三人のシンフォギア装者が、天空へ舞い上がった。
身に纏うシンフォギアの輝きが普段の物とは大きく違っている。
純白。各々を象徴する橙や青、赤は残しながらも、曇り一つない白色のシンフォギアを纏っていた。
光り輝く翼を得た三人の少女が、フィーネと対峙する。
高レベルのフォニックゲイン。リディアン音楽院の生き残った生徒たちが、心を込めて歌っていた。自分たちを守ってくれていた人たちと共に戦いたい。そんな、優しい思いが三人の装者に力を与えていた。
雪音クリス。月を穿つ過電粒子砲を迎え撃っていた。しかし押し負ける。そのギリギリのところで、カ・ディンギルの射線を逸らす事に方法を変えていた。
風鳴翼。発射直前のカ・ディンギルに向かい、その身を炎に変え崩壊へと導いていた。死を賭して阻んでいた。頽れる体を、何かが引き留めた。ギリギリのところで、踏みとどまった。
立花響。二人の仲間を失い、守りたい人達も皆居なくなってしまったと絶望に飲まれた。心を折り、頽れた。
そんな時、守られた。フィーネに生身で立ち向かった男。上泉之景。文字通り血を流して、響を、尊い思いを守り切った。彼が稼いだ時間により、彼女らが守ってきた人たちが思いを込め歌う。
皆が共に戦っていた。その思いが届いた装者に、奇跡が舞い降りる。
エクスドライブ。シンフォギアに搭載された数多のロックが外れた限定解除形態。
彼女らが纏うギアは、決戦仕様と言うべき力を備えていた。
「そうだな……。確かに侮る訳にはいかない様だ」
だからこそ、フィーネは最後の手段を取る事にする。ユキの言葉通り、このままでは万が一が起こりかねない。
そんな思いを抱いたフィーネは、ソロモンの杖を天に向け翳した。
ノイズ。万すらも超える圧倒的すぎる物量。それを呼び出していた。
決戦。誰もがそれを疑わない。奇跡は起きようとしている。
「ほい! よっと!」
地上では決戦が行われようとしている。そんな時、破壊されたカ・ディンギルの中で、行われようとしている戦いの空気からは程遠い声が響き渡る。
それは自動人形。ユキが決戦兵装を手にする時に対峙していた人形の一体、ガリィは、力を失った砲塔の中を飛んでいた。テレポートジェムによる転移。それを行ってまで、その場に向かっていた。
「あ~やっと来た。待ちわびちゃったじゃない」
遥か上層より金属音が響く。壁にぶつかり跳ね落ちる童子切。そして、それを追うように、墜落するユキである。カ・ディンギルへの衝突。それこそ最後の力を振り絞り壁を繰り刻む事で、ギリギリのところで凌いでいた。だが、そこまでである。守るために死線の先まで踏み込み出した力。その時点で尽き果てていた。内壁への衝突。それで、童子切が零れ落ちた。左腕、自らの手で引裂いた裂傷は言わずもがな、ネフシュタンの鞭の先端が肉を穿っている。右腕。自身が傷を負う事も厭わず、斬り続けていた。既に全身が傷だらけであったと言える。動ける訳がなかった。これまで動いていたことが不思議な位である。
「最低限の仕事はしてくれたみたいね。ガリィちゃんが褒めてあげるわ☆」
既に意識がないユキを見据えたガリィは、危なげ無く受け止める。そして童子切。水を用い回収していた。
自身の成すべき事をすべて終えたユキは、ただ静かに目を閉じている。僅かに胸が上下しているが、その鼓動は悲しくなる程弱弱しい。限界を超えた戦いの先にある、死。それを迎えようとしていた。
「目的の何割かは達成と言う所か。効果があるのは確認できた。例え完全聖遺物が有ろうとも、消す事は可能だろう。とは言え、目的は仕留め損ねているか」
「あ、マスター。なら、今のうちにさくっと殺しますか? 動き回れるようになってからだと、滅茶苦茶すると思いますよぉ?」
ガリィが最下層に舞い降りた時、一人の少女が口を開いた。黒色の帽子を目深く被り、青色のローブを身に纏った金髪の少女。ガリィの主が佇んでいた。自身を作り出した錬金術師の下に行き、抱えたものを下ろした。今ならば何の苦労もなく殺せるぞと青き自動人形は囁く。
「いや。まだ死なす訳にはいかないな。童子切を戦いの中で呼び覚ます程の剣技。職人のソレが異端技術に追いついた様に、極限まで昇華された技は異端技能にすら匹敵する。それ程の担い手が同じ時代に早々見つかるはずもあるまい」
「でも、あれだけ原形の保った聖遺物なら、一度起動してしまえば」
