煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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12.抜き放たれる剣

「はは。また、申請が飛んできている。何度もご苦労な事で」

 

 防衛省の一室。情報端末より申請の出された案件を見詰め、職員は皮肉気に口角を歪める。

 

「幾ら申請を飛ばそうと、偉いさんまでは通りませんよっと」

 

 手慣れた手付きで申請の出された案件を見据えると、本来必要な上官の許可も待たずに否認の返答を下す。

 

「楽なもんだよ」

 

 そして、情報官の一人である職員は人の悪い笑みを浮かべる。ある筋からの依頼で、決められた時、決められた場所で独断を為すというものであった。報酬は、数人が一生かかっても使えきれない位の金銭であった。たった一度の独断。何時も否認されている案件を、ただ指示を仰がず否認するだけだった。

 

「さてと、どうしたもんか」

 

 返答は下された。申請が出されたというのは、担当が連絡しなければ意外に知られないものである。後は辞職でもしてバックレるだけかと内心で呟く。

 

「しかしまぁ、英雄さんね。目立つから、杭は撃たれるんだよ。可哀そうに」

 

 依頼主は政府上層部の役員である。仮に露呈したとしても、内々の事、もみ消されるのが落ちであった。そもそも問題に取り上げられる可能性の方が低い。特異災害対策機動部。旧風鳴機関に反発を持つ政府役員の数は少なくない。精々、職務中の怠慢で済まされるだろう。引っ張れる足は引っ張ってしまうというのが、S.O.N.G.や特異災害対策起動部を、風鳴が力を持ちすぎるのを快く思わない者達の考えだった。国が組織を編んでいる。思惑など幾らでもある。一枚岩など存在しない様に、国の為、人の為などと考えない者も多く存在していた。利権を守りたい上役の特命を受けた職員は、只つまらないものを見る様に呟いた。

 

「申請の否認。まさか、身内の権力争いで否認されているとは思わないだろうな」

 

 童子切使用許可の申請。それは、守るものの守護とは完全に切り離された理由から、否認されているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 右腕を浅く斬り裂いた。義手ではなく生身の上腕。幾らか斬り裂き、太刀に血を吸わせる。

 

「最初から、全開で行かせて貰うから」

「んん。初手から、大きいのいっちゃうんだゾ」

 

 赤と青の自動人形が、両の手から力を展開していく。炎と水の力。完全に同じ出力を維持し、力を収束させる。打ち消し合う二つの高まりが圧縮するのは、消滅の力。絡み合う二種の力が収束し、放たれる。

 

「チッ!」

「ふぉおおおおッ!!」

 

 万物を消滅させる力。それの大本である錬金術の奔流を斬り落とし、剣聖は力そのものを霧散させる。童子切の領域に剣聖そのものが至っていた。消耗がない訳では無いが、力そのものを斬り落としてしまい凌ぐ事はそう難しい事では無かった。力を己のものとしていた。それは、道具の力を使うよりも遥かに馴染むと言える。童子切を用いていた時よりも遥かに少ない血液で、異端技術を斬って捨てる。

 

「解ってはいたが、随分人間離れをしている」

「あれが剣士の最高峰ですわ。一剣士のお人形としては、どれだけ通用するのかを試してみたいものですが」

「手段を選んでいる相手では無いという事か。ならば、派手に立ち回らせてもらう」

「ええ。援護させて貰います」

 

 ファラがレイアの硬貨全てに不可視を付与する。己は剣殺しを用い、間合いへと踏み込む。不可視の硬貨が剣聖に襲い掛かり、飛翔剣が迎え撃つ剣聖を牽制するために舞い続ける。黒鉄の右腕が稼働する。赤い輝きを零れ落とす。太刀が、虚空を無造作に撫でる。火花が散り、弾丸が地と壁を刻む。既に目に見えない事など、剣聖にとっては些事にしかない。駆けながら一気に跳躍する。壁。通路を立体的に機動しながら飛翔剣を剣聖は振り切り、黄色に斬りかかる。

 

「ざんねん」

 

 一刀の下に切り伏せたレイアが即座に水に切り替わる。跳躍。踏み込んだ力を逃がす事なく反発する動力に転じ、剣聖は更に動きを加速させる。錬金術師出陣の大事件の中で行われている策謀。天の時は相手にあった。だが、地の利は剣聖にある。工業地帯の一角であるが、戦闘になるような場所には大体の心当たりがついている。その為に訓練を行うのが武門であり、特異災害対策機動部の存在意義でもあった。機動を行い、一撃離脱を繰り返しながらも、戦場を少しずつ動かしていく。時折自動人形が一か所に集まり、即座に連携を組み直す。風が流れ、呼吸が上がる。だが、倒すべき敵と対峙した剣聖の刃は何処までも研ぎ澄まされる。

