「キャロルに会ったんですか!?」
「ああ、いきなりの遭遇であったよ。共に戦わないかと誘われた」
何度目かの義手の調整。その為に、S.O.N.G.本部にあてがわれているエルフナイン用の研究室に訪れていた。錬金術師キャロルとの邂逅。三度目のそれを、キャロルを止める為にS.O.N.G.を頼ってきた少女に語っていた。目の前にいるこの子もキャロルの記憶の一部を引き継いでいる。言わば、同じ親を持つ子と言えなくもない。敵対する
「そ、それで何と答えたんですか?」
「共に戦う事は出来ないと、そう答えたよ」
「そう、ですか。良かった。万が一にでもあなたが敵になるとしたら、色々と大変でしょうから一安心です」
「また、随分と買ってくれるのだな」
心の底から良かったという様に深く息を吸うエルフナインの言葉に、少しばかり不思議に思う。見ていた。キャロルがそんな事を言っていたのを思い出す。
「あなたの強さの一端は、ボクも見ていましたから。幾ら童子切を持っているとはいえ、異端技術の力そのものを斬って捨てる存在なんて、ちょっと考えられませんから」
「童子切とは、そういう物だよ」
「それでも、です。だから、万が一にでも敵に回らなかった事に安心しているんです。でも、どうしてキャロルの手を取らなかったんですか?」
童子切は目に見えないものを斬る事が出来る剣である。その力そのものが脅威であるというのなら、馬鹿娘が態々出向いた事も理解できないでは無い。脅威と言うのは強ければ強い程、反転した時に大きな力となり得る。仲間に引き入れる事が出来れたならば、相手は弱体化し、自身の率いる戦力は拡充されるという事だった。そう考えれば、本人が出向いた理由も解らないでは無い。とは言え、流石に今回の件は随分と雑だったと言わざる得ないが。
「またおかしなことを聞くな。あの子の目的は世界を壊さねば達成できないのだろう? 俺は別に世界を壊したい訳でも、今に絶望している訳でもないよ。確かに、キャロルの気持ちを汲んでいるところもある。が、だからと言って、世界と天秤にかけれる訳がない」
「あ……」
「考えるまでも無いだろう。俺には世界を壊す理由がない。むしろ、守るべき理由がある。頷ける訳がない」
「それは、そうですね」
エルフナインが、盲点だったとばかりに頷く。その姿が少し面白い。自分は生かす事を託されたのだ。世界を壊す事は、その正反対だろう。全てを殺す事に成り兼ねない。その時点で、託されたものを真っ向から否定してしまう。頷ける理由の方が無いのだ。
「君もそうだが、あの馬鹿娘も少しばかり足元が見えていないのかもしれないな。遠くばかりを見過ぎているから、足元が揺らぐ。単純な事を見落とす」
「う……、返す言葉もないです」
指摘にエルフナインは恥ずかしそうに俯いた。それが、少しいじめている様に思えてしまう。純粋無垢。言葉一つ一つに素直な反応を見せる少女には、そんな言葉が良く似合う。
「別に怒っている訳では無いよ。ただ、考えるのを止めない事だ。君にもまたキャロルと同じで、父親に託された想いが宿っているのだろう?」
「はい。だからボクはキャロルを止めようと、世界を壊させないようにしようと思ったんです。ボク達のパパは、そんな事を望んでいません。望んでいない事を、ボクはキャロルにさせたくないんです」
「その想いを大切にする事だ。託された言葉の意味には自分で至らなければいけない。あの子は俺にそれを問うてきたが、俺などが答えて良い問いでは無いのだよ。君たちの父の言葉は、君たち以外に解る訳がないのだから」
去り際の今にも泣き出しそうな表情を思い出す。語った言葉に後悔など無い。それでも、酷く傷つけてしまったのは理解できた。信じていた。そんな言葉を言われていた。だからこそ、止めなければいけないと思う。父の想いに気付くまでに、最後の一線を越えさせるわけにはいかなかった。
「あなたは、強いですね。皆さんがいう様に、凄く強いです」
「強い、か。俺は、強くなどないよ。ただ、自分にとって大切なものを見失わないだけだ。確かに、戦闘力と言う意味でならば強いかも知れない。だが、強さとはそんなものでは無いよ。力だけが強さでは無い。それを振るうべき場所を見極められなければ、力など無い方がマシだ。意志の宿らない力など、理不尽でしかない」
