煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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15.伸ばしたその手の掴むもの

「傷はどうだ?」

「問題ありません。急所は外れていましたので、ギアが殆ど衝撃を逃してくれています」

 

 響と小日向の二人と別れた後、風鳴のに尋ねた。小日向の見舞いに行っていた為話に出せなかったが、風鳴のが負った傷は雪音クリスの離脱によって負わされた傷であった。F.I.S.の装者、暁切歌とぶつかり合っている最中、背後から撃たれたと言うのが負傷の原因だった。

 

「雪音はどうして……」

「ソロモンの杖だろうな。それ以外に原因が思い浮かばん」

 

 以前、クリスに話をした事があった。ソロモンの杖は人を殺す力である。尤も見え易い面について気にしていた。起動させた本人である。責任を感じていたと言う事だろう。それ以外でも思い当たる所があった。ソロモンの杖が悪用された事に激昂していた。取り返す事に執着を見せていた。小日向を救う為に戦いに出て行く際、響の事を何時も以上に心配していた。腕が落とされた時もそうだ。始まりはソロモンの杖だと。全て自分の責任だと背負い込んでいた。響の問題は命に直結する為優先していたが、今になって思えば警鐘には随分と以前から気が付いていた。あの子は大丈夫だと先送りしたのは下策だった。

 

「あの子は気にしていたよ。響の腕が落とされた時など、信じられない位響に付きっ切りだった」

「言われてみれば。先生は気付いて居られたのですか?」

「まぁ、そんなところだよ。何度も話して来た。それだけでは足りなかったのだろうな。見通しの甘さを恥じいるばかりだよ」

 

 何度も手を伸ばしてきていた。それを掴んだ心算だった。だが、それでは足りなかったのだ。抱き寄せ繋ぎ止めるぐらいでなければ、あの子の抱えるものを共に背負ってやることはできなかったのだろう。苦笑。先達だと言いながら、肝心なところを見ていなかった自分の不明を笑うしかできない。

 

「いえ、先生は充分に見ていたと思います。私こそが、雪音も立花も見てやるべきだったのです」

「君は守るべき剣を研ぎあげて来たでは無いか。それを使えば良い」

「先生に打ち直して貰った物です。私一人では、立花を余計に傷付けただけだったと思います」

「そうだとしても、なるようにはなったさ」

「それに比べて、先生は私を含めて三人の装者全てに目を配っておられました。感謝するとともに、私こそ己が不明を恥じいるばかりです。先達の背中は遠いと」

 

 自分こそが不甲斐無かったのですと風鳴は呟く。風鳴のは充分にやってきたと思うが、あえてその言葉は出さない。自分も似たような心境である。慰めが欲しい訳では無かった。

 

「そうか。不甲斐ない者同士、家出娘を連れ戻しに行かねばならんかな」

「はい。思惑がある筈です。それを叶え、必ず取り戻します」

 

 風鳴の瞳に力が戻る。守る為に研ぎ直した剣であった。防人の剣。この娘は、自分が居なくとも大丈夫そうである。信頼するに足る意思を示してくれていた。上泉之景が風鳴翼を心配する必要は無さそうだ。

 

「何事!?」

 

 不意に艦全体が衝撃に揺れた。思わず体勢を崩す風鳴のを受けとめ、直ぐに振動に備えさせた。

 

『翼、ユキ。無事か!?』

『二人とも無事です。問題ありません』

 

 風鳴のが通信機の返事を返す。艦の揺れ、続いてはいるが振動自体は随分と緩いものになっていた。返答をしつつ、指令室に急ぐ。

 

「フロンティアが浮上した」

「一体何があったのですか?」

「フロンティアから発生した超高密度エネルギー。それが原因だろうな。やってくれる。月が随分と近くに来てしまっているぞ」

「な……ッ!? 月が!?」

 

 説明をしながら、外の状況が移される。映し出される映像からは、随分と大きく見える月が顔を覗かせていた。全く予想だにしていなかった状況の為、流石に風鳴のが面食らう。それを感じながら、頭では別の事を考えていた。これがお前の言う人類の救済なのか。ウェル博士の言葉を思い出す。少数を斬り捨て、大勢を救う。そんな事を言っていた。英雄。今起こっている現実が、あの男の言う救済なのか。

