煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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21.英雄の在り方

 フロンティアの一部が切り崩され、残骸が崩れ落ちて行く。同時に、ウェルが暴走させたネフィリムが、健在なフロンティアの船体を喰らいその力を暴食、増幅させていく。六人の装者達はその様子に息を呑みこむ。距離を置いて尚、その力は容易に感じる事が出来るほどである。心臓から伸ばされる触手、全てを喰らい一つに纏まる。赤色の発光体。膨大なエネルギーを内包した化け物が出現していた。

 

「あんなのが地球に落ちたら……」

 

 誰とも無しに呟く。二課の通信により、暴走したネフィリムの熱量は一兆度を超えると言う情報を受け取っていた。そんな物がもし地球に向かえばどうなるのか。想像するのはそれほど難しい事では無かった。

 

「行くデスよ、調!!」

「解ってる、切ちゃん!!」

 

 最初に動いたのは緑と桃色の装者であった。エクスドライブの出力により、機能拡張されたアームドギアを用い二人はネフィリムにぶつかる。調はアームドギアを展開し生成された巨人を操り、切歌は魂を刈り取る鎌を巨大化、その威力を飛躍的に上昇させた大鎌で引裂いていた。

 

「うあああああ!?」

「くぅぅぅぅぅ!?」

 

 衝突の瞬間、ネフィリムの体が赤く発光する。刃が食い込んだ時、暴食の能力を持つネフィリム・ノヴァはそのエネルギーごと喰らったという事だった。たった一度の交錯で、二人のアームドギアには罅が入る。ネフィリムによって出力を奪われ、同時に攻撃も受けていた。衝撃に吹き飛ばされる。

 

 ネフィリムが二人に腕を伸ばす。それを翼と響が受け止め離脱する事によって何とか凌いでいた。だが、振られた腕は当然戻す事もできる。やり過ごして安堵した一瞬の隙を突かれ、返しの拳が迫った。

 

「まだだ、返しの一撃がある!!」

「避けろ!!」

 

 マリアとクリスが叫びをあげる。相手は触れるだけでエネルギーを奪う規格外の敵であった。動くに動けない。二人は危機を叫ぶ。それでも遅い。

 

「これは……!」

 

 瞬間、紅が迸った。血刃。見た事も無いほどの大きさで放たれたそれが、一矢の矢となり駆け抜けた。人数人分の大きさのソレ。ネフィリムの腕を貫き幾らかを打ち消すと同時に蒸発する。童子切の血刃。それは、ネフィリムが喰らうよりも早くその力を打ち消していた。臨界まで高められた熱を打ち消し、ネフィリムを生成するエネルギーを打ち消し、ネフィリムの特性が発動するよりも速く暴食すらも打ち消していた。一陣の風。化け物の腕を一時的に削ぎ落とす。響と翼は咄嗟に開かれた道を潜り抜ける。

 

「血刃」

「ユキさんだよ!」

 

 ぽつりと零したクリスの言葉に、響は嬉しそうに頷いた。装者達は空高く、最早地球の外で戦っている。それでも尚、刃は不可能を押し通し先達が見ている事を知らしめていた。この敵とは自分たちが戦うしかない。だけど、気にしてくれている。そう思うと、響もクリスも胸の内に暖かなものが宿る。そうだ。自分たちは任せられたんだ。そんな言葉と共に、ネフィリムを見据えた。

 

「あいつが全てを焼き尽くすと言うのなら!!」

 

 雪音クリスは思い出す。何時も自分を気に掛けてくれた人は確かに言っていた。ソロモンの杖は人を殺す力ではある。だが、それ以外の使い道はあるのだ。ノイズを呼び出すのは、ソロモンの杖の最も基本的な使い方に過ぎない。ノイズを呼び出し、意のままに操る事が出来る杖だった。呼び出す事が出来る。それは、現実とノイズが格納されているバビロニアの宝物庫を繋げる事が出来るという事だった。奇跡によって呼び起こされた力を振るう。エクスドライブの出力にものを言わせた機能拡張。奇跡を以て杖を制御していく。

 

「お前は人を殺すだけじゃないって事を見せて見ろよ、ソロモン!!」

 

 殺す為の力は、だけど殺す以外にも使えるのである。先達は確かに示していた。剣は殺す力である。だけど、確かにその力で後進達を守っていたのだ。その姿は目に焼き付いている。あの人と同じ事が出来なければ、隣に立つ資格は無い。そんな意思を込め、与えられた奇跡で杖を振るった。

