煤に塗れて見たもの   作:副隊長

25 / 62
14.相愛の撃槍

「駄目、このままじゃ……」

 

 響の胸の傷を黒が覆い隠す。鋭すぎるほど発していた体の熱が、それで幾らか収まるが響は悪感を感じていた。自分が自分でなくなっていく感覚。それが、少女の胸を襲う。怖い。怖くて仕方が無い。必死で気持ちを強く持つ。負けちゃ駄目だ。此処で負けたら、自分も未来も死んでしまう。この恐怖に飲み込まれてはいけない。強く、強く言い聞かせる。

 

「ひびき! ひびきぃ!」

 

 飛翔剣が放たれる。親友の声が耳に届く。血涙を流し、ギアを纏う少女。小日向未来。響を助けたいと願い、ギアにまで適応した少女が涙を零し叫びをあげる。大切な人だった。その大切な人が泣き崩れている。響の胸に、恐怖以外の感情が沸き上がる。どうして未来が泣いているんだ。なんであんなに優しい子が泣かなければいけないんだ。そんな疑問が胸中に渦巻く。誰が、誰の所為で未来は泣いているんだ。視線。笑っている人間が目に入る。ウェル博士。輸送機の上から、狂ったような笑いを上げている。お前か。そんな言葉が胸に宿る。ぞわりと悪感。右手に黒き槍が浮かんでいた。その姿に、一瞬で理性が冷え込む。唇を強く噛んだ。あの人と、必ず未来を助け出すと約束していた。こんな思いに負ける訳にはいかない。吹き飛びそうな悪感に耐え続ける。

 

「負けちゃ駄目だ。負けたら、未来を失う……。飲み込まれたら、全部終わっちゃう」

「抑えるな。怒りは解き放て」

 

 暴走してしまえばそれで終わりだ。響が自分に強く言い聞かせている時、予想だにしない言葉が飛び込んでくる。普段の落ち着いた声音とは違う、鋭すぎる声。目を見開いた。潜水艦の入口。吹き飛ぶように開いた。人間。上泉之景と風鳴弦十郎が現れる。ユキさん。斬られ落ちる響は思いもよらぬ声を聞いた。撃槍により与えられた推進装置。再び起動する。加速。落ちるのを無理やり立て直す。閃光。そして響を追うように飛翔する剣。響を狙うように舞い踊る。未来の絶叫。それがどこか遠い。死角から放たれる剣。往なしていた。体が勝手に動いていく感覚。気付けば、体の半分近くが黒く染まっている。それでも、気にせず言葉に耳を傾ける。

 

「でも、これに飲み込まれたら未来を……」

「ならばお前は怒らないと言うのか。親友を攫われ、侵され、無理やり戦う人形に仕立てられて尚、何の怒りも沸かないと言うのか。友を奪われ汚されておきながら、何も感じないとでも言うのか!!」

 

 戦場全体を貫くような圧力。ユキの双眸から放たれる怒りの色は、矛先が向いている訳では無い響をして、背筋に別の悪感が走る程だ。この瞳に本気で射竦められる。その恐怖に比べれば、暴走する恐怖など響にとっては大したものに思えなかった。それでもなお、響は怖いと思わなかった。怒っている。あの上泉之景が本気で怒っている。自分と未来(わたしたち)の為に本気で怒りを露にしてくれている。怖いなどと思う筈がない。それどころか、胸に暖かな気持ちが生まれるほどである。ユキさん、怒ってくれている。その事実が、響にとってはただただ嬉しくて仕方が無い。胸の内にあった恐れ、気付けば薄れている。

 

「でも、暴走してしまったら……」

「怒りは武器を鈍らせる事もある。だがな、怒りは人を強くもする。君は、何を思う。ウェル博士が君の友に下した所業を笑って許せると言うのか?」

「未来にした事……。そうだ。未来は泣いてた。響って、何度も名前を呼んでた!」

「君の友は、自らの手で君を斬り裂いた事に涙を流していた。血の涙を流していた。それを、許せると言うのか」

 

 ユキはただ響に問う。親友が良いように使われ、侵され、消耗品の様に捨てられようとしている。それを許して良いのか。ただ見ていると言うのか。

 