 

「状況が一気に切迫して来ている。翼、行けるか?」

「問題ありません」

 

 司令の言葉に風鳴のは静かに頷く。童子切。未だ使用許可は下りていない。だが、そんな事を言っている暇は無い。既に使用の許可は司令から出されていた。童子切と太刀をもう一振り持つ。恐らく戻る暇など無いだろう。二刀。準備はしていた。

 

「先ずは先行し大まかなノイズを駆逐します。先生は後詰をお願いします」

「ああ。先陣は任せるぞ」

「委細お任せください。防人の剣は、その為に鍛え直していただいたのですから」

「成程。俺もまた、防人の剣にとって守るべき対象という事か」

「はい。まだまだ先達の背は遠いですが、ことノイズからだけは守らせて貰います。それ位の器量は、私にもあります」

「全く言ってくれる。随分と良い防人(おんな)になってきたものだ。思わず惚れてしまうぞ」

「ええ、存分に惚れてください。先生程の殿方を骨抜きにできるのなら、自信になります」

 

 意表を突かれた。まさか後進に守る等と言われるとは思わなかったからだ。それはこちらの台詞なのだがなと内心で苦笑しながらも頷く。偶には守られるのも悪くは無い。肩を並べるに足るまで成長をしてきているという事なのか。軽口にも涼しい顔をして応じる後進に、色々な意味で頼もしいなと再び笑う。

 

「全く、後進の成長が眩しいよ」

「僕たちもうかうかしてられませんね」

 

 しみじみと零した言葉に、緒川も頷く。予想以上に速い成長に、ならば自分たちも奮起せねばならないと自分に言い聞かせた。

 

「つ、翼さん!」

「ん、どうした立花?」

「え、あ、その、頑張ってください!」

「ん? まぁ、頑張る心算ではあるが。ああ、そう言う事か。心配してくれるな。一人で戦場に立つことも守る事にも馴れた身だ。下手を打ちはしない」

 

 響の何処かおかしな様子に風鳴のは小首を傾げるが、直ぐに思い当たった。心配はするなと笑う。響は撃槍を失っており、小日向もとても戦える状態では無い。装者はたった一人だった。心配するのも仕方が無いという事である。

 

「響、翼さんは大丈夫だよ。軽口を言えるぐらいだから」

「そ、そうだよね。翼さんは、大丈夫」

「ああ。心配せずに待っていてくれ。ノイズを討ち、F.I.S.の目的も阻止して見せる」

 

 任せておけと言い、風鳴のが自動二輪に跨り聖詠を歌う。光を纏い、シンフォギアを生成する。そのまま、速度を上げ、フロンティアを駆け抜ける。その姿はさながら現代の騎馬である。羽々斬を片手に、ノイズを斬り飛ばしながら数を減らしていく。二振り。腰に太刀を差した。準備に入ろうかと呟く。艦に備え付けられている二輪。それに乗るつもりだった。あまり好きでは無いのだが、ことこの状況に至っては好き嫌いは言っていられない。

 

「ユキさんって、バイク乗れるんですか?」

「一応はな。個人的には馬の方が好きなのだが、まぁ馬などそうそう居る筈もない」

「え、馬ですか!?」

「武門だからな。実家に戻った時、祭りなどがあれば流鏑馬などもする事があるぞ」

「ユキさんって、偶にサラッともの凄い事言いますよね」

 

 騎射等お手の物だと告げると、響は目を丸めた。武門である。元を辿れば武士の家系と言える。そう言う伝統が残っているのは仕方が無いだろう。今度見て見たいですと言う響に、機会があればなと締めくくる。未来も行こうねっと小日向に告げている辺り、本当に来る気なのかと一瞬考え込む。そんなやり取りをしていると、随分とノイズの反応が減っていた。そろそろか。そんな言葉と共に司令に出ると告げる。行って来い。背を押されていた。

