煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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14.英雄の軌跡

「藤尭、自動人形の現在地はッ!?」

 

 予想だにしなかった事態。予想だにしていなかった出来事。それが起こった時、弦十郎の中で何かがぴたりと重なっていた。錬金術師だけがただ一人戦っていた。その姿にかつての戦いが思い起こされる。最大戦力が目立つ戦いを繰り広げている。にも拘らず、自動人形の援護が入らない。その違和感に、思い当たる事があった。ルナアタックの際に行った、シンフォギアを用いた陽動。己が採った采配が思い起こされる。

 

「自動人形の現在地観測できません。ですが、依然フォニックゲインは高まっています!」

 

 最初に自動人形が狙ってきたものは何か。最初に遭遇したのは誰か。S.O.N.G.発足直前に仕掛けて来た行動は何の為だったのか。シンフォギアが狙われ始め、次々と装者の持つペンダントが壊されていった。ユキに狙いを定めた事こそが陽動だと思っていた。だが、そうでないとしたら。最初から、この時を狙っていたのだとすれば。

 

「どうやら、俺は戦場から離れ随分と勘が鈍っていたようだ。緒川ッ!! 命令を変更。お前はフォニックゲインの高まった地点へと向かえ。俺は、装者の援護に向かう」

「了解」

 

 弦十郎が指示を出し直す。最大戦力を用いた陽動。同時展開される陰謀。見事に掌の上で転がされていた事に嘆くのは後にし、S.O.N.G.司令は指示を出していく。

 

「私も出撃させてください」

「マリア君が?」

「アガートラームが反応を示しています。私はいかないといけない。そんな気がするんです」

 

 マリアの言葉を聞いた弦十郎は僅かに思考を巡らせる。後手後手に回っていた。打てる手は多いに越した事は無い。

 

「メディカルルームにリンカーがある。君用に調整されたものでは無いが、無いよりは良いだろう」

 

 そして、弦十郎は出撃の許可を出した。

 

「緒川、マリア君を頼むぞ」

 

 そして、各々は自分の行くべき場所へと向かう。手遅れになる前に。そんな思いを胸に、走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コイツは……ッ!?」

「黒金の……自動人形ッ」

 

 抜き放たれた血刃を認めたクリスと翼は、その強すぎる圧力に思わず息を呑む。フロンティア事変の折、何度も煮え湯を飲まされた相手であった。彼女らが黒金と初めて遭遇したのは、東京番外地・特別指定封鎖区域である。装者同士の果し合い。それが行われるという事で、呼び出しに応じた戦いだった。その折にウェル博士の姦計によって、装者同士の戦い自体が行われず、黒金の自動人形とネフィリムによって響の腕は落とされる事になった。それだけでも、黒金の自動人形と三人は因縁が深いと言える。

 特に、クリスと翼は身動きの取れない状態で仲間が痛めつけられていた。当時の口惜しさは、筆舌に尽くし難い。更には、フロンティア浮上後の戦いで一度は上泉之景に致命傷を負わせていた。文字通り、一度殺している。そんな因縁もあり、自然とアームドギアを握る手に力が入る。

 

「……ッ!? あなたは、キャロルちゃんを……」

 

 突如現れた黒金の姿に、一瞬響は怯んでしまうが、己を叱咤し言葉を交わす。キャロルが何かをしようとしていた。それを、黒金が血刃を以て阻止したのは何となく解ってしまった。その姿が、あまりにも自分の知る姿に酷似していたから。ユキさんが、絶唱を斬り裂いた時の姿に余りにも似ていたから。そう、響は思ってしまったから、話し合えるのではないかと思い声をかけていた。

 

『――自動錬金』

「――え?」

 

 そして、電子音声が鳴り響く。立花響の拳は解かれていた。故に、最初に動いたのは黒金だった。黒金の小手が金色の輝きを撒き散らす。その輝きの持つ力は、英雄の持つ黒鉄の右腕の能力を遥かに凌駕する。異端技術である、童子切の欠片より作られた英雄の剣。シンフォギアが歌を力と変えるように、戦いその物を出力と変え、錬金術を発動させる。高速機動。イグナイトを用いて尚、視認する事が出来ない程の速さで黒金は迫る。黒金の右腕。響の身体に叩き込まれた。

