煤に塗れて見たもの   作:副隊長

50 / 62
13.剣聖

『検知されたアルカノイズの反応、約三千ッ』

「高々三千ッ!!」

 

 通信が飛ぶ。キャロルが発破をかける為呼び出した大量のアルカノイズ。千を遥かに越える数の敵を前に、通信機越しに動揺の声が聞こえるが、立花響は斬って捨てる。どれだけ数が居ようと関係は無かった。この身は未来に、そしてエルフナインから託された想いを纏っている。例えどれだけの数が居ようとも、頼もしい戦友が二人いた。新たな奇跡も起こっている。だから、響は強く言い切る。推進装置を起動させ、腕部兵装を展開する。両腕に出力を収束し、アルカノイズの大軍に突っ込んでいく。

 

「立花にばかり良い格好をさせて居ては、面子が潰されてしまうな。続くぞ雪音ッ!!」

 

 その後ろ姿を認めた翼は、己も新たな刃を抜き放ち、刃に雷光を纏う。一度は失敗した抜剣。それを響の協力によって成功させていた。完全に良い所持っていかれていた。後輩の後ろ姿を頼もしいと思うと同時に、自分も負けていられないと奮起する。雷刃が駆け抜ける。青き刃が風を越え、点在するノイズを討ち滅ぼす。

 

「広範囲殲滅こそ、イチイバルの本領発揮だッ!!」

 

 近場のノイズを先輩と後輩が打ち倒すのを認めたクリスは、二人の間合いの外を見詰める。大型の飛行ノイズ。それが居る限り、敵の補充は際限なく続いてしまう。ならば、先ずは大本を潰すのが最良だと言える。友達に手を握られ得た新たな力。その力を十全に用い、全ての砲門を展開する。大型小型の誘導弾に加え、両手に重火器を生成すると、単騎で群体を殲滅する為にその火力を開放する。凄まじい爆発が起こり、遠くを飛んでいるノイズの煤がすぐ傍にまで流れて来る。

 圧倒的物量を誇っていたアルカノイズは、イグナイトモジュールを開放したシンフォギアを前に、凄まじい速度でその姿を消して行く。

 

「ほう……」

 

 その姿を見詰めていたキャロルは、にやりと口許を歪める。漸くその力を開放したか。そんな事を呟きながら、右腕をダウルダブラの弦を収束させる。

 

「気に入らなかったが、漸くか。失望させてくれるなッ!!」

 

 そして、最も近くにいた響に向け、弦を放つ。地を引裂き、衝撃が対峙していたノイズごと引き裂く。赤色の煤が舞う。広範囲に向けられた斬撃を往なした響は、キャロルへと向き直り、躱した勢いを反発力へと変え跳躍する。

 

「キャロルちゃん!」

 

 響が拳を握り、キャロルに向かい叫びをあげる。

 

「辞めよう。こんな戦い、行っちゃいけないんだ!!」

「まだ言うか。お前の言葉は、オレには響かない。ただむずかゆいッ!!」

 

 相手が戦う心算であったとしても、響はそう言わずにはいられない。ガングニールは誰かを倒す力では無い。守る力であるからこそ、キャロルに留まって欲しい。最後通告と言わんばかりのその言葉を、キャロルは斬って捨てる。そんな言葉で止まる程度の想いならば、最初から世界を壊そうなどとするわけがない。ましてや、キャロルは響にたいしてそれほど強い思い入れも無い。拒絶と言う名の先制攻撃は当然だと言えた。

 

「くぅぅ!?」

「お前は、まだ戦えないと言うのかッ!? その弱さは、大切なものを殺す事になるぞツ!」

 

 そんな響の様子が只苛立たしくて、キャロルは響に想いをぶつける。弦が響を取り囲み、その威力を見せつける。

 

「そうそう何度もやられる訳にはいかない」

「そう言うこったッ! ぶっとべツ!!」

 

 猛威を振るう無数の斬撃を、風の鳴る剣が弾き逸らす。翼がこじ開けた道筋。それを全方位からクリスの砲撃が威を誇る。爆炎が上がる。大型の誘導弾。即座に翼が飛び乗った。そして上空に向け打ち込む。同時にキャロルに向け、重火器を開放する。弾幕が、音を遮る。舞い上がった爆炎が晴れる。弦を回転させ、銃弾を打ち払うキャロルの姿が現れる。

 