 

「では、行くとするか」

 

 皆と簡単な別れを告げ、自動二輪に跨る。太刀。二振り準備がされている。開かれる格納庫。陽の光の中に飛び出した。通信機から声が聞こえる。それを聞き流しながら、目的の場所に向かう。

 

『自分のやりたい事をやって欲しい。調ちゃんは、調ちゃんの意志に従ってくれたらそれで良いよ』

『皆を守る為なら、戦っても良い。だけど、敵だった私を信じてくれるの?』

『敵とか味方とかじゃ無くてな、こういう時に子供のやりたい事をやらせてやれない大人なんて、格好悪くてかなわないんだよ』

 

 流し聞きをしていたのだが、どうやら捕虜となっていた月読調の心を動かす事に成功したようだ。援軍が一人。そんな事を思う。不意に、視線を感じた。二輪の速度を落とさないまま姿勢を低くする。

 

「Zeios――」

 

 聖詠。歌が聞こえていた。視線。舞い上がる装者にあわせる。

 

「止まるデス!!」

 

 大鎌を構えていた。暁切歌。彼女の大鎌は遠距離武器としても使える。狙い打たれてはたまったものではない。言葉に従い二輪を止め、対峙する事に切り替える。

 

「君は、F.I.S.の暁切歌だったかな? 俺は上泉之景と言う」 

「戦場で名乗るとは、どう言う心算ですか?」

「名乗りと言うのは、本来戦場で行うものだぞ。あなたを倒すのはこう言う人間です。このような理由があるからあなたと戦います。そんな事を相手に伝えるものだ」

「そうだったデスか!?」

 

 何を馬鹿な事をと言い放つ暁に、言い返す。戦場で名乗って何が悪いと言うのだ。どこの誰ともわからぬ相手に、意味も解らぬまま討たれても良いのなら名乗らないが。敵味方入り乱れる大乱戦ならばそんな余裕はないが、一対一の対峙である。その程度の余裕はある。無論、戦いの為に名乗ったのでは無いが、妙な問いについ言い返していた。

 

「まぁ良い。戦いの前の余興だ。月読調はこちら側についたようなので、君が何故戦うのか聞きたい」

「そう、デスか……」

「今こちらに向かっている。どうせ対峙する事になるのだろう。君たちが戦う前に聞かせて欲しい。何か理由があるのだろう? それを聞かせて欲しい」

 

 こちらの言葉に揺れる暁に、何故戦うのかと問う。あの二人は常に一組で動いていた装者である。それが割れていた。何か理由があるのだろう。そこに活路があるように思える。暁切歌を斬り裂くだけならば容易い。だが、それでは叩き伏せるだけでしかなかった。月読調はこちらに手を貸してくれる人間になっていた。できる事なら、その友であった暁も、力で従わせるような事はしたくない。

 

「確かに理由はあるデス。だけど、それはあなたには解りっこないデス!」

「順番が逆だ。語らねば解る筈もない。話してくれなければ、人は何もわからんよ」

「問答無用デス! あたしは、あたしでいられる前に結果を出さなきゃ行けないんデス!!」

 

 聞かせてくれと言う問いに、暁は言っても解る筈が無いと(かぶり)を振る。大鎌。その手に構えて、こちらに迫る。間合い。一足飛びで詰めて来る。ただ見据える。刃。振り抜かれる瞬間に、一気に飛ぶ。刃の内側に入り込み、大鎌の柄を掴む。

 

「君が君でいられる間に何をしなければいけない?」

「な……ッ!?」

 

 放たれる刃を受け止めていた。驚きに染まる暁にただ問いかける。この子もまた、雪音クリスと似ているのだろう。自分の中で解決できない程の何かを持っているのかもしれない。仲間と割れている。暁とクリスの状況は、何処か共通点があった。放っておけない。装者の力で振り抜こうとする鎌を、それ以上の力で阻止する。話してくれなければ、解る筈がない。人は、見ただけでは何もわからないのだ。ぶつからねば、何も知る事が出来ない。

