第一話『無能な神意』
「ここは…どこだ?」
目の前に広がるのはいかにも王宮と言った雰囲気の扉。
後ろには只々雄大な絨毯と壁が広がるのみ。
彼ーーーセイムはしばらく思考が停止していた。
学校で疲れる交流を終え、家で唯一の娯楽に浸っていたところでこんなところにいきなり来たのだ。当然である。
何をすればいいのかも分からずに立ち尽くすセイムを、扉の向こうから聞こえる怒声が呼び戻した。
我に返ったセイムは状況を整理する。
「えーっと…ここは王宮か?
なんでいきなりこんな所に?……うわ、この石光ってる!すげー!この絨毯もめっちゃフワフワだし!よく分かんないけどここ…うぐっ!?」
まずは陽気に振る舞うことで恐怖と不安を紛らわせようとしたセイムの作戦は、突如後ろから現れた男によって失敗となった。
「…スバル殿と同じ黒髪…。どうやって、この場所に入り込んだ?外には生き残った騎士が彷徨いているはずだが…」
「う…騎士…?」
「惚けるな。この老骨、剣では孫にも勝てんが、人を見る目だけは……む、どうやら貴様、本当に誰も殺さずにここまで来たようだな。」
ーーー訳が分からない。
いきなり変な場所に召喚されたかと思ったら変なジジイに後ろから首を圧迫され、剣を突き立てられている。
そして何より、さっき聞いた「スバル」という名前。
あまりにもリゼロが好きすぎて聞き間違えたのだろうか?
そんなことを考えているうちにも後ろから締め付ける男の力は強くなっていく。
「もう一度聞くぞ。どうやってここまで来た?」
「…どうやってもクソもねえ…気が付いたらここに居たんだよ…!」
「貴様…『剣鬼』の前でふざけるとはいい度胸だ」
「うがっ!…ほ、本当なんだよ!…家で小説読んでたら鏡を見つけて、それを拾ったらこんなところに…」
答えながら必死で抵抗するが、男は手を緩めるどころか一歩も動かずに受け流す。
「いいだろう…どちらにしろ今この場にいると云うことは我らの敵。死ね!」
「ヴィルヘルムさん!」
男が刀を引こうと力を入れた瞬間、扉が勢い良く開き、中から一人の男が声を上げる。
「こ、こいつは…?」
「恐らく侵入者でございます。
手間をかけてしまい、申し訳ござ」
「スバル…なのか!?」
「えっと……ごめん、覚えてねえんだけどお前誰だっけ?」
「え?あ、いや…」
何かを言いかけ、セイムは口を噤む。
スバルとはこちらが一方的に知っているだけだ。
そして、今のスバルの反応でセイムは自分が何処に来たのかを理解する
ーーーーーこれはつまり
「異世界召喚ってことかあああああ!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふう…やっと解放された。
危うく召喚後3分で死ぬところだった。
俺の命はカップラーメンかっての!」
「えっと…今すごーく聞きたいことがあるんだけど…」
「な、なんですか!?」
一人で漫才をするセイムに銀髪に紫紺の眼を持つ少女ーーーエミリアが問いかける。
スバルがあからさまに表情を歪めるが、それはセイムへの嫉妬。
ではなく、セイムの発言に出てきた単語に不意打ちを食らったからだ。
「あなたは何者なの?」
それは現場の誰もが持つ疑問であった。
当然だ。王選候補者が二人…内一人は元の記憶を失くしているが、それでも重要な会議である。
警備も少なくないその場に入り込んだ人間となれば怪しまれるのは火を見るよりも明らかだ。
「俺?そうだな…俺は東雲 星夢…いや、シノノメ・セイムだ!よろしく頼む!」
「えっと…何を頼むのかしら?」
「ぐっ!張り切って自己紹介したのに天然で返されるとは!」
「それでー、セイちゃんはあそこで何してたのー?外には騎士たちがいっぱい居たと思うけどー」
「む、いきなり愛称!いや、本当に分からないんだ。気が付いたらあそこに居たっつーか…」
「スバル殿、やはりこの男は怪しすぎる。今すぐにでも始末した方が…」
「……いや、こいつは俺が預かる。
みんなはもう戻って大丈夫だ。解散!」
「「「「え?」」」」
被疑者で被害者であるセイムまでも首を傾げる。
「こいつには俺から色々聞きたいことがある。
こいつからは俺を瞬殺できるような力は感じねえし…」
スバルの言葉に全員が納得する。否、納得したことにしておく。
本来ならこの男の素性ははっきりとさせないといけない。
だがしかし、3人にとって大罪司教『怠惰』を討伐した彼の存在は大きく、また、彼自身も身元が分からない存在だ。
そんなナツキ・スバルの言葉に全員が納得せざるを得ないのだ。
こうして、記憶を失った一人の王女と存在を失った一人の少女と、命を失った多数の騎士についての会議が終わった。
一人は自分の騎士とどこか似た雰囲気を漂わせるその男に興味と不安感を抱きながら。
一人は危うく恩人の意思に背き命を奪おうとしてしまった後悔を持ちながら。
一人は自分の以前の友達だったのだろうかと云う疑念が消えつつも、自分の「記憶」を奪った相手かもしれないという新たな疑念に追われながら。
一人は自分の主を助ける手段を見つける会議を邪魔しようとした輩がいることに静かな憤怒を生みながら。
そして一人は、自分の仲間が見つかったかもしれないという歓喜、そして、その仲間なら自分を愛してくれた青髪のメイドを治す方法を知っているかもしれないという微かな期待を持ちながらーーーー