煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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2.動き出す思惑

 斬撃が飛ぶ。飛翔剣。先駆けとして間をずらせて放たれる。遠当て。機先を制する為に放たれた剣を、剣聖は本来の動きを為させる前に叩き落す。短く息を吸う。刃を低く流す。飛び退る。後退。五叉路の合流地点にユキは佇んでいる。五機いる人形は全てが強大な力を秘めている。位置取り一つをとっても、安易な判断を下せるものでは無い。

 銀閃。太刀が三方向に同時に翻る。斬撃音。硬貨。氷弾。炎柱。剣聖の移動とほぼ同時に放たれた異端の殺意。飛んだ足が地に着くほんの僅かな間に、駆け抜ける。着地、反発。三種の弾丸を弾き飛ばしながら剣聖は地を蹴る。壁。反発を利用しながら、天井、床、壁と、立体を起動しながら下がり続ける。通路。幾らか下がり、襲撃の方向を一方だけへと限定する。手摺。二課の医療施設である為、通常のものとは遥かに強度が違うソレを太刀で斬り落とす。軽合金の棒。左手で掴む。正面。三体の自動人形が距離を詰める。反転、一気に鉄棒を振り抜く。

 

「あら、残念。奇襲をかけたつもりなのだけど、この程度では英雄には届かないようね」

 

 火花が散る。緑。剣殺し(ソードブレイカー)。かつて見た異能の刃。剣を殺す事だけに特化した武器であった。その刃は、他の剣を問答無用で殺す武器である。刃を重ねる訳にはいかなかった。故に、左の鉄棒で弾き飛ばす。低姿勢からの跳躍。一気にファラの間合いを越える。腹。狙いを定め蹴り飛ばす。打点を基点に宙で反転、凄まじい衝撃が足を駆け抜ける。加速。風を越え、飛ぶ。

 

「おお!! ファラが吹き飛んで言ったゾ! なら、あたしが相手だゾ!」

 

 赤の自動人形が炎柱を片手に迎え撃つ。薙ぎ払い。速度を上げるユキを撃ち落とす為、柱を振るい、大爪を構える。緑の自動人形。赤は仲間が吹き飛ばされた事に目を輝かせながら笑う。

 

「およ?」

 

 一刃。刃が炎柱に重なり、剣聖は腕の力だけで飛び上がる。空隙。ほんの一瞬、ミカの動きが硬直する。渾身からの決め手。二撃必殺の心算であったのだが、人の身で成すにはありえない機動に反応が遅れる。天井。一気に飛びあがった剣聖は、赤を置き去りにする。

 

「呆けるなミカ。それが異能殺しの英雄だ!」

「痛いゾ、ガリィ!」

 

 青が氷柱を放ち、一気に加速する。遠当て。青が赤を蹴り飛ばし、駆け抜ける斬撃の軌道から逸らすと同時に、その勢いを反発に用い剣聖を追う。刃。空中で、両の手に構える。 

 

「残念だが、そう簡単にはいかない」

『――自動錬金』

 

 斬撃。突如空中に現れた黒金が、その小手から障壁を展開。剣聖の刃を受け止める。舌打ち。打点を基点に更に剣聖は宙を舞う。壁。着地と同時に、金色が飛来する。斬撃が加速する。呼吸が上がる。ほぼすべての金弾を弾き飛ばす。飛翔剣。既に間合いの内に飛んでいる。黒金。再び姿を消す。

 

「地味に良い援護だ」

 

 代わりに現れるのは金色。地の自動人形、レイア。既に近距離戦の間合いまで距離を詰めている。金の旋棍。硬貨で出来たそれが、剣聖に向かい唸りを上げる。壁に亀裂が走る。加速。剣聖は更に速度を上げる。一閃。すれ違い様に斬り抜ける。金属音が鳴り響き、無数の斬撃に硬貨で作られた旋棍は弾き飛ばされる。着地。青。既にガリィが凄絶な笑みを浮かべ、氷剣を振りかぶる。機動。着地の衝撃を殺す間もなく、剣聖は無理に加速を続ける。

 

「ざぁんねん。ガリィちゃんはそんなふざけた機動は許してあげないのよ」

 

