煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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16.終わらない蛇の毒

「……記憶の再インストールを行う」

 

 錬金術師の拠点。黒金に抱かれその場に辿り着いたキャロルは、その場に集結していた自動人形たちに告げた。計画に則り行動し、大部分の記憶は焼け落ちていた。それでも血刃によって錬金術と、記憶が燃やされる炎が斬り落とされ、記憶の全てが消えた訳では無いが戦力としては随分と劣化したと言わざる得なかった。錬金術師の元々の計画からは幾らかずれてしまってはいたが、修正できない程では無い。抱きかかえさせていた黒金に己の身を降ろさせると、四機の自動人形に負った傷の再生の為に錬金術を用いさせた。毒というのは薬と紙一重である。特定の対象を殺すような毒を作るのに比べれば、万人の治癒能力を促進させる薬を作る事はそれほど難しいものでは無かった。傷付いた身体と、記憶の修復。本来ならば身体ごと破棄する予定だったそれを、残り少ない予備躯体の温存が出来たのだと良い方向に考える。想定外な事態こそ起こりはしたが、錬金術師にとって不利な事は起こっていないと言える。ならば、焦るような段階では無い。ただ、少しだけ気になってしまう。

 

「お前は、何を考えている?」

「――」

 

 己を抱きかかえさせていた黒金に向き直ると、キャロルはそんな言葉を投げかける。その言葉に、黒金の自動人形はただじっと見つめる事で答えた。会話などできはしない。だが、黒金は言葉の意味は理解している。己の中で考えることを禁じてはいない。だから、動いたという事なのだろう。

 キャロルが黒金に与えている命令は一つだけである。主である錬金術師である自分と、四機の自動人形。黒金から見たら、上位存在に当たる者からの命令の完遂だった。だから、黒金はフロンティア事変の折にはウェル博士の命令を聞いたのである。博士に接触を図った際、ウェル博士を一時的に上位存在の中に組み入れたからだった。とは言えそれは一時的な例外である。本来は、錬金術師の周りの存在の命令を聞く事が、黒金に出されている指示であった。故に、黒金は指示を出された事を忠実に実行するが、指示されていない事はしない筈だった。何せ、黒金にはキャロルに従う義務はあるが義理は無い。その筈だった。英雄の軌跡である黒金にとって、ある意味キャロルは自分の育ての親と戦わせている仇敵の様なものでもある。だからこそ、何故黒金が動いたのか正確な理由は解らない。ただ、英雄の軌跡が動かしたのだという事だけは解った。

 

「英雄は、毒に塗れましたよ」

「そうか」

 

 ガリィの報告にただ頷く。終わらない蛇の毒。用いられたのは、錬金術の到達点の一つだった。神すらも殺したという毒の模倣。かつて存在した偉大な錬金術師が辿り着いた研鑽の果て。錬金術師のキャロルをして、本当に神を殺す事が出来たのかまでは解らないが、一つだけ解る事があった。その毒に侵されたら最後、生き物であれば、絶対に死に至るという事だった。瞑目する。こんな終わらせ方で本当に良かったのかという想いだけが過った。思えば、英雄はキャロルを否定したのでは無かった。その歩む道程を否定しただけであった。まだ止まれると、そう告げていたのである。それが、ほんの少しだけ胸の中を燻る。

 英雄の軌跡である黒金が、まるで英雄であるかの如く奇跡を手繰り寄せていた。キャロルだからこそ解ってしまう。黒金は、別に装者を殺そうとしたのではない。血路を斬り拓くためだけに、その刃を振るっていた。その気になればイグナイトごと切り伏せられるのである。錬金術師の目的の事もある。その為か、まるで、剣聖のように手心を加えていた。

 

「……」

「マスター、どうかしました?」

「いや、何でもない」

 

 錬金術師は右手を軽く握る。キャロルならば兎も角、エルフナインには毒を癒す術はない。英雄の軌跡に、ただ守られてしまっていた。二つの事実が、胸の内にしこりのように残っていた。

 

