煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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18.無双の一振り

「私には、何も救えない……」

 

 身に纏うギアをずたずたに引き裂かれ、烈槍すらも砕かれたマリアはへたり込み呟いた。瞳から力が消えうせる。世界を守る事が出来ず、母を殺した相手を殺す事も出来ず、手にした槍も無様に手折られてしまっていた。唯一彼女を突き動かした憎いと言う想いも、覚醒した英雄に無惨に引き裂かれ、生きる意味すら失った。心の底からの絶望。ガングニールを纏った少女にそれが舞い降りる。

 

「世界を守れず、マムの仇も取れはしない。私は、何の為に生きれば良いの? 私は、一体これまで何のために……?」

「世界は一度壊れますよ。人間と言う種は限りなく少なくなる。唯一生き残った人間を増やす為に、女として生きる為じゃないですか?」

「……ッ! 私は私はそんな事の為に悪を為したんじゃ……」

「そうですね。ですが、あなたは何一つとして自分で決める事が出来なかった。背負う事が出来なかった。そんな弱すぎる女にできる事なんて、子供を産む以外に何があるって言うんですか!」

 

 生きる希望を失った少女に、英雄は哄笑を浴びせながら答えた。更なる絶望が襲う。ウェルにはもう、世界を救う気など無くなっていた。月の衝突によって起こる大破壊。それをフロンティアでやり過ごした後、楽園を作る心算でいた。幸い、このフロンティアには僅かにだが人間は存在している。ウェルには今や英雄の剣があり、装者を手折る事など何の障害にもなりはしない。装者達は見目は良い。ウェルにとって大して重要な事では無いが、再び人を増やしていく器には最適だったと言う訳だ。殺さずにいたのは、ただそれだけであった。女を集めるのが面倒だ。それだけの為だけに、マリアは生かされたという事だった。

 為したかった理想に撃ち砕かれ、大切なものを失い、生きる希望すら失っていた。マリアの瞳から涙が零れる。全てを踏み躙られた挙句、慰み者にされなければいけないのか。自分が生きたのは、そんな事の為だったのか。既に折れていた少女に、耐える事などできる筈がなかった。恥も外聞もなく泣き崩れる。

 

「ははははは。そうなると可愛いものですよ。フィーネを語った事でも思い出して、自分がいかに駄目な女であったか思い出してみると良いですよ。それ位は、許してあげますから」

 

 ウェルの笑い声だけが響き渡る。涙だけが零れた。誰か助けて。呟く。返事など来るはずがない。母は月に飛ばされ、友である調は離反し、切歌はその調とぶつかり合っていた。彼女が頼れるものなど、既に何処にも無くなっていた。唯一あったガングニールすら、何の抵抗をする事も出来ず粉々に砕かれている。何一つ打つ手がなかった。砕けたガングニールが視線に入る。

 

「僕は人の庭を駆け回るノラ猫を駆除しなければなりません。充分に噛み締める時は上げますよ。英雄は優しいんですよ。英雄の剣はシンフォギアを遥かに上回る性能を出している! 主人自ら出る必要など既にないという事ですよ。だから、ネフィリムでも操りながら時間を潰させて貰いますよ!!」

 

 両手でフロンティアを制御し、完全聖遺物であるネフィリムをフロンティアの力で生成する。残っている装者を手折る為、ギアの反応を観測、最適な位置に出現させていた。ウェルの意識は制御に集中していた。最早、マリアに何もできない事を確信している。そしてそれは事実だった。マリアにはウェルをどうこうする力は無かった。しかし、槍を持つ事だけは出来た。チャンスは今しかない。

 

「ごめんなさい。マム。調。切歌。セレナ……。私には、何も出来なかった。何も、守れなかった……。こんな私には生きる価値も、意味も、何もない……」

 

 涙が零れ落ちる。このまま自分の胸を一突きにすれば楽になれる。全てを砕かれた少女にとって、それは酷く魅力的な誘惑だった。目を閉じる。手が震えた。自分を信じてくれた人たちの姿が脳裏に浮かびあがる。時に厳しく、時に優しく自分を導いてくれた母。本物の親では無いが、マリアにとっては母親であったナスターシャ。何時も自分の傍に居た二人の親友。調と切歌。そして、自分たちを守る為に、遥か昔に死んでいった最愛の妹。マリアの歩んだ軌跡が、死を選んだ今、魂に刻み付ける様に思い浮かんだ。

 