 

「あれは……バビロニアの宝物庫? そうか! あそこなら、相手がどんなものだったとしても!」

 

 ネフィリムの進行方向に向け、扉が開かれる。ノイズ。数える事を放棄するほど大量に格納されたそれが視界に入る。だが、出てくる事は無い。ネフィリムが出ようとするそれ等を喰らい、更に出力を増しているからだ。雪音クリスによって切り拓かれる扉、されど扉を閉じる為に腕を振るうものがいた。ネフィリム・ノヴァ。再びその腕を振るった。

 

「うわああああ!!」

「クリスちゃん!?」

 

 ネフィリムの一撃を受けたクリスは杖を取りこぼし吹き飛ばされる。それを響が推進装置を使い一気に追いつく事で受け止める。ソロモンの杖。銀色が掴み取る。

 

「皆が教えてくれている。マムが、セレナが、新たにできた仲間たちが!! 私は、明日を守るんだ!!」

 

 マリアが更に杖に出力を重ね、一気に門を開ききる。それに向かいネフィリムが落ちていく。苦し紛れに伸ばされた腕。何とか避けるも、指先から伸びた触手がマリアに絡みつく。

 

「マリア!?」

「くぅ……、格納後、私が内部より扉を閉じる。だから、お前たちはここから離れろ!!」

「そんな……自分を犠牲にするつもりデスか!?」

「させないよ。そんな事、絶対にさせない。マリアだけに押し付けるのはもう嫌なの!!」

 

 引きずり込まれるマリアは、それでも自分が内部よりネフィリムを封印すると叫んだ。自分たちはこれまで多くの人を欺き、多くの人を死なせてしまっている。その罪がこの程度で償えるとは思えないが、それでも守る為ならば命を賭す事に何の躊躇も無かった。

 

「こんな事で、私の罪が償えるはずがない。だけど、今を生きる全ての命は私が守って見せる……。マムも、セレナも守っていった……。私だって……」

「なら、私たちはマリアさんの命を守りますね。だから、生きるのを諦めないで。私も、生かすのを諦めない」

 

 死の覚悟を決めて零された呟き。そんなマリアを励ますように、響は傍に寄り添い告げていた。目が見開かれる。マリアの傍には、五人の少女が集まって来ていた。それは、大切な者を守りたいと言う、同じ想いから生まれた奇跡を纏った仲間だった。

 

「一人で良い恰好なんてさせないデスよ。あたしが一番ダメダメだったんデス。マリアにだけ良い格好はさせられないデスよ」

「マリアが苦しんでいるのに気付いてあげられなかった。今また、辛い選択を一人でしようとしている。もう、マリアを一人になんてしないよ」

 

 切歌と調はマリアを見詰め、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「漸く分かり合えたのだ。ここで終わりと言うのは承服しかねる。マリアとは同じ歌女として、語りたいと思っている。友を失うのは、一度だけで良い」

「元はと言えば、あたしとフィーネが蒔いた種だ。後から出てきたお前らに全部押し付けたりできる訳がない。そんな事をしたら、パパとママに会わす顔がなくなっちまう」

 

 翼とクリスは失ったものを思い起しつつ、バビロニアの宝物庫を見詰める。

 

「英雄じゃない私には世界なんか守れやしない。だけど、託された想いは守る事が出来る。私たちは、一人じゃないんだから」

 

 眼前に広がるネフィリムとノイズの群れ。それを見据え、響は囁いた。自分たちは英雄ではない。だけど、これまで出会った人たちに様々なものを託されていた。その想いがある限り、一人で戦っているのではないのだ。宝物庫への門を潜る。扉が閉じられる。世界の脅威は、今隔絶された。

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、何を考えて!!」

 

 崩れ落ちる足場を蹴り斬りかかる剣聖に、飛翔剣をぶつける事で凌いだ英雄は問いかける。剣聖は迫る死を自ら引き寄せていた。その事実がウェルには信じられないからだ。一撃で破壊され、されどそれを基点に宙を飛ぶ剣聖の絶技に驚愕を晒しながらも刃を交える。飛翔剣。半ば暴走している英雄の剣の出力を喰らい瞬く間に再構成されていく。

 

