煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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6.剣士と自動人形

「聞いても良いか?」

「はい。良いですよぉ。解らない事が有るのなら、ガリィ先生が教えてあげまーす☆」

 

 通信機を捨て、鉄パイプを手に取る。左手には童子切。右手には鉄パイプ。

 青。ガリィと名乗った人形が俺の姿を見て小馬鹿にしたような嘲りを浮かべる。

 

「お前たちは、敵か……?」

 

 答えの解り切った問。ただ、確認の為に尋ねた。呼吸を落ち着ける。あまりに予想外な展開に、ほんの少しだけ意識が乱れていた。後輩。朽ちてしまっている。干からびたその横顔が、何かを訴えているような気がした。ノイズでは無い脅威。それは目の前の三体の人形なのか。

 

「はぁーい、正解でーす。ガリィとレイアちゃん。そして、ソコの劣化品がその剣を起こしに来たのよ」

「片手間で悪いが、確かめさせて貰おうか」

「そう……かッ!」

 

 右手。振り抜いた。遠当て。くるりと回りながら答えるガリィに向け放った。

 

「あら、ざぁんねん」

 

 一礼。頭部に向け放った剣圧を危なげ無くかわし、ガリィは口角を持ち上げる。

 跳躍。咄嗟に動いていた。

 

「ふ、人間離れした技を使う」

 

 黄色。レイアと呼ばれた人形が、金色に輝く物を打ち出した。照明を反射しているのか、数十を超える光が射出されているのが解る。射角に垂直になる様に飛んでいた。

 

「……!」

 

 着地。斬撃。右足に掛かった負荷を逃す事もせず屈んだ。ミシミシと床に亀裂が走る。

 黒金。肉食獣や猛禽類のような鋭い爪が待ち構えている。一撃をやり過ごした。切り返しの二撃目。右方向より振り抜かれた腕に向け、石突で迎え撃つ。

 

「ちぃっ」

「……!?」

 

 関節。爪が届くよりも先に穿った。反動を殺し切れず弾き飛ばされる。上段。無理やり踏み込む黒金に合わせ、後退しながら振り下ろす。

 

「あらら、脇が甘いわね」

「押し通すのみ」

 

 床を滑るような奇妙に、だが早すぎる機動でガリィが強襲する。その手には氷の刃。超常現象。驚きを浮かべる暇など無い。思考を飛ばす。振り抜いた。

 

「わぁ☆ 力で押し切るなんて凄いですねぇ。お前本当に人間かよ?」

 

 氷を折り、黒金を叩き落とした。だが、無理押しをした反動だろう。振り抜いた鉄パイプは、衝撃の起点から圧し折れたかのように宙を舞った。間合いに踏み込んできたガリィが少し意外そうに吐き捨てた。

 宙を舞う鉄パイプ。俺とガリィを阻む様に回っている。二撃目。即座に形成された氷の刃が迫る。刮目。上体を逸らしながら突いた。鉄屑。手に持つソレと打点が合わさり、一振りの棒のようになり青を強襲する。

 頬に熱が走った。血液。氷の刃で僅かに斬られた。無視して飛んだ。

 

「お前も中々派手なようだ。だが、私はその上を行かせて貰うぞ」

 

 着地。凄まじい速さで駆けながら、レイアが光を解き放った。咄嗟に転がる。地に金色がめり込む。硬貨。数十を超えていた物は、硬貨であった。牽制。鉄屑をレイアに向け投擲した。直撃するはずのソレが、衝突音を響かせ弾かれる。金色の旋棍。瞬時に硬貨が一つに纏まり、無造作に打ち払った。

 その僅かな隙を使い態勢を立て直した。駆ける。黒金。先ほど打倒した人形が再び迫っていた。

 

「ちっ、此処までか」

「……っ」

 

 踏み込んだ。迎え撃つ。童子切。渾身の一撃を突き入れた。両手に凄まじい感触が伝わるも、刀身は元より、鞘すら破損した気配は無い。黒金が鞘ごと振り抜いた童子切に穿たれる。裂帛の気合と共に、吹き飛ばした。

 