 瞬間、足元が氷に覆われる。流石の剣聖も、これには足を取られ、致命的に態勢を崩す。連携からの搦め手。清濁併せ持つ自動人形の攻めに、剣聖が動きを止める。好機。ガリィは笑みを深め、刃を振るう。斬撃。咄嗟に剣聖は、崩れた態勢を意図的に加速させる事で氷剣をやり過ごす。頬を掠める氷剣。それこそが、機動の起点。刃を右手の太刀で重ね反発。左手の鉄棒で床を抉り、それを打点に更に跳ね飛び距離を取る。

 

「コイツ、本当に人間かよッ!」

 

 好機を逃したガリィが舌打ちを零す。同時に飛翔剣が飛ぶ。斬撃。剣聖を穿つ為、不可視の黒金が刃を操る。斬り、弾き、逸らし、叩き落す。剣聖は両の手に持つ刃を振るう。剣撃。金属と金属が、戦を楽しむかのように歓声を上げる。金弾。飛翔剣の合間を縫うように光が駆ける。剣聖の剣が更に早くなる。

 

「わたくしが居る事を忘れて貰っては困ります。あまりにぞんざいな扱いだと、嫉妬してしまいますわよ?」

 

 側面からの強襲。黒金と同じく不可視となったファラが、剣聖の意識の外から忍び寄る。斬撃。声とほぼ同時に刃がファラへと向かう。鉄棒。剣殺しに殺されはしないが、それでも武器としては不足にもほどがある。打ち合う度に、罅が増える。飛翔剣。剣聖とファラの打ち合いの合間を縫う。炎柱。一瞬乱れた間を抉る様に、強大なそれが放たれる。跳躍。負荷が掛かり続ける。やり過ごした剣聖の前に、黒金が右手を引く。拳。打ち込む様に力を収束している。金の宝玉。高められた力が、輝きを放つ。悪感。剣聖の背筋にうすら寒い物が駆け抜ける。電子音声が届いた。

 

抜剣(アクセス)

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 赤き閃光が駆け抜ける。血刃。咄嗟に首を逸らした剣聖の頬を、血の刃が駆け抜ける。着地。疾走。それでも剣聖は動き続ける。呼吸が上がり、視界が白くなる。話す暇など与えられない。だが、更に動きは早くなる。

 

「凄い、凄いゾ! 確かにこれなら英雄って呼ばれるわけだゾッ!」

「たく、このバカは。漸く本気になったみたいね。さっさと行くぞッ」

「解ってるゾ。腕が鳴るんだゾ!」

 

 赤と青が合流。水と炎を生成。相反する力を、全く同じ力で合わせ収束する。反発するもの同士が無理やり圧縮され、凄まじい出力を発生させる。炎と水の同配分による消滅の力。二対の自動人形は、その矛先を剣聖に向ける。悪魔の微笑み。剣聖と呼ばれた人間を殺す為に、死を呼ぶ一撃が狙いを定める。

 

「随分と派手な一撃を放つ様だ。ファラ、行くぞ」

「ええ。炎と水の合わせ技。触れれば全てを消し飛ばす必殺の一撃」

 

 気付けば、各受付の大広間まで誘い出されている。大人数が様々な用件で赴くため、広く取られた空間である。戦うのには丁度良く。それはつまり、剣聖にとっては敵の戦力が十全に発揮されるという事に他ならない。レイアが地と壁を縦横無尽に駆け抜けながら金弾を放ち、ファラと黒金は姿を消し不可視の一撃を狙う。同時に飛翔剣は舞い踊り、その全てに対応せなばならない剣聖の死角より襲い掛かる。目に見えない二つの強敵を探知しつつ、縦横無尽に遠距離攻撃を仕掛け、時には超接近戦を挑んで来るレイアを往なしつつ、飛翔剣を捌き続ける。幾ら剣聖とは言え、多勢に無勢である。打てる手が少なすぎる上、戦いの条件が最悪と来ていた。せめて童子切があればと思うのも致し方が無い事である。やがて、左手に持つ鉄の棒が圧し折れる。一瞬の硬直。それを見逃す青では無い。

 

「死ね、英雄と呼ばれた人間」

 

