都内に仮設された支部の一つ。大規模な演習場が唯一建設されているその地で、特異災害対策機動部一課二課が合同で訓練を行っていた。走る。ひたすらに走る。訓練が開始され、既に二時間近くが経過していた。
「篩にかけるのはこんな物でしょうか」
「ふむ……。もう少し選別すべきかと思うが?」
「あなたの様な武門基準で言えばそうでしょうが、今ですら並みの戦闘部隊を遥かに超える速さですよ。装者ですら翼さんしか付いてこられていませんし」
「まぁ、鍛えているとは言え本分は女子高生だからな。災害救助やノイズとの戦闘を前提として鍛えている本職にはシンフォギアを纏わねば敵わんよ」
先頭を走り緒川と共に言葉を交わす。流石に忍びだけあって、汗一つなく涼しい顔をして付いて来る。幾らか後方に翼が、更に後方に機動部の構成員と響とクリスが何とか付いてきていると言うのが現状だった。後衛のクリスは言わずもがな、響も数えるのが面倒な程度には周回遅れにしている。翼も何度か抜いているため、同じ速度で走っているのは緒川と意地で喰らいついて来る数人の機動部隊員だけだろうか。
先のフロンティアに関連する事件が全世界に報道されていた。言うならば空を駆る島である。隠し通す事など土台無理な話であったからだ。ルナアタックを含め、二度に渡る聖遺物の力による世界規模の超常災害が起こっていた。そして、日本の、二課の持つシンフォギアの力もまた世界規模で知れ渡ったという事になる。当然のようにその力を危険視した各国が監視下に置くため、名目上、国連直轄の超常災害対策機動部タスクフォースとして再編すると言う話が来ていると聞いている。国際規模の話である。当然様々な思惑があるだろうが、表面上はこれまで日本国内だけが行動範囲だった二課が世界規模で活動する事になるのだとか。当然組織として大きくなる。その為の基礎となる人員を、特異災害対策機動部全体で選別するというのが今行っている訓練だった。司令に本気でやる様にと言われている。一切手を抜く事はしない。これに付いてこられれば、取り敢えずは武門の門下になれる程度には鍛え上げる心算である。でき得るのならば上州(現在の群馬)辺りの山間部で駆け回りたいのだが、流石にそう言う訳にもいかない為、都内の仮支部の施設で我慢している。山の中で数日絶飲食で動き回る事が出来れば一人前と言えるし、良い経験になるとも思うのだが、儘ならないものである。そんな事を考えながら、緒川と更に速度を上げる。
「司令には手心を加えるなと言われているよ。そろそろ一息吐く心算ではあるが、最後にもう少しだけ速度を上げようと思う」
「……何と言うべきか相変わらずですね。人選を間違っていると思いつつも、ある意味最高の人選でもあるのかもしれませんね。機動部全体は確かに向上しそうですし。耐えきれれば、ですが」
「こんなもの基礎にもならんぞ。忍びの訓練として考えてもそうだろう?」
「まぁ、確かにそうではあるのですが。翼さんですら遅れている辺り、かなり厳しいと思いますよ」
「数日で慣れる。障害は乗り越えてこそ、だ。それに自分たちで志願したのだ。音を上げる者も少なかろうて」
これで終わりだという事もあり、更に速度を上げる。疾走。反発での加速の要領で最高速に達する。
「なんであんなに早いんですか……」
「あいつら本当に人間かよ……」
追い抜き様、後方から声が届く。答えている暇は無い。武門と忍びとの戦いの最中である。風を切り、音を超え加速の極みに立つ。数分緒川と共に走り続けた。終了の合図を出した後も、駆け回り続ける。何度かどよめきの声が上がる。一対一で駆けていたからだ。
「あれが、フロンティア事変の際、博士に英雄と呼ばれた人間……」
「あの人緒川さんと同じ速度で走ってるぞ……。さては忍者か?」
「何だ知らんのか? 上泉之景。かつて、二課に居た侍だよ」
「忍者だけでは飽き足らず、侍も現存するのか。日本パネェ」
