煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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13.友愛の神獣鏡

「なぁ、あんたは何で戦っているんだ?」

「行き成りどうした。藪から棒に」

 

 対面に座っているクリスが聞いて来た。茶を出し、向かい合うように座る。夜中、何時ものように突然現れた白猫は、何の脈絡もなく聞いてきていた。

 

「気になったんだよ」

「いくつか理由はあるな。一つは父に生かされた。自分も誰かを生かす事が出来るようになりたかった。だから戦っている」

「他にもあるのか?」

「まぁ、大した理由では無いがね」

 

 目を閉じ思い出す。煤が舞っていた。それを吹き飛ばした風。父の背中。そんな物が思い浮かべた。憧れ。強く印象付けられたそれが大きな理由の一つであった。この子が揺れ動いていた時に一度語っていた。今回も揺れているように思える。だから、弄言は無く本心を語る。

 

「剣の技を磨いてきた。武門だからな。それを使う場が欲しかったと言うのもある」

「まぁ、確かにあんたの剣技はすげーよ」

「父はその上を行っていたぞ」

「マジかよ。あんたおっさんともまともにやり合ってたんだろ? 武門こえーよ。ちょっと意味わかんないんだが」

 

 装者の訓練用のシミュレーターを思い出したのか、クリスは遠い目をしている。そんなに強いのなら、あんたのパパにも一度会ってみたかったなと零す。怖いもの見たさと言う訳だ。猛獣扱いに苦笑が零れる。

 

「戦える力があるのならば、活かすのが人の道だと思ったから。子供でありながら、ノイズと戦う者達が居るから。近しいものが少しでも守れるなら。最近で言えば、ウェル博士のような人間を野放しにしておくわけにはいかないから。単純にあの思想が気に入らんから等、まぁ、挙げればきりがないな」

「立派な理由から、個人的なものまでなんでもござれだな。気に入らないから阻むって言うのがまた意外だけどよ」

「そんな物だろう。戦う理由など、大したものでは無いよ。考えれば後から幾らでも付いて来る。その時の自分が何をしたいのかと言う意思に従っている。それを言葉で表す。理由と言うのはその程度の物で良いのではないかな。考えすぎても碌な事は無いぞ」

 

 良いのかよそれでと半眼で見るクリスに、その程度で良いのだと笑う。戦う理由。そんな事を聞いて来たのは、おそらくソロモンの杖が使われたからだろう。杖が使われれば人が死ぬ。それは、幾ら装者がいようとも防ぐことはできない現実だった。目の前で助けられなかった人たちがいたのかもしれない。ただ煤を纏い感傷的になったのかもしれない。細かな事を聞くつもりは無いが、クリスが聞きたいという事については全て答える心算だった。

 

「別に、考えすぎちゃいねーよ」

「ならば良いのだがな。また泣きそうになられては敵わんよ」

「泣いてねーよ!」

「ならば良いのだが。君に泣かれると流石に困るからな」

 

 言い合っているうちに傍らまで来て、むきになって怒る白猫をあしらう。考えすぎるきらいがある。響の親友である小日向が攫われたのも自分の責任と感じているのだろう。目の前で取り逃してしまった俺の事など思いもよらず、自分を責めて辛く感じているのが解った。風鳴のと言い、この子と言い、不器用が過ぎる。額を指で小突く。

 

「……何すんだよ!」

「考えすぎるなと言っている。辛い時は言え、力になる」

「……ふん」

 

 額を抑えこちらを睨む白猫にそれだけ伝えていた。赤くなりそっぽを向く。その仕草だけは、何時もの雪音クリスだった。

 

「……泊って行く気か?」

「そのつもり」

 

 話は終わったのでそろそろ帰るのかと思ったが動く気配は無い。聞くと、半ば予想通りの反応が返って来る。それで良いのか女子高生と思いつつ、寝る場所の用意をする。訪ねて来るなり、風呂は入ってきたと聞いていた。予想だけはしていた。困った子だと苦笑する。確かに好きな時に帰って来ると良いと言ったが、ここ最近は随分と頻繁な気がした。ソロモンの杖。それがこの子に圧し掛かってきているのは、大して考えずともわかる。その程度の付き合いではあった。やはり杖は取り返さなければいけない。目の前にいる少女の為にも思い定める。クリスは、自分にとっては年の離れた妹の様なものだった。苦しんでいるのならば、何とかしてやりたいと思うのは当然である。寝具の準備が終わる。一声かけた

 

「あんたの傍はやっぱり安心できるよ」

「また、殊勝な事を。どうした今日は」

「別に、なんでもねーよ」

 

 用意をしているうちに着替えたのだろう。自前の寝具用の白い浴衣を着て、小さく笑った。以前言われたことを思い出す。意地っ張りにしては、随分と殊勝な言葉だった。夜も更けている。そろそろ寝るかと寝室へ向かう。去り際。

 

「何時もありがと……。出会ったのがあんたで良かった」

 

 そんな言葉を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 左手に童子切。右手に太刀を構えていた。二刀。切っ先を地に向け、呼吸を落ち着ける。

