「一課より入電。一課遊撃隊第一部隊及び、第二部隊より救援要請入りました」
「一課から? それに遊撃隊と言えば、八紘兄貴が戦力低下の補填として当てた、多くが武門で構成された部隊の筈。二番隊に至っては、あのユキが率いているぞ」
二課仮設本部潜水艦内、指令室。突如届いた救援要請に風鳴弦十郎は一瞬怪訝な表情を浮かべた。一番隊はあの風鳴訃堂が認めた名の知れた部門が率い、二番隊は対異端技術の為に一課に転属した上泉之景が率いていた。童子切使用の許可こそ出ていないが、あのユキである。並大抵の事は切り抜けると踏んでいるからこそ、その要請に違和感を感じていた。
『響君、未来君。応答できるか?』
『はい!』
『聞こえています』
とは言え、何か起こったのは確実である。弦十郎は、即座に状況を判断、今動ける者に連絡を入れる。火災の発生した集合住宅の救援が完了したばかりの響と未来である。回線を開くと、即座に二人は返事をする。
『一課遊撃隊一番隊と二番隊より救援要請。西方には塚原隊長率いる一番隊。南方には上泉之景率いる二番隊が存在している。その二つに救援に向かって欲しい』
『了解しました! でも、未来はまだ現場に慣れていないと思います』
『解っている。位置取りからしても、南ならば南投方面のクリス君の手が空けば援護も受けやすい。率いているのもユキな為、南方へは未来君。西方には、響君に向かって貰いたい』
『解りました』
通信が終わり、響と未来は一度視線を交わす。そして、響が心配そうな表情を浮かべ、未来は困った用に笑った。未来がS.O.N.G.の協力者として活動を始めて、何度か共に出た事はあったが、未来一人で何かを為すというのは初めての経験だった。響が心配に思ってしまうのも仕方がない。
「大丈夫だよ響。無理はしないし、先生もいる」
「うん。ユキさんも居るって解ってるけど、あのユキさんが救援要請を送ってくるぐらいだから。何もなければ良いんだけど……。くれぐれも、無茶をしたら駄目だからね」
「解ってるよ。でも、響にだけは言われたくないかなぁ。前科は響の方がずっと多いんだからね」
「あはは……。確かに。でも、気を付けてね」
「うん」
そして、二人の少女はお互いの無事を祈り別れる。自分たちの持つ力を開放し、助けを求めている人の下へと向かう。
「早く行かなきゃ。一課の人を助けて、それからユキさんの所に行かなきゃ!」
響はシンフォギアを纏い街中を疾走する。既に避難は終え、辺りに人の姿は無かった。推進装置を起動させ、人を遥かに越える速度で駆け抜ける。地を蹴り宙を駆る。何度も繰り返し、最速で、最短で、一直線に走り続ける。
「通信だと、この辺りに……。え? なに、これ……」
そして、発見する。血だらけになり倒れている第一部隊の隊員たちを。辺りには氷柱が生え、建物には炎が所狭しとその熱を広げている。氷と炎の入り乱れる矛盾した光景だった。むせ返る程の血の匂いが漂い、響は思わず口元を抑える。人がノイズにやられるところは見た事があった。だが、人が斬られ血を流す姿は見慣れていた訳では無かった。ユキは何度も怪我をしていた。だが、響が見たのは数えるほどでしかなく、酷い怪我もあったが、これ程の惨状では無かった。生きてこそいるようだが、皆、苦し気に呻いている。暫く呆然と見つめていたが、慌てて本部に連絡を入れる。直ぐに人員を手配すると司令から連絡が返って来る。しかし、全員怪我の症状が酷すぎる。戦う事は出来るが、怪我の対処など、学生レベルの処置しか分からない立花響には何もできる事が無かった。拳を握る事しかできない自分の無力さを噛み締めながらも、響は倒れている人間たちに声をかけ続ける。それ以外にできる事が無い。それだけでもしなければと、必死に声をあげ大人が来てくれるのを待つ。辛く、長い時間が立花響を襲う。私は、何も出来ていない。そんな想いがただ胸に募る。