結局決着が着く気配が見えない為、二人して速度を落とした。続けても構わないのだが、自分達だけで入っていても時間の無駄である。小休止の時間潰しも兼ねていた為、いい具合に全員休息が取れたという事だろう。給水が終わったのか倒れ伏している人間も居るが、一人二人と集まって来る。
「こんなものかな?」
「まぁ、いい塩梅ではありますね」
そんな様子を見詰め、隣で相変わらず涼しい顔をしている同期と言葉を交わす。準備運動はこれで終わりと言う所だった。
「ゆ、ユキさん、これで終わりでしょうか?」
「ああ、終わりだな。準備運動は」
「――ッ」
息を切らした響がそんな事を聞いて来た。笑みを以て答える。響の笑顔が固まる。喋る事も出来ない様子の白猫は、文字通り表情が引き攣っている。翼は二人の様子に乾いた笑みを零す。
「装者の方々は、シンフォギアを纏っても構いませんよ」
「マジですか!?」
「はい」
緒川の言葉に響は笑顔を取り戻す。機動部隊員はシンフォギアなど纏えないが、装者達は違う。シンフォギアを纏えば、その恩恵を受ける事が出来る為、生身よりも遥かに高い運動能力が発揮できると言う事だった。翼を含めた三人が聖詠を歌い、シンフォギアを纏う。それを見詰めている隊員たちに緒川が、離れていてくださいと声をかける。空間が広く開けられる。その間に、戦闘訓練もある為用意されていた訓練用の太刀を二振り手にする。シンフォギアを纏う英雄と呼ばれた子らの戦いを先ずは見せると言う訳であった。
「これが、シンフォギア……」
中には直接シンフォギアを見た事がない隊員もいるようで、その姿に感嘆を零している。対ノイズ兵装の最高峰である。その反応も仕方が無いだろう。刃の潰された太刀を抜き放つ。緒川が訓練用の銃を既に用意している。準備は整ったと言う事だった。
「それで、今度は何をするんだよ? シンフォギアを纏って良いのなら、よっぽどの事じゃなきゃ訓練にならないぞ?」
「クリスちゃん、それフラグだよ」
赤の言葉に黄色が乾いた笑みを零す。青は剣をしっかりと握り直した。見られている。無様な事だけはできないと言う意気込みが見て取れる。笑う。この様子ならば、全員何の問題も無いだろう。
「では、戦おうか」
「へ……?」
三人の装者に刃を突き付け告げる。白猫が面白い様に目を丸めた。
「模擬戦と言う奴だ。訓練では随分と戦っているのだろう? 本物と一戦交えて見ようと言う事だよ」
「うそぉ!?」
「いやいやいや。それは流石にどうなんだよ!?」
響とクリスが困惑を隠さず、感情のままに驚きを露にする。
「問題ない。三対一。後進が相手ならば、それぐらいの手心は加えよう」
「いや、そう言う意味じゃねーよ!!」
「そうですよ。幾らユキさんとは言え、流石に三対一は」
「三対一ではないよ。緒川の援護射撃も付いて来る」
「そう言う事です。牽制は任せてください」
いくら何でも無理なのではないかと言う二人に問題ないと笑う。緒川の援護もある。充分に訓練になるだろう。いや、そう言う問題じゃねーんだよと続ける二人に百聞は一見に如かずと言う事を知らしめる為、やる気満々である剣の方へ視線を移した。今か今かと疼いているのだろうか、傍に在るだけで剣気が伝わって来ていた。
「風鳴翼、参ります」
「ああ、一手参ろうか」
踏み込み。来いと剣気で伝えると、翼が一気に飛んだ。刃を交わす。斬撃。抜き打ち様に放たれた一閃を、太刀でなぞる様にぶつける。火花。凌ぎ合った刀身が光を散らす。
「先輩!?」
「……こうなったら、私達も行こうクリスちゃん!」
「ああ、もう。どうなってもしらねーからな!?」
全体が動いた。拳が駆け抜け、銃弾が硝煙を上げる。すれ違った剣が勢いを反動に変え舞い戻る。二刀を握り直し、動いた。跳躍。真正面から突っ込んできていた響とすれ違い笑う。
「はや――ッ」
「雪音!」
