「それにしても、あの之景が怪我をするとはね」
「……はい。でも、上泉先生は何時も怪我をしているって皆言います。思えば、私を助けてくれた時も無茶をしていました」
「……、確かに。風鳴司令と緒川の三人で連携技を披露していたわね。……今思い出してもアレは何だったのかしら。シンフォギアも纏わずに、空を飛んだようなものじゃない。本当に人間なのかしら」
未来とマリアは病棟を歩いていた。S.O.N.G.の管轄下にある病院の一棟。そこは、超常脅威に立ち向かう者たちの為に作られた、最新鋭の医療施設であった。その中を、二人の少女は歩いている。ロンドンで世界を相手に講演を行っていたマリアではあったが、錬金術師の台頭により、再びS.O.N.G.に合流したと言う事であった。
その折に司令である弦十郎から、一課に転属した上泉之景が怪我を負ったと聞かされていた。マリア自身、ユキとはフロンティア事変の時に大きな借りを作っている。その人物が怪我を負ったというのなら、見舞いに行く事ぐらいやぶさかでは無かった。響の友人である未来と二人で見舞いに行くというのに違和感を感じながらも、何処となく沈んでいる未来の様子に軽く言葉を交わしながら進んでいく。
先ず、年長者であるマリアから会いに行って欲しいと弦十郎には言われていた。折を見て、響やクリス、翼には面会の許可を出す心算ではあるが、先ずはマリアに会って欲しいというのが大人達の意見であった。
何故付き合いの長い三人娘を差し置いて自分が最初なのか。更には、今向かっている場所の事について口外しないよう強く言い渡されてもいる。それについて理由を問いただしてみると、会えば解る。会うまでは、誰にも言わないでくれと告げられていた。理由になってないと内心憤ったマリアではあったが、あの風鳴弦十郎が返答に窮している。一時は敵対していたからマリア自身もユキの戦い方を少しは知っていた。また深く斬り裂いたり、骨折でもしたのだろうかと予想を立てる。例えば今隣に居る未来を庇って負傷した。そんな事情だったとすれば、未来と二人で歩いているのも、何処か様子がおかしいのもすんなりと説明がつく。そんな考えを巡らせながらマリアは未来と昔話を交わす。思えば、この子にも酷い事をしている。一度、きちんと謝らなければいけないと語りつつ、マリアは思い定める。
「ッ!? 先生は、人です。どれだけ強くても、私達と同じ人間です。シンフォギアや、英雄の剣なんてものを持たない、ただの人間なんです。それでも誰よりも前に出て血を流して、痛いのも辛いのも全部呑み込んで戦っている。戦っていた、人なんです。間違ってもマリアさんは、S.O.N.G.の人はそんなこと言っちゃいけません」
「え、ええ。ごめんなさい。確かに彼は少し人間離れしたところはあるけど、人間ね。軽率だったわ。ごめんなさい。だけど、どうかしたのかしら?」
かつての出来事を思い起して出た言葉。それに、未来は過剰なまでに反応していた。その様子に言われたマリアは勿論、言った未来も思わず目を見開く。言葉を荒げた未来にマリアは素直に謝罪を告げるも、彼女が動揺した理由がいまいち解らない。それも仕方がないだろう。マリアは、ユキの腕が斬り落とされ血の海に沈む姿を見てはいないのだ。幾らマリアの印象の中でユキが人間離れしていたとは言え、あの光景を見てしまった未来にとって、あまりに軽率な発言だったと言える。
「……はい。戦っていました。自動人形と戦って、それで……」
「いえ、話さなくて良いわ。私が自分の眼で見て、聞かせて貰うから」
向けた問いに答えようとして、未来の表情が辛そうに歪んだのを見て、マリアは話さなくても良いと言い直した。その様子に、何か尋常では無い事が起きたのかと思い定める。
「はい。その、ごめんなさい」
「いえ、気にしなくてもいいわ。私が迂闊すぎるだけだもの。駄目ね、こんな感じではマムやセレナに怒られてしまう」
