を共に切り抜けた仲間だった。特別な絆。それを持っていたのだろう。だからこそ、例え悪意が無かったとしても、響の心に致命傷になりかねない一撃を加える事になったと言う訳だった。先程も思ったが、不器用にも程がある。心底安心したと言わんばかりに救われたような表情を浮かべる響を見ると、一つ覚悟が出来た。
「なぁ、響。少し留守を頼んでも良いかな?」
「え?」
「すまないな。先程クリスに連絡を入れたから来てくれると思う。そろそろ風呂も沸くだろうし、あの子が来たら入ると良い。俺は、すこしやる事が出来た」
今の状態は芳しくない。無理のない範囲でと考えていたのだが、少しばかり荒療治が必要に思えた。あの立花響である。誰かの為にと戦う少女だ。小細工はするべきでは無かったのだろう。その為に、先ずは周りを固める必要があった。そんな事を思っていると、呼び鈴が鳴った。来たか。そう思って扉に向かうと、白猫がかなり息を切らせて立っていた。
「あのバカは?」
「いるぞ。クリス、響を風呂に入れてやってくれ。俺はやる事が出来たよ」
「……ん? いまいち話が見えないんだが」
「丁度訓練の予定もある。風鳴のを斬って来る」
「……はぁ? い、いきなり何言ってんだよ」
「まぁ、頼んだ。それと、あの子は泣いていたぞ」
「っ!?」
防人という事で、信頼しすぎたのかもしれない。彼女もまだ子供であった。至らないところはあるのだろう。真面目が過ぎるぞ。奏の口癖が吐いてでた。
響をクリスに任せ、風鳴のに連絡を入れる。元々本日は訓練の予定をしていた。特に変更も無く、仮支部の一つで行う事になった。向かう。さてどうしようか。そんな事を考えていた。
既に司令に連絡を入れていた。仮支部にある訓練所。装者が戦っても問題ない広さがある空間だった。用意された刀を全て確認し、一振りずつ抜き放つ。数十に及ぶ刀剣。一振りだけ携え、待ち続ける。
「お待たせしました」
「風鳴の、今日はシンフォギアを纏え」
聞こえた言葉に軽く頷き、言っていた。普段の立ち合いでは互いの技のみで対峙していた。少しばかり意表を突かれたようにこちらを見る。
「よろしいのでしょうか?」
「構わんよ。十全の君と、一度思うが儘に対峙してみたいと思っていた」
「解りました。Imyuteus――」
本気で来い。その言葉に頷き、風鳴のは聖詠を唱え始める。刀剣。無造作に地に突き立て、壁に刺し、天井に投擲する。訓練所に無数の刃を突き立てる。幾千の刃が突き立てられた戦場。風鳴の持つ天羽々斬の特性を考えると、この後そうなる事が予想できた。面白い。笑みが零れた。剣士としては、絶刀と戦える事が楽しみでたまらなかった。
「先生……?」
「君は剣として己を鍛え上げて来たのだったな」
「はい。不詳の身なれど、迫りくる危機より皆を守れるようにと。迫る脅威を打ち払える剣とあれるように研鑽してきた心算です」
「そうか。では、身を以て試させて貰うぞ。防人の剣を」
「お相手仕ります」
見据えた。風鳴の。絶刀を構える。剣気が交わり合う。背が震えた。向かい合う剣気が心地良い。視線が交わる。来い。言葉ではなく、右手の意志で伝えた。静寂。
「行きます」
「これが君の刃か?」
「……な!?」
声が届いた時には既に刃が迫る。斬撃。左腕で刀身に触れ逸らし往なす。二の太刀。返す刃で放たれた凪を、石突で刀身に合わせる事で払う。引き戻しからの、刺突。軸をずらし、伸びきった両手に向け石突を落とす。乾いた音が鳴り響いた。絶刀。刃を交えずに叩き落していた。先ずは一度目。内心で呟く。風鳴のに驚愕に満ちた表情が浮かぶ。隙ありだ。言い放ち、蹴り飛ばした。
「く……、まさか此処まで差があるとは」
「話している暇は無いぞ」
「まだまだ!」
踏み込み。刃を低く流し飛ぶ。斬撃。合わせてきた絶刀にぶつからせた。衝撃。斬鉄の意志を以て吹き飛ばす。反発。耐えきれずに後退した剣士に、風を送る。遠当て。無造作に放った。十を超える飛刃。羽々斬の落涙を以て迎え撃つ。跳躍。刃の中に飛び込んだ。
「先生!?」
「遠慮は不要だ。この程度の刃なら、例え万でも当たりはしない」
斬撃。自身の最大速を以て振り抜いた。千の落涙が霧雨へと変わる。斬撃の壁。形成し、雨の中を駆け抜ける。左腕、突き立つ刃を抜いた。
「見せて見ろ、君の刃を」
「――行きます」
右手で壁を形成。風鳴。シンフォギアを歌で加速させながら迫る。低く踏み込んだ。左。太刀に意思をぶつけ、振り抜く。
「響は、泣いていたよ」
「――な!?」