 

「うああああッ!?」

「立花ッ!?」

 

 信じられない速さで吹き飛んでいく響の姿に、思わず翼は声を荒げる。金色の粒子が舞い踊る。錬金術師が、ただ茫然と見つめている。その姿だけで、現状が錬金術師の掌の上に無い事は理解できる。だが、それが解ったところで事態が好転する事は無い。手にした天羽々斬。握り締め黒金を倒すべき敵と見定める。

 

「ッ!? 馬鹿な……、速すぎる」

 

 それでは遅すぎた。響を殴り飛ばしたはずの黒金は、すでに血刃を手に間合いの内側に入り込んでいる。現実に怒っている出来事が正確に理解できず、翼の瞳は見開かれる。

 それでも、鍛え上げて来た防人としての力は反射的に行動を起こす。眼前に現れた明確な脅威。己の憧れた相手の持つものと同じ力。その強さを嫌というほど知っている身体が、理屈ではなく反応で動き出す。動かねば死ぬ。羽々斬が血刃とぶつかり合った。ほんの僅かな膠着。次の瞬間には、アームドギアが斬り落とされる。アームドギアを構成する力が斬り落とされていた。それでは、斬り合えるはずが無かった。それでも、ほんの一瞬生まれた時間。刹那とも言える時を身体が見出し、刃その物を辛うじて往なす。

 

「先輩――ッ!?」

 

 死線を潜り抜けた翼の姿に、クリスは声を荒げるが翼はそれどころでは無い。斬撃は、一撃だけでは終わらない。返しの刃が存在する。叫んだ時には、既に二撃目が飛んでいた。

 

「まだだッ!?」

 

 それを対し、翼は前に飛ぶ事を選択する。至近距離である。反射的な動きであったが、刃が届くよりも蹴りが刺さる方が早い。剣聖が多用するように、翼は相手を蹴り飛ばすと同時にその衝撃を反発する力と用いる事で死地を脱する。同時に、天羽々斬を再び生成する。

 

「コイツでどうだッ!」

 

 その間にクリスは誘導弾を展開、翼が離脱と共に作り出した隙目掛けて全弾打ち込む。小型の誘導弾数十発が、黒金目掛けて駆け抜けていく。着地。態勢を立て直した黒金、誘導弾を見据える。跳躍。飛び退る事で誘導弾から幾らかの時間を作り出す。左腕の甲から生成されている血刃。深紅を鮮やかに煌めかせる。踏み込み。

 

「んなッ!?」

 

 風が吹き抜ける。放たれた誘導弾は全て斬って落とされ、光と消える。数十程度の弾幕では、剣聖の剣には届かない。血刃は目に見えないもの全てを斬って捨てる。力そのものが斬られていた。

 

『――自動錬金』

「来るぞ雪音ッ!」

「解ってるけどッ!?」

 

 再び自動音声が鳴る。黒金の腕から輝きが吹き荒れる。高速機動。展開された黒き外装。黒金の無機質な金眼を覆い隠す。光が弾けた。

 

「おおおおおおッ!!」

 

 その直後、閃光が駆け抜ける。吹き飛ばされていた立花響。腕部と腰部の推進装置を全力で起動させ、一直線に黒金に立ち向かう。話し合う余地があるとは今でも思っている。だけど、友達の命が狙われている。そんな状況でもなお対話を選ぶ余裕が響にはなかった。打ち込まれた拳を通して解ってしまったのだ。黒金は既に決めてしまっている。その意思は変わらない。だから、響は黒金が誰かを殺してしまわないように拳を振るう。

 

「続くぞ!」

「ああ。大きいのは任せろ!」

 