「私に生きる意味なんて、何もなくなった」

 

 烈槍を強く握った。怖い。手にした槍が情けない程震える。唯一取れる、自死と言う手段すら怖くて仕方が無い。だが、もうマリアに残されているものはそれしか無かった。何一つ守れず、全てを失った少女にとって、最後に取れる手段は、せめて尊厳を守る事だけであった。好きでも何でもない人間の子を産むなど、許容できる訳がない。恐怖に揺れる心を奮い立たせるため、両手で烈槍に力を入れる。涙と共に、絶望が零れ落ちた。

 

「意味なんか、後で考えれば良いじゃないですか。だから、生きる事を諦めないで!!」

 

 不意に声が聞こえた。それだけで、マリアの手は止ってしまう。怖くて怖くて仕方が無かった。それでも無そうとした選択は、たった一言だけで覆されてしまっている。マリアはウェルに意志が弱いと烈槍を手折られる事で身を以て知らされていた。確かにそうだと自覚する。聞こえた言葉に、ただただ安堵していたからだ。

 

「おやおや、誰かと思えばあなたですか。ははははは。シンフォギアを失った偽りの英雄が何故こんな所まで?」

 

 フロンティアの制御に集中していたウェルは、小馬鹿にした笑みを浮かべる。そんなウェルを一瞥するも、響はマリアに駆け寄り烈槍を手にするマリアの手に触れた。今はウェル博士などに構っている時間は無い。尋常では無いマリアの様子に、響はそう理解していた。

 

「無視ですか。まぁ、良いでしょう。あんたにも散々煮え湯を飲まされはしましたが、今となってはただの女の子に過ぎない。僕は抗わない人間には寛大なのですよ! 英雄になった男ですからね! 偽りの英雄だった少女の無礼にも、慈愛をもって許してあげますよ!!」

 

 自分の得た力に酔いしれるウェルは、響の行動を目の前に居ながら容認していた。手折られた装者と、纏う者が無くなった偽りの英雄。ウェルにとっては、立花響も今やただの少女でしかなかった。マリアに駆け寄った響を見詰め、女は多い方が良いかと呟く。人類を増やすには、雌は多いほど良い。その程度の認識だった。世界が滅んでしまえば、力を持たない少女たちはフロンティアに居る以外に選択肢がない。今の彼女らにできる反抗など、英雄は揺るぎはしないのだからと余裕を持って接していた。

 

「あなたは……」

「私は立花響、16歳。最近恋をした私が、マリアさんとお話をしたくて此処まで来ました!」

 

 自分には何もない。生きる意味すらも失っていたマリアにとって、最早響の言葉だけが生にしがみ付けていた。ぽつりと呟く。響はにこりと笑った。生きていれば意味は後から付いて来る。あの人に初めて会った時に言われた言葉。響にとって今は大切な友達が、まだ手を繋いでくれる人間を探していた頃。その時出会った先達が教えてくれた言葉だった。今度は私が伝える番だ。そんな思いを乗せて響はマリアに語る。

 

「なにを……。私にはもう何もないのよ……」

「調ちゃんに頼まれたんです。マリアさんと手を繋いで欲しいって。泣いてたら、慰めてあげて欲しいって。必ず迎えに行くって伝えて欲しいって、頼まれたんです」

 

 例え今は何もわからなくても、後から分かる時が来る。何も無いなんて事、ありはしない。響はマリアに真っ直ぐに伝えていた。調が想ってくれている。そんな言葉に、マリアの胸の中の何かが打たれる。

 

「だから、マリアさんはこんな所で死んじゃダメです。絶対にダメです!」

「でも、どうすれば……。私にはもう何もする力は……」

 

 響の言葉に暗闇の中に一筋の光が差し込んだ。思わず顔を上げる。だが、英雄の剣が目に入った。あの力には自分は敵わない。たった一度の敗北で嫌と言うほど思い知らされていた。絶望に抗う強さが今のマリアには湧き出てこない。立ち上がる気力が何もなかった。

 

「なら、私が代わりに戦います。マリアさんを守ります!」

「何を……」

 

 どうしようもないと涙を零すマリアに、響は小さく笑った。あの人は何度も自分を助けてくれた。守ってくれた。その背中に憧れた。その姿を恋しく思った。自分もそんな人と同じ事が出来るようになるんだ。そうでなければ隣に立つ資格は無い。自分の為に、そして泣いているマリアの為にもまだ終わる訳にはいかないんだ。そんな意思を瞳に宿しマリアを見詰めた。