「そんな事、ありませんよ」
そこで会話が止まる。二人して、言葉の無いまま歩き続ける。そして、目的の部屋の前に辿り着いた。未来が軽くノックを行う。室内から入室の許可が出る。大きくは無いが、しっかりと落ち着いた声音に、存外無事じゃないかと内心マリアは安堵する。そして、扉が開いた。
「おや、小日向に続き、マリアか。久しぶりだな」
「ええ、久しぶり――えッ?」
そして、病室の中で最初に見たのは背中だった。黒鉄の右腕を床に付き、片腕で倒立を行う上泉之景である。右腕の事もそうだが、何故入院している人間が片腕倒立を行っているのか理解できず、思考が固まる。
「――なにしてるんですか!?」
そして、隣から放たれた鋭い声にマリアの思考が再起動を果たす。とは言え、それも仕方がないだろう。色々な意味で予想をしていなかったのだから。マリアが固まり、未来が声を荒げるのも無理な話だった。それだけ、武門と言うのは価値観が違うのである。
「調整だな。落とされた右腕だが、存外良く馴染むよ。まだ痛みはあるが、ある程度の無理は利く。エルフナインには幾ら感謝しても足りないようだ」
「調整って、まだ戦う心算なんですか?」
態勢を治したユキは、未来に視線を合わせる。そのまま、右腕の感触を確かめるように何度も動かしながら言葉を続ける。あまりにあっけらかんとした様子に、未来はそれ以上の言葉が出ない。
「ああ」
そして、武門は短く頷く。腕は落とされたが、黒鉄の腕は手に入れている。ならば、戦いを止める道理はない。武門と言うのは戦う為に存在しており、その為に研鑽してきた一族である。戦いの最中、身体の一部を失う事は、当然想定している。腕が無いなら無いなりの戦い方は存在しており、それだけでは武門が終わる理由たり得ないのである。
「マリアさん――」
「とりあえず、詳しい話を聞かせて貰ってもいいかしら?」
何なんですかこの人はと言わんばかりの未来の言葉に、マリアも頭を抱えたくなる思いだった。そして、右腕を失ったユキに促され、備え付けられた長椅子に腰を下ろす。黒鉄の右腕。明らかに異質な物の筈だが、最初に見た光景が光景であった為、意外とすんなりと受け入れてしまっていた。
「とは言え、何処から語るべきか」
そして、二人が席に着いたところでユキは考え込む。そして、自分の身に起こった事を語り始めた。
「黒金の自動人形……。そんな敵が」
「ああ。あれは強いな。出力もそうだが、人形故に挙動が人を越えている。何よりも、血刃を備えていたよ。童子切は目に見えないものを斬り裂く。シンフォギアを纏おうと、その本質は変わらない。歌を斬り、フォニックゲインも斬られかねない」
「歌を……。確かに、あなたは切歌と調、立花響と雪音クリスの絶唱を斬り裂いている。敵の錬金術師キャロルの言葉を信じるならば、斬れても不思議じゃない」
「ああ。戦うとすれば、同じ刃が必要となる。血の刃と言う意味でならば、俺以外にはいないだろう」
相対した自動人形の事を語ったユキは、最後に黒金の自動人形が出れば刃を交えるなと忠告を残す。相手はその気になれば、シンフォギアの力の源である歌すらも斬って捨てる事が出来る可能性がある。マリア自身は纏うギアが無いが、ギアを壊されていない切歌や調、響は対峙する可能性があった。実際に刃を交わし、右腕を落とされているからこそ、その言葉は重い。負ければこうなるぞと、右腕を軽く掲げるユキに二の句が出ない。冗談だと軽く笑う姿に、この男はっと、何とも言えない感情が胸に湧き上がる。腕を失った張本人よりも、自分や小日向未来、風鳴司令の方が遥かに揺さぶられていると思ってしまう。
「どうして、そんな風に言えるんですか?」
そして、黙って話を聞いていた未来が口を開く
「どうして、とは?」