着地、反発。響を置き去りにし、間を制する。地面すれすれの低姿勢から一気に距離を詰め、クリスにまずは矛先を向ける。あまりにあっさりと突破された前衛に、思わず目を丸めている様は才能はあるがまだまだ素直過ぎると内心で付け足す。一撃。刃を返した剣で、咄嗟に交差し翳した両手拳銃を弾き飛ばす。防御ががら空きになる。飛んだ。
「わきゃ!?」
「くぅ……ッ!」
クリスを蹴り飛ばすと同時にその一撃を以て反発。後方から距離を詰めてきている翼と刃を交わす。交錯。斬撃音が鳴り響く。確かに感じた手応えのみで後方を確認する事もせず、同じく追って来ていた響に向かう。
「他人を心配している場合ではないぞ」
「だけど、この距離なら!」
一気に間合いを越えて来ていた。一瞬驚きに染まる響だが、一瞬で判断を切り替え強く拳を握りしめる。推進装置の起動。こちらが反発によって加速したように、響もまた一気に速度を上げる。太刀の間合いを一気に飛び越す。拳の間合い。超至近距離まで来ていた。口元が緩む。思っていたよりもずっと判断が早い。
「これでぇ!」
「まだ貰ってはやれんよ」
放たれる撃槍。石突で握った拳を弾いた。剣を手にしたまま拳を握る。模擬戦である。模擬ではあるが、戦いであるのだ。加減など必要はない。驚きに染まる響の表情。笑みが浮かぶ。先ずは一撃。
「ちッ」
「え……?」
そう思ったところで無理やり跳躍。機動をずらした。刃を振るう。金属音。同時に銃声が響く。
「僕を忘れないでいただきたいものですね」
「緒川さん」
緒川による銃撃の援護である。絶好の機を潰す形で放たれていた。そういう風に立ち回っているのだから当たり前ではあるのだが、やり辛い上この上ない。
「好機」
「なめるなよ防人」
声が届くよりも早く軸足に負荷をかける。回転。一気に掛かる負荷を開放するように一閃。硬直の隙を活用する為に踏み込んで来た羽々斬を弾き飛ばした。衝撃。利き足をつき一気に動きを止める。
「そっちがその気なら、こっちもくれてやる!! 爆発はさせねーけど、当たるといてーぞ!!」
雪音クリス。誘導弾を解き放った。イチイバルの爆撃。己の意志で有無を決められるのか、躊躇なく解き放つ。跳躍。一瞬で最高速に達し置き去りにするも、弾道を変え追尾する。
「これならッ!!」
「どうだッ!!」
正面からは立花響。後方からは誘導弾。笑った。両手。刃を強く握りしめる。跳躍。響の下へ、躊躇なく踏み込んでいた。
「いけええええええ!! え? ええッ!?」
「んなッ!?」
突き出される拳に蹴りを打ち込み、衝撃を逃がしながら拳を基点に反転。誘導弾を見据える。何処に動いても捕捉できるように大きく広がっていた。中心にこそ活路はある。こちらを見ているクリスと目が合う。引き攣った笑みが浮かんでいる。逃した衝撃に自身の蹴りも加え一気に加速する。跳躍。信管を斬り落とし、誘導弾を置き去りにし一気にこちらを見る白猫との距離を縮めた。一閃。
「緒川さんの援護がある乱戦ならば!!」
「先輩!!」
割り込んで来た翼が刃を阻む。再び鎬を削る。手の届く距離に居たクリスが、それで一気に離れた。競り合い。二刀を以て一気に翼を弾き飛ばすと刃を流す。舞い降りる剣の落涙を弾きながら、斬り合いを続ける。噴射。推進装置の起動が聞こえる。斬り合いを中断。飛び退る。目と鼻の先。黄色が駆け抜けていく。銃声。クリスと緒川の放つ銃撃が掠める。仕切り直し。踏み込もうとする翼を遠当てで機先を制する。とは言え、間断なく攻めの手は加速していく。
「行くぞ!!」
「勝つのは!!」
「私達だ!!」
クリスの牽制で動きを制し、翼と響が挟み込む形で迫った。息の合った上手い連携である。先程から何度も凌いでいるが、これが続くとなると厄介な事だろう。緒川の援護射撃もあいまり、やり辛い。その上で言う。彼女等は思い違いをしている。
「緒川の援護か」