「この程度か?」

「まだまだ」

「これからだ」

 

 短い気迫が戦場を飛ぶ。上空から千の落涙が降り注ぎ、正面からは誘導弾が刃の弾幕を掻い潜り肉薄する。凄まじい爆炎が舞い上がり、再び錬金術師の姿を覆い隠す。弦による斬撃が飛ぶ。それを躱し、響は再び踏み込んだ。

 

「戦えッ!!」

「止めるんだッ!!」

 

 近距離で撃槍と弦がぶつかり合う。互いに譲れないものがあり、大切なものがあった。だからこそ、手をつ取り合う事が出来ない。そう、言葉以外に行動で示すキャロルに、そんなのは嫌だと響は叫びをあげる。ぶつからなければいけない事は解っている。だけど、それでも、誰かに手を伸ばす事を止めたら、それこそ駄目になってしまう。だからこそ、振るわれる刃を撃ち落とす為に撃槍は振るわれる。

 

「おおおおお!!」

「――ッ!?」

 

 倒す為じゃく、止める為に力を振るうんだ。そんな意思を以て、響は弦を掴み取る。一瞬の拮抗。だが、単純な力では、立花響とガングニールに分がある。全力を以て、キャロルを引き寄せる。飛刃が飛び、銃弾が駆け抜ける。咄嗟に放たれた弦による一撃は、仲間たちの一撃によって凌がれる。

 

「稲妻をすり潰すようにッ!!」

 

 そして一気にキャロルの体が宙を舞う。渾身の力で以て、放たれた弦から本体を引き寄せていた。キャロルの表情が驚愕に染まる。確かに錬金術は強大ではある。だけど、響たちもまた多くの戦いを経験していた。戦いの呼吸は、良く知っている。好機。そんな思いと共に、師匠である風鳴弦十郎の言葉を思い出す。渾身の一撃。立花響はその身に炎を纏い、錬金術師に向かって必殺の一撃を打ち込んだ。

 

「ぐ、は――」

 

 そして、錬金術師の身体に、魔剣に染められた歌が刻み付けられる。全霊の一撃の直撃を受け、キャロルの纏っていたファウストローブが解除される。戦いは、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い様ね。一応聞いておくけど、マスターに降る気はないかしら?」

 

 血を吐き頽れる剣聖に、ガリィはせめてもの情けと言わんばかりに尋ねていた。返答など聞かなくとも解っている。だが、聞いたという事実を作っておかなければ、主がまた揺れてしまう可能性がある。人間はめんどくさい生き物ですねと内心でため息を吐きつつ、青は問う。

 

「……ない」

 

 吐き出せるものを吐き出したのか、何とか視線をガリィに向けた剣聖はたった一言吐き捨てる様に告げる。右腕。半ばから斬り落とされ、義手となったソレが赤色の輝きを放つ。血刃。手刀を以て、剣聖は血の刃を生成する。その身は毒と言う名の錬金術に蝕まれている。それでも尚戦意を失わない剣聖の眼に、自動人形の口許が大きく吊り上がる。

 

「なら、見せて見なよ。英雄の意地をさッ!!」

 

 ガリィは新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべ、青き飛翔剣を展開する。かつて、ウェル博士が用いた完成型の英雄の剣と同じ十二の飛翔剣。それが、氷の力を纏い氷刃と化し宙を削る。

 

「ならば、見せて、やる」

 

 口許に着いた血を拭った剣聖は、血刃を以て毒を斬って捨てる。血など、使いきれない程吐き出していた。その血全てを血刃へと変える。剣聖にとって喀血など、腕を斬り裂く手間が省けた程度でしかない。ガリィの言葉通りならば、毒は全身に回り始めている。だが、回り切る前に毒その物を斬って捨てれば、それで解決する問題だった。飛翔剣が血刃と切り結ぶ。氷が散り、異端の刃が無に帰す。四騎士の剣を血刃は凌駕する。

 

「くくく。そうよね。あんたならそうすると思ってたよッ!!」

 

 毒など斬って捨てる。そんな非現実的な事が出来てしまうのが血刃である。少なくとも、剣聖はそう判断していた。事実として、剣聖の身体を蝕んでいた毒は斬って捨てられている。剣聖の動きが再び加速する。それを見て、だが、ガリィは楽しくて仕方がないと人の悪い笑みを深める。剣聖ならばこの位の窮地越えて来る。奇跡を起こしてでも追いすがって来る。そんな無上の信頼にも似た、予測があった。

