煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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25.支え合う強さ。何時か燃え尽きるとしても

「これならッ!」

 

 訓練室を桃色の閃光が駆け抜けていく。月読の十八番。広範囲殲滅攻撃。多数を斬り裂くために小型化された丸鋸が打ち出される。赤色。対峙する雪音クリスが飛来するそれを見据える。歌が紡がれていく。

 

「しゃらくせぇッ!」

 

 誘導弾が展開される。広範囲殲滅攻撃に対抗する広範囲殲滅砲撃。放たれた丸鋸全てに狙いを定め、撃ち放つ。轟音が轟く。その音に歌が一瞬かき消されるが、間を置かず歌の続きが流れていく。桃色の放つ斬撃と、赤の放つ砲撃がぶつかり合い、黒煙が辺りに広がっていく。両者の視界を覆い尽くしたそれは、やがて二人の姿も完全に覆い隠す。目を閉じ音だけに集中する。二人の歌がぶつかり合っている。地を蹴る音。射ち出される斬撃と銃撃。視界を覆い隠そうと、戦いの音色が二人のぶつかり合いが続行されている事を教えてくれる。刃が、銃弾が、装者達が動く風の音が、どのような戦いが行われているかを雄弁に教えてくれていた。離れては撃ち合い、近付いては機先の逸らし合いが行われている。遠距離ではクリス。近距離では月読に分があると言ったところだろう。

 訓練室の片隅で童子切を手にし、行われるぶつかり合いを見詰めていた。射手同士のぶつかり合いである為少々危険だが、高められる歌は腕輪に少しでも力を供給する為に必要だった。だから、少し離れた場所ではあるが直接その場で聞く事にしていた。その辺りは二人とも承知である為、本気でぶつかり合いつつも幾らかこちらに意識を割いているのがわかる。苦笑が浮かぶ。万全ならば、そのような下手を打ちはしないが、今はそれもあり得ると心配されているのだろう。流石にそこまででは無いのだが、今の自分の言葉には説得力が無いと言ったところだろうか。ぶつかり合い奏で合わせられる歌に、そんな事を思う。撃ち合いの激しさが増し、ぶつかり合いが最高潮を迎える。爆炎の広がる中、ぶつかり合っては消える赤と桃色が大技をぶつけ合う。

 

「先輩と違って時限式の私は時間をかけても追い詰められるだけ。ならッ」

 

 月読がアームドギアの形状を車輪の様に展開し、広範囲攻撃同士のぶつかり合いに紛れ一気に畳みかけに入る。加速。勝つための意思を込め駆け抜ける。

 

「なッ!?」

 

 一気に勝負を決めに来るのは予想外だったのか、クリスが驚きを示す。リンカーを用いない訓練を行っていた。適合係数の低い月読は短時間しかギアを纏えない為、ただぶつかり合うだけではジリ貧である。一か八かの賭けに出たという事だった。クリスは目を見開き、追撃の為に展開していた機関砲を本来の意図とは違う防衛に回す。

 

「これで決めるッ!」

 

 両手に展開した機関銃を交差させ、刃を受け止める態勢に入ったクリスに一気に月読は踏み込んでいく。笑み。一瞬、それが耳に届く。

 

「ッ!?」

「悪いな。虚を突かれたけど、そう簡単に大穴狙いはやらせねぇッ」

 

 誘導弾。咄嗟に制御を変更し幾つかを着弾させなかったのだろう。月読の一撃を何とか機関銃で受け止めたクリスが笑みを浮かべていた。虚実組み合わせた攻め。表に出してしまった驚きを、誘いに変えたという事だった。受け止められ、機動力の激減した月読に誘導弾が直撃する。爆発こそさせなかったが、良い具合に鋭いものが入っていた。短い悲鳴を上げ、月読が弾き飛ばされる。そして、何とか立とうとしたところでクリスが銃口を向けた。

 

「くッ……。まいりました」

「ふぅ……。ヒヤッとしたけど、こんなもんだな」

 

 勝負ありと言ったところだった。どうしようもない状況に陥た月読は小さく項垂れ、敗北を認めた。何とか勝利に持ち込んだクリスは、そんな月読の様子を見詰めると一度頷いた。敗因は、時間制限がある焦りと完全に後衛型であるクリスが相手であれば接近戦で押し切れると自信を持ちすぎた事だろうか。戦いは強ければ勝てると言うものではない。上手く往なされたというのが、今回のぶつかり合いだった。

 歌が止まり、二人で反省会が行われる。それを、少し離れた所から眺めていた。近接戦闘組であれば助言ができるが、遠距離同士の立ち回りの場合ではあまり参考になる事は言えないからだ。やがて、一通りの反省が終わったのか、月読がギアを解除しこちらに向かってくる。クリスはそのままギアを維持していた。入口から、翼とマリアの姿が見える。三人で訓練を続行するという事なのだろう。制限時間と言う目安があるとは言え、ギリギリまで訓練して良いという事ではない。一区切りが付いた為今日の鍛錬は終わりという事だった。

 

「思い切りは良かったが、焦り過ぎたな」

「はい……。後衛型の先輩が相手ならって、油断していたところが無かったとは言えません」

 

 すぐ傍に月読が来たことにより、口を開く。何処か沈んだように零される言葉に、頷く。自己分析は出来ているようだが、問題はそこでは無いのだろう。暁が月読と喧嘩したと言っていた。それが月読の方にもあまり良くない影響を出しているのだろうと、沈んだ様子に思う。

 

「まぁ、後衛のぶつかり合いについて俺から言える事は少ないな。対近接の立ち回りならば実演する事もできるが」

「……それは、またの機会にお願いします。やるなら、万全の状態で挑みたい」

「そうだな。暁と月読。二人揃えば、厄介な相手だろう」

「それは、私一人だけじゃ駄目で、切ちゃんが居ないと足手まといにしかならないって事?」

 

 月読と言葉を交わし始めるも流石に訓練室で話し込むわけにはいかない為、場所を変えながら続ける。二人の様子から、恐らくこの事なのだろうとあたりを付けて言葉を続けると、月読は面白い様に食いついて来る。考える事は二人とも似たようなものなのだろう。互いに何処かですれ違い、別の所を見てしまっている。本当に以前のあの子らに似ていると苦笑が零れる。

 

「そう聞こえたか?」

「うん」

「それはすまなかった。しかし、月読は足手纏いなのか?」

 

 苦笑いが別の意味に取られたのか、月読はぶすっとした感じで頷く。歯に衣着せぬ言い方に、先程とは違う意味で笑みが零れた。足手まとい。その言葉は果たして誰に最も相応しいのか。

 

「それは……、はい」

 

 そんな事を思いながら尋ねた言葉に、月読は一瞬言いあぐねる様に言葉に詰まるも、小さく頷いた。

 

「何故、と聞いても?」 

「……皆、私達を怒ります。マムやマリア。先輩達や司令。それに切ちゃんだって私が後先考えずにって……。それは私達が、私が弱くて足手纏いだからで……」

 

 理由を問うと、月読は悲しそうに語り出す。今は亡き母や姉。仲間達に何度も怒られ続けて来た。命令無視や独断を始め、危険な事を何度も行いその度に叱られて来ていた。悪い事だというのは理解している。だけど、それは考えた末での結論だった。その全てを否定されたようで、揺らいでいる。そういう事なのだろう。

 

「君は弱くなどないよ」

「あなたには解らないかもしれないね……。強くて、たった一人でも戦場に立ち続けて来たあなたには、弱い私の気持ちは」

 

 弱くなど無いと伝えても、その言葉に信頼など置けないという事なのだろう。小さく息を吐く。言葉は、ただ発すれば良いものではない。

 

「弱くて足手纏い、か……。馬鹿を言うな。俺はずっと君達が羨ましいと思っていたよ」

「え――?」

 

 ぽつりと零した言葉に月読が驚いた様に此方を見た。その表情に、自分はどういった風に思われているのか問いかけて見たくなるが、それは棚上げする。

 