「未来を泣かした。私の陽だまりに、雨が降り続いてる……」

「怒る事を恐れるな。確かに怒りは心を乱し隙を生む。それでもなお、人には怒らねばならぬ時がある。許してはならぬ事がある。汚してはならぬ思いがある。守るべき、矜持がある筈だ!!」

 

 悪意の刃で斬られた響の心に言葉が入り込む。纏う黒が熱を放つ。熱い。だけど、先ほどの様な怖さは無い。怒り。響の胸に生じたもう一つの想い。未来を泣かせた相手を許せない。許したくない。そんな強い衝動だった。抑えなければいけない。そう思い無理やり握りつぶそうとした。その衝動を、信頼する人から抑えなくて良いと伝えられていた。気持ちがふっと楽になる。

 

「その怒りは槍だ。君の願いを実現するための力だ。君が受け継いだ、撃槍だ。恐れるな。君は暴れなどしない。君の受け継いだ力は撃槍であり、君の想いは友を取り戻したいという願いなのだから」

「私は……未来を救うんだ!!」

 

 黒く塗り潰された右腕。それを見詰め、小日向未来を見つめる。涙。血の色をしたそれを流し、響の名を叫んでいる。両手。神獣鏡から生成された英雄の剣。そして、未来を守る様に展開される六本の飛翔剣。胸の内に思いが生まれる。未来をあんな姿にしたのは何だ。優しかった私の陽だまりに雨を降らしたのはなんだ! その思いに身を委ねる。恐怖。ネフィリムに斬られた事が脳裏を過る。ほんの一瞬、竦んでしまう。

 

「恐れるな。君は負けはしない。それでも怖いと言うのならばこう言おう。君が暴れようと何度でも止めてやる。だから、胸の内の思いを恐れるな。友を救うための怒りを、解き放て」

「ユキさん」

 

 ユキはただ響の背を押した。暴れ回るようなら自分が何とかしてやる。その言葉に、響は自分を覆っていた恐怖がなくなるのを感じた。ユキは何度も自分に手を貸してくれた。守ってくれた。血を流してまで、止めてくれた。言葉があり、流された血があった。この人は、いつも私に手を差し伸べてくれる。涙が一筋零れた。

 

「行け響。友を救え。道は俺が切り拓く」

「私は……負けない。こんな所で絶対に死なない! 未来を絶対に助けて見せる!!」

 

 声が胸に届いた。響はただ、胸の内に湧き上がる衝動に身を委ねる。全身が黒を纏う。だけど、何も怖くなかった。思うのは未来を泣かせた人が許せないという事であり、それ以上に未来を絶対に助け出すんだという強い願いだった。右手の槍が、黒に染まった力が、逆に頼もしく思える。これも私なんだ。そんな事に気付く。なら、力を貸して欲しい。未来を救うための力を。

 

「全く相変わらず煩い人ですね。あなた如きに何ができるというのですか。剣聖になれない半端者」

「そうだな。その鈍を圧し折ってやれるぞ。英雄志望の愚か者」

「何で天才の僕がこんな目に!」

 

 太刀が風を斬る。輸送機の入口に立っている眼鏡。同時に放たれた三つの遠当てに、顔面、胸、股間を打ち抜かれる。吹き飛び壁面に衝突しのた打ち回る。煩わしいのが黙り込んだ。ユキは呟く。太刀を回した。二人の装者を見据える。笑った。黒く染まっていた槍が、白い輝きを見せている。黒と白二つの色を持つ、撃槍だった。

 

「司令!!」

「任された!!」

 

 鋭い声。響を見ていたユキは風鳴弦十郎に声をかける。加速。響ですら追えない速さで低く飛んだ。

 

「なんとぉ、人間砲弾!!」

 

 風鳴弦十郎。その速さを見据え、膝立ちになり両手を組み足場を作る。瞬発、跳躍。風鳴弦十郎の力を借りて、上泉之景は空を飛ぶ。その速さは、神速と言うに相応しい。両手に構えた太刀。未来を見据え構える。

 

「おごごごご! こ、殺せ! その男を殺すんだ!!」

 

