煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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17.覚醒の鼓動

「あらら? どうやら死んじゃったようね」

 

 黒金の視界から移される映像を見たガリィは口元を歪め呟いた。

 

「人の身であれだけ派手に立ち回った。本気の自動人形を相手に素手で挑み、剣を手折ったのならば十分すぎるだろう」

 

 感情の無い目で見据えていたレイアはユキの戦いぶりに僅かな称賛を零す。

 

「剣殺しにすら正面から立ち向かった剣。本物の技が見れないのは惜しいけど、国宝の欠片が手に入ったので良しとしましょうか?」

 

 剣聖の残した技が無くなるのは些か残念ですがとファラは小さく笑う。童子切の欠片。黒金が手にしたのは、あるか無きかの刃毀れだが、確かに当代の使い手の持つ童子切を手にしていた。

 

「始まりの巫女は消滅し、予定とは些か違ったが、斬れぬものを斬る剣士も死に絶えた。計画は順調と言える……」

 

 錬金術師はただ呟く。童子切安綱の使い手。極限まで研ぎ澄まされた技を持つ者が担い手となった時、目に見えぬものすらも切ってしまう剣だった。万象黙示録の完成の為、世界の分解を最終目的と定める少女にとって、最大の障害となるのがフィーネであった。胸の内の思いを届ける為。他者が聞けば何を馬鹿なと思わずにはいられない事だが、フィーネはその為だけに統一言語を復活させ、世界を支配しようとしていた。その世界の分解を行おうと言うのである。邪魔をしない筈がない。そんな思惑から、上泉之景にフィーネを斬らせようと言うのが少女の目的だった。錬金術師の少女にとってF.I.S.がフィーネの再誕を嘯いたのは渡りに船と言う訳であった。F.I.S.は世界に挑んだ敵である。上手くいけば、フィーネの魂を斬らせる事が出来る。当初表明していたマリア・カデンツァヴナ・イヴが器では無かった為、思惑自体は大きく外れた事となったが、結果としてフィーネは両断され消え去ったという事だった。そして、不要となった剣聖の血脈も黒金が仕留める事に成功していた。童子切の欠片と言う、大きすぎる置き土産も残してくれている。血刃。その身に何度も刃を受けた黒金の自動人形には、確かに剣聖の技が刻み付けられていた。予想だにしていない大きな手札が手に入った。それは少女にとって僥倖と言える。

 

「ミカの起動まであとどのぐらいだ?」

「あと少しってところですねー。ミカちゃんは大喰らいなので、F.I.S.の混乱に乗じても必要な想い出にはなかなか到達しないんですよぉ」

「そうか。それでも、予定よりも随分と速い」

「しかし、このままでは月が落ちてくるかもしれませんねぇ。どうするんですか、マスター?」

 

 ガリィが主人に向け尋ねる。上空には、博士がフロンティアを浮上させた折に、随分と近くに引き寄せてしまった月が輝いている。幾らかは存在していた月の衝突までの猶予が殆ど無くなってきている。カディンギルによって幾らか砕かれているとは言え、未だその質量は膨大である。何らかの手段で砕く事が出来たとしても、月がぶつかった時の衝撃は計り知れないだろう。どうするのだと主に問うた。

 

「別に。世界が滅ぶと言うのならそれでも構わない……」

「へぇ……。随分とラスボスらしい事を言うんですね!」

「茶化すな。世界を知るだけならば、滅んでいようとあまり変わりはしない。パパを殺した人間たちが全滅すると言うのなら、それはそれで一興と言うものじゃないか。計画は随分と修正が必要になるだろうが、邪魔者も居なくなるのならゆっくり進めればいいだけだ」

 

 月を見上げる少女がどうでも良いと答えた。今から月を壊す事は流石の少女とは言えできる訳がない。しかし、逃げるだけであるならば幾らでも方法はあった。本当に問題があるのならば、所属する組織が何とかするだろうと他人事のように投げやりに考えていた。少女にとっては、どうせ壊すものである。どちらもでもよかったと言う訳だ。今あるものを壊そうと、滅んだものを壊そうと、どちらでも良い。知る事が目的なのだから。

 

「父のようで在れたか……、か」

 