斬鉄。羽々斬を叩き折る。シンフォギアの力は装者の状態が大きく影響している。今の風鳴翼の刃を折る事など、大して難しい事では無かった。刃をぶつけた。心の迷いが見える。響を心配しながら、己の不甲斐無さに涙を零しながら剣を振るっていた。その様な刃では、自分の剣には及ぶ筈がない。後退しながらの再生成。追いつき、更に衝突。羽々斬と太刀が折れる。構わず飛んだ。加速。崩れた風鳴のを蹴り飛ばす。
「どうした。刃が乱れているぞ?」
「まだまだ、やれます」
大きく吹き飛ばしたところで、立ち上がるのを待つ。羽々斬を杖に立ち上がった。もう一振りの太刀を横に構える。相手は絶刀である。剣としての強さは相手の方が遥かに上だった。だが、そこに心身が追いついていない。躱す刃に、そんな事を思う。真面目が過ぎるぞ。そのうえで、不器用が過ぎる。困った後進の在り方に苦笑が浮かぶ。自分で成した事に、自分で斬られている。何をしているのだこの娘は。
「ならば来い」
「言われなくとも!」
踏み込み。上段からの振り下ろし。見える石突を、全力で蹴り飛ばした。天井に羽々斬が突き刺さる。風を超える。笑った。首に左腕を伸ばす。体術。驚きに固まる風鳴のを崩し、そのまま投げ倒した。
「かは――」
「二度死んだぞ」
受け身も取れずに息を吐きだした少女の首元に刃を添える。瞳。意志が萎えるどころか、更に強い意志が宿る。不屈。そんな言葉が感じ取れる。蹴り飛ばす。吹き飛びながら態勢を整え、羽々斬を生成する。踏み込み。刃をぶつける。
「そう簡単に、何度もやられると――」
「いいや、簡単だな。今のお前ならば、な」
斬鉄。全霊の一撃を以て、絶刀を叩き折る。眼前。視線が交錯する。風鳴の驚きに染まる顔。互いに刃を流す。至近距離。刀の間合い。何とか逃れようとする風鳴のに付き添うように位置取りを維持し、苦し紛れに生成される羽々斬を手折り続ける。十の斬撃。こちらの太刀が折れる。
「好機」
「武門をなめるなよ」
鞘で打ち合った。好機などありはしない。刀身の腹に鞘をぶつけ、一気に間合いを縮めた。掌打。太刀を捨てた右手で打ち込む。浮き上がった体に鞘で一閃。吹き飛ぶ。追撃を選ばず、太刀を一振り抜いた。立ち上がった風鳴の、態勢が整うまでただ見据えた。
「これが防人の剣なのか? こんなものがお前の言う剣の姿なのか? それであるのならば、奏は報われんな。生き残った相棒がこれでは、死んでも死に切れんだろう」
風鳴のの触れてはならぬもの。それに敢えて触れていた。剣気。周囲に広める。一角、翼以外に僅かに違和感を感じる。そこに居るのか。確信とも言えぬ思いと共に心中で謝る。
「幾ら先生とは言え、言われて許せぬ事があります」
「ならば刃で語れ。お前は剣なのだろう?」
「……行きます」
踏み込みが加速する。先程よりも遥かに早い。だが、遅い。風鳴翼の気質は静の剣である。感情のまま振るわれる刃は、風鳴のの気質には合わない物だった。感情を乗せる刃と制する刃。この子には後者の方が力を発揮するはずである。
「何かを守る為に鍛え上げたのだろう。その結果がこの刃か?」
「奏が死した時、己の無力さを思い知らされた。誰も死なせないほど強く、そう願った!」
「だから全てを斬り裂くと。人であることを捨て、刃を研ぎ澄ますと」
「防人の剣には人である事など不要。迫り来る脅威をただ斬る為、私は剣となったのです!」
風鳴のの剣を受け止める。結局、この娘は失う事が怖いから強くなったという事なのだろう。だからこそ刃を研ぎ澄まし、どれだけの脅威が迫ろうと、切り伏せられる力を求めた。だからこそ、これ程の刃に届いたのだ。
「だから、味方をも斬り裂くと。身体を生かす為ならば、心は殺しても構わないと?」
「立花が死んでしまうぐらいならば……!」
斬鉄。羽々斬を叩き折った。太刀の刃もまた、折られている。無手。見据える。風鳴の。歌い、涙を零しながら折れた羽々斬を以て迫った。心を殺す。風鳴の刃は自身の心を殺し、響の心をも殺しかねないものだった。切れ味が過ぎる。
「たわけが!!」
「――!?」
気当て。シンフォギアの奏でる音が一瞬掻き消える。それ程の声量と気迫を以て風鳴のを迎え撃っていた。加速していたシンフォギアが急速に速度を落とす。歌の中断。気迫と衝撃だけで行わせていた。それでも降り抜かれる刃。触れるよりも早く石突を手刀で突き、零した刃を奪いとる。無刀取り。折れた羽々斬を突き付ける。
「お前は剣である前に、人なのだ。人である事からは変われないのだ。先ずはそれを認めろ」
「私は剣です。皆を守る為の剣であると、そう誓ったのです」