 股間を抑えたウェルが叫ぶ。飛翔剣。空を貫くように飛ぶ人間に向け放たれる。

 

「たわけが。付け焼刃では武人を斬れぬと心得よ」

「なぁ!? け、剣が僕の剣が!!」

 

 六本の剣。その全てがユキに触れる瞬間あり得ない音を響かせ砕け散る。一太刀で放たれる斬撃。その数は数十を超えている。数十を超える斬鉄の嵐。一振りで羽々斬すらも手折るその一撃を数十発叩き込まれていた。試作型の剣などが耐えられる威力では無い。空を駆る背中。響はただその背を追っていた。何時も前に出てくれる。守ってくれる。二度斬られていた剣が相手でも、何も怖くは無かった。だって、切り開いてくれる人は私にとっての英雄(ヒーロー)なんだから。

 

「っ!?」

「すまんな、来るのが遅れた」

 

 未来とユキの視線が交錯する。自動制御により放たれる刃。シンフォギアにより強化された未来ですら視認する事も出来ない速さで振るわれた剣聖の斬撃。無造作に振るわれる太刀に阻まれていた。偽りの意志で振るわれる刃など、武門の技には届きはしない。ましてや、小日向未来の意志など何も刃には宿っていない。英雄の剣など、上泉にとっては鈍以外の何物でも無かった。二の太刀。両手に生成された刃。それだけが綺麗に斬り裂かれる。三の太刀。神獣鏡のシンフォギアのペンダントとは違う物が未来の首に下げられていた。銀色の欠片。斬り落とす。宙を舞うソレを掴み取った。未来の纏っていた剣が消える。道が開いた。遅れてすまない。そう呟きユキは未来の視界から落ちる事で消える。ぐるりと身体を回した。黒を克服し、白と黒を纏った撃槍が既に迫っていた。

 

『残り三十秒!』

 

 藤尭の鋭い声が通信機から届く。

 

「まだだ。まだこんな所で終わらない!!」

 

 博士の叫び。未来のシンフォギアが加速する。後退。凄まじい速度で下がりながら、神獣鏡の持つ武装を展開、未来への負担も無視して閃光が放たれる。神獣鏡の力を宿した聖遺物殺しの光。無数の流星となり、響に向かい放たれる。既に未来の意志など関係ない。だが、それまでに高められていたフォニックゲインで充分な出力を有していた。輝きが響を狙う。F.I.S.の輸送機からシャトルマーカーが射出され、反射された閃光が死角からも追い詰める。全方位からの攻撃が響を狙っていた

 

「行け」

「私が、助けるんだ!!」

 

 落ちながら放たれた言葉。少女の背中を強く押す。黒白の撃槍。神獣鏡の光を浴びて尚、融解させながらも道を切り開く。あの人が道を切り開いてくれた。そんな思いが響の中で強い想いを生む。加速。浸食すらも加速する。響の体から聖遺物の欠片が浮かび上がる。短く声が零れる。それを、抑え込んだ。未来。目の前にいる。あと一歩。胸を聖遺物の欠片が内側から貫いた。

 

「ひびき!!」

「あ……ぅ……」

 

 余りの痛みに響の意識が吹き飛びかける。未来の叫び。それが、ギリギリのところで響の意識を繋ぎとめる。まだ終われない。だけど動けない。あと少しなんだ。だれか。そんな思いが過った時、何かに胸を打ち貫かれた。 

 

「全く無理をしてくれますね!」

「無理無茶無謀は俺たちの役目だ」

 

 海面から緒川が飛び出し、落ちるユキをもう一度吹き飛ばしていた。確信を持ち放たれる斬撃。思い返せば聖遺物など、ネフシュタンで飽きるほど斬り裂いていた。神獣鏡の光も間近で見ている。その時の感覚を甦らせ、響の胸の結晶を斬り裂いていた。胸の痛みが消える。呼吸が戻るより早く突っ込んでいた。

 

「この光が聖遺物を消し去ってしまうと言うのなら!!」

 

 加速が止まらない。拡散していた閃光が一つに収束されていた。まるで何かに導かれるように収束された光。巨大なそれに向かい響は飛び続ける。強大な光の奔流。眼前に迫った。

 

「こんなの脱いじゃえ!!」

 