 上泉之景の最期の台詞を思い出す。あの傷では、数分も持たないだろうと言う判断の下、ウェル博士は撤退していた。人の身でノイズはおろか、自動人形すら退けた人間。それも人間相手に手加減をしていない、本気の自動人形をだ。

 

「一度ぐらいならば、語ってみても良かったのかもしれないな」

 

 不可能を押し通して来た男だった。その男もまた、父に託された想いを胸に戦って来ていた。恐らく少女とは相容れないだろう。だが、目的などとは完全に違う所で、一度接触していれば良かったと僅かな後悔が生まれていた。父親の姿に憧れ、その言葉を胸に抱き血を流し続けた人間であった。ウェル博士の言葉が思い起こされる。英雄。そんな人間が存在すると言うのならばそれは。

 

「奇跡が起こると言うのなら、精々見せてもらうとしようか」

 

 考えても詮無きことである。生き残ったのは、英雄志望の偽りの剣を持つ男だった。煤に塗れ、血を流し続けた人間は力尽きたのだ。それがほんの少しだけ惜しいと思うが、頭を振り打消した。残るは余興だけである。ルナアタックの英雄と呼ばれた少女たちは、迫る災厄にどう対処するのか。それだけが気になる事だった。

 

「その奇跡すらも食い破る為に、な」

 

 少女は玉座に向かい背を預ける。英雄は去った。少女たちだけで何処まで出来るのかが、興味の対象だった。

 

 

 

 

 

 

 

「殺した。僕がかつて憧れた理想(えいゆう)を殺した!!」

 

 ウェルは自動人形に連れてこられ、フロンティアの中を一人歩いていた。黒金の自動人形。装者と上泉之景とのぶつかり合いの後、その姿を消していた。ソロモンの杖も奪還されている。それでも尚、ウェル博士の昂ぶりは収まる事が無かった。大きすぎる高揚の為、涙すらも零れ落ちる。

 

「人類の天敵であるノイズすらも斬り裂ける人間。シンフォギアと言う選ばれし武装をすらも無く、ただ人間の技だけで屹立していた英雄を、僕が倒したんだ!」

 

 ネフィリムの細胞を用いたリンカーを投与した左腕。聖遺物を制御する事が出来る腕で、最期の英雄の剣に触れながらフロンティアを制御する。英雄の剣を展開する膨大なエネルギー。シンフォギアやネフィリムを介さずにそれを行うには、膨大な力が必要だった。そして、その力はウェルの目の前に存在していた。どこに居ようとフロンティアを制御できる力。それを以て英雄の剣に力を注ぎ続ける。

 ウェル自身が見た剣聖の力。あり得ない程の動きであった。ノイズを置き去りにし、自動人形や英雄の剣すらも退けていた。あれ程の力が欲しい。何ものにも負けず、撃ち破れるほどの力だった。ソロモンの杖奪取の時に遭遇し、一目で魅せられた。殺す気で嗾けたノイズ。何の成果も無く目の前で斬り裂かれていた。シンフォギアを纏うルナアタックの英雄にもその時に遭遇したが、ウェルにとっては既にどうでも良い存在となっていた。少なくとも、その力だけは本物だった。英雄にある種の憧れを持つウェルにとって、上泉之景と言う男は、かつて見た理想の体現者であったのだ。だから気になった。計画に関係ない場所で何度も接触を行った。近付けば斬られると言う危険を冒して尚、知りたかったのだ。彼が本当に本物であるのかを。

 

「あなたは確かに英雄でしたよ。この僕が認めてあげます。誰かを守る為に血を流す事も厭わない在り方。死の恐怖ですらあっさりと乗り越えてしまう意志。そして何者をも寄せ付けない技。確かにあなたはかつて憧れた理想(えいゆう)でした」

 