「オレは暫く眠る事になる。計画の進行しておけ」

「はぁーい。一番乗り目指して、頑張りまーす☆」

 

 頭を振るい、錬金術師は自動人形に命令を下す。そして、自身は傷を癒しつつ、記憶の転写を行う為、拠点の中にある大型の装置の中に入り、姿を消した。

 

「……、想定外に次ぐ想定外。これも英雄の軌跡ってやつなのかしら、ね」

 

 そして、主が姿を消した事でガリィは黒金に向き直る。黒金は自動人形である。だけど、ガリィを含めた四機と違い、生粋の自動人形と言う訳でも無い。

 

「――」

「だんまりか。まぁ、そりゃそうよね。クロちゃんは、猫みたいに気ままに立ち振る舞う事が許されている」

 

 言葉を交わす事なない金眼に、青はワザとらしくため息を吐く。返事など最初から期待していない。

 

「まぁ、良いわ。マスターを守った事だけは、評価してあげる」

 

 そして、ガリィはそんな事を呟いた。主が死ぬ事で計画の一区切りがつく予定だった。その主の運命が、斬って落とされていた。想定外である。想定外であるが、自動人形としては好ましい想定外であったと言える。幾ら計画の一環とは言え、主が死ぬ事など望んではいない。その為、その一点についてだけは、ガリィは黒金を認めてやっても良いと思った。死ななくて済むならば、死なない方が良い。

 

「しかしまぁ、英雄の剣って言うのは何でもありね。まさか、本来の工程を斬り飛ばしちゃうなんてね」

 

 そして、青は黒金の小手に触れる。第二抜剣。血刃の力。その身に本物の血刃を受けた黒金だからこそ到達できた力だった。青は、じっと黒金を見詰める。黒金も、ただ青を見ていた。

 

「精々頑張って貰うわよ。あたしたちは、もう直ぐ退場するからね」

 

 そして、ふっと青は笑う。青が黒を認めた。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毒って、大丈夫なのかよ!?」

 

 S.O.N.G.の保有する医療施設。その一室で、雪音クリスの声が響いていた。室内にはクリスを始め、響、マリア、弦十郎、エルフナインの五人が集まっていた。少女らとも関係が深い、ユキが自動人形に狙い撃たれたからである。

 翼と未来、切歌、調の四名は司令である弦十郎が席を外している事もあり、有事に備え本部で待機を行っていた。敵の首魁である錬金術師は撤退に追い込んでた。だが、自動人形はいまだ健在である。むしろ、結局はその掌の上で踊らされたという面が強い。翼もユキとは軽く無い繋がりを持っているが、響やクリスの動揺ぶりを見て、このような時であるから自分まで浮足立つわけにはいかないと、精神の均衡を保つ意味も込め、訓練室で訓練を行っている。ユキを発見したのはマリアである為、マリアが様子を見に赴き、マリアの妹分である切歌と調は翼と共に、本部待機を行う事にしたという事だった。エルフナインは病院に籠りっぱなしである。同時並行で壊された二つのシンフォギアの修復も行っているが、今回ばかりはエルフナインでなければ判断の下し様がなかった。

 毒とは言え、異端技術である錬金術である。同じ錬金術師でなければ、対処のしようもなかった。そして、それができるのは、S.O.N.G.と一課を見渡してみても、エルフナイン以外にあり得ない。

 

「楽とは言えないが、大きな問題はないよ」

「無理しないでください……」

 

 妹分の言葉に、横になっていたユキは上体を起こす。流れ落ちる血液は止っている。だが、その顔色はお世辞にも良いとは言えない。それでも、当然のようにユキは問題ないと告げる。その姿に、言葉を掛けられたクリスは勿論、じっと見ていた響も無理したら駄目ですと、窘めるように見つめる。

 

「正直言うと、あまり良い状況とは言えません」

 

 そんな二人の様子を見詰め、エルフナインは心苦しそうに言葉を発する。

 