「決戦だよ。お前は英雄になりたかったのだろう? 今この瞬間は、おあつらえ向きでは無いか。崩れ落ちる遺跡。人類を呑み込む程の脅威。愚か者が抱いた大それた夢。その全てを撃ち砕いてやると言っている」

 

 英雄の剣と崩れ落ちる足場を用い宙を舞う剣聖は、上昇しようとする英雄を叩き落す事で地に向かい戦いを続ける。崩壊する遺跡。迫る脅威。定められた死。その全てが、英雄の戦いを彩るのに相応しいでは無いかと笑みを浮かべている。その口から紡がれる言葉は、確かにウェルが憧れた物語であった。

 

「死が恐ろしくないのか!?」

「死など怖くはないさ。既に二度死んだ身だ。それが何の因果か生かされている。今更失くしたところで、大した問題もあるまいよ」

 

 刃を交わし言葉を交わす。ぶつかり合った二人の英雄は、最後の時まで力と意志を交え合う。斬撃。剣と太刀がぶつかり合い火花を散らす。加速。英雄の剣の推進力を用いて飛ぶウェルと、技と見切で足場を作り速度を合わすユキ。落ちながらぶつかり合う。

 

「お前こそ、逃げればそれで勝てるぞ。この高さから落ちれば、俺は死ぬしかないのだろう?」

「それこそふざけるな! ここでお前に引導を渡さなければ、僕はお前に勝てはしない!! ぼくは、お前にだけは負けない!! 逃げはしない!!」

 

 十二の飛翔剣が舞い踊る。その全てを打ち消し飛びあがりながら剣聖は刃を交わす。英雄は吼える。その全てを剣聖は手折っていく。剣の嵐。刃の結界が全てを阻む。笑み。剣聖の口許には、ただそれが浮かぶ。

 

「お前は何時もそうだ。戦いの場で余裕を崩さず、笑みすら浮かべて見せる。気に入らなかった。英雄を体現したように笑う存在そのものが!!」

「奇遇だな。俺もお前が気に入らなかったよ英雄よ。遥かに優れたものを持ちながら、自分の持つ力を見ようとしない愚か者」

 

 二人の男はぶつかり合う。剣聖と英雄は分かり合えない宿命であった。だが、何処かで二人は認めあっていたとも言えるだろう。英雄は剣聖の力に憧れ、剣聖は英雄の叡智に煮え湯を飲まされている。何かの歯車が違っていれば、手を取り合う事があったのかもしれない。そんな事を本能的に分かるからこそ、譲れないのだ。相手の在り方が気に入らない。ぶつかり合う男にとって、それだけで充分なのである。互いの刃が加速する。消滅と生成がぶつかり合う。加速。己が技で戦う剣聖と、己が作り上げた剣で戦う英雄は鎬を削る。

 

「今更何故現れた! 理想を捨ててから、何故現れたんだ!!」

「知らんよ。そう言う巡り合わせだったのだ。意志を折ったのはお前の選択だ。悪を為したのは、お前の選んだ道だろう」

「だからこそ、負ける訳にはいかない。僕は僕の道を歩む為、お前だけは認めない!!」

 

 言い放つ。飛翔剣。その全てが加速する。それでも尚、英雄の剣は剣聖には届かない。研鑽された技には勝てはしない。

 

「ッ!? ほう……」

 

 だが、足場を崩す事には成功する。剣聖の口許が僅かな驚きにつり上がる。英雄の剣では剣聖の刃に勝てはしない。それは、天才である英雄が最も分かっていた事である。だからこそ、ほんの僅かでも乱れたその隙を見逃しはしない。落ちる瓦礫を蹴り、全霊を以て加速する。

 

「自らの手で決着を望むか」

「当たり前だ! お前だけは、僕が倒す!!」

 

 離脱すれば勝ちを拾える。そんな局面に来て尚、英雄は戦って勝つことを選んでいた。剣聖と出会って最も影響された人間は、味方である立花響でも雪音クリスでも風鳴翼でもない。敵であるジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスであった。だからこそ英雄は剣聖に何度も接触し、その在り方を見極め、打ち勝つために英雄の剣を手に入れたのである。あっさりと死を賭けられた決戦。その剣聖の在り方に、英雄も気付かないうちに影響されたという事だった。

 

「お前を見誤っていたようだ。本気で相手をしよう」

「今更そんな負け惜しみを!!」

 