笑った。分身。何人にも分かれた緒川が畳みかける様に銃撃を放った。銃弾を見切、刃を流した。笑う。しとめる為に来ていた。
「一体何時から緒川が君たちだけの援護だと勘違いしていた?」
跳躍。一気に正面に飛んだ。無数の銃弾。その全てを弾きながら、僅かに残るそれを手繰り寄せる。三発。確かに放たれていたそれを刃で弾き飛ばす。銃声だけが響き渡り、砂塵が舞い上がった。
「え!?」
「これは……?」
「動けない、だと!?」
風が頬を撫でた。銃撃で舞った砂埃がやがてその姿を消す。そこには、影縫いで縫い付けられた三人の装者達が存在していた。
「武刃縫いと言う。武門と忍びの合わせ技だ」
「とは言え、無数の銃弾の中から影縫いだけを見極め斬り返すような芸当、ユキぐらいでなければできませんがね」
刃を振るい、鞘に納める。戦いの決着は、武刃縫いによって決まっていた。緒川慎次の援護射撃。それは装者三人にとっての援護であると同時に、自分にとっても援護であったのだ。どちらの味方かを明言しなかったのはその為である。両陣営にとっての援護。それが緒川が為した事である。それだけ絶妙な行動ができる人材は、二課を探しても緒川位のものだろう。司令の懐刀と言われるほどである。その技量は武門から見ても驚嘆するばかりである。
「これは、言い訳の余地がねーよな」
「ああ。意図に気付かなかったとはいえ、それでも三対一だったのだから」
「あぅぅ。負けちゃいました」
三人の動きを止めていた銃弾を影から外す。それで、自由に動けるようになった三人は座り込んだ。いきなり始めた模擬戦ではあったが、全力を尽くしていたのが見てわかる。精も根も尽き果てたと言う感じではあるが、悔しそうにしている。先達としてはまだまだ負ける訳にはいかないが、自分を越えて行く日もそう遠くはない様に思える。
『うおおおおおおおおおお!!!!』
こんな所かと思った時、歓声が上がった。思わず視線を向ける。
「わわ、なになに!?」
「うお……びっくりした」
「歓声、の様だ」
彼女等も同じような物なのだろう。唐突に上がった歓声に驚きの表情を浮かべ目を白黒させている。
『これが機動部の最高峰か!!』
『きつい訓練が始まるんだろうけど、こんなの見せつけられたら一丁やる気を出すしかないよな』
『ウェル博士に英雄って呼ばれていた人は中継通りの動きだし、装者達は可愛らしい上に強い。私達も並ぶとまでは言わなくとも、機動部の名に恥じないような強さを手に入れないと』
『子供がアレだけ頑張れるんだ。俺達だって!!』
『ほかに比べれば目立たないけど、やっぱり緒川さんも良い動きをしている。工夫次第で私達だって』
機動部の隊員たちが、先ほどの戦いを見て興奮に熱を上げる。装者達のような子供でもアレだけできるのだ。自分たちも頑張らないとと意気を上げる者。シンフォギアなど無くとも充分に戦える事にやる気を出すもの。磨き上げた技に感化されるもの。内容は様々だが、いい影響を与えられたようである。この場に居る者達は志願者も多い。元々やる気がある者達が、模擬戦で更にやる気に火を付けたという事だった。特に三人の装者たちの下へ人が集まる。
『是非、一緒に訓練してください!!』
「ええ!? 私がですか!?」
「いやいや、あたしたちは人に教えるなんて事」
「いや、一緒に成す事で解る事もあるだろう。良い経験になる」
響やクリスは訓練を見てくれと請われた事に驚きを示すが、翼だけはやる気を持って頷いていた。
「おや。思っていたよりも随分効果があったようですね」
「悪い事ではないだろう。意欲に火が付いたと言うのなら、それだけどん欲になると言う事だ」
そんな様子を緒川と共に眺める。何とか逃げようとしているようだが、結局熱意に押され一緒に訓練を始めた。とは言え、シンフォギア装者である。全てが同じとはいかないだろうが、いい経験にはなるだろう。