「武門として戦う為に力を磨き上げて来た。ノイズを斬れるようになった。それでも、誰もがノイズに生身で挑むのは無謀だと言うよ。それは童子切を手にし、黒鉄の右腕を手に入れた今でも変わりはしない」

「だって、それはアルカノイズが触れた物を赤い煤へと変えるからで……」

 

 ノイズと生身で戦い続けて来た。シンフォギアと言う力を目にしても、それを変えようとは思わなかった。その行動は、我ながら常人からすれば異常の一言なのだろう。あの風鳴弦十郎ですら、ノイズとの戦いは装者に任せきりである。それでも、戦場に立ち続けて来た。そして、後を行く者達を見詰めて思うのは、シンフォギアと言う存在そのものである。纏うだけで人類の天敵であるノイズの炭素転換能力を無効化し得るものだった。聖遺物に適合するという条件が無ければ使えないものであるが、だからこそ、その力は絶大であると言えた。触れれば死ぬ。その制約が無くなるのである。有ると無いとでは、天と地ほども違う。ノイズがいるというだけで、思い通りに動く事もままならない。言うまでも無い事であった。だからこそ口にする事などしなかった事を、敢えて言う事にする。

 

「君たちはシンフォギアを纏う事が出来る。それだけで、戦ってくれと願われているのだよ。それを苦々しく思っていた。それが足手纏いだと言うのか?」

「それは……。たしかに、私はシンフォギアを纏えるけど……。だけどそれだけで私は強くなんか」

「それだけをできないものが殆どなのだよ。だから君たちは装者として在ることを望まれている。弱いなどという事はありはしない」

 

 自分は適合できただけなんだと続ける月読に、自分も含め適合できない者が殆どだから装者でいる事を望まれているのだと伝える。

 

「俺は強いよ。戦う力で言えば君たちなどよりも遥かに強い。だけど、それでもノイズを相手にするように望まれているのは君たちだよ」

「望まれて……?」

「俺が『武』という強さを持つ様に、君達は『歌』という強さを持っているよ。充分な強さは既に持ち得ている。その強さは俺とは違い、戦う為だけにあるのではない。それでも人は、存外己の持つものに目が向かないものなのかもしれないな。隣の芝生は青く見える。つまりはそういう事なのだと思うよ」

 

 強さは一つではない。武を修めた自分がいる様に、誰かの為に歌う者達も居た。その強さの向かう先は違う道なのだろう。だから、自分とは違う場所を行く者が特別に映る。それは何も、月読だけでは無かった。言わなかっただけで、シンフォギアのようなものがあればと思った事が無いとは言えはしない。

 

「それでも、私は貴方のように強くなれてない。足手纏いと思わなくなりたいんです」

「そうか……。その気持ちだけならば、解らないでもないな」

「え?」

 

 それでも弱いままではいたくないと意志を示す月読に頷く。そう思う事自体は悪い事ではない。ただ、決して弱い訳では無いと伝えておきたかった。そうでなければ、後進達に後を任せることなどできはしない。

 

「月読。俺に君の気持ちは解らないと言ったな。そうだよ。俺に君の気持など解りはしない」

「なにを……」

「ならば、君に俺の気持ちもまた解りはしない。人は向かい合うだけでは、解り合えはしないよ。だからこそ、知る為に言葉を、想いを交わすのだろう」

「……ッ。そうなのかも、しれません。私、酷い事を言ったのに、まだ謝ってもいない」

 

 月読は何かを思い出したのか、一瞬辛そうな表情を浮かべ頷く。酷い事。以前響が初対面の月読に偽善者と言われたと相談に来た事があった。或いは、その時の事を思い出しているのかもしれない。

 

「誰かに何かを伝えるには知らねばどうしようもない。それは、何かを為す事もまた同じだよ。足手纏いになりたくない。君がそう思うのならば、それはそれで悪い事ではない。」

「だけど、どうすれば変われるのか。私には……」

「自分に問い続ける事だな。変わると思って明日変われるものではない。自分に問いかけ続け、行きたい道を見極めたうえで、少しずつ進むしかない」

 

 どうすれば強くなれるのか、変われるのかという問いに、自分なりの結論を見つけるしか無いと答える。強くなる。それは、簡単な道では無く、たった一つと言う訳でも無い。絶対の正解などありはしない。故に、自分の望む道を行くしかないのである。助言をする事は出来るだろう。だが、最後の所で決めるのは己だけでの選択だと言える。

 

「月読。強くなりたいと、変わりたいと言ったな」

「はい……」

 

 結局のところ、自分の強さなど悩み選ぶしかないのである。近道などありはしない。だからこそ、一つだけ伝えておこうと思う。

 

「変わる事が全てでは無いぞ。変わらなくて良いものもまた、存在する」

 

 彼女等は、世界を一つに繋げる強さを既に持っていた。その強さこそ、大切にして欲しいと思う。武の行き着く果てなど、目指すべきでは無いのだから。そう思い、月読にもまた、自分の納得できるまで考え続けろと伝えて話を終わらせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切ちゃん……。私に言いたい事、あるんでしょ?」

「それは、調の方デス。だからさっきからずっと……」

 

 暁切歌と月読調は無言で帰途についていたところで、沈黙に耐えきれなくなった調は口を開いた。二人は適合率の低さの問題から長時間の訓練は行う事が出来ない為、他の装者達よりも早くS.O.N.G.本部から離れていたところだった。

 

「私はただ……」

「黙って居たら、解らないデス」

 

 それを切欠に、一つ二つと言葉が交わされる。喧嘩をしていた。だからか、普段の中の良い二人の様子とはかけ離れ、何処かぎこちない会話が続けられる。何とか歩み寄りたい。そんな想いを互いに抱いているにも拘わらず、上手く話し出す事が出来ない。誰かと話すというのは、こんなにも難しい事だったのかと二人は思う。

 

「――ッ!?」

 

 そうして何とか会話を続けようとしたところで、不意に衝撃が駆け抜けた。爆音。突如上がったソレに、二人して視線を合わせる。神社。帰路の風景の中にあったそれが黒煙を上げ炎に焼かれていた。自動人形。その様子に、そんな言葉を連想する。

 

「くっ……ッ。これって!?」

「襲撃……。きっと、あたし達を焚きつける心算デスッ」

 

 遠くから人々の悲鳴が上がる。アルカノイズ。もしかしたらそれも現れているのかもしれない。ギアのペンダントを取り出しながら向かうべき相手を探す遠くの鳥居の上。以前敗れたミカが二人を見て笑みを浮かべていた。

 

「足手纏いと、軽く思っているのならッ」

「あたし達だけでも、やってみせるデスッ」

 

 先の敗北の事もあり、切歌と調は一瞬怯むも、己を奮い立たせ聖詠を歌う。光が二人を包む。イガリマとシュルシャガナ。女神ザババの持つ刃から作られたシンフォギア。二つの力を纏い、二人は自動人形と対峙する。

 

「今日は、存分に君たちの歌を聞かせて貰うんだゾッ」

 

 シュルシャガナが広範囲に刃を放ち、イガリマがミカを目掛け飛刃を飛ばす。迫る刃を見据え、ミカは満面の笑みを浮かべる。炎。両の手からソレを燃え上がらせ、迫る刃に向かい打ち放つ。劫火が刃を呑み込み、その形を消失させる。跳躍。鳥居から飛び降りたミカは空中で推進装置を起動、一気に間合いを詰める。

 

『直ぐに増援を送る。それまで持ち――』

 

 瞬く間に間合いを詰め、ミカが切歌に殴り掛かったところで通信機から言葉が届く。増援を送る。風鳴弦十郎がそう続けようとしたところで異変が起こった。二人には詳しい事は解らないが、通信機から聞こえる驚きに何かあった事が伺える。一撃を何とか切歌は往なす。反撃。切り返そうとしたところで、切歌の身体を蹴る事でミカは一気に軌道を変え、調に向かう。

 

「ッ!?」

「調ッ!!」

 

