幻想郷怪奇談 ~寺子屋で話す怖い話~   作:ごぼう大臣

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プロローグ

 夏が来た。

 子供達は夏休みに入り、宿題の事も忘れて学友達と毎日川に行って泳ぎ、里の近くの林で虫を採り、あるいは疲れて屋台のかき氷なんかを追いかけている。

 

 強い陽射しの照りつける中はしゃぐ童を眺めながら、私はといえば肌を日に焼く事はせず、陰ながら仕事をこなさねばならぬ立場にいる。

 

 私の名前は上白沢 慧音。幻想郷の人里で、子供達に学問を授ける寺子屋を運営している。毎年夏には放課にする訳だが、授業もないし自分も水羊羹をつついて昼寝……なんて訳にはいかない。前学期の生徒の成績を纏めつつ、それによってこれからの授業のペースを変えたり、場合によっては夏休み中に補習にも付き合わなきゃいけない。

 休み中に呼び出された生徒などは嫌な顔をするが、先生側はそもそも休みが無いような有り様だ。

 

 しかし、私とてつまらないばかりの夏を過ごす気はない。自分なりに涼しくなれるイベントを用意している。

 

 夏休みに毎回行われる、怪談大会だ。夜に生徒と私で寺子屋に集まり、その日だけは遅くまで思い思いに怖い話をしあうのである。

 自分こそが一番怖いと奮起する者、最期に『俺の昨日見た夢の話』と落ちをつけるもの、怖がってばかりで私にしがみつく者、また途中で内容を忘れてしまう者なんかもいる。

 これがなかなか好評で、授業以外で生徒みんなが触れ合える貴重な場面として私も責任もって開催している。

 

 ただ、問題が無いわけではない。それほど重大でもない、個人的な事だが。

 

 私も開催責任者として、必ず毎回一話は話しているのだが、そうすると決まって『つまらない』『面白くない』とヤジが飛ぶのだ。元来私は楽しませる話し方が得意ではない。授業でも私の説明についていけず眠り込む生徒は多かった。自覚はあるのだが、普段の説教の復讐も兼ねてかやたらと話の腰を折ってくる。

 

『霊夢さんに任せれば良いじゃん』

 

『妖精のイタズラじゃね』

 

『紫おばさんが居眠りして落っこちてきたんだよ』

 

等々……

 

 怖い話に野暮な突っ込みは禁止! と言いたくなるのを堪えてなんとか話し終えると、白けたりはしないが、お手本とばかりに張り切る輩が現れてこれがまた皆の期待を高める。それが繰り返されるのは少々悔しかった。

 

 もうちょっと素直に聞いてくれないものか、やはり話芸を鍛えなければいけないのかと友人に愚痴、いや相談を持ちかけたのが今年の夏の事である。

 私が一頻り喋ると聞き役だった友人、藤原妹紅は立ち上がり、こう言った。

 

『じゃ、私が怪談の得意な連中を集めてやるよ』

 

 予想しなかった台詞だ。なんでも実際に聞いてみた方が勉強になるだろうというのだ。流石にそこまでしてもらっては……と遠慮しかけたが、彼女は事も無げに私のスケジュールを確認すると任せておけと言い去っていった。それほど悩んだ言い方もしてないのに、持つべきものは良い友人である。

 

 

 

 

 かくして、今晩私の家に怪談を話してくれる六人が集まったのである。私は一同の介する広間に冷えた麦茶を並べ、頭を下げる。

 

「忙しい中お集まり頂き感謝する。そんな堅苦しい会合でもないので、羽を伸ばす位の気持ちでいて欲しい」

 

「……その口上が既に堅苦しいんだがな」

 

 隣で呟くのは藤原妹紅。前述のメンバー集めの張本人だ。一見無愛想で気だるげだが、私には見慣れたものだ。

 

「妹紅もありがとうな。こんなに集めるの大変だったろ」

 

「ベ、別に……」

 

 素直に礼をいうと、妹紅は照れ臭そうに顔を背けた。全くこいつは……と微笑ましく眺めていると、ふと彼女は気まずい表情を浮かべ、私に耳打ちしてくる。

 

