煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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11.武門の務め

「童子切であれば、斬れるだろうか?」

 

 夕刻。風鳴のとの立ち合いも随分と前に終わり、彼女らが語り合っている頃、司令と共に語り合っていた。酒を酌み交わし、言葉を交わす。珍しく差しで飲んでいる最中であった。

 童子切。それは目に見えぬものを斬る力。本来ある筈の無いものを斬り裂く事が出来る剣であった。司令の問いに瞑目する。童子切。その力を十全に発揮する為には、血液が必要だった。力には代償を伴う。斬るものに対して童子切の求める血を与える事で、初めて斬る事が可能となった。司令の問い。難しい問題である。響の中にある聖遺物の欠片。それによる浸食症状。その全てを斬り裂けるのかという事だった。童子切、手にする。心中で問いかける。明確な返事は無い。だが、足りぬと言われたのが解った。

 

「できない事はありません。ですが――」

「問題があるのか?」

「一言死んでくれと言われれば、死ぬ覚悟はできておりますよ」

 

 それでも無理やり切ろうと思えば斬れない事は無かった。だが、その代償は全ての血と言う事になる。斬った時点で死を迎える。そう言う事なのだろう。更には無理やり力を引き出した代償も与えると言う。言葉は無い。だが、沁み込むように理解させられていた。中世の聖遺物。不可思議な力を持っている。魔剣妖刀の類という事だった。

 

「――それはできるとは言わん。お前が響君の代わりに死ぬと言うのなら、状況が悪化するだけという事だ」

「解っておりますよ。最後の時が来るのなら、そう言う事もできると言っておきたかっただけです」

 

 呆れたように呟く司令に、冗談だと返す。言葉通り、最期の時があるのならばとる手段だった。自身は二課に所属している。その職責は戦いの中にあると言って良い。死ぬ気などは毛頭ないが、万が一と言う事が無いとは言いきれない。不覚を取り、致命傷を負う事だって十分に考えられた。そう言う時があるのならば、斬る。そんな事を伝えておきたかっただけだ。

 

「全くお前と言う男は。俺だけしか居ないから構わんが、間違ってもあの子らの前ではそう言う事は言うんじゃないぞ」

「心得ていますよ。風鳴司令であるからこそ、武門として本心を語れるのです。あの子らには、味方の為の死などまだ背負わせたくはありません」

「ならば良いのだが。漸く翼と事を構えてくれたと思ったら、死んでいた等となっては笑い話にもならん。生き急いでくれるなよ。まだまだ働いて貰わねばならんのだからな」

「解っていますよ。実家の方からも早いところつがいを決め、跡取りを作れと催促が来ます。死んでも良いが血を残せと煩いのです。そんな事情もありますし、早々死んではいられませんよ」

 

 司令の言葉に苦笑を浮かべる。以前の様に死にたがりと思われてはいない様だが、未だ死にかねないとは思われているようだ。武門である。死は古馴染みだった。死のうと思う事は無いが、厭う訳でも無い。本来自分は父と共に死ぬはずの人間だった。死に対しては、常人よりは幾らか考え方が違うのかもしれない。生きる事よりも、生かす事に比重を置いている自覚はある。

 

「まぁ、武門であるからな。直系ともなればそうだろう。さっさと嫁でも取ればどうだ?」

「……その言葉、司令にこそ必要だと思いますが。良い方の一人や二人居られないのですか?」

「今はいないな。お前の方こそどうなんだ?」

「三十路を越えれば本家が良い方を見繕うでしょう。それで充分ですよ。愛した人を娶るのではありません。娶った者を此方が愛するのです。武門はその方が良い」

 

 明確に好きな人物がいる訳では無いし、これから先作るつもりもない。そう司令に告げると、少し寂しげに笑った。武門の事情は防人だけあって理解して貰えている。この手の話題の機微は察してくれていた。

 

「ご母堂か。夫に殉じたと聞いた。確かに、死に近い武門はその方が良いのかもしれないな」

「愛がまた、人を殺す事もあります。深く愛し合ったが故に、母は死したのです。自分の中で整理はついておりますが、できる事ならそのような事はしたくないのですよ」

「お前が死ななければ良いだけだ」

「また、随分と難しい事を言われる」

「性分だ。無理無茶無謀は俺たちの専売だろう?」

「たしかに」

 