「之景さんの受けた毒は、之景さんそのものを用いて行われる錬金術と言えます。今はネフシュタンの腕輪による再生能力で拮抗している為どうにかなっていますが、その均衡が失われてしまうとどうなるか分かりません」

「何とか、治せないのかよ」

「すみません。ボクの持つ錬金知識では、今すぐに対処する事は難しいです」

「そんな……」

 

 ユキの状態ははっきり言って良くない。終わらない蛇の毒による破壊を、ネフシュタンの欠片が再生させる事で均衡を得ている状態である。そして、本質が錬金術である為、通常の医学では有効的な対処を行う事が出来ず、かといって、エルフナインが与えられた錬金術の知識でもどうしようもなかった。

 

「とは言えそれも、今のままで、ならだ」

「え……?」

 

 そんな少女たちの様子を見詰めていた弦十郎は、言葉を続ける。ユキがいる場所は異端技術が扱われる場の最先端である。蓄積された情報は膨大であり、その中には錬金術に関わるものもない訳では無かった。S.O.N.G.の人間も総動員する心算であると、弦十郎は告げる。

 

「S.O.N.G.の医療スタッフとて無能ではない。響君の時も、そうだっただろう?」

「あ……ッ。はい。私も、良くしてもらいました」

「融合症例第一号、か。確かに、あなたもフロンティア事変の時に……」

 

 響もまた、聖遺物に蝕まれた事があった。その時も、当時二課だった医療スタッフが全力を尽くし原因究明に当たった。今回も同じ事を行い、必ず対処法を見つけて見せると、弦十郎は不安げな二人の少女の頭を軽く撫でる。

 

「なに、そう簡単にやられはしないよ。根本的な解決にはならないが、いざとなれば、斬って捨てるだけだ」

「斬って?」

「ああ。一時的にならば、血刃で無効化する事は出来る。とは言え、斬り落としても再び蘇るらしくてな。難儀なものを嗾けられたものだよ」

 

 その言葉にマリアは得心がいく。マリアが見たユキは、毒に侵されながらも平然と戦闘を続行していた。その理由が解った事で、ある程度は状況の整理が出来たと言う訳である。とは言え、毒を斬って捨てると言うのは、何とも非常識なものだとも思ってしまう。それでも、この人ならばやってのけても不思議はないと同時に思う。何せ、マリアはフロンティア事変の際、セレナの姿を見ていた。あの時も血刃を振るっている。常識を覆す、強さを目の当たりにしていた。だからこそ、あり得ないと思いつつも、本当に成してしまえても不思議はないと思ってしまう。

 

「今は無理でも、何時かならば治せるかもしれないだろう?」

「それは……。でも」

「大丈夫だ。S.O.N.G.を、仲間を信じると良い。今の君が無理だとしても、明日の君ならばできるかもしれない。仲間たちが助けてくれる。ならば、俺はその明日が来るまで生き延びれば良いだけだ。大して難しい事でも無い」

 

 そして、今すぐには直せなかったとしても、出来る限り早く方法を見つけてくれればいいとユキは笑う。

 

「あたしからも頼むよ。この人を治せるのは、お前だけなんだ」

「私からもお願い。ユキさんは何度も私を、私達を助けてくれた。守ってくれた。私にできる事だったら、何でも手伝うから、お願いエルフナインちゃん。誰かを生かす事を諦めないで」

 

 そして、二人の少女はエルフナインに頭を下げる。錬金術が原因だと言うのなら、響にもクリスにもできる事は無い。だとしても、何かをしたいのである。その何かを見つけられるとしたら、エルフナイン以外にあり得ない。

 

「……歌を、歌ってあげてください」

 

 そして、その熱意に押され、エルフナインも覚悟を決める。はっきり言って、エルフナインには無理である。それは何より、自分自身が一番よく知っている。そうだとしても、死なせたくはない。そう思ってしまう。

