煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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7.恋路と矜持

「私を斬る、だと……?」

 

 断言した。その言葉を聞いたフィーネは、意表を突かれたと言わんばかりに目を丸めた。

 瞬きする程の僅かな時間、静謐が辺りを満たした。俯く。口角が深く歪んだ。

 

「くくく、ははは、くははははははは!」

 

 血濡れた太刀を突き付けた。その先でフィーネは可笑しくて仕方が無いと言わんばかりに哄笑を撒き散らす。

 腹が捩れると言わんばかりの笑い方である。眼尻に涙すら浮かべているのが見える。

 

「お前は自分が何を言っているのか解っているのか?」

 

 嘲りを通り越して、切実な疑問だと言わんばかりの言葉。完全聖遺物。聖遺物の原形の殆どを留めている、神代の遺産とでも言わんばかりの代物である。その性能は絶大の一言であり、一基あるだけでこの世の物とすら思えない現象を起こす。彼女の持つネフシュタンの鎧。情報だけは知っていた。無限の回復能力。それを持つ。そんな鎧であった。

 完全聖遺物の力を誇示するかのように、フィーネの纏う黄金がその存在を主張する。童子切が震えた。それだけでも、どれだけ強大な力なのかは想像に難くない。

 

「……」

 

 フィーネが鼻で笑う。それを無視した。どれだけ聖遺物の力が強かろうと関係は無い。斬ると既に決めていた。

 月の破壊。それによって起こる現象は、装者とフィーネのぶつかり合いを見た時に聞いていた。惑星規模の天変地異。そのような事起こさせる訳にはいかない。例えカ・ディンギルが崩落しようとも、まだ敵には他の方策があるかもしれない。未だに余裕の崩れないフィーネの姿に、嫌な物が感じられる。

 それは、第六感だった。感覚で解るのだ、これは今ここで倒すべきである。手にする太刀も、その予感を後押しするように熱を放ち震える。

 何よりも、誰かの為にノイズに立ち向かった少女たちを撃ち落とし嘲笑っていた。

 防人である事。その事に誇りを持ち、同時に歌う夢を持った少女。その身の刃を以て塔を打ち砕いた。

 大人を嫌っていた。しかし、両親の思いを知り夢を継いだ少女。地の崩壊を食い止めた。

 誰かを守りたい。そんな優しい思いを持った少女。二人の仲間を失っていた。

 ノイズの脅威。それに立ち向かわせる事しかできず、死を賭してすら頽れる。

 そのような事が有って良いのか。それが、正しいと認めてしまうのか。

 

 ――そのような事、認められる訳がない。

 

「聞こえなかったのか……?」

「言いたい事は、それで終わりか……?」

 

 ――男だ、ユキ

 かつて、父が残した言葉を思い出す。

 恐れるな。守るべきものを見失うな。そこに活路がある。我らの刃は生かす為に有る。

 死の間際に伝えられた言葉。今ならば、その意味が少しだけだが理解できる。

 例え、死を賭す事になろうとも、守るべき物を見つけていた。

 父の言葉は自身の矜持であった。男が命を以てしてでも守るべき物。

 それが何か、今、此処で理解する。 

 後進が命がけで繋いできた未来。先達として閉ざす訳にはいかない。

 目の前の女の語る戯言を、認める事などできる訳がない。

 

「我らが刃、生かす為に有る」

「だから刃向かうと。ノイズが相手では為す術無く逃げ惑う事しかできない人間如きが!」

「ならば、やってみると良い」

「だ、だめ。あれはノイズを操るソロモンの杖」

 

 フィーネが杖を取り出した。立花が怯えたような悲鳴を上げた。

 嘲笑うと言うのならば笑うが良い。

 夢を手折ると言うのならば、全力を尽くすと良い。

 その全てを斬り捨てよう。その力。確かにこの身は受け継いでいるのだから。

 

「ノイズと共に煤と消えるが良い」

 

 左腕。振るった。血潮が散る。

 右手。童子切。振り抜いた。

 遠当て。数十の血の弾丸が黄金を穿つ。

 

「煤など、何度も身に纏ってきた」

「何だと……!?」

 

 ソロモンの杖。腕ごと吹き飛ばしていた。

 金色を、血が穿つ。フィーネが目を見開いた。

 