 だからこそ、ウェルはユキを目の敵にした。何故今更英雄が現れるのか。全てを救うに足る力を持つ者が、何故今になって目の前に現れたのか。只許せなかった。世界を敵に回し、悪を為すと決めた矢先に、かつて抱いた理想の体現者が目の前に現れたと言う理不尽に嫌悪すら感じた。この世界におとぎ話の様な本当の英雄など居ない。居る筈がない。世界を知ったウェルが抱いた結論はそれだった。居ないと言うのなら自分こそが英雄となるしかない。そう思い定めた時に、理想が目の前に現れた。これ程の皮肉はありはしない。憧れと憎悪と言う複雑な感情をウェルはユキに抱いたのだった。だから、ウェルはユキの事を壁と呼んだ。本物の英雄を超え、自分こそが最後の英雄として屹立する。そんな狂おしい程の欲求が沸き上がった。認めたくない。今更現れた理想などに邪魔をされてなるものか。出会う度に言葉を交わし、ユキと言う人間を見定めた。子を守る為に刃を振るい、人の道に外れる行いには正面から挑み撃ち砕いて行った。暴走した立花響をあしらう姿など、逃げるしかなかったウェルにとって、理不尽以外の何物でも無く、同時に憧れの対象だった。だから超える為に、何度も挑み、試行錯誤を重ねた。

 

「それでも、僕が勝った。僕の持つ英雄の剣が、英雄の身に刃を突き立てた!! 先を行く者は倒れ、後を行く者にその道を示す。あなたは、僕にとっても最高であり同時に最悪の英雄でしたよ」

 

 そして、遂にかつて見た理想を、幼き頃に見た幻影を撃ち砕いた。英雄の身に、英雄の剣を纏うも者が深く爪を突き立てた。存在することそのものが理不尽であった、上泉之景と言う男に、己が剣を以て引導を渡す事に成功していた。生化学者であるウェルには直ぐ分かった。あの傷では助かりようがない。外傷ならば兎も角として、内部から破壊されれば英雄と言えども耐えられる訳がない。それでも尚、守るべき者たちの為に屹立し続けたユキの姿に、憎悪よりも敬意が勝った。英雄は、最後の最期の時まで英雄であり続けた。そんな気持ちを抱き、自身の手では決して倒せなかった事に苦い思いを飲まされもした。手にする英雄の剣を強く握る。充分にフロンティアから力を得ていた。だが、まだ足りない。最強の剣を生成し、最強の技を発生させる剣。それにはまだ、力が足りなかった。

 

「英雄と呼ばれる男は倒れ、世は新たな英雄を求める。人は力を持つ者を、僕と言う新たな存在を求めるんだ」

 

 フロンティアの力を限界まで充填された、最後の英雄の剣は光を帯びる。それは、シンフォギアの光すらも越える、英雄の輝きであった。涙が零れる。かつて抱いた理想を撃ち破った事に、ウェルは感極まり狂喜を抑えきれない。英雄の剣は怪しい光を放ち、ただウェルの手の中に納まっている。昇降機を起動させる。後は、ただ待つだけであった。英雄が戦う最高の舞台が整うその時まで。

 

 

 

 

 

 

「切ちゃん、ちょっと待って」

「どうしたデスか、調?」

 

 暁切歌と月読調が駆けていた時、不意に調が鋭い声を上げた。切歌は驚き視線を前から移す。調。何かを見つけたのか、呆然と目を見開いている。

 

「切ちゃん……あれ……」

「どうした……え?」

 

 切歌は調の視線の先を見る。何を驚いているのか、そんな疑問が湧き、それを見た瞬間に同じように目を見開いた。突き立った血塗れの刀。直ぐには地面に吸い込み切れない程の血液。倒れ伏す人間。先程切歌を止めようとして刃を受け止め続けた人間の姿だった。

 

「な……にが?」

 

 目の前にあるものが何かが理解できなく、切歌の口からは言葉にならない言葉が零れる。調と和解し、頭が冷えていた。上泉之景。対峙していた人間は、ただ切歌の話を聞き止めようとしてくれていた人間だった。何度も対峙した立花響と同じく、二人の話を聞いた上でを止めようとしてくれた人であった。その人が倒れ伏している。動きはしない。熱すら少しずつ失い始めている。死。そんな言葉が切歌の頭に過る。

 

「そう……あなたは、あなたの守りたいものの為に戦ったんだね……」

 

 調がユキの手を取り、呟く。左腕。付けられている小さな腕輪に触れた。目を閉じ調は小さく呟く。

 

「あたし、まだ何も謝れてないデス。止めようとしてくれた人に刃を振るうだけ振るって、まだごめんなさいって言えてすらいないデス!!」

「切ちゃん……」

 