 

「君が君でいられるうちに、何を成さねばならないのか?」

「あたしがあたしで居られるうちに……、世界を守らないといけないんデス! 調の為にも!!」

 

 問いに短く答えながら、暁はギアの肩武装を展開する。四本の刃。手にした大鎌を含め、五つの武器で襲い掛かる。手にした大鎌。力で無理やり押し上げその隙間を飛ぶ。斬撃。四本のそれが追い打ちをかける。

 

「月読調の為?」

「そうです。例えあたしが居なくなったとしても、あたしが居たって事は残さなきゃいけないんです!」

 

 下がり、往なし、逸らし、ずらす。勢いのまま放たれる斬撃を見切りながら、暁の言葉を反芻する。細かな理由までは解らない。だが、誰かの、月読調の為に戦っていると言うのは何となく理解できた。そして、その月読から否定された事で冷静さを欠いているのだろう。感情のままに振り抜かれる刃は、鋭いが何処か雑でもあった。それでは貫ける訳がない。躱しながら言葉を続ける。

 

「君は何故刃を振るう。月読の事が大事だと言うのならば、彼女が離脱してからもF.I.S.でなぜ刃を振るう?」

「時間が無いんデス。あたしにはもう、ドクターの方法でしか何かを成す時間が足りないんデス!!」

「だから、ウェル博士のやり方を認めると言うのか。一方的に犠牲を払うやり方を強いると言うのか?」

「……ッ!? 知った事を! あんたみたいな人間に何が解るデスか!! あたしとマリアが、調がどんな思いで悪を成したのかを知りもしない、あんたみたいな人間が!!」

 

 大振りで振り抜かれる鎌。太刀を鞘に納めたまま受け止める。ギリギリと競り合う。怒り。暁の瞳にはそれだけが宿っている。自分は彼女等との接点は殆ど無い。敵対していた事ぐらいだろう。その為、言葉は届かず、ただ、傷口を抉るだけの効果しかない様だ。それでも、言葉を止める事はしない。

 

「確かに何も知りはしない。だが、それは君たちが教えてくれなかったからでは無いか」 

「知った事を言うなと言った筈デス!! 」 

「本当の事を知って欲しいと言うのなら、本心を語れ。人は言わねば、解る筈がない。知って欲しいと言うのなら、知ってもらう努力から逃げるな」

「綺麗事ばかりで、何が守れるんデスか!!」

「守る為ならば他者の血で手を染めたとしても、君はそれで満足できると言うのか?」

 

 競り合い。そうして刃を止めていると、四本の刃が唸りを上げた。自身を貫くよりも早く、暁を吹き飛ばす。後退。着地。一気に大鎌を振るった。刃が分かれる。二振りの飛刃。離れた距離を詰めるかのように放たれる。仕方ない。太刀を抜くために右手を添えた。

 

「盾か?」

「なんと丸鋸」

 

 眼前に黒と桃色の円が立ち塞がった。丸鋸。月読調のシンフォギアが、暁切歌の刃を弾き飛ばしていた。会話に集中しすぎていたようである。月読調の接近に気付く事が遅れていた。武門の名折れだな。そんな事を思う。

 

「君は味方で良いのか?」

「うん。あなたは切ちゃんを相手に、話を聞いてくれたのね」

「そんなところだ。とは言え、無駄に傷付けただけなのかもしれないがな」

「大丈夫。切ちゃんなら解ってくれる。あなたは、あの人と同じで、私たちの言葉を聞いてくれようとしている」

 

 暁の攻撃を防ぎながら、月読と言葉を交わす。童子切。携えるそれが、納刀したままでありながら違和感を放つ。何かを伝えようとしているのか。

 

「切ちゃんの相手は私がする。あなたはあなたの為すべき事をして。あの人も、自分のすべき事をしている」

「君が暁と? 戦えるのか」

 

 彼女等は仲間である。それも、言葉に乗せられる意志から、響と小日向のようなものであるのは容易に想像できる。この子らを戦わせて良いものかと一瞬判断に迷う。

 

