煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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6.黒鉄の右腕

「錬金術師の台頭、か。響君が無事だった事が不幸中の幸いという事か」

「錬金術師。あの……、一体どういう状況なんですか?」

「ああ。翼とクリス君が敵対存在と接触、交戦。同時にノイズの出現を感知。そのノイズを対処中に、シンフォギアが破壊されるという事態になった」

「え……? ノイズが!? それに、シンフォギアが壊された……?」

 

 S.O.N.G.本部に戻った響の様子を確認した風鳴弦十郎は、渋い表情を浮かべながら続けた。響が錬金術師と接触していたのと同じ時刻、別方向へ展開していた雪音クリス、海外でライブを終えた風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴも敵性存在と接触していた。ルナアタックやフロンティア事変で時折その存在を表舞台に出していた自動人形。上泉之景が二課に所属していた時より存在自体は確認されていた敵であったが、ユキ以外の前に現れたのは今回が初めてであった。同時多発。見事にS.O.N.G.の混乱を誘発していた。

 黒金の自動人形だけは幾度となくその姿を確認できていたが、その目的自体は不明瞭のままであった。そして、直近に上泉之景の狙い撃ちを行い、日本政府の上層部を扇動、戦力の分断を成功させていた。その上での、同時多発襲撃である。完全に後手に回っていた。英雄と呼ばれた人間は、護国の刃として日本政府の指揮下にあり、シンフォギアに匹敵する異能である童子切もS.O.N.G.からは引き剥がされている。全てが終わってから見れば、一つに繋がる事ではあるが、物事が水面下で進行している時には、とてもでは無いが看破できなかった謀略であると言える。戦力の分断。対ノイズ能力を除けば、最大戦力と言える上泉之景がS.O.N.G.に居ないのが痛手である。

 

「ああ。翼、クリス君。両名のシンフォギアが展開不能にまで追い込まれた。マリア君がS.O.N.G.に転属という形で参加してくれてはいるが、新たなノイズ出現と言う以上事態も同時に発生している。戦力は到底足りているとはいえず、状況は極めて悪いと言えるだろう」

「そんな……」

「現在装者で動けるのは響君ただ一人。クリス君を助ける為、切歌君と調君がリンカーも無しに戦闘に介入、救出に成功こそしたが、二人は適合率の低さに加えバックファイアの問題から、そう簡単に戦力として投入する訳にもいかない」

「つまり……、戦えるのは私だけ」

 

 司令の言葉に響は胸の前で片腕を握り呟く。

 

「違うよ響。私もいる」

「未来……」

 

 接触した錬金術師。名前を聞く事も出来なかった少女が、それでも泣いて居た事が焼き付いて離れない。本当にあの子と戦わなければいけないのか。そんな不安に心が揺れ動いた時、親友の言葉が耳に届く。小日向未来。シンフォギアとは違う系列の力を手にしている。陽だまりの剣。かつて、英雄の剣と呼ばれたものと神獣鏡の流れを汲む異端技術だった。

 

「響だけじゃないよ。皆に比べれば、全然頼りにはならないかもしれないけど、私もいる」

「うん。そっか、そうだね」

 

 そんな未来の言葉に幾らか響の表情が和らぐが、それでも不安が消えたわけではない。親友が隣に居てくれるとしても、泣いている子が相手だというのなら、拳を振り上げたくなんかない。それが、立花響と言う女の子が抱く想いだった。

 

「そう言えば未来、ユキさん達はどうだったの?」

「――ッ、それは……」

 

 そして、今度は何気なく問いかけられた響の言葉に、未来が言葉を失う。同時刻、小日向未来がユキ率いる二番隊の救援に向かった筈である。そして、未来は無事に任務を終え帰還している。未来が見た惨状を知らない響からすれば、当然ユキに会ってきたと思うだろう。

 

「ユキなら、自動人形と交戦。酷い傷を負ってな。暫く、療養する事になった」

「……え?」

 

 そして、予想だにしていない言葉を聞かされる。あの上泉之景である。血を流す事は多く在ったが、それ以上に強さを示し続けて来た。響が追いつめられた英雄の剣すら容易く退けた先達である。幾ら敵が未知の存在だったとしても、簡単に信じられるものではない。何よりも、立花響は恋をしていた。その相手が怪我をしたと聞かされては、平常で居られる訳がない。先程までとは違う意味で心がざわつく。会いたかった。会えると思っていた。それが、今は無理だと知り、足元が揺らぐ。

