なんという事だろう、まさか私が囚われの身になるとは。
父上はもちろんの事、ご先祖様に顔向けできない。
ただ敗れただけならいいだろう。
勝敗は兵家の常だ、戦場に出れば勝つ事も負ける事もある。
だが今回は違う。
手も無く捻られ、手勢の大半を失い、果ては捕虜になるという始末だ。
言い訳のしようもない完敗だった。
今はレジスタリアのどこかに閉じ込められている。
さすがに私の身分を鑑みてか、牢屋ではなくそれなりの部屋を与えられた。
もちろん見張りは居るし、窓の外を見ると子飼いの狼どもが徘徊している。
逃げたくても簡単に逃げられそうになかった。
事態が動く事をここで待つしかないのだろうか。
囚われて数日が過ぎた頃、目の前にあの男が現れた。
みすぼらしい見た目からは想像もできない圧倒的な強さ。
忘れもしない、我が軍を壊滅に追いやった張本人だ。
しばらく無言でいたかと思うと、ポツリポツリと問いを発してきた。
「グランニアの王子よ。そなたに問おう。亜人をどう考えている?」
「亜人だと? あれは人族を冒涜する、汚れた存在だ」
「なぜ汚れていると思う?」
「貴様は水が流れ落ちるのを疑問に思うか? 朝日が昇る事は? それと同じ事だ。理由などなく、そういうものなのだ」
実際自分もそのように教えられて育った。
亜人は我らの敵、おぞましい生き物、この世に存在してはならない生命。
その教えを疑った事は1度もなかった。
実際に亜人どもを見ると怖気が走る。
「お前たちが差別し、弾圧し、時には実験体として殺した亜人たちについて思う事は?」
「別段なにも。人族の進歩に貢献させてやっただけ有り難いと思え、とは思う」
「お前たちは不必要な殺戮を犯した、その自覚はあるか?」
「あのような生き物が何万死のうと気にも止まらん」
「傲慢な事だ。考えを改める気は?」
「毛頭無い。命ある限り亜人を殺し続けるだろう」
恐らくこの答えは危険だろう。
レジスタリアは亜人と人族の融合を進めている国として知られていた。
その国の捕虜として言葉を選ぶべきだったろうが、己に嘘はつけない。
今更生き方を変えるつもりもなかった。
「わかった。グランニアの王子よ。その歪んだ景色しか映さない瞳は、不要なものだ。凶なるお前にその力は、余分なものだ。罵詈雑言を垂れ流すだけのその声も、不要なものだ」
「な、何をする!」
あの時のように光を発しながら、私の顔に手を近づけてきた。
自分は交渉材料になるから殺されないと踏んでいたが、思い過ごしだったのだろうか。
きっと魔獣兵のように殺されてしまうだろう。
男の手が私の顔に触れると、世界から光が消えた。
気絶でもしていたのだろうか。
気がつくと外に出されていた。
何をされたのか、目が見えず、声も発せない。
瞼を開いているはずなのに何も映らず、大声を出そうとしても掠れた息が漏れるだけだ。
ここは一体どこなのか。
耳は問題なく聞こえるのだが、様子がおかしい。
どうやら雪の中にいるらしい。
体が触れる冷たい何か、荒れ狂う風の音、顔を打ち付ける氷を混ぜたような風。
恐らく周りは吹雪いているのだろう。
あの男を呼ぼうとしたが、名前を知らないし、そもそも声がでない。
手当たり次第に腕を振り回すが手ごたえは何もない。
目が見えない中暴れたせいか雪の上に転んでしまう。
迂闊に動くと雪に埋もれてしまいそうで危険だった。
吹雪が強まってきたのか、打ち付ける雪の痛みを増した。
軽装のままだからか体温はあっという間に奪われ、体が痙攣したように震えだす。
指先から腕、足元から膝と、感覚が奪われていった。
初めに感じていた痛みも今は全くなかった。
こうして人は凍えて死ぬのだろうか。
ドサリと言う音が聞こえた。
どうやら倒れ込んでしまったらしい。
それすらも判らないほど、体は凍りついてしまっていた。
このまま呆気なく死ぬのだろうか。
父は、部下達は、国民達はどう思うだろう。
大敗してむざむざ殺された無能者と笑うだろうか。
「・・・・!・・・・・・・!」
「ーー!ーーーーー!」
遠くで話し声が聞こえた気がした。
ひょっとしたら野生動物が遅いに来たのかもしれない。
それでも暴風の猛威が理解を阻み続ける。
せめて風さえ弱まれば……。
そう考えている間に意識は途切れた。