さらに次の週、紅葉は今日も仕事を定時で終わらせて居酒屋に来た。約束の相手は今日も誰か連れて来たらしい。今回は居酒屋でオーケーらしいので、多分未成年ではないのだろう。
と、いうわけでとりあえず生ビールを頼んで、アプリを開いた。
(………今日、デレステのガチャ更新なんだけどなぁ)
デレステ……リアルアイドル達の音ゲーだ。アイドル達を三つの属性に分けて五人まで編成し、リズムに合わせてタップするゲームだ。ちなみに、当然全楽曲を極めてる。
指を高速で動かしかながら流れてくるリズムを刻んでると、肩を突かれ、顔を上げた。流れて来る場所もタイミングも体が覚えてるので問題ない。
「? あ、やっと来た」
「お待たせ」
やって来た楓と、その隣の茶髪で大人っぽい女性。おそらく自分達よりも年上だろうと悟った。
自分の前の席に座ると、茶髪の人が自己紹介した。
「初めまして。三船美優といいます」
「どうも。高山紅葉です。聞いてるかもしれませんが、そこの高垣の腐れ縁です」
「そこは幼馴染って言いなさいよ」
「ビール頼んどいたから。食べ物は任せる」
「はいはい……。美優さん、何か食べますか?」
「じゃあ、枝豆と冷奴を。他は任せます」
「分かりました」
ビールが来るまでの間、楓はメニューを見始めた。その間、美優が紅葉に声をかけた。
「楓さんから色々と聞きましたよ。人と話すのがあまり得意ではないと」
「ええ。そのためにわざわざ来ていただき、本当すみません」
「いえいえ。目的はそれだけではありませんから」
「そうなんですか?」
「いえ、気になさらないでください」
「?」
実は、かな子から「楓さんのお婿さん候補かもしれない人です!」と聞かされているのは別のお話。
「まぁ、別にコミュニケーション取れないってわけじゃないんですけどね」
「ええ、分かります。思ったよりはっきりと話せてましたから」
「会話を作るのが得意じゃないだけで」
すると、ビールが運ばれてきた。その店員さんに楓が料理を注文し、三人はビールを持って乾杯し、飲み始めた。
早速、一口で飲み干した紅葉は店員さんに声をかけた。
「すみません、生もう一杯」
「ず、随分と早いんですね……」
「美優さん、彼にペースを合わせると肝臓がいくつあっても足りませんよ」
ハイボールが来て、口に含むと楓が話を振った。事前に考えておいた話題を提供した。
「で、紅葉くん。どうだったの?今日の仕事」
「あん?」
「仕事よ(訳:話題を振ってるんだから何か話せ)」
「いや、いつも通りだけど(訳:いや、いつも通りだけど)」
「何かあったんじゃないの?毎日毎日、そんな何もないはずないじゃない(訳:美優さんにお前の『いつも通り』が分かるわけねぇだろ)」
「そう言われてもいつも通りだから。行って仕事してゲームして戻ってきた(訳:そう言われてもいつも通りだから。行って仕事してゲームして戻ってきた)」
「分かったわ。週単位で良いから何か面白い話なかったの?(訳:そのいつも通りの事を話せって言ってんだよ)」
「………楓ってそんな俺の仕事に興味あったっけ?(訳:もしかして話題提供しろって言ってる?)」
「良いじゃない、たまには。何かなかったの?(訳:そうそう、何か話せマジで)」
「………あー今日、モードレッドの水着出たわ(訳:あの時は嬉し過ぎて即Twitterにあげた)」
「仕事の話じゃないでしょそれ(訳:仕事の話じゃないでしょそれ)」
楓が小さくため息をつくと、美優の方が話を振った。
「高山さんは、何のお仕事をなさってるのですか?」
「あー、企画です。今度出る新作ゲームの売り方とか、その辺考えたりする奴ですね」
「今はなんのゲームに携わっているんですか?」
「んー、今はガンダムですね。まぁ、もうすぐ発売なんですけど」
「え、じゃあこの時期忙しいのではないですか?」
「俺、仕事出来るんで」