 

「苦境に追い込まれ、掌を変えるぐらいならば……、最初から、立ち塞がりなどしない」

「いいね、いいねッ!」

 

 剣聖の血刃が青を掠める。紙一重で躱した青は、纏う四騎士の剣に鋭い傷を刻まれながらも狂喜を浮かべる。端的に言って、ガリィは英雄が好きである。無論、恋愛感情などでは無く、その在り方には好感が持てると言える。絶体絶命の状況にありながら、それでも命を振り絞り、何かを為そうとする在り方に、主の父親を彷彿させるからだ。自動人形の思考の大本には錬金術師キャロルの思考が用いられている。父を心から愛する心があるからこそ、親を敬愛し、その在り方を体現するかのように血を流しながらも立ち上がる剣聖の姿に、キャロルの父、イザーク・マールス・ディーンハイムを死に追いやった有象無象達と比べ、一線を画してしまう。

 剣聖は、自身と主の持つ想いは違うと言っていたが、少なくとも親に想いを託され、ある意味で死者に縛られているという点では、二人は同じ在り方だと言えた。であるからこそ、立場や目的等、そう言った物を超越したところで、自動人形は剣聖の事が好きだと言える。

 

「我らが居る事を忘れないで貰いたいものだ」

「斬り合わせて貰いますわ」

 

 地の剣が走り、風の剣が舞い踊る。レイアが黄色の飛翔剣を操りながら、ファラにより付与された剣殺しの弾丸を乱れ撃つ。あり得ない物量に、跳弾を交え剣聖の剣を殺しにかかる。

 同時に、ファラは己の飛翔剣の出力を凝縮、四本にまで数を減らし、人外の稼働が行える自動人形の利点を最大限に生かし、四本の刃を持ち替えながら肉薄する。刃が重なる度に即座に剣を変え、同時に飛翔剣の制御を行い間隙を突く事で、息を吐く暇すら与えない。

 剣殺しの刃を付与された金色の弾丸が、剣聖の血刃を削ぎ落とし、只の刃にまで劣化させる。同時に、強化された出力と人外の稼働を以て、剣聖の剣技に対抗する。剣聖の持つ武器は、手刀である黒鉄の義手と鉄パイプ。剣殺しの嵐により、血刃を事実上無効化し、四騎士の剣を以て追いつめる。

 

「……」

 

 剣聖は歯を食いしばる。毒は殺していた。だが、血を流しすぎている。喀血を零したという事は、内臓に傷を負っている可能性が最も高いという事でもある。毒という名の錬金術とガリィは言っていた。剣聖が気付かないうちに致命傷を負っていたとしても不思議ではない。吐き出す血こそ止まりはしたが、依然として不快な感覚は途絶えていない。むしろ、悪化していくだけの状況だった。対して、敵は万全の自動人形が四体。飛翔剣は入り乱れ、剣殺しの弾丸が嵐の様に舞っている。その全てを弾き落としながら、剣聖は鉄を握りしめる。

 

「どっかーんッ!!」

 

 そして、二体が剣聖の足を止めている間に、ミカが大技を展開する。上階。工場内であったからこそ、それなりに安定した足場から放たれる広範囲爆撃。ミカは味方諸共強大な炎を撃ち放った。

 

「諸共か……」

「んな訳ねーだろ。ミカちゃんの炎とあたしの水。全く同レベルで扱える存在が居るんだ。そんな無様は侵すわけないでしょ」

 

 放たれる紅。迫る熱量に目を見開いた剣聖に、青は小馬鹿にするように吐き捨てる。ガリィの錬金術が三体を包み込む。放たれる炎と全く同じ強さの水の力。自動人形の傍だけを炎が削り取られ、剣聖に劫火が迫る。舌打ち。その程度の連携、自動人形ならば造作もない。だが、剣聖は自力で掻い潜らなければならなかった。剣聖の強さは規格外である。だが、それは技が規格外なだけであり、存在そのものは人の範疇にある。相応のフォニックゲインが存在し、ネフシュタンが完全に起動すれば人の枠を越えられるが、それが為せる奇跡が起こらなければ、肉体としては人間の枠を越えはしない。劫火の中、自動人形が止まる事は無い。ガリィの錬金術により、実質なんの負荷もなく動き回れる故に、攻め手を緩める意味が無いからだ。流石に青は錬金術を制御しなければならない為、足を止め二機の補助に専念するが、凄まじい脅威だと言える。