「わぁお。劣化とは言え、自動人形を吹き飛ばしちゃってるわ」

「流石に当代の担い手は並ではない。派手に行く為、リズムを上げるぞ」

 

 青が楽しげな声を上げた。構う暇は無い。旋棍。風を切る音が耳に届く。黒金を吹き飛ばした反動。それを加速に用いた。

 

「ほう……」

 

 抜刀。レイアの旋棍と太刀が一瞬ぶつかり合った。金属音。そのまま膠着させる事などせず、刃を流す。切り返し。レイアは旋棍を交差しつつ、後退した。踏み込み。追撃をかける。

 

「ここで、ガリィちゃんでーす☆」

 

 前進を行った間隙。唐突に眼前に現れた水から氷が突き出してくる。反射。理屈では無く感覚で動いた。左腕。掠めていた。幾らか深い傷が刻まれる。

 

「厄介な……」

「そう言いながら地味に今のを避ける貴様に言われる謂れはない」

 

 熱が左腕を通して広がる。斬撃。ガリィと入れ替わる様に再び迫るレイアを迎え撃つ。

 線と点。時折交錯するそれが、戦場である博物館の中に響く。握った腕から僅かに血が噴き出た。

 

「……」

「そうそう。劣化品は劣化品らしく、さっさと行けよ」

 

 黒金。ガリィがけしかける様に叫ぶ。同時に氷の刃。飛来する。

 レイアを蹴り飛ばし後退。態勢が崩れたまま、黒金を迎え撃つ。斬撃。踏み込もうとしたそれ以上の速さで剣を振るい、返す刃で氷を斬り落とす。

 

「いいね、いいね。興が乗ってきた」

「音色が響き始めたか……」

 

 左腕。小手の付いた手で展示台を叩き割った。巨大な硝子片。剣圧と共に飛ばす。

 レイアが硬貨を弾いた。粉々になる。ガリィは楽しげな声を上げる。

 黒金。爪撃を掻い潜り首を掴んだ。青に向かい投げる。

 

「ちっ、邪魔だ劣化品……」

「まぁ、そう言ってやるな。我武者羅に挑むのがあれの役割だ」

 

 黒金を払い落とし、ガリィは吐き捨てる。呼吸が上がっている。時折、視界が白くなる。

 

「此方から行くぞ」

 

 それでも死ぬ事は無い。体力の限界。それに達した時、更なる限界が現れる。この程度で頽れる事などありはしない。

 遠当て。短い踏み込みから放った。青と黄が二手に分かれた。そのまま疾走し、レイアと馳せ違う。斬撃。旋棍で凌がれる。二の太刀三の太刀。刃を流しながら加速する。

 

「レイアちゃんばっかり構ってて良いのかしら?」

 

 背後から届く声に、立ち位置を入れ替え後退。一太刀。斬撃をガリィに向ける。跳躍。遠当ての剣圧に追いつき、ガリィに童子切を振り抜いた。

 

「残念でした」

 

 水。思った時には、青の体が地に吸い込まれた。水の背後に居た黒金。爪を振り被っている。

 左腕。咄嗟にぶつけた。みしみしと軋みを上げる。小手。幾らかの膠着の末、亀裂が走り砕けた。腕から血が吹き上がった。だが、まだ浅い。腕を柄に戻す。血液が落ちるより早く黒金を斬った。右腕。黒きソレが宙を舞った。呼吸が上がる。視界が明滅する。だが、動きは更に早くなる。

 

「くふふ! 来た、来たみたい」

「戦場の音が鳴り響き、刃は血を求める。マスターの言葉通りか」

 

 黒金の腕が飛び、二体の自動人形が笑った。童子切。その刃が血に染まっている。血液。それほど流してはいない筈だが、血に染まっていった。血吸。童子切の呼び名の一つを思い出す。

 

「もっと、もっと見せなよ」

 

 水の弾丸。ガリィが飛ばす。黒金を蹴り飛ばし刃を振るった。童子切が震える。血刃が更にその身を赤く染める。斬れる。確信して振るった。直撃。水を打ち消していた。

 

「派手に行くぞ」

 

 レイアが数百を超えそうな数をばら撒いた。その瞬間、手で足で凄まじい回転を起こしながら、光を放つ。

 