「意志、ですか」
「ああ。故に、自分の想いを読み切れないまま振るわれる力は、只の暴でしかない。そうならない様に、何故力を振るうのかという事をただ見つめているだけだよ。そういう意味では、キャロル・マールス・ディーンハイムは、父を失った重さに耐えきれず、己に託されたものを見失ってしまったのかもしれないな。だからこそ、目的を前にしながら不用意な行動を起こしたのか」
エルフナインと話しているうちに、そんな結論に思い至る。殺すと言いながら、刃を振るい切れない点。態々自動人形が狙い撃ちにしてくる点。かと思えば、説得に来たと言わんばかりに言葉を交わしもしている。一貫性が無いというより、今現在において尚、揺れているという印象が強い。
「あなたがそう言うのならば、そうなのかもしれません。ですが、それでも、あなたは強いです。キャロルが英雄と認める程度には、強いんです」
「そうか……。英雄などと言われる人間では無いのだがな」
「少なくとも、響さんやクリスさんにとってはヒーローだと思いますよ。そんなあなただからこそ、頼みたいんです。キャロルを、止めてください。ボクには、彼女を止めるだけの力がありません」
エルフナインがゆっくりと頭を下げる。キャロルを止めて欲しい。本心からそう思っているのが解った。その気持ちには、答えたいと思う。自分から見れば、エルフナインはキャロルの姉妹の様なものである。彼女等の父親の為にも、戦わねばならない。そして、妹、或いは姉からも頼まれていた。理由がまた一つ積み上がる。笑った。一つだけ、エルフナインを否定しておかなければいけない。
「その想い、受け止めたよ。何とか力になってみようと思う。だが、一つだけ言わせて貰うぞ」
「何でしょうか?」
「君に力が無いという事は無い。少なくとも、俺の右腕を作り上げたのは君だ。黒鉄の右腕があるからこそ、以前と同じように戦える。それに、君は単身、自動人形の追撃を振り切り助けを求めて来た。今を生きる誰かの為に、そしてキャロルと父親の為に行動を起こした。君は、弱くなどないよ。俺は、そう思う」
エルフナインに調整された腕を動かしながら告げる。少なくとも、錬金術と既存技術の複合品であるこの右腕は、エルフナインがいなければ無かったものだ。それを作り上げたのがエルフナインであり、彼女がいなければ存在しなかっただろう。戦う力は無いかもしれない。だが、別の強さは持っていた。それは、大切にすべきである。己の持つものをしっかりと理解する。人には、それも必要な事であった。そうでなければ、英雄を目指した男の様に、何かを見失いかねない。エルフナインに限ってそんな事は起こりえないだろうが、言葉として残しておく。君は強い。そう、教えておきたかった。
「はい……ッ!」
そして、エルフナインは困ったように、だがとても嬉しそうに笑ったのだった。
「何で片腕だけなのに、こんなに強いんデスか!」
「私達、リンカーが無くともシンフォギアを纏っている筈なんだけど」
S.O.N.G.本部にいた暁切歌と月読調。以前のリンカーを用いない無理な戦闘から、検査入院を行っていた二人であったが、漸く様子見の期間も終わり、短時間であるがギアを纏って訓練を行う許可が出ていた。適合率が低い二人がギアを纏う為には、リンカーの投与が不可欠と言える。ほんの僅かな時間ならば問題ないが、ギアからの反動が大きい為、長時間の稼働には体の負担が大きすぎるからだ。しかし、適合率の上昇が全く見込めない訳では無い。シンフォギアの使用に関する習熟度以外にも、心身共に成長する事から繋がる自信など、精神的な面が大きく作用しているという。負担がかからない程度の短期間の稼働による訓練。それ自体は認められていた。故に、丁度、S.O.N.G.本部に来ていた二人に簡単な手合わせを頼んでいた。無手による組手。義手の調整を行う為に、対峙したと言う訳であった。