 響の渾身の一撃からの、流れるような連携。僅かに虚を突かれた形になった黒金に二人は狙いを定める。翼が羽々斬を以て響と連携を取り、その間にクリスが大技を放つ為出力を更に収束する。すでにイグナイトを発動させてから幾らか時間が流れていた。魔剣の抜剣にはそれ相応の代償がある。心の闇を増幅させる副作用がある為、長時間の抜剣は装者に悪い影響を与えてしまう。そのため、イグナイトには稼働時間が決められていた。999カウントから始まり、すでに半分を切ってしまっている。時間が過ぎれば、シンフォギアは強制的に解除されてしまう。それまでに、戦いを終わらせなければいけなかった。

 

「あなたが何を目的にしているのか解らない。だけど、その剣が誰かに向けられるのならッ!」

 

 響は叫ぶ。誰かを倒す為に戦うのは嫌である。だけど、誰かを守る為ならば拳を握るのを厭う事は無かった。単純だけど、だからこそ大切な想い。親友が思い出させてくれた想いを握りしめ、刃を振るう黒金を無力化する為に打ち掛かる。外装に覆われた瞳と視線が交錯する。金眼は、ただ対峙する相手を見据えていた。至近距離。黒金は、響の一撃を首を逸らす事で往なすと、その腕を掴み取る。

 

「うあッ!?」

 

 そのまま即座に、空いている腕で響の頭部を打つと翼に向かい投げ飛ばす。思わず翼は追撃の手を止め響を受け止める。その時には黒金が迫っていた。

 

「かはッ!」

 

 その隙を充分過ぎるほど突かれていた。鋭い蹴りが翼に突き刺さる。手にしていた羽々斬が零れ落ちる。そのまま響ごと吹き飛んでいく。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 叫び声が届いていた。視線を向けた黒金の瞳に、強大な誘導弾が迫っていた。大型のミサイル。二人が吹き飛ばされたのが幸いと、クリスは必殺の一撃を放つ。

 

『――自動錬金』

 

 それに対して、黒金はあろう事か右腕を強く握り直した。そのまま何の躊躇も無く誘導弾に向かい跳躍した。拳。黒金の右腕は金色の輝きを迸らせながら誘導弾に突き刺さった。爆撃。凄まじい衝撃が駆け抜け。爆炎が舞い上がる。

 

「直撃!?」

 

 思わずクリスが目を見開く。倒す為に放った一撃であるが、まさか殴り掛かって来るとは思っていなかった。あり得ない行動を前に、爆炎を呆然と見つめる。血刃。凄まじい速度で駆け抜けていく。爆撃が黒金に到達する前に斬って捨てられる。砂塵が風に流れ、やがて黒金はその姿を現す。

 

「無傷、だと……?」 

 

 呆然と呟いた。黒金は誘導弾を自ら殴り飛ばして尚、何の損害も受けていない。単純な話であった。大型の誘導弾を捌くのが面倒だった黒金は、自ら起爆させる事で邪魔な誘導弾を止め、その爆撃が己が身を蝕むより早く血刃を以て斬って捨てただけであった。人であるならば絶対に行わないであろう戦い方に、思わずクリスは息を呑む。人外の身体能力と耐久力、そして血刃の力が合わされば常識で測れない戦闘能力を発揮していた。先達はこんなものをたった一人で相手にしていたのかと思うと、シンフォギア装者であったとしても戦慄が禁じ得ない。

 

「こんな相手、どうすれば……」

「抜剣をして尚、これ程まで押されるとはな」

 

 何とか立ち上がった響と翼ではあるが、思わずそんな言葉を零す。

 

「だけど、相手が強いからって、それだけじゃ諦める理由にはならない」

「ああ。強い相手と戦ってきた。それは、何も今回ばかりだけでは無い」

「なら、こんな所で負けてられねぇよな」

 

