煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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番外4.休息の終わり

「師範代が久々に来ているのだ、皆、気合を入れるぞ!!」

 

 応! っと、道場に咆哮が響き渡る。武門上泉が運営している剣術道場。道着を纏い、竹刀を手にしているところで気迫が漲る。久々に実家に帰って来ていた。門下の稽古をつけてやってくれと棟梁及び惣領より命じられた為、道場に佇む。竹刀を持った人間が三十名ほど。各々が道着に竹刀のみを手に対峙する。

 

「防具は付けねーのかよ?」

「はっはっは! 我らが教えるのは剣道に非ず、あくまで剣術じゃ。戦うにあたって何時も防具を身に付けられる訳ではあるまい。何時如何なる時でも戦える。そう言う心構えがこの鍛錬じゃよ」

「でも、怪我するかもしれませんよ?」

「それは使い手が悪いからじゃよ。卓越した腕を持つものならば、間違いなど起こる筈がない。何よりも剣術の本質は殺す技になる。それを修める過程で怪我などが怖いと言うのならば、そもそも剣術など志すものでは無いのじゃよ」

 

 見学に来た同行者二人が防具は無いのかと聞く。そんなものは無いと頷く。我らが用いる剣は研鑽する内にどちらかと言えば素肌剣術寄りに変化していた。介者剣術寄りのものもあるが、主要なものは素肌剣術であると言える。自分のように小手を用いる事もあるが、道場などで行うのは竹刀だけでの斬り合いだった。当たる寸前に腕を絞る。それで、刃を寸止めすれば良いだけの話であるからだ。それができると判断するまではひたすら剣の扱いを覚える為の基礎を励む事になるのだが、今この場に居る者達はそれが終わった門下生と言う訳であった。

 

「始め!」

 

 惣領が短く合図を出す。場が動き始める。ゆらりと動いた。

 

「一手御指南願う!!」

 

 即座に打ち込みが来る。男。見極めた剣線を剣先で逸らす事で往なし、軽く刃に重ね打ち落とす。

 

「無暗に打たず、機を見る事だ」

「はい!」

 

 竹刀を落とした男が返事を上げ、他の者へと向かう。ぐるりと回る。背後、隙を見つけたと斬りかかろうとして居た者に刃を突き付ける。

 

「く……」

「隙を突くならば、剣気を隠さない事だ。この稽古は乱戦のようなものだろう。隠せば目立つ」

「打つ事すらできないとは……。次こそは!」

 

 相手が頷くと、剣をゆるりと上げる。両手持ち。惣領が用いた雷刀と呼ばれる(くらい)(型)。

 

「行きます!!」

 

 踏み込み。半身立ちからの踏み込み。一刀の下に振り下ろす。衝突。拮抗など許さず叩き落す。

 

「雷刀に踏み込むのならば、恐れぬ事だ。思い切りが足りなければ、斬り落とされる」

「は、はい! 指南ありがとうございます!!」  

 

 阻む様に重ねた刃を弾き飛ばし、そのまま両断する気迫を以て寸止めする。見た感じ最年少の少年が腰を落としていた。手を取り立たせた後、悪くは無かったと告げ軽く肩を叩く。少年は嬉しそうに笑った。

 

「ちっ!」

「思い切りや良し。されど、気が急き過ぎている」

 

 再び剣を取り直した直後に後退。斬撃を逸らし、剣を向け対峙する。上段。即座に雷刀に構えた。刃を低く寝かせ、待ち受ける。剣の意志。来いと伝える。踏み込み。

 

「おおおお!!」

 

 裂帛。咆哮と共に放たれる雷刀。一歩踏み込む。

 

「ぐぅッ!」

 

 

 振り下ろされる腕。石突で打ち、竹刀を取りこぼさせる。そのまま刃を捨て、襟を持つ。相手の怯みと、こちらの勢いを活かしたまま投げ飛ばす。

 

「渾身は外せば大きな隙となる。力の入れ処を見極めるのが肝要だ」

「……はいッ!!」

「よし、次」

 