「斬らせて貰うぞ」

「この力……」

 

 踏み込んだ。頬。ネフシュタンの鎧が持つ二振りの鞭。掠める。

 左腕。刀傷により、血に染まっている。知った事ではない。一撃。顎を打ち抜いた。

 

「ちぃ!?」

 

 血刃。その身に突き入れた。蹴り抜く。目を見開き、後退った。

 踏み込み。風を追い抜いた。喉を裂き、返す刃で撫で斬る。血刃。その刀身が赤く震える。

 呆気なくフィーネは倒れ伏す。喉と胴に深い傷を負っている

 

「それで、終わりなのか?」

 

 童子切が震えている。まだ足りない。これを切り伏せるには、この程度の刃ではできはしない。そう告げていた。童子切を握り直す。左手を添え、低く構えた。この程度で終わりと言うのならば、彼女らが負ける道理は無い。

 

「少々驚いた。その動き、風鳴弦十郎と同じく人間業では無い」

「司令とやり合ったのか?」

 

 切断面を逆再生するかのように塞ぎながらフィーネは笑う。

 風鳴弦十郎。司令が戦ってなお、この場に居るという事は。

 

「ああ。やり合ったよ。完全聖遺物を纏っていて尚、この身に牙を突き立ててきた」

「お前があの人に勝ったというのか?」

「ああ。勝ったよ。私の事をまだ、了子君と呼んだ。だから、思いのほか簡単だったよ。心の隙を突かねば仕損じていたかもしれないがな」

 

 風鳴弦十郎。あの司令がやられたと言うのか。そんな言葉を飲み込んだ。

 フィーネは心の隙を突いたと言っていた。つまり、司令の弱点を突いたという事だった。

 風鳴弦十郎は優しすぎるのだ。敵と相対してなお、思いやってしまった。そう言う事なのだろう

 

「安心したよ」

「なんだと?」

「司令がお前のような女に実力で負けたという事が無くて、嬉しいのだよ」

 

 だからこそ、その言葉に安堵する。あの風鳴弦十郎である。

 卑劣な手を用いて下したという事なのだろう。対峙する女に、司令が負けた等と思わないで済む。

 斬る理由が、また一つ増えた。

 血が零れる。

 

「はっ! 弱いから敗れた。それは実力が無いと言う事では無いか」

 

 体を再生させたフィーネが嘲り、鞭がしなる。

 跳躍。振り抜かれたソレを掻い潜り迫る。薙ぎ払い。斬り落とした。

 

「違うな」

「何が違うと言うのだ!」

 

 左腕に鞭が巻き付いた。フィーネが凶悪な笑みを浮かべる。鞭を引き絞った。

 肉が削げる。その前に、間合いに踏み込んだ。跳躍。馳せ違う。

 

「そんな事も解らないから、お前は斬られるのだ」

「貴様……」

 

 鞭ごと一閃。すれ違い様に斬り落とす。

 フィーネの刃には、人としての矜持が感じられない。守るべきもの。それが見えないのだ。

 例えどれだけ汚い手を用いても目的が達成できれば良い。そんな意思だけが感じられる。

 そんな者には負ける訳にはいかない。迫る悪意が解っているのならば、武門に属する者として、日ノ本の剣の一人として負ける訳にはいかない。

 凶刃に倒れた司令の為にも、敗れる訳にはいかないのだ。

 

「お前はただ勝てれば良いと言うのか? 目的が達成されたと言うのならば、感じるものは何も無いと言うのか?」

「その為に長き時を一人で生きて来たのだ。心の底から誰かを愛した事の無い貴様のような者の言葉に、どれだけの重さがある」

 

 刃を振るい、問いかける。斬ると決めていた。だが、聞きたくもあったのだ。

 立花響が泣いていた。櫻井了子が黒幕だったと知り、心に迷いを抱いていた。

 風鳴弦十郎がぶつかり合った。敵だと知りながら、共に過ごした時間を信じ、倒れた。

 

「愛したと言うのならば、何をしても許されると言うのか。共に歩んだ者たちを踏み躙り、嘲る事が許されると言うのか」

「人類は統一言語を失い相互理解を失った。それを甦らせ、あの方に胸の思いを届かせる。その目的の為ならば、私はどんな事でもできる。それが、私があの方を愛した証だからだ」