「童子切は本来実在しないものすら斬る……。斬れない道理はない」

 

 所詮は硬貨。血刃がその全てを斬り落とす。赤に染まった刀身。それに触れた物が悉く打ち消える。斬撃。金属音だけを鳴らせ、戦場を彩る。玉切れ。僅かな間に、童子切で左手を引き裂いた。熱が走る。血が、血刃を超えた。踏み込む。死刃。その名だけが浮かんだ。

 

「劣化品!」

「……」

 

 ガリィが鋭く叫んだ。黒金。二人を庇うように前に出る。金眼。僅かに目が合った。左腕。斬り落とす。胴体。後退する体を跳ね飛ばすように斬り裂いた。死の刃。赤に戻っていた。

 ガンっと黒金が地に落ち、大きな音を鳴らす。ギチギチと軋むような音が聞こえるが、まだ動きはする様だ。止めを刺そうにも、まだ二体いる。それも難しい。

 

「これが童子切ですか。いやいや、凄いわねレイアちゃん。劣化品がゴミのようだわ」

「斬られると解っていた者が良く言う」

 

 その筈なのだが、二体が不意に手を止める。息を吐く。狭まり駆けていた視界が、幾らかましになった。それでも、呼吸は荒いままだ。

 

「何のつもりだ?」

 

 先程まで斬り合っていたのが気の所為だと言わんばかりに、二人が刃を下ろした。ガリィなど、黒金に駆け寄り足で蹴りながら何かを話している。

 

「ええー? 何のつもりと言うとぉ?」

 

 小馬鹿にしたようにガリィが嗤う。戦っている時にも感じたが、随分と口数が多い。

 

「……目的は達成したという事だ」

「それで、こちらが逃がすとでも?」

 

 人の悪い笑みを崩さないガリィの代わりに、レイアが答えた。目的。彼女等にはこちらと同じように、為すべき事が有ったという事だ。強敵との接敵。そして乱戦。三体の人形を相手に死線を掻い潜っていた。気付けば、随分と時間が経過してしまっている。現状はどうなっている。

 皮肉にも、敵が矛を収めた事で漸く思い至った。

 だが、眼前に在るのは敵である。それも破格の。みすみす逃し憂いを残す訳にもいかない。

 心を決める。刃を握りなおした。左手からは、まだ血が流れている。

 此処で斬る。見据えた。

 

「きゃ~。ガリィちゃんこわーい☆」

「……続けるのならそれはそれで構わないが、他の場所でも派手に動いているようだ」

 

 さらに煽るガリィを捕捉するようにレイアが呟いた。他の場所でも戦っている。カ・ディンギル。そして決戦。そんな言葉が頭に過る。

 

「……斬ってからでも遅くはあるまい。彼女らは、それ程弱くは無い」

 

 三人の装者を思い浮かべた。子供ではあるが、確かに戦士だった。あの子らであれば、戦い抜く事は出来るだろう。

 

「へー。信じてるって訳なんだぁ。……なら現実を見せてあげる」

 

 そう言って、ガリィが何か結晶のような物を壁際に投げた。砕ける。光が浮かんだ。そこに映っているのは。

 

『これこそが、地に屹立し、天をも穿つ光を放つ過電粒子砲。カ・ディンギル!』

『カ・ディンギル……。コイツでバラバラになった世界が一つになると?』

『ああ。待ちわびたよ。今宵の月を穿つことによってな!』

 

 天に伸びた異形の塔。それを前に陶酔したかのように言葉を続ける、金色の鎧を身に纏った女。

 三人の装者が、女を囲み問答を続けている。カ・ディンギル。敵の切り札が起動したという事なのだろう。

 クリスが腕を振り叫ぶ。女が鼻で笑う。ああ、この女がそうなのか。

 

「あらあら。マスターの予想通り、フィーネが姿を現しちゃったようね」

「時は近いという事か……。良いのか? 我らに構っていると取り返しの付かない事になるぞ?」

 

 右手に持つ刃。下ろした。落ちている鞘を拾い納刀する。童子切。決戦の為の刃。それは未だ蚊帳の外に在る。目的を見失ってはいけない。眼前に居る敵を目の前に、歯を食いしばる。だが、どうすれば良い。