「聖遺物に似て非なる物だ。中世の聖遺物とはよく言ったものだな。そもそもの規格が違う。用いる為にはその都度血を流し、起動をかける必要がある」
「ふーん。なら、どうするんですかぁ?」
「……未だ利用価値がある。と言うよりは、捨てる事が出来ないと言うべきか。少なくともフィーネが消えたと確信できるまでは、な」
少女は只、殺すのかと言う問いかけに首を振る。
目の前に居るのは、童子切と言う聖遺物に匹敵する異端技能こそ有していたが、それ以外は只の人間でフィーネに食らいつく程の使い手だった。ユキの言葉。童子切は見えない物を斬る事ができる。むしろ、それが本領だとすらいえる。
少女の目的を達成するための障害。それを排除する為に、ユキはまだ必要だと言えた。
熟練された剣技と血液による戦場の音楽とでも言うべき音での、聖遺物起動。それを行えるほどの剣士など、そうは居ないと言う事だ。極めた技は、それ自体が現在では再現不可能な異端技術にも匹敵する。武門上泉の剣士であるユキもまた、その領域に居ると言える。同レベルの剣士など、世界中を探してもそうは見つからない。太刀の使い手と限定したのならば、更に減るだろう。簡単に替えれるものでは無かった。
「……ネフシュタンの先端が蝕んでいるようだ」
「あらら。放っておけば、食われちゃうって事ですか」
「そう言う事になる。仕方あるまい。死なせる訳にはいかない。だが、限りなく殺せなくなるのも厄介だ」
ガリィと会話を続けながら少女は、ユキの上着を脱がし始めた。赤黒くなった服を引きちぎり、患部に視線を向ける。随分と酷い。小さく呟いた。
「わぁマスター。こんな所で脱がしに掛かるなんて、随分と大胆ですね☆」
「……つまらん事を言っている暇があれば水を出せ」
無造作に始められた処置に、ガリィが面白そうに表情を輝かせ、下世話な言葉を投げかける。
とは言え、少女はガリィの創造主である。下らない事を言い始めたガリィに眉一つ動かしはせず、手伝えと呟く。
「幾らかは錬金術で傷を塞ぐ」
「全部塞ぐ訳では無いんですかぁ?」
「そこまでやってやる義理もない。死なない程度に直すだけだ。あれだけの大立ち回りだ。あまり直しすぎても怪しまれるだろう」
傷を拭い、錬金術を用いてある程度の回復を促す。
少女は、既にユキの左腕は使い物にならないと見ていた。自ら太刀で斬り裂き、その腕で大立ち回りを演じている。それも仕方が無い事だろう。現代医学で対応した場合は、だが。
左肩のネフシュタンがユキの体に融合しかけていた。そのある程度を錬金術で分離、幾らかの肉ごと削ぐ事で摘出する。出力の媒体となる物が失われたネフシュタンの先端は、やがて僅かに残っていた力をも使い果たし基底状態に陥る。ネフシュタンの欠片。不可抗力ではあるが、それが出来ていた。
「これは持っていきます?」
「不要だな。今更こんな物を持っていても役には立つまい。これは、この男の戦果だ」
「マスター、なんか優しくないですか?」
「ふん。そういう時もある」
やがて、傷口の処置が終わる。血も幾らか作っていた。此処までして失血死などされては、笑えないからである。にやにやと人のように笑うガリィの言葉を鼻で笑いながら、不意に少女は手を上空に向け翳した。
「時間をかけすぎたか」
空いた手で帽子を目深に被った。幾重にも重なった魔法陣が浮かぶ。障壁。直後に、血で出来た粘土の様なドロドロとした物が零れ落ちて来る。
フィーネの最後の手段。大量のノイズを吸収する事による強大な存在への昇華。それを行い始めたという事だった。完全聖遺物、デュランダル。カ・ディンギルの動力源とされているソレを、その身に取り込もうとしていた。
展開された障壁の中で、ガリィがわぁっと、声を上げた。
「奇跡。それに父より受け継いだもの……か。ふん。良い父親を持ったことに感謝するのだな」
障壁を展開しながら、少女は更に錬金術を用いた。テレポートジェム。先の戦いの折、ユキがリディアン近郊に辿り着くために使った道具。障壁の中で展開された。三人が存在した空間が歪み、消える。直後に障壁が消滅した。カ・ディンギルの最下層。泥に押し潰された。
「……此処は」
何処からかかけられた声により目が覚めた。視線の先には、薄暗い天井。此処は何処なのだろうか。
