「剣を教えて欲しい?」
「はい。翼さんにも聞いてみたのですけど、剣って言うとやっぱり上泉さんだって教えてもらいまして」
特異災害対策機動部二課仮設本部にある、装者用の訓練室にて三人の訓練を眺めているところで、陽だまりの剣を持つ小日向にそんな事を頼まれた。外部兵装である英雄の剣が、神獣鏡の力の一部を取り込んで出来たのが陽だまりの剣と言える。小日向未来だけが使える力だった。その力は、シンフォギアに近い物を持っている。ソロモンの杖の脅威が去り、ノイズとの戦いは一旦は幕を引いたと言えるが、だからと言って遊ばせておくほど戦力に余裕があるという訳では無かった。子供たちに力を借りるというのは少しだけ気にかかるが、災害やノイズ以外の聖遺物等の超常災害への対策の為、響やクリス、翼は未だ装者として二課に所属しているという訳であった。
小日向は響の親友である。神獣鏡を纏ったのも、元を辿れば響を助けたいという一心から来たものだった。隣に立てるほどの力を得た彼女が、響の隣に立ち支えになりたいというのも仕方が無い事だと言える。
「君は、やはり響と共に戦いたいのか?」
「はい。響はこれからも戦うと思います。人助けが、響の最もやりたい事だと思いますから。その時に、きっと今回の事みたいな辛い事もあると思います。私は、そんな時に響の隣に居てあげたいんです」
「戦いは勝つだけとは限らない。負ける時もあるだろう。命を落とす事もあるかもしれない。それでも尚、そう思うのか? 君はあの子の帰る場所だ。それでは駄目だろうか?」
小日向の想いは、二人の関係を見ていれば良く解る。だからこそ聞いておきたい。この子も響たちと同じで、年端も行かない子供である。本音を言えば、戦いなど知って欲しくは無いのだ。ノイズと言う目先の脅威は随分と減ったが、完全になくせた訳では無いのである。己が襲われたように、何かの拍子で戦いは起こる可能性はある。シンフォギアが存在するように、何か聖遺物関連で戦わなければいけない事もある。それは、命に関わる問題となるだろう。
「確かに、響なら待っていて欲しいって言うと思います。だけど、私が嫌なんです。響は誰かに英雄と呼ばれる事もありましたけど、それは痛くて辛いのを隠して誰も見えないところで泣いて居ただけなんです。そんな響の隣に立って、少しでも支えてあげたいんですッ!」
「君が怪我をすればあの子は悲しむだろう。万が一命に関わる事があれば、立ち直れないかもしれない」
「それを言うのなら、私も同じです。もし、私の知らないところで響に何かあったら、きっと後悔だけじゃすみません。響の為に、そして何より自分の為に私は戦いたいんですッ! それが操られていたとしても、親友を斬ってしまった私が、為したい事なんです」
それでも、戦っている親友の隣に居たいんだと小日向は静かに、されど強い意志を示す。守りたいと思いながら、その想いを利用され、大切な親友に剣を向けた事があるからこそ、響の隣に立ちたいと告げる小日向の意志はとても揺らぎそうではない。恐らく、響ですらその意志は動かせないだろう。強いな。親友の為に戦いたいと言う少女の姿に、そんな事を思う。
「……その想いは、俺の言葉などでは変えられないのだろうな。断れば、最悪勝手に戦いかねない。ならば、手元に置くのが上策という事か」
「……ならッ?」
「ああ。君に戦い方を教えようか。響の隣に立てるようにしよう。」
「ありがとうございますッ!」
例え断ったとしても、他の者に教えを乞うだけだろう。最悪の場合、我流で研鑽し、戦いに出かねなかった。それならば、自分の手元に置き磨き上げる方が幾らかはマシだと言えるだろう。子供が戦うという事自体は反対なのだが、それならば装者三人はどうなのだと言われてしまうのは目に見えていた。何よりも、ある意味小日向は原石である。戦いに於いて才能というのは大きな要素ではあるのだが、絶対ではない。時には意志が才を覆す事もある。そういう意味では、ある意味小日向は先の三人以上の逸材とも言えるのだ。