 二人して、酒を呷る。夕暮れ時。風だけが流れている。愛されてはいた。だが、自分は母と同じ道を辿るかもしれない事を強いる事が出来るのか。難しい問題だった。自分が愛される必要はない。子が愛されさえすればそれで良かった。それが解っていたから、自分は生きてこれたと言って良いだろう。残された想いはある。自分で抱いた思いもある。だが、どこか寂しかったと言う点も否定する事は出来ない。家族となる相手に同じ思いはさせたくは無い。武門である。死は馴染みの深いものだ。その様な事は無理に近いのだが、そんな無理を夢想せずにはいられない。笑う。存外に弱い。酒にあてられているのか。

 

「どうした、ユキ?」

「いえ。男ですからね。弱い姿は中々見せられない物だと思いましてね」

「先達は辛いな。お前が屹立していてくれているから、彼女らは弱さを見せる事が出来るのだろう」

「何れ寄りかかる事もあるかもしれません。ですが、それは今ではない。男の意地でもありますよ」

「お前は意地を張り通すだろうな。あの子らが例えどれだけ成長しようとも、弱さを見せる姿が想像できん。男だ。理由などそれで充分だろう」

「己を晒せない弱い男ですよ。不明を恥じいるばかりです」

「充分に強いさ。強すぎると言っても良い」

 

 胡瓜の味噌漬けを肴に、日本酒を呷った。自分の事ならば、例え死が相手でも何の問題も無かった。だが、自分以外のものとなると、どうしても同じと言う訳にはいかなかった。強き子を作るのもまた武門の務めである。せめて自分は生まれて来る子を愛すべきだろう。愛される事までは望むべきではない。両親の歩んだ道を見ると、どうしてもそんな事を思ってしまう。憧れであり、大切なものだった。同時に、物寂しくもある。

 

「酒が沁みますよ」

「本当にな。男同士で飲むのもまた、一興だ」

 

 一口呷る。強い酒では無い。だが、男同士で語っていた。それが、心地良かった。時の流れが酷く遅く感じた。未だF.I.S.の足取りは掴めぬままであり、事件は何の解決の兆しも見せてはいない。装者達の精神面にも気を配っていた。その上で、ノイズの出現にも対処している。休まる時が無かった。それが、嘘であったかのようにゆったりとした時間である。

 

「疲れているのか?」

「まさか。一息吐いただけですよ」

 

 首を振る。疲れを感じている訳ではなかった。ただ、少しばかり懐かしい事を思い出し、物思いに耽っていただけである。父と母は仲睦まじかった。殆どは伝聞でしか無いが、それでも、その事実が誇らしく感じる。

 

「男だ、ユキ」

 

 呟く。残された言葉があった。焼き付いた姿がある。そして駆け抜けた風を知っていた。自分も同じようになれるだろうか。それだけが、自身の中にある願いだった。笑う。考えても仕方が無い事だ。生き様は、生き切った時にだけ解るものだ。悩んだところで、意味など無い。生かす為に刃を研鑽してきていた。それを用いるだけなのだ。

 

「良きご尊父だったのだな。お前ほどの男の胸に、刻み付けたものを持っている」

「あの両親を持ったことは、俺の誇りですよ」

 

 父の言葉があり、母の生き方があった。僅かな寂しさもあったが、それが己を強くしてくれた。

 男の中の男と酒を酌み交わす。それでも生き続けた先にある、僅かな喜びだった。身に、心に染みる。それが、心地よい。外を見る。気付けば、夜の帳は降りていた。

 

「ふ、飲むか」

「ええ、どうぞ」

 

 司令の盃に手酌で注ぐ。次いで自身の物にも注いだ。飲み過ぎだろうか。一瞬そう思うも、偶には悪くないかと思い直した。肴に手を付け酒を呷る。それだけである。それだけであるが、悪くは無い時間だった。

 

 

 

 

 

 