 収束された閃光が放たれる。赤と青。二体の自動人形によって生成された分解の一撃が迫る。剣聖の視線が明滅する。回転。高速機動を繰り返し、迫り来る死を掻い潜り続けていた。その反動が、一瞬の停止を契機に解き放たれる。地が陥没するほどの衝撃。ソレを、更に抑え込み力に変える。斬撃。刹那の間に床を切り刻んだ剣聖は地下に向かい落ちて行く。病院は二課の掌握する施設である。構造はユキも把握していた。大広間の真下。二課関連。特に装者達など、重要度が遥かに高い存在への医療設備等も存在する階層であった。九死に一生を得る。落ちながら剣聖は、強烈な悪感が一切消えていない事に笑みを深める。敵は強大である。だが、戦えている。その事実が楽しくて仕方が無い。落ちながら、柱の一つに刃を打ち込む。斬撃。落下をそれで止め、その接触点から再び力を入れて跳ね返る。跳躍。柱を蹴り、壁を蹴り落ちた階層へと舞い戻る。

 金弾。そして飛翔剣。剣聖の帰りを今か今かと待っていた弾丸と剣は、獲物を見つけた事で、まるで歓喜を浮かべるかの様に風を切り、音色を奏でる。着地。その全てを弾き飛ばし、剣聖は再び刃を流す。

 

「ほぉぉー!! 生きてる、生きてるゾ、ガリィ!!」

「んなこった、解ってるっつーの!! いいからさっさと行くぞッ」

「あれ、本当に人間なのか? 自動人形の全力に、生身で喰らいつくヤツなんて、初めてだゾ」

「チッ。英雄様をほめんじゃねーよ。腹が立つ」

「く、くふふ。それは無理なんだゾ。楽しくて仕方が無いんだゾッ!」

 

 再び舞い戻った剣聖に、赤は満面の笑みを浮かべ炎柱を両手に生成する。その様子に、舌打ちを零しながらガリィは剣聖を見据えた。笑っている。戦闘狂共が。敵と味方の有様に、思わず舌打ちが零れる。だが、それもすべてはガリィの想定内である。英雄は強い。そんな事、ガリィは百も承知である。

 主と共にずっと見ていたのである。その強さも、弱点も理解している。どれだけ強くとも、英雄は人間の枠を逸脱している訳では無い。確かに強さは化け物染みているが、急所を穿てば死に至る。それもまた、英雄の限界であった。五対一ですら、完全に押し切れてはいない。だが、そんな事実はどうだって良かった。

 

「どうした? 殺さないのか、人形」

 

 囲まれ、押し込まれ、追い立てられている状況にも関わらず、剣聖は笑っている。そんな様子に、赤は興奮が収まらないのか、更に出力を上げる。飛翔剣が舞い踊り、炎柱が唸りを上げる。風が吹き荒れ、無数の光が辺りを埋め尽くす。それでも尚、英雄を仕留め切れない。圧倒的優勢である。にも拘らず、攻め切れなかった。これが仮に戦うのが装者達ならば、既に終わっているだろう。そんな状況にも関わらず、依然として英雄は屹立しており、殺し切れていない。異常な光景だった。異常ではあるが、想定の内でもある。

 

「はッ、言ってくれるな英雄さん」

「人形が随分と威勢の良い事を言ったのでな。言い返したくもなるだろう」

 

 剣聖と青の視線が交錯する。言葉が途切れる。戦いが終わった訳では無い。否、更に加速する。刃が流れ、軌跡は加速する。低い跳躍からの疾走。加速を行い、低姿勢を維持したまま剣聖は両手に刃を握る。赤。ミカに向かい刃を振るう。斬撃。一太刀の中に、数十の斬撃が音色を響かせる。炎柱が軋みを上げる。だが、それでも折れる事は無い。至近距離。赤はにんまりと笑う。

 

「一振りなのに、何十発も撃たれる剣。だけど、あたしを討つには足りないんだゾ!」

「知った事か」

 