 聖遺物の力を殺す閃光。その中に二人の装者は飲み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、あんたは凄いな」

 

 響たちとは幾らか離れた場所、大量に発生させられたノイズを相手をしていたクリスは収束する光に突っ込んでいった響と未来を見詰め呟いた。彼女の仲間を助ける為に、ユキは生身で空すらも飛んで見せた。響とぶつかり合っていた未来の纏う神獣鏡。それも英雄の剣を展開されたシンフォギアを前に稲妻のように撃ち砕き、響の為の道を切り開いていた。その姿を見ていたクリスは安堵と、幾らかの羨望を胸に抱きながらただ見つめている。

 

「あんたが居てくれれば、あたしが居なくても大丈夫だよな。皆を導いてくれる。守ってくれる……」

 

 戦場で拾った首飾りを見詰め、ぽつりぽつりと呟く。見た事も無かった家族が映っており、笑顔で写真が撮られてれていた。煤塗れの首飾り。ウェル博士の用いたソロモンの杖による犠牲者が身に着けていたものだった。何人もの人間がソロモンの杖の犠牲になっていた。一人で背負う事は無い。そう言って貰っていたが、それでも、実際に殺される人たちを何人も目にしてしまう。少女に耐えられる重さでは無かった。何よりも、拠り所にしていた人が、自分以上に大切にしている人を知ってしまった。

 立花響。何度となくユキは命を懸けて響を守って来ていた。クリス自身も何となくそうなんじゃないかと思っていたが、今日見た戦いで確信に変わる。響と未来を救い出す為、躊躇なく英雄の剣に挑み、海へと投げ出されていた。ユキはクリスの為にそこまでしてくれるだろうか。多分してくれない。そんな自問が胸に過った時、鋭い痛みと共に踏ん切りがついてしまっていた。何処か羨ましいと思う気持ちを見ない事にして決めてしまっていた。自分の代わりに仲間を守ってくれる人が居る。なら、自分はソロモンの杖を奪い返す事に集中すれば良い。温かな場所は自分の居場所では無い。そんな思いと、ほんの僅かな寂しさを胸に抱き目的のものを探す。

 

「動きが鈍いぞ。リンカーの持続時間も残りわずかな様だな。悪いが拘束させて貰うぞ」

「く……まだ、摑まる訳にはいかないんデス! あたしはまだ何も残せていない。何も出来て無いデス!!」

 

 風鳴翼と暁切歌がぶつかっていた。ノイズの殲滅。その最中、戦いながら移動していたと言う訳である。二人ともクリスの存在に気付いていない。丁度良い。呟く。ごめん。内心でそう告げていた。発砲。

 

「な、に……?」

「え……!?」

 

 撃ち抜かれながら振り向いた翼は予想もしなかった姿にその目を見開く。雪音クリスが自分を撃つはずがない。実際に撃ち抜かれた今でも、信じられないという表情で見つめる。

 

「雪、音……?」

「……さよならだ」

 

 さらに銃声。それが、翼から意識を奪っていた。静寂。対峙していた暁切歌ですら、このような事態になるとは想定できていない。何が起こってるんデスかと内心で混乱しながらも、イガリマを構える。敵の敵は味方。そう単純な話でもない。むしろ、雪音クリスは敵対組織に所属していたので。その反応は至極当然だと言える。

 

「何のつもりデスか?」

「見ての通りだよ。あたしの目的を達成するのには、そっちの陣営の方が都合がいい」

「味方を裏切り、あたしたちに付くつもりですか?」

 

 切歌の問いに、クリスは小さく頷く。裏切り。その言葉に、胸の痛みが増す。怒るだろうなぁ、あいつら。そんな事が容易に想像できる。そして、連れ戻そうとする。一つ一つ、その光景が頭に思い浮かべられる。内心で笑う。未練たらたらじゃねーか。暖かかった。あたしのいた場所は、信じられない位恵まれたところだったのだと、捨てて初めて自覚する。だが、もう戻る事は出来なかった。既に起こしてしまった事である。

 