 前を見据えていた。童子切。目に見えない物を斬る力。無い物を斬る事が出来る刀であった。その力を用いるには血を吸わせる必要がある。今は血を吸わせてはいない。その力は本領と比べれば微々たるものである。その力を感じていた。同時に、右手の太刀に意思を集中させる。童子切と同じ意志。それを右手に宿す。剣気。高める気が無くても否が応にでも高まっていく。抑えた。剣気が欲しいのではない。童子切で使う意志が欲しいのだ。

 

「やはり、難しいな。まるで掴めん」

「それはそうですよ。方向性は違うと言っても異端技術なのですよ」

「剣で出来るのだ。技で出来ぬ訳はあるまい」

「剣技。そう言いますからね。とは言え流石に剣にできる事が人にできない訳が無いと言うのは、意見の飛躍では?」

「異端技術とは言え、人が作ったものだ。ならば、人に習得出来ぬ訳はあるまい」

 

 天井から声が聞こえた。緒川慎次。風鳴に仕える忍びの末裔であった。同期。昔は良く鍛錬を行った物である。

 先ずは起動していない状態を模倣しようと思ったのだが、それすらも上手くいかなかった。剣に意思を纏わせる。気を纏わせる。その二つとはどうにも要領が違う様であった。元々公算があった訳では無い。頭打ちか。直ぐにそんな事を思う。

 

「響さんたちは、今頃司令と特訓している頃でしょうね」

「ああ、小日向がF.I.S.に拘束されている。その救出の為にも調整しているのだろう」

「良かったのですか? あなたも彼女らの事は気にしている筈でしょうに?」

 

 響や風鳴の、そしてクリスは司令と特訓と称して鍛えに出ていた。自分はそれには参加せず、ただ仮支部の訓練所の一角を借り、剣を振るっていた。一緒に加わらなくても良かったのかと問われる。確かに気にはなる。

 

「俺が参加して訓練になるのか?」

「ああ……。武門の訓練。翼さんでも耐えられるか解りませんね」

「走り切り合うだけだがな。反対にこちらが合わせる場合も、それはそれで困る」

「常時倒立で移動とかどうですか?」

 

 緒川の案を却下する。できない事は無いが、ただ効率が悪いだけの結果に終わりそうだからだ。だからと言って、自分を基準にしたら後衛のクリス辺りは付いていけないのでは無いだろうか。普段から走り込みなどはそこまでしていないだろう。

 

「一朝一夕で出来る事でも無いか」

「そうですね。ユキならばやり兼ねませんが、それでも思いついて即日と言うのは流石に虫が良すぎますよ」

「思い詰めても仕方が無いな。技と言うのは、練りに練り、突如思い浮かぶこともある」

「武門が言うと重みが違いますね。それでは、久方振りに一手やりますか?」

 

 緒川の言葉に頷く。忍びとの鍛錬。少しばかり普段とは違う刺激が入るものだった。童子切。鞘に納め太刀を手にする。右手。ゆらりと構えた。緒川。動きが加速する。前後左右天井と縦横無尽に動き始める。16人。やがて残像を残しながら緒川がそれだけの数に増える。両手。訓練用の銃を持っている。着色弾。当たったとしてもそれなりに痛いだけであるが、如何せん遠慮なく放って来る。それが訓練になるのだが。久方振りに見たそれは、随分と数が増えている。ぐるりと太刀を回す。来い。合図であった。

 

『行きますよ』

 

 16人の緒川が言葉を発する。瞬間、四方八方から銃弾が放たれる。斬撃。その全てを剣気の中に入れ、叩き落していく。凄まじい数の射撃。壁で阻み削ぎ落とす。緒川。前後左右、いたる所から打ち続ける。ただ打ち落とすだけではこの鍛錬はあっさりと終わってしまう。射撃の中には影縫いも混ざっている。影を縫われてしまえば動けなくなるため滅多打ちにされるのは火を見るよりも明らかだった。笑う。全て斬り裂いていた。

 

「あなたを驚かせられる程度には腕を上げたつもりだったのですが」

「充分に驚いてはいるさ。同じく俺も腕を上げただけにすぎんよ。流石に16人とは思わなかった。随分と腕が上がっている」

「あの状況で人数を数えられるあなたには負けますよ」

 

 懐かしい鍛錬であった。ただの分身では無い。全てが実体を持っているかのような分身である。単純な話16人分の動きをしたという事になる。実際にそう言う事では無いのだろうが、忍術と言うのは奥が深い。まるで理屈が解らないからだ。以前似たような事を言うと、あなたの剣術も似たようなものですよと苦笑されたのを思い出す。隣の芝は青いという事である。

 

「彼女等も頑張っている。鍛錬でも無様な事は出来んよ」

「では、久々にいろいろ試してみましょうか。連携なども含めてね」

「武刃縫いか。そのうち風鳴のにでも披露しようか」

「司令には通用しませんでしたが、翼さんには通用するはずですからね」

「先達の技量を知ってもらうにも良い訓練になるか」

 