「お待たせしました。直ぐに応急処置に取り掛かります。装者の方は、他にも怪我人が居ないか捜索してください」
「は、はい。あの、皆さんをお願いします!」
「解っています。私たちは、私たちにできる事を精一杯します。あなたは、あなたにできる事を為してください!」
到着した二課医療班に、怪我で呻いている一課の人間を預ける。その姿に、心の底から安堵が浮かぶ。酷い怪我である。だけど、来てくれたのは医療のスペシャリストだった。きっと、大丈夫。きっと助けてくれる。そんな思いを胸に、響は再びシンフォギアを纏う。来てくれた大人に言われていた。他にも怪我人が居ないか探してくれと。それは、立花響にしかできない事だった。何かが起こっている。その何かは解らないが、シンフォギアの力が必要な事だけは解った。人助けができる力。自分にはそれを為す事が出来る。だから、まだ、頑張れる。
「あ……ッ!」
あちこちに炎が燃え移る。誰かが火をかけているのかもしれない。そんな事を考えながら、響は生存者を探していた所で、あるものを見つけた。少女が一人、路上で炎を見詰めている。近付く。たった一人、闇の中で少女が燃え盛る建物を見詰め、ただ涙を流している。
「消えてしまえば良い想い出。オレはパパの為に……。もう、立ち上がるな……。此処で終わってくれ……」
「あの、こんな所に居たら危ないよ? パパとママとはぐれたのかな?」
「……ッ!?」
そして二人の少女は出会う。
「黙れ」
「え? うわ!」
声をかけた響に少女は短く声を発し、空間を指でなぞる。錬金術。浮かび上がった陣から風が吹き抜け、響を撃ち果たす為、その威を振るう。
『敵だ、敵の襲撃だ! そっちはどうなってる』
「敵、?」
風の一撃を何とか避けた響は、その直後に聞こえた通信に声を零す。眼前に居るのは、異端を操る少女。敵。その言葉が頭を過る。
「奇跡を繋ぎ束ねる者。お前もまた、世界を壊す為に除くべき障害」
「世界を壊す為?」
「間も無く英雄は血の海に沈む。風は止み、奇跡は息絶える」
「英雄? それに風、奇跡……。何を……」
「このままいけば、大切なものが消えると言っているッ!!」
風が吹き炎を強く燃え上がらせる中、キャロル・マールス・ディーンハイムと立花響は出会ってしまった。
剣聖の右腕が飛んでいた。黒金の自動人形。金色の輝きを撒き散らし、血刃を以て、剣聖の太刀は撃ち砕かれていた。無機質な瞳が剣聖を捉える。剣聖の眼が見開かれる。手加減などしていなかった。それが、刃を競り合わせる事すら許されず斬り落とされていた。右腕毎太刀が宙を舞っている。返しの刃。咄嗟に右腕を掴み取った剣聖の身体を大きく袈裟に引き裂いた。鋭すぎる閃光が刻まれる。鮮血が黒金の姿を赤く染め上げる。
「か、は……」
剣聖の口から微かな音が零れ落ちる。血に染まった飛翔剣が追撃をかける。刃。血を吸い更に赤が色合いを鮮やかにしていく。凄まじい速度で放たれるソレが、剣聖の体を浅く、だが確実に切り刻んで行く。出血。ずたずたに切り刻まれた剣聖の体から、血が噴き出す。抑えきれず、口からも血液が零れる。だが、斬られながらも飛び退り、間合いを引き離していた。己が右腕を左手で打ち、右手が握り締めている刃を離す。地に向け落ちる刃を蹴り上げ、右腕を黒金に投擲する。血刃が、右腕を両断した。剣聖はそれを見て、ただ笑う。右腕が作り出した僅かな時間で、折れた太刀を手にする。左腕。再び剣を構える。
「ご、ふ、ぐ……」