暁、月読共に、F.I.S.時代からリンカーを用いた装者同士の訓練は行っており、S.O.N.G.所属となった今では、二課の三人娘とも短期間ながら適合率上昇の為組手程度は行っていたようで、今回は珍しく装者以外が相手だという事だった。自身には義手の調整という意味で有意義であり、彼女等も普段と違う相手との経験は貴重である為、利害が一致したと言う訳だった。その為、右腕一本で組手を行っていた。司令ほど、体術の造詣が深い訳では無いが、武門である。恥ずかしくない程度の研鑽は積んでいる。幾らシンフォギアを纏うとはいえ、十半ばの少女に後れを取る道理は無かった。司令と直接ぶつかり合った時と比べれば、余裕を持って相手をできる。打ち込みを往なし、時折放り投げながら、義手の感触を確かめる。少しばかり反応が追いついていないが、小手や手刀等、細かな動きを必要としない場合ならば生身の腕以上と言える。
「まぁ、子供にはまだ負けられないよ」
「子供扱いしないで欲しいデスよ! 胸だって立派に成長してるんデスからね!」
「切ちゃん、今日晩御飯なしね」
「何故デスか調!?」
何気ない言葉に反骨心を持ったのか暁が抗議を起こすように叫んだ。子供扱いと言うか、事実なのだから仕方がない。彼女等だけでなく、自分の中では装者は翼までが子供だった。とは言え、訓練については反骨心があるぐらいがちょど良いので敢えて補足はせずに迎え撃とうとした時、思ってもいなかったところから声が飛ぶ。暁が、悲痛な声を上げる。月読が、自身の胸元に手を当てていた。そう言う事かと思い当たるも、敢えて察していない様に振舞う。今回の事は、暁に非があると言える。
「戦いにおいて言葉で揺さぶって来る者たちもいるが、味方の言葉に揺るがされてどうする」
「なぐひゃっ!?」
打ち掛かりながら意識を逸らした暁をしたたかに打ち付ける。妙な悲鳴を上げながら飛んでいく。そのまま地に落ちると、月読が暁の傍に立ち告げた。
「切ちゃん、格好悪い。それに、天然であの言葉は傷付く」
「な、何の話デスか」
「こっちの話だよ。切ちゃんはずるい」
「よ、良く解らないけど許して欲しいデス!?」
そして、暁と月読が言葉を交わす。内容は兎も角、区切りとしてはいい具合であった。あまり長い間行うと、二人の負担も大きくなりすぎる。
「この辺りで終わりにしようか」
「あ、解りました。お相手ありがとうございます。ほら、切ちゃんも訓練の相手をしてくれたお礼言わないとダメだよ」
「何か、釈然としないものを感じるデス! けど、ありがとうございました」
「いや、此方こそ十分な試しが出来た。感謝している」
二人の装者と組手を終える。纏っていたギアを解き、制服姿に戻った。
「お疲れ様。調ちゃん。切歌ちゃん」
「あ、響さん」
「こんにちはデース! 響さんもS.O.N.G.に用が?」
「え? あはは。そんなところかな。ユキさんが来ているって聞いて、見に来たんだ」
そして、見学に来ていた響が二人と合流する。口振りからして、自分に用があるのだろう。二人と話している間に響の様子を見詰めた。少し元気がない様に思える。何かあったのか。これまでの経験からそんな事を想う。響の場合、表情に良く出る為分かり易い。
「――、行こう切ちゃん」
「え? 調、急にどうしたデスか? わわ、ちょっと強引過ぎるデス!?」
月読は響の様子を見て察したのか、暁の手を引き姿を消す。
「……ごめんね。それとありがと、調ちゃん」
二人の様子を見送り、響と向き直る。何時ぞやの様に、困ったように笑った。その姿に確信を持つ。相変わらず、決めてしまえば一直線だが、決まるまでには年相応の脆いところがある。そんな事を想う。
「場所を変えるか?」
「はい……。できれば、ユキさんのお家が良いです」
何処となく不安げな様子の響にそんな言葉を告げた。
「ただいま」
帰宅するなり飛び込んで来たクロを受け止めながら告げる。片腕が義手となってから、クロはクロなりに何かを察したのか、妙に甘えてくるようになっていた。右腕が文字通り代わっている。触れた感触などで、嫌でも解るのだろう。
「わ、私やクリスちゃんの時と全然違う。クロちゃんも、ユキさんが好きなんですね」
「一応家主だからな。幾ら女の子とは言え、ないがしろにされては敵わんよ」
傍らを歩く間、何処か沈んだ様子だった響が、目を丸める。腕の中に居る黒猫が、肩までよじ登り頬を舐める。困った奴だと呟く。
「あはは。クロちゃんは、良いなぁ。喋れない分、素直な行動で示せる」