 

「やはり、乱戦になると厄介なのは飛翔剣か」

 

 各自動人形にある僅かな隙。攻撃に移る際や防御に足を止めた所で僅かに目に映るそれを、黒金の自動人形が操る飛翔剣が実に嫌らしく横槍を入れることで潰していく。黒金自体は不可視となり、隙を窺っているのか姿が見えないだけだが、風を切る飛翔剣がその存在を明確に印象付ける。刃を握り直す。剣聖は、人の限界を遥かに超えた動きを繰り返している。呼吸が上がり、視界が明滅を繰り返す。氷の刃が飛び、炎の槍が投擲される。金色の弾丸が不可視となり壁に跳弾を繰り返し襲い掛かる。同時に、ファラが剣殺しを前面に押し出し距離を詰め、レイアが不可視の旋棍を振りかぶる。ガリィとミカが弾幕を更に展開し、並行作業で再び消滅の一撃を生成していく。

 

「まったく、どういう性能をしているのかしら」

「手加減をしていない筈なのだが、何故自動人形の攻撃を此処まで凌げるのか」

 

 自動人形に前後を挟まれているのにも拘らず、剣殺しと不可視の旋棍は一撃として剣聖に到達する事は無い。その全てが往なされ、逸らされ、紙一重と言わんばかりの差で凌がれる。ほんの僅かなもの。そのほんの僅かが、何処までも遠い道の様に自動人形には感じられてしまう。思わず二機の自動人形の口許に苦笑が浮かぶ。想定外であるにも程があるだろう。これでまだ、本来の強さでは無いというのである。最大の牙である童子切を封じ、輝石であるネフシュタンも起動状態に無い。それでも、自動人形が全機揃っていて押し切れないでいた。仕切り直す為、ファラが剣殺しに風を纏う。風刃。強大な竜巻の刃を発生させる。

 

「貰うぞ」

 

 血刃が駆け抜ける。遠当て。風の刃を正面から撃ち砕き、血刃が剣殺しを弾き飛ばす。消滅と剣殺し。その二つの異能がぶつかり合い、互いを食い合いただの衝撃へと変換させる。剣聖は更に腕を斬り、血を吸わせる。踏み込み。ファラの眼が見開かれた。斬鉄の意志を以て刃を振り下ろす。

 

「ファラちゃんッ!?」

 

 その光景に、思わずガリィは声を荒げる。剣聖は、あろう事か、剣殺しの異能を血刃で相殺し、刃がぶつかり合う剣の戦いを以て叩き折っていた。剣殺しを剣撃で折る。異端殺しと呼んだ本領を発揮するかのように、剣聖は凄絶な笑みを浮かべる。ファラは咄嗟に半身を逸らせる事で直撃を免れるが、剣殺しを手にしていた腕ごと斬って落とされる。

 

「まさか、此処までとはね……」

「私が受け持つ。ファラは建て直せ。ミカとガリィは派手に打ち込め」

 

 地に落ちる腕を見据えたレイアは、全員に短く指示を出す。その言葉と共に再び場が動く。跳躍。踏み込んだレイアの音にファラを完全に無力化させる事に見切りをつけると、剣聖はファラを鋭く蹴り飛ばす事でその身を基点に反転、反発からの加速を以てレイアを迎え撃つ。血刃が剣殺しの相殺で崩れ落ちている。銀閃を以て不可視の一撃を全て弾き飛ばす。数十を超え、百に匹敵しかねない程の斬撃の壁。見えない事など無意味と言外に告げ、レイアをも弾き飛ばす。追撃の遠当て。炎と氷の槍が凄まじい勢いで投擲され、飛刃を打ち消す。そのまま、二種の刃が生成され続ける。それを相手に、剣聖は斬撃と機動を以て距離を縮めて行く。氷の刃が頬を掠め、黒鉄の右腕に零れ落ちる。頬を幾らか斬り裂き零れた血を、太刀を持ち替え、義手の指先で拭った。その僅かな間で再び生成され、番えられた矢が放たれる。全てを打ち消す強弓。血濡れた義手で迎え撃つ。

 

「この、トンチキが。何処まで人間を止めてやがるんだッ!」

「あたしとガリィの必殺技が、一回も決まらないんだゾ」

 

 手刀による血刃で消滅の矢は斬り落とされる。錬金術と言う本来実体を持たない力では、剣聖に届く前に斬り落とされていた。他の敵ならば必殺になり得る協力技だが、こと剣聖を相手にするには打ち消された後には何も実態が残らない為、悪手となっている事に二人は辿り着く。幾ら剣聖とは言え、血液の量に限りはある。斬るべき攻撃だけを斬り落とし、迎え撃つ攻撃は厳選している。ならば、放つのに時間がかかり、尚撃ち落とされるだけの大技を放つよりは、手数を稼ぐ方向に戦術をシフトさせる。 