 跳躍と反発を繰り返し、地上に降りずに斬り合う訓練。放たれる銃弾を近距離で弾き飛ばす訓練。手裏剣を遠当てで射貫き続ける訓練など、以前は良く行っていた訓練を一通りこなす。連携技を風鳴のに披露してみようかと思い当たる。少しばかり趣の違う技もまた、良い刺激になるだろう。そんな事を先達二人で考えていた。

 

「何か凄まじい寒気がしたのだが」

 

 訓練中、響がそんな風鳴のの呟きを聞いたと後に聞いた。第六感は順調に育っているようだ。

 

 

 

 

 

 

「ノイズの反応を検知。米軍の哨戒艦隊より、援軍の要請」

「ノイズ。つまりF.I.S.と言う事か。この海域から近い。急行するぞ」

 

 通信士の友里がノイズの反応を検知すると同時に、米軍からの援護要請が届いた。潜水艦にある二課仮設本部。その中でけたたましいやり取りが交わされる。米軍艦隊へのノイズ襲撃。その要請は即座に二課は動いていた。

 

「応援の準備に当たります。行けるな、雪音」

「誰に言ってんだよ。何時でも行ける」

 

 装者の二人が迫る戦いに意識を向ける。

 

「私も出られます」

「バカ。何言ってんだよ! 死ぬ気なのかよ。お前は留守番をしてなきゃいけねーだろ。誰があの子を迎えるんだ。お前は、お前まで居なくなったらいけねーんだよ」

「でも……」

「良いから任せとけよ。あたし達で何とかするから」

 

 自分も出られると意志を示す響に、クリスは剣幕を強める。響の体は聖遺物の浸食によって侵されている。戦う為にギアを用いればその深度は進んでしまい、命に関わる程の問題であった。雪音クリスにとって、立花響は大切な友達である。何も信じられなかった自分に手を差し伸べてくれた存在だった。何よりも無くしたくない人の一人だと言えた。その思いが通じたのか、響は戦う意思を納める。

 

「此処に居ろよ。此処がお前の居場所なんだから、な」

「クリスちゃん……」

「頼んだからな」

 

 そのままクリスは響の肩を両手で軽く叩き、頼むように呟く。そして、先に準備に向かった翼を追い扉に向かう。

 

「響、言い返してやれ」

 

 クリスと響のやり取りを目を閉じ聞いていたユキは、一言呟く。右手には太刀。左手には小手。戦う為の準備だけは完了している。目を閉じ、心を落ち着けたままの呟き。指令室に響いていた。

 

「此処はクリスちゃんの居場所でもあるんだよ! クリスちゃんが、帰って来るべき場所でもあるんだよ!」

「……ッ」

 

 一度クリスの背が震える。解ってるよ。そう答える時間も惜しいのか、立ち止まった足を再び動かす。扉の閉まる音だけが広がる。

 

「クリスちゃん。思い詰めてました。きっと、私なんかじゃ思いもよらないくらい」

「だろうな。米軍艦隊。戦う為の軍人とは言え、一方的な戦いになる。考えただけでも辛いのだろう」

「クリスちゃん……」

 

 響の言葉にユキはただ頷く。ユキとて人間である。海上での戦いでは行える事に限界がある。その上大量のノイズの出現である。水中で狙い撃ちにされればひとたまりも無いだろう。状況が動くまでは待機の命令が下るのも当然だと言えた。ユキは必要がなければ自分からはあまり話しかけない質である。心配そうな響の言葉に一度目を開くも、再び瞑目し、壁に背を預ける。できる事が無い。それで揺れる心を静めていた。反応に近付く。やがて、艦が揺れた。装者が乗り込んだ格納弾が放たれる。想定の出現地点。F.I.S.のイガリマの反応が出ていた。装者接敵します。藤尭の言葉だけが指令室に木霊する。

 

『くぅ……調! あたしたちの邪魔をするなデス!』

『早いが、遅いぞ!』

 

 風鳴のがイガリマの装者である暁切歌に襲い掛かった。大鎌での一撃を往なし、刃を突き付け動きを封殺する。切歌の動きが悪い訳では無い。むしろ良いとすら言える。それでも届かないのは、風鳴翼の剣の冴えがそれ以上であったからだ。翼は武門と刃を競っていた。その成果が出ていた。

 

『おい、ウェルの奴は一緒じゃないのか。ソロモンの杖を悪用するあの男は、何処に居やがる』

『あう……』

『答えろ。あの男は何処にいるんだ』

 

 クリスはその場にいたもう一人の装者、月読調を拘束し問い詰める。

 調はF.I.S.の方針を無視し米軍の援護に回った為、救援を装った切歌により連れ戻す為にギアの適合係数を抑制する薬物、アンチリンカーを打たれていた。月読調は生身では一般人と変わらない。武門や忍者とは違い、シンフォギアを纏った装者にとっては拘束するのに大した手間はかからなかった。羽交い絞めをしながら問い詰めるクリスに苦し気な吐息を零す。

 

『僕ならばここに居ますよ』

『……ッ! 上か!?』

 

 戦場に嘲るような声が響き渡る。装者達が舞い降りた戦艦のはるか上空。F.I.S.の所有する大型輸送機が姿を現していた。扉が開き、ウェルが挑発するかのように姿を現す。戦場。英雄を名乗る男の声が木霊する。

