スバルは吐いた。
先程まで泣いていたその体には涙など一粒も残っていない。
そんな心と体との違和感を消そうと必死で涙を絞り出すと、代わりに胃の中身が出てくる始末だ。
スバルは今までに何回も死に戻りを経験している。
恐らくその数は2桁に到達している。
しかし、今回の死に戻りは明らかに今までと違った。
死んだ実感がないのだ。
以前にロズワールの屋敷で寝ている間に呪い殺されていることがあった。
しかしそれは寝ていたから気づかなかっただけであり、実際に起きて待機した2周目はマナが吸われる感覚を身に染みて体験した。
その記憶を掘り返していると青髪の少女が頭に浮かんだが今は一所懸命忘れる。
今回はちゃんと起きている。
意識もある。どれだけ腕が良くても痛みを感じさせない程綺麗に急所を……この世界の人間なら出来なくもなさそうだな、と心で苦笑した。
しかし、あの時部屋にいたのは俺とセイムのみ。
あの少し俺に似た青年がそこまで腕が立つとは思えない。
ヴィルヘルムさんなら出来るだろうか。
いや、そもそもこの会議に俺に対して敵意を持つ人間はいない。
「暴食」は記憶の一部だけを食うことは出来るのだろうか?
もし出来れば俺の「痛みを感じた記憶」のみを消すことは出来る。
だが、あの場に大罪司教がくる理由がない。
そもそも、わざわざ俺の痛みを消す理由がない。
やはり、死に戻りはしていないということなのか。
なら何故ここまで戻って来たのだろうか?
理由が思い浮かばない。
そこまで思考を重ね、スバルは会議の途中だったことを思い出した。
そしてそれと同時に、考え込んでいたスバルに誰も声をかけなかった理由を、今、エミリアの左胸を手で貫いた白髪の男を見て知った。
「ああ、やっと気づいたんだ。いやね?僕は起こしてあげようと思ったんだよ?ちなみにそれは君にこの光景を見せて絶望させようって訳じゃなく、君の眠りや思考を妨げようって思った訳でもないからそこは理解して欲しいんだ。だって僕は悪意を持っているわけじゃないのに相手にそう思ってもらえないって云うのは真っ当なことを言ってる僕の『信じてもらう権利』の侵害だと思うんだ。君もそう思うだろ?そんでこれの話だけど、別に僕がやりたくてやったわけじゃないからね?急にここら辺に強烈な魔女の匂いがしてさ。だから仕方なくここへ来たんだ。こいつらだって本当は殺したくなかった。本当だよ?僕は争いを好まない。だから最初に現れた時も両手を挙げて無抵抗を示したんだ。それでも攻撃して来た。でも僕は寛大だからもう一度チャンスをあげたんだ。次攻撃したら反撃するぞってね。当然でしょ?僕には敵対する意思がないのに僕に攻撃してくる。これは僕の自由の侵害だ。それなのに僕はチャンスをあげたんだ。そしてこいつらはそれを棒に振った。せっかく命が助かるはずだったのにここで僕を始末しようとするなんて…『強欲』だと思うよ。ねえ、そうだろ?」
「…お前は、誰だ。」
「あのさあ。君には常識ってもんがないの?普通人に名前を聞くときは最初に自分が名乗らないといけないよね?そりゃもちろん、僕は君の名前を知ってるから君が僕に名乗らない方が合理的だよ?でもさあ、合理性だけを求める人間って人への思いやりにかけると思うんだよ。君が僕に名乗って僕が君に名乗る。それが一番じゃない?そりゃ君にも僕に名前を聞く権利はあるさ。君がその権利を行使するなら自由にすればいいよ。でもさでもさでもさあ!僕にだって黙秘権はあるんだ。だから」
「ナツキ・スバル。俺の名前はナツキ・スバルだ」
「そうそう!それでいいんだよ!お互いに尊重し合えばきっと平和に生きていける。君はこんな奴らとは違う。思いやりの出来る人間だ!やっぱり君は「お前がリアを罵るな。」
白髪の男が突如現れた獣に体を吹き飛ばされる。
スバルはこの獣を2回見たことがあった。
最もその際にスバルを死に至らせる理由になった吹雪は今はないが…
「パック!?」
「ああ、君か、スバル。
自分のことに夢中になって、目の前でリアが死んだことにすら気づかないとは、リアの騎士だなんてよく言えたもんだね。」
「ち、違う!俺は…」
「どちらにしろリアが死んだ以上、僕は契約を履行するまでだ。
僕はこれから世界を滅ぼす。
何か言いたいことはあるかい?」
「パック…俺は…」
「あのさあのさあのさあのさあのさあ!!
なんでまるで僕が居ないような雰囲気になっちゃってるわけ?君の方から吹っ飛ばしておいてこの場に居ない奴は会話に参加する資格は無いとでも言いたいわけ!?
だとしたらさあ!僕は…あ、思い出した!
その小娘!どっかで見たことあると思ったらあのクソ女の娘じゃないか!ああ、憎たらしい!親子揃って僕を邪魔しようって言うのか!なら…」
「黙れ」
パックの、普段は愛らしい肉球が無残に白髪の男を肉塊に変え…られずに彼の肉球の方が弾ける。
「『獅子の心臓』か。厄介だな。少し時間がかかりそうだ。」
「パック…違うんだ、俺は!」
「スバルは黙ってなよ。
君はいつまで経っても成長しない。」
「俺が…成長しない?」
「ああ、そうだよ。君はいつもリアに尽くしてるように見えるけど、そうじゃない。
リアに尽くすことで自分には居場所があると思い込んでるだけだ。どうせあの青髪の小娘だってそうだろ?君は「殺す」
突如パックが傾く。
「今のはなんだ?
『強欲』も動いてないし…
スバル、君の仕業「死ね」
再度パックが傾く。
それは彼を最も愛し、銀髪の彼女が居なくなった今では彼が最も愛している相手への侮辱。
それに対する怒りで無意識のうちに出た「見えざる手」であった。
だかしかし、スバルは何故か「それ」の使い方を知っていた。
それは、魔女因子の恩恵なのか、それとも嫉妬の魔女のお陰なのか、分からない。
そして、彼、スバルは生まれて初めて嫉妬の魔女に感謝しながら「見えざる手」でパックへの攻撃を繰り返し、そしてーーー
右から飛来してきた砂粒によって、弾けーーーる直前に、会議中の光景に戻っていた。
今回はスバル回です。
笑えるシーン無しでシリアスな感じになってしまいました…