「ええ。私は大丈夫。だから、此処は任せて。それとも、あなたはまた宿運とか言う言葉で間に合わない心算なのかしら?」

「お前――」

 

 胸を突かれた。目を見開く。それ程の衝撃を受けた。童子切。これを伝えたかったのか。月読は、左手に嵌められたネフシュタンの欠片に一瞬触れ、あり得ない事を言い放った。その言葉を聞いていたのは、響とフィーネだけである。そして、月読調はフィーネが自身の魂を受け入れる為に用意しておいた、レセプターチルドレンである。リインカーネーション。遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器とする輪廻転生法だと聞いていた。つまりは、そう言う事なのか。

 

「行きなさい。ここは私が引き受ける。あなたには、私の大切なものを守って貰わなければいけない」

「……しばらく会わない間に、随分と良い女になったものだ」

「知らなかったのかしら? 女の子は本気になれば変わるものなのよ?」

 

 かつて刃を交わした敵。思わぬ場所で再開していた。そして、月読調が消えた訳でも無い。ほんの一瞬あの女が表に出てきていると言う事なのか。正しい事は解らない。だが、かつての敵意を感じない。それで充分だった。背を向ける。

 

「此処は任せる」

「任された。あの子を頼むわよ」

 

 立花響は、あの女を、フィーネを変えたという事だったのだろう。そして、あの子を頼むと託されていた。ならば、答えない訳にはいかない。死した者が、大切なものを案じている。その気持ちに嘘は無いだろう。

 

「家出などしている場合では無いぞ、馬鹿娘」

 

 納刀。呟いた。雪音クリス。あのフィーネですら、心配しているという事だった。笑う。あの子は確かに愛されていた。それが分かっただけでも、充分である。

 

「逃がすもんかデス」

「やらせないよ」

「何故デスか調。そいつはマリア達の邪魔をしようと」

「それでもあの人たちは私の、私たちの言葉を聞こうとしてくれる。弱い人を守ろうとしてくれてる。そんな生き方が羨ましくて眩しいから。だから私は守るんだ」

 

 自動二輪に跨る。月読と暁がぶつかり合い始めていた。その声だけが僅かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ来る頃だと思っていたぞ、雪音」

「そーかよ」

 

 風鳴翼と雪音クリスは対峙していた。黙って銃口を向けるクリスに、翼は不意に笑みを浮かべた。その翼の様子に、クリスは一瞬怯む。それでも両手銃に生成したイチイバルの撃鉄を引く。銃弾。発砲と同時に、翼は羽々斬を振るう。斬り、弾き、躱す。銃弾の射線をシンフォギアで強化された反応速度を以て見切りながら距離を詰める。一閃。刃がクリスに迫る。拳銃。銃身で受け止める。

 

「何故弓を引く?」

「あたしはあたしの目的の為にこっちに付いたんだ。どうでも良いだろそんな事は」

 

 刀身を弾き飛ばし、距離を取りながら銃弾を撒き散らす。その全てを躱しながら、翼はただ問い続ける。それは、かつての自分に似ていたから。胸の思いを上手く吐き出せず、後進である響を傷付けてしまった時の自分と酷似していたから、あの時先を行く人が行ってくれたように、自身もまた振るわれる銃弾を受け止め続ける。

 

「何を求めて手を伸ばす。お前は、何を背負ってその手を伸ばしているのだ?」

 

 後進の放つ攻撃。そのどれもが決め手に欠ける。鈍。先達に言われた言葉の意味が、受け止める側になって初めて解る。これでは勝てる訳がない。身を以て教えこまれた事実だった。心身の伴わない刃では、どれだけやっても容易く手折られていた。今のクリスは、あの時の翼と同じだった。だから、翼にクリスの一撃が届く事は無い。

 

「素っ首に犬の首輪をはめられて尚、何を求めている?」

「汚れ仕事は、居場所のない奴がやるもんだよ。あたしみたいな、な!」

 