 

「人間を止めている、か。存外斬られたのかもしれないな」

 

 剣聖は小さく笑う。血刃。それを以て、剣聖は斬られている。それで、何かが斬り落とされたのかもしれないと冗談を交える。

 

「まったく、クロちゃんは厄介な事してくれたものね」

「そう言いながらも、認めたのでは無くて?」

「べっつに。ただ、漸く使える様になったとは思うけどね」

 

 負傷したファラが後退し、ミカが前衛に切り替わる。剣聖は地を駆り、黄色と赤は迎え撃つ。青が氷の刃を生成し、緑が、それの幾つかに不可視を付与する。目に見える刃と見えない刃。その中に更に飛翔剣が入り乱れ、刃を振るう。立体機動による回避に加え、急加速による強襲。受け止めた刃を基点とした変則機動。シンフォギア装者よりも遥かに人間の枠から離れた剣聖の戦い方は加速していく。血が流れ呼吸は乱れ切っている。だが、剣聖の鼓動は強く脈打ち、命の灯を強く燃え上がらせる。

 

「小細工、か」

「漸く、最後の刃も手折れましたわ」

 

 立体、変則機動からの強襲を繰り返していた剣聖に、何度となく打ち込んだ一撃がようやくその刃を届かせる。不可視の刃。数十単位で放たれる剣の群れに、不可視の剣殺しを交える事で漸く剣聖の刃を撃ち砕いていた。手にした太刀が半ばから砕け散る。それでも尚、剣聖は笑みを崩さない。

 

「刃を手折ったか」

「これで漸く無手という事か。いや、手刀がまだ存在しているか」

 

 一堂に会した四機の自動人形が、取り囲む様に剣聖を見据えた。剣聖は半ばから折れた太刀を手に、それでも戦意を無くす事は無い。むしろ、戦い始めよりも遥かに強い意志を示している。

 

「此処は工業地帯だったな」

「ああ? それが如何したのよ」

 

 不意に剣聖が零した言葉にガリィが問い返す。風が吹き抜けている。剣聖は、折れた剣で入り口を作り出し、工場の中に入り込む。舌打ち。剣聖が何を考えているか即座に理解したガリィは後を追う。銀閃が煌めいた。上階の方で凄まじい音が響き渡る。工場の中には鉄筋や鉄パイプが多く収められている。その場所を知っていたという事だった。そして、鳴り響いたその音は、その全てを斬り落としたという事である。

 

「剣士が使えるのが、剣だけだと思うなよ」

 

 余りの質量の落下に粉塵が舞い上がる。無数の鉄が地に突き立った。その一振りを手にした剣聖が笑みを深める。追い込んでいた。だが、自動人形もまた追い込まれたという事であった。血は流れ、風は吹き抜ける。戦いは、佳境を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ!!」

 

 糸が駆け抜ける。キャロル・マールス・ディーンハイムが身に纏ったファウストローブ。シンフォギアと似て非なる異端技術によって生成されたソレより、琴線が放たれる。地を走る糸は、全てのものを切り刻み、斬撃となり翼とクリスに襲い掛かる。

 

「大きくなったところでッ!!」

「張り合うのは、望むところだッ!!」

 

 指先から放たれる琴線の強襲を凌ぎ切った二人は、各々のアームドギアを展開し、キャロルを迎え撃つ為に地を蹴る。重火器が火を噴き、青き斬撃が宙を駆る。放たれる琴線がその全てを叩き落し、二の太刀で放たれる糸が、二人に襲い掛かる。跳躍。拮抗する事なく弾き飛ばされた攻撃に一瞬驚きの表情を浮かべるが、それで完全に停止してしまう程戦い慣れていない訳では無い。反射的に飛ぶ事で危機を脱すると、誘導弾が放たれる。

 

「ふ――」

 

 放たれた弾薬を撃ち落とす為に、キャロルは糸を広範囲に回転させる事で迎え撃つ。落涙。その直前、千の刃が舞い降りる事で、誘導弾を起爆させる。煙幕が広がり、錬金術師の視界を覆いつくす。

 

「先輩!」

 

 雪音クリスの鋭い声が上がる。返事をすれば、折角奪った視界の意味が半減してしまう。即座に上空に飛びあがり、天羽々斬を巨大化させる事で翼は答える。仲間を傷付けられ、怒りに燃えているのは何も雪音クリスだけでは無い。風鳴翼もまた、静かに怒りを滾らせていた。翼の逆鱗に触れたキャロルに向け、巨大に展開した天羽々斬。天ノ逆鱗を放つ事で、風鳴翼の意志を示す。