なにせ、響を救いたいという一心だけでシンフォギアに適応すらしてみせたのである。想いの力は最も強いかもしれない。真っ直ぐに伸ばした時、それがどれ程のものに成るのかというのには、不謹慎ながら興味があった。もしかすると、装者三人組を超えるかもしれない。陽だまりの剣を小日向が用いた時、それだけの可能性は見えてくるかもしれない。武門としての直感だった。
結局、小日向の熱意に押され、剣を教えようと頷いた。戦える程強くなりたい。その想い自体は自分も強すぎるほど強く抱いた事のあるものだった。彼女の気持ちも解ってしまうのだ。感極まったように頭を下げる小日向に、教えるからには厳しく行くぞと伝える。
「ふぅー。終わった終わった」
「うー負けちゃった。撃破数でクリスちゃんに勝つなんて無理だよぉ!」
小日向との話が終わったところで、訓練を行っていた響たちが戻って来る。条件を決め、競い合っていたのだろう。それ自体は良い事である。有利不利は当然あるが、一定の条件を付ける事で条件下で自分はどうすべきかとより考えるようになるのだ。
「戦い方だな立花。確かに雪音のイチイバルは広域殲滅に適してはいるが、手も足も出ない訳では無い。極端な話、雪音が撃つ前に捕捉した敵を倒してしまえば勝てない事は無い」
「そりゃそうですけど、そんな事が出来るのは翼さんぐらいですって!」
「まぁ、あたしの方が先輩な訳だからな! そう簡単に負けられっかよ」
要はやりようだと続ける翼に、響はまだ無理ですよと困ったように笑った。そんな後輩の様子に白猫は胸を張り勝ち誇る。以前の気の無い素振りを知る自分から見れば、大きく変わったものだと感慨が深い。
「あ、未来! 今訓練終わったよー」
「響。こっちもお話が終わったところだよ」
「お話?」
「うん。上泉さんにお願いがあって」
小日向を見つけた響が駆け寄って来る。訓練直後だが、疲れた様子も見せずに半ば抱き着くように掛けて来る。親友だけあって、仲が良いものだった。
「小日向に剣を教える事になったよ」
「へぇー。ユキさんが未来に剣を。それはそれは、はいぃ!?」
小日向に剣を教える事になったと言うと、響は面白い様に驚きを示す。
「うん。陽だまりの剣。この力があれば、私も戦えると思うから」
「でも、危ないよ」
「危ないのは響も同じだよ。なら、私は響の隣に居たいの」
危険だと言う響に、小日向は解っていると笑う。予想通り、響でも決意は変えられないようである。幾らかの問答の末、響は諦めたように頷く。小日向は嬉しそうに笑った。
「それじゃ、ユキさんは何時から未来に教えるんですか」
「つい先ほど決まった訳だからな。細かな事は決めていない。取り敢えず、年明けからだろうか」
「あれ? 結構先なんですね」
何時から開始するのだと言う響に、まだ決めていないと頷く。少しばかりやる事があったからだ。月日が経つのは速いもので、フロンティア事変より既に幾らかの月が経っている。十二月。雪こそ降っていないが、年が変わるのもそう遠い時期では無かった。
「まぁ、暫く都心に居ないからな。実家の方が帰って来いと煩いのだよ。その為、丁度故郷に帰ろうと算段していたところだ」
上州の実家に戻る予定だった。司令には以前より申請を行い、暇を貰っていた。ゆっくり休んで来いと言われていた。温泉でも浸かり、疲れを取るのも悪くは無いだろう。傷自体は塞がっているが、蓄積されたものも多いだろうというのが司令の意見だった。
「お、おい!? 実家に帰るってどういう事だよ!?」
少し離れたところで翼と話していた白猫が割り込んでくる。
「ん? ああ、年が明けるまで里帰りと言ったところだ。帰って来ない訳ではないから、あまり心配してくれるな。報告を兼ねた正月の帰省だよ」
別に心配しなくとも帰って来ると続ける。一段落は付いたが、今自分のいるべき場所は二課であった。帰省し、少しのんびりしてくるだけだと心配性の娘にそう教えたのだった。
「此処が、未開の地群馬かッ!」
「藪から棒にどうした」
「いや、この地で武門が生まれたとか言われれば、人類にはまだ早いのかと思って」
「君は武門を何だと思っているのか」
「超人集団……?」