 離した竹刀を再び取る。皆が見ている。次々と新手が現れる。惣領。ちらりと見ると、豪快に笑っていた。全員を相手にしろ。そう言う事であった。握り直す。笑みが零れる。剣気が心地良くて堪らない。良いだろう。全員相手をしてやる。剣気を以て返答が来る。再び高く刃を掲げる。雷霆の気迫を以て迎え撃つ。そして刃が加速する。

 

「何でアレで息一つ切らせてねーんだよ」

「……一人ずつ掛かっている筈なのに、複数人同時に相手しているようにしか見えないんだけど。これが、本物の難易度BUMON」

「まぁ、上泉の者ならば、この程度は容易いものじゃよ。体を温める準備運動じゃな」

「解ってたけど、武門こえーよ。知ってたけど!」

「剣って、三方向に同時に振れるんだね。凄いや」

 

 クリスと響の言葉に棟梁が満足そうに頷いている。一人、また一人相手にしながら、女子相手だから饒舌であるのだなと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

「本日の稽古は終わりじゃ、なら、さっさと風呂に入ってこい」

 

 そんな言葉で棟梁に露天へと向かわされる。昼も半ば程から道場に顔を出していたので、今は良い感じに暮れていた。露天。屋敷より少しばかり離れた場所にある、実家が管理する湯治用の露天で汗を流す。露天とは言え、流石に野晒ではない。囲いと小さな屋根の中、浴場が用意されている。湯で体を洗い、湯船に浸かる。ぼんやりと空を見上げる。茜色から、夜空への変り時。薄暗い中、星と月が姿を現している。

 

「月見には丁度良いか」

 

 普段生活している都心部とは違い、空の色は遥かに澄んでいる。一緒に持って行けと渡された父が好きだった酒、西風を注ぐ。そのまま、湯に浸かりつつ一口含む。入浴中の酒は回りが早い為、一杯だけにする。

 

「ゆるりとするのも、随分久しぶりだな……」

 

 酒を呷り、一言呟く。様々な事があった。ルナアタック事変があり、フロンティア事変があった。響やクリス、翼を始めとした装者に出会い、司令や緒川、藤尭や友里さんの居る二課に復帰となった。童子切の使い手となり、フィーネとのぶつかり合い。自動人形(オートスコアラー)やF.I.S.との出会い。英雄に拘る男との対峙。様々な事が短い間に凝縮されていた。そんな事を言ってしまうのも仕方が無いだろう。それ位、様々な事があった。

 

「お酒って、お風呂の中で飲むと拙いんじゃないんでしたっけ?」

「だから一口だけにしたんだよ」

 

 不意に声が届く。何をしているんだと思うが、まあ良いかと流した。どうせ、棟梁の差し金である。なんでこんな所に居るのだと思うが、子供が二人紛れていても別に構わなかった。

 

「……」

「ほら、クリスちゃんも入ったら?」

「いや、何でそんなに平然と入ってんだよッ!」

 

 響が失礼しまーすと元気良く声を上げながら入って来る。当たり前だがバスタオル着用である。あまり行儀が良いものでは無いのだが、それも仕方ないだろう。星空に向けていた視線を移す。目が合う。流石に恥ずかしくなったのか、響は困ったように笑った。

 

「まぁ、風邪を引いても困るだろう。温まると良い」

「あんたも何でそんなに普通なんだよッ!」

 

 林檎の様に真っ赤になった白猫が魂の叫びをあげる。苦笑が零れる。恥ずかしいのなら来なければ良いでは無いかと思いながら答える。

 

「別に、子供と風呂に入るぐらい大したものではあるまいよ。と言うか、躊躇するのならば来なければ良いだろうに」

「そりゃ……そうだけどよ……。このバカが、その、一緒に行こうとか言うから……」

「今更、君の肌を見たところで、大した問題も無かろうよ」

「う、ぐ……。たしかに、見られたけど……」

 

 思い返して見れば、初対面の時に怪我をしていた為服を脱がし処置を施している。下着までは脱がさなかったが、恥ずかしがるとしても今更だった。まぁ、この年頃ならばそんな物だろうと思うも、ならば来なければ良いでは無いかと苦笑が零れる。結局、白猫も傍に寄ってきて肩まで湯船に浸かる。そして、黙り込んだ。何しに来たんだと思う反面、まぁ、こうなって当然だとも普段の様子から直ぐに思い至る。

 