 

「早々好き勝手出来ると思わないで貰おうかッ!」

「ついでにでっけぇのも持ってきなッ!」

 

 先輩の放つ刃を見たクリスは、己を叱咤するように大型の誘導弾を展開する。強大な斬撃が突き刺さり、大切な仲間が離脱した一瞬の間を見極め、大技で追撃を放つ。爆撃音が鳴り響き、凄まじい衝撃が駆け抜ける。

 

「ほう……。思いの外、良い戦い方をしてくれる」

 

 風が吹き抜ける。四大元素のひとつ、風の力を用い爆発と衝撃を逸らしたキャロルは小さく笑う。対峙する相手が、英雄に助けられるだけのか弱き少女達でなかった事が嬉しくて仕方がないのである。そうでなければ、自分が戦う意味がない。そう言い聞かせ、キャロルは両手に炎と水の力を生成する。

 

「ならば、此方も少々強い力を見せてやろう」

 

 自動人形にできる事を、錬金術師が出来ないはずが無い。即座に両手の中で打ち消し合う二つの力を生成、ダウルダブラのファウストローブの機能で増幅させ、琴線を用い弓の様に展開する。深い笑みを浮かべる。

 

「なら、正面から受けて立ってやる」

 

 雪音クリスがリフレクターを展開する。魔弓イチイバルのリフレクターは、月をも穿つカディンギルの一撃すら逸らせる性能を持っていた。それを貫くのは、間を払う神獣鏡の光位のものである。凄まじい力を誇示するようなキャロルに対抗する為、雪音クリスは迎え撃つ構えを見せる。

 

「正面から迎え撃つ気か。良かろう。それ程死にたいというのなら、お前の歌は惜しいが終わらせてやろう」

 

 そして、光の弓は放たれる。ぞわりと凄まじい悪感が翼の背中を駆け抜ける。神獣鏡の光を見た時以上の、強烈な感覚。ぶつかり合った二つの力の結末を見る事無く、凄まじい速度で加速する。一瞬の硬直。錬金術師から放たれた、全てを打消す光はリフレクターをあっさりと呑み込み消滅させた。射撃自体はそれほど大きなものでは無い。ギリギリのところで翼がクリスを弾き飛ばし、死地を逃れる。

 

「チッ。随分と勘が良い様だ。だがッ!」

 

 暗い感情に任せて放たれた一撃。それを何とか凌ぎ切った装者に、僅かに称賛の笑みを浮かべるが、キャロルは追撃の手を緩めない。計画の為にも此処で簡単に死なせる訳にはいかないのだが、少々やり過ぎてしまっていた。暴走しかねない己を戒めながら、キャロルは翼とクリスを追いつめて行く。糸で追いつめ、錬金術で地を歪め、風の力で押さえ付け、炎と氷の刃で二人を切り刻む。

 

「くぅぅ!!」

「うああああ!!」

「こんな物なのか? お前たちの力と言うのは」

 

 倒れ伏す二人を糸で手繰り寄せると、痛みに悶える二人に酷く優しい声音で問いかける。そのまま、上手く返事ができない事を確認すると、興味が無くなったように投げ捨てる。錬金術師の力は、強化型のシンフォギアを遥かに凌駕していた。

 

「くそったれがッ。ここまで力の差があるなんてな」

「手酷くやられたようだ。無事か、雪音」

「なんとか、な」

 

 無造作に捨てられたところで、漸く動けるようになった二人は、満身創痍であるが立ち上がる。僅かに刃を交えただけに過ぎないが、圧倒的すぎるキャロルの力に為す術がない。

 

「ぶっつけ本番だが、アレを使うしかないみてーだな」

「ああ。だが、一人で危険な橋など渡らせはしない。私も共に在る」

 

 二人は顔を見合わせ頷く。改修されただけのシンフォギアではとても適わない。だから、新たに加えられた力を開放する事を選択する。エルフナインが持ち出した、魔剣ダインスレイフの欠片。それを用いる事で作り出した、シンフォギアの新たな決戦兵装だった。首元に下げられたシンフォギアのペンダントに触れる。その力を実際に試した事は無い。暴走を制御して力に変える。エルフナインはそう言っていった。正直にいえば恐怖がない訳では無い。だけど、大切な仲間がすぐ傍に居てくれる。魔剣を抜けない程では無かった。

 

「隠し玉があるようだな。ならば使うが良い。オレは、お前達の全ての希望をぶち砕いてやる」

 

 その様子を見たキャロルは、暗い笑みを零す。魔剣ダインスレイフの欠片は元々キャロルが所持していた者である。その力がどの程度のものかは理解している。使いたければ使うが良いと、ただ笑みを深める。