随分と失礼な事を言い放った白猫に呆れたように言い返すと、高揚したようにクリスは零した。電車の旅を終え、迎えが来る筈である。連れの相手をしながら待つことにする。
「あはは。まぁ、旅行なんて久しぶりですからね。クリスちゃんだったら、初めてなんじゃないかな」
「仕方ねーだろ。温泉だぞ温泉! そんなのこの人だけ行くとかずるいだろ?」
「帰省するだけなのだがね。見ても面白いものなど無いと思うぞ」
「あんたの実家ってだけで面白いと思う」
「あ、それは私も」
付いて来てしまったクリスと響に仕方が無い子らだと思いながら、相手をする。なんでも、実家に帰る事を教えた後、司令を相手で駄々をこねたと聞いている。そして、今回は随分と頑張って貰ったから俺からのご褒美だとか言って、二つ返事で旅費を出して貰えたのだとか。相変わらずの豪快さだとでも言えば良いのだろうか。
とは言え、上泉の屋敷など来ても面白いものは無いと思うのだが、彼女等からすればそうでも無い様で、許可を出した事で幾らかはしゃいだ様子を見せている。特に女の子である為か、温泉に入れるという事で非常に盛り上がっている。
武門には怪我が付き物である。湯治用の温泉を旅館規模で経営していたりするのだ。本家筋から始まり、傍流が幾つも増えている為、様々なところに上泉の者と言うのは存在している。本拠である上州ならば、その力は顕著と言えるだろう。存在意義は血に受け継がれる技の研鑽と伝承であるが、全ての人間がそういう訳では無い。一門を存続させるための力、商いなどに精を出す者達も多く居り、彼らが居るからこそ本家の人間というのは武だけに傾倒できるのである。そういう意味で、武門は多くの人間に支えられていると言える。戦うというのは、力があるだけでは行えないのである。彼らが居るからこそ、自分は研鑽する事が出来るのだから。
「お久しぶりです、ユキ様」
「おや、迎えが来たようだ」
懐かしい声が届く、初老の男性が此方を見ている。記憶の中の姿と重なる。自分の世話役の一人だった。二人の同行者に手にしていたケージを渡す。今回は長い時間を留守にする為、クロも連れて来ていた。数日であれば隣人に預けるという方法も取れるが、今回はそれなりに長い間の滞在である。連れてきたという訳だった。
ちなみにクリスは一人暮らしである為問題は無く、響も親の許可を取り同行しているのだとか。天涯孤独であるが親代わりのフィーネが共にあるクリスは兎も角とし、響は良いのかと思ったが、二課での関わりは半ば保護者の様な物だった。フロンティア事変の弊害と言えば良いのか、二課の人間としてあいさつに出向いた事もあり、案外簡単に許可が下りたのだとか。真偽は兎も角として、親が許可してしまったのならば、それ以上は言う事も無かった。自分から見れば響もクリスも子供でしかない。引率みたいなものだった。響が来るため、小日向も来たがってはいたようだがそちらは説得できなかったようで留守番となったと響に聞いた。翼は上泉に来るなど論外である為、クリスが誘ってはみたが、悲し気に首を振っただけらしい。そんなわけで、二人を伴う事になっていた。
「しかし、ユキ様が女子をお連れだとは」
「一応言っておくが、武門に入れる訳では無いぞ。まだ子供だ。旅行の引率みたいなものだよ。頑張ったご褒美という奴だな」
先に釘を刺しておく。実家からは嫁を取れと催促も来ている。見合いの話なども増えている様で、上泉で篩にはかけられているが、送られてくる話が幾らか増えていた。悩みの種の一つである。馴染みの男と軽い話をしつつ、案内された車に乗り込む。
「ユキさんって、もしかして良い所の人なんですか?」
「古いだけだよ。旧家という奴か」
古くからの名家でございますと言い直す迎えに苦笑が零れる。それ程大したものではない。尤も、事実でもあるのだが。車内には、響とクリスの話し声だけが聞こえる。やれ、どんな家なのだろうか。どういう人が住んでいるのだろうか。やっぱり武門だから道場があるのだろうか等々。それを、車を運転しながら男は丁寧に答えて行く。実家の事である。何となく、自分で答え辛い内容だった。話に耳を傾けるだけだ。やがて、街道を抜け郊外に向かう。雪で白く染まった山沿いに幾らか近付いたところで見えて来た。