 

 鮮血を纏い、馳せ違う。太刀と鞭。その二つが互いに力を流し合いながら、軌跡を描く。

 敵と分かりながら、そう思いたく無かった。そんな思いが痛いほど良く解る。

 そしてぶつかり合い、倒れ伏した。敵とは言え、共に過ごした時間が俺などよりも遥かに多い。

 だからこそ信じたく思い、だからこそ裏切られた。

 

「あなたは誰かを愛したと言ったな。ならば、何故あなたは同じ思いを踏み躙る。何故あの子を捨てたばかりか、その夢すらも嘲笑った。誰かを愛する事を知っていると言うのなら、何故他人に愛されているという事を理解しなかった」

 

 だからこそ、問う。二人が櫻井了子を信じたように、クリスもまたフィーネを心の奥底では信じていたのだと思う。だからこそ、俺に決着を着けると語ったのだろう。また会いに行くと、そう教えてくれたのだ。親を失ったクリスにとっては、親に近い者であったのではないのか。

 誰かを愛した事が有ると言うのならば、何故あの子を踏み躙る事が出来た。

 思いが届かない辛さを知りながら、何故、同じ思いを抱かせる事が出来る。

 

「巫女でしかない私が、創造主を愛してしまった。この胸の思いをあの方に届けるには、統一言語の復活以外ありえない。だから私は全てを利用する。全てを踏み躙る。人間は解り合えなどしない。ただ殺し合うだけだった。何も知らぬお前如きが、私を人の尺度で語るな!」

 

 人ではないものを愛した。故に、人を踏み躙っても良い。それが答えだった。

 呼吸が上がる。視界が酷く狭くなる。時折、白一色に染まる。

 

「それが、あなたの答えか」 

「そうだよ偽善者」

 

 フィーネが地に向かい鞭を突き入れた。反射的に飛ぶ。足元。だが、俺の付近に鞭が出る事は無い。失策。ほんの僅かな合間でそれに気付いた。

 

「そこまでするのか」

「ああ。お前が問いかけてくれたお陰で、どうすれば良いのか分かったよ。お前は確かに強い。だが、所詮は良心に縛られている」

 

 血を失い続けていた。消耗が早い。既に呼吸は上がっている。

 

「ぐ……」

「あ、ああ……」

 

 だからこそ、まだ動ける。立花響。鞭はこの場でただ一人動く事が出来ず、座り込んでいた少女に向かう。それは地より現れた。割り込む。鋭く伸ばされた鞭が左肩を貫いた。鮮血が、立花の顔に降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 響の眼前には、ネフシュタンの鎧より伸ばされた鞭の先端が停止していた。あと数センチ。それだけ進めば、響の顔を貫いていた。ギリギリのところで、凶刃の切っ先は止まっている。

 背中。血に染まった左腕。鞭を握りしめている。上泉之景。生身でフィーネと対峙し押していた。ぶつかり合いの最中、一瞬の隙を突き響に狙いを定めたという事だった。

 呆然としていた。翼とクリスを失った響は、目の前でぶつかり合いが行われていようと、立ち上がる事が出来なかったのだ。誰かの為に戦ってきた。皆の為に戦ってきた。その、皆が居なくなってしまった。十を幾つか超えた程度の少女に、その絶望は受け止めきれなかったからだ。

 

「偽善者……か。だから何だと言うのだ」

「綺麗事を吐き捨てるからこそ、勝機を失うと言うのだよ。その剣、確かに何か妙な力を持っているようだ。斬り裂かれる度に、僅かに力が減衰していた。時が経てば持ち直す程度ではあるが、私を斬り続ける事が出来たなのならば、或いは追い込めたのかもしれないな。だと言うのに小娘一人見捨てられないから、全てを失う事になる」

 

 だからこそ、フィーネに狙われた。ユキにとっては響もまた、守るべき者の一人だった。彼女を始めとする三人の装者。年端も行かない少女が未来を拓くために戦っていた。それを失わせることなど、出来る訳がなかったからだ。

 

「……綺麗事で大いに結構。自らの力では為せない事を相手にも無理だと決めつけ、自身の不明の言い訳を作る。そのような逃げる為の言葉で遊びたいと言うのなら、何とでも呼べばいい。自身の矜持により、俺は動いた。それだけだ。恥じ入る事などありはしない」

