煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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4.雨と大人

「やたらと肉が多いな……」

 

 用意された夕食を見たクリスがぽつりと呟いた。眼前に置かれている料理は、白米に味噌汁、野菜炒め、そして大皿に盛られた牛肉である。取り敢えずなにもかけずタレと塩、胡椒が置いてあった。ちなみに自分の好みは塩である。と言うか、基本的には食べられれば十分と言う質なので、料理が得意でもない自分が作る時はそれほど拘ってもしかたがない。

 

「まぁ、そう言うな。食べられるうちに食べて置け。下手をすればお前に何か振舞ってやれるのはこれが最後かもしれん」

「……? 何かあったのかよ」

 

 そう言うと何処か素直に小首を傾げた。風呂に入ったことで心機を一転したのだろうか。どことなく穏やかな様子で問いかける。頷いた。

 

「……特異災害対策機動部の司令官殿から呼び出しがかかった。まぁ、あれだけ大立ち回りをした。それはそうだろうな。元上司だ。特に行方を晦ませた訳でも無いので、当然、大体の居場所は把握されているだろうな」

「つまり、ここも安全かはわからねーって事か」

「そうなるな。あくまで君にとっては、だが」

 

 先程、風鳴弦十郎司令から連絡があった事を告げる。別に隠す事でもない。と言うよりは、当事者である。最悪、この場も押し入られたりするかもしれない。そういう可能性も含めて彼女には伝えて置く。子供とは言え、シンフォギア装者だ。心構えさえ出来ていれば、自分の事は自分で何とかするだろう。流石に機動部が本気になったとすれば、庇い切れはしないだろう。

 あの司令の事である、俺は拘束されたとしてもそれ程酷い目には遭わないだろう。何だかんだで情に脆い。いや、見た目通りか。時に笑い、時に叱ってくれた姿を思い出す。

 

「……あたしの所為か?」

「いや、自分の蒔いた種だ。それにまだ何かあると決まった訳では無いよ」

 

 気にするなと告げ食事を促す。共に食べるのはこれが最後かもしれない。しっかり食べなければまた倒れるぞと言うと、顔を赤くしながらも悪態を吐き食べ始めた。重要な事ではないのだが、この子が食べ始めると結構散らかる。零すわ、口元にタレが付いているわで、食事中は幼子を相手にしているように思える。それを指摘するとまた恥ずかしげに怒るので、ついつい笑ってしまう。

 

「お前も食べるか?」

 

 ジーっと黒猫が見つめていた。猫缶とは別に肉を何枚かのせる。直ぐに食べ始めた。

 

「さてと……」

 

 ある程度食事を終えたところで、一息つきクリスに封筒を手渡す。あまりこういう事はしたくは無いのだが、あまり時間が残されてはいない。司令に会えば最悪拘束される可能性もある。だから、借りは返しておきたい。尤も、出来ればこういう形にはしたくなかったと思うが。

 

「これは……?」

「三万入っている。それで暫くは凌げるだろう」

「何でこんなもんを」

「助けられただろう。お前や立花、そして風鳴のにもな」

 

 驚いたように目を丸めるクリスに、それだけ言った。目の前の少女が気になったと言う理由はあるが、自分からノイズの群れに向かっていた。それを確かに助けられていた。その礼が確実にできるのは今だけだろう。直接金を渡すと言うのが何となく嫌な気分になるが仕方が無い。

 

「今夜、司令に会う」

「なっ!?」

 

 まさか今夜だとは思っていなかったのだろう。驚いている。

 

「心配するな。別にここに招く訳では無い。相手は秘密組織だけあってな、そういう場所には事欠かない。こちらから出向くさ」

「……何の話をするんだ?」

「具体的には解らんが、まぁ、君やノイズの事だろうな。最悪拘束されるかもしれないな。俺が戻らない場合は、気にせず出て行ってくれ。この部屋は使っても良いが、所在はばれて居るからな」

 