 一閃。振り抜かれた英雄の剣は、童子切によって手折られる。ぐるぐると刃が回転し落ちていく。次の瞬間には、その刃も生成されている。刃を手折られようと、英雄は折れはしないのだ。その姿を見て、剣聖は凄絶な笑みを浮かべる。格下を相手にしていた。その認識を改める。

 

「力を貸せ、フィーネ!」

『今更そんな事言わないでも貸すわよ、この男は!!』

 

 笑みと共に上げられた言葉。左腕のネフシュタンの欠片が強い輝きを放つ。少女たちの起こした奇跡により、全世界のフォニックゲインが収束されていた。その全ては月を公転軌道に戻す為に用いられているが、ネフシュタンを活性化させるには、そこに在るだけで充分だった。少女たちの起こした奇跡が剣聖に僅かに力を貸す。後進に手を借りる事になるとはな。剣聖は内心で呟いた。

 

『私が此処までしてあげているのよ。負けは許さない』

『誰に向かって言っている』

 

 ネフシュタンの腕輪から、紫色の鎖が生成される。ネフシュタンの鞭。それが鎖へと姿を変え、英雄を絡め捕る。

 

「な!?」

 

 そのまま腕の力で一気に引き寄せると、己はその力を利用し一瞬滞空、落ちてくる瓦礫を足場に飛んだ。斬撃。交錯の瞬間、全てを防御に回した英雄の剣を撃ち砕く。

 

「まだだ、まだ負けられない!!」

 

 英雄は吼える。崩れ落ちる瓦礫を足場に反転した剣聖はその姿を見詰めていた。紫紺の鎖。英雄を離したソレが凄まじい速さで展開される。瓦礫を打ち貫き、宙を踊り二人の男を取り囲むように線を張り巡らせる。

 

「これは……」

「お前に受けられるか? 研鑽された技を」

 

 剣聖は張られた結界を足場に反発と跳躍を繰り返し加速していく。飛翔剣。その全てが剣聖を討つために打ち出されるが、交錯する瞬間に全てが砕かれ落ちて行く。再生成を何度も繰り返していた。徐々にその速度が落ちて行く。人を超えた力は限りを見せ始めたと言う事だった。 

 

「こんな所で!!」

「ならば抗え。俺に勝って見せろ」

 

 血刃が全てを撃ち砕いていく。英雄の剣に宿ったフロンティアの力。それが削ぎ落とされていた。童子切。目に見えないものを斬る刀だった。その力は、剣聖が持って初めて真価を発揮する。加速と斬撃は止る事を知らない。剣聖は風を超える。

 

「僕の夢は、まだ終わらない!!」

「いいや、夢は此処で終わる。抱いた理想は、此処で終わりだ」

「まさか、止めろ……」

 

 ぶつかり合った。正面。全ての飛翔剣が撃ち砕かれ、生成が追いつかない。英雄の剣。手にした英雄は呆然と見つめていた。何を狙っているのか理解が出来たのだろう。英雄の剣の本体は、シンフォギアの様な首飾りで出来ている。剣聖は笑った。ネフシュタンの鎖を蹴り加速する。その技が頂きを超えた。

 

「お前は英雄などになれはしない」

「止めろおおおおおおお!!」

 

 一陣の風が駆け抜ける。斬撃。血刃により消し飛ばされた英雄の剣は、淡い光と化し、その姿を夢へと還していく。英雄の見た夢。それが、あるべき姿へと消えて行く。

 

「嘘だ……僕の剣が……、夢が……。消えて行く……。跡形もなく……」

 

 それは、ウェルの持つ剣が、夢へと消えた瞬間であった。

 そして、歌もまた終わりを迎える。英雄が倒されるとほぼ同時に、月の遺跡は再起動、装者達はバビロニアの宝物庫に姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 月読調はマリアを拘束する触手を斬る事に専念していた。バビロニアの内部。数えるのも馬鹿らしいほどの数のノイズが点在している。戦い続けるなどできる訳がない。マリアの開放が最初に為すべき事であった。

 

「調、まだデスか!?」

「もう少し、でぇ!!」

 

 調を討とうと迫り来るノイズを斬り裂きながら切歌は叫んだ。火花が散る。アームドギアが崩れ落ちるも、同時にマリアを拘束から解放する事に成功していた。炎の色を放つ触手を振り解いた歌姫は、それでも辛そうな表情を崩す事が出来ない。自分の為に、彼女等を死の運命に付き合わせていた。優しいマリアは罪悪感に押し潰されそうになる。