「とりあえず、上がってくれ」
「はい。お邪魔します」
黒猫を腕に抱え、居間に通す。響にゆるりとしてくれと告げ、茶を用意する。随分と良い様にやられた為、軽く顔を洗い流し、響と向かい合う。取り敢えずの飲めと茶と甘い物を差し出し、自身は白湯を口に含んだ。
「クリスちゃんやマリアさん、未来から聞きました。右腕の調子はどうですか?」
「ああ。この通りだ。それ程不自由はしていないよ」
「そう、ですか……」
手袋を身に着けた右腕に視線をやり、響が聞いて来る。黒金に切り伏せられてから、響とは直接会う事が無かった。腕を斬り落とされた知り合いとは暫く合わせない方が良いという判断だったのだろう。随分久々に会ったように思える立花響は、初見で解る程度には憔悴している。差し出した右腕に軽く触れ、悲し気に呟く。黒鉄の右腕。エルフナインに作られた腕であった。この腕があった事も手伝い、シンフォギアの強化改修の許可が思ったより早く下りたと聞いている。S.O.N.G.というより、もっと上層部で意外なほど評価されたと聞いている。可能な限り用い、データを取れと一課からすらも言われていた。
「腕は確かに落とされた。だが、大きな問題は無い。先ずは、君の方に何かあったか聞こうか」
此方の腕の事は大した問題では無かった。調整はまだ完全と言う訳では無いが、随分と良くなってきている。ただ日常的に動かすだけであれば、不都合になる事も無かった。多少血を消耗するが、通常の義手よりも遥かに動きは良く、また、水中であろうと着脱の必要はなく、自由自在に動かす事が出来るものだった。
「問題が無いなんて、そんなわけありませんッ!!」
であるからこそ、本題に入ろうとした時、響が声を荒げた。膝元に座り込んだクロが軽く身動ぎをする。少し意外であった。響がこのように声を荒げた事を見た事が無かった為、思わず見詰める。声を荒げた響自身、驚きに目を見開いている。意図的にやった訳では無い様だ。
「あ……。その、ごめんなんさい」
「いや、構わんよ。ただ、心配をしてくれただけなのだろう」
重なった視線を慌てたように響が逸らす。そのまま、視線が右往左往し、そして、此方を伺う様に見詰めてくる。どうやら、感情の制御があまり利かないようだ。フロンティア事変の折も不安定になっていた時期がある。あの頃と似たような状況なのかもしれない。あの馬鹿娘と遭遇したとも聞いていた。響は優しすぎる。恐らく、言葉を交わし、何か衝撃を受けたのだろう。そんな事を去り際のキャロルの姿から思浮かべる。響ならば、そうなってもおかしくは無い。月読に言われた言葉を気にしたり、翼に言われた事で涙を流していた。今回もそう言う事があっても不思議ではない。先ずは右腕の話を終わらせてから、話を聞く事に決める。この子の場合は、一つ一つ終わらせなければいけないだろう。
「右腕はこの通りだよ」
「……はい」
手袋を取り、黒鉄の腕を見せた上でゆっくりと動かして見せる。
「腕を斬り落とされたよ。血が流れ、今回ばかりはどうしようもなかった」
「……、やっぱり、ユキさんだけに任せたから」
「泣くな。というのは無理なのかな。確かに、君たちとは違う場所で戦っていた。それでも、最終的には自分で決めた事だよ。故に、腕を落とされた事に後悔は無いよ。間違っても、君たちが居てくれたらと恨み言を言う気は無いよ」
もう一度右腕に触れて来る響に伝える。一時期は共に戦っていた。自分たちが傍に居れば、こんな有様にはならなかったかもしれないと、この子ならば思っても不思議ではない。
「でも、腕が無いんですよ?」
「戦うとは、そういう事だよ。小日向にも言ったが、俺達が、そして君たちがしているのはそう言う事だ。奪い、奪われる事もある」
「……ッ!?」
戦うという事は、当然負傷する事もある。取り返しの付かない事もある。そんな事を、今更ながら響に教えて行く。今にも泣き出しそうに表情を歪める。
「私のやっている事は、私たちがやっている事は、誰かと奪い合う事でしか無いんですか? それに気付いたから、私は歌えなくなったんですか?」
響が辛そうに零す。できる事ならば戦いたくない。響と初めて会った時も、戦いでは無く対話を選んでいた。彼女が出て来たのは戦場である。その認識は、甘いと言わざる得ない。