 ユキに、英雄に毒を盛ったのは自動人形である。言うならば、その主であるキャロルが行ったと言える。そして、その原因は、エルフナインがS.O.N.G.に助けを求めたからだ。そして、その想いを受け止め、キャロルを止める為に戦っていた。そこまでしてくれている人たちに、自分も何かをしてあげたい。こんな形で死んでほしくない。エルフナインがそう思うのは当然の事であった。

 

「歌を……?」

「はい。ネフシュタンの欠片は、何らかの理由により発生したフォニックゲインにより、今は強く稼働しています。それがあるから、之景さんは比較的良好な状態なんです。つまり」

「あたしたちの歌が、フォニックゲインを高められると、それだけこの人が楽になるって事だな?」

「はい」

「それなら、お安い御用だよ」

 

 歌によりフォニックゲインは高められる。ならば、出来る限りフォニックゲインが高められれば、それだけネフシュタンの力が勝るという事である。今すぐ有効な対策を取る事は出来は無しない。だけど、自分達にもできる事がある。その事実に、クリスと響の表情が幾らか明るくなる。

 

「できる限り、気持ちを込めて歌ってあげてください。それが一番のお薬です」

「気持ちを込めて……」

「あれ? クリスちゃん、もしかして恥ずかしいの」

「んなッ。ば、いきなり何言ってんだよ!」

 

 気持ちを込めて歌う。エルフナインから言われた言葉に、クリスが少しばかり考え込む。その様子を見て、響が意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「でも、どうしてあの時フォニックゲインが?」

「ああ、それはだな。歌が聞こえからだよ」

「歌が? でも、あの場に歌える人間なんて」

 

 ユキの言葉に、マリアが不思議そうに頭を捻る。その姿にそれはそうかとユキは笑う。あの時は、あるはずが無い事が起こっていた。それこそ、奇跡だと言える。

 

「君の妹は何という名前だったか?」

「え? セレナ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴよ」

「その、セレナが歌ってくれたよ。そしてもう一人、翼の親友であった天羽奏もな」

「そんな事が……」

「信じられないか? 死者は見てくれている、そういう事なのだろう」

 

 驚きに染まるマリアに、ユキはただ笑う。死ねば終わりである。だけど、死者は見てくれている。そう思えるならば、その方が良い。

 

「いや、信じるわ。あなたは、一度私とセレナを引き合わせてくれている」

「そうか」

 

 目を見て告げるマリアの言葉に、ユキはただ頷く。それから、幾らか持ち直した響とクリスを見詰めていた。

 

「どうぞ」

 

 不意に扉がノックされる。その音に、全員が視線を向けた。ユキが、どうぞと入室を促す。

 

「失礼する」

「八紘兄貴ッ!?」

 

 そして、思いもよらない人物が現れた事に風鳴弦十郎が目を見開く。その姿に、マリアを含めた四人の少女はこの人がと、名前だけは聞いた事があった人物をじっと見つめる。

 

「随分と久しぶりだ」

「これは風鳴の現当主殿。お久しぶりです。このような姿で迎えることをお許しいただきたい」

「ああ。此方こそ急に訪ってしまった。最後にあったのは何時だったか」

 

 唐突の訪問者に幾らか意外そうな顔をしつつも、ユキは応じる。馴染みではある。風鳴と上泉の関係が悪化する前までは、何度かあった事があったからだ。上泉は剣聖の血筋である。その力には、風鳴の本家筋も一目を置いてはいたのである。家同士はどうであれ、八紘の事はそれ程嫌っていない。ユキの父親も、八紘の事は嫌っていなかったからだ。不器用同士、通じるものがあるのかもしれない。

 

「上泉の剣が異端技術に侵されたと聞いてな。此方にも原因の一端はあるようだ。申請の件、直接伝えに来た」 

「……ッ。そう言う事か」

 

 八紘の言葉に、弦十郎は思い至る。ユキはS.O.N.G.所属では無い。だが、今回の件はS.O.N.G.でなければ、エルフナインでなければ対処できない問題だった。その為、弦十郎から一課に直接打診をかけたと言う訳である。

 