 それでも、三人が諦める理由にはなり得ない。確かに対峙する黒金の自動人形は強い。だけど、強い相手とは何度も戦って来ていた。それだけでは、少女たちが諦める理由にはなり得ない。どんな時でも、私たちは一人で戦っている訳じゃない。三人は手を繋ぎ、歌を灯す。立花響の絶唱特性。他者と手を繋ぎ合う事で、その力をより強く増幅させる事が出来る。三人には共に戦ってきた信頼があり、想いがあった。起こして来た奇跡があり、守ってきた軌跡があった。その全てを無駄にしない為、大切なものを守る為、歌を歌う。

 

「信じよう。胸の歌を。託された想いを。S2CAトライバースト!!」

 

 そして、響が二人を一瞥すると黒金を見据え宣言した。

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal――』

 

 三人の絶唱が詠われる。周囲のフォニックゲインが高まり、少女たちに力を与えて行く。信じ合い、響き合う音色が未来を守る為、立ち塞がる強敵を打ち払う為、少女たちの意志を代弁するように強く輝きを増していく。

 

「フォニックゲインを力と変えて!!」

 

 繋ぎ束ねられた力。大切なものを守る為に歌われた歌。少女たちのフォニックゲイン。その高まりが最高潮に達した時、響のガングニールの装甲が稼働展開する。虹色の輝きを響は纏う。風が吹き抜けていく。倒すべき敵を見据えた。黒金はただ、血刃を手に装者達を見詰めている。

 

「これが私たちの、絶唱だ!!」

 

 繋ぎ束ねた想いの力。それは少女たちの想いが紡ぎ上げた一つの奇跡。

 

「――え?」

 

 故に、奇跡は斬って捨てられる。繋ぎ束ねた想いの力。目に見えない想いの力。そんなものは、血刃にとっては斬って捨てられる程度のものでしかない。集められた繋がりは、その全てを斬って捨てられる。一つ一つは小さな力。それを束ねるのが立花響の特性であり、強みであった。

 

「な、んで……?」

 

 ならば、束ねられる前に散らしてしまえば良い。強みは一転して弱みに成り兼ねない。目に見えないものを斬る事こそ、童子切の、血刃の本領である。どれだけ他者と繋がり力を束ねる事が出来ようと、その繋がりを斬られてしまっては戦いようがなかった。

 

「ギアが……重い……?」

「なんだよ、これ……」

 

 シンフォギアは歌によって高められたフォニックゲインに呼応するようにその出力を高める事が出来る。逆を言えば、フォニックゲインが無ければ本来の性能を出し切れないという事でもある。想いは斬って捨てられ、歌は斬って捨てられる。相手が悪いなどという生易しいものでは無い。シンフォギアで制限の無い血刃の使い手を相手にするのは不可能に近いと言える。

 

「あ……ッ!?」

「ギアが解除された」

「嘘、だろ」

 

 フォニックゲインが急激に下げられた事により、イグナイトはおろか通常のシンフォギアを展開する出力すら得られずギアが解除される。黒金の自動人形を前に、三人の装者は抵抗する術を奪われていた。

 

『――自動錬金』

 

 そして宣告は下される。生身で放り出された少女らを見据えると、黒金は自動音声を鳴らし血刃を翳す。

 

「あ――」

 

 振り上げられた剣を響は呆然と見詰めていた。斬られる。漠然とそんな想いが胸に過る。不思議と、怖いという気持ちは抱かなかった。ただ、未来に大切な事を教えて貰ったのに、結局何にもできなかったという気持ちが沸き上がる。ごめんね未来と心の中で呟く。

 

「このバカ!?」

 

 その直後、響は軽い衝撃を受けていた。クリスが響を庇う様に前にでていたからだ。目が見開かれる。振り上げられた刃が酷くゆっくりのように感じられた。自分が斬られるときにはそれ程恐怖感が湧かなかった。だけど、友達が斬られる状況になった途端、凄まじい悪感に襲われる。

 

「雪音!?」

「クリスちゃん――」

 

