オレはあれから夢と現(うつつ)の間を行き来していた。
走馬灯って言われるものとは違うんだろうけど、今までの人生を振り返っているようだった。
今だってホラ、幼い頃のシルヴィアがオレに語りかけてきている。
ーーおとさん、助けてあげよ? お兄ちゃんのおとさんの代わりに助けてあげよ?
これは確か、グレンが最初に来た日の言葉だったな。
ここからオレの壮大な戦いが始まるなんて考えもしなかったっけ。
ーーシルヴィを置いていかないで! イイコにするから……がんばってってもう言わないから……!
慣れない領地経営なんかやってた頃に言われたなぁ。
所構わずお疲れモードだったせいでシルヴィアに心配かけちまったんだよな。
まったく、どうしうようもないダメ親父だ。
ーーこっちはシルヴィの、こっちはおとさんの!
そうそう、このプレゼントには助けられた!
ロランで買ってもらったガラス玉が、原初の狐戦でのキーアイテムになったんだよな。
シルヴィアはかわいいし、素直でいい子だし、重要アイテムまでくれる超絶優秀な娘だよ。
ーーシルビヤ、一人にしない? シルビヤの、おとさんでいてくれるの?
あー、これはあれか。
さらわれたシルヴィアを小屋から助け出した時のか。
最初は『シルヴィア』って言えなくて『シルビヤ』になっちゃってたんだよな。
その舌ったらず感も愛らしかったり。
ーーおとさん、だーいすき!
あーすっごいこれ。
すっごい良いわこれ。
何度でも聴きたい、延々聴いていたい。
魂に刻むからもう一回聴かせてもらえるかな?
ーーおとさん。
うん。
ーーおとさん!
うん、どしたの?
「お父様!」
「んん? ……ミレイアか。グレンも」
「アルフさん。大丈夫……なの?」
顔面蒼白な二人が椅子に座っていた。
力の入らなくなった右手をミレイアが握り締めている。
その手はまるで祈るように、ギュッと想いが込められてそうだが、オレの手にはもはや感覚が無くなっていた。
「仕事もある中に悪かったな。こんな事で呼び出しちまって」
「仕事なんていいんだよ。もう心配で何も手が付かないんだ」
「お父様、具合はどうなのですか? 辛くはありませんか? 仕事もお父様が元気になるまでお休みをいただきます」
「ダメだって、お前たちはもう立派な大人なんだ。周りにあまり迷惑をかけるんじゃない」
「アルフさん……」
それにしても、本当に大人になったよなぁ。
ちょっと前まで外を駆け回ってる子供だったのに。
まぁグレンは最初からお兄ちゃんしてたけどな。
「グレン、女難の相が出てるらしいな。オレもいくらか苦労したから言える事だが、相手をあまり邪険には扱うな。その子らにかけた優しさは、いずれお前が苦境に陥った時、きっと助けてくれるはずだ」
「うん……わかったよ」
「ミレイア、ロランの青年とはどうだ。彼は芯の強い男だが、押しの弱いところがある。さりげなく誘導してみると良い。それできっと上手くいく。二人の将来を祝福はするが、子供についてはよく考えてから作るように」
「はい、肝に銘じます」
「二人に出会わなかったら、オレは自堕落なだけの生涯を閉じただろう。面白い人生を贈ってくれてありがとう」
「そんな、僕らこそどんなにお礼を言っても言い足りないよ!」
「やめてください、今生の別れのような言葉は! これからもずっと、見守ってください……」
ちょっと唐突すぎるよなぁ。
気持ちの整理がつかないのはわかるよ。
でも突然で驚いてるのはオレも一緒なんだ、勘弁してくれ。
「話しすぎたか、疲れた。少し眠らせてくれ」
「わかったよ。ミレイア、行こう」
「いやです! 私はここを絶対に離れません! お父様がお元気になるまでは!」
「ダメだよ、ゆっくり休ませてあげないと」
「いやぁ! 離して!」
「別に居るくらい構わんぞ、相手まではできんがな」
「そう……じゃあ気の済むようにさせてあげて」
涙ですっかりグシャグシャになってしまった、もう一人の娘の顔。
せっかくの美人なんだから、そんな顔はするんじゃない。
涙を拭ってあげたかったが、もはや腕をあげる事すらできなかった。
これでも昔は敵兵を楽々吹っ飛ばしたもんだが、情けない話だな。
ーーねぇ、おとさん。何してるの?
ええとね、おとさんは今、大切な人を待ってるんだよ。
ーーおくれちゃうよ、はやくいこう?
そうだなぁ。もう少しだけ待っててよ。もうすぐだからさ。
ーーもうすぐって、どれくらい?