 そんな赤に、剣聖は気迫を以て刃を手にした。両の手に静と動の気が満ちる。相反する二つの気を反発させ合いながら振り下ろす。斬鉄。研鑽の果てにある、一つの境地。断ち分かつ一撃。炎柱を一刀の下に切り伏せる。赤が驚愕を浮かべる。同時に踏み込み。引き戻した刃が、必殺の意志を持つ。斬鉄の勢いをそのまま殺すことなく踏み込み。赤は技の冴えに笑っている。

 

「ざんねん。それは水なのよね」

「剣殺しは、忘れたところでやってきますの」

 

 必殺の一撃。水に赤の姿が崩れ去る。剣殺し。太刀の放たれた先に、哲学の牙はその意を振るう。刃が砕け散る。剣聖は目を見開く。

 

「貰ったんだゾ」

「好機。取らせて貰う」

 

 そのまま切り抜けたファラを追うように赤と黄が狙いを定める。炎を纏う爪。そして、金色の旋棍。同時に牙を剝く。

 

「これで終わりだゾッ! へぶッ!!」

「ミカ!! ッ! これは、柄? 地味に反撃だと」

 

 驚愕により現れる、一瞬の隙。そんなものは武門には存在しない。例え予測の外にある一撃であったとしても、研鑽された武が揺らぐ理由たり得ない。驚きと同時に動いた身体は、ミカの顔を思い切り蹴り飛ばし、その反動でレイアに向かい柄を投擲する。

 

「例え刃を手折ろうと、武人は折れぬと心得よ。そう、教えた筈だが?」

 

 一瞬の機先を制し抜いた警棒。その一撃を以て、レイアと切り結ぶ。斬撃。飛翔剣が舞い、氷弾が間隙を縫う。黒金が不可視の一撃を放っては離脱し、剣聖を追いつめる。再び合流したファラが英雄の剣を掴み取り、二刀を以て襲い掛かるも、剣聖は更にもう一振りの警棒を抜き、二刀を以て応戦する。無数の斬撃。例え剣殺しを持っていようと、剣技の冴えは剣聖に及ばない。剣では無い警棒でのぶつかり合いであったのならば、剣聖が負ける道理は無い。太刀を折られた意趣返しに剣殺しを殺し、ファラを全力で蹴り飛ばす。反発。同時に背後から向かって来ていたミカと刃を重ねる。膠着。間合いを取る為に放った蹴りに、赤は自分の足を重なる事で受け流し距離を取る。剣聖は血を流し、呼吸は乱れ、武器も主要なものは壊されていた。それでも尚、自動人形たちの前に立ち塞がる。ぶつかり合いの余波で砕けた壁や窓から風が吹き抜ける。剣聖は、ただ笑みを浮かべている。

 

「うぅぅ。本気でやり合いたいんだゾッ!」

 どれだけやっても倒れない剣聖の姿に、赤は不満そうに青に視線を向ける。戦闘特化型の自動人形であるミカには、決戦機能が搭載されている。自動人形や錬金術の力となる想い出の焼却。その効率を最大限まで高め、戦闘力に転換する機能であった。その力は絶大だが、諸刃の剣でもあった。それを使いたいと、ミカはガリィに訴える。

 

「あん? ったく、いきなり何を言いだしてるのかしら、この戦闘バカは」

「だって、コイツ、凄く強いんだゾ。今を逃したらもう、本気で戦えないかもしれないんだゾ」

「知らないわよ。確実に追い込み殺すのがあたしたちの役目よ」

「うぅぅ、戦いたい、戦いたいんだゾ!!」

「チッ! 二十秒だけだからな。それ以上は、マスターから許可が貰えていないわ」

「ほぁぁー!! ありがとうなんだゾッ!!」

 

 青が許可を出した事で、赤は己の決戦機能を開放する。バーニングハート・メカニクス。ミカの着ている耐衝撃スーツが焼き切れる。炎が吹き荒れ、全身が熱を放つ。笑う。両手に炎を纏い炎柱を作り出し、剣聖を見据えた。地を陥没させ、加速する。その瞬間、ミカは吹き飛んだ。遠当て。一瞬で十を越える斬撃の弾丸が、機先を制し赤を吹き飛ばしていた。次の瞬間、既にミカは立ち上がり、剣聖の間合いの内に入り込んでいた。炎柱。高速で間合いに入った赤は振り抜き打ち合う。瞬く間に数十合。決戦仕様の自動人形と剣聖の刃。互いが互いを討つために得物を交わす。そして、剣聖は赤を蹴り飛ばした。二十秒。それが経過し、ミカのバーニングハート・メカニクスが解除されたからであった。