「だから、たわけだと言っている。剣が涙を流すか馬鹿者」
「……涙? え、なんで……」
「死者を貶され涙を零すのか。友の命が危ういと涙を零すのか。人では無い剣が、涙を流すのか」
剣を振るい、感情を振るっていた。剣を振るうのは人である。剣と思い定めるのはそれでも構わない。だが、本当に剣である事など、人にはできはしないのだ。胸の内にある思いを抑え込み、ただ守ろうとするから刃は揺れるのである。身体に心がついてきていないから、風鳴の剣は鈍と化していた。
「私は、皆を守る剣に能わないという事なのですか。私では守れないと」
「真面目な上に不器用が過ぎる。お前以外の誰が守ると言うのだ。あの子らは、君の後進では無いか」
「ならば、私はどうすれば」
「君の剣は守る為に有るのだろう? ならば、守れば良い。心も、身体もだ」
「私に……守れるでしょうか?」
「その為に鍛え上げてきた剣であろう。守れぬわけがあるまい」
静かに涙を零す風鳴の問いに、頷く。自分でも鈍っている事が解っていたからこそ、更に刃を研ぎ澄まそうとしていたのだろう。本当に真面目が過ぎる。奏が死して尚離れられない理由も容易に分かると言う物だ。
「あの子は泣いていたぞ。風鳴のに必要が無いと言われたと」
「私は、立花を死なせたくなかったのです。例え己が嫌われたとしても」
それでも、立花を守りたかったのですと風鳴のは続けた。
「ならば、胸の想いを吐き出せばいいのだよ。小細工を考えるから、ややこしくなる」
「……今更、許して貰えるでしょうか」
「立花響とは、君にとってはどういう人間だ?」
今更合わせる顔がありませんと呟く風鳴のに響にした問と同じ事を聞く。クリスにも似たような事を尋ねていた。
「誰よりも優しい人物です。戦う事など向いていないのにも拘らず、誰かの為にと手を伸ばす、誰よりも優しい人です」
「皆が皆、相手を優しい人だと言っていた。思っていた。それでなお拗れるのだ。良く話すと良い。お前たちは皆同じ思いを抱いている。だから、大丈夫だ」
答えなど改めて聞く必要も無かった。皆が皆、相手の事を思いやっている。守りたいと思っている。ならば、腹を割って話せばいいのだろう。響に戦わせたくないと言おうとも、あの子は戦うだろう。ならば、己が身に迫る危険を正しく理解させ、なお選ばせる。それが最も良い方法に思えた。響には奏の言葉がある。生きる事を諦めるな。その言葉がある限り、ギリギリのところで死から踏み止まるだろう。そう思っていた。
「もう一度、立花と話し合ってみようと思います」
「ああ、それが良い」
暫く考え込み、風鳴のはそう締めくくった。頷く。自分からは何の異論もない。後はなるようになるか。そんな事を思う。三人で話すと言うのならば、それ以上首を突っ込むのは野暮と言われるだけである。さてっと呟き、刀を抜いた。訓練場に突き立った刃は、まだまだ余っている。このすべてを壊しても良いと司令には言われている。良い機会だ。笑う。剣は折れようとも鍛え直せる。それを風鳴のに教えようと思う。
「あの、先生? 何故剣を……?」
「今夜は風鳴のを返さなくても良いと司令には言われているのでね。立派な
「え……?」
「心に引っかかっていたものもほどけたのだろう。存分にやり合おうか。なに、シンフォギアもある。一晩戦ったところで死にはしない。俺に遠慮はいらんぞ」
刃を低く構える。呆けたように風鳴が此方を見る。先程までの揺らぎが嘘のようである。鈍が漸く研ぎ澄まされた。武門として、その実力には素直に興味がある。何せあの風鳴弦十郎と同じ血筋である。あの時と同じで、血が滾っていた。笑みを浮かべる。風鳴のが引きつった笑いを浮かべた。人の顔を見てそんな表情を浮かべるとは、存外失礼な娘である。
「いや、流石に一晩は先生にも負担がかかるのでは……?」
「不眠不休で数日駆ける事もある。半日斬り合う程度、軽いものだ。さぁ、
「先生は怪我をしておられる筈です」
「その程度、些事にすぎん。それに言った筈だぞ。思うが儘に対峙してみたかったと」
「……まさか先生、怒っておられますか?」
「……先ずは一手参ろうか」
問いに答えず、踏み込んだ。刃、羽々斬がぶつかる。折れようと、代わりは何本もある。後進の為でもある。存分に楽しむ事にした。
半日後、足腰立たぬ程に可愛がられた風鳴翼は叔父に背負われて帰宅するのだった。剣とは、折れる事と見つけたり。そんな切実な呟きを聞いたと言う。
風鳴翼、武門と一夜(斬り合い)を過ごす
天羽々斬、
この世界の剣殺しは、異端技術と武門と腹筋の三種が存在します。