 

「で、でも、大丈夫なんですよね」

「ああ。既に救出は成功しており、一課医療施設へ運び込まれた後だ。暫くは入院という事になるが、命に別状はない」

「そっか……。良かったぁ」

「……」

 

 弦十郎の言葉に、響は取り敢えずはといった感じで安堵のため息を零す。ただでさえ心が揺れている。そんな状態で、仲間であり、つい最近まで直ぐ近くに居た者が命の危機にある。そんな事を知らせる訳にはいかなかった。未来から報告を受けた弦十郎はそんな判断を下した為、特に近かった響とクリスにはそう教えていた。

 実際には、一課の医療施設は多くは相手に強襲され、被害が出ていた為、S.O.N.G.の医療施設で一時的に処置を施したところである。元々は一つの組織であった為、その程度の融通はきいた。

 とはいえ、ユキが負った傷は軽いものではない。大量の失血に加え、右腕は斬り落とされており、その腕も更に切り刻まれている。再接合など、とてもでは無いができる傷では無かった。義手。ユキが腕を望むのならば、それ以外の選択肢は無かった。

 元々聖遺物を中心に、異端技術を扱ってきたのがS.O.N.G.であり、日本の現特異災害対策機動部でもある。文字通り腕の様に動く義手であれば、用意できない事はない。流石に本人の希望を聞く必要もある為意識を戻すまでは実行に移れないが、義手を作成する方向で動いていた。ユキは武門である。腕が必要か否かで問えば、答えなど聞くまでも無い。其処までして戦わせなければいけないのかと弦十郎ですら思うが、あの男なら戦うと告げる事が、これまでの付き合いから分かってしまう。

 内容が内容である。既に見てしまった未来には隠しようが無いが、衝撃がこれ以上拡散するのを防ぐため、少しだけ時間を置くというのが大人たちの判断だった。

 

「あの、ユキさんに会いに行けませんか?」

「ああ。一課管轄という事になる。こればかりはな、俺にも直ぐには答えられない。分かり次第連絡をするので、暫くは待っていて欲しい」

「解り、ました……」

 

 そして、弦十郎は響の言葉に首を振る。何処に居るかは知っている。だからこそ、教える訳にはいかなかった。必要な事とは言え、嘘をついている事が心苦しく、弦十郎の表情は苦虫を噛み潰したように歪む。そして、ある程度の説明を終え、響と未来に身体を癒す為にも帰宅を促す。二人とも、様々な事を体験したため心身ともに消耗していた。素直に従い帰っていく。

 

「せめて、意識だけでも戻ってくれ。そうでなければ、あの子らは潰れかねん」

 

 そして、子供たちが帰ったところで、弦十郎は絞り出すように呟いた。目的不明、所在不明、戦力不明の相手だった。全てが解らなかった相手であり、後手に回ったのは仕方ないと言える。それでも尚、もう少しどうにかできたのではないかと思ってしまうのである。風鳴弦十郎といえど、万能ではない。守れないものはあり、悔いる事もあるのだ。子供の前では、その姿を見せないだけである。

 そして、大人の呟きは誰の耳にも届く事なく消えて行く。そして二日後、件のユキの意識が戻ったと弦十郎に連絡が届いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、またあの人は怪我したのかよ」

 

 錬金術師の強襲によりシンフォギアを破壊された雪音クリスは、ユキの家の鍵を開け、部屋の掃除をしていた。怪我の詳しい状況や何処に居るかまでは伝えられていない為、預けられた鍵を使い、家の状態と黒猫の様子を見に来たという事であった。破壊された為、S.O.N.G.に預けたギアのペンダントの代わりに首にかけた鍵を軽く触りながら、クリスは少しずつ掃除を進めていく。

 フロンティア事変の一件から、クリスの中でユキの存在は確固たるものとなっていると言える。部屋を訪う回数も、以前に比べれば頻繁となっていた為、ユキ本人から鍵を与えられたという事であった。ユキにとっても、クリスは内に居る存在であり、家族のような括りであった。余談ではあるが、大した躊躇も無く渡された鍵。その意味を考えた白猫が、暫くまともにユキの顔を見れなかったのは仕方がないだろう。