 

『イグナイトモジュール、抜剣!!』

 

 そして、刃は抜き放たれる。少女の心を魔剣の刃が深く切り伏せる。魔剣の刃を抜くためには、その刃をその身に受けなければならない。ダインスレイフは、魔剣と呼ばれるだけあり呪いを宿している。その力は、誰もが心の中に抱える闇を増幅し、人為的に暴走状態を引き起こす。だが、暴走を制御できれば。かつて、立花響が小日向未来を救う為、ガングニールの暴走を受け止めたように暴走を制する事が出来れば、大きな力になる筈である。あの時の暴走は、敵の悪意によって生じた危機であった。だが、今回のものは自分達から引き金を引いたものである。すぐ傍まで来ていた死の危険にさらされた訳では無いだけ、まだマシだと言える。

 

「がああああああああ!!」

「ぐああああああああ!!」

 

 刃が心を斬り裂いた痛みに、少女の抱えるものが悲鳴を上げる。刃が貫いた痛みは確かにある。だが、増幅された心の闇が、少女の心を深く切り刻んで行く。

 

『ここは……。ステージ……。そうだ、私はもう一度この場所で大好きな歌を歌うんだ』

 

 風鳴翼の心の中で己の夢が現れる。大好きな歌を、誰かに聞いて貰う。それが風鳴翼の夢だと言える。だが、その客席に移るのは、ノイズだけであった。戦いの歌。風鳴翼が今歌っているのは、ノイズと戦う為の歌であった。そして、畳みかけるような声が聞こえる。お前など娘なものか。何処までも穢れた風鳴の道具にすぎん。そんな言葉が、随分と長い間聞いていなかった声で言い放つ。

 

『……お父様』 

 

 風鳴翼の瞳から涙が零れ落ちる。直接言われた訳では無い。だけど、風鳴翼は、風鳴翼の父である八紘の血を引いていないと聞かされた事があった。それを裏付ける様に厳しく当たられた事もある。今でも、まともに話す事すらできていない。父は歌を聞いてくれた事もある。そんな大切な思い出があるからこそ、疎まれている現実が風鳴翼の心を深く斬り裂いていく。

 

『剣では、何も抱きしめられない……』

 

 それでも父に認められたくて、翼は強くなることを選んでいた。剣となる事を選んでいた。そして、剣は夢を見るべきではない。そんな感情が翼の胸を黒く染めて行く。そして、最後に天羽奏がその姿を現す。失ってしまった風鳴翼の拠り所。懐かしい、大好きだった奏の笑顔が翼の目の前に現れる。心の闇に散々に撃ち破られた翼に、その笑顔に飛び込むなと言う方が無理な相談だった。そして、翼が抱き着いた天羽奏は崩れ落ちる。自分は剣である。そう言い聞かせて来た。剣に抱きしめられるものなどあるはずが無かった。大切な親友が、自分の腕の中でバラバラに変わる。

 

『うあああああああ!!』

 

 そして、風鳴翼の中で想いが抑えきれなくなり、溢れ出す。

 

 

 

 

『教室?』

 

 不意に、雪音クリスの眼前には教室の姿が映る。雪音クリスが欲しかったもの。自分が居ても良い場所。両親と言う大切な居場所を失った事があるクリスだからこそ、居場所の大切さを良く知っていた。

 クラスメイトの少女と目が合う。こんな自分にも声をかけてくれる、優しい女の子達だった。自分を見てくれる人が居るのが嬉しくて。だけど、少しだけ恥ずかしいくて目を逸らしてしまう。

 

『あたしが居ても良い所。ずっと欲しかった居場所なのに、今でも違和感を感じてしまう……』

 

 授業が進んでいく。そして、時が流れていた。今年の春からは、こんな自分にも後輩が出来ている。月読調と暁切歌。雪音クリスが先輩たちに守られたように、クリスもまた彼女等を守る立場に立ったという事だった。あの人たちのように自分もできるだろうかと不安が募る。

 

『それなのに、あたしが不甲斐無いばかりに、あいつらが危ない目に遭ってしまっている』

 

 そして、その不安が的中するかのように、自動人形の強襲に為す術もなくやられていた。不甲斐ないのが情けなくて、悲しくて、何よりも自分が許せなくて雪音クリスは涙を零す。

 気付けば、辺りは荒廃とした廃墟に変わっている。そして、大切な友達が、仲間が、後輩が煤に塗れ倒れ伏している。

 

『独りぼっちが、先輩とか後輩とか求めちゃいけなかったんだ……』

 

 そして、そんな思考が胸を埋め尽くす。大切な居場所を知っているからこそ、雪音クリスにとって、それを崩される事が何よりも耐えきれなかった。

 