 伝えるべき事は伝える。少なくとも、ここまで伝えれば寝ている時に行き成り拘束されると言う事は無いだろう。擦れている様で、繊細な物を持っているのは解っていた。話す時があるのなら、きちんと話すべきだろう。そうすれば、先ほどの様に泣かす事は無いように思える。

 

「おい、それって大丈夫なのかよ」

「まぁ、何とかなる。司令とは古馴染みだ。其処まで悪いようにはされんと思う」

「そんなの……、解んねーじゃねーかよ! 大人はみんな信用ならねーんだよ」

「……、俺もその大人の一人だよ。だからどうとでもなる」

 

 心配されているのか。それが少し意外だった。つい先ほど怒らせたばかりだ。嫌われる事こそすれ、心配されるとは思っていなかった。予想もしていなかったその発言に、少し笑った。

 

「なんだよ」

「いや、心配されるとは思っていなかったのでな」

「っ~!? べ、別に心配なんかしてねーよ!」

「ああ、それで良い。自分の事は自分で何とかする。君は君の事を考えていれば良い」

 

 別に心配してないと怒るクリスに頷く。

 

「では、そろそろ行くかな。大人は待ち合わせにも遅れないものだ」

「何だよソレ……」

「心構えの話だよ。相手が誰であろうと誠実である。それが大事なのではないかな」

「……」

 

 最後にクリスにそんな事を伝えた。先ほどの言葉の通り、この子は大人を信用してはいないのだろう。これまで話していて、何となく言葉の端々からそういう感じがする。自分にそれを解消できるなどとは思わない。だから、せめてこの子には真っすぐ相対していようと思うだけだ。

 

「あたしの事について、話すんだよな」

「それもあるだろうな。が、それだけでもあるまいよ」

「……解った。あたしも行く」

「何……?」

 

 予想もしていなかった事に、思わず問い返した。

 

「あたしの事を話しに行くんだろ。なら、本人が行った方が話ははえーよ」

「機動部の司令が相手だぞ。解っているのか?」

「よーく知ってるよ。会った事もあるからな。それに、あたしが本気になれば、逃げるのも造作ない」

 

 不敵に笑う姿を見ると、説得は無駄なんだろうと思う。やはり、なんだかんだ言って根は良い子なのか。責任を感じているのが何となくわかる。

 

「なら、行くか」

「ああ」

 

 頷くと、クリスは小さく笑った。そう言えば、この子が笑ったのは初めて見たかもしれない。それは、年相応の可愛らしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 パシャパシャと水音を響かせながら、路地を幾つも抜ける。雨が降り始めていた。傍らを歩くクリスができるだけ濡れないように大きめの傘をさしながら歩く。家を出る時にはすでに雨は降り始めていた。元々一人で居たので傘など何本も持っていない。それ故二人で一本をさし歩く。

 

「あんたも機動部の一員だったんだよな?」

「そうだが、行き成りどうした」

「いや、これだけ世話になっておきながら何にも知らなかったと思ったんだよ」

 

 そっぽを向きながら呟く。少しは歩み寄る気になったのか。何となく感じる変化に、良い事だろうと頷く。

 

「四年ほど前だったかな。司令に言われたよ。死にたがりを送り出す訳にはいかないって」

「……、そんなに前から今みたいだったのか?」

「いや、流石にノイズを斬ったりは出来なかった。あれができるようになったのは、辞してからだな。鍛えなおした」

「……そりゃまぁ、凄いこって」

 

 歩きながら昔の事を語る。実際にノイズを斬ったところをクリスは見ていた。呆れたようにため息を零す。

 

「当時は風鳴のともう一人女の子がいたよ」

「もう一人……?」

「死んだよ。二年前に。一般人を庇って歌ったと聞いている」

「そう、なのか……」

 

 当時存在していたもう一人の装者、天羽奏。快活な子だったのを覚えている。ノイズに復讐してやるのだと、力を手にしていた。だけど、それだけの女の子でもなかった。あの風鳴のが懐いていたのだ。優しく、強いものも持ち合わせていたのだろう。自身もノイズに父を殺されていた。どこか、共通するところがあった。

 