 

『どうやら、形勢が大きく傾いてしまったようですね。ならば、それは修正しなければならない。できるだけ劇的に。できるだけ、ロマンティックに!!』

 

 ウェル博士の笑い声。宣言と共に響き渡った。輸送機から、紫の輝きが舞い降りる。全員がその輝きに目を奪われていた。

 

「まさか、あれは……」

「嘘、だろ……?」

 

 それはシンフォギアの放つ輝き。二課の者達が見慣れた輝きであり、決してある筈の無い輝きであった。二人の装者の呆然とした声。通信機から、指令室に居る人間へと届く。拡大される映像。殆どの人間が息を呑んだ。

 

「未、来……?」

 

 掠れた声。立花響の口から零れ落ちる。小日向未来。立花響の親友が、全身にギアを纏い戦艦の上へと舞い降りて来ていた。響は元より、クリスや翼とも未来は親交がある。彼女は戦える人間では無い事を知っていた。ましてや、シンフォギアの適合などできない筈の人間だった。それが今、ギアを纏って戦場に現れていた。全員の驚きは仕方が無いものである。

 

「司令、童子切の許可は?」

「まだだ」

 

 眉一つ動かさない者と、驚きを現しつつも冷静に対処するもの。二人の人間の声が指令室内に響く。ユキが童子切の使用について尋ねていた。まだ許可は下りていない。遠征先での使用には、また別の許可が必要だった。思うに任せない状況ではあるが、ユキは事実にただ頷く。すぐ傍には感情を乱しに乱している後進がいる。先達であるユキは揺らぐ姿など見せる訳にはいかなかった。

 

『行方不明となっていた小日向未来の無事を確認。ですが、あれは……』

『無事だと……? あの姿を見て、無事だと言うのか? 戦う事なんて出来そうになかったあの子が、あんな姿にされているのを見ながら、無事だと言うのか!?』

『私とて本心から言っている訳では無い!』

『解ってるよ! 解ってるけどよ……。だったらあたしはあいつにどんな顔をしたら良いんだよ。なんて言えば良いんだよ。あの子はあいつの親友なんだぞ!』

 

 戦場でその姿を間近に見た二人の装者は感情を荒げさせる。友達だった。翼からすれば響と共に学生らしい生活を教えてくれた人であり、クリスからすれば先の事件でボロボロになった時助けてくれた人である。二人とも響の親友と、浅くは無い接点を持っていた。その為、その衝撃も仕方が無いと言えた。

 

「ユキさん……」

 

 響きがユキの袖を握る。ユキはただ映し出されている映像を見詰めている。瞳。感情の揺れは見れない。

 

『何処かの間抜けが見捨てた女の子がいました。伸ばした手を掴んでもらえなかった可哀そうな女の子ですよ。その子にはどうしても叶えたい願いがあった。友達がこれ以上戦わなくても良い世界を作りたい。そんな尊い想い。叶えるための手助けを少しだけ行いました。神獣鏡のシンフォギアに適合させてあげる事でね! そして、その為に力を貸してくれる事になったのですよ!』

 

 ウェル博士は、戦場に立つ装者達に聞こえるように音声を拡散させる。挑発。目に見えるほど露骨なそれを以て、言葉の刃を解き放つ。小日向未来の守りたいもの。彼女を知るものからすれば、それは考えるまでも無く思い当たる。立花響。その身を聖遺物に侵された少女だった。響が戦わなくて良い世界を作る為。そんな言葉に動かされてしまったという事だった。誰よりも親友思いである小日向未来の気持ち。少女の純粋な願いを、博士によっていびつな形で利用されてしまっていた。愛。小日向未来の持つソレを、尋常ではない使われ方をしていた。

 

「間抜けか。確かにそうだ」

「違います! ユキさんは」

「大丈夫だ。折れはせぬよ。ただ、不甲斐無い己を戒めるだけだ」

 

 違うと否定する響の言葉を、ユキは遮る。対峙した時に確保する事が出来れば小日向未来が装者となる事は無かった。それだけは、揺るがせない事実であった。庇おうとする響に問題ないとユキは伝える。戦場である。どれだけ非道な行いをされようと、ユキが揺らぐ事は無い。だが、何も感じない訳でも無い。ただ、蓄積されるだけである。思いは積み重なる。ただ、現実だけを見据えていた。

 

『その子の手さえ取れていれば、あなた方と相対する事は無かったはずですよ』

『ふざけんな! お前たちが行った事を誰かの所為にしてるんじゃねーよ!』

 

 あなた達がしっかりしていれば防げた問題ですよと嗤う博士にクリスは激昂する。未来を連れ去りそそのかし、無理矢理装者へと変貌させた。彼女等からすればそうでしかないし、実際にその通りである。その怒りも仕方が無いだろう。だからこそ、博士は煽る様に笑う。言い返すクリスは元より、翼や響、通信士である藤尭や友里すら怒りに拳を握る。

 