「なんだ?」

 

 顔を傾けると、妹紅が「実はさ」と前置きしてからこう言った。

 

「私、もう一人誘ったんだけど……そいつが来るか来ないか、ハッキリとしねーんだわ」

 

「誰が?」

 

「それが、驚かせたいから名前は秘密だって……。勝手なもんだぜ」

 

 はて、それは困った。が、目立ちたがりで気まぐれ、幻想郷にはよくいる輩だ。そう構えずに待つとしよう。

 「気にするな」と肩を叩いた時。

 

「ちょっと、いきなり二人で話し込まないでくれる? 私達も居るんだけど」

 

 不機嫌そうな高い声が飛ぶ。上座の座蒲団にちょこんと座るメディスン・メランコリーだ。妙に小柄な彼女は捨てられて妖怪化した人形であり、かなり人見知りな所がある。今も親しい相手の居ないせいで居心地が悪いようだ。

 

「ごめんな、こっちの事だ。もう何でもない」

 

 笑ってみせるとメディスンはぷくっと頬を膨らませた。扱いにくい所はあるが純粋で分かりやすい。続けてメディスンの隣の者も宥めてくれた。

 

「そんな怒らないで。お嬢ちゃんが一番ホラーが得意そうだから、ビビっちゃってんだよ」

 

 言ったのは火焔猫燐。旧地獄に住む火車の妖怪だ。死体を集めるのが趣味でお世辞にも人間寄りとは言えないが、生きた者に興味が無い為それほど危険視はされていない。気さくな性格も手伝ってか、友好的だと評判だ。

 

 メディスンがキョトンと目を丸くする。燐が微笑むと、つられて顔を綻ばせた。すると今度は、メディスンから見て逆隣の人物が言った。

 

「まあ、誰が怖いかなんて、張り合う気もないけども」

 

 ボソリとつまらなそうな口調。全員の視線がそいつに集まる。赤い襟つきのマントのお陰で表情が分かりにくい彼女。

 赤蛮奇だ。彼女は人里で住んでいるがろくろ首という妖怪であり、赤いショートヘアの頭は複数取り換え可能の代物。

 普段は正体を隠し、付き合いも浅いので乗り気じゃないのかと不安になったが、目だけで分かる仏頂面は私ではなく隣の人物に向けられる。

 

「うぅ~……何で私が~……」

 

 ある意味一番乗り気でない人物がいた。魂魄妖夢。幽霊と人間のハーフである彼女は、白い肌や周りを浮かぶ白玉のような半身など、妙な所が多い。

 しかし、特徴的な出自な外見ならこの場では珍しくもないので置いとくにしても、妖夢には致命的な弱点があった。

 

「なんで好き好んでお化けの話なんか。よく楽しそうにしていられますね……」

 

 かなりの怖がりなのだ。幻想郷には妖怪が溢れ、彼女自身も知り合いは多い筈なのだが、どうも古典的な幽霊やお化け、そして怪談の類いは苦手らしい。今も貧血を疑うほど血の気の失せた顔で肩をすぼめ、ガタガタと震えている。

 

「……誰だ? この子を呼んだのは」

 

 赤蛮奇が呆れた目で一同を見渡す。すると私と赤蛮奇に挟まれた位置にいる人物が口の端を吊り上げ、呟いた。

 

「儂じゃよ」

 

 茶色の縮れ毛に葉っぱを乗せた、丸眼鏡の女性。二ッ岩マミゾウだ。彼女は最近外界からやって来た狸の妖怪で、よく見ると頭にタヌキ耳が生えている。容姿だけでなく性格も狸のようで、気が強く老獪、時に悪ふざけもする食えない所がある。

 

 今回は妖夢がその悪ふざけの被害者という訳だ。「任せるんじゃなかった……」と妹紅がぼやくと、マミゾウは目を伏せてクックッと笑う。

 

「いやあ、冥界まで足を運べば得意な奴がいるかと……

 あんまり妹紅一人に遠出させちゃ大変じゃろ?」

 