「もう直ぐ着く」
「へえー。ってアレか!?」
「……凄く、大きいです」
響とクリスが目を丸めている。山もいくつか持っている為、敷地だけは広い。門下の者も多い為、広さだけはある。いわゆる武家屋敷と道場があり、それを外壁で囲んでいる作りである。正確な広さまでは知らないが、その気になれば数百人で籠城できる位はあると現当主である祖父が昔に言っていた。勿論たとえ話ではあるが。
「さて、入る訳だが、少し待っててくれ」
「ん? 解った」
門が開くが、少し離れていろと伝える。わざわざ帰って来ると連絡を入れ、迎えまで寄こしてきていた。武門である。何もない訳がない。そして敷居を越える。
「之景ッ!」
裂帛の気合が飛ぶ。雷刀。上泉の
「どうやら、腕は落ちていない様だな。むしろ、いくらか磨きがかかっている」
「お戯れを。何時如何なる時であろうと、その技を振るえる。それが上泉の剣」
「いやいや。剣聖の剣を相手にしたなどと報告を受けた時は何を馬鹿な事をと思ったが、お前が腑抜けたようでないなら構わんよ」
手心を加えられた一撃を受け止め、互いに笑い合う。叔父である。壮年を幾らか超えてはいるが、未だ惣領は心身ともに健在のようだ。手心を加えておりながら、記憶の中の剣よりも更に鋭くなっている。
「えっと、何が?」
「武門なりの挨拶だよ」
「いや、あぶねーよ。やっぱり武門こえーよ」
困惑している様子の響に答える。戦う為の一族である。何時襲われても対応できるようにしておくのは務めと言える。久方振りに会えば挨拶を交わすのは不思議な事ではなかった。武門とは何なのかと白猫は呟いている。見ての通りである。
「さて、積もる話はあるだろうが、先ずは棟梁に挨拶に向かって貰いたい」
「承知いたしました。衣装は改めましょうか?」
「そうだな。そちらの方が好まれるだろう」
叔父上の言葉に頷く。二人の同行者には少し待っていて欲しいと告げ、着替えに向かう。藍色の長着を着、灰色の袴を履き、黒の羽織を身に着ける。自分が着るものはこれと決まっていた。父が身に着けていたものが、これと同じなのだとか。衣装を正すと、再び二人と合流する。
「……」
「こうみると、なんか凄いな」
「あまり褒めてくれるな。何も出ないぞ」
言葉を失っている響と、何とかそれだけ言ったクリスに苦笑が浮かぶ。馬子にも衣装という奴だ。二課に居る時は制服であるし、日常では洋服か着流しである。しっかりした作りのものは着る事など早々ないのでそれも仕方が無いだろう。礼装の一種である為、その反応も当然だった。
「では参ろうか」
「はい叔父上」
義景叔父上に先導され着いて行く。同行者二人は客人である為、楽にして良いと伝えはしたが、かなり緊張しているのが見て取れた。武家屋敷である為、それも仕方が無いのだろう。少なくとも慣れてはいないだろう。
「之景が到着しました」
「そうか。入れ」
「失礼致します」
叔父上が棟梁と短く言葉を交わす。襖が開かれる。黒衣の男が端座していた。上泉の棟梁であり、祖父でもある上泉義綱であった。一礼して、入室、席に着く。ガチガチに固まっている二人には後ろで座って居れば良いと伝えた。素直に頷き、姿勢を正す。
「その二人は?」
「客人です。ルナアタック及び、フロンティア事変での功労者。武門としても繋がりを持っておくべきかと判断した次第です」
「そうか」
棟梁は二人を一瞥し、頷く。英雄と呼ばれた事もある二人だが、今はただの少女にしか見えない。
「之景よ。二度脅威を迎え撃ったと聞く。我らが知らぬ現世の猛者たちは、どうであった。上泉の剣は、どうであった?」
「世の理を越える者が多く在りました。されど、研鑽された刃が届かないという事はありませんでした。世は広い。されど、磨き上げた技もまたその一つで在れたと思います」