 

「あなたが代わりに戦う? シンフォギアすら失くしたあなたが? 英雄であるこの僕と? くくく、ふはははははは!! おかしすぎて腹が痛い!! くははははは!!」

「笑いたければ笑ってくれても良いですよ。この思いは、絶対に絶対ですから」

 

 ただの少女でしかない響が、英雄である自分に挑むと言うのか。その発言の荒唐無稽さにウェルは腹を抱え笑い転げた。そんな哄笑にも響は揺らがない。先を行く人は何時も無理だと思える事を為していた。そのほんの少しでも、同じ事を為すんだ。

 

「止めなさい。シンフォギアすら失ったあなたでは……」

「そうですね。私にはもうガングニールは無い。だけど、ガングニールはここに在ります」

「え……?」

 

 響はマリアのガングニールにゆっくりと触れる。そして小さく笑った。大丈夫。必ず守ります。私はそうして貰いました。だから私も守るんです。そんな事をマリアに囁く。響の言う事がマリアには良く解らなかった。だけど、目の前の少女の強さに圧倒された。恋する女の子の言葉に、圧倒されていた。

 

「だから、少しだけ借りますね? Balwisyall――」

 

 確固たる意志の下に歌われる聖詠。思わず目を見開いた。何が起こっているのか解らない。だが、目の前では奇跡が起きようとしていた。マリアのギアが解除され、響が光に包まれる。立ち上がった。歌が響き渡る。涙が零れる。

 

「これは……、あなたの歌?」

「違いますよ。これは、私のじゃありません。私たちの歌です」

 

 マリアの呟きに響は首を振る。一人のガングニールでは無い。響にとってガングニールには奏がいてマリアもいた。だからたった一人のものでは無い。皆のガングニールだった。

 

「バカな……」

 

 目の前で行われている事実が信じられなくてウェルは呆然と零す。強さでは無い。あり得ない現実の姿に圧倒されていた。力を失った偽りの英雄が、再び奇跡を纏う。

 

「これが私たちのガングニールだあああああああああ!!!!」

 

 ウェルに向かい響は吠える。守ってくれと言われた人間が、涙を零しただ泣き崩れていた。かつて泣いていた未来の姿に重なる。絶対に守るんだ。たとえ相手が英雄の剣であったとしても、響には退けない理由が出来ていた。何度も苦汁をなめさせられた剣である。それでも失った奇跡を再び纏い英雄の剣と対峙する。

 

「マリアさんは、私が守ります」

 

 そして響は小さく笑う。マリアと響では背負っているものが違った。託されているものが違った。マリアが背負っているものも全てを背負う為に響は奇跡を起こして見せていた。マリアは勝てないと悟る。小さく笑う姿が、泣いてしまう程頼もしかった。

 

「あなた如きが僕に勝てるとでも?」

「やってみなければ解りません!!」

 

 拳を握りウェルを見据える響に、落ち着きを取り戻したウェルは静かに尋ねる。確かに奇跡は起こっていた。だが、所詮は撃ち砕いたガングニールに過ぎない。その力は英雄の剣には遥かに及ばない。それでも尚挑むつもりなのか。響は迷い無く言い切っていた。その瞳には負けないと言う意志だけが宿っている。面白い。英雄は笑みを浮かべる。ウェルにとって響もまた、何度となく自分を邪魔してくれた存在だった。折角生き延びさせようと慈悲を掛けたのにも拘らず、明確に反抗の意志を示していた。撃ち砕くのに、十分な理由が出来たと言える。飛翔剣を展開した。十二の剣が舞い上がる。剣の翼。響を迎え撃つ様に展開される。

 

「私は生かす事を諦めない。だからマリアさん。生きる事を諦めないで!!」

「私は……」

「ははははは!! 何処かで聞いた言葉では無いですか!! それがあんたの遺志だと言う訳だ!! 消えて尚僕の前に立ち塞がると言う事ですか!! 流石は英雄の言葉だ。偽りの英雄にすらも戦う意思を持たせる。だからこそ、僕の好敵手として相応しい!!」

 

 凄まじい速度で両手に剣が生成される。同時に飛翔剣が空を舞う。踏み込み。その全てを置き去りにして響は飛んだ。一撃。

 

「軽い。軽いですよ偽りの英雄よ!!」

 