 放たれる渾身の一撃。反応が遅れた身体を、無理やり倒す。頬に、ミカの大爪が僅かに触れる。一瞬頬に熱が走り、何かが割れる感覚が届く。頬。少し斬られていたが、ギリギリのところで往なしていた。思わず切歌の叫びが上がる。なんとか、ミカから距離を取った。

 

「おおッ! 上手くかわした。中々やるんだゾ!!」

 

 そんな二人の様子を認めたミカは、何とか凌ぎ切った事に称賛の言葉を投げかける。

 

「このまま、押し切るデスッ」

「と言っても、前の方がまだ良い線いってたんだゾ」

「切ちゃんッ!?」

 

 賞賛とも挑発とも取れる言葉を耳にした切歌はイガリマを握り直し、一気に距離を詰める。その様を見詰めていたミカは、迫る獄鎌に拳を合わせる。衝撃。獄鎌の柄に拳を合わせ受け止め、そのまま手を開き巨大な指でイガリマを掴み取る。そのまま切歌ごと力任せに投げ飛ばした。

 

「うわあぁぁぁッ!?」

 

 調の叫びと共に切歌は吹き飛ばされ、進行方向にあった建物に直撃する。あまりの力の差に、一瞬何が起こったのか解らなかった切歌は受け身も取れずその場に倒れる。音が聞こえていた。ミカが巨大な劫火を錬金術で生成している。両の手に炎が集い、二つの火柱が生み出される。それを、両手を重ねる事で一つに圧縮。打ち放った。

 

「連携しないと、死んじゃうんだゾッ!!」

「ッ――!?」

 

 迫る極大閃熱砲撃。切歌はふら付く身体で何とか立ち上がるも、とても回避が間に合う状態では無かった。放たれる熱量に目を見開く。閃光が駆け抜けた。

 

「きり、ちゃん。だいじょう、ぶ?」

 

 思わず目を閉じてしまったところで、調の声が届いた。巨大な丸鋸。切歌が目にしたのは、シュルシャガナの力をその二つに収束し、何とか閃光を受け止める調の姿だった。切歌の無事に気付いた調は、迫る力を受け止めながらも、安堵の笑みが零れる。その姿に、切歌は自分の心が乱れるのを感じた。放たれる力が更に出力を増す。シュルシャガナの刃を、閃熱が融解させていく。昂った感情のまま、切歌は思いっきり動いていた。

 

「なッ!?」

「どうして、自分の身を顧みずに庇うんデスかッ!?」 

 

 動くに動けない調を思いっきり抱きしめ、一気にギアの推進装置を起動する。腕に調の熱と、頬に風を切る感触を感じながら切歌は死地を脱する。切歌に行き成り抱きしめられ吹き飛ばされるよう動く事になった調は思わず目を丸める。そのまま二人は何とか着地、体勢を立て直す。

 

「私は、切ちゃんに傷付いて欲しく無くて……」

 

 そして、何故無茶をするんだという言葉に調は一瞬口籠るも、話さなければ相手の気持ちは解る筈も無いと、何とか自分の気持ちを切歌に伝える。

 

「そんなの、あたしだってそう思ってるんデス。調だけがそう思ってるんじゃ、ないんデスッ!!」

 

 その言葉を聞いた切歌は、言い返す様に叫ぶと、一気にミカに向かい飛んでいた。伝えられた言葉の意味が解らず、調は返す言葉を失う。

 

「大好きな調だから、自分の事を蔑ろにしてまであたしの事を護ろうとするのが許せなかったんデス。あたしがそう思えるのは、調が何時もあたしを護ろうとしてくれたからデスッ!!」

 

 近距離でミカと撃ち合いながら切歌は胸の想いを吐き出す。調に庇われる度に嬉しく思った。だけど、それ以上に、自分の事を顧みない助け方に怖さも感じていた。調を失うかもしれない。そんな怖さである。事実として、一度調は切歌を庇い、イガリマをその身に受け瀕死に追い込まれていた。また、自分の所為であんな思いをさせるかも知れない。そう思うと、怖くて、それ以上にそんな事をさせる自分の弱さが許せなかった。強くなりたい。調だけではなく、切歌もまた強くそう想っていた。

 

「あたし達が足手纏いに成りたくないと想うのは、大切な人達にあんな悲しい想いをさせたくないから、どうしようもないあたし達を大切に想い受け入れてくれた優しい人たちに、涙を流させたくないって想うからデスッ!!」

「私達を大切に想ってくれる、優しい人達……」

 

 強くなりたいと想うのも、護られるだけの自分で在りたくないと想うのも、二人とも同じなのだと言葉を続ける。

 

「そっか……。私は、だから強くなりたかったんだ……」

 

 大切な人達を悲しませたくないから強くなりたかった。解ってしまえばそんな単純な事だったんだと、胸にすっと入り込んでくる。何のために強くなりたかったのか。それが、はっきりと胸の内に宿る。大切な親友が、教えてくれていた。

 

「その想いは悪くないけど……、勢いだけで勝てる相手じゃないゾッ!」

「くぅ……、ぐ、うぁぁッ!!」

 

 イガリマと炎柱での接近戦。切歌が近接型の装者とは言え、戦闘特化型の自動人形であるミカを押し切れる道理は無い。善戦していたのも束の間、膂力でも、手数でも勝るミカに押し切られ弾き飛ばされる。吹き飛ばされた切歌に調が追いつき受け止める。

 

「マムが遺してくれて……、皆が傍に居てくれるこの世界で格好悪いままで終わりたくない……」

「だったら、格好良くなるしかないデス」

 

 そして、大切な事を分かち合った二人は手を繋ぎ立ち上がる。強くなりたい理由を見つけ、成りたい自分に見つけていた。大切な人を泣かせる事の無い、強く格好良い自分になりたかった。

 

「だから、君達は戦うのかな? だけど、英雄ではない君たちは一人で出来る事は知れているんだゾッ」

 

 そんな二人に、ならばどうするとミカは問いかける。戦闘特化型自動人形であるとはいえ、自分一人にすらまともに戦う事が出来ていない現実がそこにはあった。英雄と呼ばれた者は、たった一人の強さで終末の四騎士と渡り合っていた。お前達も同じ事が出来るのかと、二人で立ち上がった少女たちに問いかける。

 

「そうだね。私達は弱い。一人で立てる程、強くなんて成れはしない」

「だけど、あたしたちはそれで良いんデス。一人じゃない。大切な仲間が、親友が傍に居てくれるんデス」

「だから、二人で強くなるんだッ!!」

「一人ではなく、支え合い、一緒に強くなるんデスッ!!」

 

 そんなミカの言葉を、調と切歌は認める。強くなんて成れていない。誰かが英雄と呼んだ人の足元にも及ばない。だけど、そんな事はどうだって良かった。自分たちは英雄とは違う種類の強さを手にしていた。一人では届かなくとも、支え合い、二人で立つ力を手にしている。それで充分だった。自分たちは、英雄になりたかったのではない。大切な人に、涙を流させない強さが欲しかったのだから。

 

「イグナイトモジュール、抜剣ッ!!」

「イグナイトモジュール、抜剣デスッ!!」 

 

  ――ダインスレイフ

 

 だから、二人は魔剣の力を手にする。魔剣の刃が二人の胸を穿つ。心の闇を、ダインスレイフの刃が何のために強くなりたかったのか解ってはいなかった少女たちの胸を穿つ。だけど、その答えは出ていた。大切な人達と共に在る為。そして、傷付けた事を謝る為にも、こんな所で負ける訳にはいかなかった。

 

「ごめんね……切ちゃん」

「良いですよ……。それよりも皆に……」

「そうだ。皆に謝らなきゃ……。その為にも、二人で強くなるんだッ!!」

 

 そして、刃が抜き放たれる。二人のギアを魔剣の呪いが力を暴走増幅、それを理性により制御化に置く。イグナイトモジュールの抜剣が成功していた。

 

「誰かと支え合う強さ……。一ではなく、複数で強く高まる力……ッ」

 