「鎌倉を通じて一課より、上泉之景に辞令が下った。本日付けを以て、一課よりS.O.N.G.へ転属とし、今起こっている錬金術師が原因の超常災害への対策を命じる。また、S.O.N.G.及び、一課の持つ異端技術を、本件に限り、無期限の使用許可が下りる事も決定している。使用した異端技術の観測データを、一課にも提供するという条件は付くが」

「なん……だと……ッ!?」

 

 続けられた言葉に、弦十郎が思わず声を発する。ユキはその言葉を聞き、ただ瞳を閉じる。

 

「それって!?」

「つまり、どう言う事なんですか?」

「之景がS.O.N.G.に戻ってくるってことよ」

「本当ですかッ!?」

 

 その言葉の意味にクリスが驚きに表情を変え、響がマリアに尋ねる。そして、その言葉の意味を分かり易くかみ砕いて教えると、響は嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

「本気なのか?」

「ああ。そういう事になる。敵の陽動に乗せられ、後手に回り続けている。自動人形という強敵を抱える以上、シンフォギアとて万全とはいくまい。協議の結果、実を取る事にしたという事になる」

 

 弦十郎の問いに、八紘は頷く。歌を斬って捨てる英雄の剣と言うものがある以上、シンフォギアでは対処しきれないだろう。ならば、一時的にでも対処できる存在を回さざる得ないという事だった。

 

「なら、これからは前みたいに一緒に居られるんですね?」

「そういう事になる」

「……良かった」

 

 響の言葉に頷く八紘の姿に、クリスは小さく胸を降ろす。心配事は絶えない。だけど、依然と同じ距離感に戻れると思うと、心の底からホッとしていた。

 

「うう……未来や、翼さんにも早く教えてあげたいよぉ」

「仕方ないだろ、後にしろ」

「……」

「いや、話す事はまだあるが、此処からは大人の話になる。響君だけ返すと言うのもアレだからな、クリス君も一緒に行くと良い。聞いて楽しい話でもないからな」

 

 そわそわした響の様子に、クリスが呆れたようにため息を吐く。その姿に弦十郎は軽く笑みを浮かべ、気持ちが他に向いている二人に行っても良いぞと促す。結局二人は視線を合わせると、病室を一度出る。

 

「行ったか……」

 

 弦十郎がその姿を見届けると、呟いた。エルフナインは錬金術師であり、マリアはユキの発見者という事で、もう少し話を聞きたいという形で残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、弦十郎はいきなり八紘の襟首に掴みかかる。

 

「本気で言っているのかッ!?」

「風鳴司令!?」

 

 そんな弦十郎の行動に、思わずマリアが止めに入る。 

 

「いや、良い。弦が憤るのも無理はないのだ」

 

 その行動を、掴みかかられている張本人が制した。二人は兄弟である。どういう行動に出るかは、わかっていたのだ。故に、二人は理解しているのである。風鳴は何を言いたくて、それを聞いた弦十郎が何故このような行動に出たのか、互いに解っている。

 

「俺はそんな申請をしていない。鎌倉には上泉之景の現状を正しく報告し、とても戦える状態では無いと伝えた。同時に無期限の療養を申請したはずだッ!! それが何故、最前線に送られるッ!! 何故、これ程血を流した人間が、このように扱われるッ!?」 

 

 弦十郎は静かに、だが、胸を突き動かす衝動を兄に向かいぶつける。傍に居るマリアをして、びりびりとした圧力を感じるが、それでも八紘は静かに弦十郎を見詰めた。

 

「風鳴は、上泉之景本人は高く評価している」

「ならば」

「ならばこそ、その命を無駄にしたくないのだ。そう、考えられている」

 

 弦十郎の言葉に、八紘は鎌倉の、風鳴の意向を続ける。武門上泉との対立は兎も角とし、上泉之景の示し続けて来た武は高く評価されていた。異端技術を、研鑽で凌駕するその力。打ち払う脅威を正面から薙ぎ払う武門の技は、風鳴から見ても破格だった。そして、弱き者を守る為にその力は振るわれている。国を守護する力として、その在り方は模範であると言える。しがらみを全て除けば、上泉之景の示してきた力は、ある意味風鳴の理想であると言える。鍛え上げられた技だけで、異端技術すら凌駕しているのである。それも当然だと言える。