「うああああああ!!」

 

 少女の慟哭が響き渡る。雪音クリスは、その場に泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

「人である事からは変われはしない」

 

 後輩の声が聞こえた。だからこそ、かつて言われた言葉を思い出す。人は人である事から逃げられはしない。先達はそんな事を語り、風鳴翼を叩き伏せていた。あの時に、確かに風鳴翼の中で何かが変わっていた。心の中に宿した闇は打ち勝てない程に強い。だけど、無様に負ける事だけは出来なかった。それでは、憎まれ役を買ってまで、自分を撃ち直してくれた先達に合わせる顔が無い。父親に認められていないのは辛い。だけど、風鳴翼はそれだけの為に刃を鍛え上げた訳では無かった。

 

「せん、ぱい?」

「すまないな。雪音の手でも握って居なければ、あの夢に負けてしまいそうでな。そんな体たらくでは、また先生に怒られてしまう」

 

 魔剣の見せる幻想に、二人が呑み込まれかけた時、翼がクリスの手を握った事で意識を繋ぎ止める。その言葉を聞き、クリスもまた思い出す。

 

「あたしの居場所は作ってくれるって言ってた。こんなあたしに、そう言ってくれた……」

 

 お前は誰からも愛されている。居場所が無いと言うのなら、作ってやる。だから、もう泣くな。そんな事を文字通り命を賭して言われていた。その言葉通り、一度は本当に死んで尚、居場所を作ってくれた。守ってくれた。世界は大切なものを奪っていく。だけど、自分を守ってくれるものも存在している。少なくとも、雪音クリスには、上泉之景が居なくなることが想像できなかった。

 大切な先輩に傍に居る事を教えて貰い、大切な言葉を思い出していた。今考えても、強烈過ぎるその言葉に満身創痍ながら頬が赤く染まってしまう。戦闘中だというのに、クリスの思考は数秒ショートする。だけど、握られた翼の手の熱が、雪音クリスを冷静に戻してく。

 

「不発、か?」

 

 そして、魔剣によって引き出されていた暴走の力が沈静化する。意識こそ失わずに済んだ。だが、激しすぎる消耗をしてしまっていた。

 

「尽きたのか。それとも折れたのか。その体たらくでは、お前たちを守ってきた英雄が報われないな。まぁ良い。いずれにせよ、立ち上がる力位はオレがくれてやる」

 

 抜剣に失敗した二人を見据えたキャロルは、アルカノイズの集団を召喚する。大型の飛行型ノイズ。その中から、大量のアルカノイズが投下されていく。このままでは、アルカノイズの被害者が増えてしまう。それが解っててなお、立ち上がる事が出来ない。

 

「ならば、分解される者どもの悲鳴を聞けッ!!」

 

 そして、キャロルは動けない装者を一瞥すると、アルカノイズに指示を出す。本当にこれで立ち上がれないというのならば、報われない。二度、死して尚立ち上がっている英雄に比べれば、少女たちは脆すぎると言えた。そんなイラつきにも似た感情のまま、キャロルは動き出したノイズを不機嫌に見つめる。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 咆哮が響き渡る。S.O.N.G.本部より、誘導弾が放たれていた。その上には、一人の姿がある。立花響。改修されたシンフォギアを、傷付いた身体で身に纏い、倒れ伏す仲間たちの下へ駆けつける。

 

「漸く揃ったか……」

 

 その姿を見据えたキャロルが一瞥する。立花響。この少女もまた、奇跡を纏うものであった。奇跡によって研鑽をすり替えられたキャロルにとっては、倒すべき敵である。

 

「すまない。おかげで助かった……」

「とんだ醜態を見せちまったけどな……」

 

 現れた仲間の姿に、二人の瞳には戦意が宿る。それは、立花響が誰よりも頼りになる仲間だという事であった。

 

「イグナイトモジュール。もう一度やってみましょう」

 

 そして、舞い降りた響は、翼とクリスに意志の宿った瞳で告げる。起動に失敗した魔剣。それをもう一度抜く事を提案する。

 

「未来が教えてくれたんです。シンフォギアに救われたって。確かにシンフォギアは誰かを傷付ける力でもあるけど、誰かを救う事もできる力なんだって。だから、シンフォギアが誰かを救う為の力なら、私達も救ってくれるはずです。だから強く信じるんです」

 

 戦う事を悩んでいた立花響は、彼女に救われた小日向未来に力の意味を教えられていた。力そのものに良し悪しは無い。使う者によって、その性質は変わるのである。ユキさんは、意志の違えた刃では、何かを守る事もできはしないと言っていた。確かにその通りだと思う。未来にはああ言われてしまったけど、今ならば、結局自分の為になる言葉も残していてくれたのが解ってしまう。倒すのではなく、守る力。それが、響がシンフォギアに見つけた答えだった。迷っている時は何も出来なかった。だけど、目的を見つけてしまえば、立花響は最短で真っ直ぐに一直線で動くだけであった。それは、立花響が一つ成長したという事でもある。