剣聖の口から血が咽びあがる。斬られた傷が幾らか深く入っている。血が流れ続ける。だが、止血などできる訳もない。黒金の剣士が眼前に存在している以上、戦わなければ生き残る道は無いのだから。荒れる呼吸を無理に整え、剣聖は左手だけになった刃を構える。
『――
電子音声が鳴り響く。血に染まった飛翔剣がその姿を消す。同時に黒金は全身から金色の輝きを更に吹出し、出力を高める。風が音を斬る。剣聖は、ただ静かに呼吸を整え、刃を振るう。不可視の血刃。正面から切り結ぶのではなく、音だけを頼りに弾く事で逸らし凌ぐ。同時に、己が呼吸に一瞬だけ集中し、右腕の存在していた境界に意識を向ける。呼吸と筋力による血流の操作。右腕を半ばから丸々斬り落とされている。どれだけ血管を意識的に動かしたところで、止血などできる筈はない。だが、血が零れ落ちる速度を幾らかは遅らせられた。それで死に至るまでの時間を、一つか二つ遅らせられる。黒金が地を吹き飛ばし踏み込んだ。不可視の血刃が加速する。剣聖は、刃を握り直す。
「右腕を落とした程度で、勝った心算か人形ッ!」
そして、凄絶な笑みを浮かべ黒金の血刃と切り結ぶ。凄まじい衝撃が辺りを襲い、轟音が駆け抜ける。跳躍。刃が鎬を削った瞬間、刃を打ち上げるように流し、剣聖はさらに踏み込む。飛翔剣が頬を掠める。だが、剣聖は笑みを深める。
『――自動、』
自動音声が鳴り響く。その暇さえ与えず、剣聖は黒金を蹴り飛ばす。反発、跳躍。同時に自身はその衝撃で吹き飛ぶ事で、文字通り死角から襲い掛かる飛翔剣の一撃を往なした。着地、反発。即座に横躍し、軌跡から軸をずらす。黒金が体勢を立て直す。そのまま、刃を構えた血刃を前に疾走する。
「――」
一陣の風が駆け抜ける。放たれる飛刃。血に染まる刃が宙を駆る。それを、首の動きだけで往なした剣聖は更に速度を上げ低く飛ぶ。
「嬉しいぞ、人形。お前が、腕を、斬り落としてくれた、おかげで、漸く解った。血の刃で、この身を、斬り裂いてくれた、おかげで、漸く、手が届いたッ」
呼吸が上がる。全身から血が噴き出す。刃を持つ手が震える。視線が霞んでいく。まともに言葉を出す事すら困難になっていく。だが、剣聖の動きは更に加速する。不可視の飛翔剣が、阻む様に舞い踊る。その殆どを打ち払うも、僅かに剣閃を潜り抜けた血刃が、剣聖の身体を更に刻み、その身体を赤く染め上げる。死が、剣聖に寄り添う様に纏わりつく。だとしても、剣聖の刃は速く鋭く研ぎ澄まされていく。血に染まり、血刃に少しずつ切り刻まれているのにも拘らず、剣聖は深く笑う。
「何故武器に、できる事が、出来ないのか。それが、不思議であった。この身に、受けた事で、何かが、上手く、重なった」
黒金が輝きを増す。更に速度を上げる。剣聖は血を流し、呼吸を荒げる。視界が白一色に染まり、音が途切れる。だが、刃は加速を止めない。血刃と白刃がぶつかり合う。火花を散らし、鎬を削る。
「が、はッ。ご、ぁ……」
血だらけの身体が悲鳴を上げる。剣聖の口から、更に血が零れる。だが、その血が白刃を赤く染め上げる。血濡れの剣聖が、笑みを深める。一瞬にして、数十を超える斬撃がぶつかり合う。火花を散らし、金属が戦場の音色を奏でる。血液が舞い、地が軋みを上げる。斬撃が飛び、刃が互いを撃つ。
『――自動錬金』
風が吹き荒れる。黒金が飛翔剣を消し、左腕に血刃を振りかぶる。雷霆。剣聖は、上段の一撃を以て黒金と馳せ違う。血刃が地を抉る。だが、剣聖は死を超える。跳躍。不可視の刃が空を切る。反転。剣聖はその勢いを力に変え、一気に間合いを飛び越える。黒金の右腕。自動音声を鳴り響かせ、その小手から炎を纏い加速する。鋭撃。
「どうした、人形」
至近距離で放たれる拳。その炎を斬り落とし、至近距離で往なした剣聖はただ笑う。再び馳せ違った二人が向き合った。剣聖は血塗れで、大小様々な傷を負っている。それでも尚、動きは速く鋭く研ぎ澄まされていく。呼吸は上がり、視界は当てにならない。既に、剣聖は見ていない。にも拘らず、技は冴え、重さは増す。