 

「だから戦えと。異端技術を使い尽くせと、そう言うのか? それが、人の言う事なのか? 特異災害から何度も守ってきた人間に、守られた人間は、そんな言葉を投げかけるのか?」

 

 それに対し、弦十郎は怒りを露にする事しかできない。ユキを心配する少女達には言う事が出来なかった事。ユキの受けた毒は、異端技術である。今は痛みを斬り落としているからユキは平然としてるに過ぎない。その身体の中では、死と再生が繰り返されている。例えるならそれは、体内から溶かされている。或いは、身体を常時引き千切られている様なものである。その苦痛は、武門であっても容易に耐えきれるものでは無い。その為、血刃で痛みその物を斬り落とし、強制的に沈痛しているに過ぎない。ネフシュタンの再生能力があるとは言え、その身体はとても万全とは言い難い。あの上泉之景が、沈痛の為に血刃を用いている。それだけで、どれほどの苦痛なのか弦十郎には察する事が出来てしまう。常人には耐えられないものだろう。

 

「臥して往生するのは武門の望むところでは無いだろう。全霊で戦える場を用意してやる事こそ手向けなのだ。そう、言われた」

「確かに」

 

 絞り出すように告げられた言葉に、他の誰でも無く、上泉之景は目を閉じたまま小さく頷く。つまり、風鳴本家はこう言っているのである。

 

「ユキ!?」

「俺は武門ですよ司令。戦いに生き、戦いに終わる。それが武門なのです。全力で戦える場を用意してくれると言うのならば、それ以上に欲しいものはありません。この手は何かを守る為に鍛え上げました。戦いの果てに潰えるのなら、それ以上の終わりはない。示したものを、誰かが活かしてくれるのならば、それ以上は無い」

 

 どうせ治らぬ病に侵されたと言うのならば。治せる見込みがないと言うのならば。

 何処かの誰かを守る為に、英雄と呼ばれるほどの高みに辿り着いてしまったのならば。

 その手に持つ技を。その手にした異端技術を。その身に宿す全ての意志を。

 戦って戦って戦い抜いて、全てを守る為に捧げた果てに。

 英雄として見事に死ね。そう言っているのである。

 その全てを理解し、英雄と呼ばれた人間は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌ってくれるのか?」

「うん。あんただから聞いて欲しい」

 

 S.O.N.G.への転属の処理も終わり、ユキは自室に戻っていた。その身は毒に侵されている。だが、今はまだネフシュタンに残された力が多い為、動けない事は無かった。そして、医務室に居ても何かを為せる事は無い。何よりも、本人の希望で自室に戻っていた。留守番をしていた黒猫を抱き、寝台に座る。黒猫が、何かを察したのか、どこか悲し気に金色の瞳を向けて来る。その身体を撫でながら、ユキは付き添いに来たクリスの言葉に返事をする。

 

「あたしの話を聞いてくれた。あたしと対等に接してくれた。あたしの居場所を作ってくれるって、そう言ってくれたあんただから聞いて欲しいんだ」

 

 クリスはユキの瞳を見詰め、ゆっくりと胸の内にある想いを吐き出していく。

 

「思えば、あんたがソイツを拾って、あたしを助けてくれたのが始まりだったな」

 

 ユキが抱く黒猫を見詰め、クリスは懐かしそうに目を細める。出会いは偶然だった。だけど、その出会いが、雪音クリスを変えたのだと、クリスは告げる。

 

「あたしには夢がある。パパとママから受け継いだ、歌で世界を平和にしたいっていう夢が。だけど、その方法が解らなかった。ううん。今もまだわからない。だけど、だけどな」

 