もうすぐは、もうすぐだよ。遊んでるうちに終わってるよ。
ーーそれじゃあシルヴィアとあそぶの。アリさんあそびするの。
お、いいねぇ。最高にクールな遊びじゃん。
ーーそうなの、くーるなの。じゃあいくね? あーりーさん。
アリさんさぁーん!
ーーくるっとまわって、ワッショイショイ!
ショオイ!
ーーシルヴィアのかちぃ! おとさんよわーい。
うーん、シルヴィアは強いなぁ。オレも頑張ってるんだけどな。
ーーあ、おきゃくさんなの。シルヴィアは、ここでまってるの。
そっかぁ、いい子にしてるんだよ? また後でいっぱい遊ぼうな。
「お父さん! 大丈夫なの?!」
「あぁ、シルヴィア……か」
どうやらオレの命は間に合ったらしい。
オレの右手はシルヴィアに、左手はミレイアに握られている。
後ろの方にはグレンも、リタも、エレナも、アシュリーもみんな揃っていた。
すすり泣く声、噛み殺したような嗚咽、鼻をすする音、どれもかしこも重苦しい空気を生み出している。
最後は笑って見送って欲しいんだがな、それは無理な相談か。
「こんな事って、こんな事ってないわよ……! 私はまだお父さんに何も返せてない! 喜びも、安心も、愛情も、たくさん、たくさん与えてくれたのに、私は何も返せてないのに!」
「……あぁ」
そんな事はない、お前が居てくれたおかげでどれ程幸せだったか。
どれだけの喜びを与えてくれたか、計り知れないんだぞ。
丁寧にじっくり説明してやりたいが、口もまともに開けない。
クソッ、それでも父親かよ。
聞きたい話はたくさんある。
伝えておきたい事はいくらでもある。
だが、オレに残された時間と体力は余りにも少なすぎた。
「ずっと一緒に居てくれるって思ってた。この先もずっとずっと居てくれるって思ってたよ。お父さんは強いからきっと長生きして、みんなの子供もいっぱい可愛がってくれて、またたくさん旅行とか連れてってくれて。それから、それから!」
「……あぁ」
なんて言葉を遺そう、何を言ってあげればいいんだろう。
身体を大事にしろよ! は違うな。
変な男には気をつけろ! ってのもなんかなぁ。
いつまでも変わらないキミのままで! ってなんじゃそりゃ。
ボンヤリする頭で考えた結果、とても普遍的な言葉が選ばれた。
「シルヴィア……」
「うん! なぁに、お父さん?!」
「お前が娘で居てくれて……本当に幸せだった。ありがとう……」
「ッ! 私もとっても、とっても幸せでした! おとうさん、ありがとう!」
その言葉を聞き終えると、世界が白く染め上げられた。
天井も、ベッドも、壁も何もなかった。
幼い頃のシルヴィア以外は。
ーーおとさん、もうへいき? そろそろ行こう?
ああ、すまんな。待たせちまって。
ーーだいじょうぶなの。みんなといっしょにゆくの。
みんな? 他に誰がいるっけ?
ーーあんまりノンビリしちゃダメよ。遅れちゃうでしょ?
あれ、リタ。いつの間にそこに居たんだ?
ーーなぁ、アルフ。新しい打ち筋を見て欲しいんだが、後で時間をくれないか?
またかよ、お前の引き出しの数はいくつあんだよ。
ーーねぇん、用事が済んだら付き合ってくれません? すっごいカワイイ小物屋さん見つけたんですよー。
おい、あんまくっつくな! 店に寄ってやるから大人しくしろって。
ーーアルフさん、クライスさんがお店にやたら来て困ってるんだけどさ。
ああ、無視しろ。それか街路樹にハチミツ塗っとけ。
ーー魔王様、この不自然に尖った石に願いを込めました。おかしな細工は何にもしていないので、安心してお受け取りください。
うん、ミレイアちゃん。それ危ないからポイしちゃってね。
ーーじゃあそろそろいくの。みんなといっしょで、たのしいねー?
そうだな、ずっと一緒にって言ったもんな。
オレは光の射す方へ、ゆっくりと進んでいった。
子供の歩幅に合わせるようにして。
誰一人欠ける事なく、ずっと一緒に……か。
スマンな、オレ一人だけ早々にリタイアしちまってさ。
まぁどこかから見守っているから、許してくれ。
先に行って待ってるからさ。
歩みを進めるほどに光は徐々に強さを増していく。
そして目を開けられないくらい眩しくなった頃に、オレは光の奔流に飲み込まれていった。