 刃を抜いた二人を見据え、ミカは嬉しそうに炎柱を構える。踏み込み。推進装置を起動させ、一気に踏み込んできていた切歌を弾き飛ばす。追撃。着地など許す間もなく襲い掛かろうとしたところで、眼前に円盤が浮いていた。刃が浮き出る。回転。一気にミカの頭部を削り取ろうと迫る。

 

「さっきまでとは段違いなんだゾッ!!」

 

 両の手で受け止め炎を以て刃を消滅させる。だが、掴み取った両手が幾らか刃に削り取られていた。その力の痕跡を見詰め、ミカの声は更に嬉しそうに弾み始める。炎。幾らか削れた両の手に纏う。

 

「今度はこっちから行くんだゾッ」

 

 右手の指の数だけ炎弾を圧縮生成、五指の爆炎弾を作り出す。そのまま、ミカ目掛けて斬りかかって来ていた切歌に迎え撃つ形で放った。圧縮された爆炎が切歌に向かう。

 

「それはもう、見せて貰ったデスッ」 

 

 切歌はイガリマを振りかぶる。そして、一気に飛刃を放った。刃と、刃による拘束具。鎖の様に対象に絡みつかせて用いるソレを、展開して放ち、密集した炎にぶつける事で起爆させる。爆炎が広がった。両者の視界を煙が覆い隠す。旋律。それが鳴り渡り、刃が地を駆ける音だけが駆け抜ける。

 

「視界を奪ったところでッ!!」

 

 車輪が駆け抜けていく。それを、全力で打ち飛ばした。左腕が纏っていた炎が、シュルシャガナの刃を融解させる。獲った。そう思った腕が掴んだのは、駆け抜けていた車輪だけであった。

 

「ッ!? なら、本命が……ッ」

 

 外した。ミカがそう思った時、上空から歌が聞こえていた。視線。定めた時には既に切歌と調は手を繋ぎ、刃を重ねていた。重ね合わされる歌が、二人の刃を強く輝かせる。そして、女神ザババの持つが一対の刃が一つと成り、ミカに狙いを定めていた。

 

「これでッ!!」

「決めるデスッ!!」

 

 歌が加速していく。重なり合う紅と碧の刃。響き渡る歌に後押しされる様に強く鋭く研ぎ澄まされていく。

 

「あ、が、ぁ……」

 

 そして、紅碧の刃が赤の自動人形を貫いた。ミカの眼が見開かれる。魔剣が奏でる刃が、確かに自動人形を穿ち閃光が駆け抜けていく。

 

四騎士の剣(ソードモジュール)抜剣(アクセス)ッ』

 

 ――血脈に宿る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 

「なッ!?」

「そんなのありデスか!?」

 

 そして、刃が抜き放たれる。ザババの刃が穿ち、人形が爆ぜるその瞬間、電子音声が鳴り響く。四騎士の剣。それが展開され、ミカの穿たれた身体を修復するように決戦兵装が展開される。想定の外にある展開に、思わず二人が声を上げる。

 

「君たちは強かったんだゾ。だけど、まだ終わらない。この程度じゃ、あたしの身体にも響きはしない。機械の心すらも震わせる歌を、想いを聞かせて欲しいんだゾッ!!」

 

 純白の外装を身に纏い、炎剣を手にしたミカが再び二人に迫る。加速。推進装置を解き放ち、飛翔剣に使われる出力を機動力に回しミカは肉薄する。強い力を示していた。だけど、足りなかった。身体を穿たれ、死を迎える筈の一撃を受けた事で、自動人形の目的は既に達していた。だからこそ、その命を使い切る心算でミカは刃を交わす。

 

「支え合う強さ。確かにそれは一つの強さと言えるんだゾ」

「くぅ……ッ」

 

 振り抜かれる炎剣を、切歌はイガリマで受け止める。柄。炎剣と接する部位が黒煙を上げ始める。その様子を見ると、直感的に打ち合ってはならないと切歌は判断し、ミカを蹴り飛ばし距離を取る。

 

「だけど、それは一人で強くなる必要が無かったものの言葉なんだゾ!!」

 

 蹴り飛ばされたミカはその力に反発する事なく吹き飛ばされ着地と共に跳躍、一気に加速する。

 

「――調!!」

「ッ――!?」

 

 そして、切歌は自分の失策に気付き声を上げる。月読調。近接戦闘ではミカにとって、暁切歌よりも与しやすい相手だと言えた。変則機動による超加速を維持したまま、ミカは調に斬りかかった。

 

「くぅぅ……。うぁッ!!」

 

 炎剣が唸りを上げる。咄嗟に展開したシュルシャガナの刃が、炎剣を削る様に受け止めるが、その熱量によって刃が逆に融解させられていく。至近距離。刃を断ち斬られた調は、目の前にいるミカに全力で殴り飛ばされる。そのまま、吹き飛ばされているところに追いつかれ、浮いていた手を取られるとミカの下に引き寄せられ、再び殴り飛ばされる。執拗な攻撃を目に、切歌は推進装置を全力で稼働させ割って入ろうと飛び掛かる。だが、背後が見えている様に間合いに入った瞬間に振り向いたミカに蹴り飛ばされ地を転がる。

 

「二人で強くなる。君たちはその方法で強さを手にした。だけど、人は常に誰かと共に在れるわけではないんだゾ。一人で立たなければいけない事もあるんだゾ。その強さも一つの手段ではあるけど、だからと言って己だけの強さを蔑ろにしていい理由に成りはしないんだゾッ!!」

 

 切歌の強襲は失敗したとは言え、調へのミカの追撃が止まり何とか二人とも距離を取る。その様子を見据えると、ミカは炎剣を消し、両手に再び炎を纏う。出力。先程までよりも遥かに強いそれを以て、広範囲閃熱砲撃を放つ。そのあまりの熱量に二人は受け止めるのではなく避ける道を選択する。

 

「こんなの受け止めてたら命が何個あっても足りないデス!!」

「流石にこれは……ッ」

 

 放たれた力を前に戦慄のを隠す事も出来ず二人は呟く。イグナイトを発動させ、随分と時間が経っている気がする。いい加減に戦いを終わらせなければいけないと思うも、強すぎる人形の意からに勝機が見出せない。

 

「誰かが傍に居てくれる。誰も彼もが、そんな幸運を持ち得ている訳じゃない。一人で強くなったもの全てが、一人で強くなりたかったわけじゃない。誰かが共に居てくれる。それは当たり前なんかじゃないんだゾ」

 

 二人の装者を見詰め、ミカは小さく笑った。必要のない言葉を投げかけている。自分に課せられた目的は既に達成されている。ならば、この戦いは何の為なのか。一瞬そんな事を考えるけど、もう理由なんてどうだって良い事なのだと定める。妹が全力で戦えと示している。纏う決戦兵装が、繋がっている英雄の軌跡がそう教えてくれていた。更に出力を高める。青に与えられた記憶全ての焼却。バーニングハート・メカニクス。ミカだけに搭載された決戦機能。それを決戦兵装を展開した状態から解き放つ。炎剣が想いを糧に、熱く燃え上がる。その刃を、限界まで圧縮していく。凝縮された焔の剣。赤色の刃。決戦機能と決戦兵装の同時展開。一人で届き得る力をミカは出し惜しみ無しで解き放った。死を先送りにしている身体が、想い出の焼却により高められた力に耐えきれず、手にした赤き刃の熱に自らを糧とするかのように崩れていく。

 

「だから、見せて欲しんだぞ。君たちは本当に『英雄』を越えられるのか。支え合うだけで強くなれるのかを、あたしに示して欲しいんだゾッ」

 

 崩れ落ちる自らの身体を見詰め、ミカは深く笑みを浮かべた。ガリィもこんな気持ちだったのか。そんな事が思い浮かび消えて行く。踏み込み。推進装置を起動させ、爆撃でも起こったのかと言わんほどの衝撃と共に飛んでいた。

 

「はやッ」

 