 仮設支部、訓練所。童子切を手にしていた。他の太刀とは遥かに違うものを感じる。文字通り格が違う。手にした一振りの刀は、されど千の刃にも匹敵するように感じられた。唯一無二、無双の一振りだと言える。血を吸い、斬れぬものを斬る剣。それが童子切の真髄であった。刃が震える。今は何かを斬ろうとしているのでは無かった。ただ、童子切を感じているだけである。立花響の中にある聖遺物の欠片。それを斬る事が出来るのか。考え続けている。既に無数に広がっているものである。一つ二つならばいざ知らず、全身に癌のように広がった症状は、ただ斬り捨てるのとは違っていた。何よりも、心臓と一体化していると言う。欠片を斬り裂きながら、心臓には傷一つ付けない。神業とすら言える技量が必要とされるだろう。できる。斬るだけならば、寸分の狂いもなく斬れると童子切が示していた。自信など存在しない。斬れて当たり前だからだ。できて当然のことに、態々自信などがある訳がない。最大の問題は、しくじれば死ぬ。その条件の中で、それでも自分を信じられるのかという事だった。

 装者暴走の可能性が示されていた。童子切の使用許可。司令が既に取ってあるという事だった。潜水艦の仮本部では無く、リディアン音楽院に一番近い仮設支部の倉庫に現在童子切は保管されていた。手入れをしながら、具合を確かめる。太刀と一つになる。その感覚だけは、何度も試している事だ。童子切であろうと、その辺りの木の棒であろうと同じ事が出来る。戦いに身を置く武門には必要な事と言えた。

 

「こちらに居られましたか」

「おや、風鳴のか?」

「はい。一手御指南お願いしたいと思いまして」

 

 童子切を手にしていた時、風鳴のから声をかけられた。僅かに気配を感じる。童子切を手にしている。今は血を吸わせていないが、別の気配を少しだけ感じ取れていた。天羽奏。恐らくは、翼の傍に居るという事なのだろう。

 

「良いだろう」

 

 頷き、刃を下に向ける。下段と言う程の構えではない。童子切を手に、ただ風鳴のを見据える。手にした剣。風鳴のは上段に構えた。剣気が広がる。

 

「く……!?」

 

 ただ受け止めていた。風鳴のの表情が幾らか辛そうに歪む。全身から汗が噴き出す。膠着。やがて、間合いの内側で一歩二歩と動いた。三歩。その途中で力尽きたのか、その場で膝を突いた。呼吸が荒く乱れている。童子切に乗せていた意志を下ろす。

 

「内側で三歩。未だに目標には及ばず……か」

 

 風鳴のが荒くなった呼吸を整えながら零した。童子切の剣気。それを受けて尚、以前よりも歩を進めた。一晩の斬り合い。手折れようが、倒れようが蹴り飛ばし斬り合い続けた。女子には厳しすぎる責めではあったが、シンフォギアを纏った装者であり防人である。手加減の必要など無かった。羽々斬を用いた戦いである為、思わぬ技を繰り出す事もあったが、紙一重の所で全て手折っていた。一種の特訓。それの成果が出たという事だった。

 

「童子切なのだがな」

「……はっ!?」

 

 思わず零した呟きに、風鳴のは疲れも吹き飛んだのか飛び起き直ぐ傍らまで迫る。存外元気では無いかと思い、では次回はもう少し強く剣気を纏わせてみようかと思いつつ、見た事が無いような輝きを放つ瞳に、押される。

 

「これが、童子切安綱」

「天下五剣だな」

「はい! 童子切安綱。天下五剣の一振り。様々な鬼を斬ったと言う伝承から、かの剣豪将軍も用いたと言われる大業物。これが、歴史にすら名を刻んだ太刀……」

 

 触れても構いませんかと恐る恐る尋ねて来る風鳴のに、構わんよと渡す。一瞬大げさなと思ったが、初見では自分も触れて良いものかは判断がつかなかった。今でこそ普通の太刀と同じように使うが、風鳴のの反応こそが正しいのだと思う。慣れとは怖いものだ。

 

「……はぁ」

 

 太刀の魅力に取り付かれたかのような艶のある溜息を零す。気持ちは解らないでも無いが、女子として、そして歌女として、この反応は良いのだろうかと思わないでもない。すぐ傍で、恋する乙女のように太刀を見る少女の姿に、先日とは違う心配が浮かぶ。行き遅れなければ良いな。そんな失礼極まりない事を考えていた。それだけ、武門の自分から見ても奇妙な光景だったと言える。