「それが偽善だと言うのだよ。お前は負けたのだ。戦いは勝たなければ意味がない」

「あなたには解らないのだろうな。だからこそ、負けられない」

 

 そんなユキを、フィーネは嘲笑う。それに対して、ユキは笑みで返した。

 自身で決めた事である。それに対しては、何も恥じ入る事は無いのだ。つまらない言葉遊びでは、矜持によって決められた事を揺るがせはしない。

 

「はっ、知ったような事を言い笑わせてくれる。所詮は負け犬の遠吠えか」

「それはこちらの台詞だ。何故俺が負けると決めつける。肩が貫かれただけでは無いか」

 

 貫いた鞭がみしみしと軋みを上げる。フィーネが引き抜こうとしても、僅かしか動かない。肩から突き出た先端が幾らか戻っただけである。それでも、血が吹き上がる。

 童子切。右手に持つソレで、ネフシュタンの鞭を斬り裂いた。フィーネが一瞬たたらを踏み、即座に後退した。

 ユキが僅かに呻きを零す。突き立ったネフシュタンの先端を、斬り飛ばす。

 

「な、なんで私なんかを……?」

 

 シンフォギアすら纏えずにフィーネとぶつかり合うユキに、思わず響は問うていた。既に皆いなくなり、強大な敵だけが眼前に存在している。どうしてこの人は戦っているのか。それが、気になってしまう。

 

「……君と同じだよ」

 

 その言葉に対して、ユキは何を言っているのだと意外そうに笑った。

 

「守りたいものがある。失いたくない思いがある。父親より受け継いだ矜持がある。だから、戦える」

「私と同じ……?」

 

 返された答えに、今度は響が驚いた。自分と同じ。どこが同じだと言うのだろう。

 生身で血を流し、戦っている。それが不思議で仕方が無い。

 

「まだ君が居る。俺は君たちの頑張りを守りたいと思ったと言う事だ。ノイズ相手に戦わせ続けてきた。今対峙するのは、ノイズでは無い。ならば、偶には守らせて欲しい」

「私……?」

 

 頷き、ユキは立ち上がる。時折鞭が飛ばされるも、響にまで届く事は無い。

 

「くくく。格好をつけるのは良いが、どうすると言うのだ? すでに息も絶え絶えではないか」

「そうだな。今すぐ倒れてしまいたい。だがな、まだ動ける」

 

 右腕。貫かれた左腕はそれほど上手く動かせないのだろう。片腕で構え踏み込んだ。響はその姿をただ見つめているしかできない。だが、何とか目で追えた。

 

「まだ速くなるか」

「言ったはずだ。我が刃は生かす為にあると知れ」

 

 目で追える速度であるはずなのだが、フィーネは驚きの声を上げる。

 ユキの踏み込み。それを確かに響は目で追えている。速すぎる。だが、追えていた。

 

「だめ……。こんなの、死んじゃうよ……」

 

 血を流し刀を振るう姿に、涙が零れた。天羽奏。かつて響を庇い、散って逝った装者が思い起こされる。

 皆、命を懸けて戦っている。奏も戦っていた。翼も、クリスも。辛くとも皆戦っていた。

 

「死にぞこないがああああ!!」

「煤に塗れて生かされたこの命、お前のような者を送れると言うのならば、生きた甲斐もある」

 

 童子切。深紅に染まった刃がフィーネの鎧を切り刻んで行く。深紅が金色にぶつかり火花を上げていると言うのに、まるで切れ味を増すかのように斬撃が加速する。ユキの右腕。ネフシュタンの鞭と、フィーネによる体術の応戦により、血が噴き出している。

 

「かは……」

「こんな所で、終われないのだ!!」

 

 あと少しで削ぎ落とす。それ程にまで極まった斬撃が、不意に緩んだ。童子切の刀身。鮮血の様だった赤が、薄黒くなり始めている。失血。人間の限界を超え死線に踏み込み動いていたユキではあるが、ついにその力が完全に死線を越えてしまっていた。

 速すぎた斬撃は、やがて動きを止める。

 フィーネは荒い息を吐きながら、ユキの首を掴み持ち上げた。右手の童子切。握り締められているが、動く事は無い。二人が小さく言葉を交わしている。その音が響の耳に届く事は無い。