 

「一振りの杖では、これ程の数は制御が追いつかない……」

「マリアさんはもう一度、扉を開ける事に集中してください!!」

 

 どうすれば良いのかまるで解らない。そんなどうしようもない状況に声が届く。立花響。マリアに手を差し伸べた時と同じように、強い意志を瞳に宿している。そして、どうすれば良いのかを示し笑った。アームドギア。純白の槍を用い、敵を撃ち砕き道を作る。

 

「杖を……?」

「外から開けるならば、中から開ける事も出来るはずだ!!」

「そいつは鍵なんだよ! ソロモンの杖は、殺す為だけの力じゃない!! 力の意味は持ち主の意志が決めるんだ!!」

 

 杖を見詰めたマリアに、翼とクリスは語りかける。周りは敵だらけである。青は二刀を以て切り伏せ、赤は決戦仕様で展開された大型ユニットを十全に用い、敵を殲滅していく。

 古くからの友に助けられ、新しく出来た友に道を示されていた。母が託してくれた想いが胸に在り、妹が守ってくれた命がマリアを生かしている。杖を強く握る。自分が出来るのかは解らない。だけど、一人では無かった。仲間がいて、母が居た。そして、死して尚妹はきっと寄り添ってくれる。姿は見えない。だけど、きっと力を貸してくれている。

 

「セレナああああ!!」

 

 だからこそ、マリアは妹に力を貸して欲しいと言う想いを込め杖を振るう。バビロニアの扉が開き、外へと道を切り開く。風。それが、少女たちの下へ駆け抜ける。希望の光が見えていた。六人の胸に炎が灯る。こんな所で終わりじゃない。絶対に生きて帰るんだ。再び想いが一つになる。全員が手を繋いだ。

 

「マリア」

「マリアさん」

 

 傍に立つ響が手を出した。マリアがその手を握る。ネフィリム・ノヴァ。少女たちの道を阻む様に存在していた。迂回していては、ネフィリムが先に出てしまう。そうなったら、世界は為す術もなく破壊されてしまう。通る道は、一つしかなかった。

 

「この手、簡単には離さない!!」

 

 強く握られた絆がその輝きを強くする。纏うシンフォギアが必要最低限の装備を残し、一つの姿を形成する。黄金と白銀の拳。

 

『最速で、最短で、真っ直ぐに! 一直線に!!』

 

 響とマリアを中心に、六人の力が収束されたそれがネフィリムに向かって突き進む。回転。放たれる触手を弾き飛ばし、繋いだ手はネフィリムを撃ち貫いた。凄まじい衝撃が装者達を襲う。殆どのエネルギーを奪われていた。だが、ネフィリムもまた、七十億の奇跡により与えられた力を受け止めきる事が出来はしなかった。その容量が臨界に達し、爆発の兆候である光を発する。脱出は成功していた。

 

「くぅぅ……、杖が……直ぐに扉を閉めなければ……」

 

 だが、ネフィリムの爆発が起こる前に扉を閉めなければならない。だけど、少女たちは立ち上がる事が出来ない。奇跡によって与えられた力は使い果たし、その身も多くの傷を負っていた。地に手を突き、崩れ落ちる。ここで終わりなの。マリアの脳裏にそんな言葉が過る。

 

「まだだ……。まだ、終わらない……」

「そうだ、まだ心強い味方が私達にはいる……」

「なかま……?」

 

 クリスと翼が何とか前を見て呟く。

 

「私の親友だよ」

 

 マリアの呟きに答える様に響が言った。遠くから駆ける姿が見える。光が辺りを包み込んだ。少女たちを何度も斬り裂いて来た英雄の剣。小日向未来と少女たちが起こした奇跡により、陽だまりの剣へと姿を変えたそれを纏った響の陽だまりは、低空を一気に駆け抜け杖を抜いた。

 

「本当に大切なものは力じゃない。想いなんだって、響が教えてくれた! 私だって、守りたいんだ!!」

 

 ソロモンの杖。英雄の剣によって強化された力で全霊を以て投げ放つ。

 

「お願い、閉じてええええええ!!」

 

 親友は何時も涙を隠しながら戦っていた。例え力を失ってからも、諦めずに戦い続けた。親友だけでなく、その仲間たちもである。そんな優しい少女たちが、これ以上戦わなくて良い世界を作りたい。その一心だけをソロモンの杖に託していた。ネフィリムの爆発の予兆が広がる。杖が門の中に消える。風が駆け抜けた。爆発の直前、扉は閉まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうすると言うのです……?」