 瞬間移動をしたと錯覚するほどの速さで、ミカは切歌に斬りかかった。殆ど反応する事も出来ず、ギリギリのところでイガリマが赤刃を受け止めるも。碧刃は赤刃の熱に断ち切られる。当たったら死ぬ。それ程の熱量を前に、身体が反射的に回避行動を起こす。赤色の軌跡。ギリギリのところで往なしたをれは、近くを通り過ぎただけで焼かれていると錯覚するほどの熱を発している。シンフォギアの防御機能の上からですら焼き尽くそうとする自動人形の力に、切歌の背中を悪感が走り抜ける。

 

「切ちゃんはやらせないッ」

 

 追撃をかけようとする赤の機先を制するように無数の刃が飛来する。シュルシャガナの丸鋸。逃げ場を完全に失くし封殺する心算で放たれた殲滅攻撃。間断なくミカに降り注ぐ。

 

「どっちが先でもあたしは構わないんだゾッ」

 

 それに対して、ミカは何の迷いもなく前に出る事を選択した。シュルシャガナの刃が直撃する瞬間、全身から焔が吹き荒れる。纏う劫火が、刃が体に届く前に消し去っていく。だが、ミカの身体もまた燃え落ちて行く。構わず刃を振るう。赤刃の熱が、刃と成り調に襲い掛かる。

 

「なんて、無茶苦茶なッ」

「自動人形って言うのは、ここまトンデモだったデスかッ」

 

 熱の刃を往なすも、それだけで一部が破損したギアを尻目に二人は思わず零す。決戦機能同士でのぶつかり合い。だが、単純な力比べでは歯が立ちそうにない。

 

「本気で来なきゃ届きはしないんだゾ。逃げ回ればあたしに負けはしない。だけど、それじゃ何も変わっていないんだゾ」

 

 赤刃を両の手に作り出し、ミカは二人に全力で来ないと何も変わらないと告げる。命を惜しんで歌われる歌に、何の価値があるのだと、言葉ではなく行動で示していた。身体が崩れていく。崩れた所から、熱に飲み込まれていく。それでも赤は笑みを絶やさない。自分の思うままに動く事が出来る。それが、ただ嬉しかった。

 

「こうなったら……」

「歌うしか、ないね……」

 

 逃げればそれで終わると告げる赤に、二人は立ち向かう事を選択する。此処で逃げれば何も変わらない。結局自分よりも強い相手からは逃げ惑う事しかできないのであれば、それは足手纏いであると思った時から何も変わっていないという事だった。手を繋ぎ、短く息を吸う。そして、二人で繋がり合い歌を重ねて行く。

 

『Gatrandis babel ziggurat edenal――』

 

 命を燃やし紡がれる旋律。それが、自壊する自動人形を前に紡がれていく。覚悟を決めた。そういう事であった。イガリマが絶唱発動の出力に呼応するように巨大化し、シュルシャガナが調の両手から展開され巨大な二つの刃を生成する。

 

「……命を燃やす歌。底知れず、天井知らずに高まる力ッ」

 

 二つの絶唱を見詰め、その力の高鳴りにミカは己が崩れ落ちる事も構わずその刃が完成するのを待ち続ける。やがて碧刃と紅刃がその力の頂に辿り着く。こぽりと、二人の口から血が零れた。

 

「強く、成るんだッ」

「誰にも悲しい想いを刺せない程、強くッ」

 

 そして、二つの刃が臨界を越えた時、絶唱は放たれる。無限軌道からの終わらない斬撃。魂を切り刻む程の不可逆の一撃。紅と碧の力を前に、ミカは両手の赤刃を強く燃え上がらせる。

 

「この力でッ!」

「勝つんデスッ!」

 

 二つの絶唱が自壊する自動人形に放たれる。支え合う強さと、一人で立つ力のぶつかり合い。ぶつかり合う力が、互いの譲れないものを押し通す様にその威を振るう。ぶつかり合う三種の刃。絶唱で高められた刃を、焔の剣は命を押し通す様に焼き尽くしていく。

 

「押し負けてる……ッ」

「有り得ない、デス。イガリマの力は、魂すらも両断して……ッ」

 

 シュルシャガナの刃で封殺し、防御不可能なイガリマの一閃で押し切る心算であった。それが、押し返されている。有り得る筈の無い展開に、二人に戦慄が走る。

 

「確かに二つの力は凄まじいかもだけどッ。防御不能の一撃とは言え、技として成立しなければただ強い力でしかないんだゾ」

 

 防御不可能な斬撃。だが、受け止めるのではなく、触れあった瞬間刃を殺す事で斬撃を破綻させていた。どれだけ強い力であろとも、完成する前に散らされてしまえば戦いようがなかった。赤刃に触れる度、消えて行く刃にどうすればと二人の中に焦りが生まれる。放つ斬撃。赤に往なされ、隙だらけになった切歌を調に向かい弾き飛ばした。

 

「切ちゃんッ!」

 

 思わず刃を止め受け止める。そして、それが最大の失敗だった。

 

「これで、終わりなんだゾ」

 

 態勢が崩れまともに動く事も出来なくなった二人に、両手に持つミカは焔を剣を振りかぶる。その熱量と迫る恐怖に思わず目を閉じてしまう。それで、終わりだった・

 

「あ、……」

 

 そんな声が二人の耳に届く。崩れていく。限界など遥かに越えていた力が、自動人形を壊していく。強すぎた力が、使い手その物を壊し切ってしまっていた。根元から両腕が崩れ落ち、刃は地に堕ちる。地を踏みしめた脚は砕け散り、先の無くなった膝が地に触れ倒れ伏す。

 

「此処で、終わりなんだゾッ……」

 

 そして、二人の眼前に赤は力尽きる。思わず動いていた。どうしようもなく強かった敵。それが、自壊した。戦う力が残っていないのは、見ただけでも直ぐに分かる。半ばから崩れ落ち残っていた身体も砕け続けている。その姿が、何故か悲しく思える。勝った筈なのに、達成感など何も存在しなかった。

 

「強かった、なぁ。最期に思いっきり戦えた。それが、嬉しんだゾ」

「手も足も出なかった……」

「あたしたちは、結局何も出来ていないデス」

 

 赤の呟きに、二人は何も出来なかったと言葉を零す。話す為に言った事では無かった。だけど、言葉は交わり想いは紡がれる。

 

「それでも君たちは立っている。それが強いって事なんだゾ」

 

 どんな結末に至ろうと、最後まで立っていたものが強いのだと告げられた言葉に、二人は解らないと頭を振るう。強かったのは自動人形である。あのまま続けていたら、倒れているのは自分たちの方だったと、そんな想いが強い。

 

「まぁ、良いんだゾ。君たちはあたしから逃げずに立ち向かってくれた。だから、こんな風に終われた」

 

 解らないというのならば、それもまた良かった。自分が満足できた。それが一番大切な事なのだから。

 

「お礼に教えてあげるんだゾ。もうこれ以上『英雄』を戦わせてはいけない。あたしたちの様に、命を振り絞らせちゃいけないんだゾ」

 

 そして、最後にそんな言葉を残す。主の目的の為には、むしろ燃え尽きて貰った方が都合が良かった。だけど、それでも、本当に燃え尽きたら悲しむんだろうなと想うからか、『英雄』の仲間である少女たちに忠告を残す。『英雄』はどれだけ追い詰められようと、自分の都合で止まる事は無いからこそ『英雄』足り得るのである。ならば、止められる可能性があるとすればそれは。

 

「楽しかったんだ、ゾ」

 

 そして、最後にもう一度楽しかったなぁと呟き、赤は砕けて消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静謐な空間の中、カチャカチャと右腕を分解する音だけが響き渡る。黒鉄の義手。その整備をエルフナインに頼んでいた。定期的な調整。特段不便がある訳では無いのだが、保守の為の点検だった。作業机の上に置かれ、一つ一つ分解、手入れが行われるその様子を見詰める。時折、部品の一つを手に取り難しい顔でにらめっこをしている様は、普段の何処か柔らかな雰囲気とは違い、エルフナインが錬金術師である事を強く意識させる。S.O.N.G.本部にある既存・異端両技術に干渉する機材は全てエルフナインの研究室とも言える部屋に集められていた。その機材を用い、不備が見られた部品の修復なども行われている。