「だって、だって腕が無くなったんですよ!? あんな酷い怪我をして、血溜まりが広がって……、右腕なんて、切り刻まれて、それで、それで……」
静かに問い返すユキに、未来の感情が揺さぶられる。小日向未来は見てしまっている。身体を切り刻まれ、倒れ伏す人間の姿を。ノイズの脅威は知っていた。人が煤と変わる事も知っている。だけど、あんな血塗れの戦いは見た事が無かった。言葉を荒げた折に、記憶が鮮明に浮かび上がる。思わず、意識が遠くなるも、隣に座っていたマリアに支えられ何とか意識を繋ぎ止める。
「それが戦いだ。小日向。君たちが行おうとしているのも、そういう事だ」
「それは……」
「武門と言うのはな、戦う為に存在している。それはな、戦いなど行いたくない者が殆どだからだ。事実、奪い、奪い合う事など無い方が良い」
「それならッ――」
「ならば、君たちはただ奪われるだけでも良いのか。理不尽に訪れる脅威を野放しにするのか。ある日突然現れた存在に、為す術もなく奪われ壊されても良いのか。戦うと決めた相手は待ってなどくれない。大切なものが、君で言うならば響たちと共に過ごす日常。それが壊されても良いのか? 殺されても、良いと言えるのか?」
「良く、無いです」
「つまりは、そういう事だよ。それを守る為、奪わせない為に武門は刃を研ぎすます。戦えない者達から、奪わせないために存在している。我らが刃は、生かす為に在る」
小日向未来が言ったのは、血に濡れて倒れ伏す者を慮っての言葉である。優しい子だと思いつつ、だからこそユキとしては戦いなど知って欲しくは無かった。血を流し倒れ伏す。未来の言葉に、それが自分で良かったのだと続ける。戦えない者たちの為、痛みを引き受けるのが武門の在り方であり本懐である。そう在るために鍛え続けてきた。ユキにとっては、それだけの事だった。
何よりも、彼女は見ていた。まだ、見ている側であれたのだ。小日向未来も、S.O.N.G.に所属しており戦う側に居る。そうではあるが、今回は彼女単体で見れば大きな怪我もなく終わっていた。だが、次もそうであるとは言い切れない。戦いの場に立てば、何れ自動人形とまみえる事もあるだろう。その時には、自分と同じようになるかもしれない。否、研鑽し続けて来た武門ですら腕を落とされる。未来が、他の装者達であったとしても血を流し地に切り伏せられる可能性は大きいと言える。そうさせない為にも、上泉之景は前に立ち続けなければならない。
「響にも以前言ったがな、俺は子供が戦うのには全て反対だよ。シンフォギアや英雄の剣と言うものがあるから麻痺しているかもしれないが、本来ノイズには触れれば終わりだ。無条件で死が訪れる。そんな場に、力があるとは言え、子供に立って欲しくはない」
「それを言えば、あなたも同じよ。いえ、シンフォギアが無いからこそ、あなたは戦うべきではない」
「逆だよ、それは。武器があり戦いがあるのではない。戦う者が居るからこそ、武器は必要とされる。故に、使い手が成熟してからこそ、戦うべきなんだ。それとも君は、暁や月読が戦い切り刻まれても良いと言うのか?」
「そんな訳ないッ! だけど、あの子達は戦うわよ。私たちの想いだけで止まれるなら、最初から戦場になんて立ちはしない」
「だろうな。だから、俺は反対だと言っているだけだ。戦って欲しくは無いが、手の届かない場所で勝手に戦われるぐらいならば、誰かの下で共に戦ってくれる方が良い。戦いに疲れ追いつめられた時、降りる事が出来る様に戦って欲しくは無いと言い続ける。無理を押し通し、腕を失うなんて事はあの子らに経験して欲しくはない」
子供に戦って欲しくないと告げるユキに、マリアは子供はただ見ているだけじゃないと言葉を返す。それはユキにも解っているからこそ、認めてはいる。だとしても、妥協しているだけなのだ。力もある。守りたいと言う想いもある。大きな戦いも経験している。そうだとしても、大きな痛みに耐えられる強さを持っている訳では無い。各々の弱いところは良く知っている。だからこそ、奪い、奪われるような事はして欲しくない。