「だが、それだけでもあるまいよ。確かに戦場では命を奪い合うのが最も行われる事だ。が、何もそれだけと言う訳では無るまい。戦場で、話してはいけないという決まりなど存在しない。相手が応じない。それだけだな」
だからこそ、響に言葉を投げかける。
「戦場は、戦いの行われる場だ。それは変わらん。だが、人には想いがあり、意志がある。想いを通す為に刃を振るう様に、想いを守る為の刃もまた存在する。力自体に善も悪も無い。あると言えば、振るう者の意志だけだ。故に、奪い奪われるだけでは無い。それ以外の道もある」
「使う者の、意志?」
戦う者として、立花響ははっきり言って甘い。だが、非情なのは良い事なのか。優しさを失うのが良い事なのか。戦うという点だけで見れば、確かにそれは良い事だろう。だが、人は戦うだけでは無い。時に非情な決断を下さなければいけない事はある。奪い、奪われる瞬間は存在する。だが、その全ては優しさを失くして良い理由にはなりはしない。戦場で甘さを持つというのならば、その甘さによって失う物を、失わない程の存在に成れば良いだけだった。そんな事を響にゆっくりと伝える。戦場で甘さは命とりである。だが、命を失わないというのであれば、持っていても良い。それは、ただ戦うよりも遥かに難しい事だろう。だが、ある意味で、最も王道と言える。全てを失わない。そんな夢物語の様な事が実現できると言うのならば、それが最も良い事ではある。
戦いは奪い奪い合う事が尤も見え易い。だが、それ故、安易な手段に出るべきではない。
「君は、戦いたくないのか?」
「はい……。怖いんです。キャロルちゃん、泣いていました。泣いている子と、戦いたくないんです。泣いている理由があるのなら、先ずはそれを聞きたいんです。このまま戦ったら、泣いている人を誰かを守る力で泣かせてしまうと思うと、怖くて仕方がないんです」
「君は、甘いな」
「だめ、でしょうか?」
「いや、それが君の胸の内から湧き出た想いであるのならば、無理に抑えるべきではないよ。確かに甘い。だが、それは優しいという事でもある。安易に戦い、力による結論を望まない。その想いは、失くすべきではないよ」
結局、この子は優しいのである。戦う力を持っていながら、相手の涙を見れば戦う意思が揺らぐ。それは戦う上での弱さであると同時に、人としての強さでもある。
「でも、それは力を持つ責任から逃げているって、マリアさんに……」
「そうだな。そういう見方もできる。だが、戦えないのなら話は別だ。そもそも、俺は君に戦って欲しくは無い」
その言葉に頷く。確かに、戦えるならば戦わなければいけない。それも一つの道理だ。だが、全ての人間がそれで納得できるほど、人というものは強くは無い。だからこそ
「え……?」
「君だけでは無いな。暁や月読、小日向やクリスにも戦って欲しくは無いよ。武門と言うのは、戦えない者達の代わりに戦う為に居る。確かに力を持つ責任はある。だが、それ以前に君は守られるべきでもある」
子は守られてしかるべきなのである。シンフォギアと言う力を持っていようと、その精神性まで極端に磨き上げられる訳では無い。響は二つの戦いを通して、確かに強くなっている。だが、年相応に思い悩む事もある。翼の様に、戦う為に長く鍛えたと言う訳でも無い。折れたというのならば、それ以上無理をさせるべきではない。
「戦うのが怖いというのならば、戦わなくて良い。俺は、その為に居る。この手は、生かす為に在る。誰かを守る為に在るのだよ。君が居なくなるのは、戦力と言う点で見れば確かに痛いだろうが、無理押しすべきでは無いと俺は思うよ。内にある想いが戦いたくないというのならば、刃を持つべきではない。意志の違えた刃では、何かを守る事もできはしない。戦いたくないというのならば、その想いを偽るべきではない」
「私は……戦いたく、ありません。この手が、誰かを傷付けてしまうというのなら、戦いたくありません」
「そうだな。胸の内が戦いたくないというのならば、戦うべきではないよ。力は意思が宿ってこそだ。今の君は戦うべきではない。ならば君が守れない分は、俺が代わりに戦おう。武門と言うのは、その為に存在している」