棟梁の問いにただ答える。ノイズを始め、フィーネや自動人形、ネフィリムや英雄の剣と言ったものと刃を交えていた。様々な力であり、中には常識の枠を遥かに越えるものもあったが、上泉の剣もまたその中の一つと言える。強き者達はいた。だが、己もまた強く在れたと思う。それを棟梁に伝えた。瞑目。言葉を聞いていた棟梁は深く頷く。
「世界の命運を決める程の大きな戦いであったと聞く。気付かなくとも、心身ともに疲弊している事だろう。客人もいる事である。詳しい話は、酒を酌み交わしながら聞くとしようか。無事に戻って来れた事、今はただ嬉しく思おうぞ。束の間ではあると思うが、ゆるりとしていくと良い」
「ありがとうございます」
棟梁の言葉に一礼する。慌てて背後の二人も頭を下げた。そのまま退席を促される。客人もいる。堅苦しい話は続ける気はないという棟梁なりの気遣いという訳であった。退出する。そのまま客間に通される。少し待てという事だった。
「……緊張しました」
「確かにな。あの迫力は……、あんたの家を束ねている事はある」
深い息を吐くと共に、響とクリスはそんな言葉を零す。惣領の時も驚いていたようではあるが、棟梁の場合はそれ以上の様だ。苦笑が浮かぶ。まぁ、そうだろう。初見ならばその反応も致し方ない。
「さて、この後はどうしようか」
「わわっ!? 何の音?」
一先ずは祖父との面会も終えたので何から手を付けるかと思ったところで、凄まじい音が聞こえてくる。思わず響が辺りを見回すが、特に何もない。ああ、やはりかと思う。客人が居るから静かにしているかと思ったが、そんな事は無い様だ。ずだだだだだと走る勢いのまま、客間の前で足音が止まると、勢い良く閉じられた襖が開いた。
「之景ェ! 儂が何度も手紙を送ったのに今更帰って来るとはどういう心算じゃ!」
「爺様。早々帰れるものではありません」
「知らん! 儂は早く嫁の顔が見たいんじゃ。曾孫の顔が見たいんじゃ。儂がおぬしの年の頃には嫁の一人や二人、子の五人や六人は居ったもんじゃ」
「爺様の頃とは時代が違います。あのような物ばかり送られてもどうしようもありません」
「なんと。儂の選んだ女子では満足ならんと申すか!! 強き子を残すに適した女子である筈じゃ」
怒涛の勢いで祖父が乱入してくる。相変わらずである。事ある事に孫の顔を見せろと催促されていた。武門の棟梁という立場上、子供たちには辛い現実を課す事になる。だからこそなのか、子煩悩であり孫煩悩である人だった。引き攣った笑みが浮かぶ。解っていた事ではあるのだが、棟梁として聞く事を聞いてしまえば、この変貌ぶりであった。武門の棟梁だけあって佇まいには隙の一つも見つからないのだが、色々な意味で台無しである。
「え、ええ!?」
「何だこの爺さんは」
二人も目を丸めている。至極まっとうな反応だろう。初見ならば自分でもそうなる。それが武門の棟梁と言う男だった。
「おっと、そうじゃった。之景が女子を連れて来たのだった。それも二人も。……やればできるでは無いか」
「爺様。この子らは武門に入れる為に連れて来たのではありませんよ」
「なんと! 折角曾孫の顔が見れると思ったものを……。ならば儂が一つ」
「この年で叔父叔母が更に増えるのは御免被りたいのですが」
齢七十を超えて尚これである。心身共に壮健なのは当然として、夜の方も未だ旺盛だと聞いた時には流石に頭を抱えたくなったものだ。客人に手を出すなどとは流石に冗談ではあると思うが、一応釘は差しておく。
「ユキさんのお爺さんですよね?」
「ああ。そうじゃ。上泉義綱。之景の爺様じゃよ」
「な、何でこんな人から、この人に繋がるんだ……」
「父は誠実な人であったよ」
「それではまるで儂が不誠実な様に聞こえるのだが?」
祖父も基本的には悪人では無いのだが、如何せん女好きが過ぎるのだ。英雄色を好むを地で行く人間だった。自身は兄弟はいないが、父の兄弟、つまり武門に属する叔父叔母に当たる人間は両手の数では足りなかったりする。強い子を残し、血に宿る技を伝えて行くのが武門の役目ではあるが、祖父は何かタガでも外れているのかと思う。
「まぁ良いわ。折角之景が女子を連れて来たんじゃ。それはめでたい。武門一門、総出で歓迎させて貰う」