 雪音クリスの首には、翼の見たことが無い首輪が嵌められていた。定期的に赤く点滅する首輪。見るからに不吉な印象を与える。そんな物を付けられてまで、為したい事がある。目的など、考えるまでも無かった。雪音クリスを最も近くで見ていた者から聞いていた言葉が確信へと変わる。

 

「だからソロモンの杖を奪取すると?」

「……なッ!?」

 

 だからこそ言い放った。クリスは自分が為そうとしていた事を言い当てられ、思わず銃を下ろす。

 

「おやおや。裏切った理由がバレバレでは無いですか。全く恥ずかしい子ですねぇ」

 

 二人が鎬を削っていた広場から幾らか離れた丘の上、ソロモンの杖を手にしたウェル博士が見物をしながら人の悪い笑みを浮かべる。これだけの事をしでかしておきながら、両陣営に本心が筒抜けになっている少女に、博士は嘲りを向ける。

 

「ウェル博士!」

 

 二人のやり取りを見ていた博士が姿を現した事に翼が驚きの表情を浮かべる。翼の言葉にクリスが浮かべた表情は肯定と同じである。ソロモンの杖の奪還。雪音クリスの目的がそれであると知りながら、あえてその身を晒していた。あまりに迂闊な行動に、一瞬翼の意識がクリスから逸れる。何故か人外のものに成っている腕の事も気になるが、何よりもウェル博士の行動に驚いていた。

 

「汚れ仕事は、居場所のない奴の仕事だって相場が決まってるだろうが!!」

「くぅ、それがお前の本心なのか? 本気で居場所が無いとでも思っているのか?」

「あたしの居場所は、もう無いんだよ。一番欲しかった場所は、もう無くなっちまったんだ!」

「そんな無駄な会話をしていても良いんですか? 首のギアスがもうすぐ爆ぜますよ?」

 

 涙を零しながらクリスはイチイバルを放つ。ソロモンの杖を奪うしかもうやる事が無いんだ。そんな言葉を喚きながら、翼に向かい銃を放ち続ける。至近距離。その銃撃を全て見切りながら、翼は言葉を投げかける。アームドギアがぶつかる音と、ウェル博士の笑いだけが二人の間に響く。

 

「お前の居場所は無くなってなどいない。皆が雪音を待っている!」

「無くなったよ。解ったんだよ。あたしの入る場所なんかないって。だから――」

「だから首輪に爆弾を付けられて尚、盆暗に従うと」

 

 涙を零し、もう杖を取り返す事しか自分に望みは無いんだと喚く少女に向け、鋭い声が飛ぶ。上泉之景。二人の装者の先達が、漸く辿り着いていた。 

 

「涙を零し刃を振るうと言うのか?」

「先生!」

 

 聞こえた先達の言葉に、翼は少しだけ驚きを示す。思っていたよりもずっと早い。駆け付けた先達の姿に頼もしさを覚える。

 

「な、んで……?」

「随分つまらない事を聞く。思い悩んだ子供を見ておくのも、大人の仕事では無いか」

 

 来てくれると思ってなど居なかった。本心では来て欲しいと思いながらも、自分以外の相手の傍に居ると思っていた相手が目の前にいる事に、雪音クリスは呆然と零す。銃を手にしていた手が下りる。

 

「漸く登場ですか。あなたは相変わらず計ったように現れますね。狙ってるんですか?」

「そちらこそ、毎度毎度誰かが涙を零す場所には何時も現れるな。趣味が悪い事だ」

「英雄ですからね」

「それのどこが英雄だと言うのだ盆暗が」

 

 応酬。面を合わせればぶつかり合うしかない二人が、言葉を以て打ち合っていた。

 

「そんなだから、この杖を奪われたのですよ」

「そんなだから、その杖を奪取される事になるのだ」

 

 見せつける様に掲げたソロモンの杖。遠当てで吹き飛ばしていた。童子切。その場にいる誰もが視認できない程の速さで抜かれた逸品。寸分の狂いなく杖を吹き飛ばした。雪音クリスが凄まじい速度で飛びつく。杖の奪還。それが完了していた。

 

