どうしてこうなった・・・。
オレはダイニングテーブルにつっぷして頭を抱えた。
浮浪者の少年グレンの頼みを聞き入れ、妹であるミレイアと少女たちを奴隷商人から助け出した翌日。
視線を巡らせるとリタは朝食の後片付けをし、エレナは外で素振り、アシュリーは食後のティータイムを楽しんでいる。
ここまではいい。いつも通りだ。
シルヴィアは自分の宝物をミレイアと一緒に眺めて、グレンは椅子に座って虚空をぼんやりと眺めている。
2人の兄妹が加わった新しい光景だが、今日からはこれが「いつも通り」になるようだ。
なぜなら、オレが養う事になったからだ。
ミレイアを助け出して家に連れ帰ったときのことだ。
シルヴィアを安心させるために引き合わせたのだが、ここで愛娘は爆弾発言を投下した。
<ミレイアちゃん、はじめまして!今日からおとさんが、グレン兄ちゃんとミレイアちゃんのおとさんになるの!>
手を握り、目を輝かせながらミレイアに話しかけるシルヴィア。
ミレイアは言葉が通じないので、何を言われたかわからず困惑している。
お父さんは言葉がわかっても、それ以上に理解不能だけれど。
「人族は嫌いですけど、子供なら素直だからいいですよ。」
「また何か事件に巻き込まれるかもしれないし、報復を受けるかもしれん。我々で保護すべきだろう。」
「んーー、そうすると部屋はシルヴィアちゃんと同じにするとして、お洋服がないわねえ。今度街で買ってこなくちゃ。」
まるで示し合わせたかのように意見がキレイに揃う女子メンバー。
主人のオレの意見は聞きませんか、そうですか。
オレのジト目をよそに、皆は当たり前のように受け入れ、旧くからの友人のように打ち解けていった。
ちなみに昨晩、グレンが沈痛な面持ちで
「今回の報酬にオレの命とか魂とか捧げますか?」
とか言い出した。
いるかそんなもん。もらってどーすんだよ。
そんな訳で冒頭に戻る。
オレがここまで打ちひしがれているのは食い扶持を心配してではない。
間違いなく面倒が増えるからだ。
これは極めて深刻な問題だ。
最低限の労力で最大限の幸福を得たいオレにとっては。
そもそもここで暮らそうと思い、生活しだした当初はシルヴィアと二人きりだった。
その時は必要な分だけ畑仕事や狩りをして、それ以外の時間は娘の成長を見守りつつダラダラ過ごしていた。
今では考えられないくらい、それはもうのんびりと暮らしていたのだ。
「あなたと居ると退屈しなさそうだから、側にいさせてもらえないかしら?」
と、好奇心旺盛な狐人族のリタがやってきた。
あれこれ家事をやってくれるのは嬉しいが、そもそも魔王を名乗る羽目になった原因はコイツだ。
「そなたこそ強者と呼ぶに相応しい。どうか私と修行に付き合ってほしい。」
と、除隊した元騎士で人族のエレナがやってきた。
戦闘で頼りになる勇猛な奴だが、戦闘訓練や模擬戦闘、戦術討論なんて日課を勝手に作られてしまった。
サボろうとするとどこまでも追いかけてきて、そこでなしくずしにトレーニングが始まる。
マジでやっかいだ。
「森の管理が手にあまるから、少しだけ助けてもらえませんか?」
と、自称「森の賢人」こと魔人のアシュリーがやってきた。
豊穣の森の加護が得られた事で、農業や狩猟が上手くいくようになったのはいいとして、その代わり森の様々な厄介ごとが持ち込まれるようになった。
このように、誰かが加わるたびに義務が追加されていくのだ。
その結果犠牲になったのはダラダラと自堕落するひととき。
自由で、気ままに、煩わしいことに悩まされる事なく生きていこう。
そう心に決めたはずなのに、現実は真逆を向いて全力疾走だ。
本当に、どうしてこうなったのか・・・。
何気なくチラリと目線を移すと、今もシルヴィアは宝物を広げていて、側で控えているミレイアに見せびらかしている最中だった。
スベスベした平たい石や、シルクの切れ端、何かの動物の骨とかだ。
言葉が通じない二人は身振り手振りで何とかコミュニケーションを取ろうとしている。
<これはね、おとさんとこないだお店屋さんで買ったの!キレーでしょ?>
そういってミレイアに手渡したのは赤いガラスの玉だ。
普段おねだりをしないシルヴィアが、珍しくガラス玉の前でじぃっと眺めていたからつい買ってしまった物だ。
両手で捧げるようにしながら、ガラス玉をうけとったミレイアは大事そうに、じっくりと眺めた。
「ええっと、これは・・・。ひょっとしてドラゴンの目玉ですか?>
ブフォッ!
どうしてそうなる!
元浮浪児からしたらガラス細工も目にしたことないかも知れんが、それはないだろ。
そもそもドラゴンだって見た事ないだろうに。
<そのお店屋さんにはね、他にもいーっぱいたーっっくさんのキレーな玉があったの。>
両手を使って、たくさん、数え切れないみたいなゼスチャーをするシルヴィア。
「空いっぱいに群れている、たくさんのドラゴンを倒したんですか?さすがは魔王様です!」
<お店のおじちゃんもやさしいの、笑いながらまた来てねーって言ってくれたの。>
「そうですか、それだけの数のドラゴンを笑いながら倒していったのですか。」
<いい子にしてたらおこづかい5枚もらえるの。そのおこづかいで違う玉を買うの。>
「ほうほう、その玉を作るためには他にも500人の人間の命が必要なんですね。」
ゴフッ!
はいもうダメ、お父さん限界。
「なぁミレイア・・・。」
ミレイアはピクンと体を跳ねさせ、まるで命令を待っている犬のような顔を向けてきた。
獣人だったら尻尾がブンブン振られてるんだろうな。
「お前の会話、かすりもしてないぞ。」
「はうっ。」
何らかのダメージを受けたように仰け反って、顔を赤く染めた。
俯きながら、失敗しましたです・・・とか言ってる。
そんな傷心の少女にシルヴィアがいい子いい子している。
出会ったばかりとは思えない仲の良さを見せる二人だが、まだ一度として会話が成立していない。
これはあまりいい状態じゃないな。
ミレイアの為に、人族と会話ができる魔道具あたりを用意しよう。
こうして早速仕事が一つ増えたのだった。