 切歌の瞳から涙が零れた。二人はユキと特別関わりがあったわけではない。だが、何度もその姿は目撃していた。二人が謹慎を言い渡された時、博士が二課とぶつかり合い、非道を以て響の腕を斬り裂きネフィリムに喰らわせた。そして暴走した響を正面から止めている。二人で絶唱を放とうとした時、絶唱ごと斬られ止められていた。小日向未来が無理やり装者と仕立てられた時、怒りを露にし生身で空すらも飛んで見せた。人が怒るべき時に怒り、刃を抜かなくても良い時は必要以上に振りかざさなかった。味方を己の血を流しながら、守り続けた人だった。問答無用で襲い掛かった切歌ですら、止めようとしてくれた大人である。調と共にマリアを助けに行く事を決めた切歌にとっては、何れきちんと謝らなければいけない相手だった。それが、血を流し、だが穏やかな笑みを浮かべ事切れている。涙が零れた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいデス……」

 

 そんな言葉しか出ない。傍で膝から崩れ落ちた切歌に、調は声をかける。

 

「切ちゃん。今はいかなきゃ……」

「解ってる、デス……」

 

 それでも戦わなければいけなかった。まだマリアは泣いている。そのマリアに早く駆け付けてあげなければいけないから、二人は立ち上がる。歌。歌いながらシンフォギアの速度を上げていく。戦場に、少女たちの歌が響き渡る。左手に付けられた腕輪、薄紫の欠片が光を映している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴはギアを纏い、たった一人で歌を歌っていた。月の落下。それを防ぐ最後の手段を用いる為に、歌が必要だったからだ。歌からはフォニックゲインが生成される。かつてルナアタックの英雄である三人の装者が、リディアン音楽院の生徒たちの歌から発せられる高レベルのフォニックゲインを身に纏い、エクスドライブに至ったように、歌には奇跡を起こす力があった。フロンティアより世界に中継されるマリアの歌。それに共鳴するように全世界の人間のフォニックゲインを集約させる事が出来れば、それを照射し、かつてバラルの呪詛を発生させるために作られた月の遺跡を再起動させる事が出来る。F.I.S.の聖遺物に関する第一人者であるナスターシャ博士がフロンティアを探し回りついに見つけた、世界を救う可能性だった。

 マリア達F.I.S.は世界を救うために立ち上がり、悪を為してでも多くを救う為に戦って来ていた。世界に挑み、フィーネを語り、英雄と呼ばれる少女たちに刃を向けて迄歩んだ道。その重さに耐えきれず、フィーネである事すらも成し切れなかったマリアではあるが、最後に見つけた希望。それに縋る様に歌を歌い続ける。全てを偽り、世界を敵に回したマリアであったが、世界を守りたいと言う思いだけは本物だった。どうか皆、力を貸して欲しい。そんな意思を歌に宿し、胸の思いを歌い続ける。フォニックゲインが少しずつ高まり始める。だが。

 

『月の遺跡は……以前沈黙したままです』

 

 母であるナスターシャの言葉だけが響く。世界を救いたい。そんなマリアの気持ちを込めた歌ではあるが、それでも月の遺跡を再起動させる程のフォニックゲインの高まりには届かない。

 

『もう一度、月の遺跡の再起動を試みましょう』

「無理よ、マム。私の歌では何も救えない……。私では、誰も救えない……」

『マリア、これが最後の希望なのですよ。あなたの歌だけが、世界を救えるのです』

 

 自分の歌では世界に響はしない。そんな事実を突き付けられ、マリアの心は完全に圧し折られた。ナスターシャの言葉が胸に届くも、マリアは立つ事が出来ない。世界の命運に立ち向かう事が出来ないでいた。それでも何とか立ち上がる。

 

「あまり勝手な事はしないで欲しいですね!!」

「あう……ッ!」

 

 再び歌わなければいけない。そんな事を考えていたマリアを、制御室に辿り着いたウェルが殴り飛ばした。ギアを纏ったマリアが吹き飛ばされる。殴り飛ばされた頬に手を添え、呆然と見つめた。

 