 

「――自動錬金」

 

 血刃は剣殺しにより削ぎ落とされる。だが、使わねばならなかった。ならばと、剣聖は一瞬だけ黒鉄の義手を起動させる。右腕が赤き輝きを放つ。凄まじい喪失感に襲われる。左腕から熱を感じる。ネフシュタン。剣聖の異常を感知したフィーネが、腕輪を無理やり起動させる。失った血の補充の為、弱弱しくその力を輝かせ始める。構わず剣聖は加速する。血刃。剣殺しの嵐を遥かに越える速度で打ち放つ。迫る攻撃全てを無視して、血刃を放っていた。流石の剣聖も、間隙を突くために放たれていた斬撃を、幾つか受けてしまう。英雄の身体から更に血が流れる。

 

「あははははッ! 斬って捨てやがった」

「ううー。今度こそ決まると思ったのに、悔しいんだゾッ!」

 

 広範囲爆撃を斬り裂いた剣聖の姿に、青は心の底から愉快だと言わんばかりに笑う。今度こそ必殺の心算で放ったミカは、目論見が外れた事に項垂れる。まぁ、元気出せよとガリィが青の剣を一本投げ渡すと、ミカの持つ剣を一振り奪う。炎と水。二振りの剣。二機が携える。援護を完全にレイアに任せ、近距離で斬り合うファラの加勢に向かう。

 

「触れると」

「消し飛ぶんだゾッ!」

 

 一瞬刃を重ねると、互いの剣が反発し合い、僅かな間、消滅の刃を作り出す。切り結ぼうとして、咄嗟に刃を流す。鉄パイプが抉り取られていた。腕を手刀で打ち、剣その物を弾く事で凌ぐが、追撃の飛翔剣と剣殺しの弾丸を前に剣聖は防戦から攻勢に移る事は出来ない。手数が違いすぎ、躱さねばならない攻撃も多すぎる。出血が止まらず、動き続けなければならない。ネフシュタンの腕輪が、貯蔵していた力を使い血の生成を続けるが、それよりも失われるものの方が多い。呼吸が荒くなり、視界が明滅を始める。依然とし、不快な感覚は付き纏い、裂傷により身体は悲鳴を上げる。不完全の起動を果たしたネフシュタンではあるが、その力は十全では無い。傷の修復にまでは力が追いつかず、ネフシュタンに貯蔵されていた力もまたすり減り続ける。常人では耐えられぬ痛みを、剣聖は意思の力だけで斬って捨てる。

 

「流石は英雄。奇跡を起こし、人の限界を超え食らいつく。悲しいわね。その在り方、まさしく英雄だよ」

 

 常人であれば、既に動く事はおろか、生きている事が不思議なほどの傷を負いながらも刃を振るう剣聖の姿に、ガリィは呟く。

 

「やっぱり凄いんだゾ。だからこそ、残念なんだゾ。あんたは、戦いの果てで死ぬべき人間なのに……、そうしてやれない事が悲しいんだゾ」

 

 二属性の剣を持ち、剣聖に消滅の力を振るい続けるミカは言う。これだけ強いなら、何度だって戦いたかったと。戦闘特化の自動人形だからこそ解る。四騎士の剣を抜き放った四機すべてが、ミカの決戦兵装を解き放った時以上の出力を持っている。それでも尚、手負いの剣聖を討ちきれないでいる。人の理を越えたような剣聖の強さに、子供のように憧れてしまう。だからこそ、悲しくて仕方がない。自分たちの実力だけで倒してやれない事が、戦いに特化しているミカだからこそ、そんな想いを抱いてしまう。

 

「剣士でありながら、剣殺しを正面から撃ち破り続けた。その技は、最早、異端技術の領域ですわね。よくぞ、此処まで届いたものです。人の可能性の極み、確かに見せて戴きましたわ」

 

 剣殺しを用い、真正面から斬り合ったファラだからこそ、その剣技の凄まじさを理解する。技で哲学兵装を正面から凌駕した。それは、積み重ねた歴史に、研鑽された意志が打ち勝ったという事だった。常識を覆すほどの極地であるからこそ、その研鑽に敬意を示す。剣士として、ファラは剣聖に勝てないと認めていた。

 

「ただの人の身でありながら、自動人形を越えていた。その在り方に、心の底から敬意を表す」

 