 

「手入れを行ってみるか?」

「良いのですか!?」

 

 試しに聞いてみると、予想以上の反応に押される。まぁ、構わんよと促す。場所を変えるか。

 

 ――

 

「何事ですか?」

『ノイズの反応が出現。場所は、リディアン音楽院近郊』

 

 そんな事を考えた時、通信機が鳴った。司令の鋭い声が届く。幸い、自分たちはリディアンの近くにいる。童子切、風鳴の手から受け取る。装者暴走の可能性。そんな言葉で隠されてはいるが、要するに響を戦わせない為に下された許可であった。今回童子切を携えるのは戦う為ではない。万が一の為だ。目に見えぬものを斬る。その真価が試される。

 

「先生も共に居ます。急行します」

『頼んだぞ。付近にはクリス君もいる様だ。つまり、響君がいる可能性も高い。身体の説明は終わっているが、それでも戦いかねん』

「了解しました。童子切。既に準備もできております」

 

 短く通信を終える。風鳴の自動二輪。直ぐにも用意された。乗って下さい。促され摑まる。後で手入れをさせてくださいね。小声で言われた。そこまで童子切を弄りたいのかと疑問が浮かぶが、話している時間もあまりなかった。摑まる。

 

「きゃ……」

「防人」

「……さぁ、行きましょうか」

 

 以前にも似たようなやり取りがあったのを思い出す。短く声を出すと、それだけで声に鋭さが戻った。不意に女を出すのはやめて置け。そんな小言を零しつつ、風に身を任せる。司令からの情報が耳を通り過ぎる。ノイズが一定範囲に現れながら移動している。つまり、呼び出されていると言う事だった。司令の言葉から、頭の中で移動範囲を思い浮かべる。随分と近くに来ていた。路地。狭いそれが目に入る。風鳴に自動二輪を止めさせた。降りる。

 

「長距離ならば兎も角、立体を想定した短距離ならば足の方が速い」

「解りました。私はノイズを殲滅しつつ、雪音との合流を目指します」

 

 短く告げ、分かれる。自動二輪や車は速い。だが、道がなければ移動が出来なかった。その為、場所によっては最短距離を移動する事が出来ない。大きく回らねばならない事もある。狭い路地に、点在する集合住宅や高層建築物。縦の経路が存在していた。壁を蹴る。足に衝撃、反発。壁から壁へと蹴り続け反発、加速していく。瞬間的な速度ならば、シンフォギアにすら負けない自信はある。その跳躍を繰り返し、縦横無尽に裏路地を機動で抜ける。

 

『久々に見た。立体機動。本職の緒川さんには負けるけど、かなりのもんだ。武門って言うのはどうなっているのか』

 

 藤尭の声が通信機から零れる。そのうち教えようかと告げると、ユキや緒川さんと一緒にしないで欲しいと苦笑いが届く。本人は無理だと言うが、藤尭ならば鍛錬を積めばできそうな気はする。頭脳派なんだよと軽口が届いた。

 

『この反応はガングニールだと!?』

 

 通信機から司令の声が届いた。ぞわりと背中に悪感が走る。童子切。左の掌を僅かに斬らせた。血を吸わせる。

 

『クリスちゃんは、皆の避難をお願い!!』

『だけど、お前……。そんな身体で戦わせる訳には!』

『今の私じゃ、皆を守り切れない。だから、私の代わりに皆を守って』

『クソッ! 直ぐ戻って来る。絶対まともに戦うんじゃねーぞ。あたしの知らない場所で怪我したらただじゃ置かねーからな!!』

『大丈夫。このぐらい、へいき、へっちゃらだよ。だから、早く戻って来てね』

 

 イチイバルによるノイズへの攻撃。通信内容からして、民間人を庇っているのだろう。加速。童子切の力を起動させる事により、視界が広がる。不意に、何かが届いた。赤髪。天羽奏。こちらを呼ぶように手を振り、大声を出すようなしぐさをしている。考えず飛ぶ。反発、加速。童子切によって研ぎ澄まされた感覚を頼りに、揺れる視界のまま、飛び続ける。

 

『守るんだ。私は。皆が死ななくて良いように、絶対に守るんだ』

 ――

『調ちゃん、切歌ちゃん!?』

 