「ッ!? 全く何時も何時も僕を痛めつけてくれますね。いい加減、僕もやり返したいと思っていた所なんですよ」

「自業自得では無いか。お前が人の道に外れる事を為すから痛い目を見る」

「これだから脳まで筋肉で出来ている人間はいやですね。直ぐに暴力で訴える」

「たわけが。頭しか使わないから、毎度痛い目を見るのが解らんのか」

 

 クリスの首の光が点滅を続ける。それを見ているウェルは、余裕の笑みを浮かべていた。まだ彼には自動人形と言う手札がある。だからこそ、装者や部門を前にしても平静を保っていた。それに違和感を感じる。自動人形とは言え、二人を同時に相手をできるほどの戦力では無い。ユキは言葉を交わしながら、一挙手一投足に意識を向ける。

 

「全く、僕がその首輪に起爆装置を付けていると思わなかったのですか?」

 

 見せつける様に起爆装置を取り出すウェル。

 

「ッ!? 予想通りの反応ありがとうございます。まったく見事に壊してくれましたね。かなり痛いんですよ!」

 

 瞬間、再び放たれる遠当て。雪音クリスの付けられた首輪の起爆装置が壊れる。更に一つ手札を失った。それでなお、ウェルは余裕を崩さない。全ては計画通りだと言わんばかりの様子である。黒金が姿を現す。自動人形。ウェルの直ぐ傍らに佇んでいる。

 

「後は、首輪を壊しさえすれば」

「だそうですが、あなたはどうするつもりなんですか?」

 

 クリスの首に付けられた首輪を壊しさえすればそれで全てが終わる。そんな確信を持った翼の言葉に、ウェルは悪意に満ちた笑みを浮かべた。未来を救い出そうとした響を斬り裂いた時に浮かべた笑み。それと同種の笑みを浮かべている。

 

「あたしの事はもう良いんだ。逃げてくれ」

「何を……?」

 

 思いもよらなかったクリスの言葉に、翼は目を見開く。一瞬、クリスが言っている言葉の意味が理解できなかった。

 

「後は首輪を何とかすれば」

「無理なんだよ。この首輪は外せないんだ。壊せないんだよ!」 

 

 クリスの叫び。反射的に翼は踏み込んでいた。

 

『――自動錬金』

 

 刃は止り、不可視の壁に阻まれる。斬撃を阻む結界。それがクリスを包む様に展開される。反発。羽々斬の一撃を、苦も無く阻んでいた。翼の瞳が見開かれる。刃が通らない。どう打ち込んでも、刃が通らなかった。全力の斬撃。ユキの斬鉄ですら、その障壁は弾き飛ばしていた。雪音クリスの首輪に脅威が迫る時、それは展開されていた。

 

「くくく、ははははは!! その首輪は特別品ですよ!! あなた方の刃では、どうやっても壊せない逸品だ。例え絶唱だったとしても防ぎきる硬度! それを破る手がぁ、あんた達には無い!!」

「もう良いんだ。逃げてくれよ。この首輪は、半径十数メートルを吹き飛ばすと聞いている。あたしが杖を連れて逝くから、あんたたちは逃げてくれよ」

「逃げられる訳が無いだろう!」

「逃げて、くれよ。頼むよ……」

 

 逃げられるかと叫ぶ翼に、クリスはソロモンの杖を抱きしめ泣き笑いを浮かべる。あたしがこの杖を連れて逝くから後は頼むよ。そんな言葉を笑顔で語る。大粒の涙を浮かべながら。

 

「逃げんよ。それよりも君の願いを聞かせて欲しい」

「あたしの願いは、あんた達が生きてくれる事だよ! あたしが居た事を、覚えてくれる事だよ。だから――」

 

 ユキが零した問いに、クリスは涙を零しながら答える。そして、意を決し杖を地に突き刺した。アームドギアを構える。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal――」

「絶唱だと!?」

 

 雪音クリスはユキと翼に向けて絶唱を歌う。アームドギア。超遠距離用の銃身が生成される。光、ゆっくりと収束していた。悲しくなるほどゆっくりとした力の収束が二人に逃げてくれと伝えていた。