 

 ウェル博士がそんな事を聞いて来る。既に英雄の剣は消滅し、眼前に迫る死だけを待つと言う状況だった。命を懸けて戦っていた。今更死が怖いなどと言う心算は無いようである。

 

「お前ならばどうする?」

「質問を質問で返さないで欲しいですね。ですが、今この場に至っては何も打てる手はありませんよ。僕はあなたには勝てなかった。だけど、あなたが此処で死ぬと言うのなら、それはそれで構いませんよ。英雄を殺した男になれるのですから」

 

 何処か覇気がなく、しかし、こちらに向ける敵意だけは無くさないまま博士は笑う。確かにこの高さから落ちれば為す術は無いだろう。既に歌は消えている。ネフシュタンの力も、今は残っているが直ぐになくなるだろう。フィーネの助けも期待できなかった。

 

「そうだな。お前は此処までやって尚、完全に折れてはいない様だ」

「当たり前ですよ。あなたにだけは、負けたくないのですからね」

 

 返って来る減らず口に思わず笑う。勝つことは諦めても、負けない事は諦めない。そう言う事なのだろう。相容れない相手だった。だが、何処か認めてもいる。決着を付けなければいけない相手だった。このままではどちらも死ぬだろう。黙考する。大して考えるまでも無い。二人死ぬぐらいならば、こんな男でも生き残る方が良い。少なくとも、英雄を殺した男などと満足させてやるつもりはなかった。

 

「ならば仕方があるまい。お前は俺にかつて見た英雄の姿を重ねたのだったな」

「……それが何か?」

「英雄になってやると言っている。お前の理想通りにな」

 

 呟き。ウェルはその言葉の意味を理解したのか、小さく噴き出した。できる訳がない。そう言う事なのだろう。

 

「あなたはこの期に及んで何を言っているのですか。何の英雄になる心算ですか?」

「この高さから落ちて尚、哀れな男を生き延びさせた英雄だよ。喜べ、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。お前を生き延びさせてやる。英雄に助けられた、哀れな男としてな」

 

 にやりと笑う。少なくともこの男は最後の瞬間、確かに意志を押し通してきていた。その在り方とは相いれないし、為した事を許す心算はない。だが、それでも男として意志を通して来た。弱いだけであった人間が、最後の最後で死を賭して挑んできたのである。その想いをほんの少しだけ汲んでしまっていた。我ながら度し難い。こんな男を生かそうとしている。我らが刃、生かす為に有る。父は業の深い言葉を残したものである。決めるべきではないことを決めてしまっていた。こんな男ですら、生かそうとした。後進達に、そんな見栄を張りたかったのかもしれない。どちらにしろ死ぬのだ。格好位付けても良いだろう。

 

「何を馬鹿な……」

「信じられないと言うのなら、それでも構わんよ。俺は、この剣を以て奇跡でも起こしてやる。お前を、英雄に守られたただの人間にしてやる」

 

 言い放っていた。力の失せていた博士の目に意思が宿る。

 

「ふざけるな。僕はお前にだけは救われない!」

「ふん。お前の意思など関係ない。救われた後、無様に恥を晒せ」

 

 喚く博士を腕の力で黙らせる。落下。未だ遥か遠いが、漸く地が見え始めてきている。笑った。これを斬れれば、剣聖と名乗る事も許されるだろう。童子切。中天で血を吸わせる。ここで最後だ。伝えていた。震える。別れだった。左腕にウェルを抱え、上体を大きく振るい回転する。血刃。それを以て落下の衝撃を斬り殺す心算だった。とは言え、本当に殺せるわけではない。奇跡は既に終えていた。衝撃を全て受け止めるという事だった。

 

『あなたの死は、あの子の母親代わり(わたし)が許さないと言った!!』

 

 残っていたネフシュタンの力が天に向かい放たれる。公転軌道に戻り始めた月。それに突き刺す心算なのか。笑う。それだけの力など、既に残されてはいない筈だ。回転を加速する。童子切が輝きを増す。

 

『もう良いのだよ。お前には十分助けられたよ。後は頼む』

『嫌よ。漸く私のやるべき事が出来たのだから、こんな所で諦めない。私は、生かす事を諦めない』

『まさか、あなたにその言葉を言われるとはな。生きると言うのは不思議な事だ』

 