 他人を信じられなくなり、差し伸べられた手を取る事が出来なかった。そんな時に出会い、その言葉と姿に大切なものを教えて貰った気がする。大切な友達が出来、大切な想いを受け継いでいた。夢。クリスには夢があった。パパとママから受け継いだ、世界を歌で平和にすると言う途方もない夢がある。

 

「あたしにも、叶えたい夢が解ったんだ。歌で世界を平和にしたい。それは、あたしが受け継いだものだけど、その中であたしだけの夢も出来た。大切な人に、歌で気持ちを届けたい。素直な気持ちを、届けられるようになりたい」

 

 それは雪音クリスが、大切な者達の中で生きるうちに抱く事が出来た、自分だけの夢。友達は大切な事を教えてくれた。間違えたとしても、人は手を繋げると教えてくれた。大人を信じられなくなった自分を、大人は誠実な言葉で大切な事を教えてくれた。両親は、自分を愛していたからこそ、夢は叶うと示そうとしていたと教えてくれた。大切な人は教えてくれた。居場所が無いなんてことはないと、無ければ作ってくれると、抱きしめてくれた。過ちを犯した手でも、守れる物があると教えてくれた。

 

「あの馬鹿や、先輩。後輩たちやおっさん。そして、あんたが教えてくれた。大切な事を、教えてくれた」

 

 だから雪音クリスは歌を歌う。己の言葉で素直な気持ちを表すのは、未だにできそうにはない。だけど、歌ならば。パパとママから受け継いだ、歌であるならば素直な気持ちを伝えられるような気がしたから。だから、雪音クリスは大切なものの為に歌を歌う。

 

「だからね、あんたには一番最初に聞いて欲しいんだ。何処かの誰かの為に歌う前に、ずっと守ってくれたあんたに聞いて欲しい」

 

 そして、雪音クリスはゆっくりと歌を口遊む。心を込めて、想いを込めて。誰かの為に歌われる歌。それは、強い想いが宿っている。強いフォニックゲインが宿る。そう信じて歌を歌う。

 出会いの歌を歌う。初めて出会った時の事が思い起こされる。信じる事が出来ず、素直になどなれる訳がなかった。

 喜びの歌を歌う。一人だった自分に、大切な友達が出来ていた。大切な仲間が出来ていた。少しずつ、周りに人が増えて行き、素直にはなれなかったけど、心の底から嬉しかったのを覚えている。

 悲哀の歌を歌う。自分は罪を犯していた。幸せだからこそ、その罪の重さに耐えきれなくなり、一人先走り暴走してしまっていた。それでも、助けてくれていた。守ってくれていた。

 親愛の歌を歌う。何時も気に掛けてくれていた。共に戦える事は少なかったけど、それでも見てくれていた。思えば、それが嬉しくも恥ずかしかった。だから、素直になれなかったのだと思う。

 

「いい歌、だな」

「そっか……」

 

 ただ歌声に耳を傾けていたユキは、目を閉じたままぽつりと呟く。たった一言。だけど、クリスにはその一言だけが宝物のように大切なものに思えてしまう。何故か、目頭が熱くなる。

 

「できるかな。歌で世界を平和にできるかな。誰かに、素直な気持ちを届けられる歌が歌えるかな?」

 

 だから、そんな気持ちを隠すように雪音クリスは問う。

 

「難しいな。難しい筈だが、出来るような気はする。それ位、俺にとっては良い歌だった」

「――ッ!?」

 

 閉じていた瞳が開かれ、クリスを見詰めそんな言葉が伝えられる。嬉しくて、恥ずかしくて、それ以上にそんな言葉が愛おしくて、頬が赤く染まるのが自覚できてしまう。

 

「眠るよ。良い歌を歌って貰えた。良く、眠れそうだ」

「うん。家の事はあたしがやっておくから、ゆっくりしてくれ」

 

 そして、ユキはそのまま眠りにつく。その姿に、身体の調子は良くないのだといやでも解ってしまう。電灯を消し、寝室を後にする。そのまま夕食の後片付けなどを行ない、必要な事を済ませてからお風呂に入る。自分の身体を綺麗にすると、一息ついた。気付けば、時間は随分と経っていた。既に寝静まっているんだろうなと思いを馳せる。そのまま家の戸締りを終えると電気を消す。