 そんな理由もあり渡された鍵を使い部屋に入り、掃除をしているという訳であった。ユキの部屋には書物や武器になりそうな長物は多いが、それ以外には多くのものは無い。それでも、時が経てばほこりなどは積もっていく。鼻歌を歌いながら、掃除機をかけていく。

 

「全く、あたしだから良いものを。これが先輩とかだったら、えらい事になってるぞ……」

 

 そんな事を時折零す。実物を見た訳では無いのだが、以前、響に翼の家事能力の無さを聞かされていた。響自身が見たのも病室であるのだが、その一室が足の踏み場もないと言うのですら生温い有様となっていた。初見では、敵の襲撃でもあったのかと勘違いしたほどである。何を大げさな事をと思っていたのだが、実際に翼を家に招いた時にその片鱗を見ていた。家事能力について、クリスが呟くのも仕方がないと言える。

 

「というか、留守の間に部屋に入って掃除するって、まんま、その、そういう関係みたいじゃねーか」

 

 暫く部屋の掃除を行い、ある程度の区切りがついたところで、ふと思い当たる。部屋の鍵を預かり、好きに出入りを許されている異性。渡した本人としては其処まで考えていた訳では無い筈ではあるが、これではまるで、以前響に言われた通い妻では無いか。頭の中でぐるぐると思考が回転する。そして、一気に赤面した。そのまま、手にしていた機材を投げ捨て悶える。

 

「うぅ……。なんであたしがこんな目に……。それもこれも、全部あのバカが変な事を言った所為だ!!」

 

 勝手に思い出して、勝手に悶えたのにも拘らず、白猫は子犬の所為だと声を上げる。そのまま、近くに居た黒猫を抱き上げると寝室に向かう。既に布団は敷いてある。今日は泊る心算であった。家の主は居なくとも、その場所の放つ空気が好きだった。もう一つの実家。そんな印象が、白猫の胸には刻まれている。

 抱き上げられたクロが、一瞬何事だと目を開くが、抱き上げたのがクリスだと気付き、何だ何時もの事かと言わんばかりに再び目を閉じる。黒猫にとっても、白猫は同居人の一人という事だった。姿を認めると、特に抵抗する事もなく、成すがままにされている。クリスはクロを抱きかかえたまま、布団に横になりゴロゴロと左右に行ったり来たりしながら悶える。

 

「だいたい、なんであの人はすぐに怪我をするんだよ。転属の話だって、結局教えてくれなかったし……。吃驚させられるあたしの身にもなれよッ! なぁ?」

 

 暫く転がった事で幾らか気分が持ち直したクリスは、転属の事もあり、最近あまり構って貰えなかった事に関する文句をクロに吐き出す。とは言え、猫に言葉が解る筈もない。何となく自分に問いかけられているのを察したのか、一言にゃあと鳴くと、クロはクリスの手元から抜け出す。

 

「へ……? うわ!? わ、こら、やめろ、やーめーろー!!」

 

 そして、そのままクリスの身体に飛び降りると、身体を駆けのぼり顔を舐めだした。思わぬ反撃にクリスは声を荒げる。嫌な訳では無いが、くすぐったい。ある意味、元気を出せと言わんばかりの黒猫の反撃に、白猫は怒ったように、だけど、何処となく嬉しそうに言葉を零す。

 

「ったく、酷い目に遭った」

 

 そしてしばらく猫とじゃれ合っていたクリスであるが、不意に黒猫が離れた事で体勢を治す。遊んでいるばかりでもいけない。元々は、掃除に来たのだから、やるべき事をやらなければと思う。そして、ふと寝台の方へ眼をやる。

 

「ベッドといえば……。やっぱ、アレがあるのかなぁ……?」

 

 そして、ふと、そんな事が思い浮かぶ。一応クリスが頻繁に来るとは言え、ユキは猫と一緒ではあるが一人暮らしである。やはり、男の一人暮らしというのは、そういう本があるのではないかと思い至る。クリスが混浴に入っても大して動揺しなかったとはいえ、ユキも男である。スケベ本の一つでもあるのではないかと考えると、そっち方面に考えが行ってしまう。そして、この場には自分以外居ない。主も絶対に帰って来ない。ならば、やる事は一つだった。

 

「別に、あたしはあの人がどんな女が好みだろうと、どうでもいーんだけどな。とは言え、もし、装者の中にあの人の好みの女が居たら、そいつに迷惑がかかる可能性もあるから参考がてらに探してみるだけだからな!」