「なん、だと……」

「ん?」

「ユキさん、クリスちゃんの裸見たって本当ですか!?」

「うん、ああ、見たな」

 

 凄まじい衝撃を受けましたと言わんばかりの響が聞いて来る。その勢いに少し押されるが、素直に頷く。裸を見たのかと言われれば、見てはいる。

 

「ちょ! その言い方は語弊があるじゃねーか。あくまで治療だ、治療!!」

「どっちでも良いです!! 見たんですね、見ちゃったんですね!!」

「今の俺と君たちも裸に分類されると思うのだが」

 

 響の剣幕に苦笑が零れる。言ってしまえば、現在進行形でも見てはいる。別に気にするほどのものでもない。成長期だけあって、二人とも育つところは育っているが、月見酒を越える程重要かと言うとそうでもない。

 少しだけ残った酒を飲み干すと、ふと、翼の発育があんまりなのでは無いかと二人と比べ失礼な事を思う。彼女等より年長であり、もう直ぐ卒業を控えている。今以上の成長は期待できないだろうか。乙女心は解らんが、後輩二人と見比べた後、時折吐いている溜息から察するに、気にはしているのだろう。

 

「今は良いんです。日頃からお世話になっているお礼を兼ねて背中を流しに来たんですから。ね、クリスちゃん!」

「あたしは、その、爺さんが男はこういうので喜ぶって言うから……その……」

「また、子供に変な事を教えて」

 

 案の定、棟梁の目論見であったようでそんな言葉が吐き出される。それは棟梁自身が好きな事である。

 

「と言う訳でユキさん、背中流しますね」

「……、仕方あるまい」

 

 取り敢えず立つぞと二人に伝え数秒待つ。そんなに見たいのかと告げると、意味を察して二人して背を向ける。そのまま、浴槽から出る。そのまま、備え付けられている桶と入浴具を取る。そのまま体を洗う。

 

「はっ! 洗います!」

「ああ、頼むよ」

 

 そして、少し慌てたように響が此方に来て背中を洗い出した。手拭いで背中が擦られる。少しくすぐったい。

 

「どんな感じですか?」

「もう少し強めだと良いかな」

「これ位で?」

「ああ、気持ち良いな」

 

 少しくすぐったかった感覚がなくなる。丁度良い感じであった。

 

「あぅ……」

 

 響が恥ずかしそうに呟く。

 

「か、代わるぞ!」

 

 不意に感覚が変わる。白猫。どうやら、交代をする様だ。背中に手拭いの当たる感覚が強くなる。良い感じであった。暫く成すがままになる。

 

「あんたの背中、大きいな。それに、傷も幾つかある。特に左腕」

「まぁ、武門だからな。斬った張ったは馴染みだよ。中には捌き切れなかったものもある」

「最近のものも?」

「あるな。自分で斬ったものもある」

 

 クリスの問いに答える。童子切で斬り裂いた左腕の傷。ネフシュタンの腕輪を身に着ける前の傷は、傷跡として残っている。それに白い手が触れる。傷跡をゆっくりとなぞる。

 

「もう十分だ」

「ごめん」

「何を謝っている」

 

 そんな言葉と共に背中を流して貰う事にする。桶に汲まれた湯。それが背中に流される。数回繰り返され、終わった。そして、再び浴槽に戻る。肩まで浸かり、ぼんやりと空を見上げる。子が二人、傍らにいる。無言。言葉は無いが、空気が悪いと言う事でも無かった。話す事が無い。それだけであった。

 

「さて、百数えたら出ようか?」

 

 だからこそ、そんな事を提案する。小さな頃、父と良くやった事である。百を数えるだけではあるが、それが楽しかったのを覚えている。武の研鑽を行っていた武門であるからこそ、そんな些細な事が嬉しかったのだろう。今だからこそ解る事だった。

 

「はい」

「うん」

 

 結局三人で百を数えた後、バスタオルを持つクリスと響が先に出て行く。そのまま彼女等の身支度が終え、出ても良いとの合図が出るまで湯船に浸かっているのであった。食事時、絡んできた爺様が、武門の精神力は玉鋼(たまはがね)と馬鹿笑いと共に叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来ぅぅぅ!!」

 