 響と翼が焦ったように声を荒げる。だけど、咄嗟に動いたクリスの身体は血刃を躱す事は出来ない。クリスは強く目を閉じる。気が付けば体が動いていた。立花響と風鳴翼は大切な友達である。クリスにとってはどうしようもなかった自分に手を差し伸べてくれた大切な人達である。何よりも守りたい存在であると言えた。死にたい訳では無い。だけど、コイツ等のうちどっちかが死ぬぐらいならばと思った時、身体は動いた後であった。血の刃が迫る。その姿に、結局何も出来なかったという想いが胸に過り、最期にもう一度逢いたかったと言う想いが沸き上がる。涙が浮かんでいた。

 

「独りぼっちが、大切なものを求めちゃいけなかったんだ。それでもあたしは……。あたしの居場所を……」

 

 胸の内に過った言葉が零れ落ちる。守りたかった。だけど、そうするには自分だけではどうしようもなくて。それが悔しくて涙を零す。そして直ぐに来るである痛みに、身を強張らせた。

 

「そんな悲しい事を言ってくれるな」

「な、んで……?」

 

 そして、来るはずの痛みが来ない事にゆっくりと目を開くとそこには見慣れた背中があった。雪音クリスを始めて守った大人。孤児となり帰国したクリスが行方不明になった時、最期まで探し続けた人間。S.O.N.G.を統括する男。風鳴弦十郎が血刃を掴んでいた。

 

「言った筈だぞ。子供を守るのは大人の務めだ。後は任せろ」

「うん……」

 

 そして弦十郎は父親のような笑みを浮かべる。その圧倒的な存在感に、思わずクリスはへたり込む。助かった。そんな想いが胸を突く。浮かんでいた涙が零れ落ちる。

 

「さて、うちの者達が随分良い様にやられたようだな。借りは返させて貰うぞ」

 

 黒金が後退する。刃を引かれれば、流石の弦十郎と言えども腕を斬られかねない。掴んでいた刃を放すと拳を握った。黒金は静かに体勢を立て直す。両者の間で、無言のやり取りが交わされる。英雄の軌跡である黒金の自動人形を以てして尚、風鳴弦十郎は容易な相手では無い。そして、それは弦十郎からしても同じだった。簡単に動ける相手では無いからこそ、両者は互いを計り合う。風が吹き抜ける。不意に黒金が笑った。やがて、両者が動きだす。拳と黒金の小手がぶつかり合う。斬撃が飛び、拳が唸りを上げる。超至近距離にも拘らず、剛撃と剣閃が入り乱れる。それでも、互いに一撃たりとも届かせる事が出来ない。数瞬のぶつかり合い。瞬く間に交わされる剣と拳の応酬に、装者達はただ見ている事しかできない。そして、再び両者が一度距離を取る。

 

「何故だ」

 

 そんなせめぎ合いの中、呆然と眼前で行われているぶつかり合いを見ていた錬金術師が零した。その視線はただ、黒金の自動人形だけを見詰めている。

 

「何故今更になって現れる……」

 

 少女は、黒金の後ろ姿に、確かに英雄の姿を見ていた。黒金は少女の英雄では無い。だが、英雄の軌跡であるのだ。それが、今更になって少女の前に現れた理由が理解できない。何よりも、何故今になって現れたのかと思うと胸の中で様々な葛藤が沸き上がる。

 

「何故英雄(おまえ)はオレの前に現れた! オレを守るとでも言う心算なのか! 答えろ英雄!!」

 

 キャロルにとって、守って欲しかった時期などとうの昔に通り過ぎている。英雄が傍に居て欲しかった時期など、遥か昔に終わっているのである。にも拘らず、今更になって少女を守る様に現れた英雄の軌跡の行動に心が大きく揺さぶられてしまう。黒金が話せない事など自身が一番理解しているのにも拘らず、そんな事を叫んでしまう。

 

「何を……」

 

 唐突に上がった激昂に、ほんの僅かに弦十郎の注意が逸れる。

 

『――自動錬金』

 

 それとほぼ同時に黒金が高速機動を開始する。キャロルを回収し、弦十郎から距離を取った。深手を負い上手く動けないキャロルは、黒金に大切なものを抱くように抱き上げられながらも、その姿を睨みつける。

 