 

「お前たちは、何を考えている?」

「お人形はお人形らしく、持ち主の為に動いているわけですよぉ」

「こちらとしても事情があってな。あまりフィーネに好き放題される訳にはいかないという事だ」

 

 カ・ディンギルの起動。緒川との話が現実として起こっているとすれば、彼女らが戦っているのはリディアン音楽院近辺である。現在地から向かおうにも、どれだけの時間がかかると言うのだ。辿り着いたその時、全てが終わっているという事すらあり得る。此処で戦うべきなのか。どれだけ急いだとしても、俺が間に合う事は無い。   

 

「あらら。こんな所でもたもたしているうちに、話が動いちゃいそうね」

 

 映像を見ていたガリィが嗤う。三人の装者たちが、協力して戦っていた。フィーネ。クリスが決着をつけると言っていた相手。それに、かつては争っていた三人が協力して向かっている。映し出されるクリスの横顔。気のせいか、穏やかな気がした。決めたんだ。そう語っていた。敵の前と言う事も忘れ、ただ映し出される映像に視線が外せない。

 

『本命は、こっちだ!!』

『させるか!!』

 

 大型のミサイルを解き放つ。二つの誘導弾のうち、一つがカ・ディンギルに向かう。フィーネが鞭で落とした。

 もう一撃。まるで空に向かうように、上がっていく。

 嫌な感じがした。過電粒子砲。その力が放出されようとしているのか、映像越しにすら圧力が伝わる。

 

『クリスちゃん……?』

『雪音、何のつもりだ!』

 

 立花と風鳴の叫びが届く。童子切。強く握りしめた。歌が、聞こえた。

 

『――』

 

 青が何かを吐き捨てている。それが、聞こえない。射角に入った。飛び降りる。クリスの歌う、絶唱だけが届く。

 過電粒子砲。力が収束していく。

 

「アレが、カ・ディンギル……」

 

 クリスの両手に持つ銃。結合し強大な力が収束された。淡い光が長大な銃に宿った。

 そして、カ・ディンギルが放たれる。迎え撃った。拮抗。

 

『ずっとあたしはパパとママが大好きだった。二人の夢はあたしが守って見せる。叶えて見せる。あたしの歌はその為に……』

 

 そして、赤の放った光は過電粒子砲に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。良い感じに戦ったのは認めるけど」

 

 過電粒子砲。月に直撃したソレが、月の一部を抉り取っていた。衝撃が此処まで伝わってきたように感じる。そんなはずはない。それでも、何かが欠けたように感じる。

 見詰めていた。童子切を握り締める。何故俺はここに居る。その言葉を、斬り裂いた。

 共に見詰めていた自動人形であるガリィが零した。

 

『自分を犠牲にして阻む事を選んだか。自分が見た夢すら叶えられないとは無様だな』

「……押し通る。阻むと言うのならば、斬るぞ」

 

 その言葉に、感情が動いた。それすらも斬り倒す。

 今は目の前のガラクタに構っている暇は無い。斬らなければならない者を見つけていた。

 まだ信じていた。そんな少女を踏み躙り嘲笑った。理由など、それで充分である。

 無駄を行う暇は無い。太刀があった。思いがあった。自分が成すべき事ができた。

 博物館の壁を斬り裂いた。泥のように崩れた。

 

「どけ」

「無理に止めれば斬られかねんな」

「仕方ないわね。マスターにも指示を受けているから、手を貸してあげようかしら」

 

 そう言って、結晶らしき物を取り出す。そして、にやりと笑った。

 

「これを使えば、あなたの行きたい場所まで転送できる。どう? 必要なんじゃない?」

「尤も、転移に失敗する可能性も僅かにあるが」

 

 そんな言葉を告げ、投げ渡してくる。結晶。その中には、何か液体のような物が入っている。

 

「信じるとでも?」

「あなたが信じようが信じまいが、こちらとしてはどっちでも良いんだけどね。ただし、今から辿り着く迄にどれだけ犠牲が増えるのかしら」

『それが、夢ごと命を握り潰した奴が言う事かあああああ!!』

「あらららら」

 