 

「あぅぅ! もう少し時間が欲しかったんだ、ゾ」

 

 一気に力を燃やし尽くしたミカは、疲れ果てたように零した。

 

「ああ、やめだやめ。今はまだ殺せないみたいだ」

 

 その様を見たガリィは、やってられるかと言わんばかりに声を荒げた。

 

「逃げるのか?」  

「逃げる? 何かを勘違いしているようね。既にあたしたちは目的を完了している。言わば今は、消化試合よ。でき得る事なら此処で殺してしまいたかったのだけど、想定通り難しいみたい。だから、あんたを殺すのは本来の場面で殺す事にしただけよ」

「負け惜しみにしか聞こえないのだが?」

「ふん。何とでも言えば良いわ。何れ思い知る事になるのだから。あんたを殺すのはあたし達だけど、あんたを殺したいと思っているのは、あたしたちだけじゃないのだから」

 

 逃げるのかという問いに、ガリィはさも可笑しいと言わんばかりの笑みを浮かべる。殺せこそしなかったが、戦いは終始自動人形の優勢であったからだ。押し切れこそしなかったが、剣聖もまた、勝てた訳では無い。そして、そんな剣聖に、青は哄笑を浮かべる。今回の戦いなど、余興のような物なのである。今の剣聖がどれだけの強さを持っているのか、それを実際に確かめた程度の意味しかない。ここで殺せればいいが、殺せなかったとしても大きな問題にはならなかった。

 

「では、また会いましょうか。次に会う時は、殺してあげるわ」

 

 そして、自動人形たちはテレポートジェムを用い姿を消す。そこには砕かれた病院と、剣聖だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

「で、おめおめと逃げ帰ってきたわけか?」

 

 戻って来た五機の自動人形を、玉座の上から頬杖を付き眺めながら錬金術師は呟いた。自動人形の瞳から送られる映像。その全てを見ていた少女は気だるげに、だが、ほんの少しだけ感情が乗った声で尋ねる。

 

「面目ないんだゾ」

「嫌ですねぇ。確かに殺せはしませんでしたが、あの日、あの時、大暴れしたのに意味があるんじゃないですか」

 

 錬金術師の言葉に大きく力を使いったミカは項垂れたように答える。それに口付けを交わし力を補充しつつ、ガリィは主の言葉にやんわりと頭を振る。確かに五対一でありながら仕留め切れていない。結局、与えられた力を使う事もせずに帰還した、性根が腐っている自動人形に違和感を感じつつ更に問う。

 

「意味、と言うと?」

「あら? マスター、それ、本気で言ってます?」

「面倒だから煽るな。幾らオレの思考パターンを元にしているとは言え、考える事全てが即座に解る訳が無いだろう」

「つまり、戦力の分断と言う訳ですわ」

「戦いに於いて、敵を各個撃破していくのは基本です。特に、今は二課が再編される直前。つまりは、そんな状態で日本国内で謎の異端技術が大暴れする事に意味があるのです。既にシンフォギアは世界に知れ渡っており、保持する国である日本は国連の直轄下に置かざる得ない状況です。そんな時に、我らが現れた」

「そう言う事ですよぉ。国連直下のタスクフォース。それは確かに様々な国への介入が可能となり物事に即応できます。ですが、そこに全ての戦力を注ぐ馬鹿はいない。他国に介入中に、自国が襲われたなんて笑い話にもなりませんから。謎の敵対組織が居るのが分かれば尚更でしょう? 戦力は温存しておきたい。しかし、シンフォギアは出さなければいけない。そんな状況なら、マスターはどんな手を打ちますか?」

「成程な。異端技術に匹敵するとは言え、英雄はただの一振りの刀で戦って見せる。装者に比べれば、異端では無いという事か。物事を見た目で判断する衆愚を突くという訳か。性根の腐ったお前らしい策だよ」

 