『女の子に言い返させて、自分は引きこもっている。あの男は出てこないのですか?』

『貴様の相手程度、私達だけで充分と言う事だ』

『成程。いや、凄いですねぇ。女の子を命がけで戦わせておいて、自分は引きこもっている。随分いい身分ではありませんか』

『てめえにだけは言われたくねーよ。何時も何時も後ろで見ているだけじゃねーか!』

『僕は良いのですよ。裏方担当ですからね』

 

 出てこい。そんな思惑が透けて見えるほどの挑発。翼とクリスは怒りのままに言い返す。何時も守ってくれていた先達を馬鹿にされ、二人の言葉には力が籠る。よりにもよって、博士に此処まで馬鹿にされていた。挑発と分かっていて尚、許す事は出来そうにない。

 

「出て行ったらだめですよ」

「解っている。つまらない挑発だよ。――さて、どうしてやろうか」

 

 小さく笑うユキの手を響が取る。出て行きかねないと思い、繋ぎとめる気であった。その筈なのだが、平然としている。それが、少しだけ不思議であった。

 

『うあああああああああ!!』

 

 小日向未来が咆哮を上げる。神獣鏡のシンフォギアがその力を稼働させ始める。浮き上がり、艦体を滑るように走り始めた。

 

『なんであの子があんなのを纏ってるんだよ』

『あの装者は、リンカーによって無理やり仕立てられた消耗品。私たち以上に急ごしらえで作られてる分、壊れやすい。戦わせたらいけない。取り返しの付かない事になる』

『なっ!? そんなことやらせる訳にはいかねーだろ。だったらあたしが!』

 

 調の話を聞いたクリスは、調を手放しイチイバルを構えた。小日向未来を迎え撃つ。胸に走る痛みを見ないふりをして、アームドギアを形成する。ガトリング。両手に形成し、未来に狙いを定めた。発砲。重火器が唸りを上げる。

 

「緒川、行けるか」

「はい。人命救助ですね」

 

 司令が緒川に短く指示を出す。米軍の兵士たちの救援は元より、生身のまま放り出されている月読調の確保も含まれている。忍びは即座に姿を消す。場が動いていた。

 

『やり辛れぇ。例え助けるためとはいえ、あの子に銃を向けるなんて……』

「クリスちゃん、未来……。ごめん、ごめんね」 

 

 クリスの口から洩れる呟きに、響は涙を浮かべる。大切な友達が、大切な友達を止める為に力を振るう。ぶつかり合わなくて良い二人がぶつかり合い、それを自分は見ているしかできない。少女が抱える辛さは傍に居る者達には痛いほどわかった。発する言葉も無く、ただ映し出される映像を見詰めていた。魔弓が弾丸をばら撒き、神獣鏡が海上を駆け抜ける。二人の装者がぶつかり合う。本物の力を持つクリスと、偽りの力を埋め込まれギアに搭載された行動パターンで迎え撃つ未来。彼我の実力差は明確だった。魔弓が圧倒する。弾丸が小日向未来を引き飛ばした。無力化した未来にクリスは駆け寄る。

 

「未来……」

 

 潜水艦が浮上する。響の不安そうな言葉が指令室に響く。司令が響の頭に触れる。心配するな。伝わる手の熱が、響を少しだけ落ち着ける。

 

『女の子は大切に扱ってくださいね。無理やり引き剥がせば、接続された端末が脳を傷付けかねませんよ』

『なッ!?』

『驚かないでくださいよ。あなた達だって、折角確保した友人が廃人となったら嫌だろうから教えてあげたのですよ』

『……ッ! お前は何処までッ!』

 

 ギアに触れようとしたクリスの腕が止まる。電子音声。ウェル博士の笑いが聞こえて来る。唇を噛む。手を出すに出せなかった。意識が未来から逸れる。武器。手にした扇の様なアームドギアが大きく開く。咄嗟に飛んだ。

 

『避けろ雪音!』

『んな。まだそんなちょせぇの!!』

 

 反射。戦いで研ぎ澄まされた感覚が強襲に反応していた。飛び退る。着地。月読調のすぐ前に追い込まれていた。神獣鏡。未来の周りに展開され、高められる力が唸りを上げる。発光。淡い紫色の光を放ち、力が収束する。

月読調、動く事が出来ない。

 

『だったら、リフレクターで!!』

 

 迎え撃つクリスは、リフレクターを展開する。イチイバルに搭載されたリフレクター。それは、カディンギルの一撃すら逸らす事が出来るものだった。動けない調を守る為、クリスは守りの一手を取る。歌が響き渡る。響をこれ以上戦わせたくないと纏った神獣鏡が奏でさせる、友愛の歌。神獣鏡の力が最高峰まで高まる。静寂。放出される本流が無を打ち抜いた。紫が赤に直撃する。

 

『くぅぅッ!』

 

 奔流が赤に襲い掛かる。イチイバルのリフレクター。神獣鏡から放たれる星の奔流を二つに割く。リフレクター、輝きを増す。行ける。クリスが放たれる力を計りそんな事を思う。

 

『調、直ぐにそこから動くんデス! 消し去られる前に!!』

『なに……。どう言う事だ!?』

『神獣鏡のシンフォギア。その本質は魔を退ける輝く光の奔流。飲み込むすべてを消し去ってしまう』

 

