「全く何考えてるんですか、エレナは! あなたのせいで森があんなに荒れちゃったじゃないですか!」
「私が荒らしたのではない、オークどものせいだろう」
「エレナが『正々堂々名乗ってから戦うべきだぁ』なんて言って大声出すから、不意打ちができなかったでしょ?! 相手は言葉もわからないんだから名乗ったって意味無いのに!」
「言葉が通じる、通じないは関係無い。不意打ちなど卑怯な真似は騎士道にもとる」
「あのオークどもと! エレナさんの馬・鹿・力・で! 荒れた場所を誰が直すと思って?!」
魔王城に、いや屋敷に……いや小屋に戻ったオレたち3人。
お手製のダイニングテーブルに並んで座った二人だが、さっきからずっと口論を続けている。
それはもう、キィキィとうっさいこと。
オレは進展の見せない口喧嘩を苛立ち半分に聞き流していた。
席に座るなり話を聞いて無いとばかりに、リタが入れてくれた紅茶を啜り出すエレナ。
それを受けてさらにヒートアップするアシュリー。
ったく、このままじゃ取っ組み合いにでもなりかねないな。
「ちょっとお前ら、静かにしろ」
オレがそう言うとパタリと静かになった。
静かにはなったが、矛をおさめた訳ではないようだ。
アシュリーがこれでもかと言うほどブーたれている。
「んでお前、オレに何か用があるんだろ?」
目の前に座る人間の子供に話を振った。
ビクンと飛び上がらんばかりに反応した少年。
声を絞り出すようになカクカク動きながら答えた。
まるで出来の悪いオモチャのように。
「ま、魔王サマですヨね?あ、アノ、妹の……」
「あーあー、もういいや喋んないで」
話を聞くのも面倒だなと、神経を集中して心を読む事にした。
あ、オレは人とか動物とかの考えてることとかわかっちゃうんで。
そういう便利な事が色々できちゃう系なんで。
えーっと、幼い妹、誘拐、でかい組織、身寄りなし、か。つまりは。
「お前、あー、グレンっつうのか。さらわれた妹をオレらに助けて欲しい、と。親もいないし周りも助けてくれないからここに来たんだな」
「えぇ!?」
少年は目を見開いて、唖然としながらもブンブンと首を縦に何度も振った。
そこまで分かってるなら助けてくださいってか。
まあ普通はそう考えるよな。
「で、なんで自分で助けに行かずにここに来たんだ?」
「……え?」
これは予想外の質問だったみたいだな、喜色の表情にサッと水を差したようになった。
まぁ実際、子供が単身で闇組織に潜入なんてやらんわな。
「だって、殲滅する必要はないんだろ?妹を助けるだけなんだろ? それだったら大人数はいらないし、むしろ隠れやすい子供一人で行った方が大人よりも可能性あるじゃねーか。」
「そ、それは……。」
魔王のところにお願いするより簡単だろ?とまでは言わなかったがな。
いい大人ならまだしも、こんな子供をわざわざチクチク詰るほど、性格は悪く無いつもりだ。
ましてやワザワザ一人で乗り込んで来た子供をさ。
じゃあなぜこんな物言いをしてるかって?
難癖をつけて断りたいからだよ、めんどくせえ!
もう外は暗いんだ。
このまま風呂に入って飯食ってダラダラ過ごした後、ふんわりベッドでぐっすり眠りたい。
こんな依頼を受けたら至福の時間が台無しだろふざけんな。
「人に頼み事する前に自分でやってみましょうねーって事で、今回は帰って……」
<ねぇ、おとさん。このお兄ちゃんどうしたの?>
今話に割り入ってきたのはオレの、そして我が家のエィンジェルことシルヴィアちゃんだ。
獣人という種族であり魔力も乏しいシルヴィアは、このメンツの中で唯一この少年の言葉がわからない。
まぁそもそも言葉がわかっても、会話を理解できたかどうか。
なんせエィンジェルはまだ子供なんだからな。
ちなみにオレはもちろん、魔人族のアシュリーや狐人族のリタは膨大な魔力の一部を使う事で、人間とも獣人とも会話ができる。
エレナは人族だから言葉を理解できているはずだが、ずっと押し黙ったままだ。
この話に興味が無いのか?
<ねぇねぇ、リタお姉ちゃん。このお兄ちゃんどうしたの?>
オレが答えないでいると、近くにいた「ほんわかお姉さん」ことリタに尋ねた。
マズイ、この流れはきっとマズイぞ……。
オレは目線でリタに、上手くごまかせと念じた。
リタは笑顔のまま、頬に人差指を当てて「んーーー」と前置きをしてから、シルヴィアに語りかけた。
「どうやらこの子の妹ちゃんが、悪いおじさんにさらわれちゃったみたいねぇ」
<ぇえーーー!?>
ビクンと大きな衝撃を受けた後、凍りついたように動かなくなり、そしてカタカタ震えだしたシルヴィア。
つうかリタこんちくしょう、ごまかすどころかストレートど真ん中じゃねえか!
<でもでもでも! お兄ちゃんのおとさんが助けてくれるんだよね? 今助けに行ってるんだよね?ね?>
リタは少しだけ眉を潜めてから首を横に振る。
「この子にはお父さんもお母さんも、いないみたいなの」
<ええええええーーーー!!?>
シルヴィアは数歩よろけた後、ペタンとお尻から崩れ落ちた。
オレは瞬きする間も無く超高速で、かつ衝撃を一切与え無い絶妙な動きでシルヴィアを抱っこした。
最も速く、かつ安全に抱っこする精錬された動きは訓練の賜物であり、生半可な技術ではない。
オレの小さな天使様は目にたくさんの涙をため、口をへの字に曲げて、震えながら声を絞り出した。
<かわいそう、かわいそうぅ>
「うんうん、そうだね」
<シルヴィにはおとさんがいるのにぃ、シルヴィはおとさんが助けてくれるのにぃぃ、お兄ちゃんにはおとさんがいないの!>
「うんうん、そうなんだぁ」
まずいまずいまずい!
この流れは引き受け無いとダメなやつだ!
シルヴィアから ヒュォオー ヒュォオーという息遣いが聞こえてくる。
これは実に、極めて危険な状態だ。
忌々しげにリタを睨むと、指を頬に当てたまま平然と笑ってるリタこの野郎。
<おとさん、助けてあげよ? お兄ちゃんのおとさんの代わりに助けてあげよ?>
「いやぁー今日はもう遅いし、また明日にでも」
<ぅぅぅうわぁぁぁあああーーん>
「あーはっはっはぁ! おとさん人助けしたくなっちゃったなー! どうしよう、もぅすんごい助けたくなっちゃったなー?」
くるくる回りながら必死にシルヴィアをあやすオレ。
悲しみとショックのあまり中々泣き止まないシルヴィア。
口を開きながら、展開についていけないグレン。
こうしてオレの夜の至福のひとときは、見ず知らずの浮浪児救出で潰れるのだった。