「え、えっと……ありがとうございます?」
「……大丈夫なのかよ」
響とクリスを見て意味深に祖父は笑みを深める。響は困惑したように頭を下げ、クリスは傍に寄りそんな事を耳打ってくる。
「大丈夫だとは思うが、夜は警戒しておくと良い」
「……孫の癖に其処まで言うのかよ」
「あ、あははは……」
客人である。流石に何もない筈だが、一応は油断するなと伝える。二人とも乾いた笑いを零す。
「寝る時はあんたの傍で寝る事にする……」
「ええ!? な、なら、私も……」
「爺様が脅かすからこんな事を言っているのですが」
「それはすまんかったのう。はっはっは」
結局、この後食事を終え温泉に入って就寝するのだが、二人とも自室に招く事になった。流石に同衾する訳にはいかない為二人には寝具を譲り、自身は縁側にでる。流石にその場で寝る心算は無いが、月と雪を肴に手酌で軽く飲む。疲れているのだろうか、直ぐに寝息がほんの僅かに聞こえて来た。膝元に暖かな感触が触れる。連れて来たクロが丸くなっていた。金色の眼がこちらを見詰め、一言にゃあと鳴く。
「明日は、墓参りに行くよ。父上と母上にも会いに行かなければいけない」
丸くなったクロに触れ、呟く。雪が降っている。季節の割には少ないが、それでも降っていた。墓。武門のそれは、敷地内に作られている。今は少し降っているが、幸い積もる程では無さそうだ。やる事があったから遅れたが、明日は行く心算だとクロ相手に語っていた。何を話そうか。そんな事を考えながら、夜が明けて行く。
「すこし、墓参りに行ってくる」
朝食も終え、一息ついたところでユキは二人に告げた。
「そっか……」
「実家ですもんね……」
「ほう……。では、お嬢ちゃん方は儂とお茶でもしようかのう」
「……、ではお願いしようかな」
二人が如何しようかと考え込んだ時、ユキの祖父はそんな事を言い出す。渡りに船である。二人が答える前に、ユキは祖父に頼むと続けた。そのまま、準備に移る。そこには武門の棟梁と二人の装者が残される。
「何勝手に話を進めて」
「いやいや、すまんのう。おぬしら二人は、このおいぼれとの話に付き合って貰えると有り難い」
「それは、構いませんが」
ユキの祖父である義綱は付いて来いと手招きをして歩き出す。仕方なく従う二人。茶室へと案内されていた。そして武門の棟梁は、作法など気にせず楽にしてくれと言い座るように促す。
「ユキさんは、お墓参りに?」
「ああ。あの子が唯一気を抜ける時じゃからなぁ。一緒に行かせる訳にはいかなかった。こればっかりは仕方が無いのだよ」
「どういう事だ?」
「お主らには、あの子はどんな風に映る?」
クリスの問いに答えず、義綱は尋ねる。
「ユキさんですか? 何度も助けてもらいました。血を流してまで戦っていた人です。正直、死んじゃうんじゃないかって思った事もあります」
「あたしも似たようなもんだ。命懸けで、守って貰ったよ」
「そうか。やはり、死を恐れぬのか」
二人の少女の言葉に、武門の棟梁はただ頷く。事実を確認するように呟く言葉は、初めて見た時と同じく何処か迫力がある。そのまま無言で茶を点て、二人に差し出す。受け取った二人ではあるが、作法など解る筈もない。まごまごしていると、老人はおかしそうに笑い、飲み方に等拘らず好きに飲むと良いと告げる。二人は頷き一口飲む。
「之景の親は見事であったよ。見事に生き、見事に死んだ。両親ともに、だ」
「え?」
「……」
初めて聞く言葉に響は思わず呟きを零し、少しだけ話を聞いた事があるクリスはただ黙って話を促す。
「父はその生き様を子の心に刻み、母はその愛を子に刻み付けた。之景にとって、あの子にとっては、大切な、そして偉大な親であったよ。……偉大過ぎたのだな」
「偉大過ぎた……?」
「どういう事だよ」
老人の呟きに二人の少女は聞き返す。凄い親だった。それがまるで不幸であると言わんばかりの言い草であったからだ。
「それがあの子の不幸だ。父は死を恐れず、母もまた愛に殉じた。之景の中ではな、驚く程死が軽いのだよ。武門という在り方の為仕方が無い部分ではあるのだが、両親が見事に生き過ぎた。見事に生きて、見事に死んだ。それが、上泉之景にとっての不幸だ」