「あいつとは何かあったのか?」

「あいつ、と言うと風鳴の子か?」

「そうだよ。あの剣さんだよ」

 

 クリスが話題を変えた。死者の話は余りしたくは無いのだろう。どうしても湿っぽくなる。それは仕方が無い。

 

「何度か立ち合いをしたな」

「へぇ……。それでどうなったんだ?」

「剣を持って向かい合った。それだけだよ」

「……? どういう事だ?」

「剣には剣のやり方があるという事だよ。斬り合うだけが鍛錬とは言えない」

 

 風鳴のとは直接刃を交えた事は無い。ただ向き合い見据えた。それで充分だった。手を抜いたと言う意味ではない。当時は確かに未熟ではあったが、だからこそ本気で相手をしていた。

 

「良く解んねーけど、そんなもんなのか?」

「ああ。あれは剣だからな。そういうやり方もある。他に忍者とかもいるぞ」

「はぁ!? 忍者って、あの忍者?」

「ああ。あの忍者。現代の密偵だな。忍法も使う」

「そ、そうか……。機動部って言うのは色々いるんだな」

 

 剣に忍者に無手の達人と様々な人間が居た。お前が言うなと言われるかもしれないが、現実離れしている。

 本当に人間なのかよと乾いた笑いを浮かべるクリスに、言い返す事は出来なかった。実際、司令などはノイズの特性さえなければ、装者よりも強いかもしれない。

 

「まぁ、そんなところだ」 

「あんたも色々あったんだな……」

 

 話を聞いたクリスはしみじみと頷く。まぁ、確かにいろいろな人間は居た。藤尭辺りならば、まだ常人の範疇には入るだろう。それでも能力は高いが。風鳴のや、緒川、司令が酷いだけだろう。

懐かしい話をしていた。時折、雨音に耳を傾けつつ進む。やがて、目的地に辿り着いた。自分が家として用いている場所に似たような廃れた集合住宅。その中の一室に入っていく。既に車は停車されていた。恐らく、既に待っているのだろう。もう待っているだろうと、クリスに一言告げた。ああ、っと頷きが返ってくる。

 

「お久しぶりです」

「ああ、久しいな。しかし、予想外な人物もいる様だ」

 

 部屋に入り向かい合い、挨拶をした。風鳴弦十郎。特異災害対策機動部司令。久方振りにあった司令は、記憶の中とは変わらない偉丈夫だった。

 

 

 

 

 

 

「面倒な駆け引きは止そうぜ。話はシンプルな方が分かり易い」

 

 口火を切ったのはクリスだった。不敵な笑みを浮かべ一歩前に出ようとする。それを手で制した。

 横やりを入れられたことにぶすっとするも、それ以上何か言う事もない。

 

「本人が来るとは思っていなかったが……。雪音クリス。音楽家の両親を持つ、音楽界のサラブレッド。両親が難民救済のNGO活動中に戦渦に巻き込まれ死亡する」

「ふん、良く調べてるじゃねーか」

 

 語り出した司令の言葉に、クリスは吐き捨てる。目を閉じ語られる言葉に耳を傾ける。それは、雪音クリスが歩む事になった道のり。戦渦による両親の死、現地の組織で奴隷の様に扱われたこと。結局国連の介入により保護される事になった事。シンフォギアの適合者候補として政府が保護に乗り出した事。しかし、帰国直後に行方不明になった事。捜索するも、関係者が次々に死亡、行方不明になり捜査が打ち切られたこと。

 そんな一連の流れを、一つ一つ丁寧に思い出しながら語っていく。声音に、感情が乗っている。本気で心配し、探していたと言う事なのだろう。話を遮る事もなくただ聞いている。

 

「だから何だって言うんだよ……。一体何が言いたいんだよ!」

「俺が言いたい事は、君を救い出したいという事さ」

 

 司令の言葉に、クリスが目を見開く。僅かに揺れ、だが強く食いしばった。

 

「一度引き受けた仕事は必ずやり遂げる。それは大人の務めだからな」

「大人……だと? 大人の務めときたもんか」

 

 クリスが俯き吐き捨てた。

 