気付けば涙を流していた響の頭に軽く触れる。優しすぎたという事なのだろう。この子には、戦いなど向いてはいない。
「良く、考えて見ると良い。自分の胸の意志は、自分だけが見据えられる。君の意志は、君だけのものなのだから」
「はい……」
響は困ったように笑った。完全に解決した訳では無い。伝えるべき事は伝えていた。後は、立花響が決める事だった。
「ユキさんは、まだ戦う心算なんですか?」
「ああ、俺はその為に居るよ。キャロル・マールス。ディーンハイムが世界を壊すというのならば、それは止めなければいけない」
思い悩む少女の問いに答える。
「でも、腕が斬られて」
「何時か斬られる事があるかもしれないと思っていたよ。元々隻腕でも戦う心算だった。それが、義手とは言え両手が揃っている。歩みを止める理由に成りはしない」
傍らで心配そうに此方を見る響に、問題ないと笑った。
「君はこれまで頑張って来た。戦いたくないというのならば、守られるべきだ」
「ユキさん……」
この手は誰かを生かす為に在る。それは君も同じだと言い笑う。それで、話は終わりだった。
「意志の違えた刃では何も守れない、か……」
響は、ユキとの対話を終え、一人帰宅している途中で呟いた。先日、自動人形に襲撃されて以来、胸に聖詠が浮かばなくなっていた。今、まともに戦闘行動が行える装者は響だけであった。切歌や調もシンフォギアは健在だが、適合率の問題により、リンカーが無ければとても戦える状況では無い。そんな状況でありながら、歌が歌えなくなっていた。何とか戦えるようにならなければいけない。そう思っていたところで、戦わなくても良いと言われていた。胸の内の想いと違えるのならば、戦うべきではない。そう、響に道を示してくれた人は伝えてくれた。
「私が戦わなきゃって思えないのなら、無理に戦うべきではない。逆を言うと、戦わなければいけないって思えば、戦えるって事なのかな?」
ガングニールを握りしめ、呟く。胸に聖詠は浮かばない。だけど、戦えない時は無理に戦うべきではない。そんな言葉が、ほんの少しだけ胸を軽くしてくれる。守ってくれる。そんな言葉を思い出すと、顔が真っ赤になりそうになる。
「ユキさんは、私の言って欲しい言葉を言ってくれる……」
帰り道。夕暮れを見上げながらぽつりと呟く。未だ戦える兆しは無い。だけど、何処か気分は持ち直してきていた。
「お父さんみたいに居なくなったりしないで、私を守ってくれる……」
ぽつりと呟いた。立花響の父親。それは、今は神獣鏡により浄化された、ガングニールが埋め込まれる事となった事件。当時、ツヴァイウイングのライブ会場で起こったノイズ襲撃による惨劇。その生き残りである、立花一家は、心無い人間たちから生き残った事が悪であるかのような扱いを受け続けていた。それは、同じ現場に居合わせながら大切なものを失った人間の妬みだったのかもしれない。自分たちの大切なものは失ったのに、何故おまえは生き残ったのだという、遺恨だったのかもしれない。或いは、ただ視界に入り手の届く距離に居たから晒された八つ当たりだったのかもしれない。結局のところ響には原因など思いもよらないが、今でも思い出したくない類の嫌がらせを受けていた。そして、一家の大黒柱であった立花響の父親は、その心無い悪意に踏み止まる事が出来ず逃げ出してしまったという事だった。父親の事を思い出すと、胸に鋭い痛みが走る。だけど、今は守ってくれる大切な人が居る。そう思うと、耐えられない痛みでは無かった。
「大丈夫。へいき、へっちゃらだよ……」
辛い事と嬉しい事。その両方の感情が沸き上がった事で、何とも言えない心境になるが、響は自分の口癖を言う事で乗り切る。それは、気付けば口癖になっていた言葉。辛い時、その言葉を呟き自分に言い聞かせる事で何度も乗り越えて来ていた。辛い時、自分を助けてくれる魔法の言葉だった。
「ユキさんは、私を守ってくれる。だから、へいき、へっちゃら。あれ……」
そこまで呟いた事で、不意にある事に気付いた。確かに響は、へいき、へっちゃらである。辛い事はある。だけど、大切な人が守ってくれる。そう考えると、不謹慎だけど嬉しくすら思える。だから、その言葉通りへいき、へっちゃらだった。