 

 そして、誰もいない場所で、誰も聞いていない事を言い訳のように答えつつクリスは物色を始める。そして、暫く部屋と格闘を繰り広げる。

 

「一冊もない……、だと?」

 

 そして、何の成果も見つける事が出来ずに終わる。予想外の結果に呆然としつつ、ふと、自分は何をしているんだと冷静になり、乾いた笑いを零す。

 

「風呂でも、沸かすか」

 

 そしてぽつりと呟いた。自分がいないときは好きに使って良いと言われている。元々泊まる心算ではあったが、不意に温まりたくなったのである。クロはいる。だけど、その飼い主はいない。それが、寂しく思えてしまうのである。やがて風呂が沸く。手慣れた手つきで着替えを取り出し、入浴に向かう。

 

「ふぅ……」

 

 そして体を丁寧に洗い、お風呂に肩まで浸かったところでため息が零れる。お風呂は温かい。だけど、少しだけ寒かった。もっと温かくなりたい。そんな事を思ってしまう。そのまま、膝を抱え口元まで湯船に浸かり、ブクブクと息を零す。

 

「早く、戻ってこいよ。寂しい、だろ……。之景さんの、バカ。居場所を作ってくれるって言ったのに、嘘つき」

 

 そして、湯船に浸かりながら零した呟きは、会いたい人に届く事は無く消える。結局、クリスは自分で用意した布団では無く、普段ユキが使ってる寝台に潜り込み、その日は眠るのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

「……嗚呼、そうだったか。落とされたのだった」

 

 目が覚め回り切らない頭で考えて、最初に思い出したのは血刃だった。黒金とぶつかり合った時、腕を斬り落とされていた。右腕。前腕の半ば辺りから綺麗に断ち斬られている。それを眺める。相手をしたのは血刃である。その力は誰よりも知っている。痛みは無かった。痛みすら、斬り落とされていた。

 

「さて、……」

 

 今回目が覚めたのが初めてと言う訳では無かった。浅い眠りを繰り返している。一度、その合間に司令と話をした。義手を作る。そんな感じの話だったと思うが、詳しい話は余り覚えていなかったりする。流石に、今回ばかりは消耗が激しい。浅い眠りを繰り返しつつ、何かを話し、生きる為に必要なものを採っている様な感じであった。戦っていた。命の限り戦い、全霊を以て敵を退けている。だが、勝った訳では無い。負けはしなかったが、相手は人形である。修理が効く分、受けた痛手はこちらが上だった。此方が負傷をしていようと、敵は待ってくれるわけがない。腕が無いのが、痛い。戦うのにあたって、これまでの動きが出来ないのは大きな枷である。どこか遠い頭で、考え続ける。

 

「起きたか、ユキ」

「おや、司令ですか。何時振りでしょうか?」

「ああ、昨日ぶりだ。義手を作るという件、協力者ができた。お前の身体の事だ。話しておこうと思ってな」

 

 義手。斬り落とされた腕の代わりを作るという話だった。軽く息を吸う。そして、血液を体全体に循環させる。覚醒。何処か微睡んでいた意識が目を覚ます。臥している体を起こした。

 

「無理はするな」

「いえ、大丈夫です。思った以上に痛みがない為、少し呆けていましたよ」

「そうか。ならば良いのだが。だが、これ以上無理をする必要はない。辛ければ言ってくれ」

「はい」

 

 司令の言葉に頷く。腕の傷は、痛くはない。違和感が激しいだけである。痛みで言うのならば、腕を引裂いた時や、胴を貫かれた時の方が酷かった。切り口が綺麗な分、まだマシという事だろう。薬が効いており、痛みにも馴れていた。何も感じない訳では無いが、耐えきれないものではない。

 

「それで、協力者、とは?」

「は、はい。あなたが上泉之景さん、ですか?」

 

 そして、一人の少女が司令の陰から現れる。

 

「君は、キャロル・マールス・ディーンハイム……に似ているが違うな。妹か何かかな?」

「はい。ボクは錬金術師キャロルに作られたホムンクルスの一体です。名前はエルフナインと言います。あなたが、キャロルの見ていた、異端殺しの英雄。当代の剣聖」

「そうか、あの子の。だから、協力者と言う訳か」

「ああ。状況は切迫している。シンフォギアが壊され、新たなノイズも出現している。っと、その辺りはおいおい話すとして、今は義手の話を進めようか」

 