 奏が道を示す。声は聞こえない。だが、こっちだ。そんな言葉が聞こえてくる様である。加速。見えて来る。視線の先。響が胸を押さえ蹲っている。熱が吹き荒れる。まだいくらか距離があるにも関わらず、異常を感じた。

 

「リンカーの連続投与? でも、そんな事をしたらギアからのバックファイアが……」

「ふざけんな!なんであたしたちがあんたなんかを助ける為にそんな事を!」

「やるデスよ。あなた達はやらざる得ない。解ってるんですよ。あなた達が僕をお仲間だと思って救出に来るなどあり得ない事は! 僕を助けなければならない事が出来た。差し詰めあのおばはんが倒れたとかそんな感じでしょうよ?」

 

 声が届く。三人の装者。響とF.I.S.の二人。そして、その二人に守られるようにウェル博士が何かを叫んでいる。視線が歪む。強烈な圧力、全身に掛かっていた。着地。

 

「やろう切ちゃん。私たちのやるべき事は、ドクターをマムの下に連れていくこと。それが、マリアの為なんだ」

「絶唱、ですか? ……こうなったら、死なばもろともデス! 調、一緒なら怖くないデス」

「さぁ、女神ザババの絶唱二段構え。今この場において出せる、最強の布陣。できると言うのなら、止めて見せるデスよ英雄よ!?」

『Gatrandis babel ziggurat edenal――』

 

 衝撃、反発。そして跳躍。地が陥没。その勢いを殺さずに飛んでいた。二人の装者の声が遠く聞こえた。風。ただそれを感じる。音が追い駆けて来る。構わずに突っ込んだ。

 

「さあ! さあ! さあ! あべしッ!!」

 

 拳を全力で叩き込んでいた。沸騰していた熱が一気に覚める。右手にしていた童子切を接触直前に持ち替え、右手で顔に撃ち込んだ。博士のメガネが衝撃で吹き飛ぶ。全力で拳を叩き込んでいた。錐もみ回転を起こし、吹き飛んでいく。

 

「おごごごご……、鼻がぁぁぁ……鼻がぁぁぁ……」

「ドクター!?」

 

 F.I.S.の二人の装者が予想していなかった乱入に振り返る。その一瞬の隙を突き、童子切に血を吸わせる。多くは必要なかった。左腕を少しだけ斬り、血を吸わせる。失血。だが、暴走の時に比べれば遥かにましだった。

 

「……ユキさん!?」

「話はあとだ」

 

 殴り飛ばした博士を意識から排除する。今はあれを相手にする状況では無かった。F.I.S.の装者二人による絶唱。強襲した時に、既に耳に届いていた。切歌と調と呼ばれる二人の装者から、凄まじい力が感じ取れた。

 

「私のシュルシャガナと」

「あたしのイガリマ」

『二人の絶唱ならば!!』

 

 場に力が充満していた。絶唱。装者における必殺であり、諸刃の一撃を放つ心算である。刃を回した。

 

「く……!? こうなったらS2CAで! Gatrandis babel ziggurat edenal――」

 

 響も迎え撃つ様に絶唱を唱える。S2CA。響たちが組み上げて来た連携技。他者と手を繋ぐ絶唱特性を利用し、威力を増幅発射させる連携だった。その力はただの絶唱を飛躍的に増幅させるが、代償としてその反動が全て響に向かうと言う物がある。浸食症状。それがかなり進んでいる響に、そんな大技を使わせる訳にはいかなかった。

 

「使えば死ぬと解っている物を、使わせるものか!」

「……え? な、なにが……」

「っ!?」

 

 絶唱による出力の高まり。それが起こりうる前に、響の歌を斬り裂いていた。血刃。童子切の刃が赤く輝く。叫んだ言葉に、相手の二人が驚きで息を呑む。司令には何があっても響を戦わせるなと言われている。自分自身の意志でも、戦わせる訳にはいかなかった。絶唱が中断され、何が起こっているか解らず驚く響を無視し、反転。

 二人の装者。既に限界近くまで出力が高まりかけている。だが、まだ間に合う。血を吸わせた。見据える。踏み込み。反転の圧力を使い一気に飛んだ。

 