 両手の英雄の剣に阻まれる。拳を流した。勢いを殺さないままの二撃目。両の手を用い撃ちかかる。連撃。流れる様に叩き込む。拳をぶつけ、肘を打ち、懐に入り込む。

 

「押し切る!!」

「その程度で何が出来るのです!!」

 

 一気に叩きつけた拳が飛翔剣に阻まれる。斬撃。十二のソレが響に向かい時間差で襲い掛かる。飛び、打ち、蹴り、加速し、響は凌ぎながら速度を上げる。眼前。ウェルが笑う。

 

「おおおおおお!!」

「その程度では英雄には遥かに届きませんよ!!」

 

 一気に詰めた距離。銀閃。左腕の撃槍で止める。二の太刀。右腕で受け止める。飛翔剣。両腕が既に塞がり受け止める事は出来ない。哄笑。ウェルの口からそれが零れる。風が吹き抜ける。跳躍。響はぐるりと飛んだ。受け止められなければ受けなければ良い。そんな至極当然の結論に達し飛んだ。跳躍からの踵落とし。

 

「これなら!」

「好い線は行っています。だが!」

 

 飛翔剣が撃槍を阻む。剣の速さは元となった剣の強さから導き出されている。並大抵の一撃では、飛翔剣を超える事はできはしない。足。更に剣を支点とし響は舞う。連打。蹴りと拳。それを防ぐ飛翔剣の接触を更に基点とし、連打を打ちながら舞い踊る。

 

「こ、これは……」

「私は、守るんだ。博士になんて負けられない!!」

 

 宙を舞う撃槍に思わず英雄は目を見開く。それ程に響の技が研ぎ澄まされ、鋭く速くなる。焦り、それが浮かぶ。押し切るんだ。打ち込みながら、加速する。着地反発。推進装置を用い一気に飛び込む。

 

「まさかそんな!」

「これでえええええ!!」

 

 渾身の一撃。飛翔剣を置き去りにし、右腕を振りかぶった。

 

「なんてな!!」

「な……ッ!!」

 

 打ち込んだ一撃。英雄の剣を交差させ正面から受け止めたウェルは、再び嘲笑うような笑みを浮かべる。飛翔剣が加速する。それを推進装置と腕部ユニットを展開、超加速する事で凌ぎ切る。速い。否、響のシンフォギアで相手にするのには速過ぎる剣撃が襲い掛かる。瞬間速度であれば響の方が上である。だが、細かな機動が出来なかった。十二の剣に追いつめられ、徐々に切り傷を付けられていく。

 

「立花響!!」

「大丈夫。このくらい、へいき、へっちゃらです!!」

 

 思わずマリアが声を上げる。それを安心させる為、響は笑う。斬撃。荒れ狂うその只中に在りながら、響は生かす事を諦めない。生きる事を諦めない。自分で言った言葉をその身を以て体現していた。強く拳が握られる。

 

「私は、なんて無力なの……」

 

 ギアすらも失ったマリアには、割って入る事などできはしない。己を助けようとする少女が、斬られる姿を見ている事しかできない。泣き止みかけた瞳に、再び涙が零れ落ちる。

 

「諦めちゃ駄目です! 私がマリアさんを守ります。だから、諦めないで!!」

 

 響の言葉だけがその場に広がる。剣の嵐の中、少女が諦めるなと声をかけ続ける。

 

「健気ですねぇ。これも英雄の残した遺志と言う訳ですか。ですが、その意志を折る方法を僕は知っているんですよ!!」

 

 そんな姿を見たウェルは、深く深く笑った。悪意。英雄の剣の他、言葉の刃を抜き放つ。いい加減に煩わしい。英雄の予想をはるかに上回る粘りを見せる響に、英雄は本気になり始めていた。

 

「私は折れない!!」

「いいえ折れますね。あなた如きに、英雄の真似事は無理なんですよ」

「私は英雄なんかじゃない! だけど、あの人がやってくれた事ぐらいは!!」

 

 響は何度も守って貰っていた。それと同じ事を自分も成したい。そう思っている事は、ウェルの目には一目瞭然だった。上泉之景の言った言葉と似通う事が多く、立花響自身が何度もユキに助けられているのを、敵対者であるウェルが一番よく知っていた。少女の心を折る事など、天才のウェルにとっては大して難しい事では無い。口元が歪む。楽しくて仕方が無かった。

 

「その上泉之景は、僕が殺しましたよ!! この僕が、英雄を殺した!!」

「……え?」

 