 

「聞きましたか? 調さんと切歌さんが、ミカを倒したようです」

「ああ。司令から聞いたよ」

 

 ふっと、エルフナインが言葉を零す。視線は作業の方を見たままだが、明確に投げかけられた言葉に一度頷いた。自動人形の撃破。それに成功したと聞いていた。抱えていたものを降ろす事が出来たのだろうか。そんな事を思う。その時にS.O.N.G.本部にいたのだが、敵の妨害と思われる行動により救援に行く事は出来なかった。巨大な人影が潜水艦である本部を掴んだのだとか。流石にどうしようもなかったと言える。だが、それが強い疑念を生じさせる。何故、本部を海底で破壊しないのか。口にしないだけで、どう考えてもおかしかった。壊せない理由がある。それ以外に理由など無いのだろう。それが何故か迄は読み切れないが、何かあるとだけ頭の片隅に置いていた。

 

「調さんと切歌さん、強いですね」

「そうだな。だけど、強い事は良い事なのだろうか」

 

 エルフナインが小さく笑みを浮かべたので、一度頷く。だが、本当にそれが強いと言って良いのかは解らない。皆が皆、イグナイトモジュールに手を伸ばしていた。呪いの魔剣を触媒に使われる力。そんな物が本当に必要なのか。そんな事は何時も胸に過る。えっと此方を見詰めたエルフナインに、何でも無いと笑った。力の是非を問う事は必要だが、そんな事は自分のようなものが考えて居れば良い事だった。

 

「右腕の方は如何かな?」

「はい。幾らか摩耗が進んでいるところもありましたが、修復の効く範囲内の為、保守は完了しています。……また、使いましたね?」

「すまない。命と天秤にはかけられなかった」

 

 右腕の様子を問うと問題は無いと教えてくれるが、少しむくれた様にまた使いましたねと見詰められる。それに素直に謝ると、もう良いですっと困ったように笑った。暫し沈黙が訪れる。再びエルフナインが右腕の調整に意識を戻す。暫くその様子を見詰めている。静かな時間だけが過ぎていく。

 

「完了しました!」

 

 そして、作業が終わったのか此方に視線を戻すと、右腕を差し出し笑顔を向いた。差し出された腕を手に取り、右腕の接続部と繋ぐ。一瞬の違和感。右腕の感覚が繋がるのを実感する。これが錬金術か、っと小さく呟く。確かに感覚が無かった右腕が、今は存在していた。使い慣れたものではあるが、改めてすごい力だと感じる。何度も手を動かして様子を見る。何の問題も無かった。

 

「大丈夫ですか?」 

「ああ。本物の腕のように使えるよ。ありがとう」

 

 此方の様子をじっと見つめていたエルフナインに礼を告げる。それに、それなら良かったですと柔らかな笑みを浮かべてくれる。これで、点検は終わりだった。此方の仕事も片付いている為、本当にやる事が無くなってしまっていた。

 

「エルフナインは時間があるかな?」

「え? あ、はい。今は急ぎの仕事も終わっていますので、大丈夫ですよ」

 

 何気なく尋ねた言葉に大丈夫ですと頷く。苦笑が浮かんだ。完全に働き過ぎの者が言う台詞だった。司令からは、エルフナインが働き過ぎな為、少しばかり休憩時間に当てられるようにと右腕の保守に当てられる時間を多く割いて貰っていた。休めと言っても休もうとしない頑張り屋に、別の角度から休息を取らせるというのも今回の自分に託された仕事と言えるのかもしれない。

 

「いやな、色々な話をしたが、君自身の事をあまり聞いていなかったと思ってな」

 

 どうかしましたかと小首を傾げるエルフナインに、世間話でもしようかと思ったんだと続ける。錬金術師や異端技術、そしてキャロルの目的などについては話していたが、エルフナインが如何思っているかなどはあまり聞いた事が無かった。その辺りを聞いておきたかった。

 

「ボクの事なんて聞いても面白くないと思いますよ」

「構わんよ。面白い話が聞きたくて話しているのでは無いからな」

 

 一つ二つと言葉を交わす。何が好きなのか。料理は得意なのか。歌を歌う事はあるのか。そんな他愛の無い事を尋ねていく。さして重要でも無い問いに、それでもエルフナインは一つ一つに丁寧に答えてくれる。パパやS.O.N.G.にきて新しくできた仲間が好きだと。キャロルから受け継いだ記憶の欠片から見ただけだけど、料理は得意な方であると。装者達に影響されているのか、ギアや設備の保守管理を一人で行っている時は、鼻歌を歌う事があると恥ずかしそうに教えてくれた。戦いが終われば何をしてみたいのか。世界にはまだまだ知らないものが沢山ある。色々な事を知りたいんですと、そんな事を教えてくれる。静かな、だけど落ち着いた時間だけが流れていく。

 

「君は、父親が好きなんだな」

「はい。ボクはパパが大好きです。そしてそれはきっと、同じ記憶を持つキャロルもそう思っている筈です」

 

 パパの事が大好きなんですと隠さず告げるエルフナインに、こうまで素直に好意を出せる事は凄い事だと思いながら頷く。

 

「パパは色々な事を教えてくれました。錬金術を始め、料理や薬となる薬草の見分け方。誰かを想う優しさや、大切な人と過ごす幸せな時間。不可能と思える事でも、諦めなければ道が開けるって事も……」

 

 パパは色々な事を教えてくれましたと締めくくるエルフナインをただ見つめていた。そして、一つ気になっていた事を尋ねて見る。

 

「君は、父親に怒られた事があるのかな?」

「え? それは……多分、無いと思います。軽く注意をされるぐらいはあったと思いますけど、本気で怒られた記憶はありません」

 

 ずっと気になっていた事にエルフナインは目を閉じ記憶を思い出す様にしながら答えを出す。優しくしかられる事はあったけど、怒鳴るような激しい怒られ方をした事は無いと結論付ける。その言葉に、だからか、っと思い至った。

 

「そうか。だからか」 

「ボクの答えに、おかしなところでもありましたか?」

 

 自分の納得がいったという呟きに、エルフナインは小首を傾げる。素直な様子に少しばかり笑みが零れてしまった。

 

「君の父親に一つだけ失敗があったかもしれないと思っただけだよ」

「そんな事あるわ……ッ。いえ、何か気付かれたんですよね。聞かせて貰っても良いですか?」

 

 一瞬エルフナインにしては珍しく声音が荒くなるも、直ぐ様一呼吸置き、続きをお願いしますとこちらをじっと見つめて来る。その姿に似ているなっと思いながら、言葉を続ける。

 

「君が、君達が父親の事を大好きだったように、父親もまた君たちが大切だったのだろうな。思い出話を聞くと、そんな情景が思い浮かぶようだよ」

「なら……、何を失敗したと……?」

 

 エルフナインが、そしてキャロルが父親を好きだったというのは充分過ぎる程想い出を語る姿から読み取る事は出来る。そして、それは彼女の語る父親像からもまた、充分に察する事が出来た。娘が可愛かったから、大切であったからこそ、色々な事を教え、様々な想い出を作る事ができた。そういう事なのだろう。

 

「大切であった。何にも代えがたい宝物であった。だから、本気で怒る事が出来なかったのではないかな」

「本気で怒る事が出来なかった……?」

 

 だからこそ、本当の意味で叱る事が出来なかった。悪い事をしてはいけないと、どんなに優しい人間でも、酷い事をしてしまえば怖い瞬間はあるものなのだと教える事が出来なかった。

 

「大切にし過ぎたのだろうな。だから、君が怯える程の怒りを示す事は出来なかった。父は優しいだけではなく、間違った時には怒る事もあり得ると教えてこなかった。だから、大切なものを押し通す為にならば、何をしても良いという極端な道を選ぶ事が出来たのだろうと、そんな事を思うよ」

 