一度、立花響は腕を落とされ暴走した事がある。幸い腕自体は、暴走の恩恵を受け再生したがそれが無ければユキと同じ境遇になっていたと言えるだろう。あの時は傍に居たからこそ止める事が出来た。あの時はそうであったが、次も傍に居れるとは限らない。今は近いとは言え別の組織だ。似たような事が起こったとしても、現場に居合わせる事すらできない可能性が大きかった。
雪音クリスも同じである。戦いの才や生まれた境遇から強いものを持っている。だが、些細なすれ違いから思い悩み、一人でソロモンの杖を奪取に向かった事もある。強いところと弱いところを持っていた。力はあるが、武門の様に幼い頃から戦う為に研ぎ澄まされてきたわけでは無いのである。戦いが、当たり前のものと接していた訳では無い。あの子らは武門の様に、戦う覚悟をせずに戦えるという境地に至っている訳では無かった。武門が戦うのは存在意義とすら言える。人が覚悟をして食事をする事など無い様に、武門が覚悟を行い戦う事は無い。そんなものは、とうの昔に過ぎ去っているからだ。武門が覚悟をする事があるとすれば、親しい人間を斬る折など、通常の戦いの想定とは外にある条件がつく場合だけだった。例えば雪音クリスや立花響を斬れと言われれば、流石に覚悟を決めなければならない。だが、そういった特異な状態でもない限り、武門にとって戦う事は大した問題では無かった。その為の存在なのだから。
「勝手な男ね。あの子達には、あの子達の想いがある。この子には、この子の想いがある。だから戦おうとしている。それは、あなたにも私にも止める事は出来ないわ。それに、あなたの言葉には自分の事が含まれていない」
「そうだな。だとしても、それが胸の内にある想いだよ。ならば、俺は何度でも言おうか。子供には戦って欲しくない。奪い、奪われる事など、大人がするべきだ。そんな想いだけは知っていて欲しい」
「まったく、あなたって男は」
「仕方あるまい、二十余年こういう風に生きて来た。今更変えられんよ。変わる必要も感じない」
「何にせよ、俺は戦うよ。腕を落とされようと、止まる理由たり得ない。幸い新しい腕も生えて来た事なのでな」
「ええ、勝手にしてくださいな。どうせ言っても聞かないのでしょう。勝手な男だからね」
そんな言葉と共に話を締めくくる。ユキもマリアも解っているのだ。相手を害したいから言っているのではない。守りたいから言っているのだと。だから、表面上は言葉の応酬であるが、そこに悪い感情が乗っている訳では無い。ユキに至っては、己の腕を斬り落とされて尚、自分が戦うと言っている。誰の目にも見える痛みがあるからこそ、その言葉には、只の言葉以上の重さが宿っている。意見がぶつかるからと言って、互いにいがみ合うと言う訳では無いのだ。
「大人って、何なんだろう――」
意見をぶつけ合いながらも、何処か認めあっている二人の様子に、未来は思わず呟いた。きっかけは未来の言葉だった筈なのに、気付けばユキとマリアの議論になっていた。どちらが正しいなんて未来にはまだ判断できはしないが、二人の在り方が嫌だとは思わなかった。そして、話は義手の機能に移り、エルフナインの錬金術の応用で、血液を微量に消費して動かしていると教えられた。異端技術の事は解らないけど、本当に先生は自分の血ばかり使うんだなっと思ってしまう。そして、語り合う大人の様子に、未来は響をもっとフォローしなければと決意を改めるのだった。
「っと、随分な出迎えだ」
手袋を付けた右腕で扉を開き、家の中に入る。自室のある古びた集合住宅。退院して自分の部屋に戻るなり、黒猫と視線が合った。そのままこちらに向け走り飛び込んでくる。一瞬どうしたのかと思うが、次いで頬を舐め始めたのでどうしたものかと苦笑いが浮かぶ。