「これだけじゃ証明にはならねーか?」

「……確かに十分すぎるデスが。どう言う心算なんデスか」

「あたしの目的は、これ以上戦火を広げない事だ。無駄に潰える命は少ない方が良い。その為なら、強い方に付くのが一番早い」

「……」

 

 切歌の問いに答える。それは、かつて雪音クリスが本気で思っていた事。争いを止める為には、より強い力で押さえ付ければいい。相手が強ければ誰も逆らいはしない。だから、戦争は根絶される。そんな暴論だった。またあの頃に戻っている。折角仲間たちが手を差し伸べてくれたというのに、結局あたしはこの道を進んでしまっている。そんな事を思う。あの頃に比べれば随分と丸くなっちまった。自分を救ってくれた人たちの事を思うと、申し訳ない気持ちが沸き上がる。だが、その気持ちも無視する。どんな手段を使ってでも、ソロモンの杖だけはこの世界から無くさねばいけない。そんな意思が強く宿っていた。黙り込んだクリスを切歌は値踏みするように見つめる。

 

「ギアを解除して欲しいデス。あたしが、直接連れて行くデス」

「解った」

 

 切歌の言葉に頷き、纏っていたギアを解除する。海面から浮上する物を見詰める。フロンティア。F.I.S.が計画の最終段階に移る為に起動させた遺跡であった。あまりに強大なそれを見詰め、ただ雪音クリスは楽しかった記憶を思い起していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来!」

「響!?」

 

 響が小日向の病室に駆けこんで行く。風鳴のと三人、助けだした小日向の見舞いに来ていた。正直なところ、自分はそれ程小日向と親しい訳では無い為、最初は遠慮しようと思っていたのだが響に押し切られる形で訪う事になっていた。響曰、未来もユキさんにお礼を言いたいだろうし、ユキさんと二人よりは自分もいた方が話しやすいだろうとの事。確かに的を得ているため響の言に従ったと言う訳であった。結果として小日向が無事と言うのは聞いていたが、こうして目で見て確かめられたのは素直に良かったと思う。

 

「響、怪我してる……。私の所為だよね」

「うん。未来のおかげだよ。未来が私を助けてくれた」

「え? 私が響を?」

 

 怪我をしている響の姿を見て、小日向は悲し気に視線を落とす。即座に響が手を取り感謝を告げた。小日向が目を丸める。神獣鏡の聖遺物を分解する能力。それでもって、響の体を蝕んでいた聖遺物の欠片を全て消し飛ばしていた。同時にぶつかった神獣鏡のシンフォギアも消滅してしまっていたが、死の眼前に居た響の命も救う事に成功してたと言う訳であった。

 

「小日向の容態は?」

「リンカーの洗浄も完了。ギアの強制装着の後遺症も見られないと聞いている。ついでに言うと、誤算もある」

「誤算、ですか?」

 

 風鳴のの言葉に頷く。説明するべきかどうか悩んだが、本人の意思に任せる事にする。響の力になりたいと言うのが、小日向の願いだった。その強い思いがある種の奇跡を起こしたのが、今回の適合である。シンフォギアの。そして、英雄の剣の。

 

「小日向、これが解るか?」

「これは……?」

 

 白銀の欠片を、装者のペンダントのように加工されたものを見せる。彼女が身に着けていたのを斬り落としたものだった。

 

「英雄の剣だよ。ウェル博士が君に纏わせた物。神獣鏡の聖遺物と半ば融合しかけていた物なのだが、どうにも副産物を残してくれたようだ」

 

 神獣鏡によって生成されていた英雄の剣。響を助けたいという思いが、強いフォニックゲインを生成、英雄の剣に十分すぎる力を宿させていた。小日向の思いを宿した剣。それが、今自分の持つ剣であった。

 

「副産物、ですか?」

「そう。速い話が、君専用のシンフォギアみたいなものだよ。君のフォニックゲインが起こした奇跡とでも言うのか。無論、装者のものと比べれば遥かに性能は落ちるし、そもそもシンフォギアでは無い外部兵装に過ぎない。問題ばかりなのだがね」

 

 小日向に剣の説明をしていく。響を救いたいと言う一心が、神獣鏡から力をもぎ取っていた。

 