「刃が、揺らいでいるぞ?」
そして、一歩、二歩と歩みを進める。最初の一撃で確かに剣聖は斬り合う事すら許されなかった。それが今此処に至り、切り結び始めている。異様な光景であった。黒金の自動人形は、一度、飛翔剣を収めた。意味が無いからだ。この人間の隙はどう足掻いても突けない。そんな結論にでも至ったのか、飛翔剣に割いていた出力を全て己と血刃の力に回す。全身から、更に金色が吹き荒れる。
「か、ひ……」
剣聖の口からは、言葉にならない音だけが零れる。誰がどう見ても限界であるにも拘らず、未だ屹立している。左腕は震えている。だが、更に強く剣は握られる。死に寄り添い、死、一歩手前で踏み止まり、笑っている。切り結べるはずの無い刃。切り結ばれる斬撃。この場、この時を以て、剣聖は至っていた。
黒金の自動人形が、英雄の、上泉之景の辿った軌跡だというのならば、その力は拮抗している筈である。にも拘らず、黒金が緒戦を制していたのは、英雄には足りない物があったからだった。童子切安綱であり、血刃だった。その一点が剣聖には足りなかった。だから、最初のぶつかり合いで剣聖の腕は斬り落とされた。それは剣聖が、初めて己の身体で血刃を受けたという事でもある。
腕は飛んでいた。だが、その一撃を以て、剣聖の中で足りなかったものが姿を現していた。二の太刀で、より深く体に刻まれた。目に見えぬものすら斬り、死者すらも見通す刃。極限まで死に近付き、己が身で血刃を受けた事で足りなかった最後の一つが、確かに手に入っていた。
童子切ではない。だが、血刃には手が届いていた。技は剣聖にあり、出力は黒金にあった。用いるのは血刃である。それで、押されてはいるが力は競り合う事が出来る。
「負けられ、ない。まだ、死ねない」
剣聖は呟く。胸の内にあるのは、そんな思いだけであった。死ぬのが怖いのではない。まだ死ぬわけにはいかなかった。敵はあまりに強大であった。今自分が死ねば、誰がこれ等を止め得ると言うのか。共に戦った少女らに、こんなものを任せて逝くと言うのか。そんな事が許される訳がない。今までに散って逝った者達の想いを受けた自分に、そんな無様は許されない。故に剣聖は命を燃やす。対峙するものが奇跡を殺すというならば、奇跡になど頼らず、己が手を伸ばすだけだった。剣聖の持つものは、その為に研鑽された技である。
「男だ、ユキ」
剣聖は託された想いを自身に言い聞かせ、立ち上がる。受け継いだものがある。示された想いがある。歩んだ軌跡があった。共に戦った仲間が居り、世界を守る為散って逝った人々が居た。誰かに守られた命も知っている。何処かの誰かの為。そんな気高き想いを抱き守ってきた者達に報いる為にも、此処で倒れる訳にはいかない。世界を壊す事など、認める訳にはいかない。
「来い、人形。お前に、剣を教えてやる」
黒金が出力を臨界まで高める。血刃に金色が重なる。黒金が左腕を水平に構えた。剣聖は、血刃を天に向かい掲げる。踏み込む。音を越え、一対が重なる。血刃。英雄の剣と剣聖の剣がぶつかり合った。
「これが、剣だ」
二つの血刃が砕け散る。それでも尚、剣聖は屹立し続ける。黒金の持つ
『――自動錬金』
そして、自動音声が鳴り響く。風が吹き抜ける。英雄の軌跡が放っていた圧倒的な存在感が嘘の様に掻き消えた。
「くく、生かす為に、鍛え上げた。その筈なのだが、この様か。無様、だな――」