 

「魔剣の呪いに打ち勝つのは、何時も一緒だった天羽々斬」

「あたしを変えてくれたイチイバル」

「そして、ガングニール」

 

 三人の少女は目を合わせる。三人で頷いた。幾つもの戦いを乗り越えてきた絆がある。三人揃えば怖いものなど何も無かった。

 

「強く信じよう、胸の歌を。シンフォギアを」

「このバカに乗せられたようで格好がつかないな」

「ああ。だからこそ、今度は面目を立たせて見せようか」

 

 そして、三人の装者はもう一度、胸元の魔剣に触れる。覚悟は決まった。ならばもう、怖いものは無かった。

 

「イグナイトモジュール、抜剣!!」

 

 ――ダインスレイフ

 

 三人の少女が宣言を下す。電子音声が鳴り響く。魔剣が胸を貫き、胸の傷を深く抉り抜く。

 

『このままでは先程の様に失敗してしまいます』

 

 少女たちの悲鳴がある。通信士の友里の声がどこか遠く届く。魔剣の闇が少女を侵食していく。

 

『呪いなど斬り裂けッ!!』

『撃ち抜くんですッ!!』

『恐れずに砕けばきっとッ!!』

 

 少女たちに仲間の声が届く。本部にて待機命令が出ているマリア。戦っていたが撤退してきた切歌と調。大切な仲間の声援が耳に届いた。負けられない。こんな呪いなんかに、二度も負ける訳にはいかない。そんな強い想いが胸に宿る。宿った灯が熱く燃え上がる。

 

「未来が教えてくれたんだ。力の意味を、背負う覚悟を。だからこの衝動に、負けてなるものかッ!!」

 

 そして、風は吹き抜ける。熱く燃え上がった灯は、やがて、その呪いを退け戦う為の力を身に纏う。三人のシンフォギアが黒く変色し、より禍々しい気配を放つ。だが、その力は少女たちの制御化に置かれていた。暴走の制御。イグナイトモジュールによって示された可能性は、今此処に現実のものとなって舞い降りる。

 

「始まる歌」

「始まる鼓動」

「響け鳴り渡れ希望の音」

 

 イグナイトモジュールが起動する。少女たちの生きる事を諦めないと言う意思を代弁するように、その力を強く示し続ける。胸に宿る想いに嘘はない。皆で掴んだ新たな力。新たな奇跡。この力で止めて見せる。そんな意思を以て、三人はキャロル・マールス・ディーンハイムの前に立ち塞がる。音が鳴り響く。戦いは最高潮を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッがぁ……」

 

 腕が飛んでいた。辺りには、斬り落とされた腕や足が転がっている。数十を遥かに越える量の異能の剣が無惨に突き立っており、辺りの壁や床はいくつもの大穴が穿たれている。腕を斬り落とされたガリィが、吐き捨てる様に悪態を吐く。

 

「自動人形が四人がかりでこの様とは、な」

「いっそ、清々しくて笑えて来ますわね」

「本気でやったけど、勝てなかったんだゾ」

 

 腕や足を斬りととされ、戦闘能力を削ぎ落とされた人形たちは、ただ一人屹立する人間を見据える。人の身でありながら、異端技術の領域に踏み込んできた人間だった。それでも、この光景は予想外であると言える。刃を軽く振るい、剣聖は倒れ伏す人形を見据えた。

 

「どうやら、殺せなかったようだな」

 

 隙を突く用に飛来した飛翔剣を鉄パイプで弾き飛ばしながら剣聖は笑みを浮かべる。強い相手だった。だが、此処まですれば勝敗は決している。そんな事実をただ見つめている。

 

「ああ。ったく、本当に化け物だよアンタは。英雄。そう呼ばれるのもある意味納得できる」

 

 忌々し気にガリィは呟いた。それに、剣聖は視線を向ける。

 

「そんな大したものでは無い」

「いいや、あんたは英雄だよ。ただの人の身で、本気の自動人形を相手に勝利した。それも、多対一でだ。化け物の範疇だよ、あんたは。人の中の化け物を、人は英雄と呼ぶ」

 

 ガリィの言葉を剣聖はただ聞いている。両腕を落とした自動人形には、出来る事は多くない。油断しなければ、負ける要素が無かった。

 

「だからこそ、あんたは負ける。英雄に人は救えても、人に英雄は救えないわ。そして、英雄を倒すのには英雄と同じ力は必要ない」

 