 内心でフィーネと語る。必死であった。その気持ちが少しだけ嬉しく思う。だが、最早結末は決まっていた。今更どうにもできない事だった。二人死ぬぐらいならば、一人の方が良いと言い聞かせる。それでも、始まりの巫女は譲る気がない様だ。言葉を発するのを止める。地を見据えた。最後に大きなものを斬るぞ。童子切にただ伝えていた。風。駆け抜ける風を感じる。加速。血刃が、車輪と変わる。

 

「上泉さん!!」

 

 聞こえた声に思わず目を見開く。地。歌が聞こえた。ネフシュタンの力が起動する。紫紺の輝きが強い光を放つ。回転の中、それを見つけた。飛翔剣。英雄の剣では無く、陽だまりの剣だった。童子切を鞘に納める。ネフシュタンが月に突き刺さったのか、回転が一気に緩まる。右手。飛翔剣を掴む。一気に推進装置が起動する。月に刺さったネフシュタンの鎖も動いているのか、両腕に凄まじい負荷が掛かった。ネフシュタンが千切れそうになる腕を無理やり維持する。気付けば飛翔剣がその腹で体を支える様に動いていた。減速。急激に速度が緩む。それでも尚、速い。

 

「響も皆も助けてもらった! 今度は私だって!!」

 

 小日向。陽だまりの剣を纏った少女が剣を操っている。思わず見入った。まさか、小日向に此処までされるとは思っていなかったからだ。笑う。どうやらまだ諦めてはならない様だ

 

「ユキさん!!」

「死ぬなんて絶対許さねーぞ!!」

 

 仲間たちに力を与えられたからなのか、二人の少女が再び翼を輝かせた。傷だらけである。だが、その輝きは力強かった。

 

「父上。どうやら俺は、まだ死なせては貰えないらしいよ」

 

 天を仰ぎただ呟いた。体に衝撃が走る。歌が聞こえていた。ネフシュタンと陽だまりの剣が減速し、二人の少女が仲間の力を借り受け止めてくれたようである。奇跡を纏った響とクリスはそのままかなり大きく勢いを殺すように飛び、やがて地に舞い降りた。それでも勢いが殺し切れずウェル博士を手放してしまい、そのまま地を転がる。

 

「助かった、か」

「ユキさん!!」

 

 やがて勢いが止まったところで、抱き着いていた響が声を上げる。笑み。心底良かったと言わんばかりのそれを浮かべている。

 

「やっぱり私の親友は、助けて欲しいところで助けてくれる!」

 

 響が呟いた。小日向の持つ陽だまりの剣に救われたという事だった。起き上がった響から視線を外し、もう一人の方を見る。

 

「助かったよ」

「ユキ……カゲさんには何度も助けられてる。あたしだって、偶にはユキカゲさんを助ける事もある」

「……驚いた。まさか名前で呼ばれるとは」

「……ッ。別に良いじゃねーか。あんたもあたしの事呼び捨てにしてるだろ?」

 

 まさか雪音クリスに名前を呼ばれるとは思っていなかったため驚く。予想外にも程があった。恐らく、この事件の中で最も驚いたのでは無いだろうか。

 

「……それとも、あたしに呼ばれるのは嫌なのか?」

「そんな事は無い。ようやく認められたのか」

 

 嫌なのかと言う問いに首を振る。すると安堵したのか嬉しそうに笑い、自分が思いっきり抱き着いている事に気付き、赤面した。その様子は何時もの白猫である。しかし、照れ隠しで胸に顔を埋めるのは逆効果では無いのだろうか。そんな事を想いながら、クリスを宥めつつ立ち上がる。再会を喜びたいのだが、それ以上に為すべき事があった。奇跡が起こっているからこそ、今此処で斬らねばならない。次は無いかもしれないからだ。童子切、再び抜く。

 

『ちょっ、待ちなさい!』

『知った事か』

 

 慌てたような声が届くが遅い。歌による奇跡。確かにまだ続いていた。童子切。それを纏い、血刃を以て斬り裂いた。不思議そうにしていたクリスの表情に驚きが浮かぶ。斬っていた。クリスにフィーネが見えないと言う事実を。

 

「フィーネ……?」

「……ッ!?」

 