そんな疑問と共に立ち上がろとして、両の手に痛みが走った。固定されているようだ。無理押しすれば何とかなりそうではあるが、そうでないのならばとても動かせそうにはない。
首だけを動かし視線を向ける。両手には包帯だろうか。白い物が巻かれている。特に、左腕の方は酷い物だったのだろうか、少し動かそうとするだけでも傷に響く。取り敢えずは右腕の動きそうな部分を確かめる。指。激しい動きでないのならば、問題なく動く。右腕の方は、左に比べれば随分とましに思える。
自らの腕を斬り裂いていた。その腕で殴り飛ばしもした。最悪腕が動かなくなっても不思議では無かったが、何となく大丈夫な気がする。左手に届く寝台の感覚にそんな事を思う。
自分の様子を何となくでは把握したらどこからか微睡が近付いてくる。体が休息を欲しているのだろう。限界を超え、新たな限界に入る。それを繰り返しフィーネに挑んだ。蓄積されたものが大きい。抗わず、目を閉じる。
「よし」
再び目が開いた。勿論治った訳では無いが、右腕ならば何とかなりそうである。左腕は動かそうとすれば痛みと熱を発する。暫くの間、安静が必要なのだろう。
動く手で看護師を呼び出し細かな話を聞いた。幸いな事に、両腕共におかしな傷は負っていない様だ。それに違和感を覚えた。右腕はまだしも、左腕は明らかに無理を押し通した。穿たれ、それでもなお動かした。それが、かなり塞がっているのだ。身体能力にはそれなりに自信があるが、だからと言ってこれ程の回復力を持っている訳では無い。あり得るとすれば、童子切の力だろうか。とは言え、考えても解りはしない。取り敢えずは、棚上げする。
起き上がる。傷が痛みで響きはするが、出来ない事は無かった。安静にしろとは言われていた。だが、動けとも言われた。医師も交え細かな処置が全て終わったところで立ってみる。下半身は問題が無さそうだ。左腕を吊りながら病室を出た。特にやる事は無い。部屋とラウンジを交互にぶらつく。血が足りないのだろう。ある程度歩くとふらついた。あれだけ流したのだ。それも仕方が無いか。
「無事だったか」
「風鳴司令」
寝台に腰かけていると、人が訪ってきた。特異災害対策機動部二課の司令だった。
見舞いに来たのだろう。果物と見舞金を持参し、そんな言葉をかけて来る。
「終わったよ。全てな。了子君の目論見はあの子らが阻み、地上を守った」
「そうですか」
そうして事の顛末を教えてもらった。まず自分は、リディアンの敷地から幾らか離れたところで見つかったようだ。フィーネに、櫻井了子に投げられた時にカ・ディンギルの外壁を斬り裂いた事までは記憶にある。だが、そこまでだった。無意識に内壁も斬り裂き通り抜けたと言うのか。現実感が無いが、それ位しか思い当たあたらない。
すべての戦いが終わった後、緒川を代表とする二課の者達が現地を調査した時に発見されたのだとか。童子切もその際に回収されたのだとか。その点では安堵する。童子切。あれほどの剣は失われるべきではない。
ちなみに童子切の処遇に関しては、二課が保管する事になりそうなようだ。消失扱いにはなるようだが、一応は国宝である。保管は二課であるが、使用を始めとする様々な権限は、さらに上にあるようだ。シンフォギアやその他の聖遺物の直接的な保管も行っていた部署である。処遇は順当であるように思えた。
そして、フィーネと装者のぶつかり合い。シンフォギアの限定解除形態。それを身に纏った装者たちが、二つの完全聖遺物を用いるフィーネと衝突。二つのうちの一つ、無限のエネルギーを生み出すデュランダルを奪取。無尽蔵の再生を繰り返すネフシュタンの鎧と一体化したフィーネにぶつける事で、二つの特性を相殺すると言う形で撃ち破ったようであった。矛盾。そんな言葉を思い出す。何でも貫く矛と、何でも弾く盾の故事だ。
聖遺物の力は、超常現象と言っても問題は無いほどである。対立する力をぶつければ文字通り矛盾したという事なのだろうか。その辺りは、研究者でもない自分には良く解らないが、二つの聖遺物が失われたという事に関しては解った。
そして最後に月の欠片。フィーネが今際の際、全霊を用いて軌道を変えた。無限を生きる自分は今死のうとも、これで邪魔ものは砕けると笑った。それにより月の欠片が地球に直撃する。そんな最悪の事態が迫る事になった。司令は遠い目で語る。