 ガリィ、ファラ、レイアの説明を聞き、得心がいったと錬金術師は頷く。近い内に、特異災害対策機動部二課を基本とし、部隊が再編される事が決定している。その情報は、彼女の所属する組織から与えられていた。日本政府や各国機関。その何処にでも、情報を漏洩させる者達はいるのである。錬金術など使わなくとも、幾らかの金を積めば動く人間など必ずいる。汚い大人と言うのは、何処の国にも一定数存在する。オレのパパや、英雄達に比べればなんと浅ましい事か。死の直前でも決して逃げなかった父の姿を思い出しながら、錬金術師は思いを馳せる。

 

「嫌ですねぇ。マスターがそういう風に作ったんですよ? にしても、直ぐに思い当たらないあたり、マスターは御執心のようですね。さっきも不機嫌そうに振舞いながら、何処か嬉しそうでしたし。英雄が死ななかった事がそんなに嬉しかったんですか?」

「別に。ただ、お前達五体掛かりで手に負えないと言うのなら、この手で引導を渡すしかないと思っていただけだよ」

「くひひ。ソレこそ、する必要のない心配ですよ。必ず英雄は殺します。その為に、態々病院なんて襲った訳でもあるんですから」

 

 主の言葉ににやにやと笑みを浮かべながら、ガリィは手に入れたものを見せつける。手にするのは小さな情報媒体。病院を襲ったのは、これを手に入れる為でもあった。

 

「それは?」

「二課所属の病院。英雄や装者達もそこには入った事がある訳ですよぉ。つまり、身体能力の詳しい情報もまた、計測されている」

「お前……」

「にひひひひ。そんな目で見ないでくださいよぉ。戦うからには勝たなきゃいけないじゃないですか。目的の達成は何においても優先される。今はまだ、小娘たちを殺す事は出来ない。だけど、英雄は例外。向かってくるのなら、どんな手を使っても殺して見せますよぉ? 自動人形が揃っているうちに、ね」

 

 主の言葉に、ガリィは意地の悪い笑みを深める。戦いは勝てば良い。だが、勝たなければいけない。英雄を殺す事に関してはどうにも乗り気になれない主人の様子に、青は仕方ないですねぇっと溜息を零す。確かに在り方は似ている。死を平然と超える英雄の姿に何か惹かれるのも、理解できない訳では無い。だが、だからこそ、主の最大の障害になるとガリィは理解している。何せ、ずっと主人と共に英雄を見てきている。その中で培った拘りも、小さなものでは無い。何度も奇跡を起こし、不可能を押し通して来た。死んで尚、再び立ち上がっている。そんなものは、敵対者にとっては脅威以外の何物でもない。

 

「どうあっても殺すと言うのなら、細かな方策は任せる。あの男を殺すのには、どうにも興が乗らない」

「乙女ですねぇ。だとしても、目的は達成しますよ」

「ああ。それで良い。殺せると言うのなら、是非そうしてみてくれ。それで、心の内に蟠るしこりのようなものは幾らか消えるだろう」

 

 青の言葉を聞いた錬金術師は瞑目する。

 

「うぅぅ。難しい話、入っていけないんだゾ」

「チッ。あんたは、飯食って戦ってれば良いんだよッ!」

「おお。ソレなら簡単だゾ。やっぱりガリィは優しいゾッ」

 

 そして黙って居た赤が口を開く。単純に話についていけて無かったから、様子を見ていたと言う訳だった。あんまりなミカの様子に、ガリィは舌打ちを零す。

 

「なんだかんだ言って、一番頑張り屋で心配性ですからね」

「隠すのが地味に下手だからな」

 

 ファラとレイアは静かに笑う。敵対者には情け容赦ない上、味方をも小馬鹿にした発言が目立つガリィではあるが、何処か憎めないところもあるという事だった。

 

「まぁ、良い。そろそろ計画を本格的に起動させる。お前達、目的を忘れるなよ」

 

 そんな人形の様子を眺めつつ、錬金術師は呟いた。

 

「お前は、何を見る?」

 

 ただ一機、話す事が出来ない自動人形。他の四機とは完全に別の目的に作られた黒金であった。クロ。そう言ってガリィが皮肉を英雄にぶつけていた。全く持って、皮肉である。主の言葉に、黒金は答える事は無い。話す機能など付いていないので、当然の結果だった。錬金術師の呟き、黒金の金眼に吸い込まれるように消えて行く。

