基本はAパートとBパートの2部構成で進めていく予定です。
子供の頃、お爺ちゃんがよく言っていた。
昔はこんなに土地開発も進んでいなくて、高層ビルだとかも少なかったから良い景色が多かったって。
僕も実際そう思っている。と言ってもその景色は写真の中でしか見たことないけど。
現代の人は、多くの美しい景色を壊してその上に新しいものだとか万人受けしそうなものばかり作っている。それは人が暮らすうえでは仕方のないことかもしれない。
でも、万人の中に入っていない誰かにとってそれは疎ましいものなのかもしれない。
もし、その誰かの想いがとんでもないものを生み出してしまったら。ありえないことだとしても、想像力豊かな子供の頭で思いついてしまったことに僕は震えが止まらなかった。
そしてそれは僕がこのことを忘れ去ったある日に突然襲いかかる。
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桜吹雪の舞い散る季節。
僕にとってある挑戦が、始まろうとしていた。
「今日から住み込みで働く訳だし、何か菓子折りでも持って行った方がいいのかな......でも待ち合わせに遅れるわけにもいかないし」
下宿先に挨拶のための手土産を持っていこうと、デパ地下の菓子屋で僕は2つの菓子を手に悩む。
1つはオーソドックスな卵をふんだんに使ったカステラ、もう1つは季節限定のほんのり桜風味のカステラ。
オーソドックスさを取るか季節感を取るか。今の僕はある意味宇宙の真理ともいえる問題に直面している。両方変えればいいんだけど、さすがに予算が足りない。
そして悩んだ末に僕が買ったのは、
「やっぱりあの2つもいいけど自分の好みに合ったものでいいよね。オーソドックスなのは飽きが来ちゃうし季節限定はいまいち安定感に欠ける感じがあるし」
自分の大好物の抹茶のカステラである。
悩みが解決し、気分が晴れた僕はスキップしながら待ち合わせ場所、というよりも勤務先の喫茶店に行くわけだが、僕はすっかり時計を見るのを忘れていた。
そして気付いて時計を見たときには......
「11時56分......」
因みに今いる地点から待ち合わせ場所までは直線距離であと1kmあり、更には待ち合わせの時間は12時ジャスト。つまり......
「マジで遅れるぅぅぅ!」
なりふり構わず爆走である。
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「ゼェ......12時ジャスト、ハァ......すいません余裕をもって来たんですが色々あって少し遅れました」
ピチッと決めたはずの服装は乱れ、荷物は恐らくぐちゃぐちゃ。唯一無事だったのは菓子折りのカステラだけ。
「あら、そんなになって急ぐなら事前に連絡してくれてもよかったのに」
「でも裕子さん。時間を守ろうとしたことは褒めてあげましょうよ。今時の子にしては愁傷な心がけじゃないか、菓子折りまで持ってきて」
一番初めに出迎えてくれた女性の次に、奥からやや痩せ型の男性が現れる。そしてその視線の注がれる先は僕の持つ紙袋。
「それ吉美堂のだろ。あそこのカステラうまいんだよ。サンキューな新入り。
裕子さんお茶出しといて、今からこれ切り分けるから」
そのまま流れるように僕から紙袋をヒョイと取り上げ、奥のカウンターに進みながらカステラを取り出していく。
「全く......君もずっとそこにいないでこっちに来て」
裕子と呼ばれた女性は僕を引っ張って店の中に入れる。店の内装は正にザ・喫茶店といった感じで、所々に嗜好の凝らされた木彫りの小さな彫刻と写真が並べられていた。
「ほれ、お前さんの持ってきたカステラと裕子さん特製のミルクティーだ」
さっきの男性が、僕の目の前にカステラとミルクティーを差し出す。
差し出されたそのミルクティーからは、スッとした香りが漂っており、僕は恐る恐る一口飲む。
「おいしい......」
自分が普段飲む自販機のミルクティーとは違い、くど過ぎずメンソールのようなスッとした清涼感がある。
「どうだ、裕子さんの紅茶は美味いだろ」
「これなんて茶葉なんですか?」
あまり紅茶には詳しくないが、いつか自分でもこれを淹れられるようにと、後学のために聞く。
「あー、なんだったっけな......