 群馬への旅行を終えた響は、待ち合わせをしていた未来に出会うなり情けない叫びをあげて抱き着いた。

 

「わ! ど、どうしたの響!?」

 

 そんな何時振りかに会った響の様子に、未来は少しの驚きと共に表情を緩める。ユキの里帰りに旅行と称して付いて行った為、響に会うのは久しぶりであったからだ。久しぶりに響分を補充しなくちゃと抱きしめ返しながらも、未来は何かあったのかと未来は尋ねる。

 

「わたし、わたしね、女じゃなかったの!」

「え、ええ!?」

 

 そして響から発せられた言葉に思わず声を荒げる。半泣きになりながら告げる響に、本気で意味が分からなくなり、何、ナニか付いちゃったの!? っと、あまりにアレな事を言ってしまうのは仕方ないだろう。未来としても、女の子としても、大事な事である。

 

「うぅぅ……」

「ほら響、落ち着いて。ね、ナニがあったの?」

 

 悲し気に言葉を噤んだ響に、未来は出来るだけ優しく問いかける。本人は冷静な心算ではあるが、何となくイントネーションがおかしいところから、落ち着けていない事が見て取れる。そんな未来の様子に気付く事もなく、響は意を決し未来に話の続きを語り出す。

 

「うん。私ね、ユキさんにとってがきんちょだったの。女性じゃ無かったの。女の『子』でしか無かったの!! ぐふ……」

 

 言い切ったところで響は自分の言葉に自分でダメージを受ける。がきんちょだった。子供でしか無かったと、心此処にあらずといった様子で呟く響に、未来は一瞬変な扉を開きかけるが慌てて閉じる。それは開けてはいけないものだろうと、突貫工事で埋め立てながら話の続きを促す。

 

「ユキさんとね、一緒に旅行に行ったよね」

「うん。好きな人だもんね。頑張ってみるって、響は言ってた。何かあったの?」

「うん。色々案内してもらってね、ユキさんのお爺さんにもあったんだ。ユキさんの家の一番偉い人。凄く、歓迎して貰った」

「ええ!? なら良かったじゃない」

 

 未来は響から、好きな人の事について良く相談されている。今回の里帰りの件に旅行という形で同行する事になったのも、未来の入れ知恵だったりする。正直なところ、響に好きな人が出来たと相談された時には、ちょっと如何してやろうかとも考えたが、詳しい話を聞く程そんな気持ちも随分と薄れていった。親友の未来には、響が本当に恋をしているんだなっと解ってしまったからだ。

 ルナアタック事変で出会った時から始まり、クリスとぶつかった事。守って貰った事。心が挫けそうになった時何度も手を差し伸べて貰った事。暴走した時に止めて貰った事。翼に遠ざけられて訳が判らなくなった時、真正面から話をしてくれた事。命を懸けて絶唱を使おうとした時、止めて叱ってくれた事。未来が攫われた時、生存を確認してくれた事で希望が持てた事。未来の救出の時、大切な事を教えて貰った事。英雄の剣に負けかけた時、よく頑張ったと言って貰えた事。

 その一つ一つが大切な宝物であるかのように、嬉しさと恥ずかしさがない交ぜになったような様子で語る響を見ると、未来でなくても解ってしまうだろう。ああ、この子は恋をしているんだなぁっと。その様子は何かを言うのも馬鹿らしくなるほどである。

 仕方ないなぁ。そんな言葉と共に、未来が響に協力しようと思うのは当然の結末であったと言える。未来にとって響は、大切な友達であると同時に、大好きな相手でもあるのだ。そんな響が恋をしたと言うのなら、未来には応援をしないという選択肢はない。

 

「うん。それでね、頑張ってみたの。恥ずかしかったけど、頑張って頑張って、それ以上に頑張ったんだ」

「……それで、何をしたの?」

 

 だからこそ、響の今の様子が良く解らない。一体何があったのかとごくりと喉を鳴らす。まさか、親友は一足先に大人の階段を上ってしまったのか。その上で、何か酷い出来事があったのか。もしそうだとすれば、私はどうすれば良いのか。取り敢えず、今夜はなぐさめてあげれば良いのかと、ちょっとハイになっている未来の思考は加速していく。

 