「そ、そうですか………」
苦笑いを浮かべる美優と、ハイボールを飲む紅葉。その様子を見て楓はため息をつくと、少しは紅葉が話せそうな話題に変えた。
「次出るガンダムのゲームってどんなゲームなの?」
「ガンダム○SっていうPS4専用ゲームなんですけど、まぁ操作は過去の機動戦士ガンダム○Sシリーズとほぼ同じですが、今回は対戦モードはなく一人用モードのみなんですよね。対戦をする場合はオンライン対戦になります。で、売りはなんといっても過去最多の参戦機体で、配信予定のものも含めて90機以上のモビルスーツが参戦します。機体を開発したりパイロットをアンロックする事も可能で、モビルスーツ一機に対し、複数のパイロットから一人を選択できます。例えば、ガンダムでしたらアムロ・レイ以外にもリュウ・ホセイなどを選べますね。それによってガンダムのマニアックなファンにより深く楽しんでいただけるようになっている仕様になっています。私個人としては、ガンキャノンにカイ以外にも三人のパイロットを選べるのが大変嬉しく思っています。それらは全て公式サイトに掲載されておりますので、是非ご覧いただければ………」
「あー待ったストップ。もう分かったから」
楓に止められ、紅葉は口を止めた。
「もう良いの?」
「良いわよ。てか、誰が営業しろって言ったのよ」
「ふふ、高山さんって面白い方なんですね」
「そんな事ないですよ、美優さん。ちょっと人とズレてるだけです」
「………楓さんがそれを言うんですか?」
「………へっ?」
少し紅葉的に興味のある話が溢れたが、その前に店員が料理を運んできたので黙った。
店員が帰ってから、紅葉はハイボールを一口飲んで聞いた。
「楓って人とズレてるんですか?」
「はい。割と」
「ちょっ、美優さ」
「突然、よく分からない駄洒落を言ったりするんです。私達の間では、たまに25歳児って呼ばれてますね」
それを言われるなり、楓は顔を赤らめて俯いた。一見、羞恥によって顔を赤く染めてるように見える楓を見るなり、紅葉は枝豆をつまみながら冷たく言った。
「何少し喜んでんだオメー」
「よっ……喜んではないわよ!」
「………そうそう、あとどうしょうもない人みたいに扱われると少し嬉しそうにするんです」
「みっ、美優さん。もうやめて下さい……!」
「……………」
赤面しながら、これはいじられると確信しつつ、チラッと紅葉を見た。
(…………あれ?)
だが、紅葉は無表情でタコワサのコリコリした食感を楽しんでいた。その様子が逆に不気味で、まじまじとその表情を眺めてると、紅葉は口に手を当てて俯いた。
「ぷーぷぷっ、ぷすぷすっwww」
「わ、笑わないでくれる⁉︎」
「25歳児wぷーぷすぷすwテラワロスwww」
「だ、誰が25歳児よ⁉︎み、美優さんも!誰がそれ言ってるんですか⁉︎」
「あら、楓さんがそんな風に慌てるなんて珍しいですね」
「話聞いてます⁉︎」
「楓ちゃんは普段、どんな駄洒落を言ってるんでちゅかー?」
「紅葉くんオーバーキルやめなさいよ‼︎」
ああもうっ、と楓はその場で頭を抱えた。
その楓を実に愉快そうに見下ろしながら、紅葉は立ち上がった。
「すみません、鼻摘んで花摘みに行って来ますwww」
「あなた今度会った時覚えてなさいよ⁉︎」
店のトイレに向かう紅葉を周知と怒りの混ざった顔で睨みながらビールを一気飲みした。
「お代わり!」
「あ、すみません私も」
近くを通った店員さんに二人揃ってそう言うと、楓はおでこに手を当ててため息をついた。
「………はぁ。紅葉くんには知られたくなかったのに……」
「ごめんなさい、まさか幼馴染の子に隠してるとは思わなくて……」
「いえ、美優さんの所為ではありません」
「まぁ、私としても普段見られない楓さんを見る事が出来たので楽しかったですよ?」
「………そっちも恥ずかしいのでやめてください」