 両手をヒラヒラさせながら白々しく話すマミゾウに、妖夢が目を潤ませながらビッと指を指して告発する。

 

「皆さん! 鵜呑みにしないで下さい! この人は初めから私を誘ったんですよ!!」

 

 怖がりの自分をわざわざ引っ張りこんだ、と主張する妖夢。ベソをかいたせいで鼻水がちょろりと垂れる。指摘を受けたマミゾウは知らん顔で口笛を吹いていた。

 

「断れば良かったじゃん」

 

 メディスンがぶっきらぼうに言い放つ。彼女にしてみたら良い大人が何してるんだと言いたくなるのだろう。しかし妖夢はサッと鼻をかむと、そっぽを向き口を尖らせる。

 

「幽々子様が勧められたんですよ。従者の私が断れないじゃないですか」

 

 幽々子というのは、妖夢が仕える冥界の管理人の事である。穏やかな性格をしてはいるがこれまた意地悪な所があり、よく妖夢の事をからかっている。

 さしずめ今回も『(私が)楽しいだろうから行ってらっしゃい』てな風に喜色満面に言われたりしたのだろう……。不憫なものだ。

 

「まあ、ここまで来たら付き合ってもらわねばな。誘った儂の立場も考えとくれよ」

 

 煙管を取り出しながらマミゾウは妖夢に寄りかかる。払った拍子に妖夢の手が壁にぶち当たった。

 

「アイタッ!」

 

「おいおい、子供もいるんだから煙草は……って、ああそうだ」

 

 子供で思い出した。念の為この連中に言わなきゃならん事がある。

 

「すまん、話してもらう内容なんだがな」

 

「なんじゃい」

 

「うう、突き指した……」

 

「なにぶん本来の聞き手は子供だからな。あんまり怖くしすぎたり、冷めた目線で話したりしないでくれ」

 

 集めたこの話し手達からして、やたらとドギツかったり妖怪目線の無慈悲な内容が展開されたりしかねない。肝心の生徒達にドン引きされてしまっては例年以上に惨めな大会になってしまう。

 

「ああ、アレンジなんかは期待できんか。先生の固い頭じゃ無理ないわなあ」

 

 マミゾウは察したように肩を竦めた。その通りなので黙っていたが、代わりに妹紅が顔をしかめる。私を挟んで、いや通過点として無言の怒りが空気を伝い、換気扇の如く涼しい顔のマミゾウに受け流されていく。

 

「分かってるって。本気出したらこの剣士さんが気絶しちまうよ」

 

「や、やめて下さいっ!」

 

 燐が正面の妖夢を見ながらケラケラと笑った。妖夢は畳を叩いてむくれたが、そこにメディスンが追い討ちをかけるように身を乗り出した。意外にも楽しそうに白い歯を見せている。

 

「そういえばぁ、ちょっと思ったんだけど……」

 

 内緒話でもするかのように声をひそめる。皆の注目が集まるのを確認するかのように視線を巡らせてから、わざとらしく首を傾げた。

 

「これだけ色んなのが居たら、その内悪霊とか寄って来たりして……」

 

「い、いやああぁっ!」

 

 妖夢が子猫のように赤蛮奇にしがみついた。ぶつかられた彼女は鬱陶しそうに、首だけを切り離して飛んでいく。

 

「へ? わああっ!? くび、首が無いぃ!」

 

「だあーっ、もうやかましい!!」

 

 うんざりした妹紅が声を張り上げる。妖夢がハッとなって皆の視線に気づき、恥ずかしそうに姿勢を正す。周りは笑う者やら苛立つ者やら、さながら授業が進まない教室のような様相を呈している。

 こんなんで大丈夫だろうか……?

 

 いや、頼んだ私が挫けてどうするんだ。とにかく会合を進めねば。

 

 気を取り直し、咳払いを一つ。

 

「それでは、始めるとしよう」

 

 来るかも分からない七人目を待たずして、妖怪達の怖い話が始まった。

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