「一緒にね、お風呂に入ったの。ユキさんのお爺さんは、本人が嫌がらなかったら何やっても良いって言うから、それで、クリスちゃんと一緒になって」

「……って、何でクリスも?」

「あぅぅ……だって、幾ら私でも、一人で混浴とか恥ずかしくて死んじゃうよ!! とてもじゃないけど、誘惑作戦とかできないよ!」

 

 思わず出た未来の問いに響は恥ずかしそうに言い返す。いざその場に行ってしまえば思った以上に自然に振舞えていたのだが、そこに至るまでが大変であったのだ。とてもでは無いが一人では入れない。だからと言って、チャンスが早々にある筈がない。そこに居たのが、恋敵だと勝手に思っているクリスである。

 響に取れる手段はこれ以外なかった。あの素直じゃないクリスが、現在最も傍に居る相手である。フロンティア事変が終わってからは、その様子は随分と顕著になっている。恋敵である響をして、押しかけ女房なのでは無いかと危機感を抱く程である。

 尤も、響自身はクリスの事も大切に思っている。恋ではライバルだと思っているが、同時に大切な友達だった。そんな複雑な想いから、恋敵でありながら、正々堂々と想いを伝え合いたいと思っていた。大切な友達と好きな人が被っていると思うからこそ、その友達も大切にしたいと言うのが立花響という子だった。

 

「でも、だからってクリスと一緒にやらなくても」

「だってぇ……。未来もいなかったし、クリスちゃんしかそんな事できる人が居なかったんだよぉ」

「もう……。恋敵と一緒にアタックするなんて、私は響位しか知らないよ」

「あはは。常に最先端なんです」

「……恋は誰かに遠慮なんてしてたら叶わないかもしれないよ」

「それは、嫌だなぁ……。こんな気持ちになったの、初めてなんだよ?」

 

 あははと屈託なく笑う響に、未来はもうっと小さな溜息を零す。恋をしたとしても、響は響なのである。何処かで誰かの事を考えてしまっている。それ自体は凄く良い事だと思うのだが、だからこそ未来は心配してしまう。親友は未来から見ても良い子である。その子が失恋する様など見たくは無い。

 

「だけど、クリスかぁ。あの子もユキさんの事が?」

「うん。きっとそうだよ。クリスちゃん本人に聞いた訳じゃないけど、きっとそうだと思う」

「そっかぁ。まぁ、あのクリスだしね。嫌いな人の所になんて行かないだろうし、だからって、好きな人なんて絶対に教えてくれないだろうなぁ」

「確かに。でも、一緒にお風呂に入っても良いって思うぐらいなんだから、きっとそうだよね」

「うん。クリスがそこまで出来るって事は、そう言う事なんだろうなぁ」

 

 雪音クリスの普段の行動から見て、二人はそうなのだと結論付ける。あの雪音クリスである。女の子同士の触れ合いですら、見ているだけで恥ずかしくなって真っ赤になる程初々しい女の子であった。別にそんな気持ちがなくとも、クリスの反応を見ているだけで、つい、悪い事をしているのではないかと思ってしまう程である。

 その雪音クリスが、だ。幾ら世話になっている相手とはいえ、一緒に風呂に入るだろうか。どう考えても入らないだろう。それでも来た。つまりはそういう事だと結論付ける。しかし、結局は少しだけ背中を流しただけである。普段は威勢が良いが、そういう方面の話では随分とヘタレな様だ。

 

「でも、不思議だね」

「え? 何が?」

「だって、女の子が一緒にお風呂にまで入ってるんだよ。幾らなんでも、少しぐらい気付いてくれても良いと思うんだけどなぁ」

「うー。だから話が最初に戻っちゃうんだよぉ。ユキさんにとって私たちはがきんちょだったんだよ! 女じゃなくて、子供だったの! 射程外だったの! アウトオブ眼中だったの! へいき、へっちゃら。じゃないよ! 私って呪われてるのかな!?」

 

 未来の疑問に、ユキの反応を見せつけられた響は切実に叫ぶ。大げさなと思わないでも無いが、相手は好きな人である。ついつい熱く語ってしまうのも仕方が無かった。一緒にお風呂に入っても、特段恥ずかしがるわけでもなく平然としていた。あの反応はもう我慢しているとかそういったものでは無い。最初から興味がないとしか思えない程だった。そして、ユキは何度も響を相手に子供と言って来ていた。それで気付いてしまう。そもそも、ユキにとって響とクリスは女では無いのだという事を。