俺は料理とか専門であんまり紅茶とか詳しくないんだよ。確か馬だとかロバみたいな感じの名前だったけど」
「それを言うならウバよ。全く、人には覚えろ覚えろって言う癖に自分は全然覚えないんだから」
呆れた様子で裕子さんは2人分のミルクティーを持って男性を見る。
「紅茶なんてグレードと種類と産地、あとはいつ摘んだかだろ?
調味料は作るのがシンプルなものから複雑なものまで色々とある。さらに日本の塩1つでも距離が離れたら塩の味が変わってくるんだから。
俺の頭はそう言う細かい事を覚える為に働いてくれてんの。他のことを覚える余裕なんてないない」
かったるそうに僕の対面に座って説明する。裕子さんも隣に座り、面接が始まった。
「んじゃ、先ずは志望理由でも聞こうかね。住み込みで働くなんて普通はあんまし考えないだろ」
「そーくん、それは送られてきた履歴書とかと一緒に書いてくれてたじゃん。ほら、もっと何かないの?」
「バッカだなぁ、こう言うのはあって顔を合わせて初めてわかるものがあるんだよ。外国の人が日本文化を学びに来ましたって一口に言っても日本の食文化か歴史か、それともサブカルチャーかわからないだろ?
それと一緒さ。面と向かって聞いてこそだ」
「さすがそーくん頭いいねぇ。で、どんな理由?」
その言葉で理解したのかキラキラした目で裕子さんはこちらを見て来た。
「書いて送った通り、東京で働きたいとは思ったんですけど、家庭の事情とかで家を借りようにも予算がなくて......
だったらいっそ住み込みで働けるような所を探していたんですよ。それで働きたい職種と条件が合っていたここを希望しました」
「ほほぅ、それでそれで?」
「え、いや......」
裕子さんはもっと聞きたそうに目を輝かせながらこちらを見てくる。
「それでってもうそれで終わりだよ。
つってもまぁ、こいつは就職面接って言うよりも最終確認だ。あんまし変な奴を入れると大家さん怒るからさ。ここの大家さん怒るととんでもねぇくらいおっかないから。もう鬼かっていうくらい」
そーくんさんは途中から小声で話し始める何か聞かれてはまずいことでもあるのだろうか?
「誰が鬼さね」
「げっ、大家さん。もう起きてたのか」
「起きてちゃ悪いのかい。それで、今回来る子はこの子かい?」
「あっ、どうも僕は
今はここで働けるかの面接中で......」
僕が自己紹介をすると、大家さんはじろりと一瞥した後、口を開く。
「まぁ、合格だね。そー坊、あんたよりはずっとまし。
それじゃ私は色々とやることがあるから大人しく仕事してな」
大家さんはそのまま店の入り口から外に出ていった。
「よし、新入り。これで晴れてお前もここのメンバーだ。最後の大家さんのチェックも通ったしな。
それじゃ自己紹介でもしておきますか。俺は
「そして私がここのオーナーの
同じ名字であるか2人は姉弟なのだろうか。だけど全然顔が似てない。
「よろしくお願いします。
......お二人は苗字は同じ見たいですけど、ご姉弟か何かなんです?」
「いんや、裕子さんは数年前に死んじまった俺の兄貴の嫁さん。
そこに飾ってある木彫りの熊とか鷹とかあんだろ、それは全部俺の兄貴の作品。まぁ、裕子さんは兄貴が死んだ以上、旧姓に戻っても良かったんだが裕子さんは頑なに戻そうとはしなかった」
そんな僕の疑問に、宗弥さんは快く答えてくれた。
「それじゃ、仕事を覚えてもらうからしっかり覚えろよ新入り」
僕の社会人生活はこうして始まった。
そして......
逃れられない運命もまた始まろうとしていた。
ここからしばらくは編集版の再投稿となりますが、よろしくお願いします。