「大人が何をしてくれた! 余計なこと以外はしてくれない。最後に信じた人だって、あたしを物のように扱った。誰も見てくれなかった。誰も聞いてくれなかった。あたしを置いて死んでしまったパパもママも嫌いだ! あたしの話を聞いてくれなかった大人たちが何を偉そうに!」

「ユキが傍に居たはずだ!」

 

 叫びだし逃げかけたクリスに司令は叫ぶ。

 

「だから、君はこの場に付いてきたのでは無かったのか? ユキは、君に何もしてくれなかったのに、この場に来たと言うのか?」

「……っ」

「俺はユキに君の事を話す為に呼び出した。君の事を知り、守って貰う為にだ。呼び出しと言う形にはなってしまった。それを心配して来たのではないのか?」

「うるさい! あたしは、大人の事なんて信用していない。誰も、信用してなんかいない!!」

 

 司令の言葉を頭を振る事でかき消し、クリスは叫んだ。大人は信用できない。その言葉だけが胸を打つ。

 

「Killiter――」

「大人は信用ならない。それが君の抱えていたものか」

「っ!?」

 

 クリスが俺を見た。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ酷く表情が歪んだ。取り返しのつかない過ちを犯した。まるでそんな風に怯えた表情にも見えたが、ほんの僅かな間だった。聖詠が耳に届く。クリスが赤を纏う。

 

「……ん」

 

 最後にあるか無いかの音が耳に届いた。窓ガラスを突き破り、クリスは部屋から飛び出していた。雨はまだ、降り続いている。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、失敗してしまったようだ」

「そうとも限りませんよ。言葉は確かに届いている。真心は、届いているはずです」

「そうであれば良いのだが」

 

 割れた窓に駆け寄り呟いた司令に言った。確かに司令の言葉はクリスを傷つけた。だが、その言葉は胸に届いたはずだ。でなければ。彼女の嫌う大人にごめん等と言う筈がない。感情が先走った。だが、心の何処かでは受け止めているはずだ。そう思う。そう信じたい。

 

「あの子は、ごめんと呟きましたよ。擦れていますが、根は素直な子なんですよ。何時か、わかってくれます」

「ユキは、あの子と上手くやれていたのか?」

「どうでしょうね。俺は、自分のやりたい事をやっただけです。共に食べ、語った。それ位ですよ」

「そうだな。お前は言葉が足りない事はあっても弄言は無い。あの子はそんなところに少しだけ歩み寄ったのかもしれないな」

 

 届くだろう。そんな思いを込めて答えた。司令も頷く。

 

「それでは本題に入りましょうか」

「相変わらずだな、お前は。仮にも仲間が居なくなったと言うのに、平然としている」

「やる事は全て終わっていますからね。最悪拘束される可能性も考えて、あの子にはできる事をしました。それ以上は、なる様にしかならないでしょう」

「全く。その割り切りの良さも相変わらずか」

 

 司令は呆れたように、だが懐かしそうに零す。自分は今、機動部には所属していない。

 だが、それに関して含む事がある訳では無い。命を軽視していると言われた。それは、事実ではあるのだ。

 何よりも、害そうとして言われたのでは無い。だから、遺恨は無かった。

 

「あの子ではないが、単刀直入に言わせてもらおう。近々、力を借りたい事態になるかもしれない」

「……機動部の力だけでは足りない事が有り得ると?」

「そう言う事だ。今起こっているノイズの多発現象。近々大きく動く事になると想定している」

 

 ノイズの多発。司令の言葉通り、最近のノイズの発生率は異常の一言だ。特異災害対策機動部の成す事で最も優先すべきは、現状の脱出だろう。本来ノイズとの遭遇率と言うのは、生涯で通り魔に遭遇する確率を下回ると言われている。そう考えれば、クリスと出会った僅かな期間だけでも二度の遭遇である。異常事態だと言えるだろう。それ以外でも頻繁に出現し、警戒警報が頻繁になっていると言う事態がおかしいと言える。

 

「何かを掴んだと……?」

「そんなところだ。その時に、外部に動ける者がいると良い」

 