 隙を見て一気に包囲を抜けた響にウェルは言い放つ。敢えて晒した隙。少女は何の迷いもなく、餌に飛びついたと言う訳だった。これ以上ないタイミング。これ以上ない距離でウェルは事実を暴露する。響の支えとする人間の死。ウェルが己が手で引導を下していた。正確に言えば黒金の自動人形が行った事なのだが、英雄の剣を用いた出来事は全てウェルの為した事であった。そう思い定めていた。

 

「腹部を貫き、内臓を深く抉りましたよ!! それでも尚あの男は自分の守りたいものを守る為、武器すらも後進に託しましたよ!! 素晴らしい覚悟じゃありませんか!! 敵の眼前で、弱きものを守る為、自ら丸腰になったのですよ!! 殺してくれと言わんばかりじゃないですか!!」

「う、そ……」

「本当ですよ!! この僕が、英雄を殺したんだ!! ふはははははははは!!」

 

 予想だにしていなかった言葉に、響の拳が鈍る。その隙を見逃す英雄では無かった。両手の剣を以て、響を吹き飛ばした。飛翔剣。追撃の為、展開される。

 

「ですから、お前の倒し方も熟知しているのですよ!! こうすればあんた達は、動かずにはいられない!!」

「ッ! マリアさん!!」

「え……?」

 

 響にではなく、マリアに向け剣が放たれる。ギアを纏わぬ生身の人間。英雄の剣が駆け抜ける。呆然と見つめていた。避ける事などできはしない。響はマリアの為に戦っていたのだ。目を逸らす事などできはしない。そんな人の意志をあざ笑うかのように、飛翔剣はマリアに向かう。加速。響は飛んだ。

 

「あぅぅ……ッ!!」

「立花響ッ!?」

 

 飛翔剣の中を超加速で突っ切り、マリアを庇うように飛ぶ。斬撃。いくつものそれが響を切り刻む。痛みを無視し、響はそれでも加速を止めない。跳躍と反発。ユキが用いるように無理やりの加速を続け、剣を振り切る。それでも、その身にいくつもの斬撃を受けていた。深い傷は無い。だが、能力の低下は否めない。

 

「なんで……?」

「守るって言いました。だから、必ず守るんです」

 

 呆然と零すマリアの言葉に、響は小さく笑う。この位の傷、あの人に比べればと小さく呟く。だけど、死んだと言われていた。涙が零れそうになる。たとえそれが事実だとしても、響には信じられなかった。ユキさんがウェル博士なんかに負けるはずがない。動揺する自分に何度も言い聞かせる。

 

「健気ですねぇ。守る為に自分を犠牲にする。あの男とそっくりです。愚かすぎて反吐が出る」

「ユキさんを馬鹿にするな!!」

「馬鹿を馬鹿と呼んで何が悪いのですか? 馬鹿だからこそ、あなたはそんな傷を負うのですよ」

 

 大切な人を馬鹿にされた事で、響は声を荒げる。それを見て、ウェルはちょろいものだとほくそ笑む。激昂させれば更に倒すのが容易になる。再び飛翔剣を展開する。

 

「私は、守るんだ」

「もう良い。もう逃げて……」

「守れば良いじゃないですか。本当に死ぬその時まで、ね」

 

 迫り来る剣に尚も迎え撃とうとする響だが、不意に崩れ落ちる。守る。その意志はあるが、体がついて行かない。気持ちが、心が付いて行かない。斬られた事で恐怖が蘇ってきていた。そんな響の様子に、マリアはもう良いと涙を零す。自分が居なければこの子はこれ以上戦わなくて済む。思うのはそんな事だけだった。既に満身創痍。二人の様子にそう結論付けたウェルは、最後の一撃を放つため、飛翔剣を解き放った。

 

「……ユキさん」

 

 躱せないと悟った響は、せめてその身の盾となる為マリアを強く抱きしめる。呟き。傷付いた少女の口から零れ落ちる。

 どうしてこの子は其処までするのか。何故これほど強く在れるのか。マリアには解らなかった。だけど、此処で終わりだという事だけは解った。神様。せめてこの子だけは助けてください。一度としてマリアに笑いかける事は無かったそれに、最後にもう一度だけ目を閉じ祈りを捧げる。どうかこの優しい少女を守って下さい。心の底からの願いだった。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一陣の風は駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼んだか?」

 

