魔王の軍と相対して7日目を迎えた。
獣共の街からいくらか離れた場所で戦況を見ていた。
戦場となっているのは街の両端だ。
向かって左側の部隊が魔王を担当し、右側がグレートウルフの群れと戦っている。
今日になってようやく物量作戦が効果を表しはじめた。
開戦初日は魔王の力に押されるばかりだったが、日が経つにつれて動きに精彩を欠いている。
もう少しだ、もう少しでヤツの首がとれるのだ。
私は焦る気持ちを必死で抑え込んだ。
握りしめている手綱が汗で濡れているのがわかる。
「アルノー将軍、魔王の剣が折れましたぞ!」
「あやつめ、替わりの武器を探しておりますな。有りもせんものを。」
まだだ。
まだヤツは生きている。
確実に息の根を止めるまでは油断すべきではない。
魔王さえ、この化け物さえなんとかできればレジスタリアなど敵ではないのだ。
不思議な力で守られている目の前の獣の巣も、魔王さえ居なければ攻め方はいくらでもある。
魔法兵に攻撃させる。
囲んで兵糧攻めにする。
魔獣兵に一斉攻撃させる。
実質孤立無援の拠点だ。
脅威さえなければ落とすのは容易いはずだ。
「おお、とうとう取り囲みましたぞ!」
「さすがの化け物も力尽きたと見えますな。」
つい気持ちが逸って前のめりになってしまう。
馬が勘違いをして歩を進め出した。
慌てて手綱を引き絞る。
視線を戻すと、魔王は何重にも包囲されおり、蟻の這い出る隙間もないほどだ。
最前線の兵達が一斉に、禍々しい爪を降り下ろした。
やった!
とうとう魔王の命に手をかけた!
私は号令を出そうとするが、首が飛ぶのが見えて踏みとどまった。
何十もの首。
魔王のものではない。
魔獣兵のものだ。
なぜ、どこにそんな余力があったのか。
「しょ、将軍!魔王が再び攻勢に出ました!」
「そんなバカな、今にも死にそうな有り様だったではないか!」
「アルノー様、魔王からおぞましい光が。あの様なものは見たこともありません。」
それは黒い、漆黒の光だった。
それは魔王から、ではなく右手から出ていた。
あの右手にあるのは……ナイフか?
何かの魔道具なのか、それにしては身の毛がよだつほど醜悪だ。
まるで、何者かの呪詛が顕在化したかのよう。
その漆黒の光は長槍のように型どられ、次々と魔獣兵を蹂躙していった。
今までの接戦が嘘のように、風の前の木の葉のように吹き飛ばされ、死滅していった。
忌まわしき魔王め。
どこまでも我らの邪魔をするのか。
「慌てるな!右翼の兵を魔王に回せ!グレートウルフは騎兵が当たる!」
「承知致しました!」
突然攻勢に出られたが、恐らく最後の足掻きだ。
ヤツに余力はほぼ残されていない。
ならば力尽きるまで攻め立てれば良い。
チリーーン
チリーーン
これは、鈴の音?
一体どこから?!
誰が、何のために!
戦場を一望すると、異変にすぐ気がついた。
魔王の居る左翼側だ。
あからさまに場違いな、みすぼらしい男が立っていた。
眼前の殺し合いなど気にも留めないように。
その異質な男を見た瞬間、体が恐怖で震え出した。
何故なのか、何に怯えているのか、自分でもわからない。
ただはっきりしているのは、今すぐ逃げ出したい気持ちだけだ。
劣勢どころか優勢な戦場から逃げ出すなど、許されることではない。
そもそも2000を超える軍が今も健在なのだ。
負ける要素はどこにも見当たらない。
それでもアルノーの本能は「逃げろ」と囁き続けた。