 そして、戦場全体を俯瞰していたレイアは最後にそう告げる。剣殺しの弾丸。哲学兵装の付与などという理不尽をやってのけて尚、凌ぎ切られていた。今此処で、剣聖が生きていることそのものが奇跡だと言える。何度となく奇跡を起こし、剣聖はその度に強く命を輝かせて来ていた。その輝きに、心の底から敬意を表したと言える。

 

「かは――」

 

 だからこそ、このような幕切れになるのが残念で仕方がなかった。再び、剣聖は頽れる。四騎士の剣を抜き放った自動人形を前に、瀕死で尚食らいついて来た剣聖の意志の強さに敬意を払う。

 

「あんたに仕込んだのはな、終わらない蛇の毒(イオルムンガンドル)。決して駆逐できない完結した毒だよ。その毒は、たとえ殺してもあんたの身体を媒介に再び廻り始める。」

 

 頽れた剣聖の胸元を掴み、ガリィは剣聖を立たせる。再び全身を回り出した毒は、剣聖を内側から喰らいつくしていく。文字通り、全身を喰らい増殖していく毒という名の錬金術。それを解除するには、世界を分解するように、体そのものを分解し、毒だけを取り除くしかなかった。剣聖の技は目に見えないものを斬ってしまえる、一種の異端技術の極地である。それとは完全に別方向の極地であった。血刃を以てしても、一時的に無効化する事は出来ても、消し去る事までは出来なかった。或いは、フロンティア事変の様な奇跡を以て限界を越えれば消し去る事も可能であったかもしれないが、それ程の奇跡、早々起こるものでは無かった。一度斬り裂かれた毒は、再び牙を剝く。英雄の負っている痛みは、例えるならば内側から解かされていくようなものであった。

 そのような手段を用いてしか倒す事が出来なかった事に、自動人形は言葉にならない想いを抱く。

 

「そして、最後にはあんたが生きた証一つ残さないよ。それでもあんたは、抗うの?」

「――」

 

 至近距離で問いかけられた問いに、剣聖は口を動かすが言葉にはならない。だが、その目が何よりも雄弁に語っていた。まだ、負けてはいない。まだ、戦いは終わりでは無い。そんな事を告げている。その在り方に、その様に、ガリィは可哀そうなものを見るように表情を歪めて。

 

「なら、立って見せなよ。異端殺しの英雄さん」

 

 吐き捨てるように呟いた。剣聖の身体が大きく揺れる。四騎士の剣(ソードモジュール)。英雄を殺す為だけに作り上げられた決戦兵装。その刃が、剣聖の心臓を貫いた。青き剣が、剣聖の身体を貫通する。胸を貫き、背中からその刃が姿を現す。そして、剣聖の身体から刃が引き抜かれた。胸から血が流れだす。立つ事すらできず、剣聖は仰向けに倒れる。風が吹き抜けている。赤色の煤が舞っていた。剣聖の瞳から、意志の光が失われていく。

 

 ――

 

「あんたは頑張ったよ。戦って戦って、戦い抜いた」

 

 たった一人で、四機の自動人形を相手にしていた剣聖の姿を、自動人形はまるで褒め称えるように囁く。

 

 ――

 

「だというのに、最後の時は誰も助けに来てくれはしない。奇跡は一生懸命の報酬などでは無いわ。そんな崇高なものじゃない。だからこそ、こんな世界、壊れてしまえば良いのよ」

 

 そして、そんな剣聖を一瞥しガリィは吐き捨てる。それは、自動人形の本音だった。一生懸命頑張ったにも関わらず、誰も助けに来る事は無い。その命を燃やし切った挙句、燃え尽きる。剣聖を殺す為に動いていた自動人形だからこそ、そんな終わりが酷く気に入らなかった。

 

 ――

 

「さようなら、英雄と呼ばれた人間」

 

 目的を達成したのに、達成感など欠片も無い。そんな表情を、ガリィは浮かべる。それが、剣聖が最後に見た光景だった。意識が途切れて行く。自動人形たちが何かを言っている。言葉を聞き分ける事も出来なくなっていた。

 

 ――

 

 そして、最後に何かを聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして世界を壊そうなんて……」

 

 錬金術師を打倒した響は、悲し気に問いかける。世界を壊すなどという事が目的でなければ、何か手を取り合えたはずだという想いが、その言葉からあふれ出ている。

 