 だが、別の音が届いていた

 

 

 

 

 

 

「私の……勝ちだ」

「……どうやら、そのようだな」

 

 俺の首を持ち、フィーネが荒い呼吸を整える事もせずに吐き捨てた。

 負けられない戦いの筈だった。それが今、無様に敗北を喫していた。血を流しすぎた。そう言う事であった。

 

「所詮は綺麗事だという事だ。お前では、私を止められん」

「そうだな。どうやら俺では止められんようだ」

 

 遠くから何かが聞こえてくる気がした。意識を繋ぎとめる。まだ、終わりではない。此処で終わりなどでは、無い筈だ。

 

「だが、貴様は良く戦ったよ。その力は驚異的だったと言っていい」

「負けは……負けだ……」

「その潔さは認めてやろう。私に忠節を誓うと言うのならば、これまでの無礼を忘れ、生かしてやっても良い」

 

 命乞いをしろと言うのか。笑う。俺が何と答えるかなど、先ほどの会話から分かりそうな物だろう。

 

「あなたに降る等、矜持が許さない。我が刃は生かすものと知れ」

「それが返事か」

 

 俺の言葉に、フィーネは失望したと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「俺からも一つ言わせてもらおうか」

「何だ?」

 

 今際の際に言葉ぐらい聞いてやろうと言う事なのだろうか。言ってみろと目で促された。

 

「参考程度に教えてやる。男と言うのはな、良い女にこそ惚れるのだ」

「何を言っている……?」

「あなたの為してきた事は、誇れたのかと聞いている。少なくとも俺には、誰かの為にと立ち塞がったあの子らの方が魅力的に映るぞ」

「……そうまでして死にたいのか。なら、これで終わりにしてやる」

 

 だからこそ、教えてやった。

 自分の為では無く、誰かの為。その思いで戦う彼女らの方が、魅力的であるのだと。

 フィーネを蔑んだのではない。思いを告げると言う女に、男として教えただけの事だ。

 負け犬にも、これ位の遠吠えは許されるだろう。

 

「……っ!? 何だこの耳障りな歌は……。歌だと!?」

 

 笑う。歌が聞こえていた。聞く者に勇気を持たせる。それでいて優しい音色。どこからか、響き渡る。

 一点だけを見た。立花響。座り込んでいた彼女が、地に手を突き立ち上がり始めた。温かなものが満たされる。

 

「何だこれは、何が起きている。どこから聞こえていると言うのだ」

「良かった……。私が守りたかった皆は、まだ生きている。こんな私を支えてくれている。私が戦うのは、そう言うことだったんだ……」

「どうやら、奇跡は起こるようだ」

 

 音色が響き渡る。視界が酷い。だが、満たされる優しげな音は耳に届いている。

 目を閉じる。歌声は更にはっきり届く。呟いた。

 

「だから、頑張れる。まだ、歌える。私はまだ、立ち上がれる!」

「まだ戦えると言うのか。仲間を手折り、心を砕いたはず。お前が身に纏うその力は、何だと言うのだ?」

 

 立花を見据えたフィーネが呆然と呟く。彼女が何故立ち上がれるのか。

 その理由が解らない。解る筈がない。

 

「それが解らないと言うのなら、あなたはあの子らに勝てはしない」

「貴様!」

「言ったでは無いか。誰かの為に戦う彼女らの方が、魅力的であるのだと」

 

 首を握るフィーネに、血濡れた左腕を無理やり動かし教えてやった。

 負けられない理由がある。託されたものがある。守りたい夢がある。

 自分以外。他のものを思いやれる彼女等であるからこそ、力を貸す者達も居るのだろう。

 

「負けたよ。俺はあなたに負けた。だが、あなたは彼女らに負ける」

「ふざけるな!?」

 

 自分にできるのはもう、この位であろう。

 最後の時間稼ぎ。フィーネを見据え、激昂させる。

 完全聖遺物の出力。その力を十全に使うのが解った。

 

「後は任せる……」

 

 呟き。届いたのか。

 凄まじい圧力を感じる。全力で投げられたのだろう。

 咄嗟に右腕を振るう。カ・ディンギルの砲塔。崩壊したソレに力任せに投げ落とされる際、空に昇る三条の光を見た気がした。

 

 

 

 

 

 


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