「確かにユキさんは皆を守ってくれる――」
そして、魔法の言葉を呟いた時にその言葉が気付かせてくれた。上泉之景はこの手は守る為に有ると言っていた。実際、響は何度も守って貰っている。血を流して示された想いがあり、無上の信頼があった。だからこそ、ある意味で盲点であった事。ユキさんは、誰かの為に戦っている。それは自分の為であるのかもしれない。生きる事を諦めるなと奏さんの言葉を言われた事がある。お父さんから託されたという、生かす事を諦めないと言われた事もある。
「じゃあ、誰がユキさんを守るの?」
だが、立花響は上泉之景が、生きる事を諦めないと言ったところを見た事が無かった。ウェル博士の言葉を思い出す。
『健気ですねぇ。守る為に自分を犠牲にする。あの男とそっくりです。愚かすぎて反吐が出る』
それは、戦いの最中ウェル博士の吐き捨てた言葉だった。あの時は必死過ぎて、その言葉の本当の意味に辿り着けなかった。だけど、改めて考えて見るとある事実を明白に突き付ける。
『親に一人残されながら、生かされた。命懸けで守られたからこそ、鮮烈に刻まれてしまったのだよ。見事に生き、見事に死んだ生き様が。我ら一門は、皆で愛した心算ではある。だが、親が与えるべきものを十分に与えてやる事は出来なかった。生きてこそ喜ばれるという事を。人としての在り方を教え、愛の尊さを知る事は出来た。だが、見事に生き、見事に死ぬ。そんな生き様への憧れまでは消してやれなかったのだ』
ユキさんのお爺さんも言っていたと、里帰りについていった時の事を思い出す。最後の爆弾発言に全て持っていかれてしまったが、あの話は全て事実だった。男達が行きついた結論に、立花響も辿り着く。何気なく呟いた魔法の言葉。確かに、それが教えてくれていた。
「そっか、ユキさんは戦う事が怖くない。死ぬ事が怖くない。誰かの為に戦って、戦って、戦って、戦い抜いて……最後にはきっと燃え尽きる。私がユキさんを好きなだけじゃ、それはきっと変わらない。ユキさんは好きになったらいけない人だったんだ」
戦って死ぬ事を肯定している。つまり、それは想いを告げたとしても在り方が変わる事は無いという事である。その事実に気付いた響の口から、言葉が零れ落ちる。ユキさんには恋をしてはいけなかったんだという結論に至った。どれだけ好きになったとしても、それが生きる理由に成り得ない。そんな現実に辿り着いてしまったから。だから、響は覚悟を決める。恋する乙女を止める覚悟を。
「ユキさんには、恋をして貰わなきゃいけなかったんだ」
だから、立花響は自分の思い違いを正す。響がユキを好きなだけでは、例え想いが届いたとしても、戦いの中でその命を散らす事を肯定するだろう。ならば、ユキが響に恋をしてしまえば良い。自分が恋をするのだけではなく、相手にも自分と同じ想いを抱いて貰う。それが、響の出した結論だった。
「ユキさんは私を守ってくれる。それは凄く嬉しい。だけど、それだけじゃダメ。恋をして貰わなきゃ、幸せになれない。どうしようもないぐらいに好きになって貰わないと、生きる事を諦めないでくれない」
無理に戦わなくて良いと言ってくれ。守ってくれるとも言ってくれていた。ユキさんは何時も私の言って欲しい言葉を言ってくれる。そう心の底から思う。だけど、それではダメなのである。
「私が今のままだと、ユキさんにとって私は『みんな』になっちゃう。それは、嫌だなぁ……」
自分の中に新しく出来た想いに向き合い、響は困ったように呟く。結論は出ていた。だけど、その方法が良く解らない。あの上泉之景を引き付ける。どんな風になれば出来るのか。見当もつかなかった。未だに胸の内に歌は浮かばない。だけど、立花響の中で何かが変わっていた。
「うぅ……。わかんないよぉ。わかんないけど、それで立ち止まったらダメッ!」
相変わらず八方塞がりである。だけど、響は何処か楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
エルフナイン、キャロルを止めて欲しいと想いを託す
響、心境が変わる
エルフナインが評価されたのは、間違っても義手の出来が良かったと言う理由では無いのデス