「それでも、此処で!!」

「必ず倒すんデス!!」

 

 叫び声。絶唱が放たれる。直前。二つを叩っ斬っていた。最大まで高められた出力。大きくなり、斬ってくれと言わんばかりだったそれに向け、全力で斬り裂いていた。童子切は目に見えぬものを斬る。高められたシンフォギアの力もまた、斬れる対象だった。技として放たれたものを斬るのは多くの血を要する。だが、まだ形として形成されていない力だった。それであれば、多くの血を必要としない。童子切がそう教えてくれていた。

 

「君は、あの子達の代わりに死ぬ気だったのか。相手を助けて、自分の命を捨てる気だったのか?」

「……」

 

 響に短く問う。返答は無い。死ぬ気などは無かっただろう。だが、死期を早める覚悟ぐらいはあっただろう。響の容態が深刻な事は知っていた。強く言ってしまうのは仕方が無い。

 

「どうしてこうも、馬鹿者が多いのか」

「……え? ユキさんっ!?」

 

 響を抱き寄せ、抱き上げる。当たり前だが驚きの声が上がる。無視した。装者達は、無理をしようとする者が多すぎる。ぼやきたくもなる。響に持てと童子切を渡す。絶唱を強制解除された驚きから、相手の二人が立ち直る前に、跳躍。反発を用い一気に加速した。距離を離す。 

 

「ええ!?」

「響、シンフォギアを解除しろ」

「で、でも」

「本気で怒るぞ」

 

 声を落とし言うと、響は指示に従いただ俯いた。腕の中、少女を一人抱え飛ぶ。震えていた。

 

『立花響を確保。ウェル博士に遭遇するも接触を放棄しました』

『良くやってくれた。そのまますぐに離脱してくれ!』

 

 着地。相手の二人が追って来ていないことを確認すると、速度を下ろした。やがて止まる。こちらを見詰めている目と視線が交わる。

 

「ユキさん、どうして?」

「先達として、後進を死なせるわけにはいかない。どうしても死にたいのなら、俺が死んだ後にしてくれ。そうであれば、邪魔はしない」

 

 響の問いに思わず辛辣になってしまうのは仕方が無いだろう。自ら死のうとして居た者を此方側に引き戻したと思ったら、何故止めたと問われたのだ。度し難い。死に向かい進みかける者を、見送れとでも言うのか。そんな事を考えてもいないだろうが、この子の言う事はそう言う事だった。

 

「……ユキさん」

「助けない方が良かったのか?」

「……ごめんなさい」

 

 今にも泣きそうになりながら響は頭を下げた。溜飲が一気に下がる。

 

「いやいい。すまんな、きつく言ってしまった」

 

 上げられる事の無い頭に片手を置く。二度触れた。怒っては無いと伝える。

 渡していた童子切を受け取る。奏の姿が浮かび上がる。良かった。そう言わんばかりの笑みを浮かべていた。助かった。ほんの少しだけ笑みを浮かべる事で答えた。

 

「でも、どうして私の所まで」

「ああ、古馴染みが教えてくれたんだよ」

 

 響の問いにそう答えた。事実である。だが、童子切を扱えない彼女には、奏の姿を見る事は出来ないのだろう。それ以上の説明は止める。未だ戦闘は継続中である。自分たちはそのまま後退の命令が下ったが、戦い自体はまだ続いている。

 

「また、新しい怪我しています」

「仕方あるまいよ。童子切を使うには、血を吸わせる必要がある」

 

 左手を取った響が悲しげに呟く。生傷が絶えないのは事実だった。問題ないと言っても納得はしないだろう。

 

「また私の所為で……」

「なら、治療をして貰おうか。今回のは浅いからな」

「え……? はい!」

 

 だから、応急処置を頼む事にした。とは言え、先ずは二課に合流しなければならない。響の手を取る。放って置いたら、また戦いかねないからだ。行くか。そう言うと、少し恥ずかしそうに頷いた。通信機から戦いの状況が流れて来る。直ぐに終わりそうな様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウェル博士、眼鏡を割られる(二回目)
切調、響が命がけで救おうとした事を知る
響、戦闘限界時間が延びる
武門、実家からさっさと嫁取れと言われる。

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