それに対して、立花は言ったそうだ。人々は言葉を超えて解り合える。何度も甦るのならば、自分に代わってそれを伝えて行って欲しいと。それは、長い時を生きる櫻井了子にしかできないと。だから、その為にも今を守る必要があると笑い、歌ったようだ。その思いは了子の心すらも動かした。そんな言葉を続け、司令は寂しげに笑う。
月の欠片は三人の絶唱により、打ち砕かれていた。限定解除の施されたシンフォギア。その出力もまた、計り知れないという事だった。
「そして作戦行動中行方不明と言う事になる」
最後に司令はそう締め括った。あのフィーネですら、あの子たちは動かしたと言うのだろう。最後の瞬間、櫻井了子は立花に、胸の歌を信じなさいと伝え、露と消えたと言う。
「そうですか。結局俺は守れなかったのか」
締めくくった司令の言葉にそんな言葉だけが零れた。瞑目する。
誰かの為にと戦う少女たちが居た。人類の天敵であるノイズ。それを操り暗躍していたフィーネ。統一言語の復活。その目的の為、世界に甚大な破壊を起こす事も厭わなかった。
あの子たちは、そのフィーネに打ち勝ち、思い留める事すら成し遂げていた。司令は言う。最後の瞬間に、彼女は優し気な微笑みを浮かべていたのだと。立花に言葉を託し、消えて行った。
最期を見届けたクリスは、ただ涙を零したと言う。乗り越えたという事なのだろうか。それはあの子にしか分からない。だが、良い方に向かったのだろう。
だからこそ、何処か遣る瀬無さが募る。結局、手にした刃は何も守れなかったという事だ。
年端の行かない少女たちを犠牲にした。そんな思いが胸に残る。
あの場で唯一生き残ったと思っていた立花に、たまには守られろと伝えたはずだった。それが、蓋を開けて見れば結局守られている。不甲斐ない。何を言うでもなく、そんな思いだけが募る。
やりたい事もあっただろう。抱いた夢もあっただろう。託された思いがあったのだろう。
その全てを押し殺させ、あの子らに最期まで戦わせたと言うのならば、それは俺たち先達全ての不明では無いのか。
例えシンフォギアと言う対処法しか無かったのだとしても、そんな事を思わずにはいられない。
右手を強く握った。傷口が開いたのか、赤く染まった。
「落ち着けユキ」
「落ち着いては居ます。ですが、やる瀬無いのですよ。何もしてやる事が出来なかった」
司令が立ち上がり、肩を掴んだ。昂った訳では無い。ただ、感傷的になってしまっただけだった。
力を抜く。何をやっているのだと言い聞かせた。自分をいじめたところで意味など無い。
「あー、それなんだがな、ユキ」
司令が珍しく言い淀んだ。不思議に思い問い返す。
「そんな事ありませんよ、ユキさん!」
「な、に……?」
いきなり扉が開いた。聞き覚えのある声が耳に届く。
それは最後の瞬間に立ち上がった少女。フィーネが与えた絶望に正面から立ち向かう姿を見せてくれた女の子だった。立花響。絶唱で月の欠片を破壊したと聞いていた。それ程の力を発揮していながら、生きていたという事なのか。
「私はユキさんに助けてもらいました。皆が居なくなったと思って訳が判らなくなった時、ユキさんが庇ってくれました……。シンフォギアも纏えず、ただ茫然と座り込んでいた私を沢山の血を流しながら守ってくれました。だから、何も出来て無いなんて事、全然ありません!」
立花が赤く染まった右手を取り、そんな言葉を零した。こんな酷い怪我までして守ってくれましたと、涙を浮かべながら伝えてくれる。目を見開いた。何も出来なかったと思っていた。それを、目の前の少女は否定する。
「……そうか。受け継いだ刃は、何かを守れたか」
「そのような姿になるまで先生が戦ってくだされました。だからこそ私たちは、エクスドライブに至れたのだと思います」
足音が聞こえた。風鳴翼。司令の姪であり、剣を持つシンフォギア装者だった。
かつての面影を残しながらも、大きく成長している。以前共にノイズを相手に立ち回ったが、落ち着いてみるとその成長を実感する。強く、そして綺麗になったようだ。
そんな後進がありがとうございましたと深く頭を下げた。目を閉じる。
礼を言いたいのはこちらだった。
「ったく、おっさんに言われて来てみれば、なんて様だよ」
「自分の不甲斐無さを悔やむばかりだよ」
そして最後に声をかけてきたのが、約束を交わし別れた少女だった。
目を開き視線を重ねた。涙。最初に見えたのはそれだった。