「これを用いて戦えなどと言う心算は無い。だが、これは君以外には使えない力だ。装者がシンフォギアを纏うように、君の思いに反応する。だから、君に渡しておく」

「私の剣」

 

 どちらにせよ小日向にしか使えない。ならば小日向に託すのが最も良いだろうという結論は出ていた。幸い、小日向は二課の民間協力者と言う実績もあった。司令の責任の下、渡す事は決まっていた。

 

「ああ。とは言え、英雄の剣などと呼びたくは無いな。あの男を思い出す」

「ウェル博士、ですね」

「ああ。盆暗の剣だよ。あの男が使うのではね」

 

 風鳴のの言葉に頷く。どれだけの名刀であろうと、意志の宿らない刃など何ほどのものでは無かった。剣は人が用いてこその技なのである。英雄を渇望する男は、戦いに大切なものが解っていなかった。だから、簡単に手折られたのである。

 

「響にとって小日向と言うのはどういう子かな?」

「そりゃ、私にとっての未来は陽だまりですよ!」

「では決まりだな。陽だまりの剣。小日向に渡しておく」

 

 白銀の首飾りを小日向に差し出す。遠慮気味にではあるが、意を決して受け取ってくれた。

 

「使えるんでしょうか?」

「ああ。君の意志があれば、だが」

「お願い、力を貸して」

 

 小日向が首飾りを持ち呟く。六本の剣が浮かび上がる。身に着けるものも白色の外套の様な物が形成されている。陽だまりの剣に適合した、小日向未来の力だった。

 

「本当に出ました」

「とは言え、シンフォギアには遥かに劣る。その剣自体が対ノイズ兵装でもあるが、君自身何の訓練も受けていない。戦う事は許可されていないからな」

 

 陽だまりの剣の力が生成されるも、小日向が戦う事は許可されている訳では無かった。先ずは正式に二課に所属になり、訓練を経て参戦と言う流れになるだろう。非常事態であるが、小日向は素人である。戦わせるという選択肢は無い。

 

「これが、私の力……。陽だまりの剣」

「凄いよ未来! てことは、これからは一緒に人助けができるって事だね!」

「私が響と?」

 

 予想もしてなかった言葉に小日向は目を丸くする。響はただ屈託なく笑っていた。

 

「君は撃槍を失ったばかりだろう。戦う事だけが仕事では無いが、あまり無茶はしてくれるなよ」

「無理無茶無謀に関しては、ユキさんにだけは言われたくないです!」

 

 そもそも本人の意志も確認していないのだが、既に響の中で小日向は二課に参加するようである。まぁ、この二人である。シンフォギアを失ったとは言え、響は残留を希望するようなので小日向もそうするのだろう。丁度二人の立場が入れ替わる形になるのかもしれない。どのような形になるのかはまだ分からないが、それ自体は良い事の様に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、未来」

「何、響」

 

 ユキと翼が退出した後、病室には響と未来だけが残された。二人だけで話したい事もあるだろう。そんな気遣いであった。その中で何を話そうかと未来が悩んでいた時に、響が未来に意を決したように口を開いた。

 

「未来に相談したい事があるんだけど、良いかな?」

「響が私に相談したい事?」

「うん。未来と再会出来たら、相談に乗って貰おうと思ってたんだ。大好きで一番信頼しているから相談できること」

 

 小首を傾げる未来に、響は少しだけ照れたように頬を染める。その様子に、今日の響は何時もより可愛いなっと笑顔が零れる。

 

「私ね。好きな人が出来たんだ」

「へぇー。好きな人が出来たんだ」

「うん」

 

 聞き返す未来の言葉に、響は素直に頷いた。数瞬の沈黙。

 

「って、好きな人!?」

 

 再会するなり行われたまさかの発言に、未来は思わず詰め寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武門、実戦の最中聖遺物殺しを編み出す。童子切の力とは異なる
響、覚醒し暴走を手懐ける
未来、陽だまりの剣を手に入れる。響のカミングアウトに驚愕
司令、南斗人間砲弾を習得
ウェル博士、英雄の剣と自分の剣を折られる
英雄の剣、特に活躍も無く盆暗の剣にジョブチェンジ
クリスちゃん、勘違いの上ソロモンの杖の事もあり家出を強行

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。