 

「どうどう。少し抑えて響、あんまり大声出されると恥ずかしいよ」

「あ、ごめんごめん」

「もう……」

 

 そんな響を未来は宥める。流石に街中で強い剣幕で話していれば、視線が集まって来るのも仕方が無い。周りが見えていない響に呆れつつ、まぁ、そんなところも可愛いんだけどねと笑みが零れた。親友には頑張って欲しい。クリスには悪いが、やっぱり未来としては響に一番幸せになって貰いたいからだ。

 だから、未来はユキに剣の師事を仰いだのだ。未来が翼では無くユキに剣の師事を仰いだ最大の理由は、未来が剣の教えを請えば響がユキに会う口実になり易いと思ったからである。勿論、実際に有り得ない程の剣の腕を見たというのもあり強くなりたいと言う想いもあるが、未来にとってはどうしても響の事というのが一番になってしまうのだ。

 

「うぅ……拳じゃ何ともならない、最強の敵だよぉ……。女として自信が無くなっちゃうよぉ……」

「だけど、本当に上泉さんは気付いていないのかなぁ」

 

 浮かび上がる一つの疑問。幾らなんでも、少しぐらい気付いてくれても良いのでは無いだろうか。武門の精神力は玉鋼と嘆く響を宥めながら、未来の疑問は消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅ」

 

 そんな言葉と共に、青が赤に向け口付けを交わす。

 

「あ、あ……。はぁぅ……」

 

 想い出が青から赤へと移り行く。戦闘特化型の自動人形。ミカの起動が完了していた。

 

「漸く、自動人形が全て起動したか……」

「あぅぅ……」

「どうした、ミカ?」

「お腹がすいて、動けないゾ」

 

 起動したのは良いが、ミカにはまだ十全に動けるほどの想い出は蓄積されていない。力なく肩を落とす姿は、万全とは程遠いだろう。ぐったりと呟くミカに、少女はガリィに視線を向け、あるものを投げ渡す。

 

「おやおや。遂に完成したんですかぁ?」

「そういう事だ。起動実験も兼ねて、一仕事して来ると良い」

「ガリィちゃんに最初に回してくれるなんて、誰が頑張り屋かマスターは解ってますね」

「ふん。お前の役割が最も大きいからだ。理由など、それで充分だろう」

 

 嫌らしい笑みを浮かべる青に、錬金術師は憮然として答える。

 

「くひひ。英雄にご執心なマスターの為に、頑張ってきますね」

「働くならばそれで良い。如何とでも言っていろ」

「はいはーい。ガリィちゃん、頑張りまーす☆」

 

 そして青は主の下を離れる。

 

「全く可愛らしいマスターですねぇ。ずっと見ていて泣いちゃう位ご執心で、殺し合いたい癖にそんな素振りは見せないと来たもんだ」

 

 思い出の収集。それが、青の自動人形に課せられた目的だった。

 

「英雄を相手にするのに最早制約は何もない。サクッと殺してこようかしら」

 

 先の戦いの様に、英雄を殺さないように戦うという枷は既に無かった。自動人形には大切な目的がある。接待のような戦いでは無く、何の憂いもなく全力で戦えるのは、英雄を相手にする時だけであった。

 

「これまでの手抜きのような戦いでは無く、本気の自動人形を見せてあげる。再び相見えるのが楽しみね、人間の英雄よ」

 

 だから、ガリィは英雄を殺す事に決める。主の目的の為に最大の障害になるのは、英雄と呼ばれた人間である。故に、一切の手心を加える必要はない。笑みが浮かぶ。英雄の首を持ってくれば、主は一体どんな表情を浮かべるだろうか。それが、楽しみで仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




装者の中で武門の線引きの外に居るのは、実はマリアさんだけだったり。翼も含めて、後は皆子供。
さて、そろそろ三部開始します
二部では武門が死線に踏み入らなかった為、三部からは久々に全霊で戦ったり。
何にせよ、漸く本編が始まります。

取り敢えず、アクセスって格好良いよね



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