「月が落ちてくれなければ、僕が英雄として力を振るえないじゃないですか! 漸く英雄の力を振るう時が来ていると言うのに、邪魔をしないで欲しいですね!!」

『マリア!』

「ちっ、やっぱりおばはんの仕業か」

『お聞きなさい、ドクターウェル。フロンティアの力を用いて束ねられたフォニックゲインを収束し照射すれば、月の遺跡は再起動し、月は元の軌道に戻せるのです。今が、最後のチャンスなのですよ』

 

 マリアが歌で世界を救おうとするのを邪魔しようと現れたウェルを、ナスターシャは何とか説得しようと試みる。ここで、月の再起動に失敗すれば、どれほどの犠牲が出るのか。そんな事を考えると、絶対に止めなければならない。

 

「そんなに月の遺跡を動かしたいと言うのならば、あんたが行ってくればいいだろう!!」

 

 ナスターシャの言葉を無視し、ウェルはネフィリムの左腕を以てフロンティアを制御する。振動がフロンティア全体に響いた。凄まじい音が響き渡る。ナスターシャが居るフロンティアのエネルギー制御室が月に向かって射出された音であった。轟音が届き、マリアが目を見開いた。母が、月に向かい打ち出されていた。ウェルの笑いが響き渡る。

 

「よくもマムを!!」

「僕に手をかける心算か? 人類全体を殺す事と同じだぞ?」

「殺す!!」

 

 母を殺された。高らかに笑うウェルを、マリアは生成したアームドギアで襲い掛かった。ウェルは左手こそネフィリムの力を宿しているが、その体はまだ人間のものである。シンフォギアを纏うマリアにとっては、命を奪おうと思えばそれほど難しい事では無かった。

 

「ふはははは、流石の僕も殺されるのは御免被りますよ!!」

「な……!?」

 

 ウェルに突き付けた烈槍。光の壁に阻まれていた。障壁。黒金の持つソレに近い者が生成されている。ウェルの首元に掛けられたペンダント。銀色の輝きを淡く発している。まさか。マリアはすさまじい悪感に襲われた。

 

「英雄と呼ばれた者は去り、真の英雄の力は呼び起こされる。聞かせてあげますよ、覚醒の鼓動を! これが僕の手にした本当の力ですよ!! 英雄の剣(ソードギア)、抜剣!!」

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 ウェルの体がシンフォギアに近い、それ以上の輝きに覆われる。完全聖遺物ネフィリムによって増幅されるフロンティアのエネルギー。それを限界まで英雄の剣に注ぎ込んでいた。その強さはシンフォギアをも凌駕する。天才であるウェル博士が、何度も英雄に挑み導きだした、人に扱えるギリギリまで力を高められた外部兵装。白き輝きを放つ外套。羽のように展開された十二本の飛翔剣。そして、両手に生成される英雄の剣。改良に改良を重ねた、ウェル博士の為に作られた最後の英雄の剣だった。その輝きは、ルナアタックの英雄たちの纏ったエクスドライブにすら匹敵しかねない。漲る力が、ウェルの全身を迸った。

 

「これが英雄の剣。これが、英雄に与えられた力……! くくく、ふふふ、はっはははははっははは!!」

 

 自身の両手に生成された二振りの剣。背を守る様に展開される剣の翼。全身を覆う気力の外套。その全てが、英雄となった男に力を与えていた。

 

「ウェル!!」

 

 予想だにしていなかった展開に、マリアは一瞬怯むも、母を失った怒りがその程度で萎える事は無かった。両手で裂槍を強く握り直し。ウェルに向かい斬りかかる。

 

「フィーネを語りし偽りの装者。世界を守る大義の為に悪を為すと決めたのでしたね、マリア?」

「な!?」

 

 全力の一撃。それを、ウェルは視線を移す事もせずに受け止めていた。掲げられた左腕。聖遺物を操れるネフィリムの腕を以て生成された、最も出力の高い剣で受け止められていた。硬直。何だこれはとマリアは思う。戦いなどした事の無いウェルを全力で打って尚、一歩たりとも動かす事が出来なかった。

 

「僕が認めた男は身を以て示してくれましたよ。意志の宿った一撃は、何者にも阻めはしないと! それに比べれば、お前の槍は軽すぎる!! そんな覚悟で世界を背負おうとしていたなんて、笑わせないでくださいよ!!」

 