運ばれてきたビールを飲みながら顔を赤くした。
「………でも、どうして高山さんにはそういう、25歳児な一面を見せないのですか?」
「………それは、まぁ……恥ずかしいからですけど……」
「普通、私達に見せる方が恥ずかしいような……」
「いえ、なんていうか……幼馴染だから、でしょうか?それとも、男性だから?………いや、でもプロデューサーも男性ですし………。むしろ、紅葉君の方が男性として見ていないし………」
本気で分からない、と言った感じで顎に手を当てる楓を見ながら、美優はクスッと微笑んだ。
(これは、かな子ちゃんが言ってた通りね)
何なら、この人達お互いの事好きなんじゃない?と思うまである。楓は早くもビールを飲み終え、さらにハイボールを追加した。
「楓さん、今日はペース早いですね」
「紅葉君と飲んでる時はこんなものですよ」
それはどういう意味なのか、なんて美優が勘繰ってると、紅葉が戻ってきた。
「ただいま……楓、飲み過ぎじゃね?顔赤いけど」
「誰の所為よ!」
「あ、俺の所為なんだ」
席に座り、ハイボールを飲み干し、店員に日本酒を頼んだ。
机の上の唐揚げを摘むと、美優がほんのジャブのつもりで二人に聞いた。
「お二人は、小学生から一緒なんですよね?」
「実際、関わるようになったのは中学からですが」
「いいのそこは。ぶっちゃけ、お互いに浮いた話とか聞かなかったんですか?」
少し酔ってるのか、恋バナ中の女子の感じで聞かれ、二人は顔を見合わせた。
「あったっけ?」
「私はないけど。告白された事は高校から何度かあったけど、全部断ってたわね」
「へぇ、お前告白なんてされてたのか」
「じゃあ、高山さんは?」
「紅葉くんなんて告白された事どころか初恋も無さそうじゃない」
「……………」
黙って日本酒を飲む紅葉に、二人は目を輝かせた。否定はされていない、これはつまり………?なんて二人が勘ぐってるのを見ながら、紅葉はスマホを取り出した。セイバー、アルトリア・ペンドラゴンが写っていた。
「こいつが初恋」
「……………」
「……………」
二人は落胆したように俯いたが、構わずに続けた。
「これから俺の人生ブレイカーが始まりましたね。ハルヒ、コードギアス、ゼロの使い魔………この時代は人の生を壊すものが多過ぎた……」
「もう分かったわよ」
「しかし、そんな俺の人生に転機が訪れる」
「聞いてないから」
無視してスマホをスライドした。現れたのは柊つかさ。直後、楓はハッと顔を俯かせたが、紅葉は無視して続けた。
「彼女からだ。こういう……なんつーの?ダメな女の子が好きになったのは………。それまではアニメの女の子ならとりあえず好きになってオタクである事を開き直ろうとしていたが、ここから俺に好きなジャンルが出来たんです」
「そ、そうですか………」
少し引き気味に美優は呟くと、隣の楓が全力で顔を隠そうとしてるのが見えた。
「………楓さん?どうかなさいましたか?」
「………いえ、なんでも」
「いや、人に言わせてそれは通らねーだろ。お前も言え」
「紅葉君は勝手に自分で話し始めただけでしょうが」
「良いから言えよ」
そう言われ、逃してもらえそうな無いことを悟った楓はハイボールを半分くらいまで一気に飲み干し、赤くなった顔で語り始めた。
「…………んです」
「へっ?」
「………そこから、なんです……。私もダメになったの………」
「はいっ?」
その言葉に美優だけでなく紅葉も首を傾げた。少し酔ってる楓は顔を伏せたまま続けた。
「………来年受験って事もあって、高校で彼氏を作ろうとか考えてて………そしたら、紅葉くんがその子が好きな事を知って……。男の子はそういうダメな子が好きだって知って………。キャラを作ってたら思いの外、しっくりきて………周りがダメな人扱いしてくれるのが楽しくて………気付いたら素になってて………」
「……………」