「この分だと楽が出来そうか?」
「いや、そんな事は無いでしょうね」
「是非御指南をお願いします」
思わず零れた言葉に緒川はやんわりとした笑みを浮かべ後ろを指さす。何人もの人間が、剣を指南して欲しいと集まって来ていた。緒川の方も似たようなもので、忍術や立ち回りを教えて欲しいと人が集まって来ていた。
「私は一課所属の新米ですので直接の面識はありませんでしたが、あの中継であなたに何かを教えられた気がします。是非、指南して戴けたらと」
「ああ。とは言え、先ずは基礎からだろう。しっかりとした体を作った後に剣を教えよう」
「本当ですか!? ありがとうございます」
その中の一人が代表して声を上げる。フロンティア事変の折、博士との対決は中継されていたと聞いている。事実として知ってはいたが、此処まで身近に言われたのは初めてだった。少しだけ面映ゆく感じるが、自分が彼らに何かを示せたと言うのならば、それは良い事であるように思えた。嬉しそうに笑う姿に、何となく幼き頃の自分を見たような気がする。少しぐらいは父に近付けただろうか。そんな事を思い、直ぐに続きを始めるのだった。
「つ、疲れたぁ……」
訓練が終わり帰路に着く中、響が盛大な溜息と共に零した。身体的なものも勿論あるのだが、今回ばかりは心労もあるようだった。今回は初回の為彼女等も参加してはいたが、基本的には自分たちが担当する事になる。それでも、普段しない様な訓練は疲労がたまったという事だった。
「あんた、何時もあんな感じなのか?」
「まぁ、そんなところだよ」
「……知ってはいたけど、凄いな」
白猫の感心したような言葉に、褒めても何もないぞと笑うと、別にそんなつもりはねーよとそっぽを向いた。一瞬、へそを曲げたかと思うがそうでもない様だ。歩幅だけは、変わらずすぐ隣に在る。
「武門ですからね。訓練などは日常茶飯事ですよ」
「いや、緒川さんの技前も並大抵のものではありません。防人として、お二人とも仰ぎ見るばかりです」
「そうですよね。ユキさんが目立ってしまいますけど、緒川さんだって分身しながら援護してくれてたし、充分すごいですよ」
緒川さんも凄いですよと続ける翼と響に、当の本人は謙遜しながら頷く。その様子に、翼は先達はまだまだ遠いなと己の手を見詰める。
「久々に行くか?」
「おや、珍しい」
帰路に着いていた。このまま解散しても何の問題も無いのだが、少しばかり懐かしい事を思い出していた。昔は偶にやった事なのだが、今では随分と久しく行っていない。最初に何を言っているのか察しがついたのか、緒川が久々に行きますかと同意を示す。
「どうしたんだよ?」
「いやな、甘味処にでも寄ろうかと思ってな」
「……ああ。昔、奏と共に訓練をした折にも、何度か行った事がありますね」
翼の言葉に頷く。言葉通り、訓練の後に甘い物を食べた事が何度かあった。それ自体は数えるほどしかないのだが、幼い頃は鍛錬の後に食べる団子が好きだった事を誰かを見ているうちに思い出したのである。昔は父や祖父に剣を指導され、終わった後に出されるそれが何よりも楽しみだった。四苦八苦する後進達を見ると、自分が未熟だったころを思い出したと言う訳である。現在地からは馴染みの甘味処が近い。彼女等も頑張っていた。少しぐらいならば、楽しみがあっても良いだろう。
「甘いものでも食べて帰ろうかと思うが、都合が悪い者はいるかな?」
「異議なし!!」
「まぁ、あたしも文句はないな」
「少しならば」
三人とも意義は無いようである。緒川も異論はない様で、何も言わずについて来る。
「あ、兄ちゃん!!」
「おや、君は」
目的地に向かっていた時に、不意に元気の良い声が届いた。視線を向ける。そこに居たのは一人の少年だった。思い出す。ウェル博士と対峙した時に人質に取られていた少年である。ノイズに襲われて尚、泣く事は無かった男の子だった。
「知り合いか?」