「何故だ!! 何故おまえは今更オレを助ける!! 何故オレの一番傍に居て欲しかった時に傍に居てくれなかったはずなのに。オレの手伝いは出来ないと、オレを否定しながらなんで今更……ッ」

 

 そこまで叫んだところで不意にキャロルは気付いた。別に英雄はキャロルの想いを否定した訳では無いと。その方法だけを否定していたのだと。少なくとも、父親を大切にしていた事だけは認めていてくれた。そうでなければ、英雄の軌跡が錬金術師を守ろうとなどしない筈だ。そう結論付けた時、極限まで高まっていた感情が急速に静まっていくのを感じた。キャロルは力なく笑みを浮かべる。自動人形たちの言うとおりである。自分は英雄の事となると、冷静に周りが見えなくなる事があるのかもしれないと思い直す。

 

「退くぞ……」

 

 そして、キャロルは黒金に吐き捨てるように呟いた。自動人形は静かに頷く。そして機械音声を辺りに響かせると、姿を消したのだった。 

 

 

 

 

 

『これは――』

 

 フィーネは焦っていた。上泉之景が受けた毒。それは、ある種の到達点である。死して尚対象を媒体として蘇る完結した毒である。その本質は毒というよりも、対象の体内で構成される錬金術である。それは、対象が生きている限り生き続ける毒であると言える。それが既に全身に回っている。幾ら剣聖が血刃の使い手とは言え、全く同じタイミングで自身の全身を斬り裂く事などできはしない。血刃が斬撃である以上、僅かな時間差は存在する。それがある限り、毒を駆逐し尽す事は不可能であると言える。

 

『ッ。こうなったら』

 

 無理やり起動させたネフシュタンの力。それは、心臓を打ち貫かれた剣聖の身体機能を仮に維持するのが精一杯である。ネフシュタンが司るものは無限の再生である。終わらない蛇の毒とは性質が似通っている。完全聖遺物のネフシュタンであったのならばまだしも、欠片でしかないネフシュタンの腕輪では再生が追いつかない。蘇る傍から殺されていると言える。そして、腕輪は完全では無い為、やがて蓄えられている力は尽きるという事であった。つまり、その時こそが剣聖の終わりであると言える。心臓は貫かれている。ネフシュタンの生命維持が途絶えればそれこそ本当に死んでしまう。そんな事、自身の娘の為にも許す訳にはいかない。とは言えフィーネに取れる手段はそれほど多くは無い。腕輪に剣聖の身体を喰らわせる事を選択する。力が足りないと言うのならば、何かで補うしかない。それが、その手段だと言えた。

 

『この男――』

 

 ネフシュタンの浸食が始まる。フロンティア事変の時とは比べ物にならない浸食を行って尚、毒を正面からぶつかり合い、せめぎ合う程度の出力しか得られない。ネフシュタンとの融合の深度が加速する。剣聖と始まりの巫女の意識が混ざり合う。そして、始まりの巫女は知る。剣聖の持つ力。血脈の剣。それには、まだ先がある。

 

 ――Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl

 

 そこまで見たところで、不意にネフシュタンの力が加速度的に上昇する。思わず辺りに視線を向ける。歌が聞こえていた。その姿を認め、フィーネは思わず息を呑む。剣聖を助けに来るものは存在しない。強すぎるから。ただの人では英雄の傍らに立てないように、シンフォギアという力を持つ少女達ですら、その傍らにいる事は出来はしない。

 だけど、そうだとしても、見ているものは確かに存在する。剣聖の歩んだ軌跡。死者の言葉を抱きしめ、誰かの死を大切に守って来ていた。今を生きる者達が剣聖の傍に立つほどの力が無かったとしても、それでも剣聖の戦いを見ていた者達は確かに存在していた。

 

『天羽奏。それに、あの子は確かF.I.S.の』

 