 そして、ガリィは笑みを浮かべた。深く、深く、凄絶な笑みを浮かべている。その姿に、感じている強烈な違和感が酷くなる。激戦を繰り広げていた。呼吸が酷く乱れ、視界は揺れる事もある。失血も軽いものでは無い。だが、普段よりは幾らかましだった。だから、迫っていた異変に気付けなかった。

 

「な、に……?」

 

 不意に剣聖は頽れる。地に片腕を突き、口から咽びあがった怖気を吐き出した。広がる赤いもの。喀血。突如となく、全身を不快な感覚が襲い掛かる。文字通り、内側から喰らいつくしていく。

 

「やっとか……。遅すぎるわね」

「そうですわね。普通の人間なら、ゆうに死んでいてもおかしくはないのに、漸く効き始めたのだから驚異的ですわ」

「まさか、此方が全滅するまで動き続けるとは思わなかった。地味に感心する」

「だけど、これで終わりだゾ。個人的には、もっと戦いたかったけど、仕方いないんだゾ」

 

 頽れる自動人形がそんな言葉を零すも、剣聖はそんな言葉を聞いている余裕はなかった。口から血が零れ、目や鼻、耳などからも血が零れ落ちる。

 

「毒だよ」

 

 座り込んだガリィは、剣聖に聞こえる様に告げる。用いたのは剣聖を確実に殺す為の手段。その為に病院などを襲い、剣聖の身体の情報などを奪った。その為に、黒金の自動人形と斬り合わせ、血液を奪った。確実に剣聖を殺す為だけに、動いて来た。それが、今起こっている剣聖の異変だった。

 

「あんたの体に合わせた、あんただけを殺す毒と言う名の錬金術。ある錬金術の到達点が生み出したという、神すらも殺す毒の極地。それを、あんたに少しずつ吸わせた」

 

 戦いのなか、四機が態々合流を行っていたのは周囲に毒を錬成する為である。それを、ファラが風に乗せ到達させる。ガリィの水の中に含ませ、全身に浴びせる。そんな方法で、少しづつ蓄積させていった。

 

「何分デリケートなものだからね。大抵は届く前に死に絶える。だから、仕込むのに時間がかかり過ぎた。それほど苦労した甲斐あって、効果は絶大よ。何せ、その毒は無くならないから。だから、あんたは絶対に死ぬ。例え奇跡が起こったとしても、だ」

 

 そして座り込んでいたガリィはおもむろに立ち上がる。

 

「さて、向こうではイグナイトモジュールが使われたようだし、こっちも仕上げと行こうかしら」

 

 吐き出すものを吐き出した剣聖が、揺れる視界の先で声のした方を見詰める。青き自動人形が、満面の笑みを浮かべていた。

 

「それだけでも直ぐに死ぬけど、念には念を入れるのが自動人形なのよ。誇りなさい。終末の四騎士(ナイトクォーターズ)に剣を抜かせたのだから」

「剣、だと……?」

 

 青の言葉に、剣聖は息も絶え絶えに問う。その姿に最高に気分が高まり、ガリィは宣言する。

 

「あらあら? クロちゃんが剣を抜けるのに、あたしたちが抜けないとでも思っていたのかしら?」

 

 青はさも愉快だと言わんばかりに笑う。

 

「そうね、敢えてイグナイトにちなんでこう呼ぼうかしら。四騎士の剣(ソードモジュール)抜剣(アクセス)

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 四機の自動人形が輝きに包まれる。血に塗れた剣聖の眼が見開かれる。それは、黒金の自動人形が何度も纏い、小日向未来の持つ陽だまりの剣と同種の輝きを放っている。純白の外装が展開される。赤、青、黄、緑、各々を象徴する色に白が加わり、斬り落とされた身体が、シンフォギアを生成するように再生する。

 

「もう一度言うわよ英雄様。あんたは此処で終わりだ。その身が毒で殺し尽くされる前に、あたしたちが殺してやるよ」

「かはッ――」

 

 そして、自動人形の剣が抜き放たれる。その姿を見た剣聖は何かを言おうとして、自らが零した血の海に沈む。立たないのではない。立つ事が出来ないのだ。

 

「英雄の物語は、此処で幕を下ろす」

 

 風が吹き抜けていく。赤き煤が舞っている。英雄は強い。故に、英雄を助けられる者はいない。四騎士の剣は抜き放たれ、毒に塗れた英雄は終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 




ゲスの極み系自動人形、ガリィちゃんの本領発揮
武門、歌ってないけど絶唱顔を披露する
キャロルVSイグナイト装者
武門(猛毒&麻痺&出血)VS抜剣自動人形




作者も風邪で大変な事になっているので、次は少し更新が遅れるかもしれません

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