祖父はそう明言する。両親が見事に生きたからこそ、それが不幸であったと。
「親に一人残されながら、生かされた。命懸けで守られたからこそ、鮮烈に刻まれてしまったのだよ。見事に生き、見事に死んだ生き様が。我ら一門は、皆で愛した心算ではある。だが、親が与えるべきものを十分に与えてやる事は出来なかった。生きてこそ喜ばれるという事を。人としての在り方を教え、愛の尊さを知る事は出来た。だが、見事に生き、見事に死ぬ。そんな生き様への憧れまでは消してやれなかったのだ」
「見事に……死ぬ?」
「そうだ。之景の中には、常に親の在り方が焼き付いて居る。見事に生き、見事に死んだその生き様が。だから之景は生かす事を諦めないと同時に、死ぬ事を否定もしない。親が見事に死ぬ事で、その愛によって生かされたのだから。上泉之景は、武門の中でも頭一つ抜けている。であるからこそ、武門でなければ良かったと思う事もある。前に出る事を恐れず、戦う事を恐れず、死ぬ事すらも恐れない」
武門の棟梁は語る。その在り方は確かに上泉之景の在り方と言ってよかった。死ぬ事すらも恐れない。その言葉に二人は大きすぎる実感があった。先達は血を流し戦い続けている。同じ事が自分でもできるのかと考えると、心の内に寒いものが沸き上がる。
「だから、儂は之景の子が見たいんじゃ」
「何でそうなるんだよ!」
「親に与えられる物がなかった。ならば、自分が親になればその尊さが分かる時が来る。そう信じているからじゃな」
「……武門だからあんなこと言ってたわけじゃねーのかよ」
「当然だろう。時代に繋いで行く事も大事であるし、立場上武門の在り方は変えられん。だが、そんな物とは別に孫を可愛く思って何が悪い。親になってくれさえすれば、生き様への憧れが無くなってくれると、そう思っているのだよ」
祖父はそう言い切り締めくくる。武門の棟梁の在り方は一日にも満たない間に様々なものを見せつけられていたが、やはりこの人はユキの祖父なのだなと二人は感じる。自分の意志に従い生きているのだろう。その在り方が、祖父と孫に共通しているからだった。
「という訳でお前さん方、どっちでも良いから頑張ってくれ。武門からのお願いじゃ。儂は曾孫の顔が早く見たい」
そして最後に棟梁は爆弾を落とす。既に老人の性格は掴んでいた心算であったが、予想を遥かに越える言葉に、二人して赤面するのだった。
「遅くなってしまった」
うっすらと雪が積もり、白くなった墓石に向かい言葉をかける。煤となった父と、その父を追った母が眠る場所。ただ一人、会いに来ていた。
「何処から話すべきか。大きな戦いがあったよ。月は砕け、衝突の危機に瀕した」
両親に向け、今まであった事を語る。黒猫と白猫を拾った事。ノイズを斬り裂いた事。装者同士がぶつかり合った事。自動人形と刃を重ねた事。童子切の使い手となった事。始まりの巫女とぶつかり合った事。後進達が奇跡を起こした事。F.I.S.が蜂起した事。英雄に憧れた男と出会った事。月が衝突の危機にあった事。剣聖の名を騙る武器を砕いた事。家族を守った事。一度死んだこと。それでも、もう一度手を差し伸べられた事。奇跡が起こった事。その全てを一つ一つ丁寧に語る。
「俺は強く在れたかな。父上のように、生きる事が出来ているかな」
煤と消えた父の姿を思い浮かべながら話す。墓に死した者達はいない。それが解っているが、それでも言葉が止まる事は無い。話しながら、気持ちを整理している。まだまだ弱いなと内心で笑う。
「一度死んだよ。それでも尚、見事に死ぬ事は出来なかった」
確かに自分は一度死んでいた。自動人形に身体を貫かれ、守るべきものを守り切り事切れた筈だった。思うのは父のようで在れたか。それだけだった。そして、声が聞こえた。まだ死ぬ事は許さないと言われ、再び立ち上がる事が出来た。始まりの巫女フィーネ。まさか、敵だった者に助けられるとは思ってもいなかった。
「俺はまだ死ぬ事は許されない様だよ。だけど、大切なものができた。守りたいものが、できたよ」