「お前にも心配をかけたのかな」
クロを抱えたまま寝室に向かう。そのまま寝台に腰を下ろすと、クロを膝の上に座らせる。じっとこちらを見ている。今回ばかりは幾らか時間を空けてしまっていた。部屋を見渡す限り手入れが行き届いているようだ、クリスには合鍵を渡してある。怪我をしたという連絡は届いている筈な為、クロの餌やりも含め、あの子がやっていてくれたのだろう。実家みたいなもんだしと言っていた事を思い出す。実際、フィーネの魂が宿るネフシュタンの腕輪も自身が所持している訳で、ある意味実家と言えなくもないだろう。
「エルフナインと言う子が、新たな腕を作ってくれたよ」
膝元のクロを撫でながら続ける。右腕。黒鉄の腕ではあるが、確かに腕として機能していた。微調整を何度か繰り返し、随分と上手く動くようにはなって来ているが、まだ少し調整が必要だった。呼吸にして、四分の一ほど動作がずれる。その違和感が消えれば、今以上に良くなるだろう。錬金術と言うのは凄いものだなと猫相手に語る。無論言葉が解る筈もなく、時折にゃあと相槌を返すように鳴き声を上げる。
「右腕が作られたよ。片腕でも戦う心算であったから、大きな力を得たと言える。これでまだ、戦える」
右腕でクロに触れる。金属の感触があまり好きではないのか、左腕の方にすり寄る。思わずどうしたと声をかける。今日は随分と甘えて来る。普段は眠そうに此方を見ているだけなのだが、会わなかった期間が長いせいか、随分と可愛らしい反応を見せてくれていた。そのまま寝台の上に倒れる。黒猫は、胸の上からじっとこちらを見ている。
不意に、扉が開く音がした。直後に、忙しない足音が聞こえる。室内を走っているのだろう。だだだだだっと音が響き、寝室に突撃してきた。上体を起こし、侵入者へと視線を向ける。
「帰って、来ていたのかよ」
「ああ、今し方、な」
雪音クリス。息を切らしながら此方を見詰める子に視線を合わせた。じわりと目元に光るものが見える。次の瞬間、ドンっと衝撃が響いた。予想はしていたが、思っていたよりもずっと強い衝撃にそのまま押し倒されてしまう。
「これでも怪我人なのだが」
「知るか馬鹿。あたしに何時も何時も心配ばかりさせやがって!! 何日、留守にしてるんだよ。あんたが居ない間、あたしがどんな気持ちで……ッ」
「ああ、悪かった。また、君を泣かせているな」
しがみ付き震える白猫を右腕で軽く抱き、気持ちが落ち着くまで背を好きなようにさせる。嗚咽が届く。暫く、泣き声に耳を傾ける。泣かせたことに関しては、言い返す言葉もない。
「何で、連絡してくれないんだよ」
「すまないな。流石に、傷が大き過ぎたよ。落ち着くまで、連絡する気が無かった」
一通り、一人で動いてみてから連絡は入れるつもりだったが、まさか帰ってきてその日のうちに会う事になるとは思っても見なかった。漸く放してくれたクリスに、すまなかったと詫びながら言葉を続ける。
「傷?」
「ああ。右腕を落とされた。この通り、今は作りものだよ」
「――ッ!?」
右腕に付けている手袋を外し、夏だというのに着ている長袖をまくる。黒鉄の右腕。流石に目立ちすぎる為、普段は服と手袋で隠していた。会ってしまったのなら隠す訳にはいかない。驚きに目を見開く白猫に、ゆっくりと説明していく。
「なんで、だよ」
「戦ったからだな。敵が強かったから、腕を落とされた」
「違う、そうじゃねーよッ! なんで、あんたがそんな怪我して……」
すぐ傍に座っているクリスの頭に右腕を置く。解っていた反応ではある。小日向ですら、取り乱していた。付き合いが長いクリスならば尚の事だろう。
「それが武門だよ。戦うという事だ。勝ち続けるだけとはいくまいて」
「あたしか? あたしが悪いのか? 独りぼっちが、誰かと一緒に居たいと思ったから、それが奪われるのか?」