 

 

 

 

 

 

「主だった人間は揃っているな」

 

 起動災害対策機動部二課仮設本部。潜水艦の中に作られた指令室に集まった人間を眺め、風鳴弦十郎は口を開いた。重大な話がある。そんな言葉と共に、装者達をはじめ主だった人間の殆どが召集されたと言う訳である。

 

「で、態々全員集めて、何の話だよ?」

「二課改め、国連直下の超常災害対策機動部、Squad of Nexus Guardians。通称S.O.N.G.に二課が再編される事が確定した。それに関する話だな。主に、誰が如何配置されるかという話になる。とは言っても、基本的には今の二課を踏襲される訳だが」

「以前の訓練での選別も、元々はその為でしたからね」

 

 クリスの問いに、弦十郎は頷く。国連直轄に置かれる為、当然人員の再配置も存在すると言う訳だった。

 

「……通信士、藤尭朔也。友里あおい。情報統括、緒川慎次」

 

 次々と名前と主立つ仕事が告げられていく。藤尭や友里、緒川など装者達が良く知る名も告げられていく。

 

「な、なんか緊張するね」

「う、うん。一応私達も、S.O.N.G.所属って事になるからね」

 

 自分の名が呼ばれるのが今か今かと気が気では無い響の言葉に未来も頷く。特段緊張する場面でも無いのだが、言うならばテストの返却に心情としては近い。形式だけとは言え、辞令が下りる。そんなのは二人にしては初めての経験だった。

 

「たくっ、あたしらは今と変わんねーよ。そんなにビクビクしなくても大丈夫だ。なぁ、先輩」

「ああ。多少名前が変わる事はあったとしても、やる事は変わらないだろう」

 

 そんな二人の様子に、クリスと翼は安心しろと笑う。

 

「シンフォギア装者、風鳴翼。雪音クリス。立花響。異端技術所持協力者、小日向未来」

 

 そして、四人の名前が呼ばれる。それに、四人は持ち前の元気の良さを以て返事を返した。簡潔にシンフォギア装者に命じると書かれた書類を受け取る。それで終わりだった。

 

「S.O.N.G.統括、風鳴弦十郎。……以上が二課よりS.O.N.G.に所属する者達になる。皆、現状と同じで、協力して事に当たって欲しい。これからも、頼むぞ」

 

 全ての人員の配置が告げられ、風鳴弦十郎は締めくくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?」

「ああ、まだ名前を呼ばれていない奴が居るぞ!」

 

 そして、即座に二人の少女が声を上げる。立花響と雪音クリスである。そんな二人の様子に、弦十郎は困ったような笑みを浮かべた。何を言われるか既に理解している様子である。 

 

「ユキさんの名前が呼ばれてません」

「ああ。来た時は既にいるんだと思ってたけど、見回してみたけど何処にもいない。どう言う事なんだよ」

 

 何時も前に立ってくれていた先達の姿が見えない。上泉之景の姿が無い事に違和感を感じていた二人は、司令に聞いていた。これまで共に戦い、これからも共に在るものだと思っていた。だからこそ、その姿が見えないのが想定外だったと言える。

 

「あー、それなんだがな」

 

 風鳴弦十郎は、珍しく言い辛そうに言葉を止める。そして、ほんの僅かに逡巡した後、しっかりとした声音で告げた。

 

「上泉之景は、本日付けを以て、特異災害対策機動部二課より一課に転属となった」

「は……?」

「ええ!?」

 

 それは、少女らの予想の外にある出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二課、S.O.N.G.へ再編
武門、思惑により一課へ転属

何時から武門がS.O.N.G.所属になると錯覚していた?
忘れてそうですが、童子切の保管は二課であるが、使用権限等はもっと上にあります(1部8)。
日本としては可能な限り異端技術は温存しておきたいはずなので、英雄と敵対組織を口実に童子切をS.O.N.G.から引き離す訳です。皆ガリィちゃんの掌で踊る。目的不明、所在不明の相手ってのはかなり強い。

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