 切歌が叫ぶ。神獣鏡から放たれる光。その力は、聖遺物の力を消滅させる。イチイバルのリフレクターとは言え、長時間の衝突を行えば持つはずがない。聖遺物の力そのものを消す光だった。

 

『押されてる……? 何でだよ、分解されていく……?』

 

 長時間のぶつかり合い。少しずつイチイバルのリフレクターが削り取られていく。それでもクリスは動く事が出来ない。そのすぐ背後には、動けない調が座り込んでいる。一つ、また一つとリフレクターが消滅していく。歯を食いしばる。ただ耐え続けた。

 

『私の剣は、守る為に磨き上げた!!』

 

 天空より剣が舞い降りる。巨大化させた天羽々斬。逆鱗。雪音クリスと光の奔流を遮るように舞い降りる。閃光。青が赤と少女を担ぎ上げ、凄まじい速さで離脱する。光が逆鱗を抜く。剣が舞い降りる。駆け抜ける翼を追うように、光の奔流は全てを消し去っていく。

 

『此処まで来てどん詰まりッ!?』

『口を開くな、舌を噛む!!』

 

 遮るように舞い降りた巨大な剣。正面に降り立った。機動。その刃に乗る事で勢いを殺さず宙に抜けた。風。光が駆け抜けた。流星。全てを貫き、吹き飛ばした。

 

『切ちゃん! ドクターのやり方では弱い人を救えない』

 

 再び地に降りた翼の手から離れ、調は切歌に言葉を投げかける。ウェルのやり方では、本当に救いたかったものを救う事が出来ない。調は切歌に胸の思いを打ち明ける。

 

『そうですね。確かにそうかもしれません。迫る脅威に対して僕たちの持つ力は余りにも無力!』

 

 その言葉に答えたのは、ウェル博士本人であった。輸送機の入口に立ち、ソロモンの杖を掲げ、言葉を放つ。

 

『頼みの綱であるシンフォギアや聖遺物に関する研究データもこちらの専有物ではありませんからね。アドバンテージがあるとするならば、蹂躙する為の力。人が人を殺す為に作られた力。このソロモンの杖以外ありませんからね!!』

『……ッ!? 人が人を殺す為だけの力……』

 

 博士の笑いと共に、ソロモンの杖より大量のノイズが出現する。人を殺す為だけの力。その言葉が、クリスの胸を深く穿つ。それを呼び覚ましてしまったのは自分である。用いるのは博士だったとしても、その力を与えてしまったのは雪音クリスの咎であった。少女の胸を、言葉の悪意だけが切り刻む。涙が零れ落ちる。ソロモンの杖は、取り返さなければいけない。どんな手を使っても。何があったとしても。そんな決意が胸に宿る。ソロモンの杖を解き放ってしまった少女が、思い詰めてしまうのは仕方が無いと言えた。仲間はいた。だが、戦場では一人だった。

 

『ノイズの殲滅はクリス君に任せろ!』

 

 司令の指示が飛ぶ。再び切歌と翼は刃を交えた。動けない調は確保しなければならない。振り切れはするが、動く訳にはいかない翼は切歌を抑える為に向かいうつ。不意に海面が沸き上がった。緒川慎次。海面より現れる。

 

『人命救助は僕たちが行います。翼さんは未来さんを止めてください!』

『緒川さん……。頼みます』

 

 動けない調を確保し、緒川は海面を走り離脱する。憂慮する事が消えた。翼が自由を得る。切歌が立ち塞がる。

 

『お前は何を望む!』

『あたしが居なくなったとしても、調には、調だけにはあたしが生きた事を忘れて欲しくないのデス!』

 

 二人がぶつかり合う。守るべきものがあり、譲れない物があった。それが二人に刃を向けさせる。

 

『神獣鏡。未来ちゃんの纏うギアには、聖遺物由来の力を分解する特性が見られます!』

 

 藤尭の声が届く。神獣鏡の力、聖遺物由来の力を分解する能力を有していた。

 

「……師匠!」

「どうした?」

「未来の助け方が解りました」

 

 聖遺物由来の力を分解する。その言葉が、響の中である結論を導いていた。師に向かい、弟子は言葉を重ねる。

 

「神獣鏡の力が聖遺物の力を消し去ると言うのなら、それにぶつかれば良いんです!」

「神獣鏡の力を利用する、だと!?」

「クリスちゃんも翼さんも動けません。私がやります。やって見せます」

「だが、君の体は聖遺物に侵されている!」

 

 響の言葉に、司令は難色を示す。幾らか余裕はあるとは言え、シンフォギアの使用は響の寿命を確実に縮める。これまで戦わせてきた。そんな少女が死ぬ事など、認める訳にはいかない。

 

「未来は私を助ける為にあんな姿にされたんです。私が助けなければいけないんです。死んでも助けます!」

「死ぬのは許さん」

「なら、死んでも生きて帰ってきます。それは、絶対に絶対なんです。未来だけは、私が助けるんです!」

「ぬう……」

 