「ああ。強い子だよ。ウェル博士に攫われても泣かなかった」
「マジかよ」
「へへ! 男だから!!」
どう言う関係だよと聞いて来たクリスに、ウェル博士との対峙の事を軽く話す。攫われ、ノイズに取り囲まれると言う辛い体験をしていたが、あの時と同じように少年は笑った。
「そう言えば兄ちゃん、何て名前なんだ? あの時は聞けなかったからさ、教えて欲しい」
「ああ。ゆっくり話す時間も無かったからな。上泉之景と言う。よく、ユキと呼ばれているよ」
「じゃあユキ兄ちゃんだな!! 俺は
「ああ、解ったよトニー」
「へへ!」
トニー少年の言葉に頷く。あの時守ると言う決断を下したからこそ、目の前のこの子は笑っているのだ。博士を取り逃した事で起こった悲劇はある。だが、守れたものもあった。いたずらっ子のように笑うトニーを見ると、何処か気持ちが軽くなったような気はする。
「ところでユキ兄ちゃん」
「どうした?」
「その綺麗な姉ちゃんは兄ちゃんの彼女?」
「ぶふぉッ!? おま、おま、いきなり何言ってんだ!!」
トニーの言葉に白猫は盛大に噴き出す。慌て過ぎだと思いつつ、間違いを正す。
「いや、妹分だな。手のかかる子だよ」
「いや、誰が手のかかる子だ!!」
「君だな」
「まぁ、姉ちゃん見た感じヘタレそうだからなぁ」
「なんであたしは初対面のガキに言いたい放題言われなきゃいけねーんだよ!!」
初対面にも拘らず追いかけっこを始める白猫といたずら小僧。クリスには悪いが、その光景がおかしくて仕方が無い。
「ユキさんは、色々な人を守ったんですね」
「俺だけじゃないよ。君たちも守った」
「ああ。紆余曲折あったが、マリアやナスターシャ教授を始めとするF.I.S.の者たちと力を合わせたから、今がある」
「響さん達が頑張ったからこそ。手を繋ぐことを諦めずにその手を伸ばし続けたからこそ、今があるんですよ」
守ってくれましたと囁く子にそれは違うと首を振るう。翼と緒川が言う様に、皆が諦めなかったからこそ今この時間は続いているのである。それは、誰かのお陰などでは無いのだろう。敢えて言うならば、皆のお陰という事だろうか。世界中の人々が歌を歌ったから、奇跡は起こったのである。だから、皆で守ったのだと笑う。
「兄ちゃん助けてー」
「おっと」
「はぁはぁ、漸く追い詰めたぞ! さぁ、そのガキをこっちに寄こせ」
衝撃。トニー少年がぶつかって来る。息を切らせながら、クリスはいたずら小僧をよこせと剣幕を強めた。随分と仲良くなったものだと思いながら、少年の頭を撫で笑う。存外、クリスは子供相手の仕事などが似合っているのでは無いだろうか。
「あはは。クリスちゃん、悪役みたい」
「ああ!?」
そんな二人の様子を見て響も噴き出す。翼と緒川もつられて笑みを零していた。
「私は英雄なんかじゃない、か。うん。やっぱり、私は英雄なんかじゃない。だって、大切な日常を守ってくれた
そして、響はクリスの下に向かう。
「勝負だよ、クリスちゃん!!」
「はぁ!? 一体何の勝負だよ!」
「それは内緒!」
「いや、意味が分かんねーよ!」
そして、二人の少女はじゃれあう様にぶつかった。クリスは困惑し、響は楽しげに笑う。
「青春ですね」
「青春、ですか?」
「ええ。翼さんも、女の子らしい楽しみを見つけなければいけませんね」
緒川と翼の呟きだけが耳に届く。甘味処に行けるのはもう少し先の様である。
装者三人、武刃縫いを受ける
忍者、地味に活躍
武門、弟子が増える
始まりの男が登場。忘れてそうな少年は、二部5話にて登場してます。
響ちゃん遂にクリスちゃんに宣戦布告
機動部内と助けた相手な為友好的な反応ですが、当然否定的な反応もあります。ただ、書いてて気が滅入るだけなのでカット。
ところで武門が頑張る程、響パパのハードルとクリスちゃんイグナイト化のハードルが上がる気がします。
次回は武門が実家に帰る話(予定