 司令の言葉に頷く。錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイム。実際に言葉を交わし、刃を交わしたからこそ、その名が沁み込む様に胸に刻まれる。対峙した敵であった。だが、同時に恩人でもあった。かつて言葉を交わしてもいた。父の墓。大切な父親を亡くしたと涙を零した姿が思い浮かぶ。それだけでも、自分と同じように父を大切に思っていた事は解った。その姿を見ており、戦場での出来事でもあった。自分の腕を斬り落とした相手の首魁ではあるはずなのだが、何故と言う気持ちの方が強い。何故自分を助け、何故殺す事にしたのか。考えても解る筈は無いだろう。だが、その答えを解るかもしれない相手が目の前にいた。エルフナインと名乗った、協力者の少女の言葉に耳を傾ける。

 

「先ず、結論だけ言いますね。あなたの腕ですが、これは如何しようもありません」

「だろうな。ただでさえ二つに分かたれたものを、囮に使った。更に切り刻まれたよ」

 

 エルフナインの言葉に頷く。落とされた以上、そんな物には拘れない。外れた時点で、腕は物であった。大切な両親から与えられた身体ではあるが、離れた時点で身体ではないのである。一瞬、古の英雄たちの様に喰らい血肉とするのも良いかと思ったが、流石に考え直す。

 

「……自分の腕を良く囮に使えましたね」

「まぁ、大したものでもない。離れれば、物でしかない。戦いは一瞬だ。命の危機が迫る中、落ちた腕には拘れんよ」

「……、そう、ですか。えっと、脱線してしまいましたね、すみません。それで腕ですが、義手であれば、S.O.N.G.の異端技術と錬金術の複合で何とかなると思います」

「以前のように動かせると?」

「はい。あくまで義手ですので、見た目は人間の腕と同じとはいきませんが、動作だけならば斬られる前とほぼ同じに行えると思います」

 

 右腕は既に無い。それが義手であるとは言え、動くというのであれば人間の腕でないというのは大した問題にならなかった。異端技術だけでも動かせるだろうが、どうしても劣化するとは聞いていた。それが良くなるというのなら、充分すぎると言える。

 

「では、君に義手を作って貰いたい」

「え?」

「どうかしたか?」

 

 口を出た言葉に、エルフナインが驚いた様に目を丸める。

 

「いえ、その、あんまりにも簡単に決められてしまったので、吃驚しちゃって。それに、ボクはキャロル側だった者ですよ。そんなにあっさり信用して良いのかって思って」

「ああ、そういう事か。どうせ失くしたものだ。それが手に入るというのならば、それ以上に望むものは無い。それに、君が信用できないのは君に実績が無いからだ。だからと言って、大した危険もないのに見返りは大きい事を試さない理由にはならない。君が騙していたり失敗したとしても、どうせ俺の腕は無いのだ。それならば、やらせてみれば良い。それで結果を出せば、君を認められる。俺も、君を見ている者達も、だ」

「確かにそうですけど、そんな簡単に、実際に行動に移せと言える物なんですか?」

「そんなものだよ。俺だって、腕が無いよりはある方が良い」

 

 左腕一つで剣は握れる。だが、右腕も使えるというのならば、それに越した事は無い。斬り落とされた事に関しては、自身が甘かったと言わざる得ない。虚を突かれ、相手の刃が強かったとはいえ、一刀の下に切り伏せられたのは己の不明だろう。弱かったから腕は落とされた。戦場である。そういう事なのだ。武門である。戦いが続けば、腕の一つや二つ落とす事も想定はしている。例え隻腕になったとしても、意志が揺らぐ事は無い。片手が無くなったぐらいでは、戦う為に研鑽した刃は揺らがないのである。その為に、鍛え上げて来たのだから。

 

「しかし、異端技術とは言え、早々上手くいく物なのか?」

「はい。あなた達ならばご存知だと思いますが、外部兵装である英雄の剣にも使われていた、いくつかの部品を流用します。ボクがキャロルの下から逃げてきた際、持ち出して来たものの中に必要なものは揃っています。シンフォギアや、英雄の剣の兵装生成能力。技術としての系統は違いますが、これを応用して腕を作成すれば、充分に義手としても転用が効きます。尤も常時展開する都合上、先の二つとは全く異なり、既存技術をベースにして、要所に異端技術を融合させた折衷品という事になります」