 大切で可愛かったからこそ、叱りつける事が出来なかった。つまり、そういう事なのだと思う。だから、父親を大切に想いながら、父親との想い出の残る地を壊そうなどと思う事が出来る。そんな事をすれば、父親は本気で叱りに来ると、そんな事に思い至らない。だから、あれだけ父親に拘りながら、もし父親が生きていれば如何思うかという事に思考が及ばないと言う訳であった。

 

「君の父親は優しかったのだろうなぁ……。優しすぎたのだろう」

「それは、ボクもそう思います」

 

 呟いた言葉に、エルフナインもただ頷いた。会話が途切れる。聞いてばかりであった。少しぐらいは、此方からも話さなければ不公平だろうか。

 

「俺の父上は、怖かったよ」

「え――?」

 

 ぽつりと零した言葉。響に話した時も、同じような反応だった。それ程俺が、父を怖い人だったと想うのは意外なのだろうか。

 

「普段はそうでも無いのだがな、鍛錬の時は鬼のようだったな」

「え、ええ……。たしか、貴方が子供の時の話ですよね」

「ああ。十にも満たない子供を殴る蹴る等日常茶飯事だったよ。まぁ、武の鍛錬なのだ。それはそうなる」

 

 思い出すのは、幼き頃の鍛錬の様子。子供の頃から傍流に預けられ厳しく躾けられた。本家に戻り父に指導を受けるようになってからは、何度となく挑む事になった。

 

「当たり前だがな、父上は強いのだよ。手心を加えられているのが嫌という程良く解る」

「そんなにですか?」

「ああ。全力で蹴り飛ばされても痛みは殆ど無い。木刀で振り下ろされても、何故か衝撃が流れる」

「って事は、思いっきり物理的にやられてたって事ですね……」

 

 うわぁとエルフナインが引きつった笑みを零す。当たり前だろう。話を聞く限り、ただの虐待以外何物でもない。痛くないなどと言っても、実際に受けなければ理解できないだろう。

 

「そして、腹が立つ事に調子に乗せるのがまた上手いのだよ」

「調子に乗せるというと?」

「強くなっていると思わせるのが上手だったな。勝てると思わせる力の使い方が絶妙だった。そして、此方から本気で相手をしてくれと言った時だけ、文字通り本気で打ち据える」

 

 思い出の中で最も多いのは、父に挑み、為す術もなくやられた事だろう。血を流し倒れた事も一再ではない。此方から本気で相手をしてくれと言った時だけ、手心が無くなる。実際には死なない程度に痛みと言うものを教えてくれていたという事なのだと思うが、最早聞く事もできはしない。

 

「今思い出しても、理不尽以外何物でも無いな」

 

 そんな言葉で締めくくる。父は、色々と何かおかしい人でもあった。とは言え、あの祖父の子である。それもまた、らしいのかもしれない。

 

「あ、あはは……。あなたも、凄い幼少期を送ったんですね」

「そうだな。だけど、なんだかんだで良い思い出と言えるのかもしれない。当時は自分にも同じ事が出来るようになるとは思わなかったからな」

 

 装者達との訓練の折に、手心の技術は用いていた。あれは、自分がやられた事をそのまま続けてきたと言える。力を流し、衝撃だけを与える。その気になれば、真剣で斬りながら傷を付けない事も出来た。あの頃の父の様に、自分もまた強くなったという事だった。

 

「父は怖い人だったよ。だからこそその強さが、その気高さが、そして時折触れる優しさが嬉しかったのだろうな」

 

 或いは、世間では悪い父親とみられるのかもしれない。それでも、自分にとっては誰よりも強く、誰よりも尊敬できる人であった。その想いこそが、自分にとっては大切であると言える。

 

「父は怖い人だった……。たしかにそれは、ボクにはない気持ちかも知れません……」

 

 そう言ってエルフナインは小さく微笑む。

 

「君は未だ、キャロルを止めたいと思っているか?」

「はい」

 

 会話が途切れる。最後に聞いておくべき事を尋ねていた。キャロルを止めて欲しい。それがエルフナインの最初に抱いた願いだった。その想いに変わりは無いかと聞くと、しっかりと頷いた。そうか、っと頷く。

 

「君と二人だけの今だからこそ聞いておくよ。キャロルを殺す事で、その願いを果たす事は出来るか?」

「それは……」

 

 そして、ずっと考えていた事を尋ねる。そんな道を選びたくはない。だが、本当にどうしようもない時には、その道を選ぶ事も視野に入れていた。その方法で、君の願いを果たす事が出来るのか。それだけは、聞いておきたかった。

 

「無理だと……思います」

 

 そして、はっきりとその方法では無理だとエルフナインは続けた。

 

「キャロルは始まりの巫女とは違う方法で生を繋いできました。ホムンクルスに記憶を複製転写する事による延命。ボクには説明するほどの知識はありませんが、その力を用いれば、キャロルを討つ事ですら、世界の破壊を終わりにする事には繋がりません」

 

 キャロルもまた命という枠組みから離れたところに存在している。キャロルを討つ事で一時的な平穏は得られるかもしれないが、必ず蘇る為、キャロルの死を以てしてでも終わりにはなり得ない。そう教えてくれる。

 

「そうか。ありがとう」

「え――?」

 

 そして、話を聞いた後に告げた例にエルフナインは目を白黒させる。知りたかったのである。最後の最期で、あのバカな娘を斬り殺さなければいけないのかと。そんな結論を出さなければいけないのかと思っていたが、それですら終わらせる事が出来ないと明確に告げてくれていた。小さく笑みが零れる。

 

「それが解れば、充分だよ。最後の最期で、俺はあの子を殺さないという選択を取る事が出来る。それを選べることに、安堵しているんだよ」

「どうして……?」

「あの子を捕らえる事ならばできるだろう。だが、俺にできるのはそこまでだ。ならば、選ばなければならないとおもっていたよ。あの子を終わらせるか。人の悪意によって弄ばせるかを。だが、その前提が崩れるというのならばある意味僥倖だ。死ですら終わりではなく、再び蘇るというのならば、俺はあの子を捕らえる事はしなくて良い。事態が悪化するだけだ」

 

 キャロルを捕らえたその後、どうすれば良いのか。そこまで考えていた。記憶を燃やし力とする錬金術師を拘束する方法など、まともな手段ではありはしない。ならば、その先にあるのはそれほど多い結末では無いだろう。それでも拘束せねばならず、手段に制限は無い。超常を操るモノを拘束する方法など、人の尊厳を壊し、理性を崩壊させるぐらいしか思い浮かばなかった。そして、その後にすらも黄泉返るのだとすれば、事態は悪化するだけである。だから、自分はキャロルを殺す事も確保する事も選ばない事が出来るのだと続ける。

 

「話が聞けて、良かったよ……」

「待ってください。ならば、貴方はどうする心算で……」

 

 やるべき事は決まっていた。エルフナインの問いに、ただ小さく笑う。答える事無く、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『父上は私を庇い、戦われました。異形を、斬って捨てました』

『そうか……。景綱が……』

 

 それは、ただ一人生き残った時の会話であった。ノイズの襲撃から父に守られ、誰かを生かす事を託された後の出来事。警察など政府関係者をはじめとする大人に何度も話をし、その度に父はノイズを斬り裂いたと語ったが、誰も信じてはくれなかった。漸く一門に戻る事が出来、棟梁に呼び出された折、同じ事を語った。棟梁は、話を聞き、ただ瞑目していたのを覚えている。

 

『見事な、生き様であった……』

 

 子を失くした親の言葉。それだけであった。それだけであったのが、救いだった。棟梁は、人にノイズを斬る事などできはしないと、他の大人の様に斬り捨てはしなかった。それだけが、心に残っていた。

 

『父上は、あの人の生き様は如何でしたか? 父上は、貴方を護ってくれましたか?』

『護っていただきました。我らが刃は、生かす為に在ると。そう教えて貰いました』 

 

 それは、母に呼び出された時の言葉である。母は、父の死を聞いて尚、涙を流してはいなかった。ただ自分の目を見詰め、如何であったかと、そう尋ねられていた。護られたと。大切な想いを託されたと、そう答えていた。

 