「………え、でも俺楓がアホなの知らなかったんだけど」
「………紅葉くんの前では隠してたのよ。アニメのキャラの真似してるって悟られるの怖くて………」
「……………」
「……………」
楓の現状の根源を聞いて、美優はふっと目を逸らした。今聞いた話は忘れてあげよう、そう思った時、紅葉が口を挟んだ。
「………そんな恥ずかしがらなくても良いだろ」
「……………へっ?」
「世の中にはな、ゲームの世界でだけキャラになりきったりする奴もいるんだ。むしろ、男ウケを良くするためにキャラを作ろうとするなんてのは、女子高生みんなしてる事でしょ」
「………そう、なの?」
「いや知らんけど」
「………慰めるなら最後まで慰めなさいよ」
「とにかく、そのキャラ作りが自分の素になって、それによって今アイドルを続けられてるんだから、別に後悔しなくても良いと思うけど」
言いながら、紅葉は日本酒を注いで楓に手渡した。少し目を丸くしながら、楓はその日本酒を一気に飲み干した。
その様子を見ながら、美優は「おおっ……」と声を漏らした。
(………これは、私が何もしなくても二人はくっ付くんじゃあ……)
そう思い掛けた時だ。楓がさっきよりも赤くなった顔で紅葉に言った。
「………そういえばぁ、高校生の時の紅葉君のpso2のキャラ、酷かったもんねぇ」
えっ、と美優が心の中で声を漏らすのと、紅葉が凍り付くのが同時だった。
「なんだっけ……紅蓮葉月だっけ?PA使う度に『豪炎に焼かれよ…』とか呟いてさぁ………。アレの方が確かに酷いわよねぇ?」
「……………」
「確かにアレに比べたらマシな気がして来たわ。ありがとねぇ、自分の黒歴史掘り返してまで慰めてくれて。クレーン歯茎クン。ナンツッテ」
「ちょっ、楓さ」
美優が恐る恐る紅葉を見ると、ゲンドウポーズで楓を睨んでいた。楓はそれに気付くことすらなく、紅葉の一升瓶を奪って一口で飲み干した。
「…………足りないわねぇ。すみませーん!獺祭!」
この後、珍しく悪酔いした楓に紅葉は黒歴史によってSAN値をゴリゴリ削られた。
ー
三船美優の自宅。気が付けば楓はそこで寝ていた。薄っすらと目を開けて起き上がり、現状の把握をした。どうやら、ソファーに倒れ込んでいたようだ。
「………えっと……」
「起きましたか?」
隣で美優が声を掛けた。ソファーで寝てるというか、美優の膝の上で寝ていたようだ。
「っ! み、美優さん。………もしかして、美優さんのご自宅ですか?」
「はい」
「も、申し訳ありません。すぐに帰りますね」
「いえ、もう夜も遅いので今日は泊まっていってください」
「で、でも、ご迷惑では………?」
「大丈夫ですよ、高山さんから迷惑料をいただいてるので」
「へっ?紅葉くんから……?」
「それより、シャワーを浴びてきてはどうですか?お酒臭いです」
「は、はい。………あの、何か怒ってませんか?」
「怒ってません」
明らかにムスッとしている。自分が酔ってる間に何かあったのかと思い、とりあえず聞いてみる事にした。
「…………あの、私何かしました?」
「私にではありません、高山さんにです」
さっきまでの居酒屋での話を丁寧に説明した。直後、サァーッと真っ青になる楓。
そんな楓を一切気にせず、美優は五千円札を取り出した。
「これ、私のご自宅まで送ってくれた高山さんが『迷惑料』として下さいました」
「…………ごめんなさい」
「私ではなく、高山さんに謝って下さい」
「…………はい、来週また飲みあると思うので、その時にでも……」
「明日です」
「へっ?」
「高山さんのご自宅、楓さんはご存知ですよね?それと、明日オフと聞いています。明日行きなさい」
「あの、なんで明日オフって知ってるんですか?」
「酔ってる時、元気に言ってました」
「……………」
確かに、謝るなら早い方が良い。楓はそう思い、明日謝りに行くことを決心した。