「大怪我してんじゃねーよ! 折角決着が着いたのに、あんたが死んでたらその事をあたしは誰に報告したら良いんだよ……」
「すまなかったな」
一喝されていた。そして、直ぐに表情が涙に歪んだ。不器用な彼女の事だ。彼女なりに心配してくれているのだろう。すまなかったと、二度頭に右手で触れた。
「く、クリスちゃん! ほ、ほら、ユキさんだって怪我してるんだから無理させたら駄目だよ!」
「あ……、そ、そうだな。わりぃ、このバカに聞いたけど、あたしたちの為に頑張ってくれたんだよな」
「君たちが守ろうとしたものを俺も守りたいと思った。それだけだよ」
「それでも、だ。ありがと……」
立花が泣きかけたクリスを引きはがしてくれる。本人も少し近すぎると気付いたのか、少し恥ずかし気に呟いた。言葉から察すると、風鳴のとクリスには立花があの時の事を語ったのだろう。フィーネとのぶつかり合いを間近で見ていたのは、立花だけだ。その様子も納得できる。
誰かの為にと全力を尽くした。それを守りたかった。だからこそ刃を取ったのだと伝える。やりたかったからやっただけなのだ。
それでもありがとうと、クリスははにかんで零した。笑顔。屈託の消えたそれが見れただけでも十分だった。
「とまぁ、こう言う訳だユキ」
「……なんと言うべきか、まぁ」
そこまで黙っていた司令がそう締めくくる。どう返すべきか悩むが、結局良い言葉が思い当たらない。
司令と目が合った。どこか、優し気な笑みを浮かべた。
「正式に二課に戻らないか?」
そう切り出された。緒川が言っていた事を思い出す。
司令が決められた。つまりはそう言う事ですよ。
認められたという事なのだろう。
「師匠! ユキさんが二課に来てくれるんですか!?」
「落ち着くんだ響君。今、勧誘しているところだ」
最初に反応したのは立花だった。それが少し意外に思うが、立花である。この子の持つ雰囲気ならば、仲間が増えると言うのは嬉しくて仕方が無いのだろう。そんな様子に、まだ返事も貰っていないと司令は苦笑を零す。
「上泉さんが戻られると言うのならば、是非立ち会っていただきたいものです。かつて弱かった私が、どれだけ変われたのかを見て欲しく思います。防人として、武門上泉の剣は見上げているばかりのものでした」
風鳴のが是非来てほしいと言ってくれる。かつて何度か立ち会っただけであるが。どうやら、目標の一つと定められていたようだ。自分の技が後進の目標と言うのならば、それは喜ばしく思う。
「……あんたが戻って来るってんなら、歓迎してやらない事もない事は無い。色々世話にもなってたからな」
クリスがそっぽを向き言った。先ほど笑顔を見せたのが、今更恥ずかしくなったのかもしれない。
「死にたがりを送り出すわけにはいかなかったのでは?」
「本当に死にたがりであったのなら、あれだけの大立ち回りを行うものかよ。それに、これほどに心配されているんだ。簡単には死ねないだろう?」
「全く、風鳴司令には皮肉は通じないようだ。相変わらず度量が広い」
「問題児を動かすにはそれ位の度量も要るという事だな」
にやりと司令が笑った。相変わらず度量が広い。
意見の相違があった事もあるが、それも解消されているようだ。
「刃は使う場所がなければ錆びてしまいます。それは、俺の望むところでもありません」
「そうか。ならば、これから頼むぞ」
差し出された手を握った。がしりと、力が入る。
「って、お前ら何やってんだ。ち、血出てるぞおっさん!!」
「む……」
「しまった!」
出血。司令の握力が強く、景気よく滲みだした。珍しく司令の焦った声が響く。
油断していたが、あの風鳴弦十郎の握力である。負傷している身では受け止められる訳がなかった。
「ちょ、師匠。けが人には優しくしなきゃいけませんよ!!」
「とりあえず……、ナースコールを押しましょうか」
クリスが焦ったように声を上げ、立花も加わり混乱が大きくなった。
風鳴の冷静な言葉が、心強く聞こえた。
「あああ、凄く血が出てますよー!!」
「大丈夫だ、問題ない」
「失血が倒れた原因の一つなのに、んな訳あるか―!!」
結局、ナースコールによって呼び出された医師と看護師にこっぴどく怒られる事になった。
あれだけ腰の低い風鳴司令が見れたのは珍しかったと記憶しておく。
1部完結となります。
司令だってたまには失敗するさ。