『そうですか。貴方は、父上に選ばれたのです。だから、胸を張りなさい』

 

 そして、母はそんな言葉を残してくれた。それが、母と話した最後の言葉だった。誇りなさい。父上は自分を選んでくれたのだと、そう伝えてくれていた。そして、己は自死を選んだ。それもまた、選んだ。そういう事であった。自分の前で涙を流さなかった。だからこそ、自分もまた涙を流さない事が出来たのだろう。

 

「……ッ」

 

 夢を見ていた。随分と懐かしい夢である。エルフナインにあのような話をしたからこそ思い出してしまったのかだろうか。

 頭を振るう。全身に不快な感覚が全身を包んでいた。汗が浮き出ている。気付けば、クロが直ぐ傍らにまで来ていた。夜の闇の中で抱き上げる。熱が、胸の中で心地良かった。寝室の窓掛の隙間から僅かに月が姿を覗かせる。静かな夜であった。

 

「心配させてしまったか……?」

 

 こちらをじっと見つめるクロの様子に苦笑が零れる。不意に小さな風が通り抜けた。クロが抱いていた腕から飛び降りる。視線。それを感じた。

 

「……」

 

 瞑目する。月の中で息遣いだけが届いていた。誰が来たのか。それが手に取るようにわかった。視線を向ける。

 

「来て、しまったよ……」

「そうか」

 

 黒猫を抱き上げ、錬金術師が、キャロル・マールス・ディーンハイムが此方を見ていた。クロは、何かを感じ取ったのか、抵抗する素振りも見せず抱き上げられている。沈黙が、夜の寝室に束の間訪れる。

 

「計画は、順調に進んでいるよ」

 

 ぽつりとキャロルが零した。その言葉にただ耳を傾ける。

 

「ナスターシャ教授の残したレイラインマップは手に入り、共同溝や発電設備の破壊により、電気経路の割り出しは完了した。後は計画に必要なものを手に入れるだけという局面にまで進んでいるよ」

 

 キャロルの目的である世界の破壊まで、あと少しの所まで来ていると続ける。

 

「お前は、まだ戦う心算なのか?」

「君を止めてくれと、そう頼まれているよ。ならば、戦うしかあるまいよ」

 

 キャロルの問いに、目を合わせはっきりと告げる。エルフナインにキャロルを止めて欲しいと請われ、その想いが正しいものだと結論付けていた。ならば、答えに迷う事は無い。

 

「終わらない蛇の毒が進み、身体の聖遺物による侵食もまた限界に近い。このまま続ければ、お前は死ぬぞ?」

「死が怖くて、これまで俺が立っていたと思っているのか?」

 

 もう無理なんだと伝える言葉に、それが如何したと笑う。

 

「エルフナインではお前を治せはしない。そんな知識は与えていない」

「そんな事は最初から当てにしていないよ」

 

 エルフナインには無理だという言葉に、最初から知っていたと笑う。そうでなければ、あの自動人形達が放置するはずが無い。絶対に死に至る手を成功させたから、自分を狙うのはやめたのだと解っていた。視線が交錯する。暫し無言で睨み合った。

 

「仮に解毒できたとしても、ネフシュタンがお前を殺す。幾ら童子切を持つとはいえ、聖遺物が奪った身体を取り戻せはしない。お前は生きているのではない。死んでいないだけなんだ」

 

 もう無理なんだと呟く。例え何らかの方法で解毒できたとしても、ネフシュタンの侵食が進み過ぎていた。神獣鏡の光のようなものがあれば聖遺物の力だけを祓う事が出来たかもしれないが、童子切の力では似たような事は出来ても、同じ事をできはしない。フロンティア事変の時の奇跡のように完全に制御化に置かれたネフシュタンならばまだしも、無理やり起動させ暴走状態にあるネフシュタンで命を繋いでいるのが現状だった。生命活動に必要な臓器の幾らかも、既に聖遺物に侵されているとキャロルは続ける。つまり、童子切の力をもって聖遺物を基底状態にまで追い込めば、身体機能が停止するという事だった。錬金術師の説明にただ耳を傾ける。

 

「もう、無理なんだ。例え俺を討ち、世界の破壊を防いだとしても、お前に道は無い」

「君がそういうのならば、そうなのかもしれない」

 

 もう、どうしようもないんだと告げる言葉に頷く。相手は最高峰の錬金術師である。此方を騙す理由もあれば、必要もあった。それでも、真実を告げていると想えた。何度となく自動人形とぶつかり合って来ていた。特別に思われている事ぐらいは、理解している心算だった。

 

「オレの手を取れ……」

 

 不意に手が差し出される。その手をただ見詰めていた。

 

「オレならば、まだお前を助けてやれる。癒してやれる……」

 

 ただ事実を告げ差し出された手。思い違いでなければ、縋るような響きすらも込められている。

 

「その手を取れば、君は命題を諦めてくれるか?」

「ッ!? それは、できない……」

「ならば、俺はその手を掴む事などできはしないよ。託された想いを否定する事など、出来はしない」

 

 だから、問うていた。自分が手を取れば、諦めてくれるかと。答えなど、聞く必要もなかった。キャロルが短く息を呑む。再びの沈黙。不意に、風が流れるのを感じた。

 

「お前ならば、そう言うと思っていたよ。オレの前に立ちはだかると、解っていた。手を取る事は無いと、そう思っていた……」

 

 ぽつりと、キャロルは悲しげに呟いた。その言葉にどんな想いが宿っているのか。視線が再び合う。少女はただ、悲しげに笑った。

 

「次で終わりだ、上泉之景」

 

 そして、そのまま此方の瞳だけを見据え、名前を呼ぶ。

 

「オレは聖遺物の管理区である深淵の竜宮の場所を割り出した。そこに、命題の解明の核となるチフォージュシャトー完成に必要な最後のキーパーツを取りに向かう。ヤントラ・サルヴァスパ。その完全聖遺物が、オレの目的となる」

「深淵の竜宮。そして、完全聖遺物ヤントラ・サルヴァスパ」

「同時に、レイラインの解放の為要石と呼ばれる封を破壊する為自動人形も動かす」

 

 キャロルの言葉を反芻し、忘れぬように刻み付ける。呼ばれていた。明確に、決着を着けようという事だった。

 

「お前がオレの手を取らず、立ち塞がるというのならば来てみろ。そして、止めて見ると良い」

「ああ。止めさせてもらうよ。その為に、戦ってきたのだから」

 

 そして、止めて見ろというキャロルの言葉に笑みを以て答える。それで、充分だった。ゆっくりと、キャロルは抱えていたクロを降ろす。再び、俺の傍にクロが寄り添った。

 

「なぁ、キャロル。一つだけ教えてくれ」

「何?」

 

 そして、この場から去ろうとした錬金術師を呼び止めていた。どうしても聞きたい事があったからだ。目を閉じ、その言葉を探る。

 

「お前の目的は、本当に命題の答えを見つける事なのか?」

「なん、だと……?」

 

 本当に命題の答えが知りたいのかと問いかける。一瞬、キャロルが考え込むが、直ぐ様答えを出したのか口を開く。

 

「そうだよ。だからオレは、数百年間探し続けて来た。命題の答えを知る方法を。パパが何故世界を知れなんて言い残したのかを。どうしてオレに生きる目的を与えてしまったのかを。それが、知りたいんだよ」

「そうか……」

 

 そして、キャロルの答えにただ頷いた。錬金術が発動される。小さな風が吹き抜けていく。そして、光が広がる。僅かな発光。それが無くなった時、錬金術師はその姿を消していた。静寂だけが辺りを支配する。傍らに居てくれるクロ、抱き上げて思考の海に沈む。

 

「馬鹿が。お前の欲しい答えなど、もう出ているでは無いか……」

 

 どうしようもない馬鹿な娘を、父親の代わりに叱りつけなければならない。そんな事を思った。

 

 

 

 

 




切歌、調 ミカを撃破
エルフナイン 武門と自分や家族の話をする
キャロル、武門ともう一度言葉を交わす
武門、戦いに向け、想いを定める






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