 司令が端末を投げ寄こした。特注品。見れば分かった。それは普段特異災害対策機動部が用いるものとも違う。

 

「お前ならば見ればわかると思うが、その端末は特別性だ。特定の端末同士でしか通信できないが、その分使用が敵にバレにくい。連絡は俺の持つ物に直接届く事になる」

「成程……」

 

 頷く。端末同士でしか通信ができない。つまりそれは、あまり聞かれたくない事が有るという事なのだろう。憶測でしか無いが、敵は身近な場所にいるという事なのだろうか。仮にそうだとすれば、それに対する備えとしてならば自分は適当だろう。既に外部の人間だ。他の機動部の人間に比べれば動きは遥かに掴み辛い。

 

「随分勝手な言い分と理解はしているが、協力してもらえるだろうか」

「解りました。上泉の剣が必要だというのならば、力を貸しましょう」

「そうか。助かる」

 

 司令が手を差し出す。その手を握った。それで終わりである。

 やると決めたからには、それで充分だった。

 

「一つだけ伝えて置く。もし大事が起き、俺とも連絡が取れなくなる。そんな時には国立博物館に向かえ。そこで――」

 

 最後にもしもの時の話を聞いた。そんな大それたことが許されるのか。思わずそう聞き返してしまったが、司令は心配するなと笑った。受けた指示は、俺が予想もしていないような内容だった。

 

「シンフォギアは特異災害対策機動部二課の保有する対ノイズにおける最大の切り札だ。だが、手札はそれ以外にも存在する」

「組織の頭と言うのは、考えている以上に無理を言う」

「今回の件はそれ位しなければならんという事だ。無論、ユキの出番が無いに越した事は無いが、心構えだけはしておいてくれ」

 

 頷く。無駄な準備で終わればいいのだが、予感もしている。あの風鳴弦十郎が、わざわざ外部戦力を自らの足で用意している。それだけ深刻なのだろう。ならば、必ず何か起こる。そんな気がした。

 

「司令、一つお願いしてもよろしいか?」

「ああ、どうした?」

「もしあの子が歩み寄る事が有ったのならば、その時は良くしてあげて欲しい」

「……ああ。心配するな。言われなくてもそのつもりだ」

 

 一度だけ伝えて置く。司令は快諾してくれた。頷く。これでもう、話す事も無くなった。

 一礼し、司令と別れた。遠ざかったところで、未だに自分が司令と呼んでいる事に気付き、思わず噴き出した。遺恨は無かった。だが、愛着は健在である。それが解っただけでも、大きな収穫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降り続いている。行きの時とは違い、一人で差すそれは随分と広々と感じた。

 車で送ろうという司令の厚意をあえて断り、徒歩で帰路に着いていた。

 傘が雨を弾く音がうるさい位に耳に届く。薄闇の中を歩いた。途中、余りにも雨に濡れるので、温かい飲み物を買った。微糖の珈琲。特別寒いという季節では無いが、缶を介して伝わる暖かさは心地良かった。

 

「泣いているだろうか」

 

 呟く。雨の中に飛び込んだ少女。雪音クリス。大人が嫌いだと叫んでいた。その理由の一端を、司令との話から知る事が出来た。ある程度予想はしていたが、凄惨な道を歩んで来ていた。

 一口珈琲を含む。温かな甘さが広がる。足早に、帰途を急いだ。

 自室のある集合住宅に着く頃には、雨足はさらに強くなり、豪雨と言っても良いほどになっている。体のあちこちが濡れていた。不意に、視線の先で何かが動いた。

 

「あ……」

「帰っていたのか」

「……うん」

 

 現れたのは、先ほど姿を消した雪音クリスだった。

 全身ずぶぬれになり、震えていた。掛ける言葉など、大して考える事もなく出てきた。

 

「とりあえず、部屋に向かうぞ」

 

 ずぶ濡れの手に飲みかけの珈琲を持たせた。取り敢えず体を温めるためには風呂か。

 そんな事を思いながら、家に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




時間軸的には無印9話ぐらいです
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