 誰かの死に寄り添い、死者を見ていた剣聖だからこそその領域に到達していた。死者を見据える力。それは、童子切の特性では無かった。目に見えないものを斬る童子切を手にした剣聖だからこそ届いた力である。剣聖と融合が進むフィーネであるからこそ見え、聞こえる。歌が鳴り響く。剣聖がこれまで歩んだ軌跡の中で出会った死者。互いが誰かの為にと絶唱を詠った少女だった。今を生きる人たちが剣聖に寄り添う事が出来ないとしても、剣聖が死に寄り添う様に、死して尚死に切れなかった人間たちがその背を押している。まだ、死んではならないと。まだ、立ち上がれると。死して尚。否、誰かの為に死んだからこそ、自分たちの想いを汲んでくれた剣聖の在り方に強烈過ぎるほど惹かれていた。

 

『まだ、あんたはこちら側に来るべきじゃない。来ちゃ、いけないッ!!』

 

 天羽奏は風鳴翼を心配し死に切れずにいた。だが、その翼は剣聖によって打ち直されていた。悩む事はあるだろう。立ち止まる事もあるだろう。だけど、それでも翼は前に進んで行けると確信を持ったからこそ、奏の中で翼への未練は無くなってしまっていた。それで消えるまでの間に見てしまった。剣聖の在り方を。英雄の進む道を。死者の言葉を抱きしめ、誰かの為にと命を燃やすその生き様を。本当に何の躊躇も無く死線に踏み入るからこそ、放っておけなかった。この男は放っておけば近い内に確実に死ぬ。親友の恩人にそんな確信が芽生えたからこそ、奏は消える事を良しとできなかった。

 

『あなたは姉さんに大切な事を教えてくれました。マムの真意を一言で解ってくれました。マリア姉さんは、調は、切歌は、母の真意を教えてくれたあなたに生かして貰ったんです。私の大切なものを守ってくれたあなたに、私はまだ何も返せてない。なにも、出来ていない。そんなのは嫌ッ』

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹であるセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。フロンティア事変の折、揺れ動くF.I.S.の面々をずっと傍で見ていた。弱い人を守る為、そんな尊い想いを持ちながら悪い方向に揺れ動いていく大切な人々を見ている事しかできなかった。姉に伝えたい事がある。だけど、既に自分は死んでいる。だから、何一つとして伝える事が出来ずに、ただ見ている事しかできなかった。そして、マリアは世界に向け歌を歌い、未来を切り拓けずに泣き崩れた。傍に居ながら、何一つ助ける事が出来なかった。そんな折、英雄は現れた。マリアに死者を見る事が出来ないという摂理を切って捨て、死者の言葉を届かせていた。そして、セレナは大切な事をマリアに伝え、姉をもう一度立たせる事が出来ていた。その時に、セレナにとって、マリアはもう心配しなくて良い存在になっていたと言える。そのまま消えるまでの間、姉たちの傍に居て今を生きる人たちの在り方を見ていた。そして、マリアとユキの話を一人傍らで聞いていた。剣聖の、英雄の在り方にどうしようもならない程の危うさを感じた。この人は、きっと誰かの為に戦い、誰かの為に死ぬ。何よりも、自分がそうしてしまったからこそ、セレナもまた強くそう感じ取っていた。大切な姉を助けてくれ、自分の、そして母の想いを汲んでくれた相手だった。でき得る事なら死んでほしくない。そう、セレナが強く思うのも無理はなかった。

 

『お前達』

『英雄を助けに来る者はいない。誰がそんな事を決めたんだよ』

『頑張った人は報われるべきです。この人は、死した私たちの想いすら、拾い上げてくれた。なら、誰も助けに来れないと言うのなら、誰かが来れるようになるまでは私達が背中を押すんです』

 

 始まりの巫女と、二人の歌姫は似て非なる存在である。だとしても、英雄の行きついた力は、目に見えないものを見る力は、死者の言葉を、今を生きる者の言葉へと到達させる。歌は歌う者が居て、聞くものが居てこそその真価を発揮する。誰にも聞こえない死者の歌は、死者の声を聞ける存在が在り始めて今を生きる歌に到達する。死した歌姫が奏でる旋律が、英雄にまだ終わっては駄目だと切実に訴えかける。