「オレの腕が落とされた事に君が関係あるものか」
「あうッ!?」
何時ぞやの様に、負の感情が沸き上がった妹分の頭に一撃。つい普段の要領で入れてしまったが、考えて見れば右腕は義手である。此方が思っているよりも大きな衝撃だったのだろう。クリスは両手で頭を抱え蹲った。
「お、おおお」
「……いや、すまない。強く入れ過ぎた」
「あ、頭が割れる……」
先程とは違う意味でしがみ付いて来る白猫に、乾いた笑いしか出ない。震えるクリスに、言葉をかける。
「動かす分には問題がない。見ての通り、充分に動かせる」
「……それは解ったけど、そういう事じゃねーよ」
クリスの前で腕を動かして見せる。涙目で睨みつけてきた。論点はそこじゃねーんだよと御立腹だった。
「また、あたしのいないところで怪我してる。腕を失くしてる」
「武門だからな。その想定はして戦っていた。問題は無いよ。まだ、戦える」
「問題ない訳ねーだろ!! それに、まだ戦う心算なのかよ」
小日向と同じ問だなと内心で思いつつ、答える。
「ああ。奪われたくないものがあるからな。守りたいものがある。そして、明確な敵が現れた。ならば、戦いを止める訳にはいかない」
「守りたいもの。なんだよ、それ」
「その一つが、君だろうな」
「――ッ」
白猫が絶句する。
「一度死んでまで助けた。その子を簡単に失くしたくはないよ。フィーネにも頼まれている」
「いや、あの、いきなり何言ってんだよ!?」
「これからも戦うと言っている。どちらにせよ狙われている。相手にしない訳にはいかない」
「でも……、うぅ……ッ!」
そして白猫は言葉にならない言葉を上げる。その様は本当に猫が威嚇しているように見えるので、少し面白い。
「た、確か、あんたは一課に所属だったよな?」
「ああ、そうだよ。とは言え、この有様だからな。暫くは出張れと言われない様だ」
一課自体、大きな傷を受けたと言える。暫くは立て直しで精一杯だろう。遊撃隊と言う意味では、第一部隊は壊滅。第二部隊も隊長各が全員負傷と言う事態である。一時的に、一般部隊に再編されるという事で話は落ち着いている。第一部隊の人間に至っては、未だ誰も目を覚まさないと聞いている。それも仕方がないだろう。
「なら、あたしが一課に行く!」
「また、突拍子の無い事を言ってくれる。早々移れるものではないだろう」
「でも、あんたはまた一人で戦う心算だろ」
「そうなるかもしれんな。しかし、仮に君が来たとしても、埒も無い事だぞ」
そして、クリスが無理な事を言い出す。心配してくれているのは解るのだが、土台無理な話だった。第一、今のクリスがどうやって戦う気なのか。意味が無いと告げると、拗ねたように頬を膨らませた。
「どうしてだよ」
「ギアが無いだろう」
「あ」
イチイバルも、天羽々斬も破壊されたと聞いている。エルフナインには改修の当てがあるようだが、許可が下りない事には始まらなかった。
「まぁ、当面無理はしない。義手の様子も見なければいけないからな」
「信用ならねぇ」
何とか言いくるめる事には成功したが、それでも不審感が拭えないと言わんばかりに睨んでくる。苦笑いしか浮かばない。随分と信用されていない事だ。
「どうせ、そう言って目を離したらやりたい様にやるんだろう」
「かも知れないな」
「いや、認めんなよ!! はぁ、もう良い。好き勝手するなら、そうできないように監視するだけだ」
「……何時もの手段か?」
どうやら、本気でご立腹のようである。
「あんただって、世話してくれる人間がいる方が良いだろう」
「まぁ、そうだな。腕がこうなって日が浅い。手を貸して貰えるのなら、借りたいと思うよ」
「なら、決まりだな」
そして、暫く白猫が手伝いに来てくれるようになった。いよいよもって、大きな妹が出来てしまった気分である。照れたように声を荒げながら宣言するクリスを見ていると、それでも良いかと思ってしまうのだった。