 弟子の剣幕に師は押される。守りたいんだ。そんな意思が響の瞳から感じられるからだ。これは動かす事が出来ない。目を見れば否でも解ってしまう。

 

「これまでの観測記録と現在の浸食震度から割り出した響ちゃんの戦闘可能限界は五分です」

「例え微力だとしても、私たちも響ちゃんを支えます。それならばきっと未来ちゃんも……」

「君が君のまま戦える時間は限られている。勝算はあるのか?」

「思い付きを数字で語れるかよ!!」

 

 響の言葉に面食らった。それは、かつてデュランダルが輸送された際に風鳴弦十郎自らが言い放った言葉だった。師の言葉を覚えていた弟子に言い負かされる。

 

「くく、これは司令の負けですよ」

 

 それまで黙り込んでいたユキが不意に笑った。あの風鳴弦十郎を言い負かしていた。それが痛快でたまらないのだ。親友を守りたい。そんな思いもまた、ユキには心地良く思えた。響と視線が交錯する。

 

「ユキさんも反対ですか?」

「俺は子供が戦う事にはすべて反対だよ。だが、存分にやると良い。小日向を救い出すものがいるとすれば、君以外にはいないだろう」

「……ユキさん」

「親友なのだろう? ならば、必ず助けだせ。生かす事を諦めるな」

「はい!!」

 

 先達はただ背を押す。強く成長し続ける後進を止める事などする気にならなかった。

 

「ユキさんはやっぱり……」

 

 私の一番言って欲しい言葉をくれる。そんな言葉を胸の内だけで零す。覚悟は決まった。仲間たちはみんな応援してくれている。できない事なんか何もない。そんな強い意志が胸に宿っていた。

 

『未来』

『響」

 

 艦体に降り立った響は未来が来るのを待ち続けた。やがて、響を捕捉した未来が近付いてくる。声をかけた。親友である。友を呼ぶ、少女の優しい声音だった。

 

『一緒に帰ろう』

『帰れないよ』

 

 手を伸ばす響に未来は小さく首を振る。まだ帰る訳にはいかない。自分に逸らなければいけない事がある。それが、小日向未来を戦場に留まらせる。

 

『このギアが放つ輝きはね。新しい世界を照らし出すんだって。その世界では、皆が笑って居られて、誰も戦わなくても良いの。響が辛い思いをしなくて良いんだよ』

『誰も戦わなくて良い世界。未来は私の為に……』

『響はこのままだと死んじゃうんだよ。私は響を戦わせたくないの』

『でも未来。こんな方法で作った世界は温かいのかな。私の一番暖かい世界は、未来が居てくれる世界だよ』

『それでも、私は響を失いたくないの。大好きな響に死んでほしくないの』

『そっか。ありがとう。私も未来の事が大好きだよ。でも、未来にはこんな事して欲しくないの。誰かを犠牲にしてまで、助けてもらいたくない。だから、私は戦うよ』

 

 二人の少女が胸の内を吐露する。思い合っている。だからこそ、ぶつかり合わねばならない。親友が無理やり戦わせられている。例え自分の意志が介在していようとも、そんな事を認められる訳がなかった。

 

『Balwisyall――』

 

 聖詠を口遊む。光。響を優しく包み込んだ。生きる事を諦めるな。受け継いだ言葉を思い出す。私は絶対に死なない。そんな意思が瞳に宿る。生かす事を諦めない。未来を必ず助け出す。そんな意思が胸に宿る。負けられない。この戦いだけは、負ける訳にはいかない。少女の胸に、瞳に、強い意志が宿っていた。撃槍。その身に願い叶える力を纏う。シンフォギア。それが立花響の持つ希望だった。戦いたい訳では無い。だけど、戦わなければ取り戻せない陽だまりだった。思いを、願いを拳に込め、響は未来と向かい合う。

 

『絶対に助ける。これは、絶対に絶対。私がやらなきゃいけない事なんだ!!』

 

 仕掛けたのは響であった。静かに見つめ返す未来の下へ一気に飛ぶ。彼我の距離が埋まる。拳が振り抜かれた。

 

『響ちゃんの活動限界時間、測定開始』

『クリスちゃん、翼さん共にノイズと応戦中。横槍が入る事はあり得ません。響ちゃん、思いっきりやって良いからね』

 

 藤尭の声が通信機より零れる。友里が周囲の状況を伝えてくれる。皆が支えてくれている。だから私は未来を助けるんだ。振るわれる拳には少女の想いが宿る。大切な陽だまりだった。立花響にとって最も暖かな存在。それが小日向未来である。助け出さないという選択肢は、あり得ない。響は歌う。友愛の歌を。シンフォギアの持つ力は歌により引き出される。親友を思う心に、ギアが答えてくれている。撃槍が神獣鏡にぶつかり合う。圧倒。繰り出される手数の前に、未来は何とかアームドギアを用いて合わせる事しかできない。加速。推進装置を用い、放たれる閃光を躱し、響は攻め続ける。未来にこんな事を行わせているのはいったい誰なんだ! そんな強い思いが胸に宿る。

 