 

『これならば――』

 

 急速にフォニックゲインが高まっていく。なにせ、歌うのは命を燃やし尽くし奏でられる歌。二人の絶唱によって高められる歌は七十億の奇跡には届きはしない。だとしても、死の淵に踏み入った剣聖を引き戻す位の奇跡にならば到達する。ネフシュタンの力が急速に稼働する。毒に殺される身体を再生成し、穿たれた心臓を再び強く脈打たせる。

 どくん。っと、穿たれた心臓が強く鼓動を叩いていく。フィーネが歌姫を見る。奏が親指を立て、セレナが小さく笑い手を振っていた。今を生きる者達では英雄の隣に立てはしない。剣聖は強すぎた。だから、それは事実なのかも知れない。だとしても。それでも見ている者はいる。まだ倒れては駄目だと声援が届く。例え英雄が立てなかったとしても、他の何でも無く、英雄の歩んだ軌跡が奇跡を手繰り寄せる。

 

「あん?」

 

 不意に、自動人形が声を上げた。倒れ伏す剣聖。その様子が何処かおかしい。同時に、高まっていく力に漸く気付く。歌姫による高められたフォニックゲイン。何の前触れもなく、唐突に発生していた。少なくとも、死者の見えない自動人形にはそう感じられた。

 

「チッ。流石は英雄といったところね。だけど、何かをする時間は上げないわ。ミカちゃん」

「解ったんだゾ! 必殺の!」

 

 ガリィとミカは剣聖の身体に触れる。いくら英雄が奇跡を起こすとは言え、跡形もなく消し飛んでしまえばそれで終わりだった。互いの力を収束させる。反発消滅の力。それが剣聖の身体を消し飛ばす。

 

「触れるな、下郎が」

 

 その直前、声が届いていた。

 

「な、に……ッ!?」

 

 紫色の障壁が二人を弾き飛ばしていた。風が吹き抜ける。ゆらりと剣聖の身体が立ち上がる。閉じられていた瞳が再び開く。金眼。剣聖の瞳とは違っていた。

 

「英雄は少し寝ているのでな。それまでは始まりの巫女(わたし)が相手をしてやる」

 

 左腕が振るわれる。起動したネフシュタンの腕輪。その紫鞭が阻む脅威を打ち払うが如く唸りを上げる。左腕のネフシュタンが淡く輝き、黒鉄の義手が赤き輝きを放つ。

 

「始まりの巫女、だと……?」

 

 目の前で起こっている事が信じられず、自動人形は敵を見詰めた。

 

「英雄様に感謝する事だな人形共。誰かを生かす為の剣しか使わない。私は、上泉之景のように優しくはない」

 

 そして始まりの巫女は告げる。上泉之景の剣技は誰かを生かす為のものである。だが、剣術とは元来敵を殺す為の術であり、武門とは、元々そちらに本質がある。故に、上泉之景の剣を活人剣と言うのならば、その先もまた存在していた。誰かを生かす事を託されている。故に、上泉之景は殺人剣を使わない。そして、その在り方は敵を殺す技術とは真っ向から反発しあっていた。それはつまり、

 

「タガの外れた英雄は、私が動かして尚、先程よりも遥かに強いぞ」

 

 普段の剣聖の剣は、戦いという観点ではさらに上が存在するという事になる。剣聖は全力で戦っていた。だが、誰かを生かす事を託されていた。故に、殺人剣を使う訳にはいかなかった。誰の為にでも無く、己の意志の為に使われる事は無かった剣。それが今、抜き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 




装者、歌を斬られる
黒金、初笑顔。強敵を前に武門スマイルを覚える
キャロル、気持ちに一段落着く
奏、セレナ 絶唱
武門、憑依合体
自動人形、武門INフィーネ戦

この小説においては、奏さんとセレナが翼とマリアの傍に居ないのは、大体武門の所為。誰かの為の英雄も、女の子から見たら直ぐに死にそうな駄目な男なのデス

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