 

「それが君の本心なのか。それが、君の望みなのか?」

「そうだよ。これがあたしの望みだ。生きてくれよ。あたしが大好きだった場所で、大好きな人に生きていて欲しいんだよ!!」

 

 ソロモンの杖は自分が連れて逝くから逃げてくれ。それが雪音クリスの願いだった。

 

 

 

 

 

 

「解った」 

 

 クリスの願いを聞き、童子切を構えた。馬鹿者が。声に出さずに呟く。涙をぼろぼろと流しながら逃げてくれと懇願されていた。置いて行ってくれと懇願されていた。死と喪失の恐怖に濡れた顔で泣き笑いを浮かべていた。その様な子供を置いて逃げる事などできる訳がない。童子切。構えた。震える。好きなだけくれてやると呟く。左腕、躊躇なく斬り裂いた。鮮血が吹き上がる。

 

「な、何してんだよ!?」

「お前が此処で死にたいと言うのが本心ならば、俺もここで死んでやる」

「ッ!?」

 

 クリスが息を呑む。血刃。その身を深紅に染めている。痛みなど無かった。ただ、目の前の少女をここまで追いつめてしまった事だけが辛く思えた。踏み込む。

 

「だからもう一度聞く、それが君の願いか? 君の本心なのか?」

 

 絶唱を斬っていた。遅すぎる力の収束。それは斬って下さいと言わんばかりの力だった。絶唱が斬られた事で、生成されていたイチイバルの銃身が元に戻る。クリスがへたり込む。涙が零れていた。

 

「なんで、なんでだよ! 何でそこまでしてくれるんだよ!! あたしはあんた達に、酷い事をしたんだぞ!!」

「たわけが。泣いているお前に手を差し伸べるのに、今更何の理由がいるのだ。あまり俺を見くびるなよ。お前の抱える程度のもの、何時でも背負ってやる」

「――ッ!?」

 

 言い放った。今更何を言ているのだ。そんな言葉しか出てこない。雪音クリスは上泉之景にとって、ずっと内側に居た女の子だった。今更構うなと言う方が無理なのだ。助けない選択など、ありはしない。

 

「……けて」

 

 クリスが小さく声を零した。だが、聞こえない。言え。右手の意志で伝えていた。

 

「助けて。あたしを助けて! 居なくなりたくない。死にたく、ない……。もっと一緒に、居たいよ……!!」

 

 漸く聞けた雪音クリスの本心だった。小さく笑う。その言葉が聞きたかった。あの雪音クリスに懇願されていた。ならば、為さない訳にはいかない。先達として、後進の叫びは無視などできる筈がない。

 

「と言う訳だ、風鳴の」

「漸く言ってくれたな、雪音。必ず救う。私の刃はその為にある」

「せん、ぱい」

 

 風鳴のが刃を構えた。隣に立つ。童子切。血を存分に吸わせていた。斬れぬものなど何もない。

 

「そうですか。それがあなた達の決断ですか! ならばこちらも切り札を切るまで!! 英雄の剣は、一振りでは無いのですよ!! 試作型英雄の剣Ⅲ(プロト・ソードギア)抜剣!!」

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 黒金の姿が淡き輝きに包まれる。純白。黒き体に白い外套を纏った人形が舞い降りる。敵。小日向が纏ったそれと酷似する飛翔剣を持つ。英雄の剣を抜き放っていた。笑った。その程度で止められると思っているのか。呟く。血が流れている。雪音クリスを救う為の戦いだった。隣には頼もしい後進もいる。負けろと言われる方が難しい。血など何度でも流してやる。

 

「少しだけ待っていろ。直ぐ、終わらせる」

「うん……」

「クリス、生きる事を諦めるな。俺は、生かす事を諦めない。お前は誰からも愛されている。居場所が無いと言うのなら、作ってやる。だから、もう泣くな」

 

 白猫が頷く。それが、戦いの合図だった。




先を行く者の思いは、後を行く者に継がれていく。
次回、掴んだその手の守るもの

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