『胸に抱える爆弾は本物だ。作戦時間の超過は確実な死である事を忘れるな!』

『私は死にません! 未来を助け出して、絶対に一緒に生きて帰るんです!!』

 

 死を警告する言葉。それを胸に刻みつけて尚、響は未来を救い出すために加速する。拳を打ち、閃光を躱し、想いを伝え、未来に向かう。神獣鏡が展開される。複数の閃光が乱れ撃たれる。光の渦。辺りを埋め尽くすほどの勢いを以て、立花響を迎え撃つ。加速、反発。全身に掛かる圧力を力に変え、響は何処までも強くなることを止めない。

 

『残り時間三分半。これならば!』

『私は、未来を助けるんだ!!』

 

 警告の言葉が飛ぶ。それでもなお、響は加速を止めない。放たれる紫の閃光。己を橙色の閃光と化し、その全てを掻い潜り肉薄する。

 

『未来ー!!』

 

 手を伸ばし、叫んだ。小日向未来の瞳が見開かれる。手が届く。

 

『残念ながら、そう簡単にはいかないのですよ』

 

 その瞬間、博士の言葉が戦場を駆け抜けた。

 

試作型英雄の剣Ⅱ(プロトソードギア)。抜剣!!』

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

『な……!?』

 

 銀閃。それが最短で、真っすぐに、一直線で未来へと手を伸ばした少女を叩き斬った。神獣鏡のシンフォギア。かつて見た光を放っている。右腕から胸へと一閃。斬られていた。

 

『なんで……?』

『ふふふ、くくく、ふははっはっははは!! 英雄と呼ばれる者は、遅れてやってくるのですよ!! 化け物じみたあんたの力をこの僕が忘れると思っていたんですか? あれだけの恥をかかされたんです。ただ仕返しするだけでは気が収まらない。これ以上ない切実な時、これ以上ないほどの絶望を与えてやる。そう思っていたのですよ!!』

『未、来……』

『響!? いや、いやあああああああああ!!』

 

 少女の体から血が流れ落ちる。小日向未来が、その手により形成された剣で以て、親友を斬り裂いていた。気付けば、数本の剣が宙に展開されている。動く身体。知らない武装。ほんの僅かに体が動く事に抗う事しか、未来にできる事など無かった。そのおかげで、響は二つに両断される事は無かった。だが、決して負った傷は浅いとは言えない。傷口を両手で押さえる。苦し気な響の表情。未来の絶叫が戦場に響き渡る。

 

『ひひひ、ふははっははははあ!! これが英雄の剣の力だ!! 例え刃を手折ろうと、英雄の剣は再び強く、進化を遂げて舞い戻る!! これぞ剣聖の剣!! そしてそれをシンフォギアに接続し、無理やり形成させる僕のリンカーも最高だぁ!! 友を救いたい。その一念でギアを纏った少女ならば、不可能を可能とする。天才の見立てには、間違いなどありはしないのだ!!』

『あ、ああ……。私が、私が響を……』

 

 未来の瞳から涙が零れ落ちた。血涙。何よりも守りたかった友達を斬らされた。その事実に、心が折れそうになる。

 

『だ、いじょうぶ。私は、大丈夫だから……』

 

 体から血を流し、それでも響は未来に笑いかける。あの人は何時も血を流し助けてくれた。自分も大切な人を助ける為ならば、血を流したぐらいでは止まれない。諦める事なんかできる訳がない。意志の力で繋ぎ止める。だが、

 

『あ、ぐ、ぎ、駄目、私は未来を、助けるんだ……』

 

 傷口を中心に黒が浸食を開始する。右腕。そして胸。じわじわと黒いものが響を侵食している。飲まれてはいけない。強く思い続ける。今暴走したら未来を助けられない。自分も死んでしまう。それが何よりも怖かった。

 

『さぁ、英雄と呼ばれた少女の最期の時ですよ!! せめてもの情けです。偽りの英雄を、級友の腕の中で眠らせてあげましょう!!』

 

 博士の言葉だけが響き渡る。悪意が全てを斬り裂いていた。

 

「こんなものが、英雄の剣だと? これが、あの男の言う、英雄の在り方なのか。こんな剣が、こんなものが剣聖の剣だと言うのか?」

 

 ただ一つだけ斬り裂いてはいけないものを斬っていた。剣聖の剣。その言葉は、武門に属する者の斬ってはならぬ線を何の躊躇も無く引き裂いていた。

 

「……司令、手を借りたい。やるべき事が出来た」

 

 指令室で静かな声が響き渡る。少女が涙を流しながら振るう剣。そんな物が剣聖の剣である筈がない。あってはならない。

 

「何をする気だ?」

「盆暗の剣を叩き折る」

 

 静と動の気が交じり合っている。剣聖と呼ばれた者の血脈。それを色濃く受け継いだ男は、静かな怒りを湛えていた。剣聖の剣を、剣聖と呼ばれた者の末裔が見据えていた。響の活動限界まで、残り三分。

 

 

 

 




クリスちゃん、フラグを立てる
忍者、本気を出す
未来、響を斬り裂く
ウェル博士、英雄の剣を開放する(二回目)
武門、盆暗の剣を叩き折る事を決める

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