 

 エルフナインの話を聞き、頷いた。流石に異端技術関連の話までは分からないが、異端技術を組み込んだ義手が出来るという事だった。彼女が言う限り、特に危険性のようなものも見受けられないようである。実際に作った上で用いてみなければ解らないという事もあるが、その性能は充分過ぎる。異端技術を用いた義手である。自分の腕をほぼ変わらない重さでありながら、強度は生身の腕以上である。右腕だけではあるが、ノイズの分解耐性もあるようだ。剣を用いる為、大きな意味は無いが、義手となる事で以前より強くなると言えるだろう。

 

「そうか。充分過ぎるな。腕を失って尚、更に強くなる。逆に良いのか? とすら思える」

「腕を失ったんですよ? 充分過ぎる代償を払っていると思いますが」

「強くなるのはな、研鑽の果てに辿り着く道だよ。なにか、ずるをしている様な気がする」

 

 今は無い右手を握る。当たり前だが動きは無い。だが、もう一度握れるかもしれない。それでも充分過ぎる。

 

「では、腕を作る方向で話は勧めさせてもらう」

「はい、お願いします」

 

 最後に司令がそう締めくくる。話はそれで終わりであった。

 そして、現在S.O.N.G.や特異災害対策機動部の取り巻く状況の説明を聞いていく。

 錬金術師キャロルと彼女率いる自動人形。そして、新たに現れたシンフォギアすら分解する、錬金術で改造された新型のノイズ、アルカノイズ。従来のノイズと比べ、位相差障壁に用いられている力が減り防御性能は落ちているが、その分、シンフォギアすらも分解する能力が付与されていた。より攻撃特化になったと言えるだろう。とは言え、当たれば終わりのなのは変わらない。個人的な意見を言わせて貰うと、むしろ弱くなっている。アルカノイズに関しては、逆に倒し易くなっただけだった。そんな話をすると、エルフナインは面白いように表情を崩していた。その様がおかしくて笑うと、恥ずかしそうに俯いていた。そして、キャロルの目的が世界を壊す事であると改めて聞き、この日の話は終わった。そして幾らか日にちが流れる。

 

「突貫工事ですが、一先ずは完成しました!」

「これをどうぞ」

「随分早く出来たものだな」

 

 緒川と共に訪ったエルフナインの言葉に頷く。右腕には既に義手を填める端末が取り付けられている。本日持ち込まれたものこそ異端技術との複合品ではあるが、既存技術の義手も接続できるようにと付けられたものであった。持ち込まれた黒色の義手を眺めつつ、随分早いと零す。

 

「はい! あなたの義手が完成して認められれば、申請しているシンフォギアの強化改修も少しは通り易くなると思います。」

「そうか。それなら、早く完成させないといけないな」

 

 完成した事に嬉しそうに胸を張るエルフナインの言葉に聞きつつ応える。先ずは、俺の義手を完成させる事で実績を積むという事だった。一つや二つで変りはしないと思うが、無いよりは遥かに良いとも言える。言葉を素直に受け取るエルフナインに笑みと共に頷いていた

 

「あ、でも、之景さんの義手を手抜きするって事じゃありませんからね。あくまで、大まかに作っただけです。ここから微調整を重ねて、更に身体と義手が一体化して貰えれば漸く完成となります」

「付けて見ても良いだろうか」

「はい」

 

 一言告げ、義手を接続する。痛みと不快な感覚。それに暫く耐え、やがて、何時もの感覚だけが残る。腕。まだいくらか違和感があるが、それでも右腕の感覚はあった。動かす。手を開き閉じる。初めての装着である為調整不足は否めないが、充分過ぎる結果だった。

 

「どう、ですか?」

 

 エルフナインがおずおずと聞いて来る。笑う。まだまだ完璧とは言い難いが、それでも失くした物が帰ってきていた。

 

「ああ。悪くはない。黒鉄の腕と言うのは、存外武門に似合っているかもしれないな」

 

 強く握りしめる。生身の腕は失っていた。だが、そのおかげでより強固な腕は手にしていた。黒鉄の右腕。それが、斬り落とされて得た、新たな力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クリス、一人でお泊り
武門、エルフナイン製の右腕を手に入れる

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