 

「――」

 

 そのままゆっくりと寝室に向かうと、静かな息遣いが耳に届く。静かだが、少し荒い呼吸に耳を澄ませる。

 

「……解ってるんだからな。あたしたちに、本当の事は教えてくれないって」

 

 そして、豆電球だけを付けユキの傍に座る。クリスは解っているのだ。ユキはどれだけ辛くても、自分には弱いところを見せようとはしない。例え本当に死ぬほどの怪我を負ったとしても、安心させる為に笑って見せる。フロンティア事変の折に、痛いほど切実に突き付けていた。だから、クリスはユキの事を信用しない。他の事では全幅の信頼を置いているが、少なくとも弱みになり得る事については信用しない事にしている。

 

「あんたが無理をしてるって、解ってるんだからなッ」

 

 だって、上泉之景は雪音クリスを助ける為に文字通り致命傷を負ったから。あの時は、ネフシュタンがあったからどうにかなったけど、次も同じとは限らない。だから、こういう事に限ってはユキの言葉など信じない事にしている。大切だからこそ、守られて裏切られるのは嫌だった。だから、クリスは自分の目で見た事しか信用しない。そして、クリスの見たエルフナインの顔は今にも泣きそうだった。ユキは嘘を吐き通すかもしれないが、エルフナインには無理である。

 

「辛いなら、辛いって言ってくれよ。少しぐらい、頼ってくれた方が嬉しいよ」

 

 そして、クリスはユキの傍で泣きそうな声で呟く。眠ってすら、ユキは表情を歪めはしない。だけど、汗が浮き出してきている。血刃で斬れるものは一時的なものである。故に、暫く眠ると効果がきれると言う訳であった。それでも、表情に出さないのはすさまじい意志の力だと言える。そして、そんな大切な人の在り方が少しだけ気に入らなくて、少女は言葉にならない想いを抱える。

 

「馬鹿。大人はやっぱり、信用ならないよ……」

 

 そして、悲し気に呟き。歌を歌う。一つだけ、本人が起きている時に歌えなかった歌。大切な人に、伝えたいけど伝えるのが恥ずかしくて未だに踏み切れなかった想い。

 雪音クリスは、初恋の歌を歌う。大切な人は何度も自分を守ってくれた。傍に居てくれていた。優しい時も厳しい時もあったけど、それでも、大切な人に惹かれてしまっていた。自覚した自分の想いを、伝えたいけど伝えられない想いを歌に乗せ、少女は思いを届ける。

 

「死んじゃ嫌だよ。死なないでよ。折角、あたしの居場所を見つけたのに、もう無くしたくないよ……」

 

 そして、想いを歌い終わったクリスは少しだけよくなった呼吸に胸を撫で下ろすも、直ぐに心配が胸に過る。このまま大切な人が居なくなると思うと、胸の奥が苦しくて堪らない。起こさないようにしつつ、寝台の中に潜り込む。そして、そっと寄り添う。それでも震えは止らない。怖かった。怖くて仕方がなかった。居なくなる。そう思うと、気持ちが抑えきれなかった。

 

「……血の味がする。……、あたし、最低だ」

 

 そして、胸の内に湧き上がった衝動のまま、雪音クリスは大切な人に短い口付けを交わす。舌先に感じた予想のしていなかった味に、一気に冷静さが顔を出す。それでも、傍を離れる事が出来なかった。

 

「助けてよ。フィーネ、この人を助けて……」

 

 少女の呟きに応えるものは無い。それでも夜は更けていく。白猫は、大切な人の傍で束の間の眠りにつく。

 

 

 




ガリィちゃん、黒金を認める
武門、S.O.N.G.に転属
風鳴、武門は後進に全てを託し戦いの果てに死ね
クリス、想いを伝える為に歌を歌う&ついやり過ぎちゃう



奏&セレナ、わーきゃー言いながらガン見
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