西風。墓の前に父が好きだったという酒を注ぐ。既に酒を飲める年になっていた。父と酌み交わせない事が少しだけ残念ではあるが、それは飲みこむ。守られたから今がある。それを寂しく思う訳にはいかない。
「父上のようになれると良いな」
呟いた。笑う。父は父であり、自分は自分でしかない。それでも、あのように笑える男に成りたかった。守りたいものを、守り切れる大人になりたかった。一陣の風が吹き抜ける。もう行くよ。そんな言葉と共に立ち上がる。
「其処に、お前の父親が眠っているのか?」
不意にそんな言葉が耳に届いた。振り返る。視線だけは少し前から感じていた。敵意も悪意も感じないため放っておいたが、少女が一人此方を見ている。青色の外套を纏い、黒色の帽子を深くかぶっている。雪が少し服装についている。視線が交わる。
「異国の方か?」
「ああ。すまないな。少しばかり道に迷ったようだ。おかしいとは思ったのだが、そのまま進んだ結果、こんな所に出てしまった」
「そうか。ここは墓だよ。俺の親が眠る地だ」
何故か言葉を交わしていた。問われたというのもある、だが、どこか懐かしい感じがしたからだ。何処かで出会った事があるのだろうか。考えるも、心当たりはない。それが、何処か引っかかる。
「オレも昔、父親を亡くしたよ。大切なパパを……」
少女が辛そうに零す。涙が一筋零れ落ちた。
「お前の父親は、どんな存在だった。お前にとって、何を遺した?」
涙を拭う事なく少女は問う。名も知らぬ相手だった。だが、何かを聞かれている気がする。質問の答えでは無く、もっと別の何かを。
「大切なものを遺してくれたよ。父が生かしてくれたからこそ、今の俺はある。大切な事を、身を以て教えてくれた。俺にとっては、何よりも大切なものを遺してくれたよ。誰よりも何よりも尊敬する人、だろうか」
「そうか、やはりお前も……」
風が吹き抜ける。雪が、煤のように舞い上がる。質問に答えた俺に、少女はただ無言で視線だけを寄せて来る。ほんの僅かな間、ただ、見つめ合っていた。
「この地では手を合わせるのが一般的だと聞く。此処で出会ったのも何かの縁だ。オレも手を合わせても良いだろうか?」
「ああ、構わないよ。父上ならば、喜んでくれるだろう」
「そうか」
こちらの言葉に少女は短く頷くと、墓の前で小さく手を合わせた。そして数瞬祈りを捧げると、こちらに向き直った。
「邪魔をしてしまってすまなかったな」
「いや、構わない。話したい事は全て終わっていた」
「そうか。良い父親だったのだろうな。いきなり現れたオレのような者でも、受け入れてくれた」
少女は小さく笑う。
「道に迷ったと言ったな。今から帰る、送ろうか?」
「いや、構わない。折角異国の地に来たのだ、もう少しだけこの辺りを見てみる心算だ。街の方角だけ教えてくれればそれで大丈夫だ」
方角だけ教えてくれれば大丈夫だと言う少女の言葉に頷き、教える。何処か不思議な雰囲気を持つ相手だった。このような場所で出会った事に違和感を感じる筈なのだが、それ以上に敵意も悪意も感じない。むしろ、悲しみのような物を強く感じた。一人にしておくべきかと思ってしまう。
「そうか。では、俺は行くよ。話せて良かった」
手荷物を持ち、少女に一声かける。頷きだけが返ってきた。それを見て踵を返す。静寂の中、雪だけが舞っている。
「オレも話せて良かったよ」
雪が風で舞う中、少女は呟いた。墓石の前でただ佇む。
英雄が抱く父への想い。それを本人の口から聞き出していた。
聞けて良かったと思う反面、聞かなければ良かったとも。
「あれが英雄……。オレが倒すべき敵。同じ想いを持つもの」
空を見上げる。雪が頬にかかる。
それが、熱に溶けまるで涙のように零れ落ちる。
少女にとって、英雄は敵であるのだ。
「それでもオレは、世界を壊すよ」
父を愛したが故に世界を守ったもの。
父を愛したが故に世界を壊すと誓ったもの。
英雄と錬金術師。
極めて近く、限りなく遠い二人が邂逅したのだった。
武門、実家に帰る
皆のメインヒロイン錬金術師ちゃん登場