 マリアはあり得ない光景を見ていた。男が立っている。斬撃。飛び交う飛翔剣が凄まじいを音を鳴らし砕け散る。無造作に振るわれる太刀に飛翔剣が触れる度、凄まじい斬撃音を轟かし、その全てを阻んでいく。

 

「ユキ、さん?」

「ああ、俺だよ。よく頑張ったな響。後は任せろ」

 

 痛みが来ない事と、あり得ない音が響き渡った事に恐る恐る振り返った少女は、その姿を見て涙を零す。死んだと言われていた。信じられる訳がなかった。だけど、やはりどこかで本当では無いのかとも思っていた。それを否定するように姿を見せた背中。心の底からの安堵と、やっぱりこの人は私を守ってくれると言う事実に響の瞳から涙が零れ落ちた。

 

「お前は! 何故だ。確かに殺したはずだ!! そのお前が何故こんなところに居る!?」

「死んでいたさ。だがな、追い返されたよ。お前は剣聖の血脈を相手に、あろう事か剣聖を騙った。おかげで先代たちに大目玉を喰らった」

 

 驚愕に染まるウェルに、剣聖は口元を僅かに歪め笑う。その身は血と煤塗れである。だが、致命傷を負っている様にはとても見えなかった。何が起こっているのか。天才のウェルであっても解らない。だが、確かな事実があった。剣聖が、ウェルが英雄と認めた人間が再びウェルの前に立ったという事である。

 

「まぁ良いでしょう。あなたが再びこの世に舞い戻ったと言うのなら、今度こそ僕の手で引導を渡すだけの事ですよ!」

「お前が引導を渡す、か?」

 

 ウェルの言葉に、剣聖はやってみろと言わんばかりの笑みを零す。

 

「ええ。真の英雄である僕が忠告してあげますよ。僕をもう以前の僕と思わない事ですね! 英雄の剣を手にした僕の強さは最早絶対! その強さを心して受け止めると良い!!」

「言いたい事はそれだけか? ならば剣を持て。教えてやる。お前に強さと言うものをな」

 

 左手に納刀した童子切を構え、剣聖は英雄を見詰める。その姿にウェルは自身の胸がこれ以上ないほど昂るのを感じた。

 

「抜刀術と言う訳ですか! ならばその速さを、英雄の剣を以て打ち砕いてあげましょう!!」

 

 抜刀術。自身が英雄と認めた男が、ウェルを迎え撃つ為に最速の構えを取ったのだ。

 

「一手指南してやる。来い」

「何時も何時も上から目線で言ってくれますね。くくく、だが、それも此処までだあああああ!!」

 

 英雄の剣の力を十全に用い、瞬間的に加速する。踏み込み。一気にウェルは剣聖の間合いに踏み込んでいった。

 

「ユキさん!?」

「だめ……」

 

 響はその速すぎる加速に悲鳴を上げる。マリアはこれから行われる惨殺を予想し、目を背けた。これ以上誰かが死ぬ姿など見たくは無かった。英雄の剣が振り被られる。銀閃。

 

「え……?」

 

 それは誰の呟きなのか。鮮血が舞っていた。眼前の光景が信じられず、乾いた声が零れ落ちる。

 

「たわけが。お前如きに抜刀術など必要なものか」

 

 視界が反転する。地に叩き落されたウェルの視界が天井を見ていた。宙を舞う砕けた眼鏡。拳。迫る銀閃をあっさりと追い抜いた剣聖は、拳を以て英雄を地に落としていた。何が起こった。誰もがそんな事を思う。剣聖が立っている。それだけが事実だった。

 

「だがな、仮にもお前は剣聖を騙ったのだ。ならば、俺が血脈を代表して見せてやる。数多の英雄が何代にも渡って研鑽してきた剣をな」

 

 言葉と共に童子切が抜き放たれた。再生成されていた飛翔剣。その全てが一瞬で消し飛ぶ。斬撃。唯一無二のそれが、真の英雄に向け突き付けられた。

 

「立て、英雄を名乗った愚か者よ。お前に戦うと言うのがどんな事なのかを教えてやろう」

 

 童子切安綱。数多の戦場を潜り抜けた無双の一振り。それが、英雄に付きつけられる。剣に宿された意志がこれ以上ない程明確に告げていた。戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マリア、メンタルブレイクされる
響、颯爽と登場し、再び奇跡を纏う
ウェル博士、スーパー博士タイム
武門、主人公は遅れてやって来る




実は、書いてて最初響が博士を倒してしまったと言う。
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