 咆哮が響いた。慟哭。涙を流している。はっきりと分かった。まだ起こると言うのか。

 目を閉じる。自分を斬り倒した。童子切。手にしている。

 

「……使い方は?」

「テレポートジェム。それを足元で割れば良い」

 

 レイアが答えた。是非を問う事はやめる。この場では、こうするしかないのだ。

 足元に向かい、投げ捨てた。何か陣のような物が浮かび上がる。

 

「錬金術。それは不可能を可能にする。精々頑張ると良い。期待しているぞ」

 

 視界が動く。その刹那、聞き覚えの無い声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「此処は……」

 

 目を開く。手には童子切。太刀を手にしている。辺りを見つめた。カ・ディンギル。未だその砲身は天を屹立するように存在している。辺りには木々が広がっていた。塔が見えるが、それ程遠いと言う事は無い。リディアンの敷地なのか。確かに近くまで辿り着いていた。

 

「あれは……」

 

 そして、倒れている人影を見つけた。赤色のシンフォギア。かつて見たそれは、力尽きたのだろうか、解除されている。傍らに膝を突いた。ほんの僅かに動いている気がした。

 不意に、強大な剣が聳え立った。あれは。そう思う間もなく、塔に向かい倒れるように沈んでいく。そして、炎が舞い上がった。鞭が追い打ちをかける。数度ぶつかり合い、炎が力尽きた。落ちていく。

 

「戦っているのだな。まだ、あの子らは」

 

 地に落ちる。そう思った瞬間、青い炎が舞い上がった。不死鳥。青き炎に包まれたソレが、塔にぶつかった。

 そして、カ・ディンギルが強い光を上げ、崩れ落ちはじめた。何が起こっているのかは解らない。だが、戦っている。それだけは解る。

 

「行ってくる。少しだけ、待っていて欲しい」

 

 少女の頬に触れ告げた。確かに塔は壊れていた。だが、未だ敵は存在している。フィーネ。それが居る限り、本当に終わる事は無いのだろう。斬らなければならない。この剣は、存在しない物を斬る為にこそ有るのだから。

 息を深く吸った。乱れていた呼吸が落ち着く。

 地を蹴った。駆け抜ける。木々が加速し、やがて線に変わる。童子切。力が溢れている。そして、辿り着いた。

 

「だからって……」

「是非を問うだと? 恋心も知らぬお前が!!」

 

 フィーネが立花を掴み上げ、投げ飛ばした。

 

「皆もういない……。翼さんもクリスちゃんも、リディアンの皆も……。私は、私は何のために戦って……」

「だから、もう立てないと。膝を屈すると。そう言う事か?」

「……え?」

 

 吹き飛ばされて微動だにしない立花の傍に駆け寄る。この子はまだ死んでいない。まだ、やられた訳では無い。

 

「上泉、さん?」

「遅れた。どうにも俺は間に合わない宿運のようだ」

 

 ぼんやりと呟く立花を見ずに呟く。太刀を抜いた。刃は赤く染まっている。

 それでも、血が足りない。童子切が伝えて来る。あれを斬るにはまだ足りない。

 

「上泉か。風鳴弦十郎に何か指図を受けていたようだが、随分と遅れたようだな」

「櫻井了子。フィーネと呼ぶべきか? 久方振りに会った顔だと言うのに、今は斬りたくてたまらないよ」

「日ノ本の剣の一振り。上泉か。だが、貴様に何ができる? 装者は全て手折った。確かに貴様は強い。だが、ただの人間であり剣でしかない貴様如きが、完全聖遺物を纏った私を相手に何ができると言うのだ?」

 

 かつて見た顔。二課の技術面の殆どを担う天才だった。それが敵だったという事なのだろう。

 笑う。随分と間抜けな話である。それが今はありがたい。

 

「そうだな……例えば、貴女を斬れる」

 

 左腕を斬り裂いた。血潮が刃を迸る。痛みは無い。童子切。血を吸い怪しく輝いている。 

 血に赤く染まった刃。突き付けた。鞘を捨てる。

 それが、戦場の音色だった。

 

 

 

 

 

 


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