 母親代わりは娘を見て背を向ける。合わせる言葉がない。そう言う事なのだろう。だが、その想いを汲んでやる事などしない。今会えなければ、もう会える機会は無いかもしれないのだ。呆然とするクリスに行けと囁く。暫くの逡巡。後は二人で話せば良いと離れる。

 

「之景さんも一緒が良い……」

 

 その瞬間に手を取られていた。思いもよらぬ言葉に一瞬だけ驚くも切り替える。一人では心細いという事なのだろう。黙って隣に立った。話す気は無いが、傍に居る事ぐらいならばできる。

 

「あの……」

「私は、あなたに会わせる顔がないわ……」

 

 クリスの呟きにフィーネは震える声で返していた。白猫が涙を零す。それ以上の言葉は続かなかった。涙。恐らく母子揃って泣いているのだろう。例え血の繋がりは無かろうと、フィーネは確かに雪音クリスのもう一人の母であったのだ。空を見上げる。一陣の風が吹き抜けた。それは、母子の再開を祝福するかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水艦内の医務室。自分で自分を斬り裂いた傷の処置が施されていた。とは言え、検査の意味合いが強い。傷自体はネフシュタンの腕輪が修復していたからだ。フィーネによって制御された力。それでも聖遺物との融合は避ける事が出来ない問題だった。

 

「ごめんなさい。あたしが一人で暴走したから……」

「別に気にしていない。どちらにせよ死ぬところだった。それがいま生きている」

「それでもあたしの所為だよ」

「全く、相変わらずだな君は」

 

 病室に置かれたディスプレイに映されている映像を見詰め、クリスは悲しげに俯く。死ぬはずだった人間が生きていた。それで充分とは考えられない様だ。仕方あるまいと、用意されているものを手に取る。童子切。左腕。ネフシュタンの腕輪を外す。

 

「何を?」

「お前の悩みなど、大した問題にはならんよ」

 

 血を吸わせ、左腕を斬り裂いた。童子切。その力は目に見えないものを斬る。既に溶け込んで血肉と化しているネフシュタンの欠片を斬り裂いていた。現在進行形で写されている映像。それが聖遺物の融合状態から、正常なものに戻る。響のように心臓などでは無く、自分自身の腕でもあった。溶け込んだ異物を、目に見えない力だけを斬るのはそれほど難しい事では無かった。あまりの光景に白猫は唖然としている。

 

「俺はネフシュタンに救われたよ。死ぬはずだったところを、フィーネに助けられたんだ。それはつまり、クリスに生かされたのと同じだ」

「……あたしに? なんでだよ」

「ああ。君がフィーネと出会い、ソロモンの杖を起動させたからその繋がりは始まった。君がフィーネと繋がりを持っていたからこそ、俺はネフシュタンの欠片を手にする事が出来た。だから今、此処で生きている」

 

 今にも泣きだしそうな娘をあやしながら言葉を続ける。既にフィーネはネフシュタンの中で静かに眠っている。だが、クリスとの和解は出来ていた。話す事は出来ないが、母子は繋がっていると言えるだろう。後は一つだけ斬っておきたかった。

 

「ソロモンの杖の起動は多くの被害を生んだ。それは事実だ。だが、それがあったからこそ俺は生かされた。一度だけ言っておく。こんな言葉、本来は言ってはいけないのだが、敢えて言おうと思う」

 

 そこで一度言葉を止める。

 

「君がソロモンの杖を起動したからこそ、俺は死なずにすんだよ。だから、ありがとう、だ」

「ッ!?」

 

 その言葉に、こちらを見詰めていたクリスの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。恐らく、この子は何時まで経ってもソロモンの杖を起動した事に関して悩む事になるだろう。それでも、その事によって生きる事が出来た人間も存在する。それを伝えておきたかった。未だに背負う荷を降ろせる時は来ていないだろう。だが、この言葉が少しでもこの子を楽にしてあげられれば良い。そんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて二部本編完結となります。
二部は響でもクリスでも無く、主人公とウェル博士の物語と言う意識が強かったり。女の子そっちのけで決戦するのは書いてて楽しかったデス。フロンティアを斬るラスボスに逃げずに全力で挑む姿はきっと英雄の一つの姿です。
さて、本編が完結したのでIFシナリオである、奇跡が起こらず剣聖が全てをぶった切っていく一刃の風ルートを一話だけ書いて、番外の日常回を何回か書いたら三部GXに入る予定です。長すぎた序章もようやく終わり。作者の中では三部からが本編になります。





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