自動人形が姿を消したことを確認すると、剣聖は小さく笑みを零した。そして、人の限界を遥かに越えていた剣聖は、血を流し頽れる。命を燃やし戦い抜いた剣聖は地に倒れ伏し、血の海に沈む。辺りには、血濡れの英雄だけが残される。既に目もまともに見えておらず、呼吸もか細い。死が、英雄に寄り添っている。とても立ち上がれる状態では無かった。退けた。だが、勝った訳でも無い。血が足りず、腕も落とされている。それでも尚、負けてはいなかった。そして意識は途切れる。その直前、誰かの声を聞いた気がした。
「何故動かない。シンフォギアを戦いに使おうとしない」
「戦うより、理由を教えてよ。私は、戦いたくないんだ」
「理由を教えれば受け入れるのか?」
「何も知らないまま、誰かと戦いたくない。あなたと争いたくない」
「お前と違い、戦ってでも欲しい真実がオレにはある。成し遂げたい想いが、この胸に託されているッ!」
風の刃が吹き抜け、氷の刃が躍る。地が脈打ち、炎が燃え盛る。その全てを立花響はひたすら受け止める。抵抗をする事もなく、ただひたすら襲い来る暴威が収まるまで耐え続ける。
「お前にも成したい事があったはずだ。だから、月の欠片を砕いて見せた。暴走するフロンティアとネフィリムを討って見せた。その歌で、シンフォギアで、戦って見せた。想いを押し通して見せたッ!!」
「違うッ! 私は戦いたくなかった。そうするしかなかっただけで、戦いたかったわけじゃない。争いたかったわけじゃない……。シンフォギアで、誰かを守りたかったんだ」
シンフォギア装者達の歩んだ軌跡を見ていたキャロルは、響に向け言葉を示す。守る為に戦った。想いを押し通す為に戦って見せた。だから、自分とも戦えと叫ぶ。シンフォギアを纏っているのならば、立ち向かって来いと意志を示す。
「たとえそれが真実なのだとしても。それでも、戦え」
「嫌だ、嫌だよ。だって、さっき、泣いてたよ。だったら、世界を壊したい訳を聞かなきゃ」
「……ッ!?」
戦いたくないと零した響の言葉に、キャロルは強く歯を噛み締める。見られていた。警戒を怠った自分の不明とは言え、思いを馳せているところを見られてしまっていた。踏み込まれたくは無かったものに、土足で踏み込まれた事に少女は強い拒否反応を示す。
「めんどくさい奴ですねぇ」
「……ッ、ガリィか。見ていたのか。性根の腐ったお前らしい」
キャロルが怒りに身を任せ力を振るおうとしたその直前、狙いすましたように青い自動人形が姿を現す。
「嫌ですねぇ。マスターがそういう様に作ったんですよ」
「ふん、標的の殲滅はどうなっている?」
「勿論、完全に制圧完了ですよ。あいつ等人間の枠から外れかけてましたけど、人である以上、その限界は越えられなかったって事ですね。捕まえたのを、自分の腕を落として離脱するなんて暴挙に出られて、隊長クラスには逃げられこそしましたが、これから先戦えはしませんねぇ。そういう物ですから」
「ふん、良くもまぁ、人の嫌がる事を思いつく」
「くひひ。そんなに褒めないでくださいよぉ。まだ物足りなかったようなので、ミカちゃんには特異災害対策機動部の医療施設の強襲にも行って貰ってまーす☆ これで、人の身で負った傷を処置する施設も減り、部隊の運用に亀裂が入りやすいって寸法ですよ」
主の言葉に青は人の悪い笑みを浮かべ、口許を手で押さえ嘲笑う。一課強襲。英雄の殲滅こそ主に任せたが、概ね想定通りに事は進んでいる。ガリィは盤上が掌にある事に満足げな表情を浮かべる。
「ところでマスター。結局英雄は、生き延びたようですよ」
「……ッ!?」
そして、何気なく続けた言葉に主の表情が歪むのを見て、青は満面の笑みを浮かべる。主は英雄を殺す気で、黒金をけしかけていた。抱くものを押し殺し、殺しに出向いた主が失敗した。その表情が、ガリィには可愛くて、愛おしくて仕方がない。