「そろそろ、あの時逃がしたシンフォギアを壊しに行こうかと思いまーす」
「そうか。人員が必要ならば、すきに連れて行くと良い」
錬金術師の本拠地で、ガリィは主であるキャロルに向けてそんな事を言い放つ。玉座に腰かけたまま、キャロルは視線を向けると、思うままにやると良いと言った感じに許可を出した。
「人員はあたしだけで充分ですけど」
「ほう、何か心配事でもあるのか?」
実働部隊は自分だけで充分だと胸を張る青に、キャロルは少し怪訝そうな表情を浮かべる。何時もと少し違う様子の自動人形に、主である錬金術師は何か問題でも出たのかと問いかける。
「いやですねぇ、ガリィちゃんがいない間に、マスターがいらない事をしでかさないか心配なんですよぉ。この間も、随分熱心にエルフナイン越しに見ていたようですしね。腕を落とした事を後悔するなら、最初からやらなきゃいいのにって思いまして。ブレっブレなご主人様の様子が心配なんですよぉ。ガリィちゃん達が頑張ってるのに、お膳立てを台無しにされたら目も当てられませんから」
「それは私も地味に気になっていました。すこし、気にし過ぎかと」
「まぁ、半ば不意打ちのようなものだったと聞きました。マスターが気に病むのも仕方がないのかもしれませんわ」
「あれこれ考えず、真正面から戦って倒せば後腐れが無くて良いと思うんだゾ」
青の言葉に、各々は同意を示す。黒金だけが、何も言わず虚空を見詰めている。
「んな!?」
悠然と腰かけ頬杖を付いていた表情が、面白いように歪む。それを見た青は、うんうんと満足気に頷いた。青が周囲を見渡すと、他の自動人形も一様に頷いている。主人だけが、心の中にある揺らぎを気付かれていないと思っていた訳である。あんまりと言えばあんまりな言い草に、思わず錬金術師は感情を乱す。
「おまえたち、ふざけているのか?」
「いやいや。あたしは何時もマスターの為に一生懸命ですよ。大願を果たすには障害がつきものってやつですよ。だから、万全を期すためにも下手な事をしないで欲しいだけでーす」
「……ああ、万象黙示録を完成させる事こそが託された命題だ。目的は何においても優先される。そんな事、解っているさ」
「はい。それなら良いんです。マスターは、クロちゃんを見習って黙ってると良いと思いますよ。英雄の軌跡を能力に落とし込んだクロちゃんにとっては、英雄は言わば親のようなものですよ。それと戦わせようとするんですから、マスターも意地が悪いですね」
「……そうか、たしかに、そうなるのか」
黒金の自動人形に一瞬視線を向け、キャロルはガリィを見詰める。青はにっこりと満面の笑みを浮かべた。その姿に、相変わらず人を良く見て、その上で態々痛いところを突いて来ると悪態を吐きたくなる。そんな事をしたところで目の前の人形が喜ぶだけなので平静を装うも、見透かされているように思えるのがどこか悔しくて、相変わらず性根が腐っていると呟く。
「無駄話はここまでだ。目的を達成して来い」
「はいはーい! マスタは、くれぐれも大人しくしておいてくださいね。盤面を狂わされでもしたら、困っちゃいますから」
「良いから早く行け!!」
子供に念を押すように告げる青に、錬金術師は少し怒ったように言い放つ。そして、ただ一機騒がしくしていた人形が姿を消す。辺りが静寂に包まれる。
「オレは後悔などしない。する訳が、ない」
少女の胸に、青の言葉が過る。吐き捨てる。それでも尚、生まれた不快な感覚がなくなる事は無い。数瞬の瞑目。錬金術師は玉座から立ち上がったのだった。
武門、多少痛くても動けば完治、慢性的に血が足りない
未来、戦いについて考える
クリス、お手伝いさんになる
ガリィちゃん、マスターがいらない事するフラグを立てる
キャロル、いらない事をする為に立ち上がる
正直、ガリィちゃんは異様に動かしやすいのデス