「忘れたよ、理由なんて。想い出を燃やし、力と変えた時に……」

 

 差し出された響の手を、キャロルは払いのける。そして、その瞳に暗い光を宿したまま、笑みを浮かべる。既に目的は達成していた。だから、錬金術師にとって、今の有様は、何の悔いも無いと言える。胸から血を流し、ただ錬金術師は静かに笑う。

 

「その呪われた旋律で、誰かを救えるなどと思い上がるな。お前の力は、歌は、所詮誰かを痛めつけるだけの力だ……。守る事など、出来はしない」

 

 イグナイトモジュール。呪われた魔剣によって生まれた、呪われた歌。それをその身に受ける事こそが、キャロル・マールス・ディーンハイムの目的であったと言える。既に必要な譜面は描かれ、目的への道は切り拓かれた。故に、今のキャロルは、装者の心にただ傷を付ける為に言葉を発している。そして、彼女たちの胸に消して消えない傷を刻み込む為、その命を終わらせる。それが最初から決められた計画であった。そして、言いたい事を全て伝えたキャロルは一度強く装者達を見詰め、暗い笑みを浮かべる。そして、一切の迷い無く、自害を行う為に錬金術を発動させた。燃え尽き煤と還る。それが、キャロルが己に定めた運命であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英雄の剣(ソードギア)第二抜剣(セカンドイグニッション)

 

 ――運命を斬り拓く刃(ブラッドスレイヴ)

 

 

 故に、その運命は斬って捨てられる。電子音声が鳴り響き、深紅の刃が振り抜かれる。風が駆け抜けた。血刃が、錬金術を斬って捨てる。

 

「な、――」

 

 錬金術師の表情が驚愕に染まる。

 

「何故、お前が此処にいる――?」

 

 それは、本来有り得ない出来事。あってはならない展開。錬金術師は、そんな命令を下してはいない。にも拘らず、黒金の自動人形はこの場に現れていた。黒金は英雄の軌跡である。であるならば、英雄が、仲間の死を許すはずが無い。血刃が、まるで錬金術師を守る様に装者に付きつけられる。何度も少女たちを守ってきた力。それが、今、少女たちに向け牙を剝く。

 

『アレは、駄目だ……』

 

 通信機越しに、弦十郎の声が届く。装者達にはそれどころでは無かった。対峙するから解ってしまう。あの力は、戦ってはいけないものである。

 

『く、俺が出るッ!! 緒川が先行、何とか俺が着くまで持ちこたえさせろッ!! 藤尭、指揮は任せるッ!!』

 

 指令室では慌ただしく怒声が飛ぶ。現れた敵は、それだけ規格外だと言えた。

 

『司令!!』

『なんだ藤尭ッ!?』

『突如高レベルの反応が出現。この波形パターンは……、フォニックゲインです!!』

 

 弦十郎が出撃する。その直前、藤尭の言葉が飛んだ。それどころでは無いが、あまりに必死な声音に半ば怒鳴る様に弦十郎は問い返した。

 

『フォニックゲイン、だとぉッ!?』

 

 そして、予想もしない言葉を聞かされ呆然と零す。波形パターンが検出されたのは、少女たちが戦う場所とは随分と離れたところにあった。

 

『これは、アガートラームが反応している?』

 

 そして、マリアの呟きが届く。フォニックゲインに呼応するようにアガートラームが反応を示している。まるで、何かに気付いて欲しいと言わんばかりの輝きだった。

 

『一体、何が起こっているんだ……』

 

 装者達の現在地はすべて把握している。その上で、近辺の住民の避難も完了している。故に、高レベルのフォニックゲインが検出されるはずが無い。理解不能な事が起こっていた。ただ一つ言える事は。

 

『――自動錬金(オートアルケミー)

 

 少女たちを守ってきた力が、少女たちに振るわれるという事だけである。黒金の全身から、金色の輝きが吹き荒れる。それは、まるで命の輝きであった。英雄の軌跡が今、黒金の英雄と到達し、運命を斬って捨てる。煤が舞っている。風はただ、吹き抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武門、討死(三回目)
四騎士、武門討伐
キャロル、自動人形に守られる
黒金、第二抜剣 VSイグナイト戦
弦十郎&緒川 出撃


この小説、偶に誰が主人公だっけってなります。
戦線離脱からの強襲してきた黒金ちゃんは、人形なので武門以上に滅茶苦茶します

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。