「つっても、とても無事って有様では無いですけどねぇ。思った通り、隠しているものを持ってましたよ。クロちゃんはお手柄ですねー。英雄に全霊以上を出させたんですから。死の淵からの覚醒ですよ。覚醒。そんな覚醒なんて、そう短期間で何度もできる事じゃない。これで、不確定要素はすべて排除される。知らなければ脅威だけど、知っていればただ強いだけです」
「あれでもまだ、立つと言うのか……」
「いやいや、倒れ伏していますよ。このまま降りてくれれば、あたし的には楽で良いんですが」
「……」
目を閉じ、黙り込んだ主の様子に青は満足気に頷く。
「行くぞ」
「おやぁ? 良いんですか? まだアイツは余力を残していますが」
「構わん。戦う気が無いのなら、仕方がない」
「もう、乙女なんですから」
興が削がれたと言わんばかりのキャロルの様子に、ならば仕方がないですねとガリィは姿を消す。
「次は戦え。でなければ、大切なものを失うぞ?」
そして、響にそんな言葉を残し、キャロルもまた錬金術で姿を消す。
「一体、何が……」
シンフォギアを纏って、ただ耐え続けていた響は、一連の出来事に理解が追いつかず呆然と零す。目の前に敵がいた。だけど、戦う事なんて出来なかった。泣いて居た。あの子は、泣いて居たんだ。そんな事が胸の内をぐるぐると回り続ける。
「私、どうしたら良いの? あの子と、戦わなきゃいけないの?」
泣いて居た子と戦わなければいけないのか。少しだけ聞こえた言葉に、パパの為と言う言葉があった。大切な人の為に、あの子は戦っているのだと思い至る。そう思うと、余計にどうしたら良いのか解らなくなる。自分にできる事は何かと戦う事だけであり、拳を握る事しかできなかった。その事実に、へたり込んでしまう。
「解らない、解らないよ。誰か、助けて……。ユキさん……。会いたいよ……」
どうすれば良いのか解らず途方に暮れる。そして、何時も前を行き大切な事を示してくれたくれていた想い人の名に縋りつく。会いたい。響の胸に湧き上がるのは、そんな純粋な想いだった。
「なに、これ……」
目の前に存在する惨状に、小日向未来は呆然と零した。微かに届く血の匂いに、口許を強く抑える。濃厚な死の気配。それが辺り一面に漂っている。血溜まり。両断された腕。そして、血の中に倒れ伏す、自分が先生と呼んだ人間の姿。
『し、至急、医療班の方を……』
右腕を失い倒れる上泉之景の姿に、未来は狼狽しながら何とかそれだけ告げる。既にある程度近くには二課の医療班も到着している。早く来てと、心の中で祈りを上げる。
「これ、響やクリスにどうやって……。翼さんにだってなんて説明すれば……」
余りの光景に、そんな事を未来は思う。自分では何を成せば良いのか解らず、感情が乱れ過ぎて上手く動く事が出来ない。広がっている赤、斬り落とされた腕、まるで死んでいるように動かない身体。その全てが、つい最近まで学生だった少女には怖くて仕方がない。
「先生……。立って、立ってください……。また、剣を教えてください……」
そして医療班が辿り着く。あわただしい気配が一気に広がる。鋭い声が響いている。車両が凄まじい速度で動きを止めた。ユキが載せられ、未来も付き添いを命じられる。
「死なないで、下さい……」
未来が零した呟きに、先達は答える事は無い。ネフシュタンの腕輪。クリスが託したという、再生を司る聖遺物の腕輪に目を向ける。歌が届く事は無く、輝石が輝く事は無い。未来が辿り着いた瞬間、その時までたしかに立っていて、眼前で頽れた剣聖。その呼吸は小さく続いているだけだった。
武門、血刃を習得
響、メンタルブレイク
未来、メンタルブレイク
キャロル、メンタルブレイク
ガリィちゃん、この程度は序の口
第二抜剣黒金は、イグナイトモジュールで例えるなら、デメリットが一切存在しないアルベド状態にあたります。