 無造作に降り抜かれた一撃。銀閃。剣聖の力で吹き飛んだマリアに、十二本の飛翔剣が追撃をかける。

 

「かは……!!」

 

 マリアの持つ烈槍を撃ち砕き、黒き外套をずたずたに引き裂いた。たった一度の交錯。それだけで、英雄の力を得たウェルに、マリアは完膚なきまでに撃ち破られていた。

 

「ふはははは!! 強い、強すぎるぅ!! 僕の剣は圧倒的じゃ無いですか!! まるでシンフォギアがゴミのようだぁ!! この力があれば、僕はこの世界最後の英雄だ!! やったあああああああ!!!!」

 

 為す術もなく吹き飛ばされ倒れ伏すマリアに、ウェルは興奮が収まり切れず高らかに笑った。英雄の剣は今解き放たれる。それは、真の英雄の誕生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愛は奇跡を起こす、か』

 

 風と煤だけが吹き荒れる場所で、呟きが響き渡った。

 

『魂を斬られただ消えるだけの私が、何の因果か今ここに在る』

 

 始まりの巫女はただソレを見据え言葉を紡ぐ。

 

『少女の歌は奇跡を起こしたわ。互いを思い合う友愛の歌が。支え合う親愛の歌が。寄り添う相愛の歌が。世界を守りたいと言う慈愛の歌が。それが今、私をこの世に繋ぎ止めている』

 

 上泉之景の身に着けていたネフシュタンの腕輪。フィーネの器である月読調が触れた時、その力は既に起動していた。消えかけていたフィーネの魂の一部がそれに乗り移っていた。元々フィーネと一体化していたネフシュタンの欠片である。器となるには何の不都合も無かった。

 立花響が小日向未来を救う為に歌った歌。暁切歌と月読調が互いを想い歌った絶唱。風鳴翼と雪音クリスが守りたいものの為に歌った絶唱。そしてマリア・カデンツァヴナ・イヴが世界を守りたいと願い歌っていた。その全てが、弱弱しく起動していたネフシュタンの力を力強く脈打たせる。

 

『全く、この男は人に愛されている事を知れと言っておきながら、自分がまるで解ってないじゃない』

 

 フィーネは駄目な子供に言い聞かせるように呟く。ネフシュタンの腕輪。それに僅かに宿ったフィーネの意志により腕輪は制御されていた。それは、今のフロンティアに高レベルなフォニックゲインが収束されているからこそできる芸当だった。歌に引き起こされた奇跡。確かに起こっていた。

 

『あなたは確かに守ってくれたけど、あの子の体だけ守っても仕方が無いじゃない。あそこまで言ったのなら、責任取って心も守り切ってもらわないと。だから、自分がどれだけ思われているか自覚しなさい。あなたが認めようと此処で死ぬなんて、あの子の母親変わり(わたし)が許さない』

 

 心臓は止り、体の機能は停止している。だが、その魂は未だ消えてはいない。身体は欠片が維持している。

 

『始まりの歌は、ただの風であった。歌によって起こされる奇跡の始まりもまた、風でなければならない』

 

 実体のないフィーネが、上泉之景に触れる。

 

『あの子らは先に奇跡を起こして見せた。ならば、あなたはまだ寝てはいけない。風は、奇跡の通り道を吹き抜けなければならないのだから』

 

 フォニックゲインの高まり。それが、ネフシュタンの力を十全に用いるのに十分な高さまで極まる。

 

『後を行く者が奇跡を起こして見せたのよ。あなたはもう一度立ち上がって見せなさい』

 

 衝撃が駆け抜けた。

 

「どうやら……、おちおち寝かせても貰えない様だ」

 

 一陣の風が吹き抜ける。

 

『あら? 助けない方が良かったかしら?』

「まさか。夢を見ていたよ。剣聖を名乗る愚か者に、一手指南して来いと言われた」

 

 剣聖は笑みを浮かべる。覚醒の鼓動。確かに脈打っていた。

 

 

 

 

 

 

 




マリア、世界に向け歌を歌う
ウェル博士、壁を打ち破り真の英雄へと至る
フィーネ、フィーネフシュタンとして再誕

英雄の試練内容を更新
